私的図書館

本好き人の365日

二月の本棚 『算法少女』

2008-02-13 23:59:00 | 日本人作家

どうして誰も教えてくれなかったの!?

こんな本があるなんて!

知りませんでした。
知ってよかった♪

江戸時代。
今から二百年ほど昔の安永4年(1775年)。
一人の少女が父と共に、一冊の和算の本を出しました。

和算というのは日本で発展した、今でいうところの算数、数学のことです。

その本の名前は『算法少女』。

本当にこういう題名なんですよ。
「数学を学ぶ少女」という題名の本です♪

江戸時代に数学の本?

どうせ古くさい、時代遅れの学問だったに違いない…そんな考えがチラッとでも頭に浮かんだ人!

とんでもない!!

円周率も様々に研究され、図形の面積だって求められます。
ピタゴラスの定理も知られていました。
直角三角形の三つの辺を、それぞれ勾(こう)、股(こ)、弦(げん)と名付け、直角に対する辺である、弦の二乗が、他の二辺、勾と股のそれぞれの二乗の和に等しい。

今なら中学校で「三平方の定理」と習うんじゃないかな?

これを勾股弦の定理と言います。

代数の方程式のことは天元術と言いました。

それらの多くは中国から伝わってきたのもですが、九九も早くから知られ、万葉集の歌の中にも、それをうかがうことのできる歌があるそうです。

猪や鹿のことを「しし」と呼ぶので「十六」と書いて「しし」と呼ばせたり☆(四×四=十六ですものね♪)

数学が得意ではないので、これくらいの説明しかできませんが、できない自分がくやしい!

和算の研究者の方の間ではけっこう有名な本らしいです。

ずるいなぁ~

私にとっては、日本の数学研究がこんなに昔から、こんなレベルで行なわれていたことだけでも充分驚きなのに、江戸時代に数学を勉強し、しかも本まで残している女の子がいたなんて!!

今回は、江戸時代に実際に出版された、その『算法少女』という本をきっかけにし、当時の史実、風俗などをていねいに拾い集めて一つの物語にした、遠藤寛子さんの、その名も

『算法少女』を、驚きと共にご紹介したいと思います☆

主人公の少女の名前は千葉あき。

あきは大坂(大阪)の生まれですが、町医者で算術好きな父が、算術の中心地である江戸で勉強したくて、一家で江戸に移って来ました。

あきにはお兄さんもいるのですが、今は医学の勉強のために長崎にいます。

てまりをつくことが得意で、なにより算術を解くことが大好きなあき☆

この時代、武士が大きな顔をしていましたので、商人が使う金勘定の手段として、算術の地位はそれほど高くはありませんでした。

そんな狭い算術の世界でも、やはり武士のおかかえ算術の家元、「関流」というのが幅を利かせていて、あきたちが学んだ町方の算術は、さらに低く見られていたのです。

しかも、あきは女の子。

この時代、女の子は芸や行儀作法を学んで、いい嫁ぎ先を見つけることが何より優先されていましたので、算術などにうつつを抜かす、父やあきに、お母さんはあまりいい顔をしません。

でも、だからこそ、身分や性別に関係なく、正しい答えは正しく、間違いは間違いとはっきりわかる算術に、あきは魅力を感じています☆

浅草の観音さまのお祭りに、友達と出かけたあきは、そこで神社に奉納される一枚の算額を目にします。

算額というのは、絵馬みたいなもので、馬や船の絵のかわりに、「ここまで勉強がすすみました」と神さまに感謝したり、勉強がうまくいくよう願いを込めて、算術の問題と答えの書かれた絵馬を奉納することです。

その算額に書かれた答えを見て、首をかしげるあき。

どうやら、答えが間違っているみたい…

それを聞いて、周りが騒がしくなります。
ついに、侍がそれを聞きつけ、あきはその場でその問題を解くことになってしまいます。

その算額を奉納したのが、「関流」を学ぶ武士の子弟だったことから(これが鼻持ちならない奴なんです!)、町人の女の子が武士の若者をやっつけたというウワサがたちまち広がり、困ったことにならなければいいけれど、と心配するあき。

でも、もちろん、困ったことになるんです!

この出来事をきっかけに、算術好きなお殿様があきを召し抱えたいと言い出し、そうなると町人にメンツをつぶされた「関流」の人たちは面白くない。

様々な邪魔立てをするものの、ついには「関流」のやはり算術の出来る女の子と、あきは殿様の前で算術で対決することになってしまいます。

最初、家の家計を助けるために、奉公に上がることも考えていたあきですが、貧しく九九も知らない子ども達に算術を教えているうちに、自分にはお姫様の相手よりも、出来ることがあるのではと考えはじめます。

本田利明という、オランダの学問を学んだ新しい考えを持った算法家との出会いもあきを変えていきます。

しかし、そんな時、貧しい子ども達の一人が、実は算術好きなお殿様の領地から、ある使命をおびて江戸までやってきたことを、あきは知るのです。

命をかけたその使命。
そのためには、殿様に会わなければならない…

様々な思いをはらみ、再び殿様の前に出ることを決心するあき。

ストーリーもさることながら、あきが子ども達に出す算術の問題も楽しい♪

ある長者が下男(下働きの男)に何でも望むものを申せといいます。

この下男は「では米粒を一粒、ついたちからみそかまで(一ヶ月間)、毎日一倍(二倍のこと)にして下さい」と願い出ます。
それを聞いて欲のないことだと笑う長者。

一日目は米一粒。
二日目は倍の二粒。

さて、これひとつき後にはどうなっていると思います?

これも算術で解けます。
特別にちょっとネタバラし。

なんと、一ヵ月後には五三六八七〇九一二粒!!
俵になおすと、約二一五俵にもなるんだそうです☆

長者さんも気の毒に♪
算術を知らないと、とんでもない目にあいますね☆

物語の中で、父と共に「算術少女」の本を出すことになるあき。

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この遠藤寛子さんの『算法少女』は昭和四十八年に世に出ましたが、十数年たち、一度は絶版になっていたそうです。

それを、数学関係者、ファンの方など、たくさんの人の尽力で、新たに筑摩書房から平成18年に復刊されたんだとか。

ありがとうございます!

この本が読めて本当によかった♪

こういう本を絶版にする出版社の方の考え方がわかりません!!

出会えてよかった♪

数学が得意な人も、得意じゃない人も、江戸時代に生きたこんな少女がいた。

歴史が得意じゃない人も、得意な人も、ずっと昔から、人々は真理へのあくなき探究心を持っていた。

それは今も江戸時代も、そのずっと昔でも変わらない。

そのことを実感できるためだけでも、一読の価値はあると思います。

一冊の本から、こんな素敵な登場人物たちを創造してしまう作者の方に感謝です。

本当に、ありがとうございました☆











遠藤 寛子 著
ちくま学芸文庫