日本バプテスト大阪教会へようこそ!

教会設立70年目の大阪天王寺にある都会と下町が融合するオアシス空間・吹き抜けのキリスト教会へ、ぜひお立ち寄りください!

主イエスの養い

2022-01-24 10:00:08 | メッセージ

礼拝宣教  マルコ6章30-44節

 

本日は、主イエスが「5つのパンと2匹の魚」を5千人に分け与えたという記事から御言葉を聞いていきます。

30節「さて、使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えを残らず報告した」とあります。これは先の7節以降にあるように、主イエスが12人を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになって町々村々へお遣わしになり、彼らは福音を伝える働きをなした、その報告であります。

それを聞かれた主イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」とおっしゃいます。主イエスのもとには「出入りする人が多くて、食事もする暇もなかった」からそうおっしゃったわけですが。主イエスには他にも多くの弟子が従っていましたので、先の12人と主イエスだけが、舟で人里離れた所へ向うのです。

 ところが群衆は岸から舟に乗られ主イエスと弟子たちに気づき、その舟の向かう岸辺めざして、そこに又町々から聞きつけた人たちが加わって、ガリラヤ湖畔の陸路沿いを先回りし、主イエスの乗られた舟が岸辺に着くのを待ち構えていたという事であります。その切実さが目に浮かぶようですが。

 

さて、これを知った主イエスの弟子たちは、「またか」といったような気持ちにもなったことでしょう。しかし、この切なる思いをもって御許に集まって来る群衆の姿を御覧になった主イエスは舟から上がり、34節「飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた」と言うのです。

御許に来る人を主イエスはこんなにもいつくしまれ、受け入れて、追い掃おうとはなさいません。この主イエスの「憐れみ」は単に可哀そうというような思いを超えておられます。へブル語の原語「ヘセド」は憐みや慈しみと訳され、「断腸の思い」という意味です。それは相手の痛み、苦しみを自らのように身に受けて、自分のはらわたが痛むほどの慈愛をもって憐れまれるということです。

それは群衆の一人ひとりが、身体的、精神的、経済的、社会的に苦しみ、あえいでいたという事は確かですが。イエスさまの深い憐みの出所は、群衆が「飼い主のいない羊のような有様であったからである」と、あります。

もし統治者や首長らが彼らの苦しみを聞き、食物も生活も医療も得られるように働きかけていたならどうだったでしょう。又、律法学者や宗教的指導者が神の愛とゆるしによる救いと魂の回復を執り成し続けていたのなら、彼らの魂が枯れ果てるほどに苦しむ状態で人びとが押し寄せることはなかったかも知れません。

彼らは様々な困窮の中で、病のいやし、汚れた霊による苦しみからの解放、又世の圧政と抑圧からの解放を主イエスに求めました。それに対して主イエスは神の言葉を語り、又いやしと解放の御業をもってお応えになられました。が、その「御業」自体は、主イエスがお出でになられた目的のためのしるしでしかなかったのです。ではその目的とはなんでしょうか。

 

それが先の聖書の御言葉に導き出されているのです。

飼い主のいない羊のようなものがまことの飼い主であられる主と出会い、主に養われて生きるものとされる」。それこそが主イエスがお働きになられることの大きな目的であったのです。

この群衆もそうでありましたし、私どもも又、この主イエスによって救われ、養われる羊の群であります。命と平安はこのまことの羊飼いなる主からくるのです。

 

本日のところでは、その主イエスの養いが文字通り具体的に記され、「5つのパンと2匹の魚」で主イエスが5千人を養われるのです。

35節「そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう」。

まあ、伝道の旅から帰ってきたばかりの弟子たちは疲労困憊し休む暇もなく、しかも空腹であったに違いありません。ちょっと静かに休みたいとの思いもあったでしょう。

自分たちのこともあるのに、そこまで人の事など考えられず、もうそろそろ群衆を解散させてほしい、との思いがあったのかも知れません。

 

そこで、彼らは「人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう」と言います。

ところが主イエスはこれに対して、こうお答えになります。

「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」。

弟子たちにとってこの主イエスのお答えは意外でした。

さすがの弟子たちも驚いて主イエスに質問します。

35節「わたしたちが200デナリオンのパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」。それは無理でしょうというわけです。

1デナリオンは当時の1日分の賃金に価し、それが5千円だとしたら、100万円以上ということになります。まあそのようなお金を弟子たちが持っていようはずありませんし、スーパーやコンビニなんかも勿論ありませんから、それだけの分の食糧を調達できるようなことなどむろん出来なかったでしょう。弟子たちにとってみれば、「そんなことを言われても、一体どうしたらよいのか」という思いであったでしょう。

この出来事はヨハネ福音書6章にも並行記事として記されております。そこでは弟子の一人であったフィリポが「めいめいが少しずつ食べるためにも、200デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えていますが。

その前のところでは、主イエスがフィリポに、「この人たちに食べさせるためには、どこでパンを買えばよいだろうかと言われた」とあります。そしてさらに、「こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているかを知っておられたのである」と記されているのです。

つまり、主イエスはフィリポに尋ねておられる間にも、ご自分が何をなさるのかを心に決めておられたというのです。

その上で、あえてフィリポにお尋ねになったのは、彼が何かを持っているとか、自分の力で何かができるという状況でないことを知った上で、「ではどうすればよいか、どうあるべきかを教えようとなさっているのです。

もはや自分には何もない、出来ることがない、まさにその時、フィリポや弟子たちが実に、主ご自身がなさろうとしていることに、如何に信頼し、求めてゆくべきかを、主イエスさまは学ばせようとしているのです。

 

本日の記事は4つの福音書すべてに記されていますが。このマルコ福音書にしか記されていない事があります。

それは、主イエスが「パンはいくつあるのか。見て来なさい」とおっしゃり、弟子たちがそれを「確かめて来た」ということです。

大事なのは主イエスと、そのお言葉に信頼し、応えていく信仰なのであります。その信仰を主は喜ばれ、ゆたかにお用いになられるのです。それは神に救いを求める人たちと一緒にその主の恵みと救いを喜び合い、共に主の養いに与っていく祝福なのです。

 

私たちの生の全領域において、主の愛に応え、主の愛が分かち合われていく時、主がどれほど豊かにそれをお用いになるかということを、この5千人の給食の記事は物語っているのであります。

昨今の状況と様々に社会を揺さぶる多くの出来事を前に、私たちもあの時の弟子たちのように無力感や疲れ、不安までもおぼえることが多いかもしれません。そういう中で今、主は私たちに、どのような状況の中でも信頼をもってわたしに祈り求めなさい、すでに主は必要なものすべてを備えていてくださるのです。

私たちに必要なものすべてを予め備えていてくださる主とその御言葉を糧に、希望と喜びをもって今週も歩んでまいりましょう。

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わたしの母、わたしの兄弟、姉妹とはだれか

2022-01-16 18:03:28 | メッセージ

今日の宣教 マルコによる福音書3章20-21節、31-35節

コロナ感染者が増加しているということですが、大阪教会としては感染予防に努めつつ教会の礼拝と祈祷会は閉じることなく守っていきます。

さてそうした中、Iさんから、誤嚥性肺炎のお母様の熱が下がって、車いすにのるためのリハビリをされているとのお知らせを頂きましたが。昨日次のようなファックスを頂きました。「1ヶ月振りに母の顔を見て参りました。主治医の先生の御厚意で面会が制限付きで許され、主人、私、三人娘が会って参りました。一日の大半はうとうとと意識がない状態でベットに横になっている様子なのですが、金曜日、面会した時は、薄く目を開け、笑った様な表情をし、帰り際に手を振ってくれ、信じられない様な数十分を過ごしました。「神様からの贈物だね」と、娘。腎機能の低下、誤嚥性肺炎、高カロリーの栄養も投与出来ずで、何時、病状が急変するかわからない、と先生からお話しがありました。教会の皆様のお祈りに支えられていることを実感した一日でした。皆様に宜しくお伝え下さい。」 私は面会できませんが、Iさんの「信じられないような数十分を過ごしました」。娘さんの「神様からの贈物だね」との言葉に、そこに居合わせなくても、何ともいえない臨場感が伝わってきました。

