ザイルと焚火と焼酎と

ザイルを使う登山にちょっぴり憧れ、山中に泊まると焚火を囲み、下山後は焼酎でほのかに酩酊。いい加減なのんびり登山の日記です

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南秋川小坂志川を久し振りに遡行。その美しさを見直しました!

2018年09月05日 | 沢登り/多摩川南秋川水系

2018/7/14  沢登りが上達するにはとにかく数多くの沢へ入ること。これが僕の考えです。人はより有名で美しい沢、すなわち一般的に遡行価値が高いとされる沢に入渓したがります。
でも、僕は遡行価値が高評価でない沢でも、登ってみた価値は同等だと思います。つまり、連れて行ってもらう、お客さんなら高い対価を求めても仕方ありませんから、遡行価値が高いとされる沢へ向かうのも当然かもしれません。客なんですから。しかし、沢屋として自立したい者ならば、学ぶべき事柄はどんな沢にでも無限に転がっているのです。

まあ、そんな理屈は別にして、今回の小坂志沢ではS上さんとT橋Kさんにトップを任せ、いろいろな判断を委ねたのです。僕は沢登り初めてのK端さんと沢の経験は少しあるもののYYDでは初めてのS藤さんをフォロウすることに。ところが、翌日から越後の中ノ岳に泊りで行くことになっているK野さんが急遽参加することに。その二人の世話はK野さんに任せて、僕は遊軍的に自由に動けるようになりました。気楽です!  


▲タクシーは思いのほか林道の奥まで入ってくれました。小坂志林道をさらに奥へと歩きます。8:40ころ。


▲林道が沢から離れていくあたりが遡行スタート地点です。沢へ降り、準備していると、先行していたパーティーが先に進んでいきました。ここより下流で遡行を開始したようですね。9:38ころ。


