日本バプテスト大阪教会へようこそ!

大阪市の天王寺駅近くにある教会設立69年目のキリスト教会です。吹き抜けの新会堂。ぜひお立ち寄りください!

聖霊による開放

2020-05-31 13:11:20 | メッセージ

礼拝宣教 使徒言行録10章1-48節 聖霊降臨

7日の旅路を守り、導いてくださった主に感謝し、賛美します。
そして、今日は私たち主にあって新しくされた者にとって大いなる出来事であります、聖霊降臨・ペンテコステを記念する主日礼拝を迎えました。
この聖霊降臨の出来事によって、全世界に開かれた神の救いの福音は時代を超えて私たちのところに今日も受け継がれているのです。聖霊によって誕生した教会は幾多の迫害や危機に遭い、時に散らされながらもキリストの救いをあかしする信仰の先達によって福音が告げ知らされ、私たちも悔い改めへと導かれて、主の御救いによる新しい命に与る者とされたのです。
本日は使徒言行録10章より「聖霊による開放」と題し、御言葉に聞いていきます。

使徒言行録2章では、エルサレムにおいてユダヤをルーツとする人たちに聖霊が降りますが、今日の10章はユダヤ人以外の人々、いわゆる異邦人にもユダヤ人と同様に聖霊が降ったこと。彼らが福音を信じ受け入れ、悔い改めに導かれ、主の御救い与る者とされ、バプテスマを受けていった、そのエピソードが記されています。

① 幻を見るコルネリウス
ここに登場しますコルネリウスという人物は、ガリラヤ湖の海岸のカイサリアの町に駐留するイタリア隊の百人隊長(職業軍人)として家族や隊員たちと共に住んでおりました。
5節でパウロが在住していたヤッファの町はユダヤ人が多く住んでいましたが、それとは対照的に、このカイサリアの町にはローマ人やギリシャ人といったユダヤ人以外の異邦人が多く住んでいました。

コルネリウスは、ユダヤ人からしてみれば罪多き異邦人であります。しかも自分たちを統治するといううとましい存在でした。
しかし彼は2節に、「信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた」と記されています。たとえ異邦人であり、人からどう思われるような立場であったとしても、天地万物の創造主である神を畏れ敬う人、又祈りの人に神は目を留めておられるのです。

神はまず異邦人への福音伝道を開始なさるにあたり、このコルネリウスに働かれます。
「ある日の午後3時頃、コルネリウスは、神の天使が入って来て『コルネリウス』と呼びかけるのを、幻ではっきりと見る」のです。
この午後3時とはユダヤ人たちが会堂で祈りを捧げる時間でありまましたから、彼もユダヤ人たちが大切にしていた「祈り」に心を合せて、祈りを捧げていたのです。
まさにその時に、神の天使が入って来てコルネリウスと呼びかけられるのです。

彼は怖くなって「主よ、何でしょう」と答えると、神の天使は「あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた。今、ヤッファへ人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、革なめし職人シモンという人の客になっている。シモンの家は海岸にある」と告げます。
コルネリウスはそのお言葉を聞くと、ペトロのもとに遣いを立て、送り出すのです。

神の天使は、ペトロを招くとどのような事が起こるかなど具体的なことは何も話していません。が、彼は天使の告げたことに従いました。そして「二人の召し使いと、側近の部下で信仰心のあつい一人の兵士を呼び、すべてのことを話してヤッファに送る」のです。

② 幻を見るペトロ
一方、主なる神はペトロにもお働きかけになります。
ペトロは、ヤッファの町の革なめしシモンの家の屋上で「祈っていた」時に幻を見ます。先にも申しましたが、このヤッファの町にはユダヤ人が多く住んでいました。
革なめし職人のシモンもユダヤ人でありました。前の9章終わりの部分で、タビタという婦人の弟子を生き返らせたペトロの記事がありますが、シモンはそのペトロを大切なお客として家に迎え入れ、歓待したのであります。
ただシモンは皮なめし、皮につやを出す仕事で清くないとされる動物を扱い、又加工のために臭いが強いものですから、ユダヤ社会からは忌み嫌われ、さげすまれていました。
実はペトロが彼と出会い、その家に滞在することになったのも、聖霊のお導きによるものであり、ペトロ自身がそれまで囚われていた固定観念から開放を受け、神の福音が拡げられていくためのものであったのです。

さて、ペトロは祈るためにそのシモンの家の屋上に上がってから昼の12時頃、空腹を覚え、何か食べたいと思った。そして人々が食事の用意をしているうちに、我を忘れる状態に陥ります。そこで彼は、天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見るのです。
ユダヤ人は午前9時、正午、午後3時の決まった時間に祈りを捧げました。キリスト者となったペトロもユダヤの慣習に従い、その祈りの時間に家の屋上で祈っていたのです。当時のユダヤ人は通常、朝食を取らないことの方が多かったようで、朝の祈りをなしていたようですから、昼時ともなりますと、とてもお腹がすいたことでしょう。まあそういう中で彼は幻を示されるのでありますが。
さて、そのつるされて地上に下りて来た大きな袋の中には、「あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた」とあります。
それは旧約聖書レビ記11章に記されています、ユダヤの「清いものと汚れたものに関する食物規定」にあげられてるあらゆる動物が入り混じっていたのです。
まあ、この規定には清くないと言われている動物をみると、衛生管理等から考えて食用には向かず、確かに食べると健康を害するだろうと思ったりしますが。
ところが、「ペトロよ、身を起こし、ほふって食べなさい」と言う声が聞こえてくるのです。
まあいくら空腹だとはいえ、ペトロは「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません」と答えます。
ペトロはユダヤ人として幼い頃からその規定にある清いとされるものだけを食べてきたわけです。

そのペトロに対して「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」という声がするんですね。
「こういうやりとりが3度あり、その入れ物は急に天に引き上げられた」というのです。
3度というのは、それが確かに神さまからのものである、神さまがそのようにおっしゃっている、ということを意味しています。
「神が清めたものを、清くないなどと、言ってはならない」
自らを汚れから守ること、神の律法規定を守ることは、ペトロが神の民として生きることのいわば証しでありました。
だから「清くない」とされる食物も、「神が清めたのだから、清くないなどと、言ってはならない。食べなさい」と言われて、ペトロは大変困惑してしまったのであります。
しかし、実はこの幻は異邦人にも開かれた、主イエスによるきよめと救いを意味していたのです。ペトロがその意味を本当に知るに至るには、その後経験するコルネリウスら異邦人との出会いを導かれた「主のお働きによる聖霊の開放」が不可欠であったのです。

③ 聖霊の先立ちと開放
さて、17節「ペトロが、今見た幻はいったい何だろうか、ひとりで思案に暮れていると、(その時)、コルネリウスから差し向けられた人々が、声をかけて、『ペトロと呼ばれるシモンという方が、ここに泊っておられますか』と尋ねて来ます。

ペトロは自分が見た幻のことで、深く悩み、思案に暮れていました。
「その時」です。(原語では「その時」となっているのです。岩波訳は、すると「その時」ときちんと訳しています。まさにジャストタイミングといいますか。それは、すべて主が備えられた神のご計画によるものであることが読み取れます。
ペトロが幻で聞いたお言葉を思い巡らし、反芻していたまさに「その時」、コルネリウスの遣わした使者らがペトロのもとに到着します。それは主が先立って、主のお言葉を思い巡らすペトロのもとに異邦人たちを送り、彼らとの出会いをお導きになられたのであります。

コルネリウスの使者たちはユダヤ人のシモンの家の中に入らず、戸口からペトロが泊っているかどうかを確認しました。彼らはユダヤ人が異邦人に対して、律法も知らず清くないと考え、交わろうとはしないことを承知していました。彼らはそのことに配慮しながら戸口からペトロに呼びかけたのです。
しかし、それに気づかないペトロはなお幻について考え込んでいました。

すると、そこに「霊」が臨むのです。この霊は単なる霊ではなく、神格をもつ聖霊ご自身であられます。
聖霊はペトロに仰せになりました。
「3人の者があなたを探しに来ている。立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」
この「ためらわない」の原語;ディアクリノーは、「分離する」「区別する」「疑う」「ためらう」ことへの否定を意味します。
ここでは「ためらわない」というよりも、「分け隔てしない」と訳す方がより相応しいように思えます。

ペトロは、聖霊のその御声に直ちに従いました。「分け隔てせず」彼らを歓迎して泊まらせ、翌朝一緒に出発するのです。ヤッファからカイサリアへは直線距離にして60キロはあるでしょう。しかしそれはまさにユダヤ人と異邦人とつないでいく道のりであったといえましょう。

さて、親類や親しい友人を呼び集めて待っていたコルネリウスは、ペトロが到着すると、「出迎え、足もとにひれ伏して拝んだ」と記されています。
それは、ペトロに対して神の言を語る人として最大限の敬意を表したのです。
しかし、ペトロはそのコルネリウスに対して「わたしも同じ人間です」(岩波・口語訳)と言います。
ペテロのこの言葉は彼の人間性(ヒューマニズム)に基づいたものではありません。ペトロは人を見ているのではなく、神が異邦人もどのような人も分け隔てなく招かれている。だから「わたしも同じ人間です」とペトロは言ったのです。そこに神の変わることの愛と憐みのまなざしを見ているのです。
ペトロは見せられた幻についてずっと思い巡らし、何のことかわからなかった。
しかし、彼はようやくその幻の意味をさとり、カイサリアの多くの異邦人たちを前に次のように話すのです。
「あなたたちもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしに、どんな人も清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。」
これこそ幻で見たその意味であることを、ペトロはさとり、悔い改め、大きな方向転換が与えられたのです。
こうして、ペトロはコルネリウスの家で福音を告げることになります。
「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。」
まさに、聖霊による開放を通してペトロ自身も福音のゆたかな恵みに開かれていくのですね。