 

本日はマルコ福音書3章の先ほど読まれました個所より御言葉に聞いていきます。

先々週はシモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの漁師たち、先週は徴税人のレビが主イエスに招かれ従っていった記事を読みました。3章にはその彼らを含めた12人の主イエスの弟子たちが紹介されています。20節には「イエスが家に帰られる」とありますが。この家は2章にも記されています弟子のシモンとその兄弟アンデレの家であったと考えられます。そこには「群衆がまた集まって来て食事をする暇もないほどであった」ということですから、それは家じゅうがごったがえし大変な騒ぎようであったでしょう。

 

するとそこへ、イエスの身内の人たちがイエスのことを聞きつけて、「取り押さえに来た」というのです。新共同訳聖書の改訂訳には「『気が変になっている』と思ったからである」とそのわけについて記されていますから驚きです。

イエスの身内とは、父のヨセフはすでに亡くなっていたと考えられ、6章を見ますと、イエスの母マリア、マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟と、ほかにも姉妹たちがいたとありますので、まあ大家族であったようですね。

その中でイエスは長男でありましたので、早く世を去った父の家業を継いで、一家の生計を支える人として期待されていたと考えられます。

 

そのイエスがヨハネからバプテスマを受けると、霊に満たされて「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という父なる神の声を聞き、神の霊の導きのままに行動するようになります。

この時以来、イエスは神の子として「神の福音」を宣べ伝え、病人や悪霊にとりつかれ、苦しみ助けを求める人たちをいやし、解放されます。又、徴税人や罪人と言われた人たち、世にあって小さく、弱くされた人々と出会い、食卓を共にされていました。

主イエスの行動は肉の思いによらず、ただ御父であられる神の御心に従ってなされます。

しかし、そのようなイエスの態度と行動は家族からすれば、当然果たすべき責任を放棄し、自分勝手で気ままなようにしか映らず、到底理解できるものではなかったのでありましょう。

 

31節には、そんな「イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた」とあります。

けれども、この「外に立つ」という言葉は単に物理的に家の外にいるということではありません。主イエスを切に求めて集まって来た群衆に対し、イエスの家族の心は「外に立っていた」ということを言っているのです。

 

そして、「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、イエスさまは思いがけないことをおっしゃいます。

「わたしの母、わたしの兄弟(姉妹)とはだれか」。そうイエスさまは問い返されるのです。

そして、「周りに座っている人たち(群衆)を見回して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる』」。

 

その主イエスが『ここにわたしの母、兄弟がいる』と言われる目の前の人とは、律法を学び行うことが困難な人、売国奴と揶揄される徴税人、心や体の病に苦しんでいる人、不当な扱いを受けている人、自分の犯した罪の呵責に苛まれている人、生活に苦しむ寡婦、怠け者だと見下されていた人など、様々なことで困り果て、神の助けとお働きにすがるほかなく主イエスのもとに集まって来た人びとであったのでしょう主イエスはその人びとをして、わたしの母、わたしの兄弟だとおっしゃるのです

そして、次のように言われます。

「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」。

御心を行うとは、何か非常に頑張って敬虔に、過ちなく生きよとか、才能をもって何かを為しなさいというようなことを条件としておっしゃっているのではありません。むしろそれが困難な人、そう生きたくても生きられない人たちこそ、主イエスと共にいることを切に願い、必死に主イエスのお言葉に耳を傾けます。そうして神のみもとにある喜びの中で身も魂もいやされるように主イエスに手を置いて戴きます。

その人たちは又、自分の弱さ、痛みを知るからこそ、弱さや痛みを同様に抱える人を我が身のように思い、隣人となって回復を祈ります。そのこと自体が神の御業であり、「御心を行う」ことなのです。そこに聖霊がゆたかにお働きになられ、主イエスがおっしゃる「わたしの母、わたしの兄弟、わたしの姉妹」という神の家族の交わりが生まれるのです。

 

イエスの母マリアはそのイエスに対して理解できませんでしたが。イエスが十字架に磔にされたとき、彼女は、ヨハネ福音書19章で、十字架のかたわらに他の女性たちと愛する弟子と共にいたことが記されています。

 

イエスは十字架上から、そばにいた母マリアと愛する弟子とを見て、まず母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われます。

愛する子イエスがあまりにも無残な姿で死んでゆくことに耐え難いまでの苦痛を受ける母マリア。肉親がどんなに慰めてもいやし難いその苦痛。それは神でなければいやすことのできない傷、痛みでありました。だからこそイエスさまは愛弟子に(それはヨハネであったようですが)、その信頼のおけるヨハネに母マリアを神の家族として迎え入れるよう託されたのです。

 

次に、主イエスはその愛弟子に、「見なさい。あなたの母です」とおっしゃいます。聖書には「その時から、イエスの母を自分の家に引き取った」と記されています。

ここには血縁を超え、神の愛といつくしみに生きる神の家族と招かれるイエスさまの思いが、その愛があふれており、胸が熱くされます。

 

この後、主イエスの十字架を前に逃げ出した弟子たちが主イエスの復活の出来事、さらに聖霊降臨・ペンテコステの出来事を通して、使徒とされキリストの教会が誕生し、神の家族、教会が形成されていくのです。そこには心一つに祈る母マリアの姿がありました。人の慰めが及ばないほどの悲しみ、苦しみ、恐れ。そこに神はおいでくださる。共におられる。

主にある兄弟姉妹はその救いをいつも気づかせ、思い起こさせてくれるキリストにある素晴らしい賜物です。

それは、先ほど冒頭で主に連なる方がたの祈りのリクエストと近況をご紹介しましたが。その中でIが寄せて下さった「教会の皆様の祈りに支えられていることを実感した一日でした」との言葉に、はっきりと具現的に現わされていました。人間は不完全です。それでも主の愛といつくしみのもと、受け入れ合い、ゆるし合い、祈り合って私たちも又、神の家族とされてまいりたいと願います。

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主イエスの招き

2022-01-09 13:54:49 | メッセージ

礼拝宣教 マルコ2章13-17節

 

先週の礼拝では主イエスがシモンとその兄弟のアンデレ、ヤコブとその兄弟ヨハネに目を留め、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と招かれ、各々主イエスに従っていった記事を読みました。本日の箇所では、イエスさまが徴税人であったレビをご覧になり、「わたしに従って来なさい」と招かれます。そして、イエスさまはその招きに従ったレビの家で、多くの徴税人や罪人といわれる人たちと一緒に食事をなさったことがここには記されています。

 

今日の始めの所に、「イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた」とあります。

まあ、主イエスは湖のほとりを歩きながら、人々がそばに集まって来るたびにお話をなさっていたようです。「神の国と神の義」、そのよき知らせを語り、分かち合わずにおれないイエスさまのお姿が目に浮かぶようでありますが。

