日本バプテスト大阪教会へようこそ!

教会設立70年目の大阪天王寺にある都会と下町が融合するオアシス空間・吹き抜けのキリスト教会へ、ぜひお立ち寄りください!

すべての人を解き放つ福音

2022-05-22 17:28:28 | メッセージ
礼拝宣教 使徒言行録26章1節-32節 

先週はパウロがユダヤの最高法院(サンへドリン)で弁明する箇所でしたが。
その後の経緯を少し簡潔にお話しますと、パウロはユダヤの大祭司らによってローマの総督フェリクスに訴えられます。そこでパウロは総督フェリクスの前で、自分が群衆を扇動したり、或いは社会を騒がせ混乱させるような事はしていないと弁明しますが、その内容は大きく2つのことでした。
1つは、パウロがユダヤの最高法院で証言したのと同様に、「死者が復活するという望みを抱いていることで自分は裁判にかけられている」ということ。
2つめは、「死者が復活する希望」はユダヤ人だけでなく、すべての異邦人にも向けられたもので、その時には「正しい者も正しくない者も復活する」(使徒24:15)ということ。この2つの主の福音をローマの総督に語るのです。

それは、礼拝の始めに招詞として読まれた旧約の預言者ダニエルが書き残した、「多くのものが地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り、ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる」との預言者に臨んだ神の言葉が、パウロのうちにあったのであります。
同じく新約のヨハネ福音書5章28節で、イエスさまご自身が「驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者(死者)は皆、人の子の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出てくるのだ」と、おっしゃったことであったのです。

数日後、そのパウロの話に興味を持った総督フィリクスと妻のドルシラがパウロを呼び出して、キリスト・イエスへの信仰、正義や節制や来たるべき裁きについての話を聞くと、フェリクスは恐ろしくなって、「また適当な機会に呼び出すことにする」と話を打ち切った模様ですが。なぜフィリクスは恐ろしくなったのでしょうか。それは神を意識したからです。すべてを司り、すべてを見抜き知っておられる恐るべき存在。その聖なる主権者の前に自らをさぐられ立ち得なかったからです。その裁きの前に自分が耐えられるような者かどうかを考えると恐ろしくなった。結局彼は、神に立ち帰って身を正して神の御前に生きていこうとはしませんでした。

その2年後、フィリクスは後任者として立てられたフェストスと交代するのです。
パウロは新しい総督フェストスに対しても、「私は、ユダヤの律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と弁明し、さらに自分を訴える者たちの言うことは事実無根、彼ら(ユダヤ当局)に自分を引き渡すようなことはできない。「私はローマ皇帝に上訴します」と答えるのです。
おそらくパウロはそこまでしなくても無実の身であったことは明白で、釈放される可能性があったのです。それでもパウロがローマ皇帝に上訴したのは、アグリッパ王の前で弁明する機会を得て、ローマで主の福音を証しする機会にしようと考えていたと思われます。
そうしてパウロはアグリッパ王の前に出ることになるのです。それが本日の26章の箇所であります。

パウロはアグリッパ王の前で、「神がユダヤの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけている」と、大胆にも証言を始めます。この約束の実現とは、「十字架の死より主イエスを甦らせた神が、死者を復活させてくださる」(8節)ということであります。
このパウロ自身は、あのダマスコ途上における回心の出来事を経験し、「死者の中から復活した主イエス・キリストと出会った」のです。そこで主はパウロを罪からの解放とともに死という滅びから復活の命の希望へと救いの道を拓いてくださったのです。
パウロは再三に亘り、裁判にかけられて弁明の機会を与えられましたけれども。そこでパウロが証言したこと、それは、パウロ自身のこの救いの体験であったのです。
パウロは回心時、死者の中から復活された主イエス・キリストの御声が自分に次のように語りかけ、新しい使命が与えられたことをこう証言します。
「起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人とするためである。わたしはあなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。それは彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたし(主)への信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。」
(26:16-18)
十字架にかけられたまいし主イエス・キリストが、死と復活をもってパウロを罪と死の滅びから救い、復活に際しては主と共に復活し、永遠の命に与らせて頂くという大いなる希望を与えてくださる、その約束の実現にパウロは望みをかけていたのです。この感謝と喜びこそ、世の権力をもつ王の前であろうとも、パウロが主の福音を証しする力の源となっていたのです。

そして、パウロはアグリッパ王に、この主の福音はユダヤ人だけに与えられたものではなく、異邦人に対しても与えられたものであることを伝えます。
が、ただここでパウロは、「悔い改めて神に立ち帰り、悔い改めにふさわしい行いをするように伝えました」と言っています。意外ですね。パウロと言えば信仰義認、「行いによってではなく、キリスト・イエスにおける「信仰による義」「信仰による救い」ということが救いの本質であるというのが、パウロが書いたローマの信徒への手紙3章にあるとおりです。それは唯、神の憐み、恵みでしかないということです。そう確信するパウロがなぜ、悔い改めにふさわしい行いをするように言っているのでしょうか。
それは、生きた神との関係性が保たれていくためと言えます。一度信じたら生涯その関係性が保証されるでしょうか。よく卒業クリスチャンなどとも言われますが。罪の贖いによる救い、死者の復活の信仰とは、まさにヘブライ人への手紙11章冒頭に書き記されていますように、「望んでいる事柄を日々確信し、まだ見ていない事実を日々確認する」ことであるのです。
私たちが救いの主とどう向き合い、どのような関係性の中で生きようとしているのかという、その「行い」の中身が伴うということであります。それがないとなると、生きた神との関係性はないことになっていき、また再び罪と死の恐れと不安に囚われかねないのです。

さらにパウロは主の福音の内容を証しします。
「ところで、わたしは神からの助けを今日までいただいて、固く立ち、小さな者にも大きな者にも証しをしてきました・・・つまり私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです」と22節以降で証言します。
この「光」とは、すなわち救いのキリスト御自身を示すものです。パウロは使徒としてこの「光」を生涯証し続けたのです。
そのパウロが獄中でフィリピの信徒へ送った手紙には次のように記されています。
「わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです。」(フィリピ3章10-11節)
このパウロの言葉は、救いがただキリストの恵みによることを知るからこそ、キリストから目を離すことなく、キリストに倣い、願わくばキリストの復活の命に与る者とされたい。そのような不断の決意の表明であります。私たちも日々主なるキリストに従い、主なるキリストに倣うものでありたいと願うのです。

さて、このようにしてパウロはアグリッパ王の前で、自分の弁護のために与えられた時を、福音を証しする機会として用いました。彼は自分の生命を生かすも殺すもできる王に向って、ほんとうに大胆に人間の根源的な問題である罪と死から解放する福音を証ししたのです。
パウロは自己弁護して、釈放される道も十分あり得ました。しかしパウロは自分を弁護することのできる機会を、最もパウロにとって価値ある主の福音のために用いたのです。そうせずにいれなかったのです。
それはまさに、死者から復活なさった救い主、イエス・キリストと出会ったからです。このアグリッパ王を前にしていた時も、復活の主が共におられる。その確信がパウロを勇気づけ、大胆に証しを語らせたのであります。

これらのパウロの福音の証しに押されて、アグリッパ王は「短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか」と答えます。
それに対してパウロは、29節「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、わたしのようになってくださることを神に祈ります。この鎖につながれることは別ですが」と返します。