さらに、ペトロは神の御子イエス・キリストについて、さらに主の名による罪の赦しと救いについて語るのです。
そうして、ペトロが話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降ったのです。
ペトロは「わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水でバプテスマを受けるのを、いったいだれが妨げることができますか」と言って、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けるようにと、その人たちに命じた、とあります。

ある人たちはキリスト教の教義は難しいと言います。けれども神の救の真理は、人の理解を遥かに超えてゆたかです。それは、聖霊のお働きによって、「イエスが主である」「イエスが救い主」であるとの真理をさとらせてくださるからです。

今日は「聖霊による開放」と題し、御言葉に聞いてきました。
このところから私が特に示されたことは、神のよき知らせ、「福音」はユダヤ人キリスト者が異邦人に一方的に教え、伝えたものではなかったということです。
否、まずペトロ自身が持っていた固定観念や囚われを聖霊が開放し、解き放つのです。
コルネリウスとその家族や近しい人たちも又、ペトロを通して働かれた神の救いと偉大な愛を知ってどんなにか喜びに満たされたことでしょう。
聖霊による開放によって、導かれ、心砕かれてキリストの和解のうちに一つとされる。これこそが伝道であり、福音に共に与るということです。
コルネリウスもペトロも祈りの人でありました。私たちも生きておられる主、聖霊の先立ちとお働きを祈り求め、益々主の御声に聞いていくものとされてまいりましょう。

祈ります。
主よ、今日の聖霊降臨・ペンテコステの礼拝を感謝します。
聖霊の開放によって、すべての人が神のよき知らせ、福音に招かれているとの御言葉を感謝します。
しかしこの地上には国や民族、肌の色などの違いによるいたましい差別や分断が起り続けています。どうか聖霊の開放を、愛と憐みの十字架の主に立ち返り、神との和解、人と人との和解、主の平和の御業が起こされますよう、切に祈ります。
又、私たちと教会とをあなたが清め、あなたの御救いの福音を共に分っていけますように、どうかこれからもお導きください。
主イエスの御名によって祈ります。

コメント

輝く新緑

2020-05-28 08:52:01 | 巻頭言

コメント

人知を超えた神のご計画

2020-05-24 11:38:44 | メッセージ

礼拝宣教 使徒言行録8・1後半 

7日の旅路を守り導いてくださった主に感謝と賛美を捧げます。
大阪はじめ京都、兵庫の関西圏では昨日から各所の営業自粛要請の大幅な解除がなされ、外出自粛も解除されました。大阪教会としては主日礼拝が6月7日、祈祷会を6月10日から再開することが役員会で了承されました。
又、予防策として3蜜回避に対応したかたちでの集会の持ち方についても基本的な点を役員会で確認いたしました。

先週は、神殿の門で物乞いをしていた生まれつき足の不自由な人が、「イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」という使徒ペトロ言葉と支えによって立ち上がり、歩き出した。こうして躍りあがって神を賛美しながら、ペトロとヨハネと一緒に神殿の境内に入って行って神をほめたたえた出来事についての記事でした。
その後もペトロは神殿で説教をし、ユダヤの人々が悔い改めて立ち返り、神の祝福に与って生きるようにと語り続けます。
多くのユダヤの民衆がその言葉と業とを聞いて主イエスを信じ、救いが起こされていくのです。しかし4章において、そのペトロとヨハネらがユダヤの民衆に話していることに苛立ったユダヤ教の祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々から2人は捕えられてしまい、ユダヤの法廷で尋問を受けることになるのです。けれども結局、ユダヤの法廷は彼らを裁くことができず2人は釈放されることになるのです。

「大迫害の背後にある問題」
その後の出来事ですが、本日の使徒言行録8章1節後半にはこう記されています。
「その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほか皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。」
その迫害は6章後半から7章にかけての「聖霊に満たされたステファノの説教と彼の逮捕、そして殉教」に端を発したものでありました。
実はこの迫害は、先のペテロとヨハネを捕えたちのものとは異なり、その根底にはユダヤ教徒とキリスト教徒という構図だけではなく、ユダヤの民族間の差別的問題があったのです。生粋のユダヤ人であることを重んじ、誇りとするユダヤ人たちは、歴史の中で外国に移り住んでいたユダヤをルーツとするユダヤ人たちを見下していたのです。
ペトロやヨハネら12使徒はユダヤで生まれ育ちましたが、ステファノの先祖はユダヤ-をルーツとして外国で生まれ、彼自身もギリシャ語を話すユダヤ人でした。
まあ、彼の説教はユダヤの伝統を重んじていたユダヤ教の律法学者、又ファリサイ派の人たちにしてみれば、自分たちユダヤの先祖が裁かれているような教えで、それは神さえ冒涜する行為以外の何ものでもないと思え、ステファノは激しく糾弾され、石打に処せられたのです。
そうした憎悪がエルサレムのキリストの教会に対する大きな迫害となって襲ったのであります。正確に言えば、外国で生まれたユダヤをルーツとする先祖をもち、エルサレム周辺に移住していたギリシャ語を話すキリスト教徒たちへの大きな迫害となったのですね。
ここに「使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散った」と記されていますののも、ペトロら使徒たちはまがりなりにもそれぞれユダヤの地に生まれ育った者たちであったことから、散らされたギリシャ語を話していた信徒たちほど激しい迫害に遭うことなく、エルサレムの教会に踏みとどまることが出来たのではないかと想像できます。
何より彼らはエルサレムで福音を伝え続けるという使命があったのでありましょう。
私たちは様々な状況の中で、願おうと願うまいと、連れて行かれたり、残されたりということが時に起こってまいります。しかし、その事の中に「人知を超えた神のご計画」が秘められているというのが今日の主題であります。

さて、2節には「信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ」と記されています。
ここでの「信仰深い人々」とは誰のことでしょう?
エルサレムの教会のキリストの信徒たちのことでしょうか。しかし使徒以外の多くは散って行きました。
としたら、それはエルサレム周辺に住む敬虔なユダヤ人たちだったのではないか、と考えられます。
多くの信徒たちは散らされて行ったが、「しかし」、キリストの信徒ではないけれども神を畏れ敬うエルサエムに住む人たちがステファノを葬ったのです。
ちなみに当時エルサレムにはギリシャ語を話すユダヤをルーツとしたユダヤ教の人たちが多く住んでいたようです。彼らは異なる立場であっても神に忠実に生き抜いたステファノに敬意を払い、ユダヤの同胞として深く悲しんだのです。
あのイエスさまの遺体を葬るためにピラトのところに行き、引き渡して欲しいと願い出て、丁寧に遺体をお墓に葬ったのは、神の国を待ち望んでいたユダヤの議員のアリマタヤのヨセフでした。

しかし3節、「一方、サウロ(後に使徒となるパウロ)は家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた」のです。
ここにユダヤの律法とその民族の属性に囚われていたファリサイ派のサウロがいました。まさに彼はこの時のキリスト教会とその信徒に対する迫害の急先鋒だったのです。
彼は後に復活の主イエスと出会い、回心してキリスト者として新しく生まれ変わり、ユダヤ以外の多くの地にキリストの福音を伝えていくべく使徒としての大きな働きをなすこととなります。このことも、まさに「人知を超えた神のご計画」を知らされるわけであります。

ところで、この当時のエルサレムの教会は複数単位の家の教会によって構成されていたのです。まあ、現代でいえば家庭集会のような集まりであったともいえましょう。
同時に彼らは毎日ひたすら心を一つにして、神殿に参り、相互の主にある交わりを大切にしていました。
そのように初代教会は家の教会から始まりましたが、時代とともに秩序だった構成が計られ、小アジアと呼ばれた地の諸教会との協力伝道も生まれていきます。そしてやがてキリスト教は大きな影響をもっていたローマに受け容れられていき、さらに教会は組織化されていくことで世界各地に福音が伝えられていくこととなったのです。

「人知を超えた神の計画」
さて、4-5節「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。フィリポ
はサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。」
ここでフィリポという人物が登場します。
6章で、エルサレムの教会において、ギリシャ語を話すユダヤ人から「日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていた」との苦情が出て、祈りと御言葉の奉仕をする使徒たちとは別に、食事など生活についての世話をするいわゆる執事が、ギリシャ語を話すユダヤ人から7人が選ばれ、その奉仕者として立てられたのです。先のステファノもそうでしたが、フィリポもその1人でした。

