Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

Tak:5、6日目

2009年07月31日 | Weblog

         

昨日は前日に引き続いて家で一日静かに過ごしたが、お腹がまだ本調子でない。ディズニー・シーは、明日朝起きてからの様子で行くかどうか決めよう、ということにして早寝した。

翌朝7時、「もも」の散歩を終えて戻ったらTakもBaちゃんもまだ布団の中。二人を起こし、Takにお腹の具合を聞いたら良くなったという。それでディズニー・シー行きは決行と決まり、急いで朝食を食べて身支度を整えた。

10時少し前、ようやく自宅を出発。浦安を目指して千葉北ICから京葉湾岸線に乗った。凡そ1時間強で浦安IC到着。ウィークデイのせいもあってか駐車場はガラ空き。車は正面入り口の直ぐ近くに止めることができた。
シニア2枚と子供1枚のパスポートで、締めて14100円。園内は心配していたほど人は多くなく、最初に向かったアラビアン・コートのマジックランプ・シアターは20分待ちで直ぐに入れた。
シアターを出たら既にお昼だったので、ミステリアス・ゾーンの海底2万マイルのファスト・パスだけ登録してからトリトンズ・キングダムの食堂で軽食とドリンクの昼飯を食べた。

Takは他の子供たちみたいに少しもはしゃいだり興奮したりする様子が見えず、何故かクール!面白くないのかと思って、「もう帰りたいの?」と訊くと「う、う~ん」と首を横に振る。そうでもないらしい。詰まらなくはないらしいのだが、何か張り合いのない子だ^^;

「海底2万マイル」には未だ大分時間があったのでマーメイド・ラグーンにあるフライング・フィッシュ・コースターに連れていった。最初は「怖いから乗りたくない」などとゴネていたけれど、無理やり引っ張ってきてイザ乗ってみたら面白かったらしく、あとで訊いたら「今日一番面白かった乗り物」に変っていた。Takは慎重居士だから食わず嫌いのところがある。もっと何でもいろいろチャレンジしてみればいいのになあ・・・

         
         

次にトランジット・スチーマー・ライン(ボート)に乗ろうと乗り場に行ったが、5時まで運行中止。仕方なく向かい側にあるハンガーステージでアクロバット・ダンスを見た後、ポート・ディスカバリーでストーム・ライダーに乗った。高速でアクロバット飛行を体感できる、スリリングな仕掛けで楽しめる。Takは飛行機の急降下の場面では目を瞑ってしまい、折角のスリルを味わうことなく終わってしまった(笑)。

5時になったのでまたボート乗り場へ戻り、トランジット・スチーマー・ラインに乗ったけれどアッという間にメディテレーニアン・ハーバーに着いてしまう超ショート・セイルだった^^:
疲れたので近くのレストランで小休止。30分ほどノンビリしてからアメリカン・ウォーター・フロントへ向かい、ビッグシティー・ウィークルに乗ってNY(?)の街を一周してからS.S.コロンビア号のテディー・ルーズベルト・ラウンジで夕食。

         
         
         

いよいよ暗くなってきたので、「そろそろ帰ろうか?」とTakにいうと、「まだ見たい!」。おやおや?・・・詰まらないどころの話じゃあない!
夜は「火と水と光の水上ショーがあるというので、始まるまでの凡そ50分、石畳の上でジッと待った。8時20分から20分くらい、夜になって急に冷えてきた風に吹かれながら、終わるまで全部みてきた。
Takは満足してくれただろうか・・・
帰り車の中でTakは眠ってしまった^^!

         
         
         


Tak:4日目

2009年07月29日 | Weblog

              

昨晩は私は正体なく眠ってしまい気が付かなかったのだけれど、夜中にTakは何度か起きて食べたものをスッカリ吐いてしまったらしい。
Baちゃんが背中をさすったりお腹を押さえたりして介抱している間も、Takは我慢強くて少しも騒いだり泣いたりしなかったという。
暢気なGちゃんは、朝方その話を聞いて少し驚いたが、そのころはTakはもうケロッとして布団の上に寝転んでいた。

そんなわけで、今日Baちゃんと予定していた上野の科学博物館行きは大事をとって中止になった。代わりに近所を散歩して、後は一日Baちゃんとノンビリ家で過ごした。明後日、木曜日はDisney Seaへ行く予定になっているので、Baちゃんが常備薬の漢方「陀羅尼助丸」を飲ませようとした。
直径1mmほどの小さい丸薬で、一回に大人は30粒、子供15粒、5歳以下は10粒というのが処方箋である。
薬の嫌いなTakはBaちゃんに云ったものである、
「・・僕まだ5歳だよ!」
「ほ~、そうかい、それなら何故4年生なんだい?」
「僕は優秀だから5歳で4年生になれたんだよ^^!」

