たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

AIの功罪 <投資信託 「AI」次々 膨大な資料分析・株価予測>を読んで

2017-02-28 | AI IT IoT

170228 AIの功罪 <投資信託 「AI」次々 膨大な資料分析・株価予測>を読んで

 

今朝は少し凍るような空気の冷たさ。でも空は晴れ渡り、朝日が和泉山系の稜線を輝かしていました。これはチャンスかなとつい思ってしまいます。あの「関西のマッターホルン」が見えるかなとの期待です。見えました、遠くに、しかしぼんやりと。やはり吉野当たりで陽炎でもあるのでしょうか、よく見ないと分かりません。でも形のいい三角形が、連山の中ににょきっと突き出す形はやはり評判どおりでいいです。

 

今日もなにやら訴状作成や法律相談、打合せなど、諸々の用事があって、なんと時計を見ると帰る時間です。さてこれから何をテーマにしようかと毎日記事のウェブ情報をスキャンしてみましたが、どうもぴんときません。ちょっと困りました。でも千日行?ならぬブログをやるつもりですので、この程度で中断しては情けない。無理矢理、テーマを引っ張りだし、記事の中身を中心に、学びながら、少し考えてみようかと思います。

 

投資信託はたぶん昔一度くらいはやったように思いますが、私の好みでもないので、それっきりで、いくら勧誘されてもというか、もう勧誘されなくなって20年以上にもなるので、さて現状はどうなのかよくわかりませんが、記事を見ながら考えてみようかと思います。

 

記事は、<人工知能(AI)を運用に活用する投資信託の設定が、国内で始まっている。>として、海外ではかなり前から活用されているようです。当然でしょう。ポートフォリオなんかは、AIを活用しないと、大量の情報を収集整理分析できないと思うのです。いままでも部分的には使われてきたのかもしれません。

 

<米系運用会社ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント>、ウォール街を牛耳り、トランプ氏ももしかして手の中で踊らしている?ような企業ですから、記事が指摘するように、当然、個人向け商品にAIを使用しているとのこと。

 

<人間が日常的に使う言語を読み込んで理解する「自然言語処理技術」を活用し、過去のアナリストのリポートなど100万本以上を分析。アナリストが個別銘柄を「買い推奨」する前に使いがちな言葉を見つけだすなどして、日本を含む先進国株式の中から値上がりが見込める銘柄を選ぶ。>

 

ということは、アナリストがいらなくなる?そうしたらゴールドマン・サックスの稼ぎ頭もいらなくなるということにはならないのかと思うのですが、そうならないように商品化するんでしょうね。

 

この<「自然言語処理技術」>は、投資信託だけでなく、広範囲に応用が利く可能性があるように思います。どんどん知能が発達していき、いずれは医療、法律・会計実務といった、いままで高度の専門知識・技術が必要とされてきたと言われる分野も、統計分析に加えて、過去の多様な人の裁量的判断やその基準、その適用方法も、あっという間に、問題に答える、いや創造的な発想も生まれるのではないかと、半信半疑ながら期待と、不安とが入り交じりつつ、予想してしまいます。

 

今回の記事で新味は次のような部分でしょうか。

 

<新たに登場したAI投信は、「ディープラーニング(深層学習)」などの新たな技術を使い、画像や文章などの膨大なデータをAIが学習し、自らその特徴を見つけて投資先選定に活用する点が特徴だ。人間が気づいていなかったデータと株価の関連性を発見する可能性もあるという。>

 

この「ディープラーニング(深層学習)」という言葉も、最近時折耳にしますが、実態がよくわかりません。「自然言語処理技術」とどこがどのように違うのか、共通するのか判然としません。とはいえ、人間の考えを画像情報や文章情報からAIが学習して、人の思考能力の発達以上に進化するのかもしれません。

 

問題も指摘されています。<米大統領選でトランプ氏が勝利した後に起こった株価の上昇「トランプ相場」のように、一つのニュースで市況が急激に変わる場面では過去のデータが使えなくなるため、AIには予測が難しいという。> それは当然でしょう。

 

結局のところは、人間の能力を基礎にしていることと、過去の株価の動向と多様な社会事象に係わる情報を基礎にしているのですから、限界はあるでしょう。ただ、情報処理能力が高いので、1万年のさまざまな災害情報を含め気象変動なども情報自体は膨大に蓄積し、アウトプットも容易にできるようになるのでしょう。

 

しかしながら、このようなAIで予測される投資行動は、情報の方向性が単一化するおそれも感じます。万が一、AIが同じ方向の予測をして、多くがその情報に依拠して投資したとき、別のベクトルに向かう事象が発生したら、大暴落になる可能性も十分あるように思えます。

 

いまのトランプ相場の急騰は、いつまでも続くかのような見えない糸をがむしゃらに追っている大衆の裏で、反転することを予測してずるく投資するウォール街をはじめ巧妙な投資家によるえさ場になってしまう恐れを十二分に感じてしまいます。

 

AIはその結果に責任をとることはできないでしょう。まさか装置を破壊するといったことでは責任はとれないでしょう。AIを人類の将来がほんとの豊かさを勝ち取るための手段として適切に使われるのであれば、よいのですが、このような投資に使われること自体、果たして有益な役割を果たすのか疑問なしとしないのです。むろん、一定の価値観を追求する、それは多くの人にとって有益となる、まいえば、最大多数の幸福といったものがあれば、そういう価値を達成するのに、有効に機能するのであれば、今後も投資に活用されることを期待しますが、単なる利益拡大のためであれば、いかがなものかと懸念するのです。

 

今日は無理矢理、引っ張りだしたテーマなので、いつも以上に、無理筋議論が続きました。最後に、<個人などが保有する投資信託の純資産残高は1月末時点で約97兆3900億円>とのことですが、これを多いとみるか少ないとみるかは、意見が分かれるでしょう。投資残高の多寡も重要でしょうが、その内容です。欧米では、遅くとも90年代以降、投資先選択がファンドの価値とも繋がり、さまざまな運動とも連携しています。

