ミャンマーで日本人ジャーナリストが殺された。
こうしたニュースは、胸を打つ。常に時代のフロント(最前線)に立つことを心がけると、否応なしに覚悟がいる。殺された長井さんも覚悟をしていただろうが、決して本意ではあるまい。
私も、若いころ、フロントを意識して、ティモール島に潜入したことがある。当時は東ティモールをインドネシアが支配していて、外国人の立入禁止地域だった。
うまく立ち回ったつもりだが、あと少しのところで軍の尋問に引っかかった。ティモールでは、ジャーナリストも殺されている。そこまで行かなくても、逮捕されて留置場行きはあり得る。果たして日本政府は動いてくれるか?
冷汗が流れた。尋問への返答次第でどうなるかわからない。慎重に、そして大胆に応えた。作戦としては、徹頭徹尾、取材のおくびも出さず、知らずに迷い込んだアホな旅行者を装うことである。
……長い時間がたったが、お互いの言葉があまり通じない(尋問官はインドネシア語オンリー。学生が英語の通訳に入った)こともあって、最終的に解放された。夜だった。じとりと湿った野外の空気の感触を今も覚えている。
その後、ティモール島をすぐに出て行くように言われたが、私はまたも脱線して別地域への潜入を試みて、また軍人に見つかって……。
いろいろあったなあ。若かった(笑)。でも、長井さんは私とたいした歳も変わらないのに、はるかにフロントへ出続けた。
9月15、16日は、吉野チェンソーアートスクールの合宿講習会。私もスタッフとして参加したわけだが、そこで何をしていたか。
もちろん私はチェンソーアートはできないから、講師ではない。受付のほか、安全マニュアルづくり、それに掃除もしていたが、もう一つ重要な役割が。
それは焚き火である。チェンソーアートの過程で出る木っ端を燃やすためだ。おが屑などは捨て場を設けているが、そこそこの塊である木っ端をそのまま捨てにくい。そこでゴミと一緒に燃やす。が、この日は時折の雨と生木のため、簡単には燃えない。
そこで私は、鉈で大きな木っ端を割っていたのだ。
鉈で怪我して、指をまだ包帯で巻いているのに、またもや鉈をふるった。鉈に対するトラウマ退散! というわけである。いや、懲りないだけか。
山男たちに、怪我をしない鉈の使い方を教わり、コンコン割っていると、すっきりするものと、ちょっぴり指の傷みが甦るよ(^^;)。
表ブログの話だが、ここ最近、妙なアクセスが増えてきた。
それは「堺知美」と検索して訪れるケースがやたら多いことだ。この名の彼女は、実は5月に京都の日吉町森林組合を視察した際に知り合った参議院議員の秘書である。そのことを『だれが日本の「森と木と田舎」を殺すのか』に少し記したわけだが、そこにアクセスしてくる。
不思議に思って少し調べたら、なんと写真週刊誌フラッシュで「永田町美人秘書の身体検査」という記事で堺さんが登場しているのだ。それも、かなり大きく。
それで読者が検索しているのか。たしかに彼女は美人だ。当の本人も「日本一ヘルメットが似合う女」と自称していた(笑)。この写真、お宝になるかも。
なにはともあれ、こんな要素で表ブログのアクセス数が上がるのも悪くないか。
でも、こちらの裏ブログのアクセス数は、意外と下がっていないのだよV(^0^)
再抜糸しました。やっぱり痛かった(;_;)。すでに薄皮が張っており、糸が埋もれているのだもの。それを麻酔なしで切り開いて抜き取る。始めは見ていたのだけど、やっぱり顔をそむけてしまったよ。
とはいえ、これで後は爪がちゃんと伸びたら完治する。
左親指に包帯を巻いていると困るのは、やはり水仕事。顔も洗いにくいし、風呂にも入りにくい。とりあえずゴム手袋をするが、やっぱり面倒だ。この前、風呂の中で居眠りして、ゴム手袋ごとブクブク沈めてしまった。