そういう中、14節「その通りがかりに、アルファイの子レビが徴税所に座っているのを、イエスさまはお見かけ」になります。

この「見かける」とは、単にたまたま偶然に見かけるという意味ではなく、じっと目を留め、御覧になられるという意味です。イエスさまは忙しさのなかにあっても見過ごすことなく、徴税人であったレビに目を留められたということです。それは偶然ではなく、イエスさまのご意志のもと彼を招くために目を注がれたという必然であったのです。

 

レビはこの日、多くの人と物が行き交うガリラヤ湖のほとり、カファルナウムの町の徴税所に座り、人々から統治国家ローマに納める税金を徴収していました。それは主に町の外から人々が持ち込む物品に通行税をかけ徴収する仕事でした。

徴税人の多くは、規定より高い税を人々から集めていましたが、それはローマの暗黙のもと、彼もその分をふところに入れて生活していたわけです。

そのため同胞のユダヤ人たちからは、いわゆる売国奴として見られ、毛嫌いされていたのです。又外国からの物品の中には宗教上「汚れた」とされるものも少なくなく、それらを扱う徴税人も「汚れている」と疎んじられたのです。

ところが主イエスはそのレビに目を留め、「わたしに従いなさい」と言われます。

すると、レビは立ち上がってすぐさまイエスに従ったのです。おそらくレビは初めて主イエスと出会ったのではなかったのでしょう。先回のペトロやアンデレら4人の漁師たちのようにレビもまた湖畔で主イエスのことについて人伝えに聞いたり、もしかするとすでに大衆に交じり話を聞いていたのかも知れません。けれどそれは素晴らしいお話であっても、レビにとってみれば、この日この時まで主イエスは自分と直接関係がなかったのです。福音が語られても徴税人の自分はそぐわない。自分は神の祝福から遠いところにいる。そのような思いをレビはもっていたのかも知れません。

それがなんと主イエスの方から個人的に出会ってくださり、「わたしに従いなさい」とお声をかけてくださったのです。

仕事や立場に関係なく、ひとりの人間として見いだされた喜びに圧倒され、彼は自分に注がれる主イエスのまなざしと招きに、すぐさま「立ち上がって」従います。今までの古い自分と決別をしたその意志のあらわれが「立ち上がって」という言葉によく表されていますが。しかし、それはレビが自分の力でなし得たというものではなく、自分を見いだしてくださった主イエスに委ね切って、新たなる人生を歩み出したということですね。これが本来の悔い改め、メタノイアなのです。

 

レビはその後すぐ、主イエスを自宅に招いて食事をします。

15節「イエスがレビの家で食事の席についておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた」とあるように、その喜びを分かち合いたいと、レビは同業の徴税人や罪人と言われていた人たちを自分の家に招いたのです。

 

この「罪人」とは、いわゆる刑法に反し罪を犯した犯罪人のことではありません。それは宗教上の規則や規定に反する人、又それを守らない人、あるいは、律法を知らない外国人を指していました。そういった人は救いからほど遠い罪人とされていたのです。

しかし、イエスさまはそういった罪人とみなされた人たちと出会い、食事を共になさるのです。

どこの国のどんな文化でも食事を共にすることは特別な意味があります。この年末年始は身近な家族で集まった方もおられるでしょう。又、特に親しい者同士が歓迎の意味でもてなしふるまうこともあります。                                                     ところが主イエスは、ユダヤ社会にあって人びとから嫌われ、排除されていた徴税人や罪人と食卓を共になさるのです。

 

16節では「それを見たファリサイ派の律法学者は、弟子たちに、『どうして彼(イエス)は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と指摘します。

ファリサイとは「分離された者たち」という言う意味ですが。彼らは律法を厳格に守ることによって、彼らの言う「汚れたもの」「清くないもの」からの「分離」を強調したところから、そのような呼び名が生まれました。確かに彼らは真面目で熱心でありました。反面、その真面目さと熱心さで、律法を守らない人、守れる状況でない人までも差別し、蔑んで見下し、その人たちとの接触を避け、関係を断ち切ったのです。そのような者と関わり交われば、自分たちも汚れると考えていたからです。

実は、後のユダヤ人クリスチャンが多くいたエルサレム教会においても、異邦人のクリスチャンとユダヤ人クリスチャンの間で、共同の食事が問題視され、教会の内外で激しい論争が起こっていたということであります。(使徒言行録11章3節~)

このファリサイ人の「徴税人や罪人と食卓を共にする主イエスと弟子たちに」突きつけた物言いは、「おまえはどちらと付き合うのか」「おまえたちもその仲間か」というものでした。

今日の社会、学校や会社、地域、はたまた世界の国々の間においても、「おまえはどちらと付き合うのか」「どちらの側の味方か」という物言いが幅をきかせ、分断や差別を生んでいます。ややもすれば信仰者でも親しい仲間うちだけ、自分たちだけの排他的な集まりになりかねません。

 

ここで、一昨日もお会いましたが。親しく交流頂いている精神科医の工藤信夫先生のご著書「心で見る世界」の中にあります先生のエピソードをご紹介します。

「先日、私は2つの体験をしました。朝、病院へ出かけるためにバスに乗りました。途中あるバス停で、おじいさんが降りようとしました。はかまのようなものをはき、着ぶくれてもいたので、なかなかお財布が出てきません。バスはしばらく停車しました。運転手さんは、いらいらして「まだ出てこないのですか」「まだ降りないんですか」などと言っています。通勤を急ぐサラリーマンも苛立ち、何かぶつぶつ言っているようです。私も、先を急いでいるので、「困ったなあ」「このおじいさん、なんで、もたもたするんだろう、始めから用意しておいたらよいのに・・・・」と非難がましく思ったり、「こんな朝のラッシュ時に乗らないで午後にすればよいのに」と思ったりしたわけです。そのせいか、バスを降りてから非常に暗い気持ちになりました。次の日の夕方、やはり同じバスに乗りました。すると、たちまち、うちの娘と同じ名前、同じ年代のナオ子ちゃんとそのお母さんが乗って来ました。身障者のためのバザーの帰りとかで、元気いっぱいのお母さんは、たくさんの荷物をかかえていました。そのお母さんは、前に座っていた何人かの人に、降りる時に荷物を降ろすのを手伝ってくださいと頼んでいました。というのは、ナオ子ちゃんはダウン症なのです。このナオ子ちゃんは、いま5年生ぐらいですが、言葉がはっきりしない。アーとか、ウーとか言いながら、それでもいっしょうけんめい窓から見える光景をお母さんに伝えようとしている。お母さんもにこにこしながら見ておられる。さて、降りぎわになって、荷物を頼まれた人たちは、みな寄ってきて、一つずつ降ろし、私も手伝いました。バスの運転手さんもそれを待ってくれました。そのあと、二、三のお母さんたちが、いっしょに荷物を降ろしたところから互いに言葉を交わしおられました。それを見て、私も何か心が和んだのです。きのうは、あんなに暗い気持ちでバスを降りたのに、きょうは明るい気持ちで帰宅できる。(中略)私は、同じバスでも、先を急ぐ人、体が丈夫で、不自由な人のことなど眼中にない人、がんばろうとしたらがんばれて、どんどん仕事ができるような人が乗ったバスは、何かせかせかして、お互いのことなどどうでもいいといった無関心の漂う冷たさがあるのではないか。これに対して、子どももいれば、お年寄りもいる、少し体の不自由な人もいれば、健康な人もいる、疲れた表情の人もいれば、元気な人もいる、こんな寄り合いバスが人間らしいと思ったわけです。社会も、だれでも乗れるバスが必要だと思います。ところが、私たちはだれでも、自分に合わないもの、同調できないものを排除したい気持ちを強く持っています。」

