Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

ハローワーク

2009年01月29日 | Weblog

                 

去年、定年で退職された元同僚のYNさんがひょっこり川越の私の勤め先に姿をみせた。彼は英語が上手いし細かい部品の専門職だったから、そのまま残ってもう暫く働き続けたかったらしい。
が、定年後わずか半年で、延長叶わず辞めていかれた。今は失業保険を貰いながら職探しに走りまわっている。ハローワークにも通っているけれど、60過ぎた人には略ノー・チャンスで、まだ面接すら一度もないとか。厳しいものである。

実は私も64の時、人材銀行に登録したり、ハロー・ワークで新しい仕事を探してみたけれど、全て徒労に終わった経験がある。
ハローワークのホームページで、「これは・・」と思える会社を片端から当たって履歴書を送った。案内に「年齢制限なし」とわざわざ断ってある会社でさえ、実際は明らかに制限があって、本音と建前を使い分けているのが手にとるように分かった。

YNさんも多分今同じ思いをしておられるのだろう。それかあらぬか、彼は以前から自分で起業したいといっていたが、今日私の机の上に一冊のパンフレットを置いていった。
ドイツの航空会社でも扱っている、長旅する人向けの健康ソックスFly&Careを販売するのだという。起業するのは並大抵なことではないと思うが、頑張って是非成功させて欲しい。現在のように混沌とした時代は、新しいビジネスを始めるよいチャンスではあるのだ。

              

                   ★イラストはYahoo無料素材集より


Approaching

2009年01月24日 | Weblog

                 
勤務先の会社にもいよいよ不景気の大波が押し寄せてきた。今週初め米国本社からリストラ計画のアナウンスがあって、ワールドワイドで45,000人ほどいる全従業員のうち、8,300人あまりを解雇するという。
日本のトラック部品事業部働く従業員は15人ほどいるから、2,3人はリストラされる勘定になる。先ずは年寄りと経験の浅いものから候補に上がるだろう。コワイ話である。
                 
22日(木曜日)、親友のJinさんと年が明けてから初めて飲んだ。勤務先の後輩YMが久しぶりで川越に顔をみせたので、誘って3人で件の赤ちょうちんへ行った。景気のはなし、投資、ゴルフ、東京事務所内の動静、むかし話などで盛り上がり、終わったのが9時。いつもより1時間も長く呑んでしまった。
我孫子に着いたら乗り換えの電車が発車した直後で、次の電車まで待ち時間が25分もある!
小腹がへったので、駅前の「松屋」に入って480円の牛丼を注文した。初めて入ってみたけれど、味は元祖にやや劣るかな・・・
そう思いながらも、残さない主義だから全部平らげてしまい、少々食いすぎである。ホームに行ったら電車が来ていて、急いで空席を探して座った。後はひたすら眠くなり、本も開かず25分間の転寝。ハッと目が覚めたら下車駅で、危うく乗り過ごすところだった。
                 
翌日、高校時代からの親友JN君からメールをもらった。彼はまだ週2回テニスを楽しんでいるらしい。あんな激しいスポーツがよく続けられるものだと感心する。
自分も身体だけは結構鍛えている方だと自負していたが、最近身体のあちこちに老化現象が現れてきて、カラ元気を出してはいるものの、内心「やはりもう無理はできない・・」と思うようになった。
最近、愛読しているブログのオーナーの方が心筋梗塞で倒れ、最近まで暫くブログ更新ができなくなっていたが、自分も何時突然病に倒れてもおかしくない年齢になってきたことを思った。
まだ、特別どこも悪い所がないと本人は思っているけれど、そういう差し迫った状態に今はなっていないだけで、本当は何かが進行していて、ある日プッツンと糸が切れるかもしれない。
少しづつ、しかし確実に、この世のあらゆる物事は進行している。
あるものは終焉に向かって、あるものは新たな誕生に向かって・・・
                 

                  写真、イラストはYahoo無料素材集より


初乗り

2009年01月18日 | Weblog

昨日(17日土曜)、晴れで気温もやや上がるとの予報だったので、バッテリー充電のため一ヶ月(それ以上?)ぶりにバイクを引っ張り出した。
朝10時頃、恐る恐るスターター・ボタンを押してみたら、思ったより力強くスターターが回って、何なくエンジンが掛かった。

