Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

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JAB-NET・10周年記念ミーティング

2007年08月27日 | Weblog
JAB-NETというのは、バイクのネットワーク・サイトの一つで、Japanese American Bikers の頭文字をとって「JAB」、つまり通称アメリカンと呼ぶHarley Davidsonに代表されるクルーザータイプの和製バイクの集まり(Network)である。
サイト誕生後、今年で10年を迎えたのを記念して8月25、26日に富士山の麓でミーティングが行われたので参加してきた。

思えば、55才でリターン・ライダーとなった当初からJAB-NETメンバーの方々のお世話になり、JAB-NETを通じて沢山の仲間や他のグループとも面識が出来た。今では東京近県のみならず遠く関西方面の方々とも交流があり、まさにバイクの効用大である。

さて出発の当日は隣町のMOMOさんと何時もの自動車ディーラーの前で5時半に落ち合った。今回は首都高は止めて高速湾岸線(R357)-環八-東名のルートで次の集合場所、海老名SAに向かうことにした。
環八を蒲田から東名東京ICまで走るルートは、MOMOさんのご実家が蒲田なので空いている走行レーンまで熟知されており、渋滞知らず。首都高が混んでいる朝晩は、千葉と東名を結ぶとても重宝なバイパスである。

7時に東京ICから東名に上がった。しかしすぐに流れはわるくなり、仕方なく擦り抜け開始。最初は緊張しながら低速で、数キロ走ると慣れてきて速くなる。しかしベテランのMOMOさんは流石に速く、間もなく視界から消えてしまった。あとは無線でやり取りしながら海老名SAまで擦り抜けの連続。MOMOさんに遅れること数分でSA到着、ZOOMさん、NORさん、見果てぬ夢さんと合流した。
海老名から先の流れは順調だったが、次の集合場所富士宮までは、まだたっぷり時間があったので下道を行くことにして大井松田で東名を降りた。R246も流れはスムーズで御殿場からR180へ乗り継ぎ、今晩の会場表富士グリーンキャンプ場へ一番乗り。標高1200mなので涼しい。

 

キャンプ場を下見してから11時少し前に富士宮市に到着、ジャスコSCで岐阜から参加ののりPさんと合流。全員揃ったところでSCのレストランで昼食。外はうだる暑さなので、エアコンの効いたSC内は一時の安らぎの空間。昼食後、食品売り場で今晩の食料と酒を仕入れて再び炎熱地獄の駐車場へ。急いで荷物を纏めて再びキャンプ場へ向かう。
キャンプ場の売店では、既に到着していたオジンライダーさんのグループ5人がビールを飲んで寛いでいる。挨拶もそこそこに、荷物を降ろして身軽になり再びバイクに跨って近くの温泉・天母の湯へ。


 
サッパリして戻るとようやく会場の準備が始まって、参加者も三々五々集まってきた。ゴン太さんファミリーは息子さんを除く全員5人、GONさん、ミスターキングさん、何年ぶりかでお逢いする懐かしい面々。主催者の服部さんの挨拶の後、適当に集まってお酒を酌み交わしながら、お喋りで旧交を温め、夜は深けて行きました。外は次第に気温が下がってきて夏姿では寒く感じるようになり、自然と焚き火の周りに人が集まってきます。酒も入っているのに、それでも寒くて我慢できなくなり、我々6人はバンガローの中で改めて飲み直しましたが、もうテンションは上がらず寝床に潜り込んだのでした。

翌朝5時に目を覚まし、外に出てみると年配ライダーの皆さんは既に起きだしていて、夜露でぬれてたバイクの掃除を始めている。今日もよく晴れて背後に富士山が黒々と聳えている。我々6人は、MOMOさんが入れてくれたコーヒーを頂いてスッキリと目を覚まし、帰り支度にとりかかった。若い人たちは、その頃になってようやく起きだしてきて我々年配者との差を見せ付けている。
 
 

