180331 森林環境税について <日本には数多くの放置された森が…「森林環境税」で整備へ一歩>などを読みながら
今日もあれこれと雑用をしているうちに夕方が過ぎました。本日のテーマを考えてみたのですが、どうも気持ちが乗らない日が続きます。こういうときは休養も大事かもしれません。といいながら、千日回峰行にならって、それを実践することはできないですが、ブログくらいならなんとかなると思い、始めたわけですので、そうやすやすと休むのもどうかと思ってしまいます。ま、自分に課したテーマですので、今日もなんとか終わらせようと思います。
才蔵をテーマにしようかと思いましたが、今日はなんの考えも浮かばず、自宅前の貧相なスギ・ヒノキの混交林を見ながら、山林問題にしようかと思いました。周辺の山林を含むわが国の多くの山林は広大だけど、長く放置されていることはなんどか取り上げました。その解決策もまた、いろいろな議論を重ねてきたと思います。そのうちの一つ、森林環境税も、20年くらい前くらいから相当議論されてきたと思います。
和歌山県をはじめ相当数の自治体では独自に名称はいろいろですが、森林保全目的に類する目的の税制があります。しかし、ようやく国税として森林環境税がほぼ新設されることで決まっていて、東北大震災の復興税の期限が切れた後の24年度から施行される仕組みが整ったようです。ただ、自治体の要望が強いためといった理由で、19年度から前倒しで実施されると言われています。
ではその森林環境税とは何か、実のところ、調べたことがなかったので、さきほどネット情報を少し入手しました。一つは林野庁長官からのヒアリングを記載した<日本には数多くの放置された森が…「森林環境税」で整備へ一歩>です。これは日刊工業新聞社系のニュースウィッチです。
まずは、森林環境税についての解説がありますので、これを引用します。
<森林環境税とは】
国が市町村経由で徴収し、私有林人工林の面積、林業就業者、森林率に応じて譲与税として自治体に配分する。24年度は300億円、33年度は600億円。
19年度から23年度までは、森林環境譲与税から譲与する。早期対策が必要なことや、新たな森林管理システムが始まることから、森林環境税に先行して実施する。>
沖修司長官の話ですが、この新税の背景について大量の植林が伐期を迎えているのに管理されず放置されていると、何十年にわたって問題にされてきたことを繰り返しています。
管理されない理由については小規模所有山林の問題と<木材価格が安い。零細な所有者ほど自分たちで伐採、植林しようという意欲が湧きにくいのが現実です>と、これまた私の理解では30年前と同じような見解かと思われます。
ただ、戦後の拡大造林で大量に植林した木々が伐期を迎え、いやすでにかなり過ぎた木も相当あると思われますが、採算性や所在・境界不明などの理由で、ますます放置されている現状は深刻かもしれません。
また最近の事情として、<幹が太くなると、柱など通常の木材製品よりもサイズが大きくなりすぎます。のこぎりを入れる部分が増え、歩留まりが悪いです。また、現状の製材工場では太い木を加工できる設備が少ないというハード面の制約もあります。ですので、適当な太さで主伐した方がよいです。>というのも、旧態依然の生産流通体制を改善できていない結果と批判されても仕方がないかもしれません。
所有者の問題もあるでしょう。長官曰く<将来の財産になると思って何十年も前に植林した所有者にも、「売れない、切れない」と困っている方がいます。先祖から受け継いだはずだが、所有林の場所がわからない方も少なくありません。住んでいる市町村から森が離れており、管理できないという所有者もいます。>といった事情も増大しているでしょうね。
むろん林野庁もこれまで等閑視してきたわけでなく、さまざまな制度新設で対応する努力をしてきたといえるでしょう。長官が指摘する<管理が難しくなっている人工林を市町村が預かり、林業経営者に貸し出すのが森林バンクという考え方です。意欲と能力のある林業経営者と、森林を“つなぐ”システムです。
所有者や境界線の情報を載せた「林地台帳」の整備も進めます。台帳も見ながら所有者に預ける意思があるかヒアリングできます。>
森林バンクとか、林地台帳とかは、それ自体、活用されれば、相当な機能をもつことが期待されるのですが、実際、遅々として進んでいない印象をもっています。
林地台帳が整備されている森林は、全国でどのくらいの割合でしょうか。むろん林地台帳自体はどこにもあるでしょうけど、その台帳記載の林地が所有者を特定し、林地の位置・範囲・林種・林齢などが明確になっている割合となるとかなり低いのではないかと思います。東北大震災のとき、仮設住宅建設や、高台移転の場所として、林地を想定したのはいいですが、この問題がかなりネックの一つになり、なかなか計画の進行が進まなかったというのは理解できます。
