ザイルと焚火と焼酎と

ザイルを使う登山にちょっぴり憧れ、山中に泊まると焚火を囲み、下山後は焼酎でほのかに酩酊。いい加減なのんびり登山の日記です

盆堀川と棡葉窪 2/2 ――― 盆堀川の支沢、棡葉窪(ゆずりはくぼ)にひと苦労

2016年07月18日 | 沢歩き

2016/6/24  盆堀川の沢歩きを途中の盆堀集落でいったん打ち切り、棡葉窪の沢歩きに向かいました。今日は夕方も遅くなると雨が降る予報ですから、短い沢をさくっと終了させたいものですね。 


▲路傍に立っていました。左のは馬頭観世音(ばとうかんぜおん)、その右の仏様はどんな仏様か分かりませんが、文政と彫られていますから19世紀前半のものですね。14:24ころ。


▲今日は平日ですから、採石場との間を行き来するダンプがしょっちゅう通ります。14:26ころ。


▲盆堀集落です。こちらは集落の西の端ですね。14:29ころ。


▲採石場前に到着しました。この真ん前が棡葉窪出合です。14:43ころ。


▲沢へ降りました。中央付近に右へ分かれている棡葉窪があるのです。14:58ころ。


▲S子はいきなり出合から高巻いて棡葉窪入渓です。後方の明るいところが出合。15:05ころ。


▲今日はずうっと曇っていて、これから雨が降るかもしれないくらいですから、谷底は本当に暗くなっています。ですから、フラッシュを焚いてみましたが予想通り周囲が真っ暗になってしまいいます。岩はヌルヌルと滑り易く、丸太やゴムのパイプがS子には邪魔です。15:11ころ。


▲6mほどのトイ状滝が出て来ました。下から見ると容易に登れるかと思いましたが、滝の中ほどに立つと見た目と違って嫌らしい。流れのままにまっすぐ登るとすれば小柄なS子にはちょっと嫌な登りになりそうです。両足を突っ張るようにして登らないといけないからです。ですから、中央部からは右の壁を登ることにしました。残置のロープも残されていたからです。15:47ころ。


▲僕自身はノーザイルで登り、S子へザイルを投げ降ろしました。S子は苦労はしていたようですが登って来ました。16:02ころ。

このころからだったかと思います。とうとう雨が降り始めました。僕自身はTシャツ1枚でしたから、思いのほか体が冷えて来ています。少し焦る気持ちも生まれますが、それをS子に気取られる訳にもいきません。このまま小雨であって欲しいと祈る気持ちでした。


▲この滝は見覚えがあります。いつもは乾いていて、もっと気楽に登れるのですが、今日は濡れていて滑り易かったですね。16:09ころ。


▲この滝が棡葉窪の核心です。僕自身は水流のすぐ右をホールドの掴み方を少し工夫して登ります。3級+~4級-くらいでしょうか? ワンムーヴかツームーヴだけなので問題ありません。ただ、腕を伸ばしてホールドを掴まないといけませんから、脱臼癖のあるS子にはちょっと辛いかもしれません。と言うわけで、S子には残置ロープや残置シュリンゲのある反対側を登ってもらうことにしました。僕にはこちら側を登った経験はないのですが、まあ大丈夫でしょう。滑り易そうではありますが、危険度はなさそうです。16:27ころ。


▲S子は1度か2度は滑りましたが、残置ロープを利用しながらすぐに登って来ました。16:32ころ。


▲続いてすぐに5m滝が出て来ます。念のためにザイルを出しました。ここは最初だけが滑り易いのです。案の定、S子も滑ってくれました。16:40ころ。


▲二俣です。雨もほとんどやんでいます。いつもならここで沢装備解除するのですが、今日はとりあえず林道までこのまま下ることにしました。16:46ころ。


▲仕事道でまずは尾根へ向かって登って行きます。16:52ころ。


▲一般登山道ではありませんから、こんな感じに崩れかけて危険な箇所もあります。16:59ころ。


▲尾根を越えて植林帯に入ると後は降るのみ。17:01ころ。


▲棡葉窪出合横の林道に出て来ました。17:14ころ。

棡葉窪出合から再びこの場所に戻ってくるのに2時間15分ほどかかりました。まあ、一般的にはほぼコースタイム通りです。入門の沢ですから入門者の必要タイムに合わせているのです。
昔、沢のベテランSS木さんと盆堀川のどこかの支流を登りに行ったのですが、その帰り道、まだ時間が早かったので「棡葉窪を登って行く?」とどちらからともなく言いだして、登ってみたことがありました。二人とも全部の滝をノーザイルで登って行きます。結局、スタートから再び同じ場所に戻ってくるまでたったの30分。
僕にはそんな印象ばかりが強い沢なので、今日は雨がいつ降り出すかという心配もあって、少々焦り気味でした。まあ、焦ってもしようがありませんから、もう少し精神的に強くあらねばと反省したこの日の棡葉窪遡行でしたね。


▲傘を差して林道を歩いていると、慰霊塔がありました。「天正十八年 戸倉城山合戦 盆堀之戦没者 慰霊塔」と読めます。豊臣秀吉の小田原攻めの際にここでも合戦があったのでしょうか? 調べてみると、ここでは合戦はなく八王子城へ応援に行ったようなことも書かれています。よくは分かりませんが、この盆堀集落からも戦に出陣し亡くなった人がおられたのでしょう。ちなみに、戸倉城山はこの盆堀集落のすぐ裏の山の山頂にあった山城です。17:36ころ。


▲沢戸橋の手前でシャッターの閉まったお店の前にベンチが置いてありました。ここまで雨も降っていましたから沢装備のままで歩いて来ました。このベンチを有り難く使わせていただきました。ここでやっと沢装備解除。18:06ころ。

雨もほとんどやみました。休んでいる間にバスも目の前を通りすぎて行きました。とは言え、バスに乗ることはまずないのですが・・・・
五日市の町の中心道路を歩いて馴染みのお店「音羽鮨」へ行きました。久し振りです。馴染みの店は落ち着きますね。

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