50歳からの海外移住生活

風とカモメの街に暮らして                               

週末の晴れ間に森林浴を。

2017-02-19 23:44:41 | 海外生活
先週の週末は、寒い中、我慢して、犬のボランティアのお散歩に出かけましたが、今週の週末は、
まるで小春日和で、暖かく、久々に太陽を拝むことが出来ました。



太陽の光が、まぶしくて、そして、暖かくて、いっぱい光を浴びたくて、生徒さんのMちゃん(今や、家族同様)も連れて、ミリーのお散歩に、Willingdonの森に出かけました。

この日は、美しい小鳥のさえずる声に、思わず、聞きほれてしましました。
そして、春はもうすぐなんだなと、感じさせられました。



まだまだ、2月ですから、寒くなる日もあるでしょうけど、少しだけ、春の兆しを覚えて、ちょっぴり
幸せな気分に浸りました。

森の木々、そして、小鳥の歌声は、何とも癒されます。
来週末も、お天気になってくれたらいいのに、と願います。



あまりに癒されたので、皆さまにも、この森の雰囲気を味わってほしく、YoutubeにUpしました。


https://www.youtube.com/watch?v=1W55e1Mwe6o&feature=youtu.be
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夢の中で、母に会えた日。

2017-02-13 22:45:47 | 日記
今朝は、どういうわけか、目覚まし時計が鳴らなかった。

そのお陰で、夢の中に出てきた母と、一緒に、長く過ごすことができた。

実は、昨夜、ベッドに入る前、母の事を想っていた。

「会いたいなあ。。お母さんに、たまらなく会いたいよ。もう一度、会いたい!」
と強く願ったからかもしれない。

今まで、見た母の夢は、いつも悲しい夢だった。

母と一緒に、ご飯を食べる夢が多かった。
でも、いつも、一緒に過ごせたと思ったのに、突然、母が、もうこの世にいないことに、愕然として、夢から覚めるのだった。

食べることが好きだった母。
母が生きているときは、贅沢はしないものの、外食を楽しんだり、一緒に、スーパーで買い物をして、料理をして、私が手伝う役目だったのに、いつの頃からか、母が手伝う役目になっていた。

母は私と食事をするのが、唯一の楽しみだった。

特に病気をしてから、あまり出かけられなくなった母にとって、唯一の楽しみは、私がイギリスから帰って来た時に一緒に食べることだった。

今朝がた見た夢は、母と一緒に旅をしてる夢。
しかも、海外で、行ったことのないメキシコかどこか、南アメリカの国なのだ。

息子が宿を予約しようとしてくれてるが、言葉が通じない。

私と母は、タクシーに乗って、行き当たりばったりの旅をしている。
ある場所に着いた。

そこは、何となくさびれた感じの場所。
私たちは、車から降りて、1軒の宿屋兼、レストランのようなところに入っていく。

メキシコ人であろう、40代くらいの女性が経営している。
長いテーブルには、エスニックな料理が、いっぱい並べられていて、とても美味しそう。

そのダイニングの窓からは、外が見えて、そこから、ウルトラマリン(群青色)の海が見える。
どうやら、ポートのようで、大きな船が、見えたりしている。
まさか、港町に近い所に来るなんて思いもしなかった。

宿の、おかみさんは、とてもフレンドリーで、ここに宿泊することに決めた。
母と、宿の中を見渡している。

宿の中には、客たちが、くつろいでいる。
何となく、ユースホステルのような感じ。
そこで、目が覚めた。

「え?もうこんな時間?!」目覚まし時計が鳴らなかった。
電池を確かめてみた、そして、もう一度試してみたら、ちゃんと鳴る。

不思議だな。。

まるで、母が私との時間を作るために、目覚まし時計を止めていたみたいだ。




最近、描いた水彩画。



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久々に、チェコの友人との再会、そして、イギリス、チェコの医療事情

2017-02-07 11:05:24 | 海外生活
先日の日曜日、同じ町に住むキャシーから、夕食に招待されていた。

彼女と、旦那さんのリックを連れて、元旦に、私のピアノの生徒さんのフラメンコダンサーのヘレーナのお宅に招待されて、初めて知ったことだけど、リックは、実は肺がんの手術をするということを聞いて、驚いたものだった。