▲僕たちも遡行スタート。出だしは心地よい沢歩きです。9:51ころ。


イワタバコの花が美しく咲いています。9:58ころ。


▲沢登り初めてのK端さんも順調に歩いています。10:01ころ。


▲K野さんは水浴び大好き! 10:05ころ。


▲森の緑と光あふれる中を進みます。10:09ころ。


▲大きな釜と滝が出てきました。10:10ころ。


▲普通は左の二人のように釜のふちをへつって行きますが、普通じゃないK野さんは泳ぎます。10:11ころ。


▲K野さんは流水の右を登りましたが、ちょっと苦労してましたね。10:14ころ。


▲ザイルが必要な場合はS上さん(中央)とT橋Kさん(左)にこの日はやってもらいました。10:20ころ。


▲浅い流れでも、ほら! この通り! 10:22ころ。


▲小坂志川の沢床の岩はこんな縞模様のところが多いですね。10:45ころ。


▲岩盤の表面をサラサラと流れる水。10:49ころ。


▲僕はこんな穏やかな陰影に溢れる沢の風景が大好きです。10:50ころ。


▲右から簡単に登れるのに、水につかって取り付くK野さん。10:53ころ。


▲ここでも。11:21ころ。


▲S藤さんも水に飛び込みました! 11:34ころ。


▲K端さんも! 11:34ころ。


▲キノコは難しくて分かりませんね。アミスギタケとかハチノスタケとかでしょうか? 11:39ころ。


▲気持ちの良い流れが続きます。11:46ころ。


▲沢登り初心者のK端さんにT橋Kさんが助け紐を出してあげました。11:54ころ。


▲この滝でも。12:05ころ。


▲流水の芸術! 12:12ころ。


▲少し開けた場所に出ました。こんな場所で焚火にあたりながら一晩過ごしたいですね。12:17ころ。


▲小休止後すぐに、二俣っぽい場所が出てきました。地図読みが好きなT橋Kさんが熱心に現在位置の確認をしてくれています。12:50ころ。


▲上流になって、こんな感じの倒木も現れ始めました。12:58ころ。


▲この先で唯一ザイルでリードした滝。13:07ころ。


リードしているのはS上さん。確保はT橋Kさん。S上さんはこのあたりで残置のハーケンを発見しプロテクションを取りました。ナイスリード! 13:08ころ。


▲K端さんもこの滝をフォロウ。イワタバコの花も応援しています。13:21ころ。


▲源流になると、だんだんと斜面なんだかナメ滝なんだか区別がつかなくなりますね。13:30ころ。


▲もうすぐ水も消えてしまいそうです。14:01ころ。


▲もう水もありませんね。もはや沢の詰めのスタートです。14:24ころ。


ホオノキの若い果実。14:31ころ。


▲尾根が見えてきました。14:40ころ。


▲詰めの急登を頑張るK端さん。初心者にとっては沢の詰めは辛い洗礼のようなもの。これが楽しめるようになれば、一人前の沢屋でしょう。14:41ころ。


登山道に出ました。K端さんもご苦労様。彼女のザックはなぜかK野さんが。15:06ころ。


連行山山頂にて。15:07ころ。


万六尾根を下山します。15:21ころ。


▲長閑な下山道。15:54ころ。


▲前の週に軍刀利沢を遡行したK野さんたちですが、この道標を見落として、このまままっすぐ先に進んでしまったそうです。正しくは、ここから右へ。16:35ころ。


▲南秋川を渡る橋が見えてきました。17:00ころ。


柏木野バス停に到着しました。17:02ころ。

小坂志川にも数多く訪れていましたけれど、改めて佳い沢だなぁと感じました。
S上さんとT橋Kさんにはトップを歩いてもらい、お助け紐を出したり、滝をリードしたりしてもらいました。翌日から越後三山の中ノ岳に行くことになっていたK野さんにはK端さんとS藤さんのフォロウをお願いしました。S藤さんは経験者だけあって心配なし。K端さんももう何本か沢を体験すると、沢体力も養われるでしょう。

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北秋川の月夜見沢はやっぱり佳い沢でした

2018年07月19日 | 沢登り/多摩川北秋川水系

2018/7/1  僕が月夜見沢へ初めて入ったのは1983年5月15日のこと。あまり山行記録を残さない僕が、『東京周辺の沢』(昭和54年発行)という当時としては珍しい沢のルート図集の月夜見沢のページに鉛筆書きで書き留めてありました。僕が沢登りを本格的にスタートさせたのはこの本を発見してからです。仲間もおらず、ザイルワークも出来ない僕が、このルート図を精読して「ザイルが不要な易しい沢」のみに季節をかえて、幾度も訪れたのです。

その最初は鷹ノ巣谷でした。1980年5月3日のことです。翌々日に何故だかもう一度入ってますね。この年には他にも逆川、水根沢谷、棡葉窪、石津窪、海沢も登っています。ノーザイルで登れない滝はすべて高巻いています。

上記の沢と比べると、月夜見沢は易しい沢なのに登ったのは遅いですね。交通の便が悪かったからでしょう。この本にも「小岩行バスに乗り終点下車。北秋川に沿った車道を約1時間30分歩く」とあります。多分最初は、ときおり一緒に行くこともあった知人の車で行ったのだと思います。
その後も、バスよりも人数揃えてタクシーで行った記憶の方が残っていますね。

今はバスが藤倉まで入りますから、便利になりました
ちなみに『改訂増補 東京付近の沢』(1992年発行)には「藤倉行バスに乗り終点下車」と書かれています。 


▲終点の藤倉バス停で下車。そこのトイレを使わせてもらってから、車道を上流へ歩きます。二つ目の橋が落合橋。その橋の脇に階段があって、それで沢へ降ります。そこで、朝食&沢準備。8:44ころ。


▲月夜見沢出合は準備をした場所からすぐ下流に見えています。沢歩きのスタート。9:15ころ。


▲いつ頃だったでしょうか? 1990年代でしょうか? 右岸の林道工事が大々的に始まったことがありました。その頃は沢も荒れてしまいました。そのせいで、しばらく月夜見沢には入らなかったこともあります。今は下流部も綺麗ですね。9:17ころ。