パウロの体は鎖に繋がれていても、その魂までは繋がれることなく自由であったのです。
死と罪から解き放たれたキリスト者は自由です。アグリッパ王は地位や名誉や財産など様々なものを持っていましたが、人間にとって最も根源的な死と罪の問題において彼は自由ではなかったのです。
「今日この話を聞いてくださるすべての方が、わたしのようになってくださることを神に祈ります。この鎖につながれることは別ですが」と語っているパウロのユーモアのセンスはなかなかのものだと思いますが。
そのパウロがテモテの第二の手紙2章8-9節で、「イエス・キリストを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません」ろ、書き記していますが。

私たちを真に生かし、キリストにおける復活と救いの完成の日に向かわせる命の言葉は、この地上のあらゆる力によってもつなぐことができないということであります。その命の言葉が「すべての人を解き放つ福音」であるからです。

パウロはアグリッパ王とやりとりをしている中で、彼は「今日この話を聞いてくださる方が、わたしのようになってください」と、呼びかけます。その問いかけは実に今日御言葉の前におかれた私たちにもその言葉が語りかけられているということです。それこそ聖書が聖霊によって書かれているゆえんです。
今週も生ける御言葉による解放の喜びと感謝をもって、主の福音を証ししていく日々で日々で福音を証しし、生きた主と共に歩んでまいりましょう。
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神の御前に良心に従って生きる

2022-05-15 16:28:43 | メッセージ


礼拝宣教 使徒言行録22章30節-23章11節 


このところTVやCMでよく知られる芸人や俳優の方々が自らの命を絶つという事件が続いております。どうしてそうなったのかはわかりませんが、残された家族や友人知人には、なぜという思い、あるいは私が本人を苦しめたのではないか、又何もしてやれなかったと、自分を責める後悔の念からいたたまれない思いをされてるのではないかと想像いたします。世界中で今までには考えられなかったような出来事が次々と起こり、社会も家庭環境も大きく変化する中、だれもが心配事を抱え、不安を覚えながら生きています。さらに、コロナ下の状況も相まって孤立に陥り、必要な助言や支援を受けられない人があまりにも多くおられるようです。命の尊さをおぼえて生きる者とされたいと願います。

さて、本日は先ほど読まれました、使徒パウロがユダヤの最高位法院において取り調べを受ける記事から、命の言である聖書が私たちに語るメッセージを聞いていきたいと思います。

まず、先週はエフェソの教会の信徒たちに対するパウロの告別の言葉を読みました。
パウロは自分がエルサレムに向うと厳しい迫害に遭うと知りながら、死をも覚悟の上でエルサレムに向かいます。エルサレムの教会に着くと、長老のヤコブをはじめ兄弟たちにも異邦の地において主が行われたことを説明しました。主が異邦人にも救いをゆたかにお与えになったことを聞いて、エルサレム教会の信徒も皆、神を賛美します。
ある日、アジア州(現トルコ)からパウロを追ってきたユダヤ人たちはパウロが神殿の境内にいるのを見つけます。そして「この男は、神と律法と神殿を無視することを、至る所でだれにでも教えている」と言って、そこにいた多くのユダヤ人たちを扇動します。それが大騒ぎになってユダヤの民衆はパウロを捕え、境内から引きずり出します。そこでアジア州から来たユダヤ人たちはパウロを殺そうとしますが、その報告がローマ軍の千人隊長のもとに届き、パウロは保護されるのです。
そうして、パウロが兵営の中に移動させられていた時、彼はユダヤ人たちに弁明する機会を与えてほしいと千人隊長に訴えます。そうして多くのユダヤ人たちの前で、パウロは自ら主と信じていた神こそがイエス・キリストであることを証言するのです。

パウロの話を聞いたユダヤ人たちは、「こんな男は地上から除いてしまえ。生かしておけない」と声を張り上げます。彼らがわめき立てて上着を投げつけ、砂ぼこりを空中にまき散らすほどであったので、千人隊長はパウロを兵営に入れるように命じます。
千人隊長はなぜそこまでパウロが同胞のユダヤ人たちから憎まれ、命まで狙われなければならないのか不思議でなりませんでした。
そこでパウロを鞭で打って真相を明らかにするよう部下に命じますが、千人隊長はこのパウロがローマの市民権を有する者であることを知らされて、彼を縛ったことが恐ろしくなるのです。それから、この千人隊長のパウロへの対応はより慎重に丁寧に扱うようになります。

そして、先ほど読まれた本日の箇所に至るわけでありますが。
30節「翌日、千人隊長は、なぜパウロがユダヤ人から訴えられているのか、確かなことを知りたいと思い、彼の鎖を外した。そして、祭司長たちと最高法院全体の招集を命じ、パウロを連れ出して、彼らの前に立たせた。」

そこはユダヤの最高法院の法廷でした。
「そこで、パウロは最高法院の議員たちを見つめて言った。『兄弟たち、わたしは今日に至るまで、あくまでも良心に従って神の前で生きてきました。』」
ユダヤ教徒であった時も、主とその救いを信じてキリスト者となった今も、神の前できよい良心に従い、生きて来たとパウロはこのようにはっきりと自らを語りました。

これまでのパウロの生き方は、先ほども少し触れましたが、彼はどのような状況に立たされようとも人の前にではなく、主の前にあってどう生きるかを最優先、第一として歩んで来たことがわかります。どこにいても、どんなときもそうでした。その熱心さは、ユダヤ教徒であった時は律法を守り行うことにおいて。キリストの救いを信じてからは、その救いを福音として伝えることにおいて。彼は、神の前でそのきよい良心に従って生きてきたのです。

パウロは議員たちをじっと見つめて、まず「わたしの兄弟たち」と呼びかけます。
その様子を見守っていたローマの千人隊長は、パウロが自分に敵対するユダヤの権力者たちに向けて、「わたしの兄弟よ」と、自分の家族のように呼びかけたことが不思議でならなかったのではないでしょうか。
一方、このパウロの発言に対して、大きな権限をもつユダヤの大祭司アナニアは、「彼の口を打つように」と命じます。
恐らく彼はパウロの力強い言葉と態度を見て、怒りがこみあげたのでしょう。しかしこれは律法に従った公正な手続きに沿った命令ではありませんでした。

パウロはそれが不当なものであることをすかさず指摘します。
大祭司は神の御前で最高のきよさをもつ存在として、民を代表するような地位にあるものでしたが。このような彼の感情的で軽率な態度は地位と力の乱用であり、議場における公正さを損なうものであったのです。
パウロはひるむことなく大祭司に向って、「白く塗った壁よ、神があなたをお打ちになります」と言い放ちます。それは、ペンキが剥がれるとその醜さが明らかになるように、大祭司でありながら、あなたは偽善者だとパウロは告発しているのです。
ちなみにこの大祭司アンナスの最期は、祭司たちのために集められた十分の一の税金を、彼がかすめ取ったため、暗殺されたと言われています。

4節では、「近くに立っていた者たちが、『神の大祭司をののしる気か』と咎めると、パウロは、『兄弟たち、その人が大祭司だとは知りませんでした』」と言います。
実はそう言ったのは、パウロがこのアンナスを大祭司としてあるべき人物だとは認めていないということです。パウロはこのアンナスに「神の御前における良心」を何ら見いだせなかったのです。

6節で、パウロはその最高法院の議員たちが大きくサドカイ派とファリサイ派の2つの会派によって構成されていることを知り、「死者の復活」の希望について語り出します。これこそがパウロを生かしている主の福音であったからです。