 

わが国では、政府の株式投資への積極的な働きかけもあり、年金基金だけでなく、公益法人、宗教法人など多様な組織が投資するようになってきたと思います。しかし、その投資のあり方について、その法人や運動体の目的に適合するかとか、その追求する価値観と整合性を持つかといった観点が欠けているように思うのです。単に投資による収益が黒字になった、いや赤字で大変だといった、企業の収支と同じようなスタンスで投資(信託)に参加しているところが大半ではないかと危惧しています。

 

それは投資に当たって、適切な価値基準を設けて、意思決定していないところに問題があるのではないかと考えています。投資は、場合によって投資先企業がさまざまな事業活動を行い、社会貢献に繋がる側面をもっていると思います。その意味では、まさに当該法人にとっては、自分に代わって、自己の目的ないしは付随ないし関連する目的を実現してくれる可能性を十分持っています。ある意味では、自己以上に、企業の事業活動で、目的を達成してくれるかもしれません。

 

そうでなくても、企業活動について、望ましい事業選択や事業化を求める意見を述べる株主になったり(これは株式投資ですが)、そうでなくても投資信託を担うファンドなど担当者に、自己の存在理由や目的に適合する投資先選択を求めることも、期待されてよいのではと思うのは、わが国の現状では筋違いになるのでしょうか。現実性のない甘い夢を語ってしまったかもしれません。もう少しで①時間になるので、この程度で今日はおしまいにします。


不動産の私的所有のあり方 <社説 持ち主不明地 増加に歯止めかけよう>を読んで

2017-02-27 | 不動産と所有権 土地利用 建築

170227 不動産の私的所有のあり方 <社説 持ち主不明地 増加に歯止めかけよう>を読んで

 

今日は一体なにを忙しくしていたのだろうと、夕方になってはたと気がつきました。あれやこれや雑務に追われ、整理しつつ、法律相談など来客対応で、とくになにもしたということもなく、一日が終わりそうです。ある訴状を書き上げるつもりが、まったく手もつけられず、その他もろもろも今日は残りの時間をブログに回して、明日がんばろうかと思っています。

 

さて今日のブログのテーマを何にしようか、この時間になって記事を眺めていても、ぴんとくるものがなく、社説をとりあげることがなかったような気がしたので、見出しの記事、どう扱うか、少しネットサーフィンして、まだ整理できない頭の中で書き始めようかと思います。

 

この社説では、持ち主不明地の増加を問題にしており、それが90年代初頭から顕著になっているとしています。不明地というので、土地を対象としつつ、空き家については空き家対策特別措置法が施行され、一定の条件で対策が講じられるようになったことを指摘しつつ、土地についても新たな方策が必要としています。

 

ところで、なぜ持ち主不明地が増大しているかは、はっきりとした理由が検討されていません。強いて言えば、所有者死亡に伴う相続登記が一部の調査結果で、11~30%となっていることから、相続登記がなされないことが要因の一つととらえているようにも見えます。

 

<問題の根っこには、人口減少と都市への集中がある。>と、人口流出という土地と人との関係の断裂といったものが地殻変動的に生じていることが問題の本質とみているようにも思えます。

 

この問題を簡単に一義的にとらえることでは実態を把握できないように感じています。一部の統計資料を取り上げたり、人口動態の推移をピックアップしたりするだけでは的確な情報とはいえないように思います。

 

といって私自身もこれだという情報を持ち得ていないので、批判のための批判をするつもりはありません。ただ、私的所有権のあり方について、そろそろ本格的な議論をしてもいいのではないかと、この所有者不明の土地を例にとって少し私見を思いつきで述べてみたいと思います。

 

上記の実態を反映していない相続登記の促進について、二つの取り組みが紹介されています。一つは<京都府精華町は、死亡届が提出された際、登記や社会保障などの手続きを併せて案内することで登記の届け出数が増加>と、<日本司法書士会連合会は、・・・転出によって住民登録が抹消された住民票の除票の保存期間を現在の5年からもっと長くすることで、所有者を捜しやすくなる>制度手直しを提言しているといいます。

 

それぞれ現状に即した、一歩前進というか、行政努力を図っているところでしょうか。しかし、私は、そろそろ私的所有権のあり方について、多様な・本旨的な変革が必要とされる中で、とりあえず所有地不明問題の解消という明確な目的のために(それは社説で指摘しているように将来の災害復興対策等重要なソフトのインフラ整備として不可欠という趣旨もあります)、いくつかの抜本的対策を考える必要があると思っています。

 

いま所有者が死亡した場合に、相続登記を義務づける規定はどこにもありません。不動産登記法は不動産所有権の権利移転(相続という一般承継も含め)について、登記を義務づける規定はありません。登記をするかどうかは権利者の自由に委ねています。登記法の精神は基本的には実態の変動、現状に適合するように登記されることですが、制度的にはその担保がありません。

 

ここからはあくまで相続だけ主眼として、検討します。人が死亡したとき、相続登記がなされない理由はなんでしょう。費用がかかるといった経済的理由は、相続登記に関しては特に軽減しているので、通常は考えにくいと思います。手続きが難解だという理由も、通常の核家族での死亡例であれば、だれでも簡単にできます。司法書士の手を借りるまでもなく、法務局の窓口は親切に書類作成に協力してくれます。そこは裁判所とはかなり違います(裁判官は法廷ではかなり一般の方からの訴訟進行には親切に対応しているのを見かけますので、裁判所が不親切というわけではありません)。

 

ではどんな場合に相続登記がされないのでしょうか。それは簡単にすべてを語ることができないでしょう。一つは、戦前の家督相続の場合は戸主一人が家の財産を全部相続する家督相続制でしたので、簡便でしたが、戦後の民主化で生まれた憲法の下で、民法は家制度を廃止し、平等思想に配慮しつつ、配偶者・子・親・兄弟姉妹の親族関係の中で、扶養関係をも加味しつつ、複雑な相続制度になったと思います。