このように先にお話したユダヤで生まれ育ったユダヤたちとユダヤにルーツをもちながらもギリシャ語を話す人たちとの間にある差別は、残念なこと現実としてエルサレムの教会にも起こっていました。
外部からは熱狂的ユダヤ教徒からの激しい迫害、内部ではギリシャ語とヘブライ語(アラム語)を話すユダヤ人の問題。当時のエルサレムの教会には、この内外の2面からの闘いがあったのです。
そういう中で教会は大迫害の果てに、ギリシャ語を話すユダヤ人たちはやむなく散らされる他なかったのです。
この後エルサレムの教会、家の教会の集まりは縮小し、人々は隠れて住むようになりました。
確かにエルサレムの教会の目に見える躍進は止まり、中断してしまうのであります。
しかしそこで福音の拡がりが止まってしまったかというと、決してそうではありません。それどころか、散らされたギリシャ語を話す信徒たちは向かう方々、先々で「福音を告げ知らせながら巡り歩いた」というのです。
エルサレムを離れた彼らに何の保証があったでしょう。この先どこへ行きどうしていったらよいか先行きも不透明であったことでしょう。日々が危機の中にあったといえるでしょう。
けれども、そのような危機の中にも、主なる神の御心を信じ、時がよくても悪くても御言葉に堅く立ち、神の国が訪れた大いなる喜びの知らせを告げ知らせたのです。

こうして、フィリポも又、ユダヤ人たちの忌み嫌っていたサマリア人の町に入って行きました。サマリア人とユダヤ人はもとを辿ればユダヤの一つの民でしたが。しかし双方には長い歴史を経ての確執がありましたから、フィリポも感情的には喜んで行けるようなところではなかったでしょう。
けれどもピリポは臆せずサマリアの町に入り「キリストの福音を宣べ伝えた」のです。
その彼が快く受け入れてはくれないようなところに入って行けた、さらにそこで福音を宣べ伝えることができたのは、確かに彼の性格や才能、個性もあったのかも知れません。
ただ不思議なのは、ユダヤ人で、さらにどこの馬の骨かもわからないようなキリストの信仰者を犬猿の仲であるはずのサマリアの町の人たちがよく受け入れることができたなあ、と言う点です。
この8章にはそのことに関して大変重要なことが記されています。
26節では「主の天使」が彼に指示して、29節では「霊」が彼を導き、さらに39節では「主の霊」がフィリポを別の働きの場へと連れ去って行くのです。このように常に「主」が「神の国とイエス・キリストの福音」を告げ知らせるフィリポに先立ち導かれておられる、ということなのであります。

フィリポは自分の計画に固執するのではなく、その聖霊の導きにゆだねて、日々み声に従いゆく中で、信仰を分かち合う人たちと出会い、導きの中で出会う人たちに福音を告げ知らせたのです。こうした聖霊のゆたかなお働きの中で、サマリアの人たちも心開いて、福音を受け取り「大きな喜び」に満たされたのです。

ここには、主なる神さまの御業が成し遂げられていくということは、人間の考えや方法とは異なっているということが示されています。

先ほど申しましたように、大きな危機が迫る中でエルサレムの教会の集まりは縮小し、信徒たちは隠れて住むようになりました。
しかしそのことが主の福音をも封じ込めるものとはなりませんでした。
いな、それどころかむしろ民族的に対立していたサマリアの人々のもとにまでキリストの福音が届けられる機会となり、さらにユダヤ以外の国々の人々、世界の果てまで「大きな喜びで満たす」福音が届けられていく最初の道筋がつけられていくこととなったのです。
そして、このフィリポたちの散らされた信徒たちを通して伝えられた福音伝道の使命を、なんとキリスト教とキリスト信徒を激しく迫害していたサウロが悔い改めの大転換を与えられて、キリストの使徒とされて引き継いでいくのですね。まさに、これも壮大な「人知を超えた神のご計画」であります。

今、私たちも自由に礼拝に集まることができなくなって今日で43日目となりましたが。これからもしばらくは以前と同じかたちで礼拝を行うことは難しいでしょう。
しかし今日聖書から知らされましたように、「人知を超えた神のご計画」は私たちの思いを超えた仕方で福音のゆたかさが拡がり、又深まり、そして、やがて大きな喜びに満たされるあかしの出来事へと変えられることと信じます。
使徒言行録の出来事は決して過去のものではありません。使徒たちを導かれた聖霊は、今も私たちをも導かれ、その福音の喜びのあかし人として立て、私たちの使徒言行録として天に記録され、引き継がれているのです。
今週のひと日ひと日も主の御心を祈り求めつつ、聖霊のお導きを頂いて、主のあかし人とされてまいりましょう。

祈ります。
「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。」
主なる神さま。今日の御言葉を感謝します。
来週はいよいよ聖霊降臨、ペンテコステの礼拝を迎えます。
主は今も、聖霊なるお方として私たちがどんな時も、どこにいようとも、共にいまし、慰め、導いてくださいます。
大きな迫害に遭ったエルサレムの教会の中から散らされた信徒たちのうちに絶えず聖霊のお導きがあり、その行く先先々、人の思いを超えた主のみ業が興されていった使徒言行録のメッセージを頂きました。
私たちも今は礼拝に集うことができませんが、与えられた主の福音を感謝しながら、主を畏れ敬い、日々御言葉と祈りによって整えられ、喜びをもったあかしの日々を大切に歩むことができるよう、導いてください。
コロナウイルス感染症が蔓延し、苦しみ、悲しんでおられる方々がたくさんおられます。どうか主よ、一日も早い収束へと助け、導いてください。又その方々の治療や看病、お世話をされておられる方々のうえにも、あなたからの守りと支えと又、祝福がありますようお願いいたします。
主イエスの御名によって祈ります。

 

コメント

イエス・キリストの御名によって歩く

2020-05-17 15:36:28 | メッセージ

礼拝宣教 使徒言行録3章1~10節

七日の旅路を守り導いてくださった主に感謝します。
昨日から大阪府は条件付きで営業等の一部解除がなされていますが。私たちの教会では、今月31日までは礼拝をはじめとする集会を休会いたします。
主が収束に向かわせて下さるよう祈りつつ、6月から教会の礼拝と祈祷会が再開されることを願っております。

今日は先ほど読んで頂きました使徒言行録3章1-10節より「イエス・キリストの名によって歩く」と題し、御言葉を聞いていきたいと思います。
ペトロとヨハネは、生前のイエスさまのことをよく知っていた弟子たちでありましたが、彼らは聖霊降臨を体験することによって、本当の意味で救い主、イエス・キリストを知るのであります。
聖霊に満たされた彼らは新生のいのちを受け、生まれ変わったように大胆に神の偉大なみ業を証しし、宣べ伝える使徒とされていくのであります。
本日のところでそのように神の愛と力に満たされた使徒のペトロとヨハネは、「午後三時の祈りの時に神殿に上って行った」とあります。

前の2章43節以降には「信徒の生活」について記されていますが。それは大阪教会の年間聖句でもありますが。
その46節で、「彼らはひたすら心を一つにして神殿に参り」云々とあります。
キリストにある共同体がその始まりから大切にしてきたのは、「使徒の教え」「相互の交わり」「パンを裂くこと」「祈ることに熱心であったこと」でした。
彼らはユダヤにおいて教えられてきた律法を尊び、神殿で決められた祈りの時間に、祈るために神殿に向っていたのであります。
神の臨在される神殿、主が祈りの家といわれるその神殿で共に祈ることは喜びであり、信仰の生活において欠かすことのできないことでありました。
それは私たちも同様です。教会の礼拝や祈祷会の場で一つになって一緒に主を賛美し祈ることを通して、主は聖霊による愛と力と信仰を注いで下さり、大いなる救いの御業を仰がせて下さるのです。
しかし今、教会に足を運んで共に集まって礼拝ができない状況下において、先週も申しましたように多くの方から「礼拝や祈祷会で集まれることのゆたかさを休止になってからしみじみと感じている」とのお声をお聞きしています。
それが叶わない今、私たちができること。
それは、まず私と主なる神との1対1の関係を日々確認していくこと。主に立ち返る、悔い改めです。
今のこの時は以前にもまして沈黙のうちに主と向き合い出会い、その御声を聞いていく機会ともなるでしょう。恵みを思い起し、感謝と賛美と祈りの中で主に応答しつつ歩む。ペトロやヨハネのように決まった時間に祈ることができなくても、時間の折々に黙想と祈りの時を持つことは実に幸いなことです。
又、先々週から週報の表に、教会の方々のお名前を記載していますが。主にある家族お一人おひとりのことを覚え、祈り、とりなす時間をお奨めしています。
このとりなしの祈りについてみなさまからの応答が届いていますので、いくつかご紹介させて頂きます。
ある方からは「教会の方々を順に覚えて祈っております。祈られていることの喜びと感謝。執り成しの祈りの大切さを新たな気持ちで学ばせて頂いております。」
ある方からは「週報の一面に教会員さんのお名前を記して下さり、ありがとうございます。実際にお会いできる日が一日も早い事を願い、お顔を思い浮かべながら祈ります。」
離れていても共に心を合せて祈る祈りに、又、主は聖霊による愛と力と信仰を増し加え、大いなる御業を見させてくださるのです。どうか、今後も皆さんに覚えていただきたい
祈りのリクエストがあればぜひ私の方にご連絡下さい。主にとりなし、祈り合います。

聖書に戻りますが。
2節「すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日『美しい門』という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。」
この人は毎日、祈りの時間になると、多くの人が行き交うその場所に置いてもらって、物乞いをしていたのです。
彼はその境内に入った事は生まれてこのかた1度もありませんでした。なぜならユダヤ教では、体の不自由な人は神殿の中に入る事も礼拝に集う事も許されなかったからです。
この人の抱えていた障がいは内面だけでなく、社会から分断されているという外的な障がいを負わされていたのです。
そういう中で、彼は不本意にも境内の門前で物乞いをしていた、いやそのように生きざるを得なかったのであります。
彼は人に「置いてもらっていた」と記されていますが、果たしてこの人はただ受身で、置きもののような消極的な存在であったのでしょうか。私にはそう思えないのです。
この人は物乞いをすること、人に頼んでそこに置いてもらうことのみじめさを強く感じながらも、しかし「生きるのだ」という人間としての尊厳を精一杯の行動で表していたのではないか、とそう思えるのです。
何か物のように置かれていたとしても、この人の魂は「生きる」こと、それも「人間らしく生きていくこと」を切望していたのではないでしょうか。