「兄弟たち、わたしは生まれながらのファリサイ派です。死者が復活するという望みを抱いていることで、わたしは裁判にかけられているのです。」
このパウロの語りかけはそれぞれの議員たちの心を大きく刺激することになります。
死者の復活や天使や霊を信じていないサドカイ派の議員たちにとっては、キリストとその信仰に否定的な思いを強く起こさせました。
一方、死者の復活や天使や霊を信じているファリサイ派の議員たちにとっては、興味とちょっとした親近感になったのです。それは又、双方の議員たちの間に激しい論争と対立を生じさせ、最高法院が分裂するほどひどい状況となります。
この事態を見ていた千人隊長は、「パウロが引き裂かれるのではないか」と心配し、兵士たちに、下りていって人々の中からパウロを力づくでも助け出して、兵営につれて行くように命じ」、パウロはここでも九死に一生を得ることになるのです。

主の福音の証し人として、「主の御前に良心に従って生きよう」とするパウロを主はどこまでも守り導かれます。しかし、パウロも又、人間です。ローマ兵に連れ出され拘束される中で、苦しい思いが押し寄せます。
すると11節、「その夜、主はパウロのそばに立って言われた。『勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。』」

「その夜」とありますが。聖書に記される「夜」とは、単なる時間的な夜というのではなく、先行きの見えなくなった状態、望みも持てなくなった状態、その闇を表します。人間的に八方ふさがりでどうすることもできない状態。望みも持てなくなり、生きる気力も奪われていくようなそのような折。聖書はそんな光が見えない闇の夜において、神の御声は本当の意味で聴くことができるということを伝えているのです。

少し話は逸れますが。私の妻の母である義母が2年前夫を亡くし、悲しみも癒えることもなく腰の骨を折ったりして体調を崩し、ついに昨年の12月には首の骨まで骨折してしまいました
皆さまのお祈りにも与り、主の憐みによって手術もすることなく一月半ほどで回復し、現在自宅で生活できるようなりました。以前は「そのようになるまで生きていてなんになるのか」「早く迎えに来てほしい」と、何の希望ももてなかったそうです。もともと家の関係性だけで満足する方だったので、義父は生前、自分が死んでしまったらこの人はどうやって生きていくのかと心配して、友人や町内会の交流の場にいつも誘うけれど、出かけようとはしなかったのです。しかし、ついにひとりになって本当に閉じこもりがちとなり、体まで壊して生きる気力も衰える中で退院後、妻はデーサービスを週に3回、訪問看護サービスを1回、ヘルパーさんを1回と毎日だれかに会い、会話できるように設定したそうです。最初は「初めてのことばかりだから私は無理」と言っていたようですが。ところが、いろいろな人たちから思いもよらなかった励ましや善意の言葉を毎日浴びるうちに「生きててよかった」「新しい喜びを見つけた」と、85歳にして新鮮な思いに今生かされているようです。
ましてや闇の夜と思える苦しみとき、主の御声、後の言葉は、どれほど人を生かし、その生き方、人生に変化をもたらすでしょう。
神の御言葉には力があります。パウロは「勇気を出せ、エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」との主のお言葉を頂いて、困難な状況からローマに辿り着き、主の福音を語り伝え、世界中に主の御救いが告げ知らされていく基盤が築かれいき、主の福音は代々の時を経て、今日の私たちのもとにも届けられたのです。

本日は「神の御前に良心に従って生きた」というパウロの言葉から、お話をさせて頂きました。彼が言う「良心」とは道徳や倫理ではありません。それは彼自身がしたためたフィリピの信徒への手紙1章27節に書かれているように、「ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送る」ということであります。その人生の歩みに、パウロがそうであったように、主は私たちと共にあって、福音に生き、福音の素晴らしさを証しする日々を導いてくださるのです。私たちも又、その死者の中から復活され、今も生きてお働きくださる主とその人を生かす福音にふさわしく、一日一日を歩んでまいりましょう。復活の主の希望をもち続けて。
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天使のバラ~アンジェラ 

2022-05-11 17:30:50 | 教会案内


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キリストに倣いて~伝道

2022-05-08 14:17:39 | メッセージ

礼拝宣教 使徒言行録20章17-38節

 

本日は使徒言行録20章より御言葉を聞いていきます。

使徒パウロは聖霊に促されてエルサレムに向かう決意をいたしますが。今日の個所ではエフェソの教会の長老たちに伝え、告別のメッセージを語ります。

「パウロはミレトスから60キロも離れたエフェソに人をやって、教会の長老たちを呼び寄せ」集まってもらいますが。それは前の19章に記されているように、以前エフェソでの働きのさなかに起こった騒動にあるように、ミレトスの港から船に乗り「できれば五旬節にはエルサレムに着いていたい」と願っていたからです。

パウロにとってこのエフェソでの福音伝道の活動は3年あまりであったようですが。 その間様々な苦難や試練もありました。

 

彼はその地での福音伝道を次のように総括します。

19-21節、「すなわち、自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。役に立つ事は一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰を、ユダヤ人にもギリシャ人にも力強く証ししてきたのです。」

 

エフェソでの活動における幾多の困難の中で、パウロは己の無力さに涙しつつも、忍耐をもって福音の証をエフェソにおいて地道に続けていきました。やがて主なる神に立ち返り、主イエスを信じて救われる人が現れ、いくつもの家の教会が起こされていきます。これらの出来事は聖霊降臨以降、聖霊のお働きによる大きな実り、恵みの収穫でありました。そのように次々と主イエスを信じる人が起こされていたのです。

パウロはまだまだエフェソにとどまって福音伝道することができたのではないでしょうか。それも彼の選択肢として十分考えられたわけです。

 

けれども彼は22節で、「そして今、わたしは、霊に促されてエルサレムに行きます」と、エフェソの長老たちに別れを告げます。

 

実はこの「聖霊に促されて」は、良い訳とはいえず、原文に沿った岩波訳は「霊に縛られて」と訳されています。促されるのと縛られるのとは違います。「行った方がいいよ、行きなさい」ではなく、もう自分の思いや考えとは違う力が働いて、手に縄をかけられるようにパウロは霊に縛られてエルサレムに行く決意をするのです。それは聖霊に捕えられてと言っていいでしょう。自ら進んでエルサレムに行こうというより、行かないわけにはいかない。そのような聖霊の強い迫りをパウロは受けるのです。

パウロはかの地で、23節、「ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています」と言っているように、エルサレムに行けば大変な艱難が待っていることは分かっていました。かつての自分と同じような迫害者が大勢待ち受けているのです。

 

しかし彼は毅然として次のように決意を言い表します。

24節、「自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。」

 

このパウロの決意は、人間的な信念によるものではなく、もはや「霊に縛られ」、ほかの選択の余地がないという決意です。

そこには、パウロ自身が復活の主イエスと出会う聖霊の体験があったからです。

パウロはユダヤ教徒のエリートであったとき、その知識と神への熱心さを誇り、キリストの教会とクリスチャンたちを異端者だと激しく迫害し、そのことさえ自らの誇りとしていました。

そんな血気盛んなパウロでしたが。迫害のためにダマスコに向う途上で、「天から、サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける主(神)の御声を聞くのです。

パウロが「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」との答えがありました。彼は3日間この大きな衝撃のために目が見えなくなってしまい、食事も摂れなくなってしまいます。