 

そのような新しい制度を的確に学ぶ機会もなく、突然、相続分割といった問題に直面すれば、ときには容易に遺産分割がすすまず、放置されることもあるでしょう。農地や山林、湿地、池沼といった場合にはその利用価値の激減に伴い、関心が湧かない一方、適切な配分や利用方法の話合いの仕組みもなかなか確立しないまま、今日に到っているのではないかと思うのです。

 

それに加えて、地租改正は私的所有権が確立したと評されるのが一般の理解ですが、江戸時代以前に行われた検地が境界確認として有効でなかったと同様に、地租改正以降に行われた測量も大同小異で、現在かろうじて細々と実施されている地籍調査で確立するまでは、多くの境界は判然としない状態に置かれています。

 

先祖の所有地とされる登記が残っていたとしても、それがどこにあるか分からない、その境界がわからないといったことは山林では、相当数あります。農地でも最近は増えているでしょう。宅地・雑種地の場合は、地籍調査が進まない地域では、境界が画定しないことから、土地利用も放置され、空き家状態ないしはそうでなくても建替が困難なところもあるでしょう。

 

それぞれについて、個別に具体的な手法を、さまざまな専門領域の関係者、それは従来、業として専門に行ってきた士業に限るのではなく、より広い分野の知見・知恵を働かして問題解決の施策を検討すべきだと思います。

 

私自身は特別の有効策はありませんが、私的所有権の制限が基本だと思っています。一つは、相続登記の義務づけです。

 

現在の法令の中で、死亡したとき、相続の届け出という制度をとっているのは、唯一農地法だけではないかと思います。まず、同法3条の3を以下に挙げます。

 

(農地又は採草放牧地についての権利取得の届出)

第三条の三  農地又は採草放牧地について第三条第一項本文に掲げる権利を取得した者は、同項の許可を受けてこれらの権利を取得した場合、同項各号(第十二号及び第十六号を除く。)のいずれかに該当する場合その他農林水産省令で定める場合を除き、遅滞なく、農林水産省令で定めるところにより、その農地又は採草放牧地の存する市町村の農業委員会にその旨を届け出なければならない。

 

これは耕作放棄地対策の一つとして、最近の「大」改正で生まれた制度ですが、あくまで権利移転が合った場合の届け出義務ですし、農業委員会に対して行うだけです。しかもこの義務違反があっても以下のとおり過料の制裁に過ぎません。

 

第六十九条  第三条の三の規定に違反して、届出をせず、又は虚偽の届出をした者は、十万円以下の過料に処する。

 

農家を代表する農水省が立案する農地法改正ですから、農家から不満や抗議が出そうな改革など到底無理な話です。いや農業族といわれる政治家が許さないでしょう。

 

ついでにいえば、農水省は、この相続の届け出もお願い調でしか、農家に求められないのです。それが現在の農業行政の実態でしょう。

 

耕作放棄地40万haといわれる(この数字は長年同じで実態調査は的確にやられているとは思えません)農地ですら、この状態ですから、なんらの相続届け出義務のない、山林や宅地などは一切、それぞれの自由に委ねられています。

 

しかし、全国に利用されない建物(空き家でなくても)、利用されない宅地、これらはいずれも荒廃状態ではないでしょうか。同様に、農地・山林の荒廃状態は惨憺たるものです。それでいて、再開発だとか、いろいろなイベント事業のための開発ラッシュ?、新たな宅地造成、マンションや戸建て住宅の新たな建築は増えています。利用しようと思えば簡単に利用できる既存の宅地を、権利関係が不明だとか、境界が不明だとかを理由に、はっきりしているところで新たな開発がどんどん行われています。

 

放置された宅地、農地、山林は、負の遺産として残り続けます。それはだれのせいか、考えてみませんか。所有者が所有者として果たすべき義務を果たしていないといえないでしょうか。

 

空き家対策特別措置法は、限定された条件の下、所有者の権利を制限し、あるべき所有の方法・利用の適正化を求め、行政の所有者に代わる役割を積極的に認めました。

 

同様に、土地自体についても、まずは相続登記や境界確認という割合、権利侵害の少ない領域で、その義務化を進め、一定の条件の下、行政ないし第三者機関が代替して行うことを考える時期に来ているように思うのです。

 

話が飛びますが、班田収授法は私有地をなくし、全国を国有地として全員に土地を付与して耕作させて、租税収入を得ようとしましたが、荒廃した土地だったり肥沃でない土地だったりすると、負担に耐えられず逃亡したり放棄したりで、100年程度で自然に崩壊したのではないかと思います。

 

地租改正以降の私的所有権も、江戸時代までに醸成しつつあった私的所有概念を破壊し、無理な家制度の導入や、戦後も極端な個人的所有権とアンバランスな農地法・森林法や都市計画法・建築基準法などの土地利用規制とがあいまって、適切な私的所有権概念が日本人の中に意識化できないできたように感じています。

 

個人の努力や自由意志に委ねるのでは、かえって私的所有権の適切な利用を阻害することになりかねないと思っています。

 

その意味で、繰り返しますが、相続登記手続きの義務化については、より簡便に行う制度設計がまず必要ではないかと思います。住民票の保存期間延長や除籍謄本などの入手方法の簡便化などは些末な対応ですが、これも無視できないと思います。まずは相続制度の簡易なあり方や、遺言制度を含め生前に行う相続仕組みの普及・円滑化が必要ではないかと思います。それはある意味、相続の意識化と、その準備のための権利関係の確認・調整を前倒しすることに繋がると思っています。

 

もう一つは、地籍調査です。より簡便な方法を多角的な角度で行う仕組みが必要でしょう。AI機能を活用するのも検討してよいと思います。そして土地の種類に応じて、境界確定の手法を簡易化したり、GPSなどIT技術で大きく代替するのも一つではないかと思います。

