インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

ドラッグ天国殺人事件・解説(あとがきに代えて)

2017-05-23 19:54:05 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

ドラッグ天国殺人事件・解説

 ネット紙・銀座新聞ニュースに2009年11月より連載された娯楽小説で、好評を博したものである。著者にとっては希少なミステリー作品でもあり、十枚前後という短めの章ごとに主格が変わる趣向もなかなか面白く、楽しめるのではないかと思う。
 しかし、一見殺人ミステリーの装いをとっているが、実は裏のテーマは、欧米人女性ツーリストに体を売っているビーチボーイのことを書きたかったのであり(貧困家庭で育った美少年たちの搾取の実態)、そういう意味では人間(かつ社会)ドラマのつもりでいた。
 なお、タイトルの「ドラッグ天国殺人事件」についても、一言付記しておきたい。
 ドラッグへヴンとは日本でよくドラッグ天国と訳されるが、実際のヘヴンの意味は天国でなく、ヘイヴン(Haven)、隠れ処(避難所)という意味で、オリジナルの題は「ドラッグヘイヴンの迷宮」だったのだが、それだと、いまいちキャッチ力が弱いため、同紙主幹の意向もあって、日本人にとってはわかりやすい、現在のタイトルに変えられたものである。
 また、ネット紙では、6章と9章はカットされていたのだが、拙ブログに再掲載するにあたって、オリジナルをそのまま活かす形式にさせてもらった。
 6を挿入すると、中盤で犯人の名がほのめかされてしまい、ネタバレの危惧もあったのだが、フランスが舞台の被害者の母親が主格の章はどうしても挿入したく、復活させたわけである。また、最後の被害者の日記の章だが、銀座新聞ニュース主幹には、8で終えたほうが全編引き締まってよいと諭され、ジョーンの独白で連載終了したのだが、蛇足とわかっても作中登場する被害者の日記(二刑事マックの推理)をラストにどうしても入れたく、こちらも復活させた次第である。
 以下、銀座新聞ニュース紙連載終了にあたっての「あとがき」もそのまま掲げておく。

著者からのあとがき(銀座新聞ニュース載)
 「ドラッグ天国殺人事件」完結にあたって、ひとつ付け加えさせていただきたいことがある。筆者が日本に帰国中の2009年12月2日、拙作の舞台ともなった西インドの有名リゾート地ゴア、南のコルバビーチで、ロシア人女性強姦事件が発生した。
 なんと、容疑者の名前はジョーン・フェルナンデス(35歳)。作中の犯人と同姓同名で、偶然の一致にはさすがに唖然とさせられた。実際の事件のジョーンは州議選に敗北したものの、地元ではわりと名の知れた政治家だったらしい。
 被害者のロシア女性(25歳)は、5つ星ホテルに勤務していたとかで、深夜ジョーンに食事に誘われたとき飲み物に刺激物を混ぜられ、帰途の車中で暴行されたようだ。被害者には13カ所もの傷があったとされるが、ジョーンは合意の上だったことを主張、仮釈放を勝ち取った。
 近年、ゴアではレイプ事件が頻発しており、先般1月26日も9歳のロシア人少女強姦事件が北のアランボールビーチで発生した。ドラッグ犯罪都市として悪名高いゴア、レイプリゾートの汚名を着せられないか危ぶまれており、観光上大打撃であることはいうまでもない。
 ちなみに、拙作も、実際の事件(2008年2月発生した15歳のイギリス少女、スカーレット・キリングの強姦殺人事件)をヒントに、創作したものである。


↑当時(2010年1月)のあとがきにあるように、同作は2008年2月18日実際にゴアで発生した15歳の英国人少女強姦殺人事件が基になっている。なお、この事件の詳細については、拙ブログに過去掲載した記事(ゴアのレイプ殺人事件、2008年3月19日・記の、ベスト10にしばしばランクインされる人気記事)をご一読いただきたい。現実の事件とフィクションの違いがわかって、興味深いはずだ。
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ドラッグ天国殺人事件9(中編小説)

2017-05-23 19:09:52 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

エピローグ・ソフィの日記

7月*日
 一年ぶりに、ゴアに戻ってきた、うれしい! これから三ヶ月はわくわくするようなバカンスの始まり、去年も世話になったメアリーホームに落ち着きシャワーを浴びたあと、遅いランチにママンと繰り出す。行き付けだった海辺の人気レストラン・デアデヴィルで、マネージャーのエディは無論、顔なじみのウェイターらが大歓迎してくれた。フランスで買ってきたささやかなお土産をみんなに手渡す。そのくせ私はどこか上の空、隅の席に腰掛けているアンリを目の端で強く意識しながら、さりげなく斜め後ろのテーブルに腰掛ける。この角度からだと、アンリのアポロンのように精巧な貌がよく拝めるのだ。が、彼はいつものように知らん振り、一年ぶりに戻ってきたというのに、ほんと冷たーい。あたしが密かに恋焦がれている人はビーチボーイ、白人客相手の売春夫だ。ママンはあたしの気持ちに勘づいているけど、職業が職業だけに、好ましくないと思っている。自分もアンリを買ったくせして、勝手なもんだ。あたしは、身分なんて、気にしやしない。アンリがスウェーデンとの合いの子なら、あたしだってパパなしっ子、おんなじだもの。色が白くて、碧い瞳の飛び切りハンサムなアンリはビーチボーイのキング、欧米人女性から引っ張りだこ。三年前デアデヴィルで逢ってからというもの、あたしはぞっこん参っている。でも、アンリはなぜかあたしには冷たい。エディやアンリの商売敵のロッキーはあたしに無我夢中というのに。ルックスにも体にも自信があるのに、意中の人に振り向いてもらえないだけで、自分がちっぽけに思えてくる。保護者のいない大人の女性だったら、あたしだってアンリを買うのに。ママンときたら、本当に口うるさいんだから。やれ、地元の不良少年どもとは付き合うなだの、やれジョイントはほどほどにしろだの、自分だってマリュハナづけのくせして、ほっといてほしい。アンリが少しでも振り向いてくれないかと、ピザをほおばりながら、ちらちら盗み目で窺っていたが、完全に無視された。あたしは、短パンのポケットに忍ばせた黒蝶のペンダントをそうっと掌でもてあそんだ。アンリに買ってきたお土産だが、この分では手渡すチャンスはなさそう。久々にアンリの顔が見れてわくわくしたが、ハローの一言すら声をかけてもらえなかったのには、本当にがっかりした。でも、まだ胸が激しく動悸を打っている。アンリ、愛してる!

7月1 *日
 アンリ、何でそんなに冷たいの。あたしのいったい、どこが気に入らないの。会話のないまま虚しく時間だけが流れていき、あたしはいらいら。ただデアデヴィルで遠くから見つめるだけの切ない時間が流れていく。ああ、片思いはつらい。地元の不良少年どもはちやほやしてくれるけど、肝心のお目当てに振り向いてもらえずないんじゃあ、哀しい、それにしても、一言くらい声をかけてくれたっていいじゃない。店の入り口で、ちょうどイタリア女を連れて出てきたアンリとばったり鉢合わせして一瞬目が合ったのに、ぷいと逸らしてしまった。あんな醜い出っ腹のおばさんのどこがいいの。あのババアのぶかぶかのあそこがアンリのあれをくわえ込むと思うと、嫉妬で胸が張り裂けそう。15歳のあたしのあそこは、フランスにいるボーイフレンドのポールだって賞賛するくらい、締りがいいのに。アンリのテクニックは抜群と聞くけど、あたしだって名器、負けやしない。ママンやおばさん連中にはサービス一本やりで、自分が感じてる暇もないだろうけど、あたしとやったら、気持ちよくさせてあげる。フェラチオだって、あたしはほんとに上手なんだから。ママンが出ている隙を見計らって、アンリのことを思ってマスを掻く毎日。ああ、アンリに抱かれたくてむずむずしている。あのキュートな唇をむさぼってみたい。あたし、アンリを見ると、発情期のメスみたいになっちまう。アンリが欲しくて、欲しくてたまらない。狂おしくキスされて、自慢のBカップの胸を愛撫されて、あそこにアンリの繊細な指が忍び込むと想像するだけで、びちょびちょに濡れてくる。ほかの男に体を投げ出す気にはなれないので、自分で後始末するだけだ。今日も、タオルを汚してしまった。

7月2*日
 ああ、ままならぬ恋、だんだん悲観的になってくる。アンリに振り向いてもらえないんじゃあ、ほんと生きてる価値がないよなあ。あたしには頼ったり甘えたりできるパパはいないし、お先真っ暗。ママンが一人でここまで育ててくれたことには感謝してるけど、お金のため、いろいろ悪いことしてきたの、あたしちゃあんと知ってるんだ。ママンの秘密は何もかも、お見通し。自分であくどいことやってて、娘にはえらく厳しいんだから。あれをしてはいけない、これをしてはいけないと押さえつけられると、かえって反抗的になるってこと、ママンにはわからないのかな。あたしはママンが思ってる以上にませた悪がきなんだ。ママンだって、あたしがとっくにヴァージンでないことは、知ってるはず。それにしても、ママン、何であたしを産んだんだろうな。子供が将来不幸になるとは思わなかったんだろうか。あたしは一度も父親の顔を見たことがない。ひょっとして、あたしという娘が存在していることすら知らないんじゃないか。ママンは、パパのことは何も話してくれない。その男のこと愛してたのかな。でも、子供の将来のこと、ちゃんと考えてほしかったな。愛の結晶だなんて、エゴだよ。あたしはおかげで、こんなに苦しんでる。寂しがり屋で、独りぼっち。どんなに男たちにちやほやされても、孤独は癒されない。胸にぽかりとうつろな穴が空いたよう。いくら仲のいい女友達だからって、自分のほんとの胸のうちなど明かせない。ときどき、むしょうに死にたくなってくる。父親の顔は知らないし、アンリには全然振り向いてもらえないし(しくしく涙顔の自画像イラスト)。

7月3*日
 ああ、もうほんとに死んでしまいたい。どうでもいいようなにやけた男ばかり寄ってきて、あたしをうるさがらせる。アンリの冷淡さはいっこうに変わらない。あれからひと月近くたつのに、事態は改善する兆しなし(絞首台で首を吊ってる自画イラスト)。

8月*日
 近々、フルムーンパーティーが催されるかもしれない。ゴアのパーティーはドラッグ・セックス三昧で有名、二年前一度だけ参加したことがあったけど、ママンの監視付きであまり楽しめなかった。ママンを何とか、ゴアから追放できないかな。野生動物保護区にいっしょに行こうと前から言われているんだけど、ママン一人だけ発たせて、あたしはここに残るってどうかな。でも、ほんとにパーティーが開かれたらわくわく、そしたら、今度こそ、ママンの目を盗んで、アンリをものにしてみせる。乱交パーティーだから、暗がりに誘惑して無理やりにでも、犯してやる。ふふふ、犯すだなんて、あたしとしたことが。でも、冷たくされた長年の恨みを果たしてやるんだ。やってやりまくってやる。そして、必ずアンリをあたしに夢中にさせてみせる。醜い中年客より、ルックスも体もあたしのほうがフレッシュだってこと、15歳のソフィの魅力を思い知らせてやる。早くフルムーンが来ないかなあ。ママンがひいきにしているガイドのトミーに、ちょうどその時分ママン野生動物保護区に行きたがってるみたいだよって、何気なく洩らしておこうかな。でも、パーティー、ほんとに大丈夫かなあ。最近、警察の取締りが厳しくなって、主催者のイギリスのお兄ちゃんも、渋い顔してた。これまでも、何度か開こうとしたんだけど、そのたびに事前にお流れになったんだそうだ。ワイロとかいろいろ根回しが大変らしい。ゴアの刑務所には、ドラッグ所持のかどで捕まっている外人旅行者が六人もいるから、みんな慎重なんだ。汚職警察なんて、バクシーシというわいろで買収できるけどね。ママンに内緒で、エディからガンジャを買った私は、夜の浜でパーティー主催仲間とジョイントした。もっと良質のチョコレート色の塊まり・ハシシや、大麻入りビールも回ってきた。お兄ちゃんのイタリア人恋人がハイになってビキニを脱ぎ捨て、気勢をあげながら海に飛び込んだので、あたしもビキニを取って、後に続いた。夕刻、アンリがレストランで若い英国女性客と親密げに話していたのがまだ癪に障っていた。むらむら湧き上げるジェラシーの炎は止まぬままだったので、裸で泳いですっきりした。アメリカの陽気な若者ジミーが追いかけてきて、ヌードで絡みついてきたので、キスとペッティングだけ許してやったが、それ以上やろうとするので必死で抗って、浜に戻った。あたしのあそこは、アンリだけもの、ここでは絶対誰にも許さない。フルムーンパーティーがどうか開かれますように。そして、アンリとの恋が成就しますように!アンリ、愛してるよ、心からのキスをこめて!