これまで神のためにと熱心にキリスト教会とクリスチャンを迫害していたのは、実は自分が熱心に仕え、従って来た主に対する迫害であったことを知ったからです。

その後、主はその弟子アナニアをパウロのもとに遣わし、アナニアはパウロのために執り成しの祈りをささげると、パウロは主の救いと聖霊に満たされます。そうしてパウロは自分の深い罪を悔い改め、主に立ち帰る回心を経験します。すると、たちまち目からウロコのようなものが落ち、そのふさがれたていたパウロの目は元どおり見えるようになり、バプテスマを受けて、食事をし、元気を取り戻すのですね。

 

パウロが「今、わたしは霊に縛られてエルサレムに行きます」と語ったのは、聖霊のお導きであるとろもに、救いようのない自分が、唯、主イエス・キリストの神の愛、聖霊に捕えられ、キリストの僕としてお仕えし続ける外ない自分の身上を言い表わしているのです。

パウロは24節で、「自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするとの任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません」と語ります。

「主イエスからいただいた神の恵みの福音」、それはまさに御子イエス・キリストが、罪のゆえに滅ぶ外ない自分の罪の裁きをその身に負って十字架につかれ、贖いの死をもって滅び行く者に、救いと神との和解の道を切り拓いて下さったその福音であります。

その復活の主との出会い、圧倒的な神のゆるしと愛、聖霊の満たしを受けたパウロは、その生涯をまさに主の福音に捕らえられたキリストの僕となり、その福音を生き、伝える者となったのです。

 

エフェソの教会の信徒たちのこれからを案じながらも、命をかけてエルサレムに向かおうとするパウロは28節で、教会の長老たちに次のように語ります。

「どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。」

これは教会の指導者たちに語られていることですけれども、キリストの信徒である私たち一人ひとりに語りかけられていると考えてよいでしょう。バプテストの教会は全信徒が祭司であり、牧師も信徒の一人です。

 

そこでパウロはまず、「あなた自身に気を配ってください」と勧めます。

これはどういうことでしょうか。

パウロ自身はその福音伝道の偉大な働きから、大使徒といわれるような存在であります。しかし彼は日々「自分を全く取るに足らない者と思」っていたというのです。

そのことから、パウロは人に福音を伝え、教える前に、自分自身が神の御前にあってどうなのかということを、絶えず問題にしていたことがわかります。伝道とは、まず自分自身を神の前で問題にしていくことから始まるのです。パウロが囚われの身となった獄中からフィリピの信徒たちに向けた手紙に彼は次のように書いています。

「恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」(フィリピ2:12-13)

 

あの人はどうだ。この人はああだという人の問題ではなく、まず自分自身が主に救われ続けるほかない者であること。又、御言葉に糺(ただ)され続けるほかない者であることをわきまえ知り、謙遜にされる。そこで神の恵みの御業にほんとうに気づかされるのです。ヘンな言い方ですが、伝道する相手はまず自分自身であるということを、生涯救われた求道者として自覚し続けていなければ、それは単に言葉や知識だけでは人に伝わらないということです。逆に、どんな時も神の愛に生かされるなら、何か特別なことはしなくても、その存在をとおして感謝と平安、喜びは伝わっていくものです。

 

主イエスご自身、終末の時代に向かう時代の心がけとして、「あなたがたは自分のことに気をつけていなさい」(マルコ13:9)と、お語りになりました。

パウロも同じように、、まず「自分自身に気をつけ、互いのことにも思いを向け合いなさい。群れ全体に対しても気を配るように」と勧めているのです。

 

パウロは32節で、「そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです」と語ります。

パウロは全身全霊で働きました。しかし、それを業績として誇ったりしません。それはすべて神とその恵みの言葉の働きによることを知っているからです。だから神におゆだねすることが出来たのです。謙遜であるというのはこういうことだと思います。

 

さて、そうしてパウロは最後にエフェソの信徒たちに次のように語ります。

「ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」

ここには、パウロのキリスト者としての具体的な生き方が語られています。

神の恵みの福音を伝えるというのは、単に語り伝えるというのではなく、「キリストに倣い」、今をどう生きるか。そのところから、神の恵みの福音が分かち合われていくのです。キリストはだれもが、そしてこの私が救われるためにご自身を与え尽くしてくださいました。そのことへの感謝と喜び。そこに聖霊がお働きになられ、神の国の出来事が起こされていくのです。それが活きた伝道です。

 

今日の聖書の箇所は、福音が伝わる生き方について豊かな示唆を私たちに与えてくれます。今まで福音を人に伝える事なんか私には出来ないと思って来られた方もいらっしゃったのではないでしょうか。けれどそれは何も特別なことではありません。

まず、日々神の御前に自分をおくとき、的外れなあり方や態度が明らかにされて、糺されていくでしょう。その気づきこそが大事なのです。そこから主に立ち帰って生きる軌道修正ができるからです。本当に大切なことは内側にあるのです。そういう事に気づかず、見過ごしになって外の世界ばかりについつい目が向きがちなのが私たち人間です。

たゆまず主なる神との関係性を築き続け、御子イエス・キリストに倣って生きる。そこから主が私たちそれぞれに託される福音の業と証しが生まれていくのです。

 

今週も、罪の赦し、からだのよみがえり、永遠のいのちの希望が、私たちそれぞれの遣わされるそのところで証しされてますように。キリストに倣って。

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満開の天使のバラ(アンジェラ)②

2022-05-08 14:10:57 | 教会案内

 

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今年も開花・アンジェラ(バラ科・ドイツ)

2022-05-05 17:51:49 | 教会案内

 

昨年より少し早い開花です。
500~1000の花を咲かせています。
小振りですが天使のように可憐でいい香りがします。
天王寺にお越しの節は、お立ち寄りください。
5月が見頃です。

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わたしがあなたと共にいる

2022-05-01 16:58:07 | メッセージ

礼拝宣教 使徒言行録18章1節~11節

 

本日は先週の使徒パウロのアテネでの伝道から舞台を移して、コリントでの伝道の記事より御言葉を聞いていきます。

ギリシャでは学問や哲学、さらに多くの神々、偶像が祀られた地でありました。人びとは目新しい話や学術的な話を好んで、パウロが伝える福音はなかなか受け入れられません。さらにパウロを悩ませ衰弱させたのは、同胞のユダヤ人たちからの反抗や迫害でした。そのためパウロは身心とも弱り果て、恐れに取りつかれ、ひどく不安であったのです。そういう中、本日のコリントの地においては、そんなパウロの支え手となった主にある同労者が幾人も登場いたします。

 

2節「ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。」

ここに最初に登場するのはアキラとプリスキラ夫妻です。彼らはローマに住んでいたのですが、「ローマに住む全ユダヤ人はローマから退去せよ」とのローマ皇帝による勅令が出されて、彼らは政治的難民となり、イタリアからコリントに移り住みます。

その頃ローマには、すでにイエスをメシアと信じる人たちがおりました。おそらく五旬節のペンテコステの出来事に遭遇したローマ圏のユダヤ人たちが、その主イエスの福音を伝えたのでないかと言われていますが。

その彼らとパウロとがこの地で出会うことになるのです。しかもパウロはアキラが同じテント造りの仕事をしていたのを知り、彼らの家に居候して一緒に仕事をするのです。これも不思議なことでした。そうやってパウロは生計を立てながら週に一度安息日にはユダヤ会堂で論じ、ユダヤ人やギリシャ人の説得に努めることができたというのです。ちなみに、ここには「福音を伝えた」とは記されず、「説得に努めた」と記されているのですが。そのことは、如何にユダヤ人たちに福音を伝えることが困難であったのかが読み取れます。

