2015/5/5 この盆堀林道は盆堀川沿いに源頭の刈寄山まで延びています。ほとんどが舗装もされていて、ときおり自動車やバイク、自転車も通り、里に近い林道。ただ、日陰も多いのでこの時季でも割と涼しく歩くことができました。
▲林道歩きはここで終了。登山道へ入ります。13:05ころ。
▲刈寄山へ向かう途中で、こんな風景が! 植林の杉の木が枯れているばかりか、幹の上部が折れてしまっています。この前後にも同様の光景が広がっていました。原因は何なのでしょうか? 13:16ころ。
▲刈寄山山頂です。13:29ころ。
▲手前の尾根は舟子尾根でしょうか? その向こうに五日市の街並みが見えています。13:34ころ。
山頂には東屋があります。そこでまたしばし休憩。
▲ヤマツツジ。14:05ころ。
▲チゴユリ(稚児百合)です。稚児と称するほどですから小さな花ですが、大きく写すと立派な花に見えますね。花言葉は「恥ずかしがりや」だそう。14:21ころ。
▲里山ですから、スギなどの植林が多いのですが、意外に広葉樹林も広がっていました。気持ちのいい美しい森です。14:28ころ。
▲そんな佳い森にあまり見ることのない花が咲いていました。ギンラン(銀蘭)です! 葉の形からすると、ササバギンラン(笹葉銀蘭)でしょうか? 14:29ころ。
▲南隣りの入山尾根。ここにも採石場があります。この尾根も何年か前に歩いたことがあります。14:53ころ。
▲今熊神社の参道でしょう。15:10ころ。
▲今熊開運稲荷社。境内社だそうです。15:11ころ。
▲今熊山505mの山頂に鎮座する今熊神社。昭和17年この地の本殿が焼失し、昭和51年になって麓に本殿は再建されました。山頂には今コンクリートの神社が建てられています。15:13ころ。
僕は全然知らなかったのですが、今熊神社は「呼ばわり山」として有名なのだとか。安閑天皇が熊野本宮を勧請し、この地で今熊野宮と称したそうなのですが、その妃が行方不明となった際に祈りを奉げると無事戻ったのだそうです。そんな言い伝えから「尋ね人」や「失くし物」捜しに霊験があるとされました。
▲山頂から東側を望みました。左側に圏央道や東京サマーランドの観覧車が見えています。空気が澄んでいたら、東京スカイツリーも見えるそうです。15:32ころ。
▲山頂を離れ、下山開始です。最初はこんな参道のような山道でした。15:39ころ。
▲この鉄塔の送電線もそうですが、すぐ近くの新多摩変電所に行っています。南の神奈川県とつながっている送電線です。15:48ころ。
▲金剛ノ滝へと下り始めると、山道の傾斜は次第に急になります。16:00ころ。
▲下に降りました。この奥に金剛ノ滝があります。16:20ころ。
▲狭隘な谷に付いた山道を辿っていきます。16:23ころ。
▲金剛ノ滝直前の滝と右にトンネルが見えています。16:24ころ。
▲トンネル内は真っ暗。フラッシュを焚いて写しました。S子が上がってきています。16:25ころ。
▲トンネルを抜けると目の前に金剛ノ滝。滝の左に金剛像があります。16:27ころ。
そういえば、ずいぶん昔のことですが、この金剛ノ滝上流を遡行したことがあります。ここも逆川という名前ですが、大した滝はなかったような・・・・。以前は沢の左岸に登山道がありましたから、それが横切るところで遡行を終了、登山道を下りました。
▲ナルコユリ(鳴子百合)だと思います。アマドコロかもしれませんが、区別には自信がありません。16:40ころ。
▲金剛ノ滝からは北の小尾根を乗り越えて広徳寺へ降りました。この写真はその小尾根上にて。16:45ころ。
▲今日は時間も遅いので広徳寺へは寄りませんでした。適当に里の風景を楽しみながら駅の方角へ向かうと、小和田橋に至ります。橋の上から眺める川と町の風情もいいものです。夕景に近づきつつあるのでなおさらですね。17:16ころ。
▲阿伎留神社です。創建は不詳ですが平安時代の『延喜式神名帳』に武蔵国多摩郡8座の筆頭として記載されていたそうですから、古社であることだけは間違いありません。「あきる」の音は昔から変わらないそうなのですが、あてる漢字は「秋留」「阿伎瑠」「畦切」などいろいろです。秋川市と五日市町の合併の際、どの漢字にすれば良いのか決定できなかったのでひらがなで「あきる野市」としたのでしょうね。17:22ころ。
▲五日市での馴染みの店がこの『音羽鮨』。鮨、刺身、普通の家庭的な和食から中華料理まで幅広くいただけます。愛飲の芋焼酎『三岳』があるので、ボトルキープしているお店です。17:31ころ。
前回、S子の腰にダメージが来ましたから、今回はそのリハビリや様子見を兼ねての山行でした。歩く距離的には前回とさほど違わないでしょうけれど、急な登りはまったくありません。下りもダメージになるような下りではありませんでした。
結果は、まったく問題がありませんでした。通常の腰の疲労程度です。次のステップへのいい足慣らしになったと思います。かつてのような健脚ぶりが復活するはずもありませんが、普通のハイキングコースを普通に歩けるレベルを長く維持することがS子にとってのチャレンジなのではないでしょうか。
僕も僕のチャレンジを見つけなくては・・・・