8月1*日
 毎日届くポールのメールを無視してたら、ついに国際電話があった。懐かしい声を聞くと、逢いたくなってくる。こっちにいると、アンリのことしか眼中にないけど、ポールはなんといってもあたしの初めての男、クラス中の女の子のアイドルだったポールも最初あたしに冷たかったけど、落としてやったんだ。恋人になってわかったのは、意識するあまりクールに装ってたんだとか。アンリももしかして、それかなと希望を持ったり。ママンに買われたことでも、気にしているのかなと思う。ポールがあたしが恋しいと言ってゴアに来たいと言い出したので、あたしはちょっとあわてた。両天秤かけてると、知れたら大変。ポールときたら、男のくせにあたしよりやきもち焼きなんだから。でも、今はやっぱりアンリのほうに少し気持ちが傾いてるかな。ポールはあたしのものだけど、アンリはまだだから。フランスに帰ったら、けろっとアンリのことなど忘れて、またポールといちゃつくんだけどね。あたしって浮気性、やっぱ相当のワルかな。でも、パパがいないから、愛情に飢えてるんだ……(中断)。

                                        了


自作解説はこちら。
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ドラッグ天国殺人事件8(中編小説)

2017-05-23 19:00:10 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

八 ジョーンの独白

 海を見下ろす豪奢なバンガローで、ジョーンはオーストラリア女性、ケイトと丸めた紙幣越しにヘロインを鼻孔にスノートしながら、飽くことない肉宴を繰り広げていた。デアデヴィルのマネージャー、エディから高値で買ったヘロインは良質で、透明な雲母に似た薄片をジャックナイフの先端で砕き、ズズズと吸い込むと、効き目はすばらしかった。ドラッグが性欲を果てしなくあおり、興奮は頂点を極め、ペニスはまるで巨人のそれと化して肥大化したまま縮むということがなかった。
 好きものの女の胎(はら)に突っ込みながら、次第にヤクが冷めてくると、ジョーンはケイトの締まりのないゆるゆるの感触に、せっかく盛り上がった肉欲が薄れていく興ざめ感を味わい、肥満した女体を邪険に突き放した。不意に、死んでしまった女のあそこの締まりのよさを思い出した。
 はっとわれに返ると、ケイトがむっとした顔つきで、さっさと身支度していた。男の冷ややかな態度に、挨拶もせずそっぽを向いたまま、憤然と背を翻す。一人になってせいせいした顔で、ジョーンは大型ベッドに身を長々と伸ばしながら、反芻し続ける。
 
 あのフルムーンパーティーの夜、俺は今夜こそ、何とかソフィをものにしてやろうと、少女の行動の一部始終をマークしていた。
 ソフィが通称ビーチボーイ、白人客相手の売春夫、アンリと船で遠出することを知ったときは、モーターボートで追うアンリの商売敵ロッキーに続いて、自分もこっそり船を出した。ほどなく、海上での売春夫同士の乱闘に遭遇し、烈しく揺れる船内でバランスを崩した少女が海中に転げ落ちるのを目撃した。
 取っ組み合いに夢中の不良少年どもからやや離れた迂回路を取り、意中の少女の救出に向かった。暗い外洋を月明かりとペンライトを頼りに探し回って、やっと百メートルほど離れた前方で、あっぷあっぷ立ち泳ぎしている少女を見つけ、掬い上げた。ソフィはすっかり気が動転しているようで、引き上げたときはぐったりとなっていた。気付け薬にアルコールを口に少々含ませ、同じような迂回路を取って岸に戻った。
 浜にたどり着くころにはソフィはほぼ立ち直っていたが、まだふらふらと危なっかしげな足取りだったので、とっさに手を差し伸べてやったところ、邪険に振り払われた。せっかく助けてやったのに、礼のひとつも言わぬ女の傲慢で冷淡な態度に俺はさすがにむっとせずにはおれなかった。こっちを無視してさっさと早足で駆けていくソフィの後を密かに尾行すると、行きつけのレストラン・デアデヴィルに行って、マネージャーのエディを呼び出し、裏の暗がりへ導いてこそこそ密談し始めた。少女は、母親のカトリーヌが不在中監視を託した保護役のガイドに見つかるのを恐れて、中には入らず、そのまま裏手にとどまった。
 俺はソフィに勘づかれないように、反対側から周って店内に入ると、何気ないそぶりでエディの背後に忍び寄り、肩をぽんと叩いて隅へいざない、洗いざらい白状させた。エディの口から、ソフィにアンリを探しに行ってほしいと命じられたことを知ると、さすがにかっとなった。自分を無視して、卑しい売春夫なんかに入れ揚げる少女を口惜しく思い、アンリにむらむらと沸きあがる嫉妬を抑えきれなかった。
 悪巧みがふと生じた。土地の有力者の息子を邪険にあしらった女を、思い知らせてやろうとの魂胆だった。で、エディに、アンリを探しに行く振りして二十分ほど浜で時間つぶしさせ、いったん店に戻って再度俺の指示を仰ぐよう指図した。俺は、雇われマネージャーの傍らドラッグ売買の仲介業をし生活費の足しにしていたエディの得意客だったため、奴は子分よろしくおもねるように従った。
 指示通り二十分ほどして戻ってきたエディに、これから自分が店を出てきっかり十五分後にソフィのところに行って、アンリが崖の縁の入り江で待ってると告げて、現場にいざなうよう命じた。その際、LSD入りのワインも持っていって飲ませるよう指示することも忘れなかった。
 崖の陰に隠れてこっそり少女を待ちわびていた俺は、三十分後、エディに伴われて登場したソフィに半身だけ覗かせアンリと錯覚させ、少女が小躍りして飛びつく隙を狙って、凶暴に襲いかかった。ソフィはふらふらの足取りで海に逃げたが、前につんのめって水中に倒れ込んだ。その上にけだもののように踊りかかった。か細い力で抵抗する少女を野太い力でねじ伏せ、思い通りにした。背後で見張り役のエディが一部始終を目撃していた。
 立ち去る間際、「しゃべったら、ただでおかんからな」と脅し文句で口封じ、やにわに背を翻した。

 少女を凶暴に犯した張本人が俺であることを唯一知っているエディが、容疑者の一人としてしょっぴていかれたときはさすがにぎくりとした。が、代議士で人一倍世間体を重んじる親父が即座に動いて警察に圧力をかけてくれたため、助かった。息子が、このレストランのマネージャーからいつもドラッグを買っていたことは知っていたため、有無を言わせず釈放させたのだ。わが子のためというよりは、自分の政治生命をかばうためだった。
 親父は息子には金というおもちゃさえ渡しておけばすむいいと思っている、血の一筋も通わないろくでなしの冷血漢だ。母は父の派手な女性関係が原因で五年前、俺が十五歳のとき、別荘でガス自殺してしまった。が、スキャンダルを恐れた父はこのときも警察に圧力をかけて、事故死として処理した。
 俺はこのとき、父のことをどれだけ憎んだかしれやしない。一人息子に惜しみなく愛情を降り注いでくれた母を永劫に失ってからだ、俺がヘロインに溺れるようになったのは。
 エディはあれ以来、俺に頭が上がらなくなった。が、俺の秘密を知っているたった一人の目撃者でもあるため、互いが互いの弱みを握っていることにもなり、油断はできない。今後も常時、奴には目を光らせておかねばなるまい。共犯者である以上、口を割ることは絶対にありえないがな。
 俺の立場が強いのは有力政治家の親父をもつがゆえだ。エディは一生、俺には頭が上がらないだろう。今後も俺におもねって生きていくしかないのだ。

 そもそも、ソフィを初めて見染めたのは三年前のことだった。デアデヴィルの常連だったフランス人母娘は、当座の長居用のプライベートハウスを探していた。それを知って破格の安値で海辺の私設バンガローを提供したのはこの俺だったのだ。十二歳の娘の可憐さに、五歳年上の俺はぼうっとなったもんだ。一年後にはみるみるうちに女らしくなって、男の食指をそそる体つきになったが、なぜかもうバンガローに来ることはなかった。
 エディにもデートの手引きを頼んでいたが、声がかかることはなかった。可憐な天使のような面立ちと裏腹に豊満な肢体をもった少女は土地の不良少年どもの間で注目の的になっており、みなが狙っていたため、焦る思いだった。どうやら嫌われているようだったが、金力で俺にかなうものはなく、金のパワーを知っていた俺は、ドラッグの売人をして旅費の足しにしていた母のカトリーヌから市価の何倍もの値でヘロインを買ってやって、ドライヴにこぎつけた。が、ソフィはいやいやながら応じたかのように、素っ気なかった。隙をついて手を握ったが、邪険に振り払われ傷ついた。
 そう、土地の有力者の息子を無視して、ビーチボーイなどという売春夫にうつつを抜かす女が癪に触ってならなかったのだ。尾行して、アンリとの逢引きを知ったときは、かっと頭に血が上るようだった。あの女、俺を無視しやがって、思い知らせてやる。
 パーティーの熱狂でヘロインとスコッチのちゃんぽん、良識がまったく働かない状態だったのだ。ジェラシーに狂おしく身を灼かれるまま、今夜こそ、長いこと俺を反故にした女を必ずものにしてやるとの凶暴な決意に駆られていた。

 それにしても、母親の直感とは怖いものだな。カトリーヌの口から「土地の有力者が絡んでいる」と洩らされたときは、一瞬ぎょっとした。事件の真相は知るはずもないのに、鋭く嗅ぎつけたからだ。
 俺と親父の名が地元紙にすっぱ抜かれたときは、さすがにひやりとした。が、俺以上に泡を食ったのは親父のほうで、迅速に動くと、口利きで警部にしてやったベテラン刑事に圧力をかけた。腹黒い親父は、カトリーヌが売人との事実もこの刑事に暴かせた。カトリーヌはほうほうの体で自国に逃げ帰った。
 法の網が自分に及ぶことは断じてなかった。警察は、親父のポケットに入っているから、どんな事件だって揉み消せるんだ。三年前、白昼の路上で政敵の息子とカーレースを繰り広げ、対向車と衝突事故を起こし怪我させたときも、うまいこと揉み消してもらえた。
 代わりに強姦犯に仕立て上げられたのは、ビーチボーイのロッキーだった。アンリが見せしめに捕まればよいと思っていたが、アリバイが証明されたと聞いた。いずれにしろ、事の真相を知らない二人の売春夫はいまだに、自分たちがソフィを事故死させた連帯犯人と思い込んでいるだろうな、間抜けな奴らだ。アンリは釈放後ここを去ったと聞くが、きっと良心の呵責に耐えかねてのことだったにちがいない。
 かわいそうだが、インド社会では、地位、名声、金がすべてものを言うのだ。父親は漁夫という卑しい身分、息子は体を売っている最底辺層にはいつだってしわ寄せが来るのだ。まあ、恨むなら出生を恨むんだな。俺はドラッグ中毒で家庭の愛情にも恵まれてないが、少なくとも有力政治家の親父がいつだって盾になってくれる。
 
 ジョーンはのそりと起き上がると、ジーンズのポケットから小さな紙包みを取り出して、純白の薄片を慎重につまみ上げ、ハードカバー書の上に落とし、ジャックナイフの先端で細かく砕き始めた。ズズズと音を立てて吸い込んで、クスリがまた効いてくるのを待つ。
 じわじわと強い興奮が湧き上げてくる。羽根枕をきつく掻き抱くと、つむったまぶたの裏に俺がこの手で確かに葬ったソフィを思い浮かべながら、マスをかいた。
 俺は知っていた、あのスケの本性を。一見あどけなさそうに見えて相当なあばずれであったことも。国に恋人を待たせていやがったんだ、あのスケは。男を両天秤にかけて平然としている、根っからの娼婦だったんだ、あいつは。アメリカの若者と海中で戯れあってるのも、何度か目撃したことがある。ふらふらと誰にでもなびく売女のくせして、なんで俺だけにはあんなに冷たかったのだろう。
 バンガローも格安で提供してやったし、お金も何度か貸してやったことがある、何より溺れ死にそうになったときは助けてやった命の恩人ではなかったか、この俺は。それを、親切を仇で返すような仕打ちをしやがって。結局、俺は体よく利用されただけのことだったんだ。
 あんなバチ当たりな女、殺されて当然だ。ヤクで朦朧となりながらも依然、虫けらのように俺を退け、顔に唾を吐きかけてくるソフィにかっとなった自分は、むらむら湧き上げる殺意のままに金髪を乱暴に摑むと、海中に無理やり押し込んでいた。女のか細い抵抗はあっけなくねじ伏せられ、凶暴な手の下で動かなくなった。
 その後、俺は一切の抵抗の失せた溺死体を楽々と、屍姦させてもらったのだ。死後で締りのよくなった膣に、俺はいまだかつてない強い快感を覚え、またたくまに放出していた。
 おめでたいエディは今もって、自分が放置したせいで溺れ死んだと思い込んでいやがる。そう、間違いなくおまえの責任なんだよ。これからもその罪の意識を一生背負ってくんだな。
 ジョーンは、脳裏の天真爛漫な笑みを浮かべているぶりっ子ソフィのイメージを汚すように、股間にそそり立つ銃身から白い弾丸を一気に放出させた。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件7(中編小説)

2017-05-23 18:51:25 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

七 レストランのマネージャー、エディの懺悔

 エディは、平日の人気のない教会に入ると、通路を真っ直ぐに進み、キリストの磔(はりつけ)像の飾られた聖壇の前にひざまづいた。黒い僧衣姿のロレント神父の姿は見当たらなかったが、かえってそのほうが好都合だった。
 エディは今日、懺悔の告白に神の前にひれ伏しているのである。胸元に架かったロザリオをひしと握り締めながら、祈りの文句を口中で唱え、「神様、どうか罪深い僕をお許しください」と何度も胸中に呟いた。その拍子に、まぶたからはらはらとこぼれる落ちるものがあった。
 エディは懺悔しながら、事件のことをまざまざと思い浮かべた。