 

律法や戒律や昔からの言い伝えに凝り固まっていたユダヤ人たち。彼らはそれらの教えを曲げてはならないと警戒したのです。一方で人が造り出した細かい規定や決り事に囚われていたのです。又、哲学等の学問で凝り固まっていたギリシャ人たち。それは神抜きに学術や科学を信奉する現代と同様に映ります。その人々には主イエスの十字架と復活の福音がなかなか届きません。

特に熱心なユダヤ教徒たちの中には、パウロに強い反感や敵愾心をもつ者もいたのです。かつてパウロ自身も神の救いの御業をさとり得ず、石のように頑な心でキリスト教会とその信徒たちを激しく迫害したのです。しかし彼は復活の主と出会いによってその心が打ち砕かれ、主に180度方向転換して、主イエスの福音を伝える者に造り変えられたのです。

だからパウロは以前の自分のように激しく迫害してくる者がいても、怖じ恐れることなく安息日にはユダヤ会堂に向かい、ユダヤ人たちに主の福音を伝えます。それはかつての自分のように熱心に神の言葉に触れ、その教えを厳格に守っていながらも決して救われ得ないユダヤの同胞が、幾人かでも真の救い主、イエス・キリストの福音に出会い、救いに与るためでした。そのためにパウロには命の危機、身の危険を感じることも多かったのです。

後に彼はアクラとプリスキラのローマの教会の信徒たちに向けて手紙を書いているのですが、その最後の挨拶のところにはこうしたためられています。

「アキラとプリスキラによろしく。命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会が感謝しています」(ローマ16章3-4節)

福音伝道が過酷なコリントの地において、アキラとプリスキラ夫妻との出会いがパウロにとって物心とも大きな支えとなり、同時に彼らの存在をとおしてローマの教会の信徒たちとコリントの教会が結ばれていくことになるのです。

ここ大阪教会でもいくつもの出会いが起こされ、信仰による励まし合いと相互の支援が生まれてきたことは感謝なことです。それらすべてを備え導かれる主を賛美します。

 

さらに5節には、「シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシア(救い主)はイエスであることを力強く証しした」とあります。

このシラスとテモテとの再会は、パウロの伝道スピリットを再燃させ、その使命への確信を得る機会となりました。又、パウロが御言葉を語ることに専念できたのは、シラスとテモテらによってローマの教会から経済的支援が届けられたということも大きかったのです。ただ、パウロ自身は働くことを完全にやめたのではなく、自らの必要のための仕事は続けました。そうしてパウロは、コリントの同胞ユダヤ人たちに福音を伝えることに専念し、御言葉を語ることができたのです。

しかし、コリントの一部のユダヤ教徒たちはパウロに反抗し、口汚くののしったというのです。

すると、パウロは服の塵を振り払って、「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしには責任がない。今後、わたしは異邦人の方へ行く」と宣言します。

同胞である愛するユダヤ人に向けて、「主に立ち帰って生きよ」と強く訴え続けたそのパウロの熱い思いは、逆に強い反抗や口汚いののしりとして跳ね返ってきたのです。その心境はいかばかりであったでしょう。

 

そうして、7節「パウロはそこを去り、神をあがめるティティオ・ユストという人の家に移った」とあります。

このティティオ・ユストという人物がどういう人で、パウロとどのようにつながったのかは不明でありますが、彼はローマ人であったようです。パウロはこの神を畏れ敬う人の家で福音を伝え始める事になります。彼の家はユダヤ会堂と隣り合っていたというのです。ユストは神を畏れ敬う人でしたので、自分の家でパウロが集会をもつことに対して協力を惜しみませんでした。これも又、神のお導きとご計画としか言いようありません。

パウロが福音伝道の拠点にしたその家が、ユダヤ会堂の隣りにあったというのも又、決して偶然ではないでしょう。なぜなら、その家に隣接するユダヤの会堂司のクリスポとその一家が、主の福音を聞いてメシア、救い主がイエスであることを信じるようになったからです。

クリスポはユダヤの会堂司でしたから、あのパウロに反抗し、ののしったユダヤ教徒たちとも近い立場にあったわけです。ところが、主なる神のなさることは不思議としか言い得ません。人の思いを遥かに超えています。

パウロは先に反抗しののしるユダヤ人たちに服の塵を振り払って、今後は、異邦人の方へ行くと言い、袂を分かつわけですが。主なる神はユダヤの人びと決してあきらめてはおられなかったのです。主の恵みと慈しみは人の思いを超え、ユダヤの会堂司一家をあげて主を信じるようになり、ユダヤ人への福音伝道の機会をも拓かれていくのです。(8節)

さらに又、コリントの多くの人々も、パウロが伝える福音を聞いて信じてバプテスマを受けたとありますように、素晴らしい神の救いの出来事が起こっていくのです。

ところがそのことで、一部のユダヤ教徒たちの妬みと憎悪がパウロにさらに激しく向かうことになるのです。パウロ自身も日夜じわじわと、その恐れと不安に苛まれるようになっていたのであります。彼は一時このコリントから離れようかとまで思い詰めていたのかも知れません。

 

そんなある夜のことです。主は幻の中でパウロに向けて語られます。

「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

 

この主の御声はパウロの大きな励ましとなり、力を与えます。

「わたしがあなたと共にいる。」

実はパウロは主が共におられるのだということをすでに経験していたのです。

彼が極度に衰弱しきっていた折、アクラとプリスキラ夫妻との出会いがおこされたこと。さらには、行き詰まりの中で、同労者のシラスとテモテとの再会の機会が与えられたこと。そして、ユダヤ会堂で激しい反抗に遭い、ののしられた後で、神を畏れ敬う異邦人のユストとの出会いがおこされたこと。そしてさらに、異邦人の方に行くといって向った地で、ユダヤ人の会堂司クリスポ一家の救いがおこされたこと。又、コリントの多くの人々も主の福音を信じて、バプテスマを受けるという出来事がおこされされたこと。

それらすべては、まさに主なる神がパウロと共にいて働いておられるという生きた証しなのです。アテネと同様に福音伝道が難しいと予想されたこのコリントにおいても、実に多くの人たちが、福音を聞いて主を信じる救いの出来事が起こっていきました。そのことも、このコリントの町には真の主である神を求め、神のもとに立ち帰って生きる「主の民が大勢いる」、確かにいたのです

この天王寺はどうでしょう。今住んでおられる町はどうでしょう。この大阪、この日本はどうでしょうか。福音に耳を傾ける人は少ないように思えます。ましてや救いの出来事など今後そう起こるものでないように思えますけれども。

主はなんとおっしゃっているでしょうか。「この町には、わたしの民が大勢いる」と、おっしゃっています。主は、御自分の民とし、救いに与る人たちすべてをご存じなのです。

 

パウロはこの主のお言葉によって、その後「1年6カ月コリントの町にとどまって人々に神の言葉を教えた」ということでした。このとどまってという言葉は、「腰を据えて」という意味です。パウロは難題も多くあったコリントにそこまで長く滞在することになるとは想定していなかったかも知れません。けれども彼はこの町に腰を据え、主が確かに共に生きてお働きくださる福音を日々体験し、証ししていったのです。

福音がどう人にどう聞かれ、人にどう受けとられるかは確かに気になります。だれが、何人救われるかまで、人は推し測ってしまいがちですが。しかしそれは人の業によるものではなく、神の領域なのです。大切なのは、時が良くても悪くても、主がわたしたちと共におられ、共に生きてお働きくださるこの事に信頼をおいて、主の御言葉に私が、私たちが生き続けることにあります。