▲今日は僕も含めて3人パーティー。I田さんは今日が沢登り2回目。この写真の直後、水流沿いに登ったI田さんは滑ってドボ~ン!「濡れたくない!」って言ってたのに全身ずぶ濡れになってしまいました。9:23ころ。


▲ここは姫淵ですかね。SS木さんが喜々として水の中に。彼女は「水に濡れたい派」なんです。9:29ころ。


▲SS木さんが泳ぎ始めました。9:29ころ。


マタタビの花が満開です。9:42ころ。


▲堰堤も続けて2つ出現。どちらも右(左岸)から越えました。9:52ころ。


▲月夜見沢は南向きの沢ですから太陽の日差しがたっぷりと入ります。水面もこんな感じ。9:58ころ。


▲簡単に高巻ける瀞にもSS木さんはごく自然に突入! 10:03ころ。


▲僕はどっちを巻いたかなぁ? 10:04ころ。


▲ここではSS木さんも諦めて、巻いていますね。10:07ころ。


▲岩盤の上を水が流れていきます。10:14ころ。


釜淵でしょうか。SS木さん、チャレンジング! 10:19ころ。


▲滝まで辿り着いて、水流に逆らって登って行きます。10:20ころ。


▲ちょっと苦労していましたが、登り切りました。僕とI田さんは右岸を簡単に高巻き。10:21ころ。


▲最初の休憩です。10:32ころ。


▲水面に陽の光がたくさん当たって、水の様子が沢ではないみたい。明るい! 10:55ころ。


▲右岸の高いところを通っていた林道が沢と変わらない高さまで接近してきました。この林道の終点も間近です。水遊びだけならこの林道で出合に戻ることも出来ます。11:11ころ。


▲右岸の林道もそろそろ終点です。立派な橋が出て来ました。車も停まっていました。猿江の集落につながっている山道なんでしょうか? 初めて月夜見沢を遡行した際は二俣付近から猿江集落経由で下山したんだと思います。11:17ころ。


▲マタタビがちょうど花盛り。沢の岩の上にも落花の風情。11:20ころ。


▲木橋があって、山道も沢沿いに上流に延びていましたから、そちらを歩いてみました。昔はもっと歩かれていたんでしょうね。涼しくなったらS子と歩いてみたいと思います。途中からSS木さんもこの山道に上がってきました。11:27ころ。