 フルムーンパーティーが開かれた夜、アンジュナビーチで一番人気のレストラン「デアデヴィル」はひどく混雑し、天手古舞いで、マネージャーだった自分は猫の手も借りたい忙しさだった。本音は一刻も早く仕事を片づけて、パーティーに参加したいところだったが、午後十一時近くなっても満員の人いきれで、あたふたとテーブルからテーブルへ、注文取りに駆けずり回っていた。暇なときは、オーダー取りは二人いるウェイターに任せ、会計のみこなせばよかったが、この忙しさじゃ手助けしないわけにはいかなかった。
 ビーチボーイのアンリがいれば手を貸してくれるのだが、今夜は奴も稼ぎ時、英国女性客ととっくに店を引き払っていた。ビーチボーイとは白人客に体を売って生計を立てている売春夫のことで、キングとして君臨している美少年アンリはデアデヴィルを根城としていたのだ。
 カウンターで精算し終わって、なじみの外人客を「エンジョイ・パーティー」と送り出し一息ついていると、入り口から誰かが顔を覗かせ、自分の名前を呼んだ。振り向くと、十五歳の可憐なフランス少女、ソフィが濡れたビキニ姿で震えながら立っていた。冷たい手が伸びてとっさに腕を摑まれ、背後の藪の茂みへと誘導される。
 人気のない暗闇に来ると、
「トミーはまだ張ってる?」と、小声でこっそり確かめてきた。やにわに否定すると、ほっとしたようだった。トミーとは、欧米人観光客向けのガイドで、母親のカトリーヌが小旅行に出かけた不在中、娘の保護を託した男だった。ソフィに四六時中付きまとって離れず、少女は辟易していたのだ。三十分だけとの約束で一人にしてもらい、その間まんまとずらかったというわけだった。
「いったい、どうしたってんだよ」
 三時間後にふらりと現われた少女の只事でない気配に思わず問い質すと、「実はね、アンリと離れ小島に遠出するはずだったんだけど、船で沖に乗り出してまもなく、ロッキー一派がモーターボートで追いかけてきて、海上で乱闘になっちゃったのよ。で、あたし、バランスを崩して、海に落ちちゃったというわけ」と震えながら、説明した。
 黙って聞いていると、ひと呼吸置いて、ソフィが続けた。「幸いにも、ジョーンのモーターボートに拾われてここまで戻ってきたんだけど、アンリ、もしかして今頃漁村の船着場に帰っているかもしれないんで、悪いけど、あんた、これから探しにいってくれない。きっと、急にいなくなったあたしのこと、心配してると思うのね。あたしが今下手に動いて、トミーに見つかるとやばいのよ。頼むわ、一生の恩に着るから」と自分の手をぎゅっと握ってきた。
 それから、「あたし、海に落ちたせいで寒くってたまんないの。体が温ったまるカクテルを一杯持ってきてくれない?」と、歯の根をがちがち震わせながら、言いたいことだけ手短かに述べて酒を所望した。
 ロッキーとはやはりビーチボーイで、アンリの商売敵だった。ソフィを狙っていたことは自分も知っていた。意中の少女の頼みとあっては、退けるわけにいかなかった。
 店に戻ると、背後から忍び寄ってきた人物にぽんと肩を叩かれた。振り向くと、土地の有力者のどら息子の気障でにやけた顔が自分を見下ろしていた。
「おい、今ソフィと裏でこそこそ密談してたろう、何話してたんだ」
 ジョーンは常日頃、雇われマネージャーの傍ら、ドラッグ売買に手を染める自分の得意客だったため、答えないわけにはいかなかった。彼は、初めてカトリーヌ&ソフィ母娘がアンジュナを訪れた三年前、海辺に所有している私設バンガローを提供したオーナーでもあり、二年目からは、母娘はホテルに泊まるようになったが、その当時からソフィに目をつけていたことはわかっていた。何度かドライブに連れ出したようだが、まだ落とすところまで行ってないようで、事あるごとに自分に手引きを頼んでいた。が、ソフィがジョーンを毛嫌いしていることを知っていただけに、無理強いはできなかった。
 悪い奴に捕まってしまったと内心舌打ちしながら、観念したように、小声で簡単に事情を説明した。ジョーンがドラッグと酒で酩酊した目を血走らせながら、アンリを探しに行かずに浜で二十分ほど時間稼ぎしたあと、いったん店に戻って、さらに自分の指示を仰ぐようにと早口で命じた。何か悪巧みをたくらんでいるようで気になったが、渋々うなずくしかなかった。
 キッチンから大麻入りワインをくすねて裏に戻り、ソフィに手渡すと、少女は一気に飲み乾し、「じゃ頼むわ、あたし、ここで待っているから」と促した。
 とっさに背を向けて走り出したが、ジョーンに言われたように探しには行かず、北側で行われていたパーティーに紛れ込んで、束の間熱狂を堪能した。日ごろソフィに気があった自分は、いくら肌白の碧い瞳の美少年だからといって、たかが卑しい身分の売春夫にソフィが夢中になっているのに嫉妬する思いもあり、ジョーンに同意する気持ちも少しあったのだ。ソフィは母親のカトリーヌがアンリを買ったことは知ってるはずなのに、なんとも思わないのだろうかと、癪に触った。
 ガイドのトミーが少女を残して店を出てまもなく、トイレに立ったソフィがなかなか戻らないのを心配して、エディは呼びに行ったのだが、裏の茂みで誰とも知れぬ男と抱き合っていた。暗くて顔はよく見えなかったが、今になってあれはアンリだったのだと思い知らされた。ちょうどアンリも同じ時間帯店におり、女性客の相手をしていたのだ。それにしても、アンリがソフィに気があったとは意外だった。これまで冷淡に無視し続けてきたのに、あれは芝居だったというわけか。確かに、母に買われた手前、親のいるうちは手出しはできないだろうなと、いまさらながら納得するものもあった。
 二十分ほど浜でぶらぶらして、ジョーンに言われたとおり、いったん店に戻った。待ちかねたように、どら息子は横柄に手招いた。
「いいか、俺は今から店を出るが、きっちり十五分たったら、ソフィに崖の縁の入り江でアンリが待っていると告げて、現場へ誘導するんだぞ」
 ここにいたって、ジョーンの意図に勘づき、少し恐ろしくなったが、ここまで来た以上逆らえなかった。
「おい、ソフィのところに戻るときはな、例のスペシャルカクテルを持っていってやることも忘れずにな。さだめし強烈なのを一杯な」
 と、ジョーンは店を出る間際、念を押した。しかし、あれはやばいですよ、と口出しそうになるのをかろうじてこらえた。ジョーンの命令とあっては、卑屈に従うしかなかったからだ。酒乱の能無し親父代わりの稼ぎ頭である長男の自分は、マネージャーの安給料だけでは家族五人を食わせていくことはできず、ジョーンがヘロインを買ってくれるおかげでずいぶんと助かっていた事情があったのだ。
 きっかり十五分待って裏の藪の茂みに行くと、期待して待ちわびていたソフィが小躍りせんばかりに近づいてきた。自分は言われたとおりの嘘をついた。
「アンリとうまく会えてね、北側の崖の縁の入り江で待ってるから、これから案内するよ」
 ソフィは真っ向から信じ、自分の差し出す二杯目のグラスを、うれしそうに一息に飲み乾した。

 崖下の光の届かない狭い入り江へ、少女をいざなった。そのころには、ソフィの足取りはかなり危なっかしくなっており、大量のLSDが相当効いているようだった。自分は、今にも倒れそうにふらふらとついてくるソフィを見守るように背後を振り返りつつ、ゆっくりと誘導した。
 崖にたどり着くと、死角になった陰から躍り出てくる人物があった。ソフィはアンリと勘違いして、狂喜しながら飛びついた。自分はとっさにあとじさった。少女はすぐに別人と気づいて、必死にもがいて相手を突き飛ばし、海に逃げたが、きついドラッグでふらふらになっていた体はもんどりうって、水中に倒れこんだ。
 その上に、凶暴な魔物が襲いかかってきた。ソフィは、最後の抵抗といわんばかりのかろうじて残された力で、必死に抗おうとした。
 こうなるであろうことは大方の予測がついていたが、自分はまともに直視できず目を背けた。意中の少女を狼の牙から救ってやりたかったが、所詮、クスリの売人風情には無力だった。水がばしゃばしゃと弾き飛び、ソフィの口から喜びの呻きとは明らかに異なる苦悶の唸り声が洩れ出る。ジョーンはか細い抵抗を続ける少女を野太い力で凶暴に押さえつけ、思い通りにした。
 すべてが終わった後で、自分のほうを振り向き、
「いいか、誰にもしゃべるんじゃないぞ、しゃべったらただでおかんからな」
 と捨てゼリフを残して、大股に立ち去った。
 ジョーンが跡形なく消えた後で、自分はあわてて浅瀬に乗り込んだ。女の全裸に剥かれた、あどけない顔と裏腹の豊満な肢体がゆらゆら揺れていた。
「ソフィ」
 と声をかけたが、応答がなかった。軽く往復びんたを食らわせたが、意識が戻る気配はなかった。
 急に怖くなった自分は後じさりすると、少女をそのまま置き去りにして身を翻した。ソフィの意識がこのまま戻らないようなことにでもなれば、傍観者になりさがって犯罪を見逃した自分も当然、共犯ということになる。がくがくする足をかろうじて持ちこたえ、陸(おか)に上がってからは後も見ずに、一目散に走り出した。
 ソフィはきっと大丈夫、明日になれば、けろっとして、またレストランに顔を出すに決まってる。強烈なカクテルのせいで、無理強いに犯された記憶は消えているはずだ。そのとき、押し殺していた感情の箍が外れるように、まぶたにどっといちどきに噴きこぼれる大量のしずくがあった。
 
 エディははっとわれに返って、懺悔の告白を終えると、ふらふらと立ち上がった。いつのまにか、ロレント神父が心配そうに、自分を見下ろしていた。深々と敬礼すると、教会を後にした。
 後日ソフィの遺体が打ち上げられ上がった後、容疑者の一人としてサツにしょっぴいていかれたが、警察幹部と密接なつながりのあるジョーンの父親が圧力をかけて、すぐに釈放された。身代わり強姦犯に仕立て上げられたのは、ビーチボーイのロッキーだった。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件6(中編小説)

2017-05-23 18:44:16 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

六 ソフィの母、カトリーヌの予知夢

 よろい窓越しに、丘の上のサクレクール寺院の白い円蓋が秋の高い空に透明に伸び上がっていた。パリにあるアパートの屋根裏の3DKで、カトリーヌは真っ昼間から酒とドラッグに溺れていた。
 今夏、バカンスに出た西インドのビーチリゾート地ゴアで、15歳の一人娘ソフィが不慮の客死に見舞われて以来、気が抜けたような寂しさを持て余し、ドラッグで紛らわさないことには、到底一日をやり過ごせそうにもなかった。
 そもそもアンジュナビーチに娘一人を残して、所用に発った自分の過失でもあったため、深い自責の念にとらわれ、衝撃と哀しみは測り知れなかった。信頼していた現地人ガイドに保護を託して行ったのだが、まさかこのような取り返しのつかない顛末になろうとは思いもしなかった。
 娘は強姦犯の剥く牙の犠牲となったのである。ソフィの傷だらけの遺体を思い出すにつけと、いまでも身の毛がよだつ。地元の警察での捜査はいっこうに捗らず、母の自分を苛立たせた。マフィアや悪徳政治家とも密接なつながりを持つ汚職警察だけに、まったく信用ならず、中央捜査局CBIの介入を求めたのだが、認められなかった。
 誰が一体、愛娘を犯したのかと、地元の不良少年どもの顔をひとりひとり思い浮かべていっては、堂々巡りの推理が続いた。事件後、現地にあったときは、薬の酩酊ですら快眠をもたらしてくれず、娘の遺骸がむくりと起き上がって何事か言いたげに恨めしそうに自分を見つめる悪夢にうなされ、飛び起きる毎日だった。
 もともとドラッグ中毒気味ではあったが、安眠を貪りたい一心で、大麻ではなく、ヘロインなどの中毒性の強い薬にまで手を出すようになっていた。旅の費用稼ぎに現地でドラッグ売買の取り持ちをしていた自分は、強い薬も容易に手に入ったのだ。
 娘をアンジュナビーチに残して去ったのも、表向き野生動物保護区への小旅行だったが、途上経過する大都会バンガロールで薬を仕入れるためだった。最初は同伴するつもりでいたが、娘がゴアに残りたいと駄々をこねたため、かえってそのほうが好都合かと許したのだった。