パウロはローマの信徒へ向けて次のように書いています。「信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう。また、宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。」

先週はYさんの救いと今日に至るまでのお証しを伺い、大変励まされましたが。救いの恵みと喜びの福音は共に分かち合われていくことで、さらにゆたかなものとされていきます。

パウロはアテネを去ってコリントに行ったときのことを、後にコリントの信徒への手紙の中で次のようにしたためています。「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。」

ところが、このパウロの言葉を原文に沿って訳しますと、「そちらに行ったとき、わたし衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」というのが正しいと、神学生の時、新約学の授業で教えて頂いたのですが。

そのようにパウロの言葉を読むと、パウロが衰弱し、疲れ、恐れに取りつかれ、ひどく不安であったように、コリントの信徒たちも又、厳しい迫害の中で同様に疲れを覚えていたのではないかと、いうことでありました。

 

大阪教会は2年以上前にコロナ下となり、一時礼拝を休まざる得ない状況となりました。その時は社会全体、そしておそらくすべての教会も信徒も恐れにとりつかれるほど不安であったと思います。昨年の秋に何度目でしたか緊急事態宣言が出された時、私たちの教会はある決断しました。「私たちは、二、三人であっても教会で礼拝を捧げたいと切に願われる方に対して、もう教会は閉じずに教会を開け続けておこう。」

もちろん、体調やお仕事の関係上、様々なご事情のある方にはどうか無理はされないようにともお伝えいたしました。そうして教会を開き続けて今日まで主は守り、導いてくださったのです。

主はそういう中で様々な方がたとの出会いとともに、主のお働きと、主が共におられる確かさを今日まで見させていただいています。

「恐れるな。語り続けよ。わたしがあなたと共にいる」と、主を今日も賛美します。今週も復活された主が今も生きて私たちと共におれるその証人して至福の道、確かな人生を歩んでまいりましょう。

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知らずに拝んでいるもの

2022-04-24 16:56:10 | メッセージ

礼拝宣教 使徒言行録章17章16-34節 

 

本日はパウロのアテネでの伝道について記された個所から、御言葉を聞いていきます。

アテネはギリシャ哲学の中心都市でありソクラテスやプラトンの出生地でした。当時のギリシャの首都コリントと並んで政治、文化が栄えていました。

哲学をはじめ、科学、天文学、医学、美学などの学者や大家が世界中から集まるところであったのです。しかしその先端の文明、文化が栄えるアテネの丘や街頭、家々にも偶像が祭られ、祭壇があり、大理石に刻んだ女神像や男女の像、動物の像などがアテネの市内外のいたるところに立ち並んでいたのです。当時アテネには3000の宗教施設があり、数えきれないほどの偶像があったようですが。

私の前任地、福岡県にある篠栗キリスト教会は新四国霊場の札所の只中に建っております。この町は春秋のシーズンになると白装束に杖を持ったお遍路姿の人びとでにぎわいます。又、アジア最大級の涅槃像が建造された南蔵院というお寺がありますが、そこのご住職が「ジャンボ宝くじ」の1等が当たり一躍有名になられ御利益に与ろうという参拝者で大変にぎわったこともありました。教会はそのようなただ中に建っていましたので、教会堂の玄関に向かって拝む人、玄関先にお賽銭を置いていく人など様々おられました。  

その後、私は2005年4月にこの日本バプテスト大阪教会に転任いたしました。教会のある天王寺も古くから多くの宗教施設が建ち並ぶ町です。商業地であり学校や予備校も多い中、聖徳太子ゆかりの四天王寺をはじめ、宗教問わずに納骨を受け入れておられる一心寺さん、お隣の金光教会さんはじめ、ほか様々なお寺や神社、諸宗教施設がたくさんございます。

かのアテネならずとも、現代社会のこの日本で、都会のど真ん中に建つオフィスビルなど様々な施設に「赤い鳥居」や「祠(ほこら)」があったりいたします。科学や文明がこれだけ進んだ社会の中でこういったものがあるというのはどこか不釣り合いのようにも思えます。が、そこには文明や科学がいくら進んだとしても、使徒パウロが言うように、「人間は創造主に造られた者として、本来の真に拝むべきお方を慕い求める存在である」ことを、それらは物語っています。

今日は使徒パウロが如何にそのようなアテネの人たちと向き合い、生きておられる真の神を伝えようとしていったのかに目を留めつつ、同様の社会に生きる私たちに向けられた御言葉のメッセージとして聞き取っていきたいと思います。

 

冒頭16節で、「パウロはアテネでシラスとテモテが来るのを待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て憤慨した」と記されています。パウロにしてみれば、真の神は人間が作った偶像に留まるようなお方ではなく、自由に生きてお働きになるお方であるのに、人がそれら偶像を神のように崇拝の対象としていることに強い憤りをおぼえたのであります。

そこで血気盛んなパウロは、アテネのユダヤ会堂に向かい、ユダヤ人や神をあがめる人々と論じ合い、又広場では居合わせた人びとと毎日議論を交わします。また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者とも討論しますが。「このおしゃべりは何を言いたいのだろうか」「彼は外国の神々の宣伝をする者らしい」などと言う者もいたようです。

そのパウロが「イエスと復活についての福音」について話したところ、それが「目新しい教え」に映った人びとはパウロをアレオパゴスの評議場に連れていきます。様々な学問の見聞を広げたような、又それなりの立場のある人びとを前にしたら、何とも萎縮しそうなものですが。パウロは怖じ恐れません。彼のアレオパゴスでの福音宣教はよく準備されたものであり、かつ大胆なものでありました。何より自分に出会ってくださった救い主、キリストを伝えずにいられません。

パウロはまずこう語ります。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。」

それはアテネの人びとに対して敵対的な立場をとるのでなく、又上から目線で優越的に教えるような態度でもなく、まず彼らの信仰心や世界観に一定の理解を示すところから始まります。それはかつて自分自身が生きておられる神を知らず、キリストとその信徒の迫害者であったその反省からの態度であったのかも知れません。パウロは最初から、「あなたは間違っている」と、一方通行にねじふせようとはせず、相手が心閉ざすことがないよう配慮しつつ話します。

このパウロの演説を読むと、確かに彼は多くの偶像を見て憤慨します。しかしそれはアテネの人たちに直接向けられたものではないことが分かります。アテネの人たちは信仰篤く、神を畏れ敬う心を持っている。が、その方向性が的外れであり、偶像という神ならざるものに囚われ、支配されている。その現状に激しい憤りをおぼえていたのであります。

そういった思いをもってパウロはアテネの人たちに語りかけます。「道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。」

この「知られざる神に」と刻まれた祭壇とは、古代ギリシャ作家によればこうあります。「BC600年頃、恐ろしい疫病がアテネを襲った。町の指導者たちは、彼らの祀る数多くの神々のうちいずれかが怒ってその疫病を起こしたのだと信じた。神々にいけにえがささげられたが、何の効力もなかった。その時エピメ二デスが立ちあがり、その原因は恐らくアテネの人々が知らない神を怒らせたために違いないと主張し、そのまだ「知られていない神」のための祭壇がアテネの至るところに築かれ、いけにえがささげられると、疫病は治まった」。そうして建てられたものだということです。