キャシーには、何度も、招いてもらってるので、1月中旬過ぎには、彼らを招いて、トンカツを作った。

リックは、僅か3日間の入院期間だったそうだ。

手術した後なのに、食欲が旺盛で、トンカツをいっぱい食べたのには驚いた。
うちのフラットの2階まで上がってくるのに、ゼイゼイ息をしていたものの、元気そうで、ほっとしたのと同時に、「日本じゃ、考えられないよね。癌の摘出手術をした後、手術の日も含めて、僅か3日で退院だなんて」と心の中で思っていた。

それにもまして、この町のイーストボーンの病院どころか、ここから車で1時間くらいのブライトンや、ヘイスティングスなど、近隣の町ではなく、ロンドンまで行って手術しなければいけないなんて、それだけ、医者の数が少ないということなのかと、不安がよぎった。

先日、水彩のクラスの帰り、道路が封鎖されていたので、何事かと思い、警察官に聞くと、交通事故だとのこと。
歩行者の女性が、車にはねられたそうだ。

後日、知ったことだけど、イーストボーンの総合病院は、すぐそばにあるにもかかわらず、医者がいないのか、隣町のブライトンまで、ヘリで運ばれて行ったそうな。

でも、病院に着いた時は、手遅れで、彼女は亡くなってしまったらしい。

話はそれてしまったが、先日の日曜日に、キャシー宅に、チェコから、友人のマッチェラと旦那さんのバシェックが来ていた。

実は、この町に来て、仕事もなく、友人も少なく、淋しい思いをしていた頃、地元のカレッジの語学クラスで、チェコ人のマッチェラと知り合いになった。

彼女の書いたポエムが、私と同じく、孤独をつづった詩で、共感を覚え、ある日、バスの中で一緒になったのを、きっかけに、話かけたら、そこから友情が芽生えた。

彼女が、この町に住んでる間、タウンの中心街に住んでる彼女の家に、しょっちゅう、遊びに行って、お茶したり、食事に招きあったりしたものだった。

時には、サイクリングなど一緒にしたりして、楽しい時間を過ごした。
日本人の友人以外に、初めて、悩みや心の内を話して、うちとけたのも、彼女だけだった。

ある日、彼女が、「英語が上達しないのよ。ネイティブの友達がほしいわ。」と言ってたので、年はとっていても、いつも、好奇心旺盛で、誰にでもフレンドリーで、アクティブなキャシーを紹介したのだった。

それから、マッチェラと、バシェックが突然、チェコに帰ったのは、3年ほど前だった。

私に、さよならも言わずに。。。ちょっと淋しい気分だった。

あんなに仲良くしてくれていたのに。。

チェコにも遊びにおいでよと、何度か誘ってくれていたけど、お互いの都合が合わなくて、とうとう行く機会に恵まれなかった。

キャシーと、リックは、実は、去年の11月頃、チェコに行って、マッチェラの大きなお屋敷に、滞在していたそうだ。

先日の日曜日、いつも料理を作る役目のリックは、病み上がりにもかかわらず、6人分の食事を用意していてくれた。

いつになく、冷凍食品っぽいものが多かったような気がするけど、しんどいのに、無理して、滅多に会うことのない私たちを、会わせるために、料理をしてくれたんだ。

そんなことを思うと、何だか申し訳ない気分になるのだった。

今週は、又ロンドンに行き、病気の検査の結果を聞きにいくというリックとキャシー。

良い結果が出るといいのだけど。

マッチェラが言うには、チェコは、イギリスよりもずっと、医療事情が良いらしい。
そして、イギリスと同様、医療費は無料らしい。

でも、歯医者は、やはり、イギリスと同様、NHS(国民健康保険)の歯科医が少なくて、実費で支払うことになり、高いそうだ。

私は、60歳以上になって、こちらでは、医療費のほか、医者でもらう薬も無料になった。

こういう時は、「ああ、この国に住んでいて得したなあ」という気分になるけど、何かあった時、やはり、救急医療など、信頼がおけないので、不安は、つきない。

歯医者も、気軽に行くことが出来ないし、問題は、多い。

今年も、日本に帰るけど、国民健康保険に加入できるか、(担当者によっては、断られる恐れがある)
そして、日本で、医療を受けれるかどうか、心配だ。













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