先日、特集で「緊急事態を生きる」という新聞のコラムに、困窮者支援団体代表で牧師の知人が次のように語った言葉に目が留まりました。
「私たちは、炊き出しで一緒に食べながら話をして関係を築き、ホームレスや困窮した人を『1人にしない』という伴走型の支援が強みです。緊急事態宣言が続く中、非正規雇用で職場の寮に暮らしていた人は、経済が止まると仕事も家も失います。『自分は見捨てられた存在』だと孤独や孤立感が深まれば、自殺のリスクも高まります。4月末に私たちが始めた緊急のクラウドファンディングは、タブレット端末を支援団体に届けテレワークで相談できるようにして『支援する人』を支援します。また、家を失った人への支援として空き家を各地の団体が借り上げ、就職など再出発する場として提供していきます。私はコロナ以前の『あの日』に戻らなくていいと思っています。どうすれば人の命を守れるのかを考えて、新しい社会を作りたい。経済が揺らぐと家までなくしたり、『自己責任』だと知らん顔するような社会に戻っても意味がありません。」
その言葉には考えさせられますし、又とても具体的で尊い活動です。

また、同じ日の新聞にはノーベル平和賞受賞者で経済学者のムハマド・ユヌスさん(この方はバングラデシュでおきた大凶作をきっかけに、高利貸しに苦しむ市民を救おうと、小口金融機関を創設し、生活困窮者に無担保で少額の融資をすることで、市民の起業を支援された方)が興味深いまあ預言者的な言葉がいくつも紙面に綴られていました。
「まさにいま、全世界に重要な問いが提起されている。どうやって経済を回復させるかではない。新型コロナに襲われる以前に戻すのか、それとも、新しく設計し直すのか、という問いだ。決定は完全に私たちに任されている。新型コロナが登場する以前の世界は、言うまでもないが良いものではなかった。気候変動が引き起こす大災害によって、全人類が脅かされるまでの残りの時間を数えていた。人工知能によって膨大な雇用が失われ、富の集中は爆発的レベルに達していた。新型コロナは突然、世界の文脈と計算式
を変え、存在しなかった大胆な可能性の扉を開いた。私たちはまっさらな白紙の状態に戻り、どんな方向へも行ける。信じられないほど未来を選択できるのだ。」
この方もコロナ以前の日に戻ることを必ずしもよしとせず、むしろ今私たちと社会の再創造への可能性が開かれていることを語られています。

さて、3節「彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。」
この日も神殿の美しい門の定位置にいつものように座り、祈祷の時間に神殿を行き交う
人々に物乞いをしていた彼は、神殿の境内に入ろうとするペトロとヨハネを見て、いつものように施しを求めます。
特に彼らに目をつけていて施しを求めたというのではなく、ペトロとヨハネは通り過ぎる人々の中の2人に過ぎなかったのです。

ところがです。4節、声をかけられた「ペトロはヨハネと一緒にその彼をじっと見て、『わたしたちを見なさい」と言うのです。
おおよそ物乞いをせざるを得ない人は、受ける人の顔を見ないものです。それは羞恥心というような言葉では到底言い表せない感情があるからです。
それにも拘わらずペトロは「わたしたちを見なさい」と言うのです。まあ、そう言われたら彼は顔を上げるでしょう。座り込みうつむいていた彼が顔を上げて見る。顔と顔を合わせる。ここに関係性が起こってきます。
一方のペトロですが。彼は大胆にも「わたし(たち)を見なさい」と言うのです。
それは彼がペンテコステの聖霊のお働きを受けていなければ、とてもそのようには言えなかったでしょう。弟子としてある意味敗北感を経験し、自分の不甲斐なさ、底知れない罪を思い知らされたペトロでありました。
しかし復活の主イエスはそのペトロに現れて、それこそうつむくその顔を上げさせ、顔と顔を合わせて「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ21章17節)という使命をお与えになるのですね。
主イエスの愛とゆるしは十字架の苦難と死を貫いてペトロに注がれ続けていたのです。もう一人の弟子ヨハネも同様です。
そのようなペトロとヨハネにとっては、その人は単なる物乞いではなく、自分たちと同様、神の愛と救いを必要とする一人の尊い存在であったのです。
ペトロとヨハネが「わたしたちを見なさい」と言っているのは、彼らに注がれ続けている主イエスの愛と救いのまなざしそのものなのです。
聖霊に満たされた人は、主イエスのまなざしを頂いています。それは、その人が本当に必要としているものを見抜くまなざしであり、愛のまなざしであります。

5-6節「その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。『わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい』。」
この人の期待は、「金や銀はない」というペトロの言葉に消えてしまいます。
先ほど紹介した経済学者のムハマド・ユヌスさんは「経済は一つの手段に過ぎない、人間の作った道具。人間の本質は金銭欲ではない」とも述べておられます。経済は、生活の手段ではあっても、人を活かす本質とはならないのです。

では、この物乞いをしていた人が本質的に求めていたものとは何だったのでしょう。
ペトロは主のまなざしによってそのことを見抜きました。
ペトロはこの人に語りかけます。「もっているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」
そうしてその言葉と共に、自分の手で彼の右の手を取って立ち上がらせるのです。

この人がそのように立ち上がることができたのは、かねてからイエス・キリストのことを聞いていて、そのイエス・キリストへの期待がペトロの言葉によって覚まされ、信仰になったかも知れません。しかしそれだけではありません。そこには、その彼の右の手を取って立ち上がらせる主の愛に満ちあふれたペトロの支えがあったのです。
私たちも一人では立ち上がり、歩き出すことができない存在なのです。共に祈り、支え合うことによって主の愛に生きるものとされているのです。

すると、「たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。」
ここには、イエス・キリストの名によって歩き出した彼のその有様が躍動感をもって伝えられています。
「歩きだした」「歩き回った」と、歩いたことが繰り返されているのは、「ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい」という言葉の力を示しています。呪術や医学とは全く異なる神の経験、救いの実体、主イエスの御名によって彼は立ち上がり、歩きだすのです。
しかも、この人がいやされ回復されたのは身体面だけではありません。
彼は「歩き回ったり躍ったりして神を賛美して、二人と一緒に境内に入っていった。」
主なる神との関係の回復によって、体と同時に心も魂までもいやされたのです。
彼はそのあまりのうれしさにそのまま自分の家に帰るなどせず、躍り上がりながら主である神に感謝と賛美を捧げるためにペトロとヨハネと共に神殿に入っていくのですね。

「イエス・キリストの名によって歩く」。
人がしあわせに生きるには健康は大きな要素であるでしょう。お金や財産もそうでしょう。けれどそれで人が満ち足りた人生を送ることができるかといえば、そうとは限りません。人は本来、神と和解し、神の愛と祝福のもとに生きる事を必要としているのです。
救いの主、イエス・キリストによってもたらされる回復は、人に神の愛と祝福のもとに生きる喜びと賛美の歌をもたらします。それは全人的な命の回復であります。

9-10節は岩波訳聖書でお読みします。
「民は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見て、これが神殿の「うるわしの門」のわきに座って施物を乞うていた者であると知り、彼の身に起こったことについて、肝を潰すような思いと正気を失うほどの驚きに満たされたのである。」
社会的には彼は身体が治ったので神殿の中に行くことができたようにも見えます。
けれどもそうはありません。彼はここにあるように、それまで経験したことがない歓喜に溢れて「神を賛美し、ほめたたえる」ために神殿に入っていくのです。
人々はそんな彼の姿を見て神の力、その御業を目の当りにして「肝を潰すような思いと正気を失うほどの驚きに満たされた」というのです。
それらはまさに、主イエスの愛のまなざしを知る使徒たちを通して起こされた聖霊の業としるしです。
主イエス・キリストが患う人と出会い、いやされたように。忘れ去られ、置き去りにされ、あざけられる人と、喜びや悲しみを共にされ、神の国とその福音をもたらされたように主の愛のまなざしを受けた使徒たち、そして、この物乞いであった人のあかしがここに代々に亘って立てられていくのです。

この使徒言行録は聖霊を受けた使徒たちによって神の救いの福音が、ユダヤからはじまり、それがやがて世界にも拡がり、代々の時代を経て私たちのもとにも届けられました。
その主体は聖霊なる神です。
私たちの右の手をとって、しっかりと立ちあがらせて、躍りあがるように歩き出して主の御名をほめ讃える者としてくださった主イエスの愛と御言葉を伝え、分かち合う者として今週も感謝と賛美をもって、主イエスにあって歩んでまいりましょう。

祈ります。
主よ、今日も新しい朝と生きるいのちを私たちに与えてくださり感謝します。
聖霊に満たされたペトロとヨハネが「イエス・キリストの御名によって歩きなさい」との御言葉と行動とによって、一人の人が全人的にいやされていくメッセージを頂きました。感謝します。
今、私たちはある意味不自由な状況におかれていますが。その中でこそ見えなかったことが露わにされ、これまでの歩みを顧みる時が備えられているともいえます。
もう一度、この時主よ、どうかあなたに立ち返り、悔い改めて新たに歩みだすことができるよう私たちをどうか導いてください。又、それぞれの信仰の霊性と健康と必要とが備えられるよう守りお支え下さい。主の御名によって祈ります。