▲SS木さんが鹿の角を見つけました。右手に持っています。持って帰ろうとしたんですけれど、思いのほか、生臭くて諦めました。で、記念にパチッ! 11:32ころ。


▲ここが二俣でしょう。11:36ころ。


▲右俣のヒイラギ沢に入りました。本流は左俣なんですが、あまり滝がありません。右俣には結構小滝があります。11:44ころ。


▲SS木さんは水につかって小滝に取り付きます。11:47ころ。


▲I田さんは倒木の上を渡ります。11:48ころ。


▲続く小さな瀞にも飛び込んでいくSS木さん。11:49ころ。


▲I田さんはへつります。11:50ころ。


▲大きなミミズに驚かされます。11:53ころ。


▲小滝を登るI田さん。11:59ころ。


▲右俣でいちばん高差のある6m滝。12:06ころ。


▲二度目の休憩。奥の二俣付近でしょうか。12:16ころ。


▲奥の二俣からは左俣に入りました。これまでは右俣から小河内峠に直接出ていたんです。倒木が多くなりました。12:38ころ。


▲小滝も続きます。12:50ころ。


▲水流も減り、源流ですね。13:04ころ。


▲水の流れも消えてしまいました。13:11ころ。


▲見上げると森の窓から青空が綺麗です。13:14ころ。


▲沢から離れ、右の斜面を登り始めます。急登! 13:21ころ。


▲SS木さんがI田さんをしっかりと守ってあげています。13:35ころ。


▲傾斜が緩くなり、登山道までもう少し。13:42ころ。


▲登山道到着! 13:52ころ。


▲装備を解除し、小河内峠へ向かいます。1分ほどですぐに小河内峠でした。14:16ころ。


▲小河内峠からは清八新道を下ります。14:17ころ。


▲清八新道は歩きやすい山道です。14:29ころ。


▲ジグザグに山道が付ていますから、なだらかです。14:31ころ。


▲ここから更に尾根筋を下ってもいいのですが、僕たちはここから右へ下ることにしました。急ですが、ちょっと近道。14:36ころ。


▲奥多摩湖岸の道に降りて来ました。蛇沢(水久保沢)を渡る橋です。14:54ころ。


▲「15:55のバスで行く? それとも15:23?」と聞くと、ふたりとも「15:23」と。僕はのんびりでも構わなかったんですが、急遽、休憩なしに速足で行くことに。15:07ころ。


▲こんな写真もちょっとだけ立ち止まって急いでパチッ! 15:13ころ。


▲左端の建物あたりがバス停。ダムの上を歩くんですが、結構距離はあります。このままでは間に合わないかもしれないので、この直後くらいからさらに速足で急ぎました。その甲斐あってか、バス停に着く直前にバスが到着。ギリギリで間に合いました。15:17ころ。

今回月夜見沢を遡行してみて、あらためて佳い沢だなぁと感じました。
林道工事で荒れた時期もありましたが、今はほぼ自然にもどっているようです。

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春の熊本城へちょっと散歩に

2018年06月16日 | 熊本起点の旅や遊びなど

2017/4/4  これを書いているのは1年以上経過した2018年6月ですから、記憶はすでにあやふや。思い出そうとしてもほとんど何も出て来ません。熊本に行ったときは必ず熊本城へは行くことにしていますから、この時は天気も良くて急に出かけてみたのかもしれませんね。


▲この日はいつもとは違う場所から巡ることにしました。14:09ころ。


▲前回、2016年の年の暮れにここを訪れた際、この長塀には工事用の柵がありました。でも、今回はありません。少しずつ何かが進んでいるのでしょうね。14:14ころ。

2016年12月28日の長塀の様子が下の写真です。


▲ここも崩れ落ちていた建物の破片や城壁の岩が片付けられていました。崩壊したところもそれ以上崩れないようにコンクリで固められています。14:25ころ。


▲場所によっては桜も満開です。14:27ころ。


▲このあたりの様子は変わっていませんね。14:35ころ。


▲大天守と小天守。小天守にクレーンが寄り添ってます。14:39ころ。


▲クレーンです。14:40ころ。


▲このあたりも変わりませんね。14:47ころ。


▲城壁の表面の岩や内部に詰められるより小さな石の保管場所です。前より増えているような。14:47ころ。


▲最後にもう一度。左から小天守、宇土櫓、大天守。14:51ころ。

毎回、少しずつではありますが、熊本城復興が進んでいるようです。

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黒島 ――― 黒島へ渡りましたが、天候がよくなくて

2018年04月26日 | 島旅

2017/3/29  民宿を後にして、硫黄島港へ向かいいました。


▲この家が硫黄島唯一のお店です。中央のガラス戸が開いていれば営業中。もちろん、昼間しか開いていません。このお店があったせいで、僕たちの硫黄島での食生活がとっても豊かになりました。12:59ころ。


