消費期限終了

リタイアーのよもやま話

70代の今が絶頂期

2013-04-24 22:10:20 | 音楽

新聞にあった記事である。
内容があまりにも、かっこいいので、紹
介したくなった。 

以下、その記事である。

ロックをたしなむ 2

野中 規雄

70代の今が絶頂期

御年78歳にして人生のピーク。奇跡の
ような男がいる。

カナダのシンガー・ソングライター、
レナード・コーエンのことである。

デビューは1960年代なので、キャ
リアは古い。音楽ディレクターを長年
務めた私は、この人が自分の会社と契
約があったにもかかわらず、ほとんど

関心がなかった。なんかお経みたいな
歌だ、救いのない歌い方をするおじさ
んだなあ、としか思っていなかった。

内部の人間がそう思うぐらいだから、
セールスもぱっとしなかつた。

ところが、コーエン氏は50代から人気
が出始め、70代の今が絶頂期。

2012年に出したアルバム「オールド・
アイディア」は全世界で大ヒットした。

米国でも欧州でも飛ぶように売れた。

 

 そのサクセスストーリーに興味を待っ
た私は、彼が08年に行った欧州でのラ
イブツアーを収めていたDVDを見た。

何と、このツアー、70万人を動員したと
いう。すごいでしょ、あり得ない。

で、映像を見て「こいつ、ただ者じゃな
い」と思った。

 かっこいいの。帽子をかぶり、スーツ

をぱりっと決めて出てきて、すごく低い

声を出して歌う。
ロックやフォークといったジャンルを超
越した、ただレナード・コーエンの歌だ
としか言えない、唯一無二の存在感。

 

 そして、曲間のあいさつが絶品。
「15年前も私はロンドンで歌いました。
あれから長い時間がたちました。あの
ころの私はいかれた夢を待った、60歳
の子どもでした」。

ジャーン、60歳の子ども! これで場
内が沸く。

 そう言えば、日本でも75歳の芥川賞
作家が誕生した。

 「年だから俺は駄目だ」と漏らす時代
じゃないんだよね。

(日本洋楽研究会主任研究)

以上。

 

記事の中に、

なんかお経みたいな歌だ、救いのない歌い

方をするおじさんだなあ、としか思ってい

なかった。

という内容がある。


You Tubeで聴いてみたら、まさに、記事の
通りである。

あまりにも、声が低いので、やはり、お経
みたいになってしまうのだろう。

声の性質として、ロックの声ではないと思う。

「フランク永井」の声で、ロックを歌うよう
なものだ。

しかし、彼は、

「15年前も私はロンドンで歌いました。
あれから長い時間がたちました。あのころの
私はいかれた夢を待った、60歳の子どもでし
た」。

と、言ったが。

これは、彼の歌の好き嫌いを超えて、
「かっこいい」

78歳になった時に、このようなことが
言えたら、人生最高だ。

わたしは、できうれば、88歳の時に、
これが言えたら、最高だが。

問題は、わたしは、何をやっていて、そう
いうことが言えるのか。そこが、問題だ。


VTR250

2013-04-23 22:27:12 | 日記

 大型免許を取る気になった理由の一つは、
大型に乗ると、CB400SFの運転が楽になる
ということを誰かが、ネットで書いていたから
である。

そして、大型の免許の教習の間は、とり
あえず、大型バイクの経験ができる。
ということでもあった。

そう思ったのは、大型の免許を取得して
も、足つきの問題で、ペーパードライバ
ーになるだろうという諦めがあったから
だ。

しかし、CB750で教習してみて、それは杞
憂であることに気付いた。

教習所の車庫は、奥へすこし下り坂になっ
ているので、車庫からバイクを出すのが、
大変である。ほんとに。

しかし走り出してしまうと、これが、実に
楽しいのである。いや、シートに座って
いるだけでも、楽しい。

スカイウェイブやCB400SFで教習した時には
一度も感じたことがなかった爽快感である。

本当に意外だった。

何しろ、あんなに苦痛だった一本橋がなんの
不安なく渡れている。

しかし、CB750では、リードのように行き止
まりのある住宅街や細い農道は走れない。

駐車する路面も選ぶ。

どんなに、楽しくても、CB750は、3ナンバ
ーの車で通れる道路しか走れない。(大げさ
だが)費用対効果が悪すぎる。

リードの不満を解消できるバイクとして、
CB400SFに期待したが、レンタルで乗って
みたところ、想定外のストレスを感じ、
それ以来どんなバイクに乗ろうかと、呻吟
することになった。