 

さて、主イエスは「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」というパリサイ派の律法学者の言葉に対して、次のようにお答えになりました。

「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」。

これぞまさしく「神を愛し、隣人を愛する」律法の精神であり、その律法の完成者であられる主イエスだからこそ言い得たことであったのです。

生きづらい世にあって律法の教え規則を守ることができず、社会の中でははみ出し者とみなされてるような徴税人や罪人、また異邦人は神の救いに喜びを共にいたします。

その一方で、自分の正しさを正当化して正義を振りかざして人を蔑み、見下し、罪人の救いを喜べなかったファリサイ人。彼は本来の神の慈しみと愛が見えず、神の御前で重大な魂の病的状態に陥っているわけです。彼も又、主イエスのいやしを必要としていたのです。

主イエスは徴税人や罪人と食卓を共にし、さらにその食卓にファリサイ人たちも共に加わり、先ほどの乗り合いバスのエピソードのように、一緒に食卓を囲んでいくそのような「神の国の祝宴」がこの地上にあってなされていくことを願っておられるに違いありません。私たちは日毎にこの主イエスに招かれているのです。主エスの招きに応え、神の国の喜びをあらゆる人たちと共にできる豊かな人生を生きていくものでありたいものです。今週も主の御言葉を携え、ここからそれぞれの持ち場へと遣わされてまいりましょう。

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新年のご挨拶

2022-01-03 08:33:44 | お知らせ

迎主 聖暦 2022年

 

新しい年を迎えました。

旧年はこのブログにご訪問くださり、

ありがとうございました。

「社会的距離」をとってきたことによる、

ひずみや痛みや孤立が様々なところに生じています。

本年が神と人、人と人とのつながりが、

回復されていく一年となりますよう祈ります

 

本年がみなさまお一人おひとりにとって、

恵み豊かな一年となりますよう、お祈り申しあげます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

2022年1月3日

ブログ担当者

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新たに生きる

2022-01-02 13:54:56 | メッセージ

新年礼拝宣教 マルコ1章14-20節

 

主の年、聖暦2022年明けましておめでとうございます。

本年よろしくお願いいたします。

 

今月からマルコ福音書を4月半まで礼拝の宣教箇所として読んでまいります。

今日の個所は、イエスさまがまず「ガリラヤで伝道を始められた」というところがございます。

イエスさまは、エルサレムというユダヤ人たちの中心都市、神殿のある都からでなく、辺境の地ガリラヤから神の国の福音を語り始められました。

ガリラヤはローマの植民地政策の直接的な影響も濃く、ユダヤ人以外の外国人も多く住んでいる所でした。そういったことから、律法と戒律の遵守を重んじる都の人たちとは違い、自由な考えや信仰観をもって生活していたようです。

そのため、このガリラヤの地の人々はエルサレムに住むユダヤ人から見下され、「ガリラヤからいったい何のよいものが出ようか」などと言われていたのです。

イエスさまはそういったガリラヤの地の人々からまず、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と宣教活動を開始されたのでした。

 

そしてもう一つイエスさまが福音宣教と同時になされたこと、それが「神の国の福音のために一緒に歩んでいく弟子たちを召し出す」ことであったのです

それはイエスさまが神の国の訪れを宣言し、病気の人をいやし、最後まで父の神の御心に従い通されたように、弟子たちもまたイエスさまの証言者として、さらに主の御跡に倣い、従う者とされる。そのためでありました。

 

イエスさまには多くの弟子たちがいたようですが。彼らは宗教家や律法学者のような専門の知識をもっていたわけではなく、実に様々な職種や立場の人たちであったのです。

今日の所ではイエスさまが後に12弟子、そして使徒とされる4人の漁師を弟子として選び、立てていかれるのですが。

ちなみに、この当時パレスチナ地方の殆どの人々が食べていた魚はこのガリラヤ湖で漁れたものだそうでう。それは実に37種類にも及び、非常に豊かなものであったということで、驚きです。きっと漁師たちも自分の仕事に誇りとやりがいを持って働いていたのでしょうね。

私は23年前にエジプトとイスラエルに旅行する機会があったのですが。エルサレムのホテルのランチで出されたのが、ガリラヤ湖でしょうか?養殖されているセントピーターズフィッシュ(ペトロの魚)を素揚げで戴いたのですが、とても淡泊なお味でした。同じ外来淡水魚のブルーギルとは違い、うまかったと記憶しています。

 

ところで、イエスさまが弟子たちをお選びになるこの記事をお読みになって、まずどんなことをお感じになられるでしょうか。

一番多いのは「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」とのイエスさまの呼びかけに、「二人の漁師がすぐに網を捨てて従った」。この「すぐに」というのは驚きですよね。

イエスさまのこのような呼びかけにそんなに即座に答えられるものだろうかと思いますよね。まあ漁師を生業としていた彼らが、網を捨てるなんて、、、と。まあこの網は漁師にとって生活の資でありますから、これを捨てるというのはちょっと常識的には考えられないことであったはずです。

ただ、どうもこの漁師たちはここで初めてイエスさまにお会いしたというよりは、ガリラヤにおいてイエスさまが神の国の福音が宣教されていた時から、何度かイエスさまについての噂を耳にしていたり、又イエスさまのお話を予め聞く機会もあったのではないだろうかとも思えます。

まあ、おそらくそれまでは「群衆の一人」としてイエスさまの福音を聞いていたに過ぎなかったのかもしれません。ところが、そのイエスさまはこの日「群衆の一人」としてではなく、彼らと個人的に出会われたのです。

それが16節「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった」という言葉にありますように、ここにイエスさまが彼らと出会おうとされるそのまなざしを感じとることができます。それは単に見たというのではなく、原文では「じっくりと観察し、見極める」という意味があるそうです。

おそらく彼ら漁師たちもイエスさまのその視線を強く感じ取ったのではないでしょうか。ここでイエスさまと彼ら一対一の出会いが起こっていったのです。そしてそういう中で、彼らはイエスさまの「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」との呼びかけに、まさに身も心も突き動かされ、捕らえられたのであります。

こうして彼らは「すぐに網を捨ててイエスさまに従った」(18)のであります。

それは単なる感情的、又衝動的な思いや決断によるものではなく、「神の国」の到来の実現に向けた主イエスの圧倒的な迫りによってもたらされたものであったのです。

「今そうせずにはいられない」という魂の底からあふれ出てくる思い、それが主イエスとの出会いによる彼らの体験であったのでありましょう。

 

また、イエスさまは19節「すこし進んで、ゼベタイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。

この二人も「父ゼベタイを雇人たちと一緒に残して、イエスの後について行った」とあります。

ここでよく話題になるのは、先のシモンと兄弟のアンデレは網を捨ててイエスに従った。ヤコブと兄弟ヨハネは父ゼベタイを雇い人たちと一緒に舟に残してイエスの後について行った。つまり主イエスに従うこととは何もかもすべてを投げ捨て、またこれまでの関係をも絶ち切ってしまうことなのか?ということであります。

 

それについては、興味深い事にこの後に続く29節以降に、イエスさまがシモンとアンデレの家を訪ね、シモンのしゅうとめの熱を去らせ、いやされた記事が載っているのです。それですっかり元気になったシモンのしゅうとめさんが、食事を作って一同をもてなすという、ほのぼのとする情景が描かれているわけです。

