Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

イヴ・サンローラン-L'amour Fou

2012-06-01 07:27:46 | 私の日々
映画は白黒の画面、イヴ・サンローランの引退宣言から始まる。
黒い服にタイ、まるで葬儀の喪主のようだ。
しかしそこには奥深い言葉の数々が満ちている。

18歳でディオールのアシスタントになり、21歳で後継者として抜擢される。
女性のワードロープを作り上げ、時代を作ったという自負を語る。
「ファッションは女性を美しく見せるだけでなく、
自信と自分を主張する強さを与えるもの。」
「人生で最も大切な出会いは自分自身と出会うこと。」

場面はサンローランの葬儀へと変わる。
公私共にパートナーだったピエール・ベルジェのスピーチ。
出棺の際には当時の大統領サルコジがピエールの隣に立っている。

イヴとピエールの邸宅へとカメラは入っていく。
美術館を凌ぐような絵画、彫刻、陶器が所狭しと並べられている。
ざっと見渡してもマティス、ブラック、ゴヤ。
それらがこれからオークションへと掛けられる。
「自分は何も信じない(信仰を指しているのだと思う)
魂など自分にも作品にも存在してない。
ただ二人で収集した作品の行く末を見届けたい。」とピエール。

一方、二人で過ごした市内のアパルトマンはぐっと寛いだ雰囲気だ。
そこには親しい人々との写真も飾られている。
ディオールの葬儀の写真には参列者の中にイヴとピエールの姿がある。
しかしこの時点で二人はお互いを知らない。
出会ったのはイヴがディオールの後継者となった最初のコレクションだった。
二人を取り巻く人々の中にジァン・コクトーやベルナール・ビュッフェがいる。

アルジェリア戦争が起き、兵役についたイヴは神経を病み、
病院へと収容される。
これがディオールの経営陣の反感を買い解雇されることになる。
イヴとピエールは二人でメゾンを起ち上げる決心をしたのだった。
その頃の映像や写真が出てくる。
一からの出発だがピエールもイヴも若く美しく希望に満ちている。
コレクションは大成功に終わり、二人のビジネスは軌道に乗っていく。

場面はまた現在へと戻る。
オークションに出品するために点検されていく美術品の数々。
希って手に入れた物、偶然の出会いに導かれた物。
庭園が映し出される。
イヴサンローランの愛したマラケシュ、モロッコ風の設え。
二人は初めてマラケシュを訪れた時に余りにその地に魅入られ、
一週間後には「レモンの庭」と言われる一角に家を手に入れていた。
ここから多くの刺激を受け、それは作品にも反映された。

「自分には20代、青春がなかった。」とイヴ。
「今から青春をすれば?」という問いに「もう遅い。」と答える。
年に二回のコレクションの発表に追われる内に
アルコールとドラッグに依存するようになっていく。
夜はクラブで遊びまわる日々が続く。

休息を求めてノルマンディーに牧歌的な家を二人は購入する。
ここでは誰にも会わずにひっそりとイヴは過ごした。
サンローランはプルーストの「失われた時を求めて」が好きで、
ホテルなどに宿泊する折には自らを「スワン」と名乗ったという。
ここでも自室を「スワンの部屋」と名付けた。

ピエールは徐々に政界との関係を深めていく。
イヴにはミッテランからレジョン・ドヌール勲章が授けれれる。
いつの間にか二人の自立し長続きしている関係はゲイ達のシンボルとして奉られる。
エイズ撲滅運動、ゲイの権利を認めさせるべく団体にピエールは貢献する。

神経を病んだイヴは人々から遠ざかっていく。
インタビューやマスコミとの接触も絶った。
唯一幸せそうだったのは年に二回のコレクションの後に、
歓声でランウェイへと迎えられる時。
それでもその日の晩か翌朝には深い闇へと戻っていった、
とピエールは語る。
「それがどうすることもできない『彼の人生』だった。」

オスカー・ワイルド「ターナーが描くまでロンドンに霧はなかった。」
ランボー「火を起こす者のお蔭で人々は現実を見られる。」
ピエールはこの二つを引用し、イヴは選ばれた類まれな存在だったと続ける。

90年代に入り、治療を受け、アルコールもドラッグも絶ったものの、
ファッション業界は変化していく。
イヴ・サンローランの引退パーティー。
カトリーヌ・ドヌーヴの歌で始まり、多くのマヌカン達に涙で見送られる。

いよいよオークションの日がやってくる。
Le Mondeには一面にこの記事が出る。
会場では次々と二人の集めた作品たちが高値で落札されていく。

オークションが終わり、会場のグラン・パレから去っていくピエール。
門が閉じられる。
海を見下ろす邸宅、窓辺に佇むピエールベルジェ。
振り返った表情のアップと共に映画は終わる。

ピエールは葬儀ではなく、作品を手放すことでイヴを見送ったのだろうか。
仕事を全うした満足感、残された者として生きていく覚悟、
ピエールの表情から真意はわからない。

美しい風景と調度品、美術品の数々、
サンローランのオートクチュールコレクションとそのデッサン、
吟味された言葉がこの作品には凝縮されている。
タイトルの"L'amour Fou"とは「盲目的な愛」の意。