そんななか、VTR250のカタログを見やって
いるうちに、突然思うことがあった。

それはリゾートホテルの玄関に乗り付ける
のに、VTR250が一番絵になる。である。

それも、マグナレッド。


もちろん、粋な喫茶店、図書館等もよく似合う。

もしかして、銀座だって似合うのではなかろうか。

VTR250のカタログを制作者は、心憎いことを
するものだ。

革ジャンを着なくても、似合うバイク。

結局、思った。もしかして、バイク選びの視点
として、ファッション性に拘るということも、
当人が納得いけば、良いのではないのかと。

とにかく、いろいろとバイクを比べていると、
あまりにも情報が多すぎて、一体全体自分の
本音ってなんだろうとこんがらがってしまう。

結局、時計のカルバンクラインを選んだように。
で、いいのではと。


このVTR250、積載性はない。ヘルメットホルダー
は不便で、タンデムだって不得手だし、もちろん、
400㏄に比較すれば、パワーもない。とにかく、
不便なバイクである。

人によっては、その他にも、いろいろとケチをつけて
いる。

しかし、このカタログを見ているうちに、リトルモン
スターとも言うべきイタリア的なファッション性に
拘ろうという視点も、ありなのではと思ってしま
った。

まるで、ヤマハのSR400と同じ境地のようにも
思えるが。

リッツ・カールトンの玄関に横付けして、一番
絵になるバイク、VTR250┄┄。

ただたんに、マグナレッドの赤の魅力とそのフォ
ルムの持つ「贅沢性」だけが取り柄のバイクと
いうのもありではないかと、思ってしまった。

もちろん、かなりの独断と偏見とは思うのだが。

 


本日開店

2013-04-21 21:31:33 | 風景

 



わたしの家からちょっと離れた通りに、
なんとも面白い看板を見つけた。

「本日開店」である。

それなら休業日には、「本日閉店」という札
が掛けられるのだが、なんて、おかしいもの
を感じてしまった。

夜通ったわけではないので、実際問題営業し
ているのか分からないのだが、どうもその店
の雰囲気として、営業しているようには見え
ない。

この写真の左手にはもう一つスナックがあっ
て、こちらは、それこそ昼間でも営業してい
る雰囲気が漂っていているだけに、余計目立
つ。

「本日開店」という看板の店のたたずまいに
営業しているように見えないが雰囲気が漂っ
てやまないのは、なんもと、名前が名前だけ
に、得も言われぬものを感じてしまう。

 


Cao xuejing - put your hands up

2013-04-21 06:33:18 | 音楽




坂本龍一のput your hands upの二胡による演奏である。
彼の自身の演奏とは違った伴奏がついている。

演奏が流れると一瞬、その違いのありすぎに、戸惑うのだが
聞いているうちに、同じパターンで繰り返す伴奏は、哀愁の
こもった愛しい時間が、いつまでも続けとばかりに、聴こえ
てやまない。

二胡の演奏を盛り上げんと、添い遂げようという様の伴奏に、
暖かくも優しい時間が過ぎていく。

なんとも心地よい時間が過ぎる。

わたしが、若いころは、二胡は、完全に民族楽器だった記憶
がある。いつしか、洋楽を演奏するようになり、バイオリンに
勝るとも劣らない表現力に、衝撃を覚えた。

というのも、西洋音楽の演奏形態であるオーケストラの弦楽器
の表現力の豊かさに、東洋人の一人として、このような手段を
持たないコンプレックスを感じていたからである。

もっとも、中国の楽器だし、それを、東洋の楽器とくくって
わたしが、喜ぶのも変な話だが、それでも、これだけの
表現力のある楽器が、西欧の楽器以外にあるというのが
嬉しいのである。

返す返すも残念のは、どんなに魅了する楽器でも、この
楽器を習得するには、歳をとりすぎている。

されど、心地よい時間だな。アップしてくれた人に感謝である。


見上げる窓辺の月

2013-04-19 07:03:56 | 風景

You Tubeにあった画像である。

この画像を見て、懐かしいものを感じる人がけっこういるのではなかろうか。

都会化した今日では、このような月を見上げる機会というのは、殆ど
ないと思うのだが。

月明かりで、水平線、地平線、そして山の稜線まで見渡せた記憶は
ないだろうか。

わたしは、このような月の晩は、車のヘッドライトを消して、はしって
いたりする。

澄んだ空気さえ、描き込まれているような想いのする素敵なワン
シーンではなかろうか。