 

むろん既存の制度枠組みを大きく変えない工夫をして、私的所有権のコアを保障しながら、現在の不明所有地問題解消の早期解決という公共の福祉、公益に合致する範囲で、その整備を本格的に検討する必要を感じています。約1時間半書きまくりました。勝手な意見ですが、またいつか整理してみて、より実現性のある提案ができればと考えています。


障害者と空気の壁 <長野パラ金メダリストの挑戦 空気の壁をなくしたい>を読んで

2017-02-26 | 差別<人種、障がい、性差、格差など

170226 障害者と空気の壁 <長野パラ金メダリストの挑戦 空気の壁をなくしたい>を読んで

 

今日は後一時間あまりで出かけないといけないため、いつものNHK囲碁トーナメントもみないで、このブログを書くことにしました。少し残念ですが、日々変化するのが本来ですし、昨日と今日は違いますし、私自身もほんとは瞬間瞬間で変化して、脳のどこかで同一性を維持する働きが私というものを成立させているのかもしれないと思うこともあります。

 

昨日の竹林とヒノキの伐倒で疲れ果て、あちこちキズが残りつつ、筋肉痛でまともに歩けないと思いつつ、昨日伐倒して置いてきた竹木とヒノキ、そのままにしておくのは心が落ち着かないという性分で、出かけていきました。そして今日は平坦な休耕田の中で、転ぶ心配もなく、野焼きを始めました。おかげでだいたいは焼いてしまいました。

 

するとちっちっとなく声が聞こえてきました。ヤマガラのつがいです。昨日はたくさんが群れになって雑木林の中を縦横に飛び交っていましたが、今日はこのつがい2羽だけです。よくみると巣作りのためでしょう、なにかくちばしにくわえています。そのほか、いつも小集団で出迎えてくれるというか、すぐに飛び立ち、私が進む方向を先導するかのように前に飛んでいくのは、たいていツグミの群れです。声をつぐむということから、名前がついたとも言われるほど、ほとんど鳴き声を発しない、静かでおとなしい野鳥です。

 

このツグミと反対に、うるさいくらいの高い声で、それももっと大きな集団で飛び回るのは、ムクドリです。西欧の都会ではこの糞と鳴き声で、公害対策?がよく議論されます。農村地帯では、さほど気になるほどの集団でもないですし、糞もそれほど集中するわけでもないので、問題になることはありませんが、私の車には時折、立派な糞を落としてくれます。以前、カナダの都市や西欧の都市で問題にされていた糞は、たとえば街路樹の全体が真っ白になるほどで、それは大変です。

 

と余談はこの程度にして、今日のテーマを考えるとき、もう一つの<高速ネット医療支える 瞬時にカルテ、患者対応充実>を当初、取り上げようと思っていました。最近、多くの病院では電子カルテで、検査結果もモニター画像で見ることができ、また、MRIなどの検査データは求めればすべてCDで交付してもられる、ということで便利さを感じていました。ところが、少し時間がかかるなと思っていたら、なんとこの電子情報は、銅線のLANケーブルで繋がっているのが現状と言うことでびっくりです。これではMRI画像などのように容量のある情報だと、回線利用が混雑すると、対応できず遅くなるのは当たり前です。ようやく群馬大学医学部と連携して光ファイバーケーブルを設置する試験的試みが始まったばかりとか。

 

光ファイバーの普及はいつ頃からでしょうか。大規模病院内だけでなく、大学医学部と付属病院間の情報伝達、いや世界中の医療情報との連携を考えると、先端的なIT国に比べて数段の遅れとなっているのではないかと懸念します。アベノミクスではこのような重要な部分で光ファイバー普及が遅れている現状にどう対処しているのか疑問すら感じます。

 

とはいえ、もう一つ付け加えれば、個人情報保護や研究情報保護の観点は理解できますし、相当程度の障壁システムを講じる必要があると思いますが、その保護と利用のバランスを考慮しつつ、各病院で望ましい情報管理システムがハード・ソフトの両面でしっかり整備されているのかも気になります。今日の毎日記事では、世耕経産大臣の下、各室に施錠するとか、情報発信の一元化など極端な情報管理が行われていようとしていますが、それはどのような議論の上で、なされたのか非常にきになります。このようなことが病院情報管理でも一方的になされることがあれば、問題だと思います。もう少し議論したいところですが、本題に入る時間がなくなるので、この程度にします。

 

で、見出しの本題です。東京版は単に<長野パラ金メダリストの挑戦(その1) 「東京」で変えたい>でした。もしこの見出しだったら、私は読み飛ばしたかもしれません。素敵でしっかりした表情の元アスリートが東京五輪で次に続くアスリートを育てるというものかなんて思ってしまいます。

 

しかし、大阪版の見出しは<「空気の壁」をなくしたい>でした。いったい空気の壁とは何か、いや思い当たる節があると、私の体験でもあり、私自身の意識を振り返ってみたとき、その言葉に吸い寄せられました。

 

<1998年長野冬季パラリンピックで3個の金メダルを手にした元アスリート>でもある、<日本財団パラリンピックサポートセンターのスタッフになったマセソン美季さん>の話は、いまわが国の障害者がおかれている状況をしっかりと見据えて、確実に一歩一歩前進しようと取り組む姿勢を感じます。

 

マセソンさんは、<「東京はハード面ではバリアフリーになってきている。それでも私は日本に帰ってくると、障害者なんだと思い知らされる」>と「思い知らされる」障害者の状況、意識がわが国の状況なのではないかと思うのです。

 

それは私がカナダに滞在していた20年あまり前、そこであちこちの都市などを訪問する中で、いかにバリアフリーに配慮しているかを感じていました。障害者の方がどこへでも気軽にでかけ、街の至る所で自由に動き回っていました。観光地もそのような配慮が行き届いているので、車イスはどこでも見かけました。