それでも、Baちゃんの用意した15粒だけは、何だかんだ云いながら2時間もかけて一粒一粒飲んだらしい(笑)

夕食後、カミサンが札幌に電話をいれた。Takがこちらへ来てから初めての電話だ。
Takがそんなに我慢強いとは信じられない、と息子はいう。自分の家ではTakはきっと「直ぐ弱音を吐く」と思われていたに違いない。
G,Baのところへ来て、少し男の子の自覚が生まれてきたのだろうか・・・"(^^

         


Tak:3日目

2009年07月28日 | Weblog

夕方帰宅したらTakが見えない。暫くしたらトイレから出てきた。「どうした?」と訊くと「どうもない」という。
しかしTakに代わってBaちゃんが「今日、Takは吐いたんだよ」という。

食べ過ぎだな、と直感した。初日はジュースやらお菓子やら好きなものばかりパクついた後たっぷりの夕食。昨日(2日目)は3食大人並みに詰め込んだから、さすがにこの小さい身体ではチョッと消化が追いつかなかったのではないだろうか。

それでも元気はあって、昼間はBaと大叔父・大叔母の家に行って過ごしてきたらしい。この夫婦には、Takがまだ1歳半くらいのとき2、3日預ってもらったことがあるので、Takは勿論憶えてはいないのだけれど、子供のいない二人には特別な思いがあるらしく、とても可愛がってくれる。帰りに弟のRinと妹のYukの分までお小遣いをもらった。

Takは暇さえあれば任天堂DSでゲームに熱中していて、Baちゃんは「静かなものだ」という。明日はBaちゃんが上野の科学博物館へ連れていく計画で、夕食後は早く床に就いた。また川の字になって・・・^^!


Tak:2日目

2009年07月27日 | Weblog

昨晩は到着初日だったので、近所の魚屋さんで仕入れて刺身とBaちゃんの手料理で軽い夕飯をすませた。
札幌の家では夜寝るときは一部屋に布団を敷き詰めて家族全員ごろ寝する習慣なので、それに習って和室に布団を3枚並べて敷き、3人で川の字になって寝た^^!
我々には布団はもう腰が痛くなって少々苦手なのだけれど、Takはグッスリ良く眠っていた。久しぶりの雑魚寝はTakの頭があっちこっち移動するので、夢うつつで猫(「もも」)に触っている感じがしたり、いつもと違う感触の夢を見たり、昔の自分が育った環境を思い出させた。

「Gちゃん、今日はどこいくの?」とTak。
「朝はザリガニ獲り、午後から食料の買出し!」
と、いうそばからBaちゃんが、「午前中は松戸の伊勢丹、午後はその足で生協へ買出し」と予定変更。
Takのポロシャツと帽子を買うのだという。女はこれだから困る・・・すぐ着せ替え人形みたいなことをしたがる!・・と思いつつ黙って従った。

Takと弟のRinにポロシャツ数枚とTakの帽子を選んでお金払い終わったら丁度お昼。Baちゃんお奨めのとんかつ屋「和幸」へ入った。
Takは大人でも十分と思われるボリュームたっぷりの定食(¥1360)を頼んだ。小さい身体で、多分残すだろうと内心思ってみていたら、時間は掛かったものの案に相違して、ご飯も味噌汁もスッカリ平らげたのには些か驚いた^^!
店員さんも「えらいわねえ、全部たべられたわね!」と少々驚きの態で褒めてくれた(笑)。

       
       

食べ終わって一息ついたら、「今度はどこ行くの?」
「生協へ食料買出し」
Takはお目当てのゲームをいつ買ってくれるのか気掛かりで仕方ないのだ^^!
「その後お寿司屋さんに寄ってから、WonderGooへ行こう!」というと
ホッとしたような顔をしてる。

全て買い物が終わってWGへ入る。ゲームコーナーを目聡く見付けて駆け寄る。いつもは私が電話でゲームの名前を聞いてから買いにくるのだが、素人ではなかなか見付からない。流石に好きなものは見付けるのも早い! 同じように見えるけれど最新版と旧いもの2つ買った。