 お腹に子どもを宿していることを知ったのは今から15年前、妻子ある上司とすったもんだの挙句に別れて、インドに傷心旅行に発って、戻ってきて3カ月後のことだった。インドに滞在中、生理が止まったままでいたが、異国で体調が狂ったせいだろうと、さして気にも留めなかった。
 それだけに、帰国して妊娠を告げられたときは、さすがにショックだった。別れてなお、男のことは愛していたため、迷いに迷った挙句、産む決心をした。以来、シングルマザーとして、女手ひとつで娘を育て上げてきたが、小さな広告会社でチラシの宣伝文句を書く三文コピーライターだった自分の収入は十分なものでなく、バカンス費用を捻出するため、若いころはよくバーやクラブなどでバイトしたものだった。
 ソフィが12歳になったとき、夏期休暇に初めてインドに伴った。自分も若いころ、訪れたことがあった西のビートリゾート地ゴアで、かつてヌーディストビーチとして一世を風びしたヒッピー旅行者に人気のアンジュナビーチが、娘は思いのほか気に入ってしまったようだった。以来アンジュナの常連となり、バカンスを丸々そこで過ごすようになった。

 事件後インドに在ったひと月間は、ひっきりなしに夢魔にうなされたが、ある夜いつものように娘が夢に現れて「ママン、あたしがジョーンを嫌いなのは知ってるくせに、どうして無理強いするの」と詰るのにびっくりして跳ね起きた。
 ジョーンとは、最初にアンジュナを訪れたとき世話になったプライベートバンガローのオーナーで、代議士の父を持つヘロイン中毒のどら息子だった。地元の有力者の子息だけに金に不自由せず、自分の仕入れたヘロインを高値で買ってくれる上客だったため、娘とのデートの手引きを頼まれたとき、いやと断れなかったのである。
 娘が通称ビーチボーイこと、欧米人客相手の売春夫、アンリに夢中なのは知っていた。透き通るように肌白、碧い瞳を持つ絶世の美少年で、ビーチボーイのキングとして君臨していたアンリを、実は自分も過去に密かに買ったことがあった。
 貧しさから仕方なく体を売っていたようで、そうでなかったら、ルックスだけでなく、頭も切れたからカレッジに進んでいたことだろう。客として一度交わっただけだが、ふた周り以上も年上の成熟した女をアクメに至らせるほど見事なテクニックの持ち主でもあった。
 外人女性がこぞって夢中になるわけがいっぺんでわかったが、売春王の一夜のお値段は目玉が飛び出るほど高かったうえ、チップも弾まなければならなかったので、続けて買うことはできなかった。
 シーズン中は大もうけしていたわけだが、いずれ売春業からは足を洗う腹積もりで事業資金をプールしていたようだ。そのせいか、早熟でクールな少年は、小娘のソフィには見向きもしなかった。
 娘は天使のように愛くるしい面立ちで、地元の少年の間では引っ張りだこだったが、本命に冷淡にあしらわれ、傷ついていた。母としては気遣わずにいられなかったが、反面、いくら美少年だからといって体を売る商売についている卑しい輩とは関わってほしくないとの本音もあり、かえって好都合と思っていた。
 父がいないことでは常々寂しい思いをさせており、その分、自分の悪事は棚に上げて娘にはやたらと厳しい母親だった。が、不憫でどうしても過保護にならざるをえなかったのだ。娘が自分の溺愛ぶりを疎ましく思っていたことは、間違いなかった。
 それにしても、なぜソフィは突然、夢でジョーンの名前を持ち出したりしたのだろうと、妙に引っかかった。一種の予知夢ではないかと勘ぐり、もしかして娘を汚したのはあの気障なプレーボーイではないかと閃いた。
 まだインドにいたころ、警察の無力ぶりに憤慨していただけに、ちょうど現れた地元記者のインタビューに答えて、「この事件には有力者が絡んでいる」と洩らしてしまっていた。証拠など何もなかったが、一種の直感だった。
 夢の中に現れた娘の訴えるような眼差しは、「ジョーンが犯人よ、捕まえて」と言っているかのような気がしたのだ。
 さらに記者に突っ込まれ、自分は思わず、父のフェルナンデス代議士の名前まで出していた。
 これが特ダネとしてすっぱ抜かれ、記者がさらに調べ上げた、被害者の行きつけだったレストランに、フェルナンデス代議士の一人息子、ジョーンもよく入り浸っていたと付け加えられた。
 地元の有力者を敵に回した自分の立場は一気に不利になった。その代償に、ドラッグ売買に携わっていた秘密を暴かれたからだ。加えて、未成年児を放置した母親は有罪になるとのインド法まで持ち出され、犯人を突き止めるまでは何がなんでもとの不退転の決意でいたのにその信念をあえなく覆され、ほうほうの体で自国に逃げ帰らなければならない羽目に陥らされた。
 ドラッグ所持のかどで現地の刑務所に捕まっている外人のことは、旅行者間でよく噂になっていた。売人ともなったら、罪は重く、へたすると、何十年と刑務所から出れないかもしれない。インドの裁判が、少なく見積もっても10年と長引くことも知っていた。
 後に、自国フランスで娘の遺体を改めて検死させたところ、腎臓が抜き取られていたことが判明した。娘は強姦されただけでは足りず、臓器汚職売買の犠牲とまで成り果てたのだった。
 怒りと衝撃はとどまることを知らなかった。担当監察医は免職処分、警部も辞任したと聞いたが、二度にわたって汚されたわが子の屈辱を思うと、耐え難かった。後日、ビーチボーイの一人、ロッキーが犯人として捕まったと知ったが、納得するはずもなかった。
 ロッキーがスケープゴートにされたことは火を見るよりも明らかで、真犯人がその裏でのうのうとしていると思うと、憎たらしかった。とはいえ、弱みを握られてしまった自分がいまさらのこのこインドに戻って、法廷闘争を続けることもかなわず、泣き寝入りするしかなかった。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件5(中編小説)

2017-05-23 17:04:14 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

五 ジョーンの父、フェルナンデス議員の差し金

 ゴアの州都パナジ地区代表、フェルナンデス国会議員は夕刻の便で、一路首都デリーに戻る予定になっていた。地元での英国のNGO(非政府系組織)寄付による小学校開設セレモニーにゲストとして招かれ、任務を終えた後、私邸に戻ったものの、寛いでいる暇もないあわただしさだった。
 一人息子のジョーンは海辺のバンガローに入り浸りのようで、機嫌を伺うことすらままならなかった。アタッシュケースをひったくると、お抱えの運転手付きのセダンにあたふたと乗り込んで空港に向かったが、この間もひっきりなしに携帯は鳴った。そのうちの一件が、急遽ドライバーに命じてとんぼ帰りさせなければならなくなるほど重大な案件だった。
その電話の相手とは、パナジ署のマック警部だった。一部始終を聞き終わると、さすがにあわを食って、家に舞い戻らざるをえなかったのだ。どかどかと室内にあがり込むと、引き返した主人に何か忘れ物でもと畏まって訊いてくる使用人に、今朝の英字紙をすぐ持ってくるよう言いつけた。久々の担当選挙区見舞いもかねて忙しく、朝刊に目を通している暇もなかったのである。
 中面のかなりのスペースを割いて、ひと月ほど前にアンジュナビーチで起こったフランス人少女強姦殺人事件についての続報が掲載され、最後の母親の談話のところで、自分と息子の名前が公けに出されていた。
「この事件には有力者が絡んでいる」だと? ちっと舌打ちしていた。外人の特権をかさに来て不逞なスケだ。土地の名士に因縁つけてきた女を身の程知らずだと憤慨した。インドの政治家の恐さを知らんな、暴言吐いたフランス女に思い知らせてやると誓った。
 発生当初からマスコミをにぎわせていた強姦殺人事件については無論承知しており、息子にねだられて買ってやったアンジュナビーチのバンガローを何年か前にこの母娘が間借りしていたことを思い出したため、とばっちりが来なければいいがと案じていた矢先のことでもあった。
 息子がひいきにしていたレストランのマネージャーが容疑者の一人として捕まったと知ったときは、即座に警察に圧力をかけて釈放させた。それ以降は、いくらドラッグ中毒の不出来な息子といえ、事件に関わっているはずはないと信じていたため、忙務に紛れて、いつしか事件のことは記憶の片隅に押しやられていたのだ。
 それにしても、せっかくわしの口利きで警部にしてやったというのに、マックが自分の名前が出るまで被害者の母親をのさばらせておいたのが合点がいかなかった。新米警部の失態を頭ごなしに叱りつけた後、残り二人の容疑者の売春夫のうちどちらか一方を、無理矢理強姦犯に仕立て上げるよう指示した。拷問の等級を上げれば、音(ね)をあげて嘘でも何でもすぐ白状するに決まってる。
 最後に、カトリーヌとかいった母親がドラッグの売人だったとの事実もマスコミに流すよう命じた。息子がこの毛唐女からよくヘロインを買っていたことは知っていた。ドラッグ所持のかどで捕まっている外人旅行者は現在六人、当該国の大使館から情状酌量を要請されていたが、この国にはこの国なりの法的手続きがあり、そう一朝一夕に行くものではなかった。中進国の常で、裁判にえらい年月を要するのである。ここで捕まったが最後、運の尽きと観念してもらうしかない。釈放されるころには、若者の髪には白いものが混じっていることだろう。死刑になる国もあることを考えれば、命が助かっただけでもましとあきらめてもらうしかなかった。
 売人ともなれば、当然罪は重く、こっちさえその気なら一生、監獄から出れない境遇にしてやることもできた。きっと、あわをくって自国に逃げ帰るはずだと推測したが、案の定カトリーヌはほうほうの態でインドを立ち去った。 
 思惑通りにいってほっとした自分は、地元政治家を見くびった外人女の甘さをせせら笑った。

 それにしても、ジョーンにはほとほと往生させられる。三年前にも一度、毛唐を同乗させて白昼の路上で政敵の息子とカーレースを繰り広げ、対向車と衝突して怪我を負わせた不祥事があったのだ。幸いにも軽傷ですんだが、あの時も警察に揉み消してもらうのに躍起になったものだった。政治家にとってスキャンダルは命取り、そういう意味では、ドラッグ中毒の息子は厄介なお荷物だった。亡くなった母の血を引いていやがると、苦々しく思うのだった。夫の女性関係で狂言自殺騒ぎを何度か繰り返した挙句、最後には本当にあっけなく別邸でガス自殺してしまった。
 そう、あのときも、事故死として一件落着させたものだった。口うるさい古女房には常々辟易していただけに、厄介払いができてもっけの幸いであった。土台、政治家に愛人はつきものではないか、そんなことも理解できないようでは、公人の妻として失格だ。巷に洩れぬようこっちは慎重にやっているのに、騒ぎ立てて夫の政治生命を危うくするようでは妻として落第、国会議員歴のある名門政治家一家に生まれながら、そんなこともわからぬ過保護に育てられたねんねのお嬢様だったのだ。
 元々政略結婚で愛情はかけらもなかったため、死んでもなんとも思わなかった。息子だけは溺愛していたが、母親を亡くしてからドラッグに溺れるようになって、手に負えなくなった。金持ちの子息ばかりが行く名門寄宿舎で覚えた悪癖らしかったが、勉学に差し障りがあるほどでなかったのが、母の死以降中毒性の強いヘロインに溺れるようになった。多忙な政務でパナジの本邸は空けることが多く、使用人任せで放任主義、反抗期の息子に意見することもなかったのだ。
 一等困ったのは、ジャンキーに変わり果ててから、さまざまな厄介な問題を起こすようになったことだった。フェルナンデス議員にとって、息子は近頃、亡き妻同様お荷物にもなってきていたが、血のつながりのあるたった一人の跡取り息子だけに、金をせがまれると、クスリに消えるとわかっていても、好きなだけやらずにはおれなかった。甘やかし放題だったのだ。とにかく、金さえふんだんに渡しておけば、子供も文句はないはずだと、父親としての役目を札束運搬人のように考えていた。多忙で見守ってやるゆとりがないだけに、金が代わりにお守りをしてくれると思ったのだ。
 フェルナンデスは警部に折り返し電話すると、息子に関するいかなる不祥事も即座に揉み消すよう今一度念を入れて指示し、そのために要する金はいくらでも払うからと言った。  
 すでにプロテクト代として毎月かなりの金額を支払っていたが、汚職づけ刑事はこれに味を占めてか、最近は額面が増える一途だった。厚かましい奴だと腹が立ったが、息子という弱みがある以上、目をつむって言いなりになるしかなかった。
 賄賂でたんまり潤っていたため、金には困らなかったが、将来を見越して選挙資金として貯めておきたい気持ちは山々だった。金のかかるドラ息子をもったわが身の不運にしみじみ嘆息つく思いだった。
 
 一件落着した一週間後、ふらりと海辺のバンガローに顔を出すと、息子はドラッグ三昧、外人女性を引き込んで、爛れた情事にふけっていた。突然現れた保護者に、白人女はシーツで裸体を隠すと、そそくさと衣服を身につけて退散した。
「なんだよ、いきなり現れやがって」
 ジョーンは赤く酩酊した眼尻で冷ややかに父親を睨みつけた。
「安心しろ、すべて解決したからな。何があろうと、これからもわしがお前を守ってやる。わしにはそれだけのパワーがある。貧乏人の息子は身代わり犯となって獄につながれても、泣き寝入りするしかないんだ。わしのようのような父親を持ったことをありがたく思え」
 息子はぷいと顔を背けたが、その目がクスリのせいばかりでなく、潤んでいるように見えたのは、フェルナンデスの錯覚だったろうか。そのときなぜか、フェルナンデスはまさか息子が?との身震いするような直感に打たれ、背筋にぞっと虫唾が走るのを覚えた。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件4(中編小説)

