Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

「もも」の散歩

2008年05月28日 | Weblog

猫の散歩は、(「もも」の場合)犬と違って遠くまで歩くということはなくて、庭の中と自宅前の歩道をあちこち動き回るだけであるが、毎朝20~30分はかかる。
猫(「もも」だけ?)は神経質だから雨や風が嫌いで、雨でも外に出せとせがむから綱をつけてドアを開けても戻ってきてしまう。そのくせ外に出たくて、いつまでもうるさく鳴く。理屈がわからないから仕様がないけれど世話がやけるわい・・・



今朝は、ご近所の柴犬と気があったらしく、お互い向き合ったまま動かない。普段、他の猫や犬を見ると家の方に隠れてしまうのに、どうしたことだろう・・・?
聞けば、その柴犬は家では飼い猫と一緒に仲良くしているそうで、「もも」は見ただけで優しそうな犬だと思ったのだろうか・・・
お互い、怪我をしても相手にさせてもいけないので、飼い主が引き離した。犬・猫にとっては余計なお世話だっかな?

     

     

その後いつものように、道路並木の銀杏によじ登ったりしていたが、お隣の玄関先に巣をかけたツバメが忙しなく飛び交うので、狩の本能に刺激されたらしく、いつでも飛びかかれる準備でしばらく身構えていた。
ツバメを捕らえてはイケマセンよ!!

          


カルミア

2008年05月26日 | Weblog

    

知らなかった。毎年庭の片隅でひっそり咲いていたのだが、気にも留めなかった。
なにしろ此処へ越してきた当初、植木屋さんに予算内で適当に木を選んで植えてもらっただけなので、木の名前さえ確かめなかった。
先日(土曜日)の朝庭に出てみたら、ヤマボウシも、ツツジも、小手鞠もみんな散ってしまった後に、この花と紫ランだけ花が残っていた。見るとは無しに近寄って良くみたら、なんとも珍しい形をしている。蕾は昔の紙風船を小さくしたような姿。
カミさんに木の名前を訊ねたが、知らないとのこと。まあいいっか、と取り敢えず新発見したような気分で写真に収めた。

    

後で、何気なくあちこちのブログを散歩していたら、偶然この花の写真に行き当たった。カルミアというそうである。蕾はコンペイトウとも呼ばれるらしい。なるほど・・・


日本婦道記

2008年05月23日 | Weblog

                 
山本周五郎の「日本婦道記」を読んでいる。表舞台には出てこない、しかし寡黙に筋を通して献身的に生き抜いた封建時代の優れた女性たちの話である。
勿論、時代が異なるから現代にそのまま通用する生き方とはいえないのだけrど、読み進むうちに目がうるうるしてしまうこの共感は一体何だろうか・・・
例えば「松の花」や「箭竹」では、己を捨て信念と強靭な精神力でひたすら主人や子のため尽くす凄まじいまでの生き方は、しかし考えてみると私の母親の年代、つまり明治生まれの人間ならごく当たり前だったのではないだろうか・・・
この本に出てくるほど立派ではなかったけれども、母も子供たちへの献身という面では、かなり近い生き方をしていた。その辺りが自分にとって遠い昔の話とは思えない所以かもしれない。
また、「糸車」、「風鈴」では(利・豊かさ)に捕われて(心・清らかさ)を捨ててしまいがちな人間の弱さを戒めて、現代でもそのまま通用する。
確かに、昔と較べて現代のほうが物質面では豊かになったかもしれないが、精神面では逆に貧しくなってしまったのではないだろうか。今はお金のために他人を騙したり、己の得になることしか考えない人間が、当たり前のように多くなった。文明がいくら進んでも人間の生き方には進歩がないみたいだ。
自分も反省しなくては・・・


外川

2008年05月19日 | Weblog
前日(17日・土曜日)はサイクリングでやや疲れたので、今日(日曜日)は楽してバイクに乗って景色を見に行くことにした。 昨日は初夏のような日差しだったから、朝の予報で気温が低めだった房総の海沿いを目指した。

R295で成田空港の中を横切ると、あとは道なりに埴輪通りを行けば、わずか50キロほどで九十九里に着いてしまう。のんびり走るつもりなので、細い県道30(ビーチライン?)に出て北へ向かった。
旧道だから海岸沿いをくねくね曲がって進み、古びた町並みが所々現れる寂しいコースだ。喉が渇いたので、気の利いたコーヒー・ショップでもないかと思ってキョロキョロしながら走ったが、それは無理。
ショボクレた○○食堂やXX民宿くらいしか見当たらない。諦めてそのまま走り続けたら飯岡漁港に着いてしまった。
飯岡では知らぬ間に、漁港の一角にトイレ休憩ができる公園が出現し、岸壁では釣りを楽しむ人で賑っていた。公園にバイクを止めて小休止。嘗て子供達を遊ばせた断崖の下辺りを眺めながら、随分変わったなあ・・と暫し感慨にふける。