このような話を聞きますと、アテネの人たちの宗教心はパウロが認めたように確かに篤いものであったといえるでしょう。そのことを踏まえたうえでパウロは、「あなたがたが知らずに拝んでいるもの」、それこそが「世界とその中の万物とを造られた神、その方です」と語ります。

パウロは続けてアテネの人たちの理解と大きく異なる点を次のように説明します。

「この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにお住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。」

かのダビデの子ソロモンがエルサレムに初めて神殿を建てた時。その献堂式で「神は果たして地上にお住みになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。わが神、主よ、ただ僕の祈りと願いを顧みて、今日僕が御前にささげる叫びと祈りを聞き届けてください」(列王記上8章27-28節)と、祈りました。

教会もそうです。この教会堂に神が住んでおられるということではなく、神に招かれた者が御声に聞き、共に祈りをささげる中に神も共にお働きくださるのです。救いの神をたたえる私たちの賛美に神は臨んでくださるのです。

語られたとおり神は、「人の助けを必要とされるような方ではなく」、逆に真の神は私たちが生きるために必要なものをすべて備えてくださるお方であります。自然の空気や水も太陽の熱や雨も、命の糧も、その源は神であり、すべて神からの賜物です。その生ける神を知らず、手で造った偶像を神として拝むことが虚しいのです。現代にあっても神ならざるものを崇拝し、神がお与えになる恵みが損なわれています。如何に虚しく、神と人との関係性を損ねているといえるでしょう。

さらにパウロは語ります。「神はひとりの人から、あらゆる民族をつくり出して、地の全面に住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。」

ひとりの人とは初めの人であり、これは人に神を求めさせるご計画だというのです。そして又、それは人が探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにという神の御心であるということです。

パウロは続けて、「実際、神は私たち一人一人から遠く離れておられません。皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と、言っているとおりです」と、万人に対する神の招きを語ります。

実に、「知られざる神に」と刻んだ祭壇まで築いて、神を探し求めているアテネの人たち、あなたがたは神の子孫であって、探し求めさえすれば、真の神さまを見出すことができることができます。神はあなた方の近くにいます。そう熱く神の福音を語るのですね。

パウロはここで、アテネの人たちを前に、自分の持てる限りの信仰とその知識と、又彼らに馴染み深いギリシャの詩人の言葉を引用し、彼らの土俵にあがって神の存在を説き明かすのです。

彼は後に生ける神を信じ受け入れた信じ受け入れたコリントの信徒たちへの手紙にこう書き記しています。

「わたしはユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして幾人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。」(第一コリント9章)

パウロは主イエスの福音に共にあずかるため自分を神に明け渡し、キリストの愛を伝えあかしするのです。

そして、パウロはアテネの人たちに最後の訴えかけをします。

「神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔改めるようにと、命じておられます。それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させ、すべての人にその確証をお与えになったのです。」

このアテネでのパウロの福音伝道の成果について、「死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、『それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう』と言った、と記されています。

彼らはもうそれ以上は聞こうとはせず、外の目新しい話しをする者のところへ散って行きます。

「いずれまた」とはいつのことでしょう。それはいつか必ず来る日のことではありません。人は「いずれまた」と口にする時、すでに真理から顔を背けているのです。

パウロは適切に、「神は今はどこにいる人でも皆悔い改める(真の神を信じ、立ち帰る)ようにと命じておられます」と語りました。「今」というのは、イエス・キリストによって万人のための救いが成し遂げられたなのです。それは、差し出された恵みを受ける今なのです。「いずれまた」とは、その機会を失ったということです。

その一方、ここには「信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシモ、またダマリスという婦人やその他の人々もいた」と記されています。

このパウロの福音伝道は失敗したかのようにも見えるわけですが、決してそうではありません。町の人から信頼を得ていたアレオパゴスの議員と、一婦人と、他にも何人かが、パウロの説き明かしを通して、神の恵みと計画によって悔改め、福音を信じるに至ったのです。

このアテネでの伝道、さらにこの後のコリントでの伝道はパウロにとって厳しく、苦しい体験をすることになりますけれども、しかし着実に聖霊の導きによって神の福音の種があまたの地に蒔かれ、救われる人たちが起こされていくのであります。こうして教会小アジア一帯、そしてアテネを含むローマ全土へ、そしてヨーロッパ、さらに全世界に福音が拡がっていき、世々の時代、国境を越えて、私たちのもとにも神の福音が届けられているのです。

本日はパウロのアテネでの伝道からメッセージを聞いてきました。

パウロがこうして神の福音を語り得たのは、彼自身救いようのない罪深い者であるにも拘わらず、ただ神の恵みによって救われ、生かされているという体験をしていたからです。であればこそ、神の福音、救いはどのような立場の人にも与えられていると確信し、このように伝え続けることができたのでありましょう。

伝道とは本当に不思議な働きです。それは人間の計算や計画によるものではなく、神の御業なのです。神に用いられ、神に動かされて、神のご計画の中を生きる。そこに神の偉大な業が働いているのです。そこに私たちの真の平安と幸いがあります。

今日は「知らずに拝んでいるもの」という題をつけました。私たちを造り、今も生かしておられる神は、一人ひとりの魂のうちに、「わたしを探し求めさえすれば、見出すことが出来る」と、語りかけておられます。ここに救いがあります。「今」、「今日」という日にこの真の神のもとに立ち帰り、神の子として生きる者とされてまいりましょう。

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希望の約束

2022-04-17 14:15:07 | メッセージ

イースター礼拝宣教 マルコ16章1~8節 

                                       

救いの主、イエス・キリストのご復活を記念するイースターおめでとうございます。

教会歴ではクリスマス、聖霊降臨のペンテコステとともにイースターは大きな祝祭の一つです。
そのような祝祭にあって、ロシア政府と軍によるウクライナへの侵攻から2ヵ月が経とうとしておりますが、未だ停戦の目途も立たず、その影響が世界にも及んでいます。ウクライナでは無残にも亡くなられた多くの市民の遺体が放置され、いたたまれない思いです。

人類の罪をその身に負って十字架におかかりになられた神の子イエス・キリスト。救い主、イエス・キリストは今日もすべての人間が創造主、命の源であられる神に立ち帰り、神との和解に与って生きるようにと、とりなし続けておられます。

 

本日は、先週の受難週の「主イエスの十字架の受難と死」の記事に続き、「主イエスのご復活」についての記事から、「希望の約束」のメッセージを聞いていきたいと思います。

 

イエスさまが埋葬されて3日後、主イエスの復活の知らせを最初に聞いたのは先週の箇所にも登場した女性たちでした。最後までイエスさまに仕え、イエスさまが十字架にかけられて苦難の末に息を引き取られていくのを遠くから見守り続けた正にその女性たちでした。

一方、主イエスのペトロはじめ弟子たちは皆、「何が起ころうと、あなたにどこまでも従います」と豪語していましたが、イエスさまが捕えられると、逃げ去り身を隠していました。