急いで支度開始!
下は、皮パンツの下に薄地のものとラクダの股引を2枚重ね。上は長袖の遠赤外線肌着2枚重ねに厚地のカッター・シャツとセーター!!
10時半、モコモコになってバイクに跨った。
これだけ着込むと身体が自分のものじゃないみたいで、何だかぎこちないロボットに変身したような感じだワイ(笑)
行く先を迷っていたけれど、那珂湊に決めてR356を佐原に向かって走り出した。頬に当たる風は冷たいけれど気持ちよい。寒さが戻る午後3時前には帰ってくるつもりだったから、法定速度一杯で飛ばす。
R51の途中で、前から気になっていた第38番札所の標識に従って畑道に入ってみたが何も見当たらず空振り。
そのまま休まず一気に大洗まで走ったが、那珂湊まで後少しのところでオシッコが我慢できなくなり、水族館手前の海浜公園に駆け込んだ。出発してから2時間、この季節無理もないワイ。

         

自分バイクのところへ戻ったら、シルバーのピッカピカの大型バイクが横に止ってる。エンブレム見るとBoulebirdの文字。M109だ!
乗り手は50がらみの落ち着いた感じの中年男性。これまで隼でかっ飛ばしていたそうだが、子供が育ちあがったのでそろそろノンビリ走行に切り替えようと去年の夏クルーザーに変えたという。
M109は初めて実物をみたが、Harley-DavidsonのV-rod系のデザイン。かなり飛ばせるタイプのバイクとみた。
30分ほど話込んでしまい、時計をみたら12時半。急いで彼に別れを告げて那珂湊へ。オジンライダーさんのブログに、みささんから書き込みのあった「あんこう丼」の店が気になっていたので市場の食堂を端から端まで歩いた。ようやく見付けた店は市場中央部のヤマサ。
しかし、生憎まだ腹も空いてなかったので試食は次の機会にして帰路についた。予定よりわずかに遅く、午後3時半無事帰宅。走行200キロ弱、快適な冬のショート・ツーでした。

          

          

          

          


柴又帝釈天

2009年01月13日 | Weblog

         

今年はまだ何処へも初詣に行ってなかったので、11日(日曜)初めて柴又の帝釈天題経寺へ行ってみた。

京成・柴又駅の改札を出ると、駅前の小さな空きスペースに早速お馴染の「寅さん」の銅像が。像の前は記念写真を撮る人が後を絶たない。

寅さんで思い出すのは、俳優の故・渥美清さんのことで、GMに勤めていた1980年、米国出張の帰りに機内で、私から通路を挟んで2列離れた左の席に座っていた渥美さんをお見受けした。
最初機内に乗り込んだときは気付かなかったのだけれど、付き人の方にひどく丁寧なものいいで話されている声に、「あれっ?」と思って横を見たら紛れもない渥美清さんだった。私が凝っとみていたものだから、気付いた渥美さんがこちらをみてにこっと笑顔をみせてくれた。超有名な俳優なのに、偉ぶったところが微塵もない、気さくな人柄が偲ばれた。

         
         

参道の両側には小さな食べ物屋さん、お土産屋さん、屋台が所狭しと軒を連ね、人の波でごった返している。なるほど、気取ったところがどこにも見当たらない庶民の匂い芬々である。
時間はまだ11時ころだったが、賑わっている焼き鳥屋の匂いに釣られて焼き鳥と枡酒を注文した。陽だまりの店の腰掛に座って一杯やってから寺の境内に入った。

         
         

入り口から本堂まで参拝客の長い列が続いていたので、寺の周囲をゆっくり一周して南大門の方に出たら、本殿の隣りの建物に見学者用の下駄箱があったので、中を覗いてみようと上がってみた。中には何も見えず、周り廊下を伝っていったら期せずして本堂の拝観場所に出てしまった。何のことはない、行列に並ばずに拝観できてしまった。