流しで洗い物をする際に手袋を忘れたら、娘が持ってきてくれた。ありがとう……って、それよりお前が代わりに洗えよ。それはイヤなのか。
再手術、終わりました。
結果的に親指の爪を全部剥がれた(;_;)。根元は残してあるそうだから、また生えてくるはずだけど。結構痛い。麻酔が切れると、最初の怪我の時より傷む。
なんでも、傷口に何か異物が残っていて、それが肉腫を作ったのではないか、との診断である。ともあれ、手術自体は数分で終わったが、完治までは時間がかかりそう。
で、異物混入である。
実は屋久島帰りに、鹿児島空港で、お土産にある食品を買った。親戚にも宅配した。で翌日、自宅で食べたのだが、すると中からビニール片が出てきた。これは……少し考えたが、メーカーに電話した。
すると窓口では「着払いで送ってくれ」との対応。レシートとラベル、そして問題のビニール片を送りつける。翌日、着きました、との電話。さらに工場長より電話。
工場では材料の袋には異物混入対策として色付きビニールを使っているそうだ。ところが混入していたビニール片は透明である。ただ熱が加わって縮れているから、材料に混ざって加工されたのは間違いない。
考えられるのは、外部から仕入れているサツマイモの加工品(カット品を蒸したもの)の袋片が混入したのではと推察されるということだった。
私は、電話で説明されても困るから、文書で報告し、その後の対策も示すよう要求した。お詫びの印とやらの品は断った。
そして、今日、私が購入したのと同じ商品とともに報告書が届いた。
今回の品質問題を全従業員に伝えるとともに、各工程の検査を強化する指導をし、契約している食品加工会社に対しても申し入れしたという。
私は、一応、この会社の対応に満足している。(あえて言えば、責任者名を書くべきである。会社として謝るだけでは、責任が分散してしまう。)だから商品名や社名は書かないが、食品を扱う企業の体質を計るよい経験になった。対応次第では、企業の命取りになる事件である。
私はクレーマーではないが、もの言う消費者なのだよ。
来週になると書けなくなる……パソコンのキーボードをしばらく扱えなくなるかもしれないから、今のうちに書いておこう。
実は、親指の傷、再手術?することになった。再び縫うのである。
というのは、抜糸が済んで喜んでいたら、割れた爪の間から肉が盛り上がって、そこに伸びてきた爪が食い込む上、傷口がふさがる気配がないのだ。それで再び病院に行くと、切開してもう一度縫いましょう、とあっさり言われた。
なんだよお。また元にもどるのかよお。それどころか、盛り上がった肉は切り取るのかなあ。なんだか大手術??の予感(個人的思い)。私の顔が、ムンクの「叫び」になりそうだ。
せっかく包帯を少しずつ小さくして、一時はバンドエイド貼っているのと変わらないほどにしていたのに、また手首から包帯を巻かれるのだろうなあ。フランケンシュタインとミイラ男の合体だなあ。
左手であるのが救いではあるが、やはり生活に不便である。左手を極力使わない生活は、イスラム教徒の気分になる。
ちょっと鉈で指先を切っただけと思っていたが、やっぱり山仕事は危険だし大事なのだと自分に言い聞かせる。
ようやく、指の抜糸した。3針と思っていたら、4針であった。抜かれる瞬間は、やはり痛い。でも、これでフランケンシュタインみたいな指を見ないで済む。
ただ、包帯はまだ外せないから、当分不自由は続くな。
思えば、できるだけ小さな包帯に巻きなおして先日のテレビ出演をこなしたのだが、すぐに「見たよ」というメールが来た。そこに「指の包帯が気になりました」とある。やっぱり目立つのか。
でも、慣れてくると、「これ、鉈で切ったんだよ」と自慢そうに話すのは、なぜ?