家に帰って、夕食までの1時間、もう新しいゲームに夢中になって遊んでいる。朝の予定では、夜お祭りを見に行くことにしてあったのだけれど、それどころではないらしい(^^;
ま、いいっか。
GとBaと一緒にいる時くらい好きにさせておこう・・・

      


Takがやってきた

2009年07月26日 | Weblog

        

25日(土曜日)2時半。到着便のアナウンスがあってから20分ほどして、航空会社の職員さんに連れられて孫のTakが到着ロビーに現れた。

千歳空港で親と別れて一人で羽田までやってきたのだ。
これまで我らが行ったときに何度か「遊びにおいで!」と誘ったのだけれど、本人にはなかなか踏ん切りがつかなかったのであろう。4年生になった今年になって、ようやく決心したらしい。エライ。エライ!

少し緊張していたらしく、車に乗って1時間ほどしたら居眠りを始めた^^!
そのまま高速で成田まで突っ走り、イオン・ショッピング・モールのマックに入って空いた小腹を軽く満たす。

ここまで来たら家まではほんの一走り。ようやく緊張も解けて普段のTakに戻った。これから一週間Baちゃん、Gちゃんと過ごす。楽しい思い出つくりができればいいが・・・

           


エアコン

2009年07月24日 | Weblog

                

昨日帰ったら、カミサンがげんなりして「エアコンが効かない、フィルターは掃除したけれど直らない。直ぐ診てくれ」という。
週末に北海道の孫がやってくるので、あちこち大掃除して大汗かいたけれど、エアコンが効かないから余計疲れたとのたまう。

着替えもそこそこに早速フィルターを外してみたら、フィルターは確かに綺麗である。中を覗いたら冷却フィンが大分汚れている。
この家を造って以来だから、もう20年も経っているのに、機械の中の掃除は一度もしていない。汚れるわけだ!

しかし、外枠をどうやって外したものか・・・説明書には何の記述もないのだ。
暫く本体を眺めていたが、正面の5mmほどのビスしか見当たらなかったので、とりあえず弛めてみたら・・・当たり!
スッポリ外枠が外れた。良くみたらフィンの隙間が50%くらい目詰まりしている。古い歯ブラシで汚れを擦ってみたら、案外素直に砂粒のような細かいゴミがボロボロ落ちてきた。
10分ほど格闘したら、下に敷いた新聞紙の上に黒い砂状のゴミが両手一杯ほども溜まった。

枠を元通り取り付け、フィルターをはめ、室外機のリセット・ボタンを推して運転再開。無事冷気が出始めた。

やれやれ、壊れたのでなくて助かった。このエアコンは一階の3部屋全部冷やせるようにと、200Vの大型機を付けたので、これが壊れたら大出費となるところだったから、ホッとした^^:

20年間も放っておいた付けが回ってきた感じであるが、取扱説明書には冷却フィンの掃除については一切書かれていない。20年も使うとは想定してなかったのだろうか・・・?

                


ヒマ、徒然

2009年07月22日 | Weblog

                    
多いときは一ヶ月に1000台から1400台もの大型車用トランスミッションを出荷していた去年までが、まるでウソのよう。今年に入ってからは毎月精々300~400台程度しか出荷がない。当に大不況である!!

ヒマな時は入社当時も数年あった。毎日サービス・マニュアルやパーツ・カタログを眺めながら欠伸をかみ殺していた。
毎日定時で帰れるので何かしようと思い立ち、丁度そのころカミサンが喫茶店を始めて調理師の免許が必要だったので、近くの調理師学校に入学した。夜間部に2年間通って卒業し、免許をもらった(当時は学校卒業するだけで資格が貰えた(^^)

この2年間は「学生」だったから、定期でも映画でもなんでも学割が利いたし若い人達に混じって結構楽しい時間を過ごしていた。
というわけで、こう見えて私は「調理師」の免許を持っているのだ。・・・が、如何にせん外に出て修行を積んでないので、使いものにはなりはしない^^!

けれども全く役立たずだったわけでもない。先ず資格はカミサンの店の衛生責任者として使えたし、次いで思わぬところで人助けができた。

新潟地震のときボランティアで川口町を訪ねた。着いてすぐ「どなたか調理師の方」という呼びかけがあったので、思わず手を挙げてしまった。すると早速山の上の避難所へ連れて行かれて食事の副菜(おかず)作りを頼まれて、内心ドギマギした。
なにしろ材料は限られているし、調味料だって全て揃ってるわけじゃない。おまけに5、60人分なんて大量に調理したことがない!