つまり、シモンら兄弟がイエスさまの弟子として選ばれて従ったとしても、イエスさまはその彼らの家族との絆やつながりを大事になさり、その関係性を断ち切って従って来なさいと命令されているのではないことがわかります。シモンの家族を大事にされ、そのつながりをいつくしんでおられるそのご様子が伺えます。

 

私ごとで恐縮ですが、私が聖書の学びを深めて行きたいとの献身の思いが与えられた時、小倉に母一人を残して大阪に来ることに対し、私は後ろめたさを感じた時がありました。が、決断をして初めての大阪の地に一人出てきました。その大阪での2年間はこの大阪教会に教会籍を移し、大阪キリスト教短大神学科での学びとアルバイト、そして教会生活が守られていきました。そしてさらに献身の思いが強く与えられて、福岡の西南学院大神学部での4年間の学びと教会での研修を終え、たくさんの方々のお祈りとご支援によって牧師として立てられていきました。そのまあ6年間の時を経る中で、私は母の親としての苦労やその支えの尊さを改めて知ったのです。そして母も私が牧師として立たされていくことを喜び、応援してくれるようになっていきました。

イエスさまに従い行く道は、何もかも捨て去り、絶ち切っていくこととは違いました。一時的な苦難や試練はありましたが、その道を通ることによって得られる主の御計画と豊かな祝福が確かに用意されていたのであります。

 

さて、イエスさまは「人間をとる漁師にしよう」と弟子たちを招かれました。

それは、神の前に失われたようになっている存在が、神の愛と祝福のもとにあって新しく生きる者とされていくという大いなる目的のためであります。

彼ら自身がイエスさまと一緒に出かけていき、心や体、魂のいやしを必要としている人、悩み苦しんでいる人、悲しみと絶望の中にいる人と出会い、その関わりを通して、主なる神さまの愛とそのお働きを知る者とされるため。さらに、その福音を持ち運ぶ者とされるためであります。

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るように」(ヨハネ15章16節)と、主イエスはおっしゃいましたが。そのイエスさまは、今日も私たち一人ひとりに向けて「わたしに従ってきなさい。人間をとる漁師にしよう」。さあ、わたしと一緒に歩いていこう、と呼びかけておられます。その御声に期待と喜びをもって応え、主のお働きの実りに共に与っていく1年でありたいと願います。

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元旦礼拝のお知らせ

2021-12-28 15:01:39 | 教会案内

1年の計は元旦にあり

感謝と祈願をもって新たに!

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世の罪を取り除く神の小羊

2021-12-26 13:32:39 | メッセージ

歳晩礼拝宣教 ヨハネ福音書1章29-34節

 

今日は2021年最後の主日礼拝として主の守りと導きを感謝しつつ、お捧げしています。

本日はヨハネ福音書1章29-34節より、「世の罪を取り除く神の小羊」と題し、御言葉に聞いていきます。

今日の前の所には、主イエスにバプテスマを施した洗礼者ヨハネの証言が記されております。そこでは、ヨハネがエルサレムのユダヤ人たちに遣わされたファリサイ派の人たちに、「あなたは、どなたですか」と尋ねられると、ヨハネは「わたしはメシア(救い主)ではない」と否定します。更に、彼らはヨハネに「あなたは、エリヤですか」「あの預言者(モーセのような)なのですか」と尋ねると、ヨハネは「そうではない」とこれも否定します。そこで彼らは、「それでは一体、あなたは自分を何だと言うのですか」と尋ねると、ヨハネは預言者イザヤの言葉を用いて答えます。

「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と」。「主の道をまっすぐにする」とは、社会と世にあって生きる者が、神の前で自らを正して生きる、といってよいでしょう。

それを聞いて彼らはヨハネに「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、バプテスマを授けるのですか」と尋ねると、ヨハネは「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない」と答えるのです。

このように、ヨハネは「主の道をまっすぐにせよ」と荒れ野で呼ばわる「声」だと、自らの使命がそのお方を指し示す声に過ぎないことを告げ、「あなたがたの知らないメシアが、わたしの後から来る」と証言します。

その翌日のことです。ヨハネは、まさにそのメシアである主イエスが自分の方へ来られるのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と認めました。新約聖書ではヨハネ黙示録はじめ14回小羊という言葉が用いられていますが、それはいずれも「主イエス」を指しております。

主イエスがおいでになる以前の、つまり旧約聖書の出エジプト記12章で、囚われのエジプト脱出の夜、イスラエルの家々を守ったのは、綴られたとおり「ほふられた小羊の血をその家の鴨居に塗った」ことによって、死の使いがその家々を過越し、彼らは災いを免れたのです。イスラエルの人々を世の力と滅びから解放したのはその「小羊の血」でした。

洗礼者のヨハネは、祭司ザカリヤとその妻エリサベトの間に生まれ、恐らく毎日神殿で人々の罪をあがなうための、引いてこられて屠られる牛や羊とその祭儀によって、神のゆるしを得た人々の様子を見て育ったのでありましょう。

洗礼者のヨハネはこの主イエスこそ、そのような祭儀、つまり儀式に遙かに勝って、世のすべての人に解放と救いをもたらすために来られた「神の小羊」であると証言したのであります。しかしヨハネ自身はまだ知らなかったでしょう。一体どのようなかたちでその救いが実現されるかを。

 

旧約聖書において、罪に滅びるほかなかった民の救いのため自らをささげる「苦難の僕」を描いたイザヤ書53章には、多くの者の罪を背負ってほふり場に引かれていく「小羊」が描写されています。その12節に「多くの人の過ちを担い/背いた者のために執り成しをしたのは/この人であった」とございます。そのお姿こそ正に、受難の道を歩んでくださったキリストそのものであります。人が何度犠牲の燔祭をささげようとも、人もこの世界も滅びに向かうほかない罪深いものであります。神の義と慈しみが世に示され、真実な悔い改めがすべての人にもたらされるために、神はその御独り子を世に遣わされる以外なかったのです。この主イエスが「神の小羊」として私たち人間の罪を自ら負い、肉を裂き、血を流し、死をもって、完全な贖罪、罪からの解放と救いをもたらしてくださった。いや今も十字架につけられ給いしままなるお姿としてもたらしてくださっているということであります。

洗礼者のヨハネは、「自分の方へイエスが来られるの見た」と29節にございますが。今日の礼拝の招詞として読まれましたイザヤ書62章11節の御言葉をもう一度お読みします。「見よ、主は地の果てにまで布告される。娘シオンに言え。見よ、あなたの救いが進んで来る。見よ、主にかち得られたものは御もとに従い/主の働きの実りは御前に進む。」この「あなたの救いが進んで来る」。その生ける言なるキリストを彼は確かに見たのであります。

 

洗礼者ヨハネの証言は続きます。32節「わたしは、霊が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるためにわたしをお遣わしになった方が、霊が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によってバプテスマを授ける人である」とわたしに言われた。

 

主イエスが洗礼者ヨハネから水のバプテスマをお受けになる記述は他のマタイ、マルコ、ルカの福音書にもございます。それだけ重要であるということですね。

神の子である主イエスが、洗礼者ヨハネから水のバプテスマを受ける必要がなぜあるのか、という素朴な疑問を持たれる方もおられるでしょう。それはまず主イエス御自身が私たちと同じ人となられ、如何に神の前に生きるべきかを自ら示してくださったということです。先に申しましたように水のバプテスマは、神の御前に悔い改め、清めに与る中で、身を正して生きていく人の側の表明といえるでしょう。けれども主イエスはその水のバプテスマと同時に聖霊をお受けになられます。それは主イエスが聖霊によって世の人々にバプテスマを授けるお方であるということを表しています。そのことを洗礼者ヨハネ自身が知ることになるのです。(33節)