▲ほぼ定刻通りフェリーみしまが入港して来ました。13:18ころ。


▲今日もジャンベでお迎えしてくれますが、春休みのせいでしょうか? 人数が少ないですね。13:21ころ。


▲島の男衆の手でフェリーに乗降用の通路が設置されます。13:23ころ。


▲おーらんぽクッキーは長命草(ぼたんぼうふう)の入った硫黄島で作られているクッキーです。13:35ころ。


▲定刻の出港です。今日は少し寂しい見送りでしたが、硫黄島は本当に楽しく過ごせる島でした。13:40ころ。


▲恋人岬への途中にある岬橋が見えます。13:43ころ。


▲恋人岬ですね。13:45ころ。


▲硫黄岳は硫黄島そのものですね。右後方には竹島も見えています。13:47ころ。


▲恋人岬は中央あたりで、手前に岬が伸びています。左は空港がある島の西部ですね。13:47ころ。


▲硫黄島の全体が見えるようになりました。右端が恋人岬でしょうか? 硫黄岳、手前に重なって稲村岳、左には矢筈山が見えてます。13:52ころ。


▲船内のラウンジで休憩するS子。14:11ころ。


▲低く垂れこめる雲の中から黒島が見えてきました。14:29ころ。


▲黒島の大里集落も見えるようになりました。14:40ころ。


▲大里港が見えてきました。14:43ころ。


▲入港です。14:47ころ。


▲最初の細いロープが岸壁に届きました。何か銃のようなもので発射して届かせたように思います。この細いロープを手繰り寄せて、太いロープをくくりつけます。14:49ころ。


▲お客さんが出て行った後の二等船室。14:54ころ。


大里健康広場にテントを張ってもいい許可を前もって電話をしていただいていましたから、港でその場所を確認して、登って来ました。大里港には僕たちが乗ってきた村営船の「みしま」の姿がまだ見えます。本来ならもう出港していて黒島反対側の片泊港へ向かっているはず。海が少し荒れていますから、片泊港へは行かないのでしょうか? 15:45ころ。


▲この健康広場には現在新しい体育館が建設中です。左の変わった建物は平等大慧会妙塔。私有地なので立ち入らないようにと、注意されました。写真中央に僕たちの黄色いテントが見えます。15:45ころ。


▲健康広場を歩き回って、テントが張れそうな場所を探しましたが、この広場の土地は水捌けが悪いようで、今日までの雨が芝の上に浮いていました。風当たりも強そうでしたから、結局、建物の横に張ることに。工事現場のすぐ横ですから、作業している方の許可もいただきました。
左の建物はもともとあったもので、三島村役場からはトイレと水道を利用する許可をいただいている建物です。16:29ころ。


▲夕食の素材は玉ねぎとニンジン、ジャガイモと魚肉ソーセージ。熊本で揃えていたオリーブオイル、しょうゆ、マヨネーズ、塩を使います。19:13ころ。


▲S子も手伝ってくれます。19:25ころ。


ソーセージ野菜炒めの出来上がり。19:29ころ。


▲ソーセージ野菜炒めを食べ終わってから、高野豆腐を作りました。軽くて、美味しい、山料理の定番のひとつ。20:15ころ。

何時くらいからだったかは忘れましたが、それまでも時々小雨で降っていたのが、もう少し強く降り続くようになりました。
今回使っている4人用テントは30年以上使い続けている骨董品です。竹島でも雨の中、天井から雨粒がしみ出してきて、その対応に苦慮しました。ですから、天井からの雨粒への対応は、さほど強い雨ではありませんでしたから、何とかなります。

ところが、ふと気づきました。床に水が溜まっています。すぐに外を確認すると、テントを張った敷地が水溜りになっているじゃないですか!
決断は早かったですね。迷いはありませんでした。ここ健康広場は水捌けが悪い土地です。朝まで水溜りの中でテントを張り続けることは無理でしょう。
撤収です!


▲テントの横にあった立派な建物は鍵が掛かっていませんでしたから、僕たちは急遽そこへ避難。ここは水回りの設備等が充実していますから、ここが「三島村特産品加工センター」なのでしょうか? この隣りの建物も確か特産品のシフォンケーキなどを作っている場所のようですし。22:26ころ。

2017/3/30 夜中じゅう、雨は降り続いていました。でも、部屋の中ですから快適に眠れました。
テントの中にいる時からいろいろと考えてはいたのですが、天気予報ではまだ2、3日雨の日が続くようです。今日からの黒島での計画を一体どうしたものでしょうか?