結局、その日の晩と翌日の分とで計4食の献立をつくり、自分では3食だけ調理して次の人にバトンタッチしたけれど、こういう時なので、皆さん美味しくなくても文句も言わず食べて下さった。あとから思うと冷や汗ものである^^!

調理師学校では学費に50万円ほどかかった。蓄えがないころだったから、カミサンは今でも時々「どした、50万円」とか云っておちょくる。だからカミサンの手料理や調理にはウッカリしたことは云えない。直ぐ大逆襲が帰ってくる!
一例をあげれば、彼女はトマトの皮を剥くとき包丁でジャガイモのように剥いてしまうので、大きなトマトも一回り小さくなってしまう(笑)
そんなとき知ったかぶりして「湯剥き」などとは決して云わない。黙って見ている^^!

ま、世の中なにをしてもムダということはないものらしい。何かのときに何かの役に立つものだ、と妙に納得している(笑)

徒然なるままに・・・なんでもいいからやってみよう!

                   


映画「湖のほとりで」

2009年07月19日 | Weblog

夏用のライディング・ウェアが大分痛んできたので、上野のバイク用品店へ出かけてみた。しかし気にいったものがなく空振り。
仕方ないので、このまま帰るのも癪だから映画でも観て行こうととりあえず東京まで。京橋の銀座テアトルシネマで上演しているイタリア映画「湖のほとりで」を観ることにした。

3時から始まる2回目は満席だったので、5時からの3回目のチケットを買った。外は蒸し暑くて歩くのがいやだったから地下(B1)のイタリアン・レストランで腹ごしらえをした。
1時間半粘ったけれど退屈なので、我慢して一旦外へ出た。歩行者天国を散歩したり、涼しいデパートに出入りして時間をつぶすこと更に30分。ようやく開始30分前になって映画館に戻った。

この映画はイタリアのアカデミー賞に相当する“ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞”で、史上最多の10部門を独占した話題作とかで、期待して観たのだけれど・・・う~ん、いまいち感動しなかった。

イタリアの静かな田舎町で起きた美少女殺人事件を追う渋い年配の刑事、事件に拘わる人々の愛と哀しみの人間ドラマ・・・
自分には、よく出来た推理小説の映画化という印象の方が強く残った。「人生に乾杯」のほうが面白かったかも・・・^^!

          
          


イートンOG・OBミーティング

2009年07月15日 | Weblog
前回集まったのが5月22日だったから、略2ヶ月ぶりである。THさん、MTさん、Jinさんと4人赤坂の「やげん亭」で顔を逢わせた。

十数年前までは全員一緒に働いていたわけだけれど、今は皆夫々の道を歩いている。一番若いTHさんはニューヨーク育ちでイートン入社当時は日本語の方が苦手なくらいだったから、英語は我々とは全然レベルが違う本物。
MTさんはある時、もっと英語が上手くなりたいと一念発起、会社を辞めてWest Michigan大学へ3年間の留学。帰国後は派遣会社で働いていたが去年、THさんの紹介で外資の正社員として再出発。お二人共遺憾なく英語の力を発揮してバリバリ稼いでおられる。

一方のJinさんと私は、もう「高貴」高齢者だから稼ぐよりも、限られたお金をいかに賢く使うかに毎日腐心している^^!
彼女等とは大きな違いだ(笑)

例によって思い出話も楽しかったけれど、彼女たちの現在の勤め先の話でも大いに笑わせてもらった。THさんの男性上司はどうやら「女性」らしく、その立ち居振る舞い、話しの内容が可笑しくて皆で腹を抱えた。
MTさんのところの社長もユニークだ。いつもジーンズとTシャツなど、ラフなスタイルで通し、客先にもそれで出掛けるという。イートンも米国の会社だけれどもそこまで自由ではない。

偶に会って違う世界のことを知るのも本当にたのしい。

         
         

細胞癌

2009年07月12日 | Weblog

                 
去年79歳になるカミサンの義兄が肺癌で入院した。抗がん剤の投与、放射線治療などのため3度ほど入・退院と通院を繰り返して、肺癌は現在小康状態を保っている。

去年治療中から左手の小指が痛いと云っていたが、一月ほど前、小指が壊死し始めていると診断され、第二間接から切断された。医者は当初肩関節の異常からくる痛みだと、極めて素人的な診断を下していたらしいが、今になって「肺細胞癌(転移)による指の(骨?)組織癌で、極めて珍しい症例だ」と説明しているらしい。