コメント

大阪府の休業や外出自粛の要請解除に向けた独自基準最終日

2020-05-14 19:21:35 | お知らせ

コメント

今年も開花した天使のバラ

2020-05-14 11:01:28 | お知らせ

コメント

ゆたかな聖霊のお働き

2020-05-10 17:48:32 | メッセージ

主日礼拝宣教  使徒言行録2章1~13節

七日の旅路を守り導いて下さった主の御名を賛美します。

4月12日から主日礼拝を休会してから約1か月が経過いたしました。
教会に集まって共に礼拝することができませんので、この間、週報、礼拝プログラム、礼拝宣教の原稿や礼拝の音声録音を送らせて頂いておりますが。
関西の諸教会・伝道所の多くも様々な対応がなされているようで、先日「祈りにおぼえ合うため」の現況報告が送られてきました。それぞれの教会の対応を興味深く読ませて頂きました。
そういった中、ある教会の方は「礼拝や祈祷会で集まれることのゆたかさを休止になってからしみじみと感じている」と、その思いを綴っておられました。が、私も幾度もそういったお声を大阪教会の方々からお聞きしています。それはきっと多くの教会の方々も同じ思いをされていることでしょう。
しかしそれは主にある交わりが断たれているわけではありません。なぜなら私たちの間に今この時も聖霊がゆたかにお働き下さっているからです。
本日は使徒言行録2章の聖霊降臨の記事より、「ゆたかな聖霊のお働き」と題し、御言葉に聞いていきます。

「主にあって祈り備える時」
先週は1章より御言葉を聞きましたが、その後半のところに、弟子たちは泊まっていた家の上の部屋に上がり、復活の主イエスが天に昇られるに際に「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父が約束されたもの(聖霊)を待ちなさい」と命じられたことを守り、泊まっていた2階の部屋で主に仕えていた婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合せて熱心に祈っていたのです。
捕らえられ十字架に引き渡されたイエスを見捨てて逃げた弟子たちとイエスの母やその家族たちとが一緒に祈るというのは、人間的に見れば考えづらいことですが。復活の主イエスによって、又その信仰によってイエスの母マリアもその家族も、そして弟子たちも、主にあって一つ心となって祈りを合せていたのであります。この祈りのうちに一同は、聖霊の降臨に備えたのです。
それは十字架の死の出来事から数えて50日という期間であったという事であります。その「一同が一つになって集まっている」ところにまさに聖霊がお降りになったというのが本日の2章始めの記述であります。

ところで私たちも状況は異なりますが、教会に足を運び共に礼拝を守ることができなくなってから30日が経とうとしていますが。いまだ世界全体が震撼するような状況が続いております。私も初めての経験ですが、教会の門が閉ざされるという考えもしなかった事態。主にある友や主の家族と顔と顔とを合すことができない。一緒に集まって仕え合って礼拝を捧げることができないという寂しさ。様々な諸集会が次々見送りになっていく度にやるせない思いがします。私自身この現況におかれ、「礼拝や祈祷会で集まれることのゆたかさを休止になってからしみじみと感じている」という一人でもあります。

「集まれることのゆたかさ」
主日礼拝を守るのはキリスト者なら当たり前、それが原理原則、当然とされていますけれども。キリスト者として生きるのに必ず教会に名を連ねて関わらなければならないとキリスト者じゃないというわけではないでしょう。それでも私たちは主の御言葉に聞いていくとき、やはり教会と信徒の交わりを通して、ゆたかに育まれ、信仰が守られていることを体験してきたのではないでしょうか。それが、今教会の門は閉ざされ、文書や音声、動画による礼拝がなされております。
今、「どうして主日礼拝に共に集まるのか。」改めて問われているように思えます。それは又、「教会とは何か」という問いでもあるでしょう。
忙しさや体力的な疲れをおぼえ礼拝に朝行く前にしんどい、きつかったけれども、実際に礼拝に足を運んでみると、そこに集っている方々との共なる賛美や祈り、聖書のお言葉によって不思議な平安が与えられ、元気を頂いた、そういう経験を少なからずお持ちではないでしょうか。それはまさに、そこに人知を超えたゆたかな聖霊のお働きがあるからに他なりません。
今は共に集まって礼拝できないこの時だからこそ、心を一つに主にとりなし、祈り合い、主の家族、主にある諸教会のことを覚え、祈り続けていくことを、今主は私たちに用意してくださっておられるのだと思うのです。
主イエスの告別説教の主たるメッセージは「目を覚まして祈っていなさい」でしたね。
それは、やがて礼拝再開が導かれた折に、共に集い主を礼拝する時に与えられるゆたかな聖霊の恵みの先取りであるのです。

「聖霊の降臨」
さて、2-3節「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして炎のような舌が分かれ分かれに現われ、一人一人のうえにとどまった。」
このように聖霊降臨の有様が記述されております。
激しい風とは神の息吹であります。創世記に神が人をお造りになられた際、「その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」との記事がございますが。
聖霊の降臨は、主イエスのあがないの業による罪のゆるしと神との和解がもたらされ
る「新生」、新しい命の息吹であります。
イエスさまは「人は水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(ヨハネ3章)とおっしゃいました。まさにこれがイエスさまのおっしゃった第2の誕生、聖霊によるバプテスマを示しているのです。

ところで、「炎のような舌が分かれ分かれに現われ、一人一人のうえにとどまった」とあります。弟子たちはこの聖霊降臨によって、その一人ひとりに賜物として「神の偉大な業を語る」舌が与えられ神に遣わされる使徒とされていくのです。
4節に「一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他の国々の言葉で話しだした」のでありますが。新生した一人ひとりの主に呼び集められた群、キリストの教会、エクレシアは、まずこの聖霊によって「イエスこそ、主である」との信仰の告白をなす舌を与えられ、それはキリストの教会を形成する私たち一人ひとりによって形づくられています。はじめに組織や団体があったわけではありません。まず聖霊が、主に祈り求め続ける一人ひとりのうえに臨まれる。それが主体であります。
その私たち一人ひとりは小さな教会、主の宮であるということができるかと思います。

そうして1つの御霊によって形づくられたキリストの教会には、世に様々起こってくる信仰の戦いにおいて常に、聖霊なる神さまがその一同と共におられ、お働き下さいます。それは主の晩餐式において記念し覚えられていますように、私どもはそれぞれ「同じ一つの御霊」に与り、キリストにあって共に生きる兄弟姉妹、主の家族とされているという事です。それゆえに私たちは心一つにして、祈りを合わせていくよう常に招かれているのです。そこに聖霊のきよめがなされるのです。聖霊によるゆたかなお働きが起こされていくことを絶えず信じ求めてまいりましょう。

「福音宣教の時」
さて、5ー6節、「エルサレムには天下のあらゆる国から帰ってきた、信心深いユダヤ人たちが住んでいた。だれもかれも自分の故郷の言葉を話されているのを聞いて、あっけにとられた。」
この時ユダヤ教の五旬節の祭りでしたので、多くの国に散らされていたユダヤをルーツとしている人々がそれぞれの国や地域から巡礼のためにエルサレムを訪れていたのです。彼らは信仰の厚い人たちであったのです。
その彼らがそこで何よりも驚いたことがありました。それはガリラヤ出身のイエスの弟子たちから、神の偉大な業が語られていることを耳にした。それも様々な国の言葉によって神がどんな素晴らしいことを起こされたかを語り、また賛美しているのです。
エルサレムの祭司や律法の専門家ではなく、都の人たちから見れば無学で異邦人にも等しい者等と見下されていたガリラヤの人たちから「神の偉大な業」について自分たちの生まれた外国の国々の言葉によって聞かされたユダヤをルーツとする巡礼者たちは何よりも驚いたのです。
まあいわばそれは、長きに亘り散らされていたユダヤをルーツとしていた民が主にあって一つとされる時となったのではないでしょうか。

14節以降で、聖霊に満たされたペトロが救いの真理を語ります。そこで主イエスを
十字架に引き渡して殺害したユダヤの人たちの罪が説かれますが、しかし主はその罪をあがない、神との和解の福音を与えてくださったという救いのメッセージがなされるのであります。その日3000人もの人が罪を悔い改めて救われ、キリストの教会、エクレシアに加わったとあります。
まあ、このように聖霊のゆたかなお働きによって罪の悔い改めと救いの福音が語られる中で、ユダヤをルーツとしていた人たちが主にあって1つにつなぎ合わされていくのですね。まさに聖霊のお働きは、神の愛から引き離されていた者を神と和解させ、さらに主にあって結び合わせて下さる愛と平和の御業なのです。

そのお働きを聖霊は、まず言葉をもってなし遂げていかれます。
「炎のような舌が一人ひとりの上にとどまった」とありますが。
私ども一人ひとりも又、主の愛とゆるしによって新しく生かされた者とされた証しの言葉とその歩みをなすべく隣人と出会う者として日々世にあって遣わされているのです。
「神との交わりの回復」、また「人と人との交わりの回復」は聖霊のお働きによるものであり、そのあかしの言葉は福音に味付けされた言葉によって始められていくのです。
「実に、信仰は聞くことにより、しかもキリストの言葉を聞くことによって始まるのです」(ローマ10:17)と記されてあるとおりです。