▲結論は乗船。朝に出港する「フェリーみしま」に乗って帰ることにしたのです。7:02ころ。


▲健康広場はこんな様子。さほど大雨でなかったにもかかわらず、これだけの水溜りがあります。水が溜まっていない草地も踏めば水がたっぷりとしみ出してきます。緊急避難的に建物の中に移動しましたけれど、いつまでも建物の中に居続けられません。かといって、水浸しの場所でテントを張り続けることも無理。雨では山に登ることも出来ません。
今日のフェリーで戻ることは致し方のない判断だと思います。7:10ころ。


▲途中の宮向川。水が流れています! 竹島でも、硫黄島でも、水が流れている川は見ませんでした。この島は樹々の森に覆われた山がありますから、川に水が流れているんですね。沢登りも出来るのかな~ぁ? 7:14ころ。


▲港の待合室です。鹿児島までの乗船券を購入します。7:33ころ。


▲フェリーは通常なら8:30に入港するのですが、昨晩は天候やら波の状況やらの影響でしょうか、黒島の反対側にある片泊港へは行かず、この港に停泊していました。7:37ころ。


▲大里港待合所です。7:40ころ。


▲島の人でしょうか? 7:41ころ。


▲フェリーには少し早めに乗船できました。港では島を離れる人の見送りセレモニーが簡素に執り行われていました。一人は島の学校の先生のようでした。あと、男子生徒と女子生徒が見送られていました。おそらく、鹿児島本土の高校に入学するのだと思います。これは小さな島に生まれた子供たちの宿命です。寂しいことかもしれませんが、考えようによっては子供の自立にとってとても有意義なことだと思います。8:27ころ。


▲島の人にとって、紙テープの端と端には特別な感情が往きかっているのでしょうね? 白い横断幕には『あしたよなあ ありがとう お元気で』と。
「あしたよなあ」の意味を調べましたが、ここ三島村の島とかで使われている言葉らしいことは分かりましたが、詳しく意味までは分かりませんでした。8:41ころ。


▲島の中学校を卒業した(に違いない)二人は船の甲板からいつまでも島を眺め続けていました。8:51ころ。


鹿児島港に入港するころには薄日が差す天気になっていました。14:02ころ。

港からは天文館まで歩き、高速バスに乗って熊本に帰りました。

今回の三島村(竹島、硫黄島、黒島)への島旅はとっても楽しめました。
竹島は本当に竹ばかりの何にもない島でしたけれど、島旅の基本を味あわせてくれた島でした。島は観光地であるとは限りません。何もない、そのこと自体を楽しめるか否かが自分自身に対して問われます。
その反対に、硫黄島はいろんなものがある島でした。自然も多様で、歴史もあり、温泉も素晴らしいのがあって、風景が素晴らしい! もっともっと注目されていい島だと思います。でも、あまり観光客が増えてほしくない、そう思うのも僕の正直な気分ですね。
黒島は残念なことに悪天候のせいで、すぐに離れてしまいましたけれど、再び訪れる理由を残してくれましたから、有難いと思います。天場が雨に弱いですから、対策を考えなければなりませんね。黒島の山にはいつか必ず登ってみたい。

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硫黄島4~5日目 ――― 硫黄島最後の夜は民宿で過ごしました

2018年01月16日 | 島旅

2017/3/28  硫黄島での僕たちが泊まる民宿は「マリンハウス 孔雀の里」です。
今晩の宿泊客は僕たちだけのようです。夕食までの間、お風呂をいただき、洗濯機で洗濯をしたりしました。のんびりと過ごします。