2017-05-23 16:55:26 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

四 ライバルのビーチボーイ、ロッキーの述懐

 十五歳のフランス少女、ソフィの溺死体がゴアのアンジュナビーチから上がった三日後、通称ビーチボーイといわれる欧米人客相手の売春夫、ロッキーは首都のパナジ署にいやおうなくしょっぴいていかれた。
 いかつい刑事に訊問された二時間の間、必死になって被害者と関係はなかったと主張し続けたが、まったく信用してもらえなかった。いずれ、DNA鑑定があがれば疑いは晴れるはずだとのかすかな希望がよぎる一方で、公明正大とは言いがたいこの国の捜査経過を考えると、この先どうなるかわからないとの不安が募った。このままム所暮らしを強いられたら、自分の稼ぎに頼っている家族が路頭に迷ってしまうのだ、何とかせねばと焦る思いだった。とにかく身の潔白を一刻も早く証明し、娑婆に戻ることだと、不安を抑えて幾度となく自分に言い聞かせた。
 事情聴取後、鉄格子の小窓ひとつきりの、小便の匂いが立ち込める石床のひび割れた留置場にぶち込まれた。先陣としてすでにアンリが入っていた。アンリは同業の商売敵だった。横合いから「売春王」の座を奪取された恨みもあって、犬猿の仲だったが、こうなった以上は一致団結するしかなさそうだった。
 最初はさすがにきまり悪くて、互いにそっぽを向き合っていたが、年長の自分のほうから折れて口をきいた。
「ソフィの死体解剖で精液が検出されたことは聞いたろう。お前さんも知っての通り、俺は彼女とは肉体関係はなかったんだぜ」
 まずわが身の潔白を証明した後で、
「シーメンはおまえのもんか」
 と単刀直入に訊いた。アンリは蒼白な面持ちになって必死に否定した後、
「ソフィとはキスまでしかいってなかったよ」
 としょんぼりと答えた。客争奪戦に明け暮れたライバルとはいえ、アンリがまれに見る実直な性格であることは知っていたので、ロッキーは、
「だとすると、ソフィと交わったやつはいったい、どこのどいつなんだろう」
 と思わずうなった。無理強いではなく、合意の上だった可能性もありうる。アンリにとんと心当たりはないようだった。
 ロッキーはソフィを狙っていた不良少年どもを一人一人思い浮かべていって、はっと思い当たり、
「ジョーンだろうか」
 とつぶやいていた。土地の有力者のにやけた面構えが脳裏に蘇った。
 だいぶ前、ジョーンがソフィを高級車でドライブに連れ出す現場を目撃したことがあったのだ。少女の行きつけだったレストラン「デアデヴィル」にも気が向くと、ふらりと顔を出しては、ヘロインとスコッチのちゃんぽんでラリっていた。金があるだけにレイバンのサングラスと、リーボックのジーンズでいつもめかしこみ、気障なプレーボーイだった。
「カトリーヌは黙って、見過ごしていたのか」
 過保護の母親を思い浮かべたものか、アンリが意外そうに問い質した。
「知らぬが仏とはおまえのことだな、カトリーヌはドラッグ売買に手を染めていたんだぜ。ジョーンは高値で買ってくれる上客ゆえ、おもねっていたのさ」
 ああ、そういうことかと、アンリは納得いったような顔をして言った。
「これで謎が解けたよ。どうも、ソフィの母親には、正体不明のいかがわしさが匂うと思っていたが、払いがいいため、客のプライバシーには深入りしなかったんだ」
 カトリーヌが以前、アンリを買ったことをロッキーは知っていた。そう、おそらく精液はジョーンのものだろう。が、自分たちビーチボーイ、貧乏漁師のかーちゃんどもが外人旅行者に体を売ってできた卑しい子らと違って、州政府要人の息子なのだ。法の網が及ぶことはないだろうと思うと、しみじみ出生が疎まれた。
 アンリがスウェーデン人との混血であることは知っていたし、自分はイタリアとの合いの子だった。
「天真爛漫と思い込んでいた十五歳のフレンチガールにまで両天秤かけられていたとは、情けないよ。五百人斬りのビーチボーイキングの名声も泣くというもんだ」
 ロッキーは振り払っても振り払っても、女は蛾のように寄り集まってくるとうそぶいていたプライドが泥靴で踏みにじられたような顔をしていた。
「一番の役者は死んでしまった、ソフィだったかもしれんな」
 ぽつりとアンリが洩らした。

 ロッキーはあの夜のことを今一度、反芻してみた。久々の「フルムーンパーティー」というので、自分は無論、仲間はみな興奮していた。お目当ての外人女性をものにできる絶好のチャンス到来なのだ。
 ゴアのフルムーンパーティーは悪名高く、ドラッグ、アルコール、セックス三昧の無礼講で、とくに離れ小島でのそれは解放感も大きく、相手構わずの乱交パーティーだった。日ごろから目をつけていたソフィをこの機会になんとかものにしてやろうと、燃えたことはいうまでもなかった、そのため、仲間を張らせ、少女の動向に常に気を配っていた。
 アンリが少女を船に乗せて島に逢引に繰り出したとの情報を嗅ぎつけたときは、迅速に動いてモーターボートで後を追った。すぐに外洋に乗り出した帆掛け舟に追いついて、敵の船内に乗り込んだ。
 海上での激しい乱闘となったが、あえなくこてんぱんに打ちのめされた。船底に伸びていると、アンリに首根っこを摑まれ、ソフィの行方を厳しい口調で詰問された。そのときになって初めて、少女の姿が跡形もなく消え失せていることを知った。どうやら、取っ組み合いにぐらぐら揺れる船の中で重心を失って海に転げ落ちてしまったものらしかった。
 ほどなく、仲間が自分を抱え起こして、モーターボートへと移らせた。アンリが海に潜って、必死で捜索し始めるのが、紫に腫れ上がった目の縁をかすったが、手助けすることなく、一目散に海上を走り去った。
 翌朝、少女の溺死体が渚に打ちあがったときはさすがに、良心の呵責を覚えた。遺体を目の当たりにしたときの、卒倒しそうな衝撃をなんと表現したものか。沖に出たばかりで水深はさほど深くなかったし、きっと大丈夫、首尾よくアンリが見つけているはずだと、楽観していたのだ。本当に大変なことになってしまったと、膝ががくがくし、目の前が真っ暗になる心地だった。
 三日三晩一睡もできずびくびくおびえ続けていたが、案の定、容疑者の一人としてサツにしょっぴいていかれた。ソフィの体内から精液が検出されたことを知らされたときは、てっきりアンリのものと思い込んだが、奴とはいわば秘密を共有する共謀者でもあり、サツにばらすわけにはいかなかった。
 はっとわれに返ると、アンリが咎めるような口調で責め立てた。
「そもそもは、おまえがいけなかったんだぞ」
 さすがに罪の意識を覚え、蒼ざめた面持ちで沈鬱げに黙り込んでいると、
「まぁ、起こってしまったことをいまさらとやかく言っても始まらんがな、互いに罪をなすり付け合ってもしょうがないよ、一致団結せんとな」
 それから、アンリは周囲を用心深く眺め回し、看守が居眠りしているのを確かめて、急に秘密めかした小声になって、
「おまえ、まさか、洩らしてねえだろうな」
 と確認した。ロッキーは滅相もないという顔で否定した。アンリはほっとした面持ちになって、
「いいか、どんなこっぴどい拷問を受けても、絶対口を割るんじゃねえぞ」
 としつこいくらいに念を押してきた。それにしても、ロッキーは少女の遺体が全裸で上がったことが今ひとつ納得がいかなかった。ヒモで結ぶスタイルの水着だったと記憶しているから、流されるうち、ほどけたということだろうか、きっとそうにちがいない。
 それから、またしても深い悔恨に捉われ、自分を責めた。花も実もあるあたら十五歳の乙女の命を無惨に摘み取ってしまったと思うと、不慮の事故とはいえ、そもそも未成年者を手ごめにしようとした自分の悪い了見が祟ったのだと思った。生前のソフィのあどけなさを思い出すと、まぶたに熱いものが噴き上げてきた。俺の責任だ、アンリがまたしても黙りこくってしまった自分を気遣うように、
「心配するなよ、DNAの鑑定結果さえ出れば、二人とも強姦の疑いは晴れるはずだから」
 と慰めた。
 が、アンリの考えは甘かった。翌日から食事時間を除いての朝から晩までぶっ通しで、厳しい取調べが始まったからだ。
「おい、何隠しごとしてんだ、あの晩何があったのか、洗いざらい白状しちまえ」と刑事に突っ込まれたときは、牢屋に盗聴器が仕掛けられていたのかもしれないと疑った。容疑者同士を一緒にして、口裏を合わせたりしないか、泳がせたにちがいない。幸いにも、決め手となることは何もしゃべっておらず、黙秘権を行使することで乗り切った。
 業を煮やした刑事は、口に言えないような性的拷問にかけはじめた。アンリは自分と違って、女客しかとらなかったのに、ホモの刑事に容赦なくおカマを掘られてしまったのである。

 チャーリーとかいう刑事は好き物で、アンリにぞっこんのようだった。そのせいで、滅多打ちにされ、体中赤黒く腫れ上がらせている自分と違って、アンリは殴られたり、吊るされたりの拷問は軽くてすんだようだが、ホモっ気のないアンリにとっては、チャーリーの太い一物が尻に突っ込まれることは、どんな拷問よりつらそうだった。 
 毎日のご奉仕で、アンリの肛門は切れて血が流れ出した。両刀使いだったロッキーはこれにはいっこうにこたえず、刑事の汚らしいペニスまで頬張ってよっぽど噛み切ってしまいたくなる誘惑をこらえながら奉仕してやったが、精液まで余さず吸い込まされたときはさすがに吐き気を催しそうになった。盗聴器が仕掛けられているようだとの疑いを持ってから、互いの意思疎通にも慎重になり、うっかり不用意なことはしゃべれなくなっていた。
 悪夢のような毎日で、ある日、サドっ気を持つ刑事に、キンタマをかみそりで切り刻まれたときは最悪だった。このまま拷問死してしまうのではないかとの恐怖におびえ、衝撃は測り知れなかった。死を逃れても、不能になったら一巻の終わりで、もうこの実入りのいい商売はできなくなるのだ。
 が、まもなく、アンリは釈放された。当日夜、相手をした英国女性客が、一晩中自分といたとアリバイ証言してくれたからだ。独り取り残された自分は、とっさの機転で嘘の証言をし助けてくれる者などおらず、残忍な拷問に耐え切れず、ついに陥落してしまい、凶悪犯ばかりが収容されている悪名高い刑務所に護送された。
 観念してあの夜の顛末などつぶさに吐いちまったが、口からでまかせと信用してもらえなかった。何せ、乱闘相手にはれっきとしたアリバイがあったのだから。DNA鑑定などいくらも偽証できたろう。あたら二十一歳の若さで、最悪のケースは死刑、極刑は免れたとしても、この先一生監獄から出れないと思うと、暗たんたる絶望に見舞われた。
 スケープゴートにされた自分の後ろで、真犯人がのうのうとしていると思うと、悔しかった。その反面、アンリにけんかを吹っかけたことで、ソフィを事故死させてしまったとの自責の念もあり、己も加害者の一人であることには変わりないと思うと、複雑な心境だった。
 ジョーンのようにパワーを持った父親でもいれば、過失致死罪も帳消しにされるのだろうが、卑しい身分の漁夫が父親ではどうしようもなかった。結局のところ、いけにえにされるのはいつも、自分たち最底辺層なのである。しかし、体を売る商売についている弱者の自分にはどうすることもできなかった。
 後日、面会に来た仲間の一人から、アンリがゴアを去り、南に下ったケララ州のコヴァラムビーチを根城に、ルイスと源氏名を変えてまた体を売っていると聞いた。そこでも売春王にのし上がっているそうで、一生牢獄暮らしで美貌を費消し、無残に老いていく自分と比べて羨ましかった。
 美貌が唯一最大の武器で、若い華のあるうちにせっせと稼いで、金がたまったら、レストランをオープンしようと思っていた夢が木端微塵に打ち砕かれてしまったわけで、このとき自分は心底元商売敵のアンリを恨めしく思わずにはいられなかった。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件3(中編小説)