オジンライダーさんのグループ5人は早々と出発してしまい、残った20数人だけの記念写真撮影となりました。

我々6人も、やおらしてから皆さんに別れを告げて帰路に就きました。昨日の皆さんの渋滞情報から判断して、近くの観光地は全てパスして真っ直ぐ帰ることに決定。とりあえず他の皆さんとは次の再会を約してキャンプ場を後にしました。
MOMOさん、ZOOMさん、私の3人は来た時の道をそっくりなぞって帰ってきました。お陰で渋滞とは全く無縁で、昼過ぎには無事千葉県の自宅に戻っていました。今回の走行460Km。

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ネット

2007年08月23日 | Weblog
ゴム製の網のことね(^^!
今週末、富士の裾野で一泊キャンプ(と言ってもバンガロー)ツーリングあるので、かさばるシュラフだけは後部座席に括りつけて行かねばならず、もしかして下に敷くクッション・シートも要る・・と思ってツーリング・ネット買いました。一つ持っていたのですが、どこかにしまい込んで見付からず、見付かっても多分大分ヘタッテいるはずなので新調。サイズが”L”しか無かったのでそれにしたが、チョッとデカイかな? まあ、大は小を兼ねるというから良しとするか・・・



今のバイクにしてからは大型のサイド・バッグを取付けたので、ネットの世話になることは殆どなくなったが、以前スティードに乗っていたころは時々ヘマした。ペット・ボトルとか小さくてやや重量のある物をくくっておいて、途中で落としてしまう。荒れた路面で跳ねた時、網の目からポロリ! ネットで括るものは、やはり軽くてかさばるものに限るようだ。
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夏休み(2)

2007年08月20日 | Weblog
11日から始まった一週間の夏休みも、終わってみればあっけない。特に今年は前半の三日間は、お腹をこわしてごろごろしてたから何をする気力も湧かないし、おまけに連日記録的猛暑とあっては、ただひたすらエアコンの効いた場所で時間をやり過ごす外なかった。そんな中で、唯一小中学時代の同窓生(音楽家)が企画・主催した音楽会だけは楽しみにしていたから、約束通り参加してきた。プロ・アマ混成のコーラスグループと楽団で、彼の編曲、作曲、オペラいろいろ取り混ぜて2時間、故郷の国分寺を思い出させてもらった。終わってから、一緒に行った友達と一杯やって帰ったから帰宅は深夜になってしまったが、久しぶりにのんびりした時間が過ごせた。

ところで音楽会のあった日(16日)の朝4時半ころ、かなり強い地震で目が覚めた。10分くらいして余震があり、その後数時間おきに小刻みにゆれる体感地震を何度も感じていたが、その日はそれで収まった。震源地は千葉県東南海沖で近いから、自宅のある千葉北西部でも震度3程度はあったと思われる。余震は翌日も数回あり、何だか不気味な感じで過ごしていたが、翌々日18日の夕方にも大きなゆれがきた。
新潟中越沖地震のあと、地球の裏側ペルーでも大地震があり、立て続けに起きる大地震は、騒がれている地球温暖化とは無関係なのだろうが、何か不安な気持ちにさせられるのは自分だけだろうか・・・

夏休み後半も、桃狩りを計画していたけれど潰れ、来客があったりして、忙しく動き回っている最中に愛車のフロント・バンパー左端を大型RVのステップに擦って傷をつけたり、ろくなことがなかった。思えば夏休み前の最後の出勤日、Bad Newsが入ってきて、最悪、仕事がなくなってしまかもしれない事態が生じていることを知った。もうまな板の鯉だけれど、あれ以来悪いことばかり続いている気がする。今はじっと堪えて嵐が通りすぎるのを待つ心境。
まぁ、せめて熱中症にだけは気をつけて、水分だけは充分取るとするか・・・

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夏休み

2007年08月10日 | Weblog
8月10日から勤め先の会社が夏休みに入る。定期が8日で切れたので、1週間無駄にするのも癪だから、セコイけれど継続はやめて9日だけ車で出勤した。片道80Km、2時間半かかるけれど、電車と変わらないし、エアコン利かせてれば外の猛暑とは無縁で真に快適。歩かないでドア・ツー・ドアだから汗ひとつかかない。偶には車通勤もいいなあ~・・・


最終日、倉庫内の大掃除を手伝う。半年分の埃が積もった部品棚を濡れ雑巾で拭き取る。この暑さの中では少し動いただけでも大量の汗。下着は思いっきり汗を吸って肌に張り付き、気持ちわるい。着替えを持って来なかったので、仕方なく水で洗ってハンガーで軒下にぶら下げておいた。何のことはない、2時間でカラカラに乾燥!

