本日行われたJX-ENEOSとのオープン戦は、1対4で早稲田が敗れました。
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明後日、川越で行われるオール早慶戦では、OBから佐竹くん(土庄高校-早大-トヨタ)、田中幸長くん(宇和島東-早大-トヨタ)、前田将希くん(早実-早大-ENEOS)という懐かしの面々が招聘されているとの噂です。
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ところで、私の姓はどちらかといえば珍しい部類であり、同姓の方には、なかなか出会いません。
小学校でも、中学校でも、全学年を見渡しても同姓の人はいませんでした。
ところが、昭和46年に都立青山高校に入学し、生徒名簿が配られた時には驚きました。
各学年に同姓の方がいたからです。
一学年先輩の同姓の方とは、バレーボール部で一緒になりました。
その先輩は身長が180センチを超える立派な体格で、一方の私はチビスケ。
そんなわけで、クラブ仲間の中では、大政・小政(おおまさ、こまさ)というような呼ばれ方を、高校卒業後もされていました。
その先輩は、東京外語大に現役合格されて、卒業後は大手電機メーカーに就職されました。
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社会人になって数年経ったある日、突然、我が家に何本も電話が青山高校OBから架かってきました。
「ay、元気か」
「ay、最近どうだ」
何本も同じような電話が続くので、理由を尋ねてみたら驚きました。
「バレー部にいた○○が急逝した」という知らせが同窓生の中を駆け巡っているというのです。
そして、それを耳にした人の多くが、「バレー部の○○といっても、どちらの○○だろう?」と戸惑い、我が家に電話をしてきてくれたというわけです。
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同じくバレー部で一緒だったKくんも、同姓の青高生と間違えられた経験があります。
高校三年生の3月、国立一期校の合格発表があり、東大の合格者名が高校別にサンデー毎日に掲載されました。
その年の青高からは40人ぐらいの東大合格者がいて、そこにKくんと同姓の同級生の名前もありました。
もっとも、Kくん自身は一橋大学を受験して、失敗していました。
しかし、近所の方々が、てっきりKくん自身が東大に合格したと勘違いして次々に「おめでとうございます。」と家にやってくるので、Kくんのお母様は「あれはうちの息子ではありません」と釈明に終われ、Kくんは二階の自室でフテ寝…
Kくんは、この時の屈辱をきっかけに、志望校を一橋から東大に変更。
翌年に、見事に東大に合格してサンデー毎日に掲載されたのでした。
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こんな昔のことを思い出したのは、先の軽井沢キャンプの際に立ち寄った御代田のコンビニのレジで、同姓の店員さんに出会ったからです。
店員さんの胸の名札に気がついた私が話しかけました。
「私も○○なんですよ。」
そして、自分の両親や親類の出身地がどこだ等々、そんな話題で盛り上がりました。
(*^_^*)
もし来年の夏も御代田町でキャンプが行われるならば、あの○○さんとも再会したいなあと考えたりしています。
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明後日、川越で行われるオール早慶戦では、OBから佐竹くん(土庄高校-早大-トヨタ)、田中幸長くん(宇和島東-早大-トヨタ)、前田将希くん(早実-早大-ENEOS)という懐かしの面々が招聘されているとの噂です。
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ところで、私の姓はどちらかといえば珍しい部類であり、同姓の方には、なかなか出会いません。
小学校でも、中学校でも、全学年を見渡しても同姓の人はいませんでした。
ところが、昭和46年に都立青山高校に入学し、生徒名簿が配られた時には驚きました。
各学年に同姓の方がいたからです。
一学年先輩の同姓の方とは、バレーボール部で一緒になりました。
その先輩は身長が180センチを超える立派な体格で、一方の私はチビスケ。
そんなわけで、クラブ仲間の中では、大政・小政(おおまさ、こまさ)というような呼ばれ方を、高校卒業後もされていました。
その先輩は、東京外語大に現役合格されて、卒業後は大手電機メーカーに就職されました。
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社会人になって数年経ったある日、突然、我が家に何本も電話が青山高校OBから架かってきました。
「ay、元気か」
「ay、最近どうだ」
何本も同じような電話が続くので、理由を尋ねてみたら驚きました。
「バレー部にいた○○が急逝した」という知らせが同窓生の中を駆け巡っているというのです。
そして、それを耳にした人の多くが、「バレー部の○○といっても、どちらの○○だろう?」と戸惑い、我が家に電話をしてきてくれたというわけです。
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同じくバレー部で一緒だったKくんも、同姓の青高生と間違えられた経験があります。
高校三年生の3月、国立一期校の合格発表があり、東大の合格者名が高校別にサンデー毎日に掲載されました。
その年の青高からは40人ぐらいの東大合格者がいて、そこにKくんと同姓の同級生の名前もありました。
もっとも、Kくん自身は一橋大学を受験して、失敗していました。
しかし、近所の方々が、てっきりKくん自身が東大に合格したと勘違いして次々に「おめでとうございます。」と家にやってくるので、Kくんのお母様は「あれはうちの息子ではありません」と釈明に終われ、Kくんは二階の自室でフテ寝…
Kくんは、この時の屈辱をきっかけに、志望校を一橋から東大に変更。
翌年に、見事に東大に合格してサンデー毎日に掲載されたのでした。
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こんな昔のことを思い出したのは、先の軽井沢キャンプの際に立ち寄った御代田のコンビニのレジで、同姓の店員さんに出会ったからです。
店員さんの胸の名札に気がついた私が話しかけました。
「私も○○なんですよ。」
そして、自分の両親や親類の出身地がどこだ等々、そんな話題で盛り上がりました。
(*^_^*)
もし来年の夏も御代田町でキャンプが行われるならば、あの○○さんとも再会したいなあと考えたりしています。