しかしそんなことを申しますと、いや私は牧師ではないから聞く方であっても、話す方ではないとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。福音を伝えることは難しい、なかなかうまくできるものではない、とお思いになるかも知れません。その点について使徒パウロは非常によいヒントを私ども与えてくれています。
Ⅰコリント9:20ですが。「わたしはユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。・・・・弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。」
それは何も使徒パウロがカメレオンのようにころころと変わったわけではありません。目の前にいる人に、主の大いなる御業を知って頂きたいと強く思っていたからです。
パウロはたくさんの知識をもった人でしたが。それで相手を説き伏せるようなことをしても相手に伝わらないことを知っていました。それよりも彼は自分が如何に救われ難い人間であったのか。その自分を唯救い出してくださった主の大いなる御業について体験したことを、相手が理解できるようにあかししたのです。

聖霊の降臨は、まず名も知れぬ、世の人々から無学と見下されていたガリラヤ出身のユダヤの人たちを通してあかしされていきました。
伝道とは自分の思いを相手に一方的に押し付け、相手の変化や回心を求めるものではありません。救いようもない自分が十字架の主イエスによって救い出された、そのゆるしと感謝の喜びにあふれ、主の愛の炎の舌をもってそのあかしが立てられていくのです。
聖霊は今も私たちの現実の世にあって混乱した言葉を結び直し、愛といのちの交わりを回復してくださる原動力となってお働きくださっているのです。

最後になりますが。
先日、私たちの連盟のS教会が地域に「感謝と祈りの言葉掲示板プロジェクト」というものを立ち上げ、拡げておられる動画を視聴させて頂き、大変励まされました。御覧になられた方もいらっしゃるかも知れませんが。

そのプロジェクトが立ち上がった背景と趣旨についてこう記されていました。
「4月12日イースター礼拝を行う予定でした。たくさんのチラシを刷っていたのですが、ウイルス対策のため集会を中止しました。無駄になったチラシを破棄しかけたところで、せっかくなのでチラシを使ってみなさんの感謝と祈りの言葉を集め、掲示したいと考えました。多くのことが「できなくなる」中、どうしても不平不満が口から出てしまいます。ウイルスと共に不安や不平不満が広がりそうになってしまう中だからこそ、みんなで感謝や祈りを具体的に言葉にしてみませんか。」

それは教会の掲示板から始まり、コラボで近所の教会やコンビニも賛同され加わっておられるとの事でした。今の現況下にあって「感謝と祈りを言葉にされているそのいわば協働の労作に、「神の偉大な業」があかしされている事を新鮮な思いで知らされました。
新たなる週を迎えた私たちも又、こういう時だからこそ今、感謝と祈りを言葉に表して日々を歩んでまいりたいと思います。

祈ります。主よ、今日も新しい朝と生きるいのちを与えてくださり感謝します。聖霊降臨の時を待ち望みつつ、心を一つにして祈り続ける人たちの姿を通して今あなたがわたしたちにメッセージを送ってくださいました。又、今のこの自粛の現状下にあっても、あなたの私たちへの恵みは尽きることはありません。主よ、「大いなるあなたの御業」をこれからも日々感謝し、世にあって発信し続けていく者として下さい。
又、それぞれにそのための信仰の霊性と健康と必要が備えられるよう守りお支え下さい。

コメント

休会延長について

2020-05-09 09:56:12 | お知らせ

新型コロナウイルス感染の対応としまして5/31迄すべての集会休会を延長いたします。

*礼拝と祈祷会は今後収束に向う事を前提に6月からの再開予定

 よろしくお願いいたします。

みなさまのあゆみが守られ、6月には回復していきますようお祈りいたします。
 

 日本バプテスト大阪教会

コメント

神の約束を信じて待つ

2020-05-03 10:35:04 | メッセージ

礼拝宣教「神の約束を信じて待つ」使途言行録1・1-11
(神の国と聖霊降臨の約束、主イエスの証人としての使命)

七日の旅路を守り導いてくださった主に感謝と賛美を捧げます。

先日新聞のコラムの欄に、宗教学者で僧侶の釈撤宗さんという方が、新型コロナウイルス感染拡大で世の中が暗い雰囲気に包まれていることについて、「こういう事態になると不安と恐れで心がきゅっと委縮します。すると、どうしても攻撃的になったり、誤った情報に惑わされたり、排他的になったりしてしまう・・・・ウイルスもさることながら、そういった委縮した心が感染しないようにすることが今、とても大事だと思っています」とおっしゃっていました。
又、宗教は何ができるでしょうか?という問いに対して、「牧師の先生とお話しながら考えたのですが、「待つこと」と「許すこと」の大切さを発信することだと思います。現代人は待つことと許すことがどんどん苦手になっている。心が委縮するとますますそうなるでしょう」とも。
そして、早期終息のための祈りをささげる宗教者たちもいます。一方で、そうした行為に対して「意味がない」という人もいるようですとの問いに対して、「少なくとも、そこには個人を超えた祈りがあります。どれだけ誠実に暮らしていても、日常は簡単に壊れてしまう。問題を解決するしかないという枠を超え、ただ祈るしかできないという人間の限界を示す態度とも言えるでしょう。尊い行為だと僕は思います」とも、おっしゃっていたことに共感をおぼえました。
ローマの信徒への手紙8章24節に「見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです。同様に、霊(人称代名詞)も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、霊自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。人の心を見抜く方は、霊の思いが何であるかを知っておられます。霊は、神の御心に従って、聖なる者たち、つまり、御計画に従て召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」
霊すなわち聖霊は、わたしたちの言葉にならないような思いまでも共にうめきをもって執り成してくださいます。人知を超えた神の御計画が実現されるようにと聖霊を求めつつ、本日より使徒言行録から御言葉を聞いてまいりましょう。

「序」
この書はルカ福音書の第2部ともいわれており、ルカ福音書の終わりの24章から続けて読んでいきますと、より事の次第が理解しやすくなっています。
ルカ福音書では救い主イエスの誕生、神の霊による病人のいやし、悪霊追い出し、神の国の福音を告げ知らせる主イエスの公生涯と十字架の苦難と死、そして復活の記述が取り上げられています。
一方、この使徒言行録では、その復活の主イエスが天に昇られ、聖霊を送り、その力強いお働きによってキリストの教会を立てあげ、弟子たちを主イエスの証人として、エルサレムからユダヤとサマリアの全土で、また地の果てに至るまで、神の国の福音を告げ知らせるために派遣されていく過程が生き生きと描かれています。
この書は使徒の働き、使徒行伝、使徒言行録などと表題がつけられてきましたけれども、主が送って下さった聖霊の力とお働きがなければ使徒の働きというものはなされなかったわけですから、この書は正しくは「聖霊行伝」と言うことができるわけであります。
ここから2000年を経た今私たちの生きているこの時代、この世界におきましても、聖霊は確かに脈々と生きてお働きくだっておられます。
私たち主イエスの十字架と復活によって罪ゆるされ、神との和解によって新生された者のうちにゆたかに働きかけ、その信仰と魂とが日々健やかであるように守り導いて下さいます。さらには、主イエスの証人として立たせ、福音の恵みを隣人と分かち合う力と喜びを与えてくださっているのです。

「神の国と聖霊降臨の約束」
3節「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数々の証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」とあります。
使徒たちが復活の主イエスと過ごしたのは40日間でした。
この40という数はイスラエルの民が荒れ野の険しい旅路から約束の地に辿り着くことになる40年とも重なるように思えます。
イスラエルの民はそこで神の民とされていくことにおいて試練を経験しますが、その40年を経て彼ら民は約束の地へ導かれたのです。
神の民との間にあって執り成し導く指導者モーセは、約束の地を前にして天に上げられました。復活の主イエスが天に上げられるまでの40日間を過した弟子たちもまた、弟子から福音の使徒とされていくためのそれは貴重な時となったことでしょう。
主イエスの苦難と死は、神の国が始まっていくための神の尊い御業であることに彼らは気づき、悔い改めと感謝を捧げる祈りの日々となったことでしょう。
私たちも今はこの40日を過ごしているのかも知れません。人間的には理解しがたい日常の変化や困難の中で、時に言い知れぬ不安や心配が起こってくることもあります。
けれどもその中で復活の主が「あなたがたに平和が、平安があるように」と語りかけてくださる。今、かつてないほど主の御言葉を心静めて、思い起こす時を過ごしている。そしてより一層他者のために執り成しの祈りをささげている。そのような方もいらっしゃるでしょう。
さて、主イエスは彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられました。
「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によるバプテスマを授けられるからである。」
この「聖霊のバプテスマ」とは、まさに聖霊降臨のことであります。

ヨハネのバプテスマは人が悔い改め神の前に立ち返って生きていきたい、と表明するきよめの儀式でしたが、聖霊のバプテスマではありませんでした。しかし主イエスはこのヨハネからバプテスマをお受けになった時、天から鳩のようなものが降り聖霊のバプテスマがなされて、父の神から「わたしの愛する子」という神の子としての認証をお受けになられるのであります。
ところで、主イエスがこのような重大なことを語られたのが、「弟子たちと一緒に食事をしていた時であった」ということがとても気になります。何か整列させていざ発表ということではなく。主と食卓をともにしている和やかな日常の時であったのです。
先週はヨハネ福音書21章から復活の主イエスが弟子たちのために食卓を整えてくださり、共に食卓に与った記事が読まれました。又、ルカ福音書24章のエマオ途上に向かう2人の弟子たちに復活の主イエスが出会われる記事も、この弟子たちが復活の主イエスに気がついたのは、主と食事を共にしていて主がパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて彼らにお渡しになった時であったということであります。
私たち今は教会に集まることができませんが、主は日ごと食事をするような日常の中に、ゆたかないのちの糧を用意され、それを裂き、与え、満たして下さるお方なのです。