あまりに暑いので、どこかショッピングセンターで涼むか、逆に山で汗かいてシャワー浴びるかと考えて、後者を選択した。
そこで森遊び研究所で鉈をふるって竹の伐採。1本2本と太いのを倒して、周辺に密生している細いのもなぎ倒す。と、竹に振り落とした鉈が跳ね返った。ざくり、と左手を襲う。ジンと親指がした。鉈で切ったのだ。爪が真横に裂けている。
すぐ口に含んで、森を脱出。口に血が溜まって吐き出す。
車のぼろで血を押さえるが、衛生的ではないし、血が滴ったら運転が辛い。近くのカフェ・レストランに行く。今日は休みだが、勝手知ったる庭に入って水道を借りる。ちょうど顔なじみのオーナーらがいたので、きれいなキッチンタオルをもらい、セロテープで縛る。これで血の流出が抑えられたので、車で家に帰り、保険証取って、すぐに外科に。
救急で入って、すぐに爪ごと縫われた。なんてこった。
油断大敵、ほんのちょっとの気の弛みがこんな事態を引き起こした。激しく反省。左手とは言うものの、親指が動かないと不便このうえない。とくに、このパソコンのキーボードは、親指シフトなのだよ。
折しも、高速道路で、ベテランのバス運転手が追突事故を起こしていた。充分に休暇も取り、酒も飲まず、何でもできる運転手だって一瞬にして事故を起こす。我がごととして感じた。
菩提寺の龍泉寺も訪ねて、こちらに預けられている仏壇にもお参りする。住職の話も聞けた。もう地元の人でも参る人は少ないようだ。
ところで気づいたのだが、土倉翁が亡くなったのは大正6年で西暦1917年。今年は2007年だから90年目である。節目の年でなるのだが、ほとんどの人は気がついていないようだ。ただ龍泉寺の住職が中心になって、土倉翁を学ぶ会を結成する動きもあるという。大滝の、比較的若い人が参加するそうなので、期待しておきたい。
運気が上がってきた? と記したが、実はもう一つ確実に上がっているのが酒量。
もともと、『割り箸はもったいない?』と『森林からのニッポン再生』双方の執筆を進めていた1~3月、パソコンに向かえど仕事にならず、結局深夜まで眠れず、寝酒を飲みだしたことがきっかけ。
これまでだって寝酒は飲んでいたが、徐々に量が増え、つまみを自分で料理したりしているうちに食べ過ぎ飲み過ぎとなり、体重まで増えてしまった。
しかも、酒の度数まで上がっている。ビールではもの足りず、焼酎も度数の高いものを選び、スピリッツに手を出した。
今は47度のジンを飲んでいるが、底をついたので買ったのが、50度のウォッカ。
いやあ、これは梅酒に入れるためだよ、と自分に言い訳しつつ……。
さすがにイカンと考えて、つまみは野菜系の漬け物だけにしようとし、暑さを利用してチューハイ・カクテル系のライト・ドリンクに変えている。それでも、すぐ追加に手をだしてしまう。
俺って、人生に悩んでいるのか? と自問したが、どうも単なる飲んべえらしい。依存症にならないように休肝日を設けよう。
ブログのタイトルもテンプレートも一新しました。
…もともとは、こちらのブログは『だれが日本の「森と木と田舎」を殺すのか』に引っ越ししたのだけど、膨大なログの移設ができないこともあってコチラも残している。
残しておいたら、眠らせるのも惜しいので、たまに更新する。…というような悪循環?で私は1日に何本もの記録を書くことになった(実は、ホームページにも「生駒通信」という日誌を持っている)のだが、とりあえず、裏ブログ(^ー^)として表には書けないことをこちらに記しておこう。突飛なことを書くかもしれない。だから、油断なく(^o^)。
タイトルは、最新刊に切り換えた。内容は、これから考えるが、表のように森林や林業や田舎に絞らずに思いつくまま記していこう。