「人はだれでも水と霊によらなければ決して神の国を見ることはできない」(ヨハネ3章)と主イエスはおっしゃいました。罪の赦しと聖霊のバプテスマをお授けになる主は、神の小羊として私たち人間の罪を贖いとるために十字架の苦難と死を自ら負って神の栄光を顕わされたのです。

 

ヨハネ福音書には「栄光」という言葉がよく出てまいりますが。先週の箇所にも「わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」とありました。それは世に言うところの繁栄や栄誉ではありません。

その栄光とはキリストの受難と死を通してすべての人に神の御救いがもたらされたことが「栄光」なのであります。

 

最後に、本日の箇所で洗礼者ヨハネが二度「わたしはこの方を知らなかった」(31節、33節)と繰り返していることについて、お話しをしたいと思います。

洗礼者のヨハネはイエスより半年先に生まれます。母マリアとエリサベトは親類であり、互いに胎に子を宿していた時も顔も会わせて互いに祝福を祈りました。その後もきっとヨハネとイエスは何らかの家族的な交流があったと想像されます。

ところがこのところで、ヨハネは「わたしはこの方を知らなかった」と繰り返して述べるのです。不思議に思いますが、それは人間的な付き合いによってヨハネはイエスのことをよく知っていたということはあると思うのですが。ここで言うところの知る、とはそういう次元のものではないのです。

ヨハネが本当にイエスさまがどういうお方であるのかということを実感したのは、まさにイエスさまが水でバプテスマを受けると同時に、天から鳩のように聖霊が降り、イエスさまの上にとどまるのを見たからであります。そこに圧倒的な神の臨在をヨハネ自身が体験したからであります。だからヨハネは「わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証しした」(34節)のであります。

私は小学4年生の頃に、学校の友達に誘われて教会学校に通うようになりました。その時代の取り巻く環境から自分の心は結構すさみ、荒れ、どこか自分の居場所を探し求めていました。教会学校に毎週のように出席するようになり、中学生になると少年少女会に入り、同級の友だけでなく高校生のお兄さんやお姉さんたちとも交流する機会があり、教会のこと、信仰のこと、学校や友達のことなど語り合えたことが徐々に私のこころの居場となっていきました。そして私は高校1年のイースターの日に主イエスを信じて生きる信仰告白をし、バプテスマ(洗礼)を受けたのです。

しかし、その後の青年期、さらに社会人になってからも人間関係や仕事の問題で悩むこともありました。が、不思議なんですがその時々に聖霊の導きとしかいうことのできない必要な助けと支えを戴いて、42年目の信仰生活、またこれも神さまの恵み以外何ものでもありませんが、牧師として31年目を迎えております。それは実に高校1年の時に私なりのわかった分だけのありのままの自分を神さまにゆだねて生きる決心をして、バプテスマの恵みに与ったこの出発点があったからだと思うのです。

もし主と出会ってなかったら、、、。キリストの御名のもとにバプテスマに与ることなく古い自分のまま生き続けていたなら、、、、。私の人生は暗闇の中にさまよい光を見出すことなく滅びに向っていたかも知れないでしょう。

けれども、ゆたかな聖霊の働きと主イエスにある兄弟姉妹の交わりと証しを通して、神が共におられることを私は経験してきたのです。だから私も又34節にありますように「この方こそ神の子であると証ししている」のです。新しい年もお一人お一人に与えられた救いの恵み、その人生に中で経験する神のお導きと御業が証しされていきますよう、祝福をお祈りします。今年もこうして主に守られて皆様と共に歳晩の礼拝をささげることができました幸いを主に感謝し、主を賛美します。

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クリスマス礼拝メッセージ

2021-12-19 20:19:32 | メッセージ

「私たちの間に宿られたキリスト」ヨハネ福音書1章1-5,14 

 

「メリ―クリスマス」、救いの御子イエス・キリストのご降誕おめでとうございます。

クリスマスは毎年12月のこの時期に世界中でお祝いされるようになっています。呼び名をホーリーディ聖なる日として宗教を超えての祝日となっているようです。今日はそのクリスマスの本来の意味をヨハネ1章14節「言は肉となってわたしたちの間に宿られた。」という御言葉を軸に、聖書から聞きとっていきたいと思います。

1章1節の冒頭には、「初めに言があった」と記してありますが。これは有名な天地創造」の記事である創世記1章の「初めに、神は天地を創造された」という記述から始まる御言葉を想起させます。今日のヨハネ1章3節に「万物は言によって成った。成ったもので言によらずになったものは何一つなかった」とあります。そのように神さまの創造の御業は、神ご自身が「光あれ」と宣言された御言葉によって始められ、世にあるすべてのものが造られたことを聖書は伝えるのです。

以前詩人の谷川俊太郎さんがある高校の生徒たちを対象に授業をなさったときの情景が新聞のコラムに掲載されていたのに目が留まりました。谷川さんが「言葉って、どこから出て来ると思う?」と生徒たちに問いかけます。「頭の中」かな、「心」かな、と首をひねる生徒たち。それ対して谷川さんは、「人は生まれてきたときには言葉を持っていない。周りの大人が使う言葉を学び、まねて、自分の言葉にしていく。実は言葉って、自分の外にあるものなんだ」とそう答えます。                                                          私はそのやり取りに、なるほどなあ、と思いました。人は言葉を受け、それを蓄えて、自分の言葉となっていく。自分の外にある言葉と出会い、それに触れることを通して自分の内側が変えられ、自分が形成されていくものなのですね。まさに、人は自分の外にある言葉と出会い、それよって形づくられ、人間という存在となっていくのでしょう。聖書は神の言がすべての「命の源」であることを私たちに指し示し、そのいのちの言葉によって日々新たにされ、新しい人として生きるよう、私たちを招いているのです。

 

さて、1節に漢字の葉がついていない「言」が何度も繰り返して出てきます。この「言」とは原語でロゴスですが、英語訳の聖書では大文字で記されています。神御自身を表わすセオスと同様、大文字の表記となっているのです。

ですから「言」、ロゴスとは神と同格のものであることを示しているということであります。

創世記で「神が光あれ」と宣言すると、その「とおりになった」とありますが。その後に続く水、すべての創造の御業は、ロゴスなる「言」が発せられると、すべて実態をもった出来事となるのです。それは時満ちて新約という新しい時代の幕が開かれるまさにその時、ヨハネ1章14節に記されているとおり、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」という出来事として世に現れるのです。

おわかりのとおり、その「言」とは2節の初めから神と共におられたイエス・キリストを表します。神は御独り子、イエス・キリストをこの世界に生きる私たちの間にお遣わし下さったのであります。                                                それは、私たち世に生きる者が、生ける神の言であられるキリストによって、12節「神の子」とされ、「神の子」(12節)とされ、神によって「生まれる」(13節)、すななわち、新しい命に生きる者とされるためであります。

 

その生ける神の言であられるキリストは、14節「言は肉となってわたしたちの間に宿られた」と伝えます。

この「宿る」という言葉には、テント(幕屋)を張るという意味があります。旧約聖書の出エジプトの時代、イスラエルの民はシナイの荒れ野の道を辿ることになります。その旅の途上、彼らは「テントを張って」神を礼拝したのです。それが聖所と呼ばれるものでした。彼らは荒れ野を行く先々で、神が自分たちのうちに住んでくださることを、テントを張って共に生活するなかで確認しつつ、荒れ野の旅を続けたのです。