話を戻しますが。
使徒たちは主イエスの言葉に対して、「主よ、イスラエルのために国を建てなおしてくださるのは、この時ですか」と尋ねます。
主イエスが建てあげられるのは、十字架の苦難と死を通してその救いの御業による「神の国」であることは、再三彼らにお語りになっていました。しかし弟子たちは依然としてその意味がわからず、「イスラエルの政治的再建」こそ、神の国と考えていたのです。
主イエスはそんな彼らに対して、「エルサレムから離れず・・・父の約束されたものを待ちなさい」と命じられました。
弟子たちはまだ聖霊降臨への備えと、その後使徒とされ主の福音の証人とされていく備えが十分にできていなかったのです。
主イエスが言われる神の国がわからないような状態で、思い思いの道を進んでいれば福音の力に与ることもなく、その群は崩壊してしまう可能性がありました。
だから、今は御業を成し遂げられたエルサレムから離れず、父の約束された聖霊が臨むのを待って備える必要があったのです。
主イエスは弟子たちに次のようにおっしゃいます。
7節以降「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。(あまりにも有名で、あまりにも重要な宣教命令でありますが)こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。」

主イエスの苦難と死という悲しみを経験した使徒たちは復活された主イエスと出会い、喜びにあふれていました。それが今度は、主イエスが天に上げられ、もはや肉眼で認めることができなくなってしまうのです。とり残された彼らはその有様をただ茫然と見つめて立ちつくす外なかったのであります。

復活された主イエスは、「主の証人として生きる」「地の果てまで伝える」というあまりにも大きな課題を託されたまま弟子たちから離れ去っていかれたのでしょうか?
けれどもヨハネによる福音書14章18節にはこうあります。
「わたしは、あなたがたをみなしごとはしておかない。あなたがたのところへ戻ってくる。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。」またその16章7節以降でイエスさまは次のように言われました。
「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」
イエスさまはこの弁護者とは真理の霊であり、父の神が主イエスの名によってお遣わしになる聖霊であると明言しておられます。
そのお方は弁護者でありますから、もはや罪に断罪されることがないように審きの座において主イエスの救いの御業による弁護をしてくださるお方です。
又「その方が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」と言っておられますから、私たちに救いの真理をさとらせ、日ごと主に心を向けさせてくださるお方なのです。
復活の主イエスは天に上げられてもはや彼らの目からは見えなくなりましたけれども、天に昇られることによって、聖霊が降り、その御救いと共に主イエスが以前にも増して時間や空間を超えて、どんなときにもどこにいても共に生きてお働きになられることを体験できるようになるのです。それは又、聖霊の助けに与かる私たちも同様なのです。
信仰は目に見える確証によって得られるものではありません。むしろ見えないものに目を注ぎ、そこに主のお働きを認めることによって生きた神を知る、体感するのであります。
聖霊を受けるとは、何か得体の知れない霊的高揚感に浸るようなことではなく、十字架と復活を通して罪と死に打ち勝たれ主イエスが今も、いつも、どこにいても、とこしえまでも共におられるという確信から来る勝利と喜び。その大いなる証の力であります。
主イエスはそのように聖霊によって力を受けた弟子たちに、「主イエスの証人となるように」との使徒としての尊い使命を与えられるのであります。

そうして聖霊の降臨とそのお働きは、まず彼らが立っているところ、エルサレムから始まっていきます。
使徒たちにとってエルサレムは決して居心地のよい所ではありませんでした。そこは幾多の躓き、失敗、苦い経験の場であったからです。
しかし、そこが実に彼らの主イエスの証人としての始まりであるのです。
人格者だから、立派だから、知識や能力があるから、経験をもっているから用いられるのではないのです。むしろ自分の限界、弱さ、何より主に救われるほかないことを知る者だからこそ、おごることなく謙虚に神に聞き、神を頼みとし、神に仕え、真に神の恵みを知る証人とされるのです。
こうして主の証人として召し出された彼らはそのエルサレムから主イエスの証し人とされていくのでありますが。聖霊の導きによる出会いと働きはまさにそのエルサレムから始まって、それぞれに遣わされていく現場に用意されていくのです。
主イエスは確かに、「地の果てまでわたしの証人となる」とおっしゃるのでありますが。その一歩は、自分の遣わされる馳せ場、生活の場から始まるのです。
聖霊が降った後、使徒たちはエルサレムにおいて主の証しに集中いたしました。そしてそれがやがて、ユダヤとサマリア全土へ、そして小アジアへ、さらにローマへと拡がっていきます。
殊にエルサレムから見たサマリアは異質でユダヤ人はサマリア人を見下していました。
さらにローマもユダヤから見れば支配されてきた憎き敵国です。しかしそういった国々に神の国、神と人、人と人との和解の福音が告げ知らされていくのであります。それはまさに、使徒たちのうちに臨んだ聖霊を通しての圧倒的な力によるものでありました。
主イエスの証人を介して聖霊を受け、主の救いに与った人びとがさらに主の証人となり、遂には世界中に主イエスの福音、神の国の教えが拡がり、今こうして私たちのもとにも届けられているのであります。
始まりはごくわずかな力を失っていた主イエスの弟子たちでした。厳し迫害の時代も、戦争や紛争の時代も、疫病の時代も、主の福音が今日にまで持ち運ばれ続けて来た。何と力強い聖霊のお働きでしょうか。

「再臨の希望」
最後に、今日の終わりの箇所で、茫然と天を見つめていた使徒たちに、白い服を着た二人の人がそばに立ってこう言ったというのです。「なぜ天を見上げているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

この言葉は使徒たちにとって、大変力強い励ましとなったに違いありません。
主イエスの証人となっていく彼らの前途には様々な困難や問題、世の力が待ち受けています。それらを前にして、「聖霊を受け、主の証人として生きる力に満たされるとの約束」。そしてさらに、「再び主イエスが帰って来られる希望」が与えられるのです。
今もキリストの教会に注がれる聖霊によって私たちひとり一人も又、日々主にあって新しくされ、主イエスの救いの証人として立てられているのです。
その先には、主イエスと顔と顔とを合せる大いなる喜びの日が約束されているのです。
聖霊の力とお働きを切に祈り求めつつ、主イエスが再び来られる希望をもって、私たちのエルサレムから始まって、生活の場、それぞれの現場へと今週も遣わされてまいりましょう。

祈ります。主よ、今も、あなたは聖霊を遣わし、私たちを守り支えて下さっておられる事を感謝します。新しい週が始まりました、どうかあなたの御言葉に聴いて歩む祈りの日々を過ごすことができるよう導いてください。又、一日も早く疫病の収束がなされ、共に礼拝できる日が訪れますようお願い致します。主イエスの御名によって祈ります。

コメント

復活の主の養い

2020-04-27 12:41:36 | メッセージ

礼拝宣教 ヨハネ21章1-14節 

七日の旅路を守り導いてくださった主に感謝と賛美を捧げます。

今朝の箇所は復活の主イエスが7人の弟子たちに現れる記事ですが、主イエスはすでにエルサレムにいた弟子たちに2度にわたりご自身を現わしておられました。鍵をかけた狭い家の中、絶望的な思いに閉じ込められていた弟子たちの間に、またそこに居合わすことのできなかったトマスと弟子たちに再度ご自身を現わされたのです。そして3度目にご自身を現わされたのは、ティベリアス湖と呼ばれていたガリラヤ湖のほとりでした。
弟子たちは復活の主に出会った後、故郷のガリラヤに戻ってきていたのです。ここで彼らの日常の生活が再開されたのです。
だだ、そうはいっても主イエスの弟子をやめてもとの漁師に戻ったということではありません。主の十字架と復活の出来事を胸に日常の生活の場にいたのです。この時一緒にいたのはペトロ、トマス、ナタナエル、ヤコブとヨハネ、他の2人の弟子の計7人でした。
はじめにシモン・ペトロが「わたしは漁に行く」と言い出すと、他の6人の弟子たちも「一緒に行こう」と言って、彼らも舟に乗り込んで漁に出ます。
「しかし、その夜は何もとれなかった」のです。
ペトロやゼベタイの兄弟らはイエスさまの弟子になる前は漁師でしたので、夜通し漁をして1匹すらとれなかったことにがっかりし、疲れをおぼえていたことでしょう。
そうして既に夜も明けたころ、舟の中からふと岸辺に目をやると、復活の主イエスが向こう岸に立っておられました。
けれども弟子たちはそれが主イエスだと分からなかった、とあります。
そこには、如何に労しても一匹すら魚がとれないといういわば日常の生活の苦労に、体も心も疲れ果てた時の私たち自身の姿を物語っているかのようです。

そんな弟子たちに主イエスは「子たちよ、何か食べる物があるか」とお尋ねになります。
主は私たちの食べる物のことまで心を配ってくださるお方なのです。主ご自身人として飢え渇きを体験されたからこそ、人のひもじさまで気にかけてくださるのですね。
そのような主のお声かけに弟子たちは、食べる物が「ありません」と率直に答えます。