▲美味しい手作り料理でした。18:53ころ。


▲島の山菜、ツワブキの入っている料理。18:56ころ。


▲葉っぱの天ぷらは同じく島の山菜であるボタンボウフウだったと思います。さっぱりと美味しい味。18:57ころ。


▲トカラ列島でもこの「伊佐錦 黒」が多く出回っていました。遠慮なく何杯も飲みました。
でも翌日、支払いの際にはこの焼酎の料金が入っていませんでした。「焼酎呑みましたよ」と言うと、女将さんは「お酒なんかいいのよ。お酒でお金なんていただけないわ」と。
一般的には、お酒で儲けを出すのが普通なんでしょうけれど・・・・。こんな驚きが島旅の良さでしょうか? 19:10ころ。

2017/3/29  部屋で、布団で、ぬくぬくと過ごし、朝も遅くまで寝ていました。
朝食もたっぷりといただき、こんな日が続いたら、太ってしまいそうです。まだ出航までは時間がありますから、集落を散歩することにしました。


ガジュマルの木がありました。10:01ころ。


▲どこまでが幹で、どこからが気根なんでしょうか? 幹も一本しかないんでしょうか? それとも複数の幹が束になっているのでしょうか? 不思議な木です。10:01ころ。


ツワブキの花が咲いていました。10:03ころ。


▲集落の西の端を歩いていると、舗装道路だったのがこんな道に変わってきました。10:15ころ。


▲途中、高さ10数メートルありそうな岩峰があります。整備すればクライミング出来そうです。10:16ころ。


▲道がちょっと藪っぽくなってきました。でも、しっかりとしていて、ガードレールまで付いていますね。10:21ころ。


▲ジグザグに登って行く道になりました。10:25ころ。


▲小広くて、舗装もされているしっかりした道になりました。10:30ころ。


▲恋人岬に行ったときの道路に出ました。赤い自動車が見えますが、そこに登り着いたのです。10:33ころ。


▲手前から来たのですが、向こうへ行くと恋人岬、右へ行くと飛行場や大浦港へ行くのです。フェリーの時間のこともありますし、近くて僕もまだ行っていない飛行場へ行くことにしました。10:34ころ。


▲NTT硫黄島無線中継所の塔です。10:37ころ。


▲左から矢筈山、硫黄岳、稲村岳。10:37ころ。


▲牧場の施設のようです。10:42ころ。


薩摩硫黄島飛行場です。鹿児島空港からチャーター便が飛んで来るようですね。10:45ころ。


▲トカラ列島でも目にしたマルバサツキだと思います。10:47ころ。


▲オオジシバリに似ています。10:48ころ。


▲キク科の花なんでしょうが、よく分かりません。10:54ころ。


▲さっきの道まで戻って来ました。作業中だった親子に聞いてみたのですが、僕たちが登ってきた道路は津波などが襲来した際の避難ルートなんだそうです。昔の道をこんな形で今も残して活かしているのですね。10:57ころ。


▲集落がよく見える場所ですね。でも、ほとんどの家は森に隠れて見えません。恋人岬に続く鬼界カルデラのカルデラ壁が見えますね。11:02ころ。


▲スミレは難しくて、名前はよく分かりません。11:10ころ。


▲島の墓地でクジャクと出会いました。硫黄島の初日に白いクジャクを見ましたが、ついに写真に収めることは出来ませんでした。11:18ころ。


▲S子はまだ見ていませんでしたから、安徳天皇御陵に立ち寄りました。11:20ころ。


▲昨夜の宿『マリンハウス 孔雀の里』。11:48ころ。


▲民宿の洗面所の様子。中央の洗濯機を僕たちも使いました。11:49ころ。


▲これも昨日入ったお風呂場です。11:50ころ。


▲泊まった部屋です。フェリーの出航時刻まで1時間半ほどですから、そろそろ出なければなりません。11:51ころ。

竹島には申し訳ない気持ちになりますが、硫黄島の方が圧倒的に訪れて面白い島でした。温泉もありますし、山もあり、予期していなかった歴史もあります。施設も充実していて、快適でした。
小さいながらお店もありますあら、とても助かりますね。三島村のどれかひとつだけの島を訪れるなら、硫黄島がお勧めですね。

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