たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

介護を考える <介護の外国人技能実習 新制度で来春以降始動>を読みながら

2017-10-25 | 医療・介護・後見

171025 介護を考える <介護の外国人技能実習 新制度で来春以降始動>を読みながら

 

今日もあれこれ法律相談をしていたら、いつの間にか業務終了時間になっています。さて、これから本日のブログはなにをテーマにしようかと考えながら、毎日などの記事を見たりして、見出しのテーマにしました。

 

ちょうどいま成年後見事件で、被後見人がある介護老人保健施設に入所していて、2度ほど訪問しました。久しぶりにこういった施設への訪問でしたが、なにか職員と利用者の会話とか、挨拶がきびきびしていて気持ちよく感じられました。たいてい皆さん、笑顔で対応され、これも気分よくなります。むろん利用者の方もそんな印象を受けます。

 

ただ、病気や障がいで、感情表現があまりできない感じの方もいるので、利用者の状態によることも確かです。一度目の時はデイケア利用者が帰宅する時間帯でしたので、とても快活な印象でした。二度目は入所者だけで、多くの方が車椅子を押してもらっている状態で、静かな、あるいはひっそりした雰囲気でした。そんな中、一人が介護福祉士の方でしょうか指導をうけながら、リハビリに励んでいるところで、元気な会話が聞こえてきました。

 

そういえば数年前でしたか、ある介護施設の経営者との間で借地トラブルとなった地主が依頼人のケースで、経営者としばらく経営状態について資料を出してもらって収支状態を確認しながら、債務弁済契約を取り交わしたことがあります。そのときの経営者の弁解は、介護職員をなかなか集められない、給与を高くするだけの介護収入が得られない、安い給与で勤める人は技量が十分でなく、経営者の自分がいろいろやらざるを得ないとか、でていました。経営資料をみても、収支バランスが厳しいことが明らかで、低賃金もあって能力不足の介護職員でやりくりすると、収益構造を改善することも容易でないというのがわかります。

 

さてそういった介護施設のちょっとした経験、過去になんども訪問していた経験を思い出しながら、毎日朝刊<読み解きワード介護の外国人技能実習 新制度で来春以降始動>を読みました。

 

記事では<25年には38万人不足 海外から人材招致>ということで、<来月1日から始まる新しい外国人技能実習制度で、対象職種に介護が追加されます。同制度では初の対人サービスです。実習生が介護現場で働くのは来春以降の見通しですが、利用者の不安を招かないよう質の担保が求められています。>と有田記者が指摘しています。

 

新しい制度でどうなるかでしょう。<9月の改正入管難民法施行で在留資格に介護が加わり、実習生でなくても日本の大学や専門学校で学んで介護福祉士の資格を取れば、国内でそのまま働けるようになった。専門学校の定員割れが続く中、留学生は約600人と5年で30倍に増えている。>

 

しかし、従前から問題がありました。<外国人技能実習制度を巡っては、送り出し側による多額の保証金徴収や、受け入れ側によるパスポート取り上げや賃金未払いなどの問題が多発。実習生の失踪も相次ぎ、国際的に批判されてきた。>これは他の分野でもありますが、介護分野でも顕著な事実なのでしょう。

 

この点の改正では<技能実習制度適正化法に基づく新制度では、法務省と厚生労働省が所管する「外国人技能実習機構」が新設され、実習先への監視を強める。実習生の受け入れは、個々の企業に代わって国の許可を受けた「監理団体」が担当。商工会や公益法人などの非営利法人に限られ、実習先から出された技能実習計画の認定や実習生の相談支援をする。実習生への人権侵害には罰則も設けた。優良な実習先と認められれば、従来3年の受け入れ期間が最長5年まで延びる。>ということですので、この監視制度が有効に働けば改善の見込みはあると思いますので、期待したいところです。

 

ただ、介護分野特有の課題がありますね。<実習生は今年6月で約25万人いるが、70以上ある職種に比べ、介護には高いコミュニケーション力が求められる。このため介護職には固有の条件があり、入国時と2年目移行の際に、それぞれ到達すべき語学レベルが設定された。>

 

身体的な部分の介護だけであれば、外国人も相当活躍できると思います。しかし、要介護の低い方はもちろん、高い方でも、コミュニケーションがその意識の回復につながる例は多く報告されていて、今後の介護のあり方として特に求められるところですので、外国人とはいえ、その能力を甘く評価するのはどうかと思うのです。ただ、このコミュニケーション能力は、言葉を流ちょうに話すこととは違うと思うのです。重要なのは利用者の言葉を引き出したり、聞いてあげることではないかと思うのです。あるいは表情や手振り身振りで感情を伝えることにより、衰えている利用者の感情表現を少しでも回復させることができるのであれば、日本語の一般的な能力が劣っていても、さほど問題ではないと思うのですが、どうでしょう。

 

この点、<実習生が言葉を十分理解できないまま仕事に就けば、単純作業ばかり押しつけられたり、同僚の負担が過重になったりしかねない。>というのは一応理解できます。

 

しかし、<入国時の要件は「日本語能力試験『N4』程度」だが、これは基本的な日本語を理解できるレベルで、大半の施設はこれより高度な「N3」以上が望ましいと考えている。>というのが、そのレベルがどのような内容か知りませんが、全体としてのコミュニケーション能力にもっと比重を置いてよいのではないかと思うのですが、客観的な評価としては簡単でないことはわかります。

 

施設ごとに相対的な基準を設けることもひとつで、ペーパーテストなどの一律の基準で評価することだけでは、ある種の客観性は担保できても、本来の介護の質を高めることになるのか、少し疑問を持っています。

 

別の観点から<結城康博・淑徳大教授(社会保障)は「EPAよりは多いかもしれないが、人材不足の切り札にはならない。安易な受け入れは介護の質の低下を招き、日本人の給与水準の上げ止まりが懸念される」と話す。>といった懸念の声が上がるのもわかります。

 

介護職の給与水準を上げて、その生活水準を高めることも、介護の質を高める要素と思います。他方で、外国人による介護は、ニュースなどで散見する限りは、東南アジアにはまだ昔ながら家庭的なサービスが身についている方いるようで、このようなサービスの多様化も期待したいとは思います。

 

外国人の受け入れをする一方で、日本人介護職の低い賃金構造はぜひとも変えてもらいたいと思いますが、最近、話した障がい者支援事業で働く人の情報では、介護職よりさらに低い賃金というのをうかがい驚きました。その方の仕事ぶりはとても熱心で細やかで、点数制ですが、それを超えるサービスを無償で行ったりしています。たしかに福祉は以前ボランティア精神で行われてきたわけですが、介護・障がい者支援は将来に向かって持続性をもつ制度にして行くにはより充実した財政支援が必要ではないかと、改めて思った次第です。

 

安倍政権の消費増税の使途変更は、若い健康な世代への支援に向けた甘いささやきに見えるのですが、それでよいのか、国会での充実した議論を期待したいです。

 

そろそろ一時間になりそうです。今日はこれでおしまい。