 

ところが、日本に帰ってきたとき、東京の空気汚染のひどさと、障害者への配慮がほとんどないとしかいいようがない状態に唖然としました。昨年来日したマセソンさんのお子さんが<「なぜ車椅子に乗っているのはお母さんだけなの。障害のある人を全然見ないけれど、みんなどこに行ったのかな」>と思わず口にしたのは、当然でしょう。あれから20年経ってもバリアフリーの社会全体での対応はわずかに進んだものの、西欧諸国に比べ相当のビハインドとなっています。

 

マセソンさんが体験談で、車イスの人を見た親子の対応を日本人とカナダや西欧人と比較して話している点が興味深い。まずカナダの首都オタワの例。

 

<一昨年のクリスマスシーズンにオタワのデパートで買い物をしていた時のことだ。エレベーターが来るのを待っていると、幼い男の子を連れた母親に話し掛けられた。

 「うちの子が質問したいことがあるみたいなんですけれど、いいですか」。笑顔で「もちろん」と返すと、男の子は「どうして足が動かないの」「車椅子と自転車はどっちが速いの」と素朴で率直な疑問をぶつけてきた。一つ一つに丁寧に答えてあげると、納得したのか笑顔になり、ハイタッチをして別れた。>とても自然で楽しいですね。

 

これに対し、日本だと、<「日本のお母さんだと、子どもが車椅子に興味を示しても、『シーッ』とか『いいからやめなさい』と言って、その場を立ち去ってしまいがち。そうすると、子どもには『タブーなんだ』という印象だけが残って、次に会った時も聞きたいことをのみ込んでしまう。そして、知らない間に壁ができてしまう」>というのです。たしかにそういう親が少なくないように思います。

 

これこそ「空気の壁」ではないでしょうか。マセソンさんは次のように話して、コミュニケーションこそ重要な架け橋になり、壁をなくす重要な一歩になると言われているようです。

 

<繊細な気配りは日本人の美徳といえるが、過度な配慮は時として、人間関係をぎこちなくもしてしまう。マセソンさんは「壁をなくすにはコミュニケーションが不可欠。勇気を出して『お手伝いできることはありますか』と言ってほしい。お願いしたり、断ったりもするけど、声を掛けてもらえれば、その人にとってそこは居心地のいい場所になる。お金をかけなくてもいいから、声を掛けてほしい」と語った。>

 

で、マセソンさんの提案は、当たり前かもしれませんが、これまでも多くの人が話してきたことでしょう。しかし、それが実際に行われない、それは見えない大きな「空気の壁」がしっかりと社会に根を下ろしているからだと思います。マセソンさんの熱意や努力を無にしないよう、私たち一人一人が実践していかなければならないことでしょう。

 

他方で、もう一つ、重要なことを付け加えておきたいと思います。私自身、仕事上、手足に障がいがある車イスの方や視覚障害のある方、聴覚障害のある方、こういった身体障害の方については、社会全体で相当、制度的な取り組みが進んできたように思うのです。とはいえマセソンさんが指摘されるようにまだまだという状況であることは確かです。

 

それ以上に知的潮害のある方については重度の人はもちろん、軽度の人に対しても、社会の意識はより低い関心しかないように感じています。そのバリアフリーについても、身体障害の方に対するよりもそれほど明確なハード・ソフトが確立されていないようにも思うのです。マセソンさんの提案を踏まえて、より社会が健全に向かうよう、2020年はあらゆる障がいをもつ方への意識改革が求められているように思うのです。それは私自身も当然、問われなければならないと思っています。

 

 


山の魅力と眺望景観保全 <山が呼んでいる 高見山 霧氷のそばにそっと春>を読んで

2017-02-25 | 景観の多様性と保全のあり方を問う

170225 山の魅力と眺望景観保全 <山が呼んでいる 高見山 霧氷のそばにそっと春>を読んで

 

今朝は少し霜が降りていましたが、作業するにはちょうどよい感じで、ちょっといろいろ家事をした後、竹林に出かけました。先週は久しぶりでがんばったせいか、23日筋肉痛で歩くのも大変といった状況で、今日は少しのんびりやろうと思ったのですが、やり出すと止まらない性分なので結局、あちこち怪我はするはいろいろ大変な目に遭いました。

 

慣れているはずなのですが、斜面で伐倒した竹が適当に置かれているのと、籔状態なので、見えにくいということもあり、なんど転倒したか、やはり年齢も影響しているのかと少々は気になってしまいます。一度は崖状態のところで、滑り落ち、そのままだと後ろ向きに転倒するところでした。川底の岩に頭でも当たれば、一巻の終わりとまで行かなくても意識がなくなるかもしれません。そういう経験もありますが、今回はやっとのことでわずか数ミリの篠竹を一本つかんで転倒を免れました。篠竹の細身でも場合によっては結構、根がしっかり張っていて人を支えることもあるんですね。

 

次は完全に後ろ向きに転倒してしまったのですが、幸い、伐倒した竹木の枯れたのが並んでいて、腰を強く打った程度、大丈夫でした。

 

林業の世界では、ビギナーはもちろん、ベテランでも、いろいろな負傷事故、場合によって死亡事故が起こっています。そういった事故報告を見る機会があるのですが、なんでと思うようなこともありますが、必ずしも油断してたり、本来必要な手順を踏んでいなかったり、といった場合に限りません。で多くはスギ・ヒノキの伐倒やその後の作業中に発生しています。ただ、竹木についてはあまり聞かないのですね。

 

ということは私のやり方に問題があるのかなと思いながら、おそらくこんなに整理されていない竹木で作業をやることはないのではないかと勝手な解釈をして、自分のいろいろの負傷は仕方ないと手前味噌の言い分を考えています。

 