さあ昼飯だ。しかし若い頃は、夏暑くても食欲が落ちるなんてことは全くなかったけれど、大好きな脂っこいものに余り食指が動かなくなった。鰻は定番だけれど、中国産の悪いイメージと食品メーカーのウソが重なって、国内産と断ってあっても信用が置けない。肉類も何となく食べたくないし、となると麺類や豆腐、サラダなど淡白なものばかりに目が行く。結局うどん付きの小さなコンビニ弁当とヨーグルトにした。女の子が食べるような感じの食事(?) それでも別に体力が落ちるわけではないから構わないものの、ただ何となく昔を思うと情けない。シニアの夏。



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盛夏

2007年08月08日 | Weblog
参議院選挙も終わって、日本列島北から南まで夏真っ盛り。東京は連日30℃を越える猛暑で、週5日フルに働いている65のジジイには片道2.5時間の通勤は結構きつい。それでも早朝のランニングは毎日欠かさず、電車の乗り換えにエスカレーターは使わず、とにかく歩く、ということを心がけているせいか今のところ至って健康。気持ちだけは「まだまだ!」というつもりでいる。
しかし、毎日こう暑いと重たいバイクを引っ張りだすのも一苦労である。何しろ階段3段分ほど高い玄関のたたきの上に駐車してあるものだから、上げ下ろしの前に長さ4mのアルミ板4枚でスロープを作らねばならず、夏場はそれだけで大汗をかいてしまう。それだけに、よほど気合を入れてかからないと折角の「走ろう」という気持が途中で萎えてしまい、腰砕けでやめてしまうケースが多くなった。11日から15日までは勤め先が夏休みなので、一度は気合を入れて走ろうと思っている。

ところで先の衆院選では自民党が大敗し、民主党が衆議院で第一党に躍進した。個人的には2大政党政治がよいと思っているので、今回の国民の選択を大いに歓迎している。ただ一つ気になることは、与党の意見はともかく、経済界、識者、評論家と言われる方々に意外と多いのは、まだ政権をとったわけでもない民主党にたいする牽制意見である。曰く「政局の混乱は避けるべし、与党との協力を」「政治には、より実務的な判断を」「責任政党として国政を担う能力があるのか?」等々。
何故もっと長い目で、国民が選んだ選択を見守れないのだろうか?
いずれ将来2大政党が実現して互いに切磋琢磨するようになれば、もっと真剣に政治が執り行われると思う。そうすれば、少なくとも国民を愚弄する詐欺まがいの年金問題などは起きないと思うのですが、さてどうでしょうか・・・

暑い夏に、余計つかれる話題でした!(笑)
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Failure to High

2007年08月01日 | Weblog
去年9月に買ったデジカメ壊れました。これで2回目。前回3月の時もレンズが出たまま元に戻らず、CCD不良・無償交換というのが修理明細の記録に残っていました。今回も同じくレンズが伸びきった状態で戻らず、仕方なくタオルに巻いてカバンに入れてそっと持ち帰ったが、電車の中で押されたかどうかして、3段に分かれて伸びるレンズの真中の筒がスカスカになってしまった。つまり移動中に更に二次破損が追加されてしまったようなのである。

物を設計する場合、それが壊れた時のことも想定して、被害が最も少なくなるような破損モードにしておくというのは、今日では極当たり前のことではないだろうか。仕事柄大型トラックの多段トランスミッションを扱っているが、Hiレンジ(高速段)~Loレンジ(低速段)切り換え装置(エア・システム)は、壊れた場合は(エンジンの過回転を防ぐため)必ず安全側になるようHiレンジ(高速段)に切り替わる構造になっている(Failure to High )。一つの故障が更に大きな破損に繋がらないようにしているのである。
デジカメのことは素人なので全く分からないけれど、CCDが壊れたらレンズが引っ込む方向にしておけば、二次破損を防げるのになあ・・・

という訳で、当分の間ブログに写真を載せられない(泣)
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