2017-05-23 16:47:31 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

三 春をひさぐビーチボーイ、アンリの回想

 ゴアは長年、欧米人旅行者の間で人気を誇っている有名なビーチリゾート地だった。アラビア沿岸沿いに点々と開けるビーチスポットは美しく野性的で、ポルトガルの植民地だった歴史を反映し、瀟洒な街並みは洗練された雰囲気をかもしていた。キリスト教住民の多い自由な気風に満ちたこの街は、シーズンともなると、白い肌一色に塗り替えられるといっても過言でないほど、欧米からの旅行者で埋まるのだった。
 アンリは、数ある浜の中でも、かつてヌーディストビーチとして一世を風靡したアンジュナビーチの外れの漁村に生まれた。六十―七十年代のヒッピー全盛期は、うさん臭い風来坊たちの穴場として人気を呼び、サイケデリックな衣装にじゃらじゃらのアクセサリーをまとった男女たちが、掘っ立て小屋同然のレストランで、日がな一日ガンジャ(大麻)のチラム(パイプ)を吹かしていたという。しかし、現在では警察の取締りが厳しくなり、そうおおっぴらというわけにはいかなくなってしまったものだが。
 が、抜け穴はいくらもあるもので、お上の目を盗んで時たまドラッグ三昧パーティーが催されることもあった。外人旅行者向けの催しとしてはこのほか、蚤の市、フリーマーケットがあり、毎水曜に行われるアンジュナのそれは名高く、Tシャツ、アクセサリー、民芸品、中古ペーパーバックまで何でもござれと旅行者にも好評だった。
 昔は小規模宿が低い崖の上にまばらに立つのみだったアンジュナも、今ではすっかり開発されホテルが乱立し、崖が途切れる向こうに開ける壮麗な浜には、レストランも競って軒を並べていた。そのうちの一軒、旅行者に最も人気のある「デアデヴィル」がアンリの行きつけの店だった。といっても、客として通っていたわけではなく、この店とは持ちつ持たれつの関係で、自由に出入りさせてもらう代わりに、猫の手も借りたいシーズン時は労働力を提供していたのである。オーナーはアンリの美貌が白人女性客寄せになることを知って、むしろ歓迎している節すらあった。
 自分は現地人には似つかわしくない肌白の、碧い瞳に金茶色の髪の外見のせいで、小さいころから「やーい、合いの子」と、悪童どもからどれだけからかわれたかしれない。数え切れないほどのいじめにもあってきた。長じると、「お前は、かーちゃんが白人旅行者に体を売ってできた子や」との陰口まで叩かれるようになった。思春期の多感な年頃だったアンリはさすがに、その噂には傷ついた。常々、父母にちっとも似ない容貌を鏡に映しては不審に思っていただけに、出生に隠された秘密には愕然とさせられずにはおれなかった。
 そういわれてみれば、十四歳ごろまで、うちには年に一度、北欧のスウェーデンという異国から特別のお客がやってきて、母がいそいそと華やぎ活気づいていたことを思い出す。大柄な金髪の年配男性は自分そっくりの肌色と瞳の色を持っていた。そのスウェーデンからの来客、オーステンは滅法気前のよい外人で、いつもたくさんのお土産を持ってきてくれた。
 アンリはこの異人がどうも虫が好かなかった。夜になると、一張羅のワンピースで着飾って厚化粧を塗りたくった母親とどこかに出かけるのが気に食わなかった。父は見て見ぬ振りだった。スウェーデン人が滞在している間、母は常と打って変わって急に女臭くなり、子供心にもその生(なま)な媚態が嫌でたまらなかった。が、オーステンが去ると、うちはいつもにわかに潤うのだった。
 掘っ立て小屋がいつのまにかコンクリートの家に取って代わられ、電化製品なども揃い始めたころ、スウェーデン人の訪問が突然途絶えた。しょっちゅう来ていたエアメールもぷつりと途絶えた。母はすでに四十近くになり、スウェーデン人が来なくなって以来、父との間で口げんかが絶えぬようになっていた。父はハードな漁の仕事を好まず、オーステンのもたらす恩恵にあずかって、それまでぶらぶらする毎日だったのだ。
 長男だった自分は見るに見かねて、勉学を放棄し、働くことに決めた。十六歳の頃である。
  
 最初、ホテルの下働きから始めたが、ある日、思いがけない誘惑の罠が張り巡らされた。泊まり客の白人女性に室内に招かれたのである。性に興味を持つ走りでもあったため、アンリはセシルという名の美しいフランス人女性の誘いについふらふらとなった。そして、セシルの手ほどきで、童貞を喪失したのだった。 
 セシルは、アンリの嫌ったスウェーデン人同様寛大だった。欲しいものは何でも買ってくれ、高級レストランにも連れて行ってくれた上、お小遣いもふんだんに弾んでくれた。
「あなたくらいきれいな子は、フランス中探したって、そうそう見つかるもんじゃないわ」
 と褒めそやし、自分にぞっこんだった。アンリを見せびらかすように連れて歩くのが誇らしげだった。
 アンリはその類いまれな美貌から、どこに行ってもちやほやされた。同性からの誘惑もしょっちゅうだった。ほかの欧米人から羨望の目で見られていたセシルは、気に入りの愛玩物を取られやしないかと神経質になるほどだった。そのくせ、美しい情人が自慢の種で、どこにでも同伴した。
 父の帆掛け舟を操って、二人だけで小さな島に遠出したアバンチュールのことは今もって忘れられない。底まで透けて見えるターコイズブルーの入り江に裸身を浸しながら、飽くことなく戯れあったものだ。
 セシルはアンリよりひと回りも年上だったが、怜悧な美貌を湛えた大人の女性で、初めての女ということもあって無我夢中になってしまった。しかし、やがて、自国に戻らねばならぬ日がやってきて、女は去った。便りを必ずくれると約束したが、それっきりだった。
 ともかく、それがきっかけでアンリはホテルを辞めた。「ビーチボーイ」という、楽して稼げる、旨味のある商売があることを知ったからである。
 浜やレストランにたむろし、金持ちの白人女性客を引っ掛けて歩くビーチボーイ、いわゆる売春夫たちは、それぞれ個々のテリトリーを持ち、やっかみや中傷による妨害はしょっちゅうだった。これと目をつけた欧米客を巡って、熾烈な争奪戦を繰り広げていたのだ。
 アンリの最大のライバルは、やはり自分と同じ「合いの子」との陰口を叩かれていたロッキーだった。イタリア人との混血だったロッキーはアンリ同様に肌白で、透明なエメラルド色の瞳を持つ美少年で、二つ年上だった。この世界に入ったのは三年前のことらしく、ビーチボーイのキングとして君臨していただけに自信満々、最初新入りのアンリを見くびっていたが、屈辱を嘗めさせる機会がほどなくやってきた。ある日、競い合っていた米国からの富裕な年配客が、アンリの側に落ちたのである。
 以来、競争意識は苛烈になった。ロッキーは金のためなら客を選ばないところがあって、同性も厭わなかったため、実数は女性のみのアンリとどっこいどっこいだったが、三年後にはアンリが王座をかっさらった。
 以降、ロッキーはアンリに怨念をもつようになり、妨害などの嫌がらせが陰湿になってきた。客をめぐって一戦交えることはしょっちゅうだったが、玉座についたアンリはものともせず、わが世の春を謳歌した。とにかく、白人女性客からのお誘いがひっきりなしにかかり、体がいくつあっても足りないほどで、シーズンともなると、両手両足に花、掛け持ちでサービスに走り回っていたのだ。
 セシルと違って、四十年配の欲求不満の醜女(しこめ)どもを相手にしていると要求がしつこいだけに、嫌気が差すこともあったが、その分報酬はたっぷり弾んでくれるので、我慢して応じるしかなかった。
 ときどき、アンリは、セシルと初めて遠出したときのことを思い浮かべ、島の透明な浅瀬で気持ちよさそうに泳いでいた、カラフルな黄と緑と青の縞模様の美しい魚が、セシルの髪から落ちた赤いハイビスカスをむさぼっていたことを思い出し、今の自分は、花を食う魚ではなく、食虫花に食われる餌食のようだと自嘲気味になることすらあった。
 そんなとき、ソフィを知ったのだ。皮肉なことに、母のカトリーヌは自分の客の一人だった。「デアデヴィル」で四歳年下のソフィと初めて会ったときから、可憐な少女だと好感を抱いていたが、この三年のうちに見違えるように女らしくなり、まぶしいくらいピチピチした娘の体つきになっていた。やせっぽっちだったのが、ノーブラのTシャツの前はテントを張ったように突き出し、短パンの尻は振るいつきたくなるような丸みを帯びていた。豊満な肉体と裏腹に、ルックスは天使のようにあどけなく可憐で、アンバランスな魅力が地元の不良少年の注目の的にもなっていた。
 ご多分に漏れず、ロッキーも彼女を狙っていた。アンリはセシル以来の胸のときめきを覚えたが、母親に気兼ねして、少女の求愛を知りながらも、無視し続けるしかなかった。ソフィがライバルの手に落ちやしないかとはらはらし通しだったが、未成年者というのもいささか気になった。手をだすと、やばいような気がしたのだ。
 カトリーヌは今年もバカンスを丸々アンジュナで過ごす予定らしく、少女はデアデヴィルを行きつけとしていたため、毎日のごとく顔を合わせたが、本音と裏腹に冷淡にあしらい続けた。一方のソフィは母がアンリを買った事実などいっこうに頓着せず、相変わらず熱い眼差しを向けてくるのだった。
 ある日、アンリの前に絶好のチャンスが訪れた。母親の姿がここ二日ほど見えないと思ったら、どうやらソフィを残して単身旅行に出たらしいと知った。もっとも、娘の監視は信頼しているガイドに託していったため、トミーという野暮ったい三十男が常に付きまとって離れなかった。アンリははすかいのテーブルに座った少女に声をかける機会をそれとなく窺いながら、目前の客と親密げに話し込むそぶりを取り続けた。
 ソフィは苛立っているように見えた。ガイドのトミーに突然八つ当たりしたかと思うと、レストランから追放し、マネージャーのエディと仲睦まじげに話しだす。それからまもなく、店内に筒抜けの大声で、トイレと言い置いて、立ち上がった。店を出る直前、こちらにちらと意味深な目配せを送ってきた。紛れもなく、誘う女の目つきだった。アンリはむずむずする衝動を抑えきれず、やや間を置いて、客に失礼といって立ち上がった。
 案の定、裏の簡易トイレの陰で、少女は待っていた。アンリはすかさず周囲に視線を張った後で、奥の茂みへと誘導した。これまで抑えていた欲情を一気に解き放ち、飢えたけだもののように狂おしく抱きすくめ、唇を貪欲にむさぼった。Tシャツの下に手を差し入れ、豊満な乳房を揉みしだくと、絡ませた舌の間で少女の息遣いが荒くなった。空いているほうの手で短パンの股の隙から指を挿入し、湿った箇所をこね回すと、少女は舌を外してむせび泣くようなうめきを洩らした。アンリの股間はもうパンパンだった。少女が自らホックを外し、もどかしげな手で短パンを引きずり下ろそうとしたそのとき、「ソフィ」との呼び声がかかった。
 どうやらマネージャーのエディのようだった。あわてて離れたアンリはとっさに身を隠した。闖入者が退散した後、囁くような早口で一時間後の逢引場所を指定し、何食わぬ顔で店に戻った。ソフィはそのまま、とんずらした。

 満月の光に照らし出された銀色の海路へ、帆掛け舟を操るアンリの傍らで、赤いビキニ姿のソフィはのびのび寛いでいた。
「口うるさいママンがいなくて、ほっとするわ」
 保護者の監視のない解放感からか、ソフィはアンリが少しやりすぎではないかと思うくらい、大麻入りワインボトルをひっきりなしに口に運び、ラリっていた。十五分くらい航路を取ってまもなく、背後からモーターボートの騒々しいエンジン音が響いてきた。
 ロッキーと手下どもだった。モーターボートはほどなく追いつき、不良少年たちが船内に乗り込んできた。ソフィを巡っての激しい乱闘が繰り広げられる。くんずほぐれつするたびにバランスを崩した船が大きく揺らぎ、ラリっているソフィの体が重心を失ってぐらりとかしぐ。アンリは少女に助けの手を差し伸べようとしたが、滅多打ちにしてくる敵に立ち向かうのが精一杯で、なすすべもなかった。
 やっと、ロッキーを打ちのめしたときには、船内からソフィの姿は跡形もなく消えていた。
「おい、ソフィをどこに隠した?」
 アンリはこてんぱんにやっつけたロッキーの首元を手荒に引き寄せ、往復びんたを食らわせ目覚めさせると、訊いた。ロッキーは切れて真っ赤になった口中をもごもご動かして、
「知らんよ」
 と紫に膨れ上がった顔で答えた。逃げようとするほかの少年たちを捕まえ、ひとりひとり厳しく尋問する。
 隣に浮かんでいるモーターボートには人っ子ひとりいなかった。そのときになって、アンリはさすがに事の重大さに気づいた。男たちが乱闘しているさなかに、酩酊していた少女は重心を失って、きっと海中に転げ落ちてしまったにちがいなかった。
 リーダーを抱え起こすと、少年たちはモーターボートに乗り移り、さっさと退散しようとする。
「おいこら、ずるいぞ、連帯責任じゃないか、一緒に探せ」と、押しとどめようとしても、その隙もない素早さだった。
 アンリは呼び止めるのをあきらめて、即座に海に飛び込むと、赤いビキニ姿を求めて、必死に探しまくった。島に出かける気はとうに失せて、船を駆って浜に後戻りすると、そこで寝ずの番をすることにした。ソフィは泳ぎが得意だったため、後刻、もしかして海辺にたどり着くような気がしたのだ。
 北側で行われているらしいパーティーのかすかなざわめきが、潮騒に紛れて響いてきた。 
 少女が戻ってくる兆しはいっこうになく、いつとはなしにうつらうつらとまどろみに落ちた。
 翌朝、目覚めたときには、ソフィはすでにこの世の人ではなかった。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件2(中編小説)