         
         

題経寺を突き抜けた裏はすぐ江戸川縁で、千葉県側と舟で結ぶ「矢切の渡し」がある。今でも夏は毎日、冬は土日に運行している記念碑的渡し舟であるが、乗ってはみなかった。
人込みを歩き回って大分疲れたところで時計を見たら午後1時。来たときと違う千代田線・金町経由で御茶ノ水から新宿へ出、駅ビルでお昼を食べて帰った。外は寒かったけれど、楽しい一日だった。


しもやけ

2009年01月09日 | Weblog

栄養も行き届き、真冬でもぬくぬくとした暖房の利いた家で育ったいまどきの若いひとには無縁だろうが、私がガキのころ(終戦直後)は冬になれば手足にアカギレ、しもやけができるのは当たり前だった。

時々姉が、アカギレでひび割れた手の甲を見かねて「まるで鳥の足みたいだ・・」といいながら、洗面器に熱い湯を張って洗ってくれた。最初は痛くてピリピリするのを、姉がしっかり押さえつけて我慢させ、洗い終わるとメンソレ-タムをたっぷりすり込んでくれた。

足の指はしもやけで、痛いより暖かくなってから痒くなるのが嫌だった。
やがて大人になり、そんなことはすっかり忘れていたが、去年の冬、足の指がしもやけ状に赤くなり、歩くと痛くなった。歳とって血の巡りが悪くなったからだろうと勝手に想像して、靴下を3枚も重ねて履いてみたが、靴が窮屈なだけで何の効果もなく、足の指左右各1本は爪が黒ずんで死んだ。

一夏を過ごして元通りになったこの冬、またまた足がしもやけ状になってきた。今年は「戦略」を変えて、先ず薄手の靴下を履き、その上から靴下用カイロを張ってその上に厚手の靴下を重ねてみた。
こうすれば靴も窮屈にならず、カイロは結構長持ちするので朝と昼2回張り替えれば16、7時間は持つ。今のところGoodである。

        


宝くじ

2009年01月07日 | Weblog

これまで、もう何十年となく宝くじを買ってきたけれど、下一桁のカス以外唯の一度も当たった例がない。持って生まれて籤運が悪いらしい(笑)。
流石に定年後は、ムダ使いと心得てこのところ買うのを止めていたが、
今日お昼を食べに近くのSCに行ったら、一等一億円の新春出初くじが一枚200円で売り出されていた。久しぶりに食指が動いて5枚だけ買った。

カミサンはいつも一枚しか、それもめったに買わないようだが、それでも以前一万円当たったことがある。どうせ夢を買うだけだから10枚も20枚も買うのはアホだといい、私にも一枚だけ買えという。
確かに、買わなきゃ当たらないけれど、何十枚買ったところで確率的には限りなくゼロに近い。それなのに(自分も含めて)殆んどの人は10枚単位で買っている。やはり夢が期待に傾いているからだろう。

抽選日には、絶対「鷹」の夢を見て発表を待つことにしよう!
フッ、フッ、フ・・・
         


2009、正月

2009年01月05日 | Weblog
         

暮の26日から正月5日まで、11日間もあった休みも今日でお終い。
世の中、不景気の煽りを受けて凶悪なタクシー強盗やら、派遣労働者の失業問題やら、はたまたパレスチナではイスラエルの軍事侵攻など連日暗いニュースで明け暮れたけれど、そんな中で大してめでたくもないわが家の正月も何となく無事に過ぎていった。
幸い天候だけは連日晴天に恵まれたから、暗くなりがちだった気分は大いに救われた。今年は周囲も正月だからといって、例年のようなウキウキしたところがなく、きわめて平穏な三が日だった。
この歳になると酒量も自然と減ってきて、有り難いことに収入に見合った分しか呑めなくなる。それでも連日酒盛りを続けたせいか、いささか呑みつかれて、今日はもういつもの通り「氷結」一缶でチョン!

また明日から普段通りの生活が始まる。
今年は年初に何も計画めいたことは立てなかった。去年と変わらず平穏に過ごせたら、それで十分だと思って・・・