さて、「週の始めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐに、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメの3人の女性たちは、イエスさまに油を塗るために香料を買って墓に行った」と記されています。パレスチナ地方では人が死ぬと目を閉じてから、身体をきれいな水で洗った後、香料を塗って葬るという慣習がありました。
イエスさまが息を引き取られたのは、金曜日の安息日が始まる日没前の午後でありましたので、安息日の間の金曜日没から土曜日没までは規定により出歩くことができなかったのです。そのため日曜日の明け方になったわけです。
金曜日の主イエスが十字架から降ろされた後、アリマタヤのヨセフという身分のある議員が自ら申し出て、その遺体を亜麻布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納めた、とあります。ユダヤの議員の中にもイエスさまを敬愛していた人がいたのですが。安息日が間近に迫っていたので彼も遺体を埋葬するのに手いっぱいで、香料まで塗るいとまがなかったのでしょう。この間女性たちは事のなりゆきを見守るほかありませんでした。この女性たちはせめてイエスさまに香油を塗って葬りの備えができないものかと切に願い、安息日明けの日曜日の朝早くからイエスさまのご遺体の納められている墓にいそいそと向かうのであります。イエスさまの死からまだ3日。彼女らは心神喪失ともいえるほどの状態であったに違いありません。

重い心で墓に向かう彼女らには1つの心配事がありました。それは、「だれが墓の入り口をふさいでいる大きな石を転がしてくれるでしょうか」ということでした。

墓の入り口は女性たちの力では到底動かせない大きな石で塞がれていたからです。それでも何とかイエスさまのご遺体に香油を塗ってさしあげたいという一心で彼女らは墓に向かったのです。

ところが、いざ女性たちが墓の入り口に着いて目を上げて見ると、石は既にわきへ転がされてあったのです。マルコの福音書には、「転がされてあったその石は、非常に大きかったのである」とあるように、当時のお墓は岩を掘った横穴に大きな円盤状の石を立て掛けるようにして蓋がされていたのです。マタイの福音書には、「イエスさまが埋葬された墓の石の上にさらに封印がされ、番兵がおかれていた」とあります。

まあ、そのように厳重な警備と封印のされた墓がどういうわけかすでに開かれ、番兵の姿はどこにも見当たりません。


女性たちが一体何が起こったのかと墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っていました。彼女らはそれを「見て、ひどく驚いた」とあります。無理もありません。

すると、その若者は女性たちにこう言います。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。」
「驚くことはない」と言われても、そりゃあ動転するでしょう。墓は開いており、番兵の姿も無く、墓の中に入ると、そこに埋葬されているはずのイエスさまは見当たらない。代わりに見たことのない若者が座っていて、神の使いのような白い衣を着ていて語りかけてくるのです。

女性たちにとってショックだったのは、何と言っても「イエスさまがいない」という事実を目の当たりにしたことです。

たとえその青年が天使であって、「イエスさまは復活された」と聞かされても、「わぁ、そうですか、うれしい」とはいきません。あまりに無残なイエスさまの死にゆくお姿を目の当たりにし、心引き裂かれるような思いをした。そこに、イエスさまがいない、というありえない事が起こったのです。自分ではどう気持ちを整理してよいのかもわからない状態。たとえ天使にそう言われても、返事もできない。いわばパニック状態に彼女たちは陥っていたのではないかと、想像することができます。

女性たちはさらにこの若者から、「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」と」、そのように伝言を受けるのでありますが。

なにしろ心身喪失の状態である彼女たちは、「墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」と、ありのままに聖書は伝えます。

「イエスさまが復活された」という素晴らしい喜びの知らせも、そのような心の状態であった女性たちには届きません。それはリアルな彼女たちの実際の状態でありました。

しかし、実に、この出来事から復活のキリスト、神の福音の御業が始まっていくのです!

先週は主イエスの十字架の箇所からお話しました。
イエスさまが十字架上において、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と言われて、最期は絶叫されて息を引き取られた。そのお姿は無残な死そのものでありました。しかし、それはすべての人間の苦悩と叫びに、「神我らと共に居ます」お姿なのです。ほかでもない神のひとり子が生身の人間となって、私たち人間の闇の深淵にまで下り、その最も深い所からの叫びを共にしてくださっている。その神の慈しみ、愛のお姿であられるのです。

イエスさまの十字架刑の指揮をとるため、そばにいたローマの百人隊長はそのイエスの最期を見て、「本当に、この人は神の子であった」と言いました。彼もまた、何か鮮やかな奇跡の中にではなく、暗闇の只中で神に絶叫するイエスの姿に、人の苦しみ、死の悲しみに共鳴する神を見たのです。

 

この女性たちのように、私たちにも、もう何がなんだか分からないようなひどい驚きと恐れに震撼するようなことがいつ起こるかも知れません。私たちが生身の人間であるからです。

しかし、その嵐のような日々が通り過ぎた後で、「あの時、あの聖書の言葉に支えられていたんだなぁ」「祈られ、守られて、導かれてきたんだなぁ」と知らされます。これこそ、主が共におられる生きた体験のあかしです。私たちはそういった歩みを通して、実に神が共におられる。神は愛であられるという経験を日々させて頂いているのです。主イエスは正にそういうお方として、私たちと共にいてくださるのです。

その白い衣を着た若者は確かに伝えました。

『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』。これこそ、復活の主イエスとお会いできるという「希望の約束」です。

「ガリラヤ」。そこはかつて弟子たちが主イエスと出会われた場所。悲喜こもごもの日常が交差する生活の場であります。「ガリラヤ」は、エルサレムの都から辺境の地、「何の良いものが出ようか」と人々から見下されていた地。差別や偏見を受け、貧しく小さくされた人たちと主イエスが共に喜び、共に泣いて、神の国の訪れを分かち合われた場です。


白い衣を着た若者は女性たちをとおして、「弟子たちとペトロに、そのガリラヤで復活のイエスさまにお目にかかれる」と告げています。
弟子たちはイエスさまが捕えられると散り散りに逃げてしまいました。しかし、主はそのような弟子たちを決して見捨てられることなく、「ガリラヤで再び会おう」とおっしゃるのです。何という幸いでしょう。

又、ここでペトロを名指しなさいます。それにはわけがありました。

この時、ペトロは深い自責の念に駆られ、絶望の淵に陥っていました。あれほどどこまでもイエスさまに「従います」と言っておきながら、イエスさまを3度も知らないと言い放って否定した自分のふがいなさ、その罪深さに自分を責め続けていたペトロ。

しかし復活の主イエスは、そのペトロに、「はじめにあなたと出会った場所、出発の地『ガリラヤで待っている』」と伝言なさるのです。ガリラヤはペトロや弟子たちが最初に主イエスから召命を受けた地です。そこに主イエスが先立ってくださり、そこで再会できるというのです。ペトロはじめ弟子たちが主に立ち帰って新たに生きる場所、そこがガリラヤなのです。そこから彼らの確かな神のご計画、主の証し人として生きる人生が始まっていくのです。

復活の主は私たちのガリラヤ、悲喜こもごもの日常のいとなみの中に先立ち、そこで待っておられます。「かねて、言われたとおり、そこでお目にかかれる」。

私たちも又、この希望の約束に生かされて、今週も救いの主の証し人として、それぞれのガリラヤへ遣わされてまいりましょう。イースターおめでとうございます。

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キリストの受難日

2022-04-15 07:12:41 | メッセージ

聖金曜日

本日はキリストが十字架の受難と死を記念する受難日です。

キリストは人間の姿となり、その深い罪を嘆き、

自ら負って死なれたことを覚え、祈りつつ一日を過ごします。

平 安

 

「彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり

 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。

 彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ

 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」

              (イザヤ書53章5節)

「キリストは、神の身分でありながら、

 神と等しい者であることに固執しようとは思わず、

 かえって自分を無にして、僕の身分になり、

 人間と同じ姿になられました。

 人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、

 それも十字架の死に至るまで従順でした。」

              (フィリピ2章8節)

 

 

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