ところで、昨日の夕刊から今朝の毎日記事ですが、相変わらずトランプ旋風から、金正男氏殺害事件でのトリック的なVX使用、豊洲問題の百条委員会の行方(これも心配?です)、森友学園との国有地売買における廃棄物処理の不可解さ(昭恵夫人が名誉校長を辞任したのは当然でしょうがそれですむのか?)、相模原障害者施設での大量殺傷事件について責任能力をめぐる公判の行方とか、東芝の子会社WHの破産申請の可能性とか、あげればきりがありませんが、結構、深い闇に包まれているような事件が続いているように見えます。

 

いずれまた、それぞれの事件の進行に応じて、時折、取り上げたいと思いますが、今日は、いつもというか、ある山のことがとても気になって、あれこれ調べていたのですが、どうしても特定できないでいたのが、昨日の毎日夕刊の記事(見出し)でようやく分かったことから、少し山について考えてみたいと思います。

 

その山は、朝、紀ノ川河岸道路を車で走っていると、澄み切った空のとき、やはり冬の青空でしょうか、そういうときに、すごく美しシルエットを見せてくれるのです。三角錐のように見えるのです。遠くなので、よほど注意して目をこらしていないと、その河岸道路を車で走っていても、あるいは歩いていても、気がつかないと思います。

 

でも私は遠くの山を見るのが割合好きで、和泉山系(これはさほど遠くはありませんが)も一つ一つの頂が気になります。役行者が修業のために金剛山系から西端の加太の海辺まで続く山並みですが、その表情は場所場所で相当異なります。和歌山まで出かけるのは疲れるので、あまり好きではないですが、紀ノ川のと和泉山系の景観を見るのは慰めとなります。

 

脱線しましたが、その山は遠くに離れていますが、とても誇らしげに感じるのです。そういえば横須賀に住んでいた頃、60km離れた筑波山の山影が年に何度かわが家から見えました。これがまた素晴らしいのです。それと同じように、たまに見える、遠くに見える、形の見事さは、気になる存在でした。

 

それが毎日記事で、「高見山」ということが分かりました。記事だけ見ても、霧氷が輝く美しい写真があったり、<頂上からは360度のパノラマビューが楽しめる、はずだったが、視界はゼロ。>というものの、山容が分かるような写真が掲載されていなかったので、最初は疑心暗鬼でした。このウェブ情報にはありませんが、新聞記事では、<奈良県東吉野村>という位置、「関西のマッターホルン」という表現がされていたことから、この山に違いないとほぼ確信しました。

 

そして今日の午後、ちょっと仕事ででかけて帰ってきて、ウェブ情報で高見山の写真を確認すると、まさにこの山容こそ、私が追い求めていた山だと改めて確認できました。地図で調べると、4050kmくらいは離れているのでしょうか、結構離れていますが、やはり、「関西のマッターホルン」と言われるだけの見事な景観です。高さがわずか1248mしかなく、若干小ぶりですが、周囲や前景に見える山並みの中で突出した雰囲気は、高さではないと感じます。

 

私はカナダ・カルガリーに滞在していた頃、市の境界付近でしたが、ちょうど遠く100数十キロ先にロッキー山脈が家から毎日見えていたので、それを眺めるのがとても心地よくしてくれました。一杯のコーヒーが壮大で冠雪がどこまでも連なる眺望景観で心が満たされていました。で、早朝のドライブの年にそれほどない、そのマッターホルン的景観が眼に入ると気持ちが癒やされます。

 

さてこのあたりで、山の魅力というか、山に対する人の意識なりと、眺望景観の保全というテーマについて、少し触れてみたいと思います。

 

わが国における景観保全の運動としては、大佛次郎氏が中心になって大きな話題となった「御谷(おやつ)騒動」が初期の一つではないかと思います。鶴岡八幡宮の裏山で開発計画が取り上げられたとき、大佛氏ら著名文学者がその保全運動、開発反対運動を繰り広げ、開発が撤回されたと記憶しています。その後、古都保存法ができ、鎌倉、京都、奈良でしたか、地域指定して開発を規制するようになりました。

 

そのときテーマは古都の歴史景観だったと思います。ただ、どこまでが保全の対象となるかについて、景観概念自体がまだ確立していない時代ですから、法的に明確なメルクマールで、線引きがなされたかとなると、疑問を感じています。

 

御谷の付近は、その後私自身も保全運動に係わり、枝打ちや間伐の真似事をしたりしましたので、その雰囲気はそれなりに分かっています。八幡宮の裏といっても、三輪山のように八幡宮のご神体があるわけでもありませんし、宗教的な意味合いで保全すべき対象となる景観といえるかは、その形態・地理的関係・歴史的沿革などから、そういえるかは気になるところです。

 

鶴岡八幡宮の裏山を含め周辺の山の景観ですが、維新時に異邦人に撮影された写真が残っています。見事にはげ山状態です。江戸時代では奥山は別として、里山は、農作業に不可欠なところで、草・枝条・柴・葉っぱは刈敷などとして利用されていました。木々は燃料として、各種の用材として、活用されていました。それは神社でも寺院でも同じです。

 

19世紀初頭の紀伊の各地を描いた、たしか「紀伊国名所図会」でしたか、高野山も描かれていますが、やはり木々はわずかしか描かれていません。神官も僧侶も寒さには勝てないでしょう(道元の永平寺とか厳格なところは別でしょうが)。

 

なぜこういったことを書くかというと、なぜ山の眺望景観を保全するかといった場合に、その根本があまり議論されていないように思えるのです。

 

古都保存法の後、全国各地で景観保全を目的とする条例ができたり、その後何十年もたってようやく景観法ができ、各地で景観保全地域などが当たり前のように生まれていますが、山への眺望景観を保全する根本が明確になっていないように感じるのは私の誤解でしょうか。

 