2017-05-23 16:35:51 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

二 刑事マックの推理

 ゴアの首都パナジ警察署は十日前、アンジュナビーチでフランス人少女の全裸死体があがった事件で、のどかな常日頃と打って変わって、緊迫した雰囲気に包まれていた。検死の結果、十五歳の未成年少女、ソフィ・オベールの胃内から大量のドラッグとアルコール、膣口に精液がこびりついていたことが判明したため、捜査一課は強姦殺人事件として動き出していた。直接の死因は溺死だったが、死体のあちこちに打ち身や切り傷があるのは強姦犯が無理強いした際に振るった暴力とも疑えたのだ。
 旅行者のレイプ事件はわりとよくあることだったが、このような不審死は三年ぶりくらいだった。もっとも、レイプといっても、肌を露わにした性的にフリーな欧米女性の側に落ち度があることもあり、線をどこで引くかが難しかった。加害者は例外なく、同意の上と主張するのだ。四十年配の屈強な体格のベテラン刑事、マックは三人の容疑者の自白内容を改めてテープで聞き直しながら、厳めしい顔つきで考え込んでいた。
 ソフィが当日二十時過ぎまで、アンジュナビーチの人気NO1レストラン「デアデヴィル」にたむろしていたことは、第一の容疑者、店のマネージャー、エディの証言でわかっていた。ちょうど同じ時間帯、店内にいた第二の容疑者、白人客向けの売春夫アンリもそれは証言していた。
 母親のカトリーヌから不在中の娘の監視を仰せつかったガイド、トミーを事情聴取したところ、四六時中付きまとうのを被害者に疎ましがられ、少女のたっての頼みで三十分だけ店に置き去りにした途端、まんまと逃げられてしまったと嘆いていた。トミーが店を出たのは二十時少し前だったという。少女はそれからまもなく、エディにトイレと言い置いて店を出たらしいが、戻らないので探しに行くと、裏の茂みでもつれ合う人影があり、とっさに名を呼ぶと、ぱっと離れたので、さすがにきまり悪くなって逃げ帰ったとのことだった。暗くて男の顔はよく見えなかったという。
 そこで避妊具なしに交わり体内射精した事実があるなら、精液は間違いなくその男のものということになる。仮にシーメンがその男のものということになると、他殺説は遠のいて、事故死の線も濃厚になってくるのだ。トミーによると、ソフィの水着は紐で結ぶ方式の赤いビキニだったというから、潮でほどけて流されたとも考えられた。ラリった少女が足を滑らせて崖から落ちるなど、なんらかの偶発的事故に巻き込まれたとも疑えた。体の傷は岩礁にぶつけた際にできたと考えればいい。
 第三の容疑者、ロッキーはアンリと同業者だったが、少女を狙っていたとの裏が取れたので、しょっぴいたものだった。厳しく尋問したにもかかわらず、本人は容疑を否定していた。が、誰しも自分に不利な供述はしないものだ、どこまでほんとかわかったものじゃなかった。レストランの裏でいちゃついていた男はエディ本人かもしれなかったし、ロッキーもやたらおどおどして怪しかった。ただ、アンリだけは、その日は英国からの女性客をもてなしていたと、アリバイを主張していた。
 しかし、所詮いかがわしい売春に身をやつしている輩だけあって、妙にうさんくさいところがあった。故意に二人を同室にぶち込んで、口裏を合わせたりしないか、看守にもそれとなく見張らせていたが、今のところ決め手となる情報は得られてなかった。どうやら二人は商売敵らしく、初日に少し口を利いただけで、意思疎通はほとんどなく、互いにむっつり黙り込んでいるとのことだった。
 レストランを出てからの少女の足取りが今ひとつ不明だったが、裏でいちゃついていた男とトンズラしたとしたら、彼の寝屋にでも入り浸っていたものろうか。ガイドに見つかることを警戒して、二十三時からのフルムーンパーティーにもおおっぴらに顔を出せなかったにちがいない。ボートで三十分の離れ小島や、山ひとつ越えたバガビーチに出た可能性もあると、念のため、めぼしい外人旅行者に聞き回ってみたが、それらしき少女は見かけなかったとの答が返ってきていた。
 いずれにしろ、死体の発見場所がアンジュナで死亡推定時刻が零時から一時の間だったところを見ると、どこかに出かけた可能性は薄かった。とにかく、顔の割れない正体不明の男を探すことが先決だったが、まったく手がかりはなかった。ホシにまつわる鍵を握る最重要人物、いや、もしかしてホシ本人であるかもしれないのにだ。エディがホシとはやはり考えにくかった。そもそも、自分がいちゃついていた当人なら、刑事にばらしたりしないはずだし、二時の閉店まで働いていたと主張し、同僚たちもそれは証言していた。
 マックは舌打ちしながら、宿泊先のホテルから押収してきたソフィの日記帳をぺらぺらめくり直した。涙をぽろぽろこぼしている自画像や、絞首台で首を吊っている絵から察するに、少女の精神状態はかなり不安定なものだったと思われる。 ビーチボーイ、アンリへの恋心が綿々と綴られているが、肝心の本命からは冷たくあしらわれていたようだ。母子家庭という複雑な事情や、実らない恋を悲観しての自殺も充分ありえた。崖から足を滑らせたというより、ついふらふらと誘惑に駆られての投身ということだ。だが、自殺といっても、あのヒステリックな母親のこと、きっと納得しないだろう。
 他殺説をとるならと、マックはまたしても考え込んだ。事件が起きたのは真夜中近く、いまだ熱狂と興奮に渦巻くフルムーンパーティー会場から死角になった、崖の縁の入り江でだった。男と人気のない水中で睦み合ううちに、大量のドラッグでラリっていた少女は突然意識不明に陥った、恐くなった男は置き去りにして逃げた、放置された少女は波にさらわれ溺れ死んだ、これが一番ありうる仮説だった。
 そうなると、過失致死だが、未成年者と交わり、事後放置した犯人の罪は重く、強姦殺人罪として訴えることができる。が、和姦説をとるにしても、なぜ傷が多かったのだろうという疑問も残った。男にマゾっ気があったものか、それとも波に揉まれるうちにやはり岩礁にぶつけたということか。もっとも、このときの男が、レストランの裏でいちゃついていた奴と同一人物とは限らなかった。ホシとはにらんでいるが、そもそも少女と交接の事実があったかどうかが不明だし、仮にあったとしてもコンドームを用いた可能性もありうる。何人の男と交わろうとも、避妊具着用ならば、証拠の精液は残らないのだ。そうすると、文字通り誰かが無理強いに犯した説も成り立つことになる。それと、溺死体を偶然見つけた変態が屍姦したこともありえた。
 他殺、自殺、事故説と、マックはそれぞれに思いをめぐらし、われながら冴えていると惚れ惚れした。が、まもなく届いたDNAの鑑定結果はさすがのベテラン刑事をも、混乱の極みに陥れるものだった。三人のいずれの容疑者とも一致せず、捜査は振り出しに戻った形になったのだ。

 事件からひと月が過ぎても、当国の常で捜査がいっこうに捗らないことに、母親のカトリーヌは苛立ち、立腹していた。挙句に、「インドの警察は信用できない」とまで、ヒステリックに喚きたてる始末だった。この事件にはドラッグが絡んでおり、警察側としても厄介極まりなかった。日ごろ野放しにしてきた当局の責任が問われるわけで、できることなら穏便に揉み消してしまいたかった。マック自身も、レストランや売人からの口止め料で常日頃、潤っていたのである。
 しかし、良心の咎めを覚えたことは一度もなかった。マフィアや政治家とも密接に結びつき、警察の汚職はこの国では当たり前のことだったのだ。みながやっていることだ、とにかくこの口うるさい母親を何とか丸め込んでしまうことのほうが先決だった。
事故死で片付けてしまうのが一番楽だったが、精液が検出されたとの証拠書類がある以上、そういうわけにもいかなかった。被害者が未成年者ということで、立派に強姦罪が成り立つのである。
 レイプといっても、あの肉体の発育度だ、おそらくは合意の上だったろうがな、マックは顎鬚を撫でてにやにやした。ゆうに九十センチはあった豊満な乳房と、ふさふさした股間の金色の茂みを思い出した。「いいケツだったな、生きていれば、わしも一戦交えたかった」。
 それから、はっと卑しい顔つきを引き締めると、こうなったら鑑定結果は無視して、三人の容疑者のひとりをスケープゴートにしてしまうしかないと思った。それが一番手っ取り早い方法だ。とにかくあの毛唐が事故死で納得するはずなかったし、犯人さえ挙げてしまえば、納得するだろうともマックは思った。
 現実には殺意はなく、ラリった少女が男と肉体関係を持った後、不慮の溺死、もしくは自殺したとも考えられたが、場合によっては殺人罪も擦り付けてしまえばいいんだ、さて、どいつをいけにえにしてやろうかと、マックは舌なめずりした。アリバイ不明で、拷問すると、すらすら供述を変える弱気な奴が一番いい。ドラッグ売買の取り持ちをやっていたエディはまずかった。いかがわしい売春夫のどちらかひとりがいいだろうと思った。
 それにしても、男の自分ですら思わずため息が洩れるほどのきれいな少年たちで、自分にはさすがにその趣味はなかったが、ホモっけのある部下におかまを掘らせて、見物としゃれ込むのもいいかなとにんまりした。
 しかし、拷問の等級を挙げたにもかかわらず、しぶといというか、アンリとロッキーはなかなか供述を曲げなかった。
 そうするうちに、被害者の母親がいっこうに動かない警察に業を煮やし、マスコミに助力を求め、インタビューで「この事件には、有力者が絡んでいる」と暴露する騒ぎにまで発展した。一部の英字紙がカトリーヌが洩らした政治家の名前と、ドラッグ浸りの彼のどら息子も、少女がよく出入りしていたレストランに入り浸っていたことをすっぱ抜いたため、署内は途端に蜂の巣をつつく騒ぎになった。
 少しカトリーヌを甘く見ていたようだなと、マックは歯ぎしりした。
 案の定、当の政治家から電話がかかってきて、頭ごなしに叱り付けられた。
「何をやっとるのかね、君は。常日頃、政治家にとって、スキャンダルは一番の命取りになると口を酸っぱくして言っておったろうが」
「はあ、申し訳ありません。まさか、先生にご迷惑をおかけすることになろうとは思ってもみませんでしたもんで」
 冷や汗がたらりと流れる。
「ジョーンの補導歴もあって、私が神経質になっていることは知ってるだろう。なんのため、高いプロテクト代を施してやっているのだ」。
 二年ほど前、当時十八歳だった代議士の長男がラリって白人女性をスポーツカーに同乗させ、政敵の息子に追跡され白昼の路上でカーレース、その挙句に対向車と衝突事故を起こした事件があったのだ。幸いにも、被害者も本人も軽い怪我で済んだが、あのときも揉み消すのに躍起になって、方々走り回ったものだった。が、今度の事件は人の死が絡んでいるだけに、重大さでは比べものにならなかった。
 ほんとに厄介なことになったもんだと、マックは内心ため息をつきながら、臆病な子羊のようにおもねる口調で言った。
「これ以上、先生にご迷惑が及ぶことのないよう即刻処置いたしますんで」
 額にびっしょり玉のような汗をかいていた。代議士の口利きでせっかく昇進した警部、捜査課長補佐の地位を、鶴の一声で格下げされてはたまらなかった。
「よかろう。あと、マスコミへの対応策だがね、母親がドラッグ売買に手を染めていると流したまえ」
 マックは畏まって応じながら、さすが海千山千の汚職政治家だけのことはあるわいと、その腹黒さにうなった。
 カトリーヌがアンジュナビーチの常連で、ドラッグ浸りだったことの調べはすでについていた。偉そうに抗議しても、自身が悪癖に染まっているから、娘まで親を真似た挙句のけったいな死に方をするんだと思った。娘の日記にも、父が身近にいないことの寂しさが吐露されていたし、きっと私生児だったにちがいない。思春期の多感な少女に、前途を悲観するあまり自殺されたって、悪母としては文句は言えないところだ。
 マックはふと長年の職業柄の勘のようなもので、カトリーヌがドラッグの売人だったというのは案外、当たらずとも遠からずかもしれんなと思った。
 代議士の戦略が功を奏して、カトリーヌはほうほうの呈で自国に逃げ帰った。が、後日、本国に運んだ娘の遺体を改めて検死解剖させ、腎臓が抜き取られていた極秘情報を、インドのマスコミに売った。パナジ暑はこの不祥事で始末書をとらされ、臓器売買汚職で監察医は免職処分、マック自身も昇進を取り消された。
 国際社会でパワーを持つ先進国政府を盾にした外人女の復讐がいかに恐いか思い知らされた一件だったが、すでに後の祭りだった。

につづく)
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ドラッグ天国殺人事件1(中編小説)