 

イエス・キリストは私たち人間と同じ肉の体をとってこの世界に来てくださいました。そして、その生涯を通して苦しむ者、悩む者、世の権力に打ちひしがれて小さくされた者、弱っている者や病人、また罪人や汚れているとレッテルを貼られたような人たちを招き、交わりや食事を共にされました。こうして主イエスは喜びも悲しみも共に分かち合われました。

それはまさに、あのイザヤが預言した「暗闇に住む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」という神の国の到来であります。

そして神の義と愛が全世界に現わされるあの十字架の受難と死に至っては、人の罪を自ら負い、底知れぬ暗闇のどん底にまで下り、ご自身を与え尽くされるキリストとなられたのです。キリストは父の神のもとを離れ。私たちの間に宿られたのです。

 

先日、私も関わっております大阪キリスト教連合会の研修会、「聖書とコロナウイルス流行」と題し、神戸改革派神学校校長である吉田隆先生のご講演をお聞きしました。その模様はユーチューブでもご覧になることができます。

その中で私が特に心に残りました先生の言葉を少しだけご紹介したと思います。

「この1年半のコロナ危機の中で私たちは大きく2つのチャレンジを受けている。1つは外的なチャレンジ、教会が集まれなくなった。教会はエクレシア:集会という意味。それが集まれなくなったのに果たして教会といえるのかはありますが。それでもインターネットの普及で外的チャレンジには工夫して乗り越えられるかも知れない。けれども、それよりももっと深刻な問題は、私たちの内側に起こってきた内的なチャレンジということです。このコロナ危機の中で、教会も「命を守る」、特に弱さの中にあるお年寄りの命を守る、そういう思いから教会の集まりを制限することになったと思いますが。外出を自粛するということによって、実際にはお年寄りの方々の肉体的な衰えが進んでしまう。あるいは認知症が進んでしまうことが起こっています。毎週、教会の集まりによって健康を維持できた方々が出かけないことによって、衰えてしまう。また、この1年半の間に、家にいることで精神的疾患が進んだ方、心の病が深刻となってしまった方もおられます。ご存じのように自死なさる方の数も急増しております。ソーシャルデスタンスということが未だに言われますけれど、それを訳すと「社会的な距離をとりましょう」ということで、おかしなことです。距離をとらなければならないのは物理的距離であって、社会的距離は本来とってはいけないんだと思います。そう考えますと、私たちは「命を守る」ためにといって一体何を守っているんでしょうか?私たちは何の命を大切だと思っているのでしょうか?」

これは大変深い問いかけであります。私ごとで恐縮ですが、私の母は一昨年の9月に亡くなりました。特養で容体が悪くなり救急搬送され病院に入院するも、コロナ禍で家族でも面会ができず、看取ることもできませんでした。私のように最期のお別れさえできない方々もきっと多くおられることだと思います。

 

先ほど、14節の「言は肉となって、私たちの間に宿られた」、その言葉の深さをおぼえました。生ける言であられるキリストは、実にすべての創造主なる父の神のもとを「離れ」、神と人との途絶えた関係性を回復するために世に来きて下さったのです。それだけではありません、キリストは「私たちの間に宿られた」。それは人と人を隔て、分断と孤立を生じさせる隔ての壁を打ち破って、人と人とのいのちの交わりが回復するために、キリストはお出で下さり、今も私たちの間にお住まい下さっている。これがクリスマスの大いなる恵みなのであります。

 

14節「わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」。

それは何か華々しい功績や働きの中に栄光を見たというのではなく、私たち人間の罪と弱さのただ中に跳びこまれ、どこまでも共におられるそのお方の中に、確かな神の栄光を見るのであります。

昨今の世界、国内においてもいたましい事件や災害が後を絶ちませんが。このクリスマスが、全世界で暗闇の中に輝く光を見出す新しい歩みの始まりとなっていきますことを祈りつつ、共にいましたもうキリストにあって、このクリスマスから歩み出してまいりましょう。

 

祈ります。

慈愛にとみ給う主なる神さま、今日このように救い主、イエス・キリストの御降誕を祝うクリスマスの礼拝に招いてくださり、ありがとうございます。「言は肉となって私たちの間に宿られた」。そのあなたの御言葉によって、私たちはあなたのゆたかな慈愛と恵みを今日新たにいたしました。特にコロナ下にあって、今も距離をとることさえできずに、日夜勤務されておられる医療従事者の方々や諸処の施設で勤務なさっておられる方々のうえに、あなたのお支えと顧みがございますようお願いいたします。また、病床の友や、このところに集まりたくても集まることができなかった友のうえにも、あなたの恵みと祝福とを与えてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。

 

 

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クリスマスのご案内

2021-12-16 12:59:02 | イベント

Merry Christmas!

日本バプテスト大阪教会からクリスマスのご案内をさせて頂きます。

クリスマスを教会で過ごしませんか。

入場無料(自由献金はございます)

 

 

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小さき者のうちに

2021-12-12 15:53:43 | メッセージ

礼拝宣教 ミカ書5章1-4節a  アドベントⅢ

 

今年のアドベントは特に「神の平和」を覚える時として導かれていますが。

12月8日は真珠湾攻撃による太平洋戦争開戦の日でしたが。その指揮に当たった山本五十六氏の個人的手記がこのほど明らかにされました。その手記によれば当初は米英との講和の道を求めていたようですが、結局は最高司令部の指示に従わざるを得ず、あのトラ、トラ、トラの真珠湾の奇襲攻撃から太平洋戦争の泥沼になだれこんでいったということであります。敗戦後多くの先達の苦労と勤労努力、その功績によって私たちの国は復興を遂げ、幸いなことには過去の過ちを繰り返すことなく戦争を遠ざけてきました。その一方で近年グローバル化が進むにつれ、世界的規模で持つ者と持たない者の格差、貧富の差、その拡がりは日本も例外ではありません。世界も日本も経済的戦争と言われるような現況下、これは果たして平和といえるのかと考えさせられます。それはミカ書の時代と重なって来るように思えます。神への畏れとその掟と戒めが蔑ろにされていったところから滅びを招いていったイスラエルの民の歴史。そのところから、今を生きる私たちに向けて語られている神の言葉に聞いていくことは大事です。

ミカは南ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤという3代の王が統治した時代に立てられた預言者でありました。サウル、ダビデ、ソロモンと続いたイスラエルの統一王国は、神に対する罪ゆえに南と北に分裂し、南北それぞれに王が立てられ、紀元前8世紀あたりまでは北も南もそれぞれに繁栄していたのですが、やがて北イスラエルはアッシリアによって滅ぼされ、南ユダも常にアッシリアの脅威にさらされるという混迷の中におかれていたのです。

そういった大国の脅威に常にさらされる中、エルサレムの都市部では王や指導者たちの間で贈収賄の不正と汚職が繰り返され、民の間においては繁栄を願うための偶像礼拝が広がっていました。

それはエルサレムの神殿も例外ではありませんでした。宗教的指導者らはそれを阻止するどころか、利権と保身に走り、自らをまつりあげる者さえいました。さらに、交易や商業によって金を得て豊かになった裕福な者らは貧しい者たちを搾取していました。ミカはそうした時代の中で神の言葉を人々に語ったのです。