いつもはそこから犬吠崎に出るのだが、今日は手前の外川漁港へ下りてみた。外川は崖にへばりつくようにしてある急坂の小さな旧い町である。
乙川優三郎の小説には銚子を舞台にした時代物が多いが、遊郭や飲み屋があった外川の名前も良く出てくる。
途中に大杉神社という古びた神社があったので、急な階段を上まで登ってみた。今にも朽ち果てそうな社の隅に、場違いに新しい源俊頼の歌碑があった。町興しのために観光客でも呼び込もうとしたのだろうが、何の効果もなさそうだ。

そこから海沿いに少し走ると長崎海岸(海水浴場)にでる。手前に「水郷筑波国定公園。霞石の採取禁止」の石碑。知らなかった。
近くに地元のお年よりがいたので、訊いてみたら「今はもう石を持ち出す人なんかいねえし、何も禁止になんかなってねえだよ」とのこと。ついでに、岩場で何か採っている人がいるけれど何が採れるんですか、と訊いたら「何でも獲れるだよ」。カキは?「カキは海に潜らねば駄目だあ」・・・ごもっともです!(笑)





犬吠崎はパスして真っ直ぐいつもの君ヶ浜の駐車場へ。砂浜で、コンビニで買ったドーナツとソフト・ドリンクで軽いお昼。走っていると寒いくらいだったけれど、暫く薄日に当たっていたら暖かくなったので、早めに帰途に。たっぷり時間をかけてのんびり走った147Kmのショート・ツーでした。

牡丹

2008年05月04日 | Weblog
2年前牡丹の苗木を買ってきて庭先に植えた。最初の年には大輪の花を3つ,4つ咲かせて大いに目を愉しませてくれた。翌年、葉だけは茂らせたけれど花は一輪もつけなかった。根元に肥料もやらず、何の手入れもせず放ったらかしだから仕方ない、と諦めていた。今年、2本出た茎はやや細くて弱々しかったけれど、そのうちの一方に立派な花を一輪だけつけた。飼い犬の「メイ」が眠っている墓の直ぐ脇だから、まるで豪華な供花のよう。
それにしても、植物の生命力はなんと力強くやさしのだろうか!

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筑波山神社・牛久大仏

2008年05月01日 | Weblog

5日、入曽の実姉が遠路はるばる千葉まで遊びに来ることになったので、お昼はつくば市内のチョッと気の利いたレストランで食事するとして、その後どこか案内するつもりで今日バイクで下見に行ってきた。

先ずは筑波山神社。たいして規模の大きな神社ではなく、斜面にへばりついている感じなので近くに駐車場がなく、下の市営駐車場からは歩いて10分もかかる。直ぐ近くにホテルや土産物店の有料駐車場もあるがどこも狭くて料金高そうそう。境内も社殿もこれと言って話の種になりそうな目玉が見当たらず、イマイチだなあ・・・





神社手前の大御堂には立派な大樟があるというので立ち寄ってみた。確かに大きな樟の木が3本あったが、寺の敷地には無粋な柵を作って立ち入り禁止にしてあり、やや離れた外の小道から眺めるだけ。観光地ずれしてる割に参拝客にはやたら不親切。どうもいただけない。筑波山神社はやめにしとこ。





次は牛久大仏。歴史がある訳でもなく、ただでかいだけ(高さ120m)でアリガタミのないコンクリートの建造物だけれど、こちらの方が少しは話の種にはなるかも・・・

出現したてのころバイク仲間と1、2度来たことはあるが、お金を払ってまで大仏のお腹の中へ入る気もせず、毎回外から眺めるだけ。それで十分という気がする。



三つ目はシャトー牛久。その昔、日本で初めて(?)ワインを醸造したとかいう工場跡を観光向け博物館にしてある。付属のレストランで地ビールや牛久ワインが 楽しめる。ただしワインは正直いって美味くないが、施設見学だけならいいかも・・・

帰りに近所のGスタンドでガス入れたら、前日比早速リッター30円も値上がりしてた!・・・・ったく、もう!

自民党のオタンコナスめ!
「暫定」のまま高い税率を何十年も引きづって、この上更にあと10年も我々からう余分な税金をむしりとるつもりか!!