そこでイエスさまは弟子たちに「舟の右側に網を打ちなさい。そうすれば捕れるはずだ」と、指示されます。
弟子たちがそのとおりにすると!「魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった」くらいの大漁になったというのですね。

皆さん、ここに今日の大きなメッセージがあります。
主イエスの言葉に聴きそのとおりにすると、どのような時も神の祝福が伴うということです。
私たちの日常生活には実に様々な出来事が次々と起こってきます。時には自分の力ではどうしようもない大きな越えがたいような壁に直面することもあります。先行きが見えず、どうしたらよいのか分からないような出来事が押し寄せる時。
そのような時こそ、祈りのうちに主の言葉に聴き、御言葉によって何よりも自らの心を守り、主の教えてくださることを実践して行くことが大切です。
祈りと御言葉に生きる。それがひとりで困難な時は、主の弟子たちもそうでしたが、信仰の友を与えてくださっています。私たちはひとりで舟に乗っているのではなく、そこには同じく主を信じ愛する友、仲間が与えられています。
厳しい現実の中にも助け導いて下さる神に信頼し、共に希望を見出していく者とされていきたいものです。

さて、こうして主のお言葉通り網を降ろした彼らは、思いもしなかった、網を引き揚げられないほどの大漁の奇跡を目の当たりにすることになります。

この時ゼベタイの子のヨハネには、ある記憶がよみがえってきました。
それはペトロはじめ、漁師であった彼らがイエスさまに従っていくことになった時のことです。
その時もイエスさまの言われるとおり、網を降ろすと舟が傾くほど大漁になったのです。それは漁師であった彼らが、主イエスの弟子として従っていく決心を与えられる時となりました。その体験がこの時よみがえって彼は向こう岸へ立つお方が、まさにイエスさまだ!といち早く気づいたのです。

そうしてヨハネがペトロにこう言うと、ペトロは何と我を忘れて、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んで、主イエスのところまで泳いで行くのですね。普通は水に飛び込むのに上着は脱ぐでしょう。服で溺れてしまいます。けれど、ペトロはイエスさまの前に出るのにと、急いで上着をまとったんじゃないでしょうか。まあ、どれほどペトロがイエスさまを切に慕い求めていたかということが伝わってくるようですが。

これまでも私はここを読む度にペトロのとった行動は、早く主のもとに向おうという純粋な姿だと思ってきました。けれども今回のレントの受難の記事から順を追って読んできて、このペトロの姿にはイエスさまを3度も否んだ罪を恥じ、主の前に何とか体裁をととのえようと必死になっている様子が表れているように思えるのです。
しかし主イエスはそんなペトロの弱さや心情をすべてご存じであられました。
弟子たちに示された復活の主イエスの顕現はこれで3度目となります。
それは、3度イエスさまを否んだペトロに向けた主イエスの愛とゆるしのメッセージであったように思えます。
その主の愛とゆるしによってこの後ペトロも又主の兄弟たちを力づけ、福音を分かち合うものとされていくのですね。

さて、他の弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で岸辺へ戻って来ました。
そして、陸に上がってみると、炭火はおこしてあり、その上に魚がのせてあって、パンも備えられていました。

そして、主イエスがさらに、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われたので、シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き揚げると、153匹もの大きな魚でいっぱいであった、とあります。
因みにこの魚はティラピアという体長40センチほどの中型の淡水魚だそうで、私も一度食べたことがあるのですが。素揚げされていたのですが淡泊な味でそれほど美味しいとは思いませんでした。
さらにその数が153匹という意味については、いろんな説があって確かなことはわかりませんが。ただ153という端数まで数えあげられているというところに、引き揚げられた一匹一匹をも数えられているという丹念さを感じます。
それはこの後、主の弟子たちが本当の意味で人をすなどる漁師となり、彼らを通して救われ福音に与っていく人々一人ひとりが神に知られ、覚えられ、数えられてているということを表しているように思います。
私たちも又、その貴重な一人ひとりであることを再確認し、主に感謝を捧げましょう。

話を戻しますが。
その大漁を目の当たりにした7人の弟子たちは思い知ったのではないでしょうか。
「ああ私は、主イエスがいなければ魚一匹すら捕ることもできない。」
それはこの後、彼らが主イエスの救いと祝福を伝え証しする中で何度も直面する弱さと無力さです。
人が人を救うなんてできることではありません。身近な人でさえその心を変えることはできません。主に頼り、祈るほかありません。
そんな時こそ、主のおっしゃる言葉に望みをおき、従っていく。そこに私たちは主の栄光を拝することが起こされていくのです。

弟子たちは自分の力、経験によって頑張ったけれども思い通りにいきませんでした。
一匹も獲れなかった。
お腹をすかせ、体も心もくたくたになっていたその弟子たちのために主イエスは食事を用意してくださっていたのです。すでに食卓を整えていて下さる。それは収穫に先立つ主の御業です。
私たちが気づこうが気づくまいが、主はすでに主の食卓を整えて待っていて下さるのです。それは何か特別なこととしてではなく、私たちの日常の中で食事の場を持つように、主は私たちの思いを越えて、すでに食卓を整えて待っていて下さるのです。

主イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と弟子たちを招かれます。
弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。
弟子たちはそのお方が主イエスであることに気づいていましたが、日常の中に確かに復活の主が共にいてくださることに畏れを抱き、敢えてそれを口に出して、尋ねようとしなかったのです。

そのような弟子たちに、「イエスは来て、パンを取って与えられた。魚も同じようにされた」とあります。
この光景はかつてイエスさまが5つのパンと2匹の魚を5千人にお与えになったヨハネ6章のエピソードを思い起こさせます。
その時、イエスさまはパンと魚を受けとられ、男だけで5千人、女性や子どもを加えるとその倍の1万人ぐらいはいたのではないかと考えられますが。その人々を前に、パンと魚を取り、感謝と祈りを唱えてから、分け与え始めたのであります。
飢え渇き、疲れ果てた多くの群衆を青草の上に座らせ、そのだれもが満腹するほどイエスさまはパンと魚とを分け与えられました。
弟子たちはその出来事を体験してどんなに驚いたことでしょう。裂いて分けるほど増えていったからです。
注目するのは、他の福音書ではこのパンと魚を弟子たちが配給したとされていますが。
ヨハネ福音書ではイエスさまご自身があたかも群衆の一人ひとりにパンと魚を与えられたように記されています。  
そこには、イエスさまご自身が私たち一人ひとりの命のパンであることが表されているのですね。
ヨハネ6章51節で、イエスさまは「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである」と言われました。
苦難と死によって裂かれた主イエスのみ体と流された御血潮。その尊い代価によって私たちは罪ゆるされ神に立ち返る者として生かされています。主イエスこそ全世界に開かれた救い主、命のパンなのです。
最後になりますが。
主イエスがここで弟子たちを食卓に招かれたことは、弟子たちにとってどんな意味があったのでしょう。
主イエス自ら食卓を整えて弟子たちをもてなし、仕えることの模範を示されたのです。
主イエスと共に王座について自分は右にあなたは左に、誰が1番偉いか、と議論していた弟子たちに対して、主イエスは弟子たちの足を自ら洗われ、互いに足を洗い合いなさいと命じられました。さらに復活の主イエスは、自ら弟子たちの食卓を整えられることを通して弟子たちに主の食卓を整え、互いに仕え合うことを教えておられるのです。

私たちも又、主の弟子としての生き方、人生をそれぞれのあり方で務め励んでいきたいと願います。人に誉められ認められなくても、人に知られなくても、具体的に誰かのために祈り、神の国と神の義を求め、私たちの日常の中に主の食卓を整える者。それが主イエスの弟子なのです。

夜通し働いても何の収穫もなく、気落ちして疲れ切っていた弟子たちに、復活の主イエスは、いのちと平安と喜びとなってくださいました。
主の食卓に招かれ、食事に与った弟子たちは、主の愛をいっぱいに受けてどんなに元気づけられたことでしょうか。
今日は主の言葉に従うことの重要性と、すべてに先だって主が恵みを与えてくださることを確認いたしました。
私たちも命のパンであられる主イエスの養いがなければ、何一つできないような者です。
そんな私たちのことをいつも心にかけ、主自ら私たちの食卓を整えていて下さる。
今週も霊肉ともに守られ、健やかでいられるよう、互いに祈り、とりなしつつ、日々主と共に歩んでまいりましょう。
復活の主イエスの愛の招きに応えてまいりましょう。

祈ります。
主よ、今私たちは大阪教会の会堂に集って共に礼拝を捧げることができませんが、どうか私たち一人ひとりがあなたにしっかりとつながって歩むことができますように守り導いてください。又、あなたにある兄弟姉妹がこの現況下においてこそ、あなたに執り成し、祈り合って共につながり続けてこの難局を乗越えていくことができますようにお支え下さい。さらに、現況下において教会員お一人おひとり、とりわけ医療従事者として勤務されている方、又働かざるを得ない方のいのちと健康とが主にあって守られ支えられますようお導きください。主よ、わたしたちはあなたがすべてを治めておられるお方であることを信じています。どうか一日も早くあなたの教会に集い共に礼拝を捧げる日が訪れますよう、どうか導いてください。主の尊い御名によって祈ります。

コメント