ミカは、ユダのエルサレムの都からずっと南西部の外れにあるモレシュトという農村に生れ育ち、貧しい農夫であったとも言われています。それだけに彼自らもそうですが、貧しい同胞の痛みや苦しみを身をもって知っていた人物であったのではないでしょうか。

ミカ書の1~3章において彼が語っているように、彼は神を忘れ、神の戒めを棄て、神を畏れない王や民に対して、神の警告に聞き従わない者にふりかかる災い審判を語り続けるのです。

このミカの預言に耳を傾けることがなかった南ユダの王や民は、4章の終わりにありますように、アッシリアに包囲されてあえぎ苦しみ、王は蔑まれ、その面目は失墜することになっていきます。

そのようにミカはユダの民に悔い改めを迫る一方で、今日の5章1節では「エフラタのベツレヘムよ/お前はユダの部族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのために/イスラエルを治める者が出る」と希望を語ります。世の力と勢力に押し流され、なすすべなく苦悩にあえぐことになる民に、ミカは安らかな憩いを与えてくださる新しい王、メシアが現れる期待を表明するのです。

このベツレヘムとは、不正と腐敗がはびこっていた大都市エルサレムとは対照的にごく小さな田舎町であります。けれども、そこはかつてイスラエルの偉大な王ダビデがお生まれになった町でありました。ミカより先に預言者として活動していたイザヤは、「ダビデの父エッサイの株からひとつの芽が萌えいで/その根からひとつの若枝が育つ」(イザヤ11:1)と、新しい平和の王、メシアの到来を預言しました。

ミカはさらにその平和の王が、いと小さき、取るに足りないベツレヘムの町、ユダのエフラタの部族のいと小さき者のうちから現れると、預言します。

実にここに、神御自身がそのご計画と目的を成し遂げるために、しいたげられ、苦しみあえぐようなる小さき者、取るに足りない者を選ばれたという「神の選び」が示されているのです。

そもそも神がイスラエルの民を選ばれ、あなたたちはわたしの「宝の民」だとされたことについて、申命記7章7節以降には、「主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった(新共同訳改訂版「少なかった」)。ただ、あなたに対する愛のゆえに」と書かれています。いわゆる世にいう選民思想というと、他より優れている、秀でているから選ばれるとなりますが。聖書の神の選びはそれとはまったく異なります。それは唯神さまの深い憐れみ、慈悲としかいうことが出来ないものなのであります。旧約聖書に登場する勇者ギデオンは、神に相対して「自分たちの一族はマナセの中で一番貧弱なものです。それにわたしは家族の中でいちばん年下の者です」と告白しました(士師記6:15)。又、サウル王は、神に相対して「わたしはイスラエルで最も小さい部族べニアミンの者ですし、そのべニアミンでも最小の一族です」と告白しています(サムエル記上9:21)。さらにダビデ王も又、8人の息子の一番末っ子でありましたが、神は王としてそのダビデを敢えて選ばれました(サムエル記上16:11-12)。

以上のように、神のご計画とその選びは、世の基準によるようなものではありません。

聖書は明らかに、小さき者であるがゆえに、自ら身を引きそうになるような者をあえて引き立てられるのです。それが「神さまの選び」であることを明らかにします。

それはまた私たちに対しても、自分が世にあってどんなに小さい存在か、役に立たないような者かと思う時、不安や恐れ、あるいは怒りを覚える事があるでしょう。気が重くなったりコンプレックスを感じたりすることもあるかも知れません。

コリント二、12章に、弱さを覚え涙する使徒パウロに、主は次のようにお語りになりました。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」。ここに神さまの祝福のお約束があります。

今日のこのミカ書においてミカは、苦しみにあえぎ、先行の見えないような状況に陥る小さきユダの民に向けて、いと小さき者のうちに神の御計画を遂行する新しい王、メシアが立てられるという預言を民に取り継いでいくのです。

2節にはこう記されています。「まことに、主は彼らを捨ておかれる。産婦が子を産むときまで。そのとき、彼の兄弟の残りの者は/イスラエルの子らのもとに帰る」。

ユダの人びとにとってアッシリア、バビロニアによるエルサレムの陥落とその捕囚の時代は、どれほど重苦しい時であったことでしょうか。彼らにとってそれは「神に捨ておかれた」ような苦難の時代でした。しかしそれは、産婦が子を生む産みの苦しみであり、時が来たら「残れる者はイスラエルの子らのもとに帰る」、まさに希望の約束であったのです。

旧約聖書のエズラ記2章によりますと、バビロニアの捕囚から帰還したユダの民の総数は42,360人であったと記されています。それは捕囚とされたユダの人々の数からすればほんの僅かな少数の人たちでした。その人たちは、預言者たちの言葉をずっと心に留め、捕囚という苦難を経ても、なお主の命の言葉に望みをおき、その教えを胸に約束の地エルサレムへと戻ったのでしょう。まさに彼らは「残りの者」であったのです。そして遂にエルサレムの神殿は再建され、神への信仰が復興されていきますけれども。ユダとその民を取り巻く情勢は非常に厳しく、その後のユダの民の歴史は幾度も周辺の大国に翻弄され続ける苦難の歩みが続くのであります。しかしそういう中で、このミカによって示された新しい王、メシアの出現の預言は、如何なる時もユダヤの民を支え、励まし続けたのではないでしょうか。                                                 このミカの時代から700年余の年月を経て、ユダの地、それはまさに小さなベツレへムの町にその新しい王、救い主が遂にお出でくださったのです。立派なエルサレムの宮殿にではなく、みすぼらしい家畜小屋の飼い葉桶の中に寝かせてある、いと小さき乳飲み子の姿をとって。

この新しい王、救い主・メシアについて、ミカは3節以降でこう語ります。「彼は立って、群れを養う/主の力、神である主の御名の威厳をもって。彼らは安らかに住まう。今や、彼は大いなる者となり/その力が地の果てに及ぶからだ。彼こそ、まさしく平和である」。

小さき者のうちから興される新しい王、メシアは勇ましい軍馬にまたがったいくさびとではなく、群れを養う牧者にたとえられます。一匹一匹を心にかけて養い世話をする羊飼い。また敵から守る王のような羊飼い。弱く、小さくされた者のうちに共に住まわれ、その苦しみや痛みを御自身のものとして感受なさるお方。「彼こそ、まさしく平和である」とミカは預言したのです。

私たちは何をして「平和」と言うのでしょうか。戦争のない社会。確かにそうでありましょう。しかし世に小さくされた人、神に依り頼むほかない一人ひとりが神とその養いによって平安に与っていくとき、そこに実に神の国の平和が訪れるのです。今日も神さまはこの群れを養う羊飼いのように、誰もが平和の主のふところにとびこんで憩い、平安を得るようにと、招き続けておられます。

本日は「小さき者のうちに」と題し、御言葉に聞いてきました。主が招き給う「神の選び」について、今一度その深い慈愛と恵みを思いめぐらしてみましょう。                                                                 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」(ヨハネ15:15)と招き入れ、ご自身の栄光を顕す器、証し人として立てておられる主を賛美します。

次週はいよいよ主の御降誕を祝うクリスマス礼拝です。小さき者のうちに始まった主の救いの出来事が今や世界の出来事にまで拡がっています。確かに世には様々な苦難、また私たちの日々においても様々な問題は尽きませんが、小さき者のうちから現れてくださった平和の王、救い主の勝利がすべての世界と分かち合われていきますよう、希望をもって祈り歩む者とされてまいりましょう。

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