とりわけ大規模事業に適用される景観アセスメントや、各地の景観保全マニュアルなりガイドラインでは、たとえば<山の眺望景観保全における視点場設定と高さ制限に関する研究>といった景観工学的なアプローチが通常なされていますが、それはそれで、ひとつ見方として、尊重されることは私も賛成です。視点場設定(俗に言えば、ビューポイントでしょうか)とか、建物等の高さ制限の視角、視野などを数字的に説明するにはある種、理解を得やすいと、多くの行政マンは考えているように思えます。

 

ではなぜ山への眺望を保全する必要があるのかについては、あまりはっきりした議論がないように思うのです。さきに御谷騒動を取り上げたのは、多くは当然のように、「山は古来より信仰の対象として親しまれてきた」といった見方がされるものの、それはどういうことかについては、釈然としていないと思います。

 

仏教の世界では西方浄土と言われ、西方に浄土があるわけですから、山が信仰の対象とはいえないように思うのです。そこで山折哲男氏のように、霊魂は山に帰るという考え方が昔から日本人の心の世界に宿っていたといった言い方(すみませんおぼろげな記憶です)で、村々では山に霊魂が帰るから、山を信仰の対象としてきた、山川草木悉皆成仏も日本人が抱いていた伝統的な信仰心に仏教が受け入れたとも言われています。

 

いずれにしても山は死者の霊魂、死者の黄泉の世界とも言われてきたのではないかと思うのです。だから山は大事にする、信仰の対象ともなってきたのではないかと考えるのです。でもその山は、立入を禁止するようなことは、奥山は別にして、里山はみんなが利用する山ではなかったのかと思うのです。

 

利用する山であっても、眺望しその景観を楽しむといったことは、庶民の世界ではあまりなかったように思うのです。高い身分の人もまた、日本式庭園が普及した室町時代以降に、借景としての背景の山が眺望景観の対象となったのではないかと思うのです。

 

では現代における山の魅力は、というと、極めて多様であり、少なくとも地域地域でその魅力や価値を確立していくことが肝要ではないかと思っています。

 

最後は、相変わらず飛躍の連続となりましたが、景観保全という問題の本質について、しっかりとした議論がなされていない、そこにわが国の心の貧困を感じています。


災害を思う <東日本大震災6年・復興の検証 防潮堤>を考える

2017-02-24 | 災害と事前・事後

170224 災害を思う <東日本大震災6年・復興の検証 防潮堤>を考える

 

今日もほどよい暖かさを感じる朝でした。夜明け前に起きて着替えるときも肌寒さで緊張するという感じがなく、ゆったりと動作をすることができます。隣の梅林も満開状態で、初春を感じさせてくれます。最近は周辺を我が物顔にしているモズだけがあちこちと飛び回っています。滅多につがいも現れず、ほとんど孤高をいくという感じで、他の野鳥とは違う、外観のどう猛さが振る舞いにも現れているようにも感じます。

 

今日は午前中、一件、自己破産申立の一件書類を仕上げて、午後からはさっと法務局で調査して、ブログをゆっくり書こうかなと思っていたら、とんでもハプニングで、夕方近くまで法務局調査に時間がかかってしまいました。というのは少し古い時期の地目変更登記申請書類の閲覧だったのですが、まず利害関係の証明に少し手間取り、その後記録をさがすのに大変な時間がかかったのです。どうやら倉庫に置いてある膨大な記録の中に、あまりきちんと整理されていなかったのか、あるいはこういった申請が少ないのか、驚いてしまいました。

で、私の調査は、いたって簡単で、単に当該申請書類をカメラで撮影するだけですので、5分もあれば仕事完了です。

 

東京にいる頃、ときおり東京法務局に調査に行き、こういった調査を閲覧室でやっていましたが、ここでは大勢のいろいろな人がかなり広い閲覧室がいつも一杯になるほど、繁盛?していました。当地ではどこの法務局の閲覧室も割合のんきな雰囲気です。がらんとしています。そこが首都圏の不動産取引が世界水準でもトップクラスであるのと違うところでしょうか。

 

で、こういった申請書類は、第一次資料でとても重宝します。いま話題の豊中や豊洲などの土地売買でもそういった第一次資料がほとんどまな板にのっていないので、ある意味想像の域を出ない状態が続いていて、私も多少書きましたが、新聞報道などですので、なかなか実態が明らかにならず、隔靴掻痒の気分になります。

 

その点では、今日の法務局調査は、非常に貴重なデータが入手でき、待った甲斐がありました。手書き部分は誰の筆跡かとか、現況調査や写真で当時の土地の状態が分かります。その他登記申請書類は事件処理においては必須の入手材料なので、多少の手間はやむを得ないのです。

 

関係のない前置きが長くなりました。さて、見出しの件、いつも気になりながら、簡単には書けないな、と思いながら、膨大な報道を垣間見てきました。今日あえて書こうという気になったのは、特別な意味はありません。いつかは書いておくテーマの一つと思うので、きっかけ作りの意味でも、一歩でも前に踏み出す程度の気持ちで取り上げました。

 

私の災害に対する気持ちは、鴨長明のような感覚とは違うのですが、割合、淡々としているのではないかと思っていますので、誤解を招く可能性もあり、事実認識も新聞記事のしかも断片程度しか知らないわけですから、安易な発言は避けるべきと思いつつ、一歩踏み出してみようかと思います。躊躇の気持ちは少しは伝わったでしょうか。

 

今朝の毎日記事は、<東日本大震災6年・復興の検証>というテーマで311に向けて毎年行っている一連の記事の一つでした。<「消防団員の命守る」 自動水門、重い維持費 岩手220カ所、更新費含め年8億円>という見出しで、自動水門の「功罪」というか必要性とその維持費が取り上げられていました。

 

あの大津波の際、<水門や陸閘を閉鎖したりする中、岩手県では団員90人が津波により死亡。うち、閉鎖作業中だったのは48人にも上った。宮城県でも84人、福島県でも24人が命を落とし、宮城では11人が閉鎖作業中だった。>というのです。これは驚きでした。

 