自分には「細胞癌」という言葉は耳新しかったので、少しネットで調べてみた。それによると、肺を組織する細胞自身そのものに起因する癌を肺細胞癌といい、他の原因たとえば血液やリンパ系の癌からの転移と区別しているようである。

残念ながら、肺細胞癌がどこかへ転移したといった症例の記述が何もないので、素人には医者の説明が正しいものなのか否か知る術はない。素人向けに、医者は肺癌治療に強力な薬を使ったため、逃げ場を失った癌細胞が指に転移した、と苦しい(と思われる)説明をしたようである。

素人が憶測でものを言ってはいけないのだけれど、どうも本人から間接的に話を聞いた限りでは、(私には)納得できない説明に思えた。
というのは、肺癌の場合、非小細胞癌と小細胞癌に大きく二分され、小細胞がんは肺がんの約15~20%を占め、増殖が速く、脳・リンパ節・肝臓・副腎・骨などに転移しやすい悪性度の高いがんということであるが、彼の場合はその辺りの詳しい説明が何一つなされていない。むしろ進行が遅いという観点からは非小細胞癌が疑われるのでは?
もっと云えば、担当医が最初から「・・お幾つですか?・・・もうその歳ではねえ・・・」などと匙を投げたような態度だったらしく、患者を救ってやろうという医者としての真剣味に欠ける。

他の国と比べても、日本は医療制度も施設も恵まれている方だとは思うけれど、地域間格差はバラバラでTVニュースになるような最先端の医療が受けられる施設も人も、まだまだ極めて少ないという実態を改めて感じた。
                 


予防注射

2009年07月08日 | Weblog

         
         (これまでのお出かけスタイル)

我が家では「もも(飼い猫)」を屋内だけで飼っている。だからストレス解消のため、毎朝30分程度子犬用の綱をつけて庭先と近所をウロウロ散歩させている^^!

以前我が家にいたシーズー犬の「メイ」は毎年欠かさず予防注射を受けていたけれど、屋内で飼っている猫は不要かと思っていたら左にあらず、今年もお隣の動物病院から案内がきた。

{もも」は我が家に拾われてきたとき、生後1ヶ月ほどで何やらネバネバの粘着剤で全身が汚れていたため、直ぐこの動物病院に連れて行き、頭以外殆んど全身の毛をバリカンで刈ってもらった。良心的な院長さんは手間賃はとらず「実費だけで結構です」と捨て猫だったことに免じて掛かった費用を大幅に負けてくれた。
その後半年も経ったころ、「もも」は今度はコタツで電気のコードを噛んで感電し、死に損なった。その時もこの病院へ駆け込み院長先生に一命を取り留めて貰ったのだ。

予防注射の日{もも」はカミサンに連れられてお隣の病院へ行った。
しかし、「もも」はこの命の恩人とも言うべき院長先生に会うと、必ず「・・フゥ~ッ・・・」と毛を逆立て威嚇するのである^^!

飼い主としては、えらく申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになったカミサンは、人間の子供にでも云うように

「もも!先生に一方ならぬお世話になっているのに、ダメでしょう!」

と云ったものである(笑)

「もも」にとっては、先生はいつも痛いことや嫌なことばっかりする敵だもんね!仕方ありません・・・^^!

        
        (今度キャリーボックス買いました^^!)


こだわり

2009年07月04日 | Weblog

           

先々月(5月)和室の前が無防備なので目隠しに山法師を植えた。背丈2.5Mほどあり、根にはバケツほども土が付いていたから、かなり重くて大変だった。

植える位置は、散々考えてカミさんが「ここ」という場所を選んだ筈だったのに今になって、もう少し右(部屋から見て)へ植え替えろという。
自分としては珍しく「腰が痛いから嫌だ!」と先週までは断固断っていたのだが、”生憎”この週末(4日)は晴れてしまい、ついに植え替えをやらされるハメになった。

ここの土地は造成地だから、庭を掘ると砕石やら粘土質の固い塊やら雑多なものが沢山混じっていて、穴を掘るだけでも一苦労なのだ。
少し大きめに掘って、赤玉と培養土を入れ、隙間にも掘り出した土と培養土を混ぜて落ち着かせた。掘り出した元の穴は埋めもどして、余った芝生で目隠しした。

終わってみれば、どうでも良いようなたった60cmの移動!
数年してもう少し枝葉が広がれば、どうということもない距離である。
アバウトな自分としては「・・・チェッ!・・・」なのである。

一汗かいて家に上がったら、幸か不幸か腰の痛みが和らいでいた。
やれやれ、泣く子とカミさんには勝てないw!