上記の小規模林地の集約とか、バンキングとか、林地台帳の整備推進とかは、どうなっているのでしょう。話題は森林環境税に移っています。
長官は、森林環境税の使途について、<長年、森林を育てる段階として、間伐などの森林整備のために補助金行政を続けてきました。補助金と間伐材を売った利益で収支トントンとなります。しかし補助金があっても、採算ベースに乗らない森林もあります。そうした森林も健康な状態に再生し、林業が成り立たない場合、森林は、将来できれば天然林に戻せないかと考えています。適正な管理がないと地球温暖化対策もできません。>と述べて<
新税は採算ベースにのらない森林の手入れから使います。新税の創設で、補助金とは違う方法で森林整備ができる道が開けました。>と二本立て行政を行うと述べています。
そもそも補助金行政で行われてきた間伐事業自体、採算性が実質的には厳しい状況のため、事業遂行自体が容易でないのが実態ではないでしょうか。採算ベースに乗らないような森林の場合、余計困難にならないか心配です。
国民一人あたり1000円の課税負担を仰ぐことから、都市住民など森林と関係ない?と思っている人たちの不満などについては、<森林整備は国土保全となり、災害から下流域の都市部を守る効果も期待できます。
水災害や土砂災害対策、さらに二酸化炭素(CO2)吸収対策は山村域だけでなく、日本全国の利益となります。この点でもご理解いただいたのではないでしょうか。>
もし長官の説明通りであれば、より明確に災害防止対策(現在も治山事業として林野庁の補助事業にありますね)やCO2吸収源としての評価に適する事業内容や要件を明確にすべきではないかと思います。
林業の構造改革的な側面では、長官は<主伐に視点を置くため、高額なA材を切り出せる森林が増えます。A材(注)を安定供給できると、非住宅にも木材の用途が広がります。JAS材として構造計算ができる材になれば付加価値がつき、公共施設、倉庫など非住宅用途にも広がります。川上から川下までつながり、林業の成長産業化ができます。>と述べていますが、それは森林環境税だけで対応できる話ではないですね。
だいたいこれまでもA材以外のB,C材も付加価値をつけたり、あるいはバイオなど用途拡大を図ってきたと思うのですが、常に大きなネックを抱えてきたのではないでしょうか。
林業の生産・流通・加工・消費の透明化、人材・資材評価の合理化、などなど多くの問題も解決されないまま、AIやITなどの最先端技術の導入も、一部のみで、全体に染みわたる状態になるには、なにかが欠けているように思うのは私だけではないでしょう。といって森林環境税そのものに直ちに反対するわけではありませんが、受け入れる体制をしっかり整備しないと、長野県の大北森林組合のような不正処理状態は一部の問題に終わらないように思うのです。かえって国民の信頼を裏切ることになりかねいないとさえ懸念するのです。
この点、森林ジャーナリストの田中淳夫氏は、<森林環境税の虚実~環境より林業振興?>というタイトルで、疑問を投げかけています。
田中氏はすでに<自治体が独自に創設した税金の形で存在するのだが、37の府県が導入している。>ことから、今回の森林環境税により二重課税になる旨糾弾しています。
さて、そう簡単にいえるか、それぞれの課税種類、目的税かどうか、使途内容などを検討する必要があると思います。私はまだ検討できていませんが、既存の自治体税とは調整可能ではないかと思います。むろんそれぞれの税金の正当性が問われる必要はありますが。
田中氏が指摘する使われ方でやり玉に挙がっている長野県のケースは私も同感です。
<たとえば長野県は「長野森づくり税」を2008年度から設けているが、5年ごとに見直しを行っている。今年度で2期目の施行期間が終わるため税制研究会に諮られたが、そこで指摘されたのが実質8億円の残高を抱えていることだった。年間約7億円の収入があるが、使い切れずに基金に積み立てていたのだ。>基金積み立てに合理的な理由があれば別ですが、単に利用されないで残るのでは困ったものです。
ましてや不正受給に使われるようなことであれば、その管理がいい加減との誹りもやむを得ないですね。
<昨年は大北森林組合が不正受給した2億円の補助金に、この森づくり税も含まれていたことも発覚して返還を求めている。>
田中氏の文章は、有料会員でないと全文読めないので、具体的な批判の内容はわかったわけではありませんが、こういった批判は十分に対応できるだけの管理運営をしてもらいたいですね。
なお、総務省自治税務局が昨年10月作成した<森林環境税(仮称)の検討状況について>は、その概要を理解する一つになるかと思いますので、参考に引用しておきます。
今日も取って付けた話題となりました。本日はこれにておしまい。また明日。