津波の襲来から逃げ遅れた人が多かったでしょうが、彼らは津波の恐怖に耐えて、あえてその大津波が押し寄せてくる防潮堤に向かい、水門や陸閘(りっこう)を閉鎖する作業を行っていて、亡くなったのですから、その職業意識の気高さや勇気に頭が下がります。

 

その意味で、そのような消防団員の悲惨な死亡を二度とださないために、自動で水門が閉まる装置は、多くの人の思いで達成できたのでしょう。高い防潮堤とともに。その分、水門・陸閘も巨大となるでしょうし、自動装置も費用がかかるでしょう。建設費は国負担でも、維持費は各地域で負担するため、今後の維持費に加えて更新費が大変な金額になるというのです。

 

他方で、<防潮堤事業費1.4倍 1.4兆円「資材、人件費高騰」>と、防潮堤の事業費がどんどん増大しています。<東日本大震災で大きな津波被害が出た岩手、宮城、福島3県では、震災前に延長約165キロだった高さ5メートル以上の防潮堤が、約300キロに増える。>と被災地だけでも巨大かつ長大な防潮堤が作られるわけです。しかも<防潮堤の整備対象は昨年9月時点で、青森県から千葉県までの太平洋沿岸で計677カ所に及ぶ。>というのですから、トランプ流の国境の壁ほどの長さには及びませんが、その容積の巨大さでいえば負けていないのではないかと思うのです。

 

その高騰の原因についても不思議なデータが指摘されています。<資材価格を調査している一般財団法人経済調査会によると、生コンクリートは震災前に比べ、東京で7%上がっているが、仙台市は1・6倍、岩手県宮古市では1・8倍になっている。また国交省によると、12年度と現在の公共工事の労務単価を比較すると、被災3県では55・3%上昇しており、全国(39・3%)よりも上昇率が大きい。>となぜか被災地がとくに高騰しています。適切な費用管理ができてきたのか、発注側、受注側にしっかりした管理体制があったのか、気になるところです。

 

このような防潮堤事業について、毎日記事は<高い防潮堤「良かったか」 行政に不満の住民も 宮城・雄勝>と疑問を投げかける住民の声を拾っています。

 

<「住宅は高台移転するのに、いったい何を守るために造るのか」。自宅を流されたすずり職人、高橋頼雄さん(49)は憤る。「地域性や住民の意見を考慮せずにやってしまった。海が見えなくなったら、もう古里ではなくなっちゃう」。仮設住宅で同居する母の自宅が再建されれば、自分は雄勝を出ていくと決めたという。>といった調子です。

 

一年前の記事では、<海と暮らせる 石巻・雄勝波板地区に完成 住民と協議、元の高さに /宮城>として、<高さは住民と協議して震災以前と同じ海抜4・8メートルにとどめ、階段や展望部には住民自ら加工した地元産の雄勝石(玄昌石)を埋め込むなど、なじみやすい形に仕上げた。5月にも近くの高台に自宅を失った住民が移り住む防災集団移転団地が完成予定で、住民らは「安心して海とともに生きられる」と喜んだ。>とあり、<市雄勝総合支所によると、波板地区の防潮堤は当初、比較的頻度の高い100年に1回の津波(L1)を考慮し海抜6・4メートルで計画していたが、周囲に住宅や幹線道路がないことから、既存の防潮堤に地盤沈下した分の1・1メートルを上積みし、元の4・8メートルとした。>と住民との協議の結果で元の鞘に収めたようです。

 

私自身、基本的な考えは、防潮堤はできればなくし、どうしても必要な箇所でもできるだけ必要最小限度にとどめるのが望ましいのではないかと思っています。津波が来たら逃げることが基本ではないかと思うのです。むろん津波発生箇所によっては逃げる暇がない地域もあるでしょうし、一定の間隔で一定の高さの津波は必ずやってくるところもあるでしょう。

 

万全を期して、千年に一度の津波にも対応できるだけの防潮堤が必要なのか、それは最後は地域で決めることだと思いますが、地域相互で意見が違うとか、復興予算の期限に間に合わさないといけないとか、そういった理由で、防潮堤の高さや規模が一律的に決められたのだとすると、大きな禍根を残すのではないかと思っています。

 

現在計画され、どんどんつくられている防潮堤は、海辺の景観、地域の特性、住民の古里への思いを完全に崩壊させてしまうおそれがあるように感じています。海への出入りは、水門や陸閘という狭い空間だけになり、その生活空間は海とは完全に遮断された閉塞した場所になるのではないかと危惧します。いくらきれいに整備され、新しい建物が建ったとしても、海との触れあいをもてない、閉ざされた空間では、本来の海浜の豊かさを味あうこともできない、まるで都会的空間になってしまいかねません。

 

そして水門・陸閘の閉鎖も、自動制御で行われるのであれば、ますます人との絆が失われることになるでしょう。消防団員の死は二度と起こって欲しくないという気持ちはわかります。しかし、亡くなった彼らは、地域のため、仲間のため、家族のため、一人でも救いたいと思い、必至に命をかけてその閉鎖作業を行ったのだと思います。

 

そのような郷土や地域の仲間を愛する気持ちは、海との繋がり、海への愛着から生まれてくるものではないかと思うのです。巨大になればなるほど、人の手による作業は困難となり、自動制御になるのも当然ではないかと思います。規模を小さくして、人の手で開け閉めでき、周囲の人が誰でも開け閉めできるようなものであれば、よりその水門なども身近なものになるでしょう。

 

消防団員の死者がなくなるようにするために、他のさまざまな手法を考えたのでしょうか。巨大な防潮堤ありきではなかったのではないでしょうか。

 

その建設費・維持費などの膨大な費用は、復興ということで惜しみなく支出されてきましたが、ほんとにそこに住んでよかったと思う人が何人いるでしょうか。

 

うまく整理できませんが、今日も時間となり、いつかまた検討して見たいと思います。