2017-05-23 16:27:48 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

ドラッグ天国殺人事件

                                李耶シャンカール



一 ガイドのトミー、ソフィの死体発見

 昨夜フルムーンパーティーでしたたかに酩酊し、椰子樹の根元でうっかり眠りこけてしまったトミーは、周囲の物々しい雰囲気ではっと目覚めた。ドラッグとアルコールのちゃんぽんのせいで、後頭部がずきずき痛んだ。
 時計を見ると、午前九時過ぎだった。のろのろと起き上がって、ふらつく体をホテルが軒を並べる崖の方角に進めたが、中途で警官とすれ違ったことが妙に気になって、黒山の人だかりのするほうへ立ち寄ってみた。不吉な胸騒ぎを覚えたからである。トミーがとっさに人ごみを掻き分けて前に進むと、一目で外人とわかる全裸の水死体が打ち上げられていた。悪い予感が当たって、トミーはその場にへなへなと座り込みそうな衝撃を受けた。
 十五歳のソフィの天使のようにあどけなかった面差しは海水を吸い込んで醜く膨れ上がり、青ざめた肌白の肉体には藻が絡み付いていた。年に似合わず発育のいい豊満な肢体が、土地の男たちの好奇の目に晒されるのに耐えられず、トミーはすかさずシャツを脱いで死体にかけようとしたが、警官に遮られた。その拍子に喉元にこみ上げる嘔吐感があり、戻しそうになる口元を必死に押さえ、がくがくする膝をかろうじて支えた。後から駆けつけた別の警官が物見高い群集をこん棒で制しだした。
 青いビニールカバーが露わな仏様にやっとかけられると、トミーはほっとして、放心状態のままふらりと歩き出した。それにしても、いったい、この顛末を母親のカトリーヌにどのように説明したものかと思うと、頭を抱えて途方にくれる心地だった。
 
 毎年、バカンスで有名な西インドのビートリゾート地、ゴアにやってくるフランス人母娘は、トミーの上客だった。いつも母娘二人のみで、父親は決して姿を見せず、事情はよくわからなかったが、客商売上詮索しないようにしていた。一度だけソフィは私のパパには別の妻子があるんだと寂しそうに洩らしたことがあり、私生児かと疑ったものだ。養育費は出されているようで、何不自由ない生活を送っているらしかったが、複雑な家庭の事情は思春期の少女に翳を落としていた。一見、天真爛漫と見えて、自暴自棄でワルぶる一面も、そんなところに原因があるのかもしれなかった。
 それはさておき、野暮ったいけれど誠実のみが唯一取り柄の自分は、母親のカトリーヌに滅法気に入られ、今回も案内役を務めることになったのである。母親が前回見逃した野生動物保護区に行きたいとの希望を洩らしたため、早速車の手配をし、付き添うつもりでいたが、娘がゴアにとどまりたいと駄々をこねたので、信頼している自分の監視下に託して母のみ単身で出かけて行ったのだった。
 まさかこんなことになろうとは予想だにしていなかっただけに、トミーは責任問題でもつれる今後の厄介さを思うと、暗澹たる思いにとらわれた。心を落ち着かせ、冷静になって、昨夜のソフィの足取りを今一度反芻してみる。

 アンジュナビーチで一番人気のあるレストランは「デアデヴィル」(向こう見ず)だった。ソフィの行きつけの店でもあり、昨日も朝から晩まで入り浸っていた。彼女の目的が、ビーチボーイのアンリにあることは言わずと知れていた。
 ビーチボーイとは、欧米人に体を売って生計を立てている売春夫のことで、現地人らしからぬ肌の白さと碧い瞳を持つ絶世の美少年、アンリは数あるなかでも、その類まれなるルックスで際立っていた。弱冠十九歳でビーチボーイのキングとして君臨していたのである。性別問わず相手にする下級売春夫と違って、女性のみしかとらなかったが、富裕な年配客がひっきりなしに群がり、掛け持ちでサービスに走り回る超売れっ子ぶりだった。商売と私情をミックスしないクールさでも知られており、それだけに外人の女たちは彼のオーラに魅せられたごとく、蛾のように寄り集まってきた。
 しかしアンリは、可憐なルックスと裏腹に、豊満な肢体がアンバランスな魅力を醸している十五歳の少女を、なぜか鼻も引っ掛けなかった。土地の不良少年どもはみな、ソフィに目をつけていたというのにだ。ソフィはその日も意中の人に無視され、傷ついていたようだった。
 ソフィに気があるレストランのマネージャー、エディが、少女の機嫌を取り持つようにスペシャルドリンクを運んできた。ヌーディストビーチとして一世を風靡したヒッピー全盛期に比べると、ドラッグの取り締まりはずっと厳しくなっていたが、抜け穴はいくらもあるもので、この雇われマネージャーは安給料の足しとして密かに、白人客へのドラッグ売買も取り持っていたのである。
 エディが持ってきたのは、大麻入りアルコールで、「バング」という練り物を溶け込ませた白ワインはオリーヴがかった妖しげな濁りを帯びていた。オーナーもグルで、見て見ぬ振りだった。警察にはバクシーシ(布施)と称して、毎月一定の口止め料を弾んでいたため、客からの要望さえあれば、おおっぴらに出していたのである。
 母親の監視の目から解放されたティーンエージャーは、伸び伸びと振る舞い、少しやりすぎじゃないかと思うくらいスペシャルドリンクのお代わりをしていた。三杯目をオーダーしたとき、トミーもつい、口出しせざるをえなくなった。
「ソフィ、それくらいにしといたほうがいいよ。バングが胃から直接吸収されることもあって、強烈な効き目なのは知ってるだろう」
 ソフィは顔に似合わず結構ワルで、母の目を盗んで、やれ、スピード(覚醒剤)だの、コカインだの、ブラウンシュガー(精製してないヘロイン)にも手を出していた。実は母親自身もドラッグ常習犯でまるで娘の手本にはならなかったが、自分のことは棚に上げて子供にはやたら厳しかった。
 トミーはカトリーヌが昨夏、アンリをこっそり買ったことも知っていた。それにしても、ソフィも、初めて会った十二歳のころはまだしも可愛げがあったが、思春期に入るにつれ、どんどん発育していく肉体とともに生意気になっていった。トミーはソフィがとっくにヴァージンでないとにらんでいた。
「ふん、何さ、たいそうな口を利くのはよしてよ。あんたなんか、たかがママンに金で雇われたガイドじゃないの。人がせっかくエンジョイしてるってのに、水を差すようなこと言ってさ。とにかく、そう四六時中あたしに付きまとうのはやめてくれない、うっとうしくてしょうがないわ」
 少女とも思えぬ小憎らしい口を利くのだった。さすがにトミーはむっとなったが、大事なお客でもあるため、じっとこらえた。
「少し、あたしを独りにしてくれない、ここからどこにも行かないからさ」
 ぷーっと頬を膨らませて抗議する少女を見るに見かねて、エディが口出しした。
「おい、おまえ、ちょっと浜でも散歩してきたら、どうだ。ソフィだって、そう始終見張られたんじゃあ、窮屈でしょうがないよ。思春期の遊び盛りなんだよ、わかるだろう、心配なら、俺が代わりに見張ってやるからさ」
 少女に気があり、何とかものにしようと躍起になっているエディが代理ではまったく信用ならなかったが、ソフィが碧い瞳で冷ややかににらんでいるので、渋々、
「じゃあ、三十分だけだよ、ソフィ、どこにも行くんじゃないよ」
 と何度も念を押して椅子から立ち上がった。店を出る直前、エディと仲睦まじげに話し込んでいるソフィを確認し、その先にちらっと目をやると、アンリが新顔の女性客と親しげに会話を交わしていた。たいてい醜く肥満した年配女が客としてついていたが、珍しく三十歳前後の若く美しい女性だった。長年ガイドをしている勘から、イギリス出身のように思われたが、どうやら到着してまもないようだった。
 ソフィが苛立って憎まれ口を利くのは、きっとジェラシーのせいもあるにちがいなかった。アンリは三年越しの少女の求愛は重々承知で、知らん振りを通していたのだ。母に買われた分際の上、利口な男だから、未成年者と関わると、後々厄介なことになると警戒していたのかもしれない。
 
 トミーはいまだ野性味が損なわれずにいる壮大な夜の浜を、腕時計とにらめっこしながらあてもなく歩きだした。今夜はフルムーンだった。滴る月光に椰子樹が青白いシルエットを描き、穏やかなアラビア海は銀箔を流したように照り映えていた。
 時計の長針が半周し、午後八時半になった頃合を見計らって、そそくさと店に戻った。まんまとしてやられたと思ったのはこのときだった。少女の姿は跡形もなく消え失せていたのである。エディに問い詰めると、トイレに行くと言って出たきり、戻らなかったという。斜め前のテーブルに座っていたアンリと女性の姿も消えていた。
「おい、どこに行ったんだよ」
 襟元を摑まんばかりの勢いで語気荒くただすと、
「知らねえよ」
 とエディはつっけんどんに答えた。モーションかけてるソフィに肘鉄を食らったので、彼自身も悔しがっているようだった。
 トミーは行方をくらましてしまったじゃじゃ馬娘の居所をなんとしてでも、突き止めねばならなかった。一時間ほど、浜やほかのレストラン、宿泊先を調べ回った挙句、あきらめていったんオフィスに戻った。午後十一時からフルムーンパーティーが催されるので、そのときになればきっと会場に姿を現わすだろうと、楽観したのだ。 
 一時間半後、浜に出てみた。まばゆい月のしずくに照らされた海岸は、世界各国からの若者の熱気で噎せ返るようだった。焚き火を囲んでギターをかき鳴らすグループがいるかと思えば、ポップミュージックをがんがん鳴らして踊り狂う連中もいて、共通しているのは誰も彼もがドラッグと酒でハイになっていることだった。
 トミーは素面で、少女の姿を求めて駆けずり回った。今、思うに、ソフィが母親についていかなかったのは、このフルムーンパーティーを逃したくなかったせいにちがいなかった。近年、警察の取締りが厳しくなったこともあって、ドラッグ三昧の乱痴気騒ぎを催す機会は激減していたのだ。
 旅行者同士の密かな情報交換で、パーティーが催されるかどうかはわかるのだが、みんな、今度こそはとわくわく期待に胸弾ませながら、直前中止で拍子抜けの日々が長いこと続いていたのだ。みながやりたくてうずうずしていた矢先だっただけに、主催者側の万事手抜かりない根回しで、事前に催されることが決定したときには、誰もが狂喜乱舞した。パーティーが催されるとわかっていたら、きっとカトリーヌも発たなかったはずだ。
 それにしても、ソフィの姿はどこにも見当たらなかった。見知った外人たちにも訊き回ってみたが、みな首を傾げるばかりだった。しょうがないわがまま娘だとトミーは舌打ちしながら、まあ、明日になれば、けろっとして現れるだろうと、依然楽観していた。
 必死で捜索するうちに、時計はいつしか真夜中近くなっていた。トミーは半ばやけ気味で、知り合いのドイツ人の差し出す大麻入りビールをあおった。切手のような一続きのアシッド(LSD)も巡ってきたので、二枚口中に放り込んだ。いつも素面ばかりでは、馬鹿らしくてこんな仕事はやってられない、まったくカトリーヌが去ってからというもの、このじゃじゃ馬娘には振り回されっぱなしだ。
 ゴア・トランスと呼ばれる世界の旅行者が持ち込んだコンピュータミュージックががんがん音響を鳴り渡らせ、満月の夜のパーティーは最高潮に盛り上がった。コンピュータミュージックと、エクスタシー(錠剤型合成麻薬の通称)、LSD、スピードなど数々のドラッグ、昔ポルトガルの植民地だったことでキリスト教徒の多い西洋化された瀟洒な街並み、長大な海岸線に沿って点々と繰り広げられるビーチリゾート、その野性的で美しい自然、これらの要素が噛み合わさって旅行者の熱狂はとどまるところを知らなかった。
 トミーも誘われるまま、気違いじみたように踊りまくって、椰子の根元にごろりと横になった。潮風が汗に濡れた体を心地よく撫で過ぎていく。三十に手の届く自分は久しく、こうした娯楽から遠ざかっていたため、若いころのことを思い出すようだった。夜空を見上げると、輝かしい黄金(こがね)色の大ぶりの満月が煌々と照っていた。椰子がしとど降り注ぐ月の滴を浴びて、深海で発光する巨大なひとでのように長い葉を触手のように蠢かせている。
 と、永らくご無沙汰していた背中に羽の生えた光の精霊が現われ、疲労した全身に漏斗のような指先でエネルギーを注いでくれた。深い安らぎと至福感に満たされ、ドラッグの幻覚が生み出す精霊たちとテレパシーを交わした。
「ソフィは明日見つかるよ」と、そのうちのひとりが教えてくれたような気がした。そのとき脳裏に突如、少女の全裸死体が浮かんだ。バッドトリップかなと、頭を左右に烈しく振る。不吉な悪夢を一掃するように、夜空にいきなり華麗な七彩のグラデーションがかかった。恒例の締めの花火で、その合図によって、トミーは今まさにパーティーの幕が閉じられようとしていることを知った。
 東の空はまもなく、白み始めようとしていた。狂乱騒ぎから浜に一転して静寂が戻った途端、トミーは正体もなく眠りこけていた。周囲のざわざわと騒がしい雰囲気ではっと目覚めたときには、陽はすでに高かった。
 寝ぼけ眼で時計を確認すると、午前九時を過ぎていた。砂だらけの体を払ってのそのそと起き上がる。とるものもとりあえずソフィのホテルを確認するのが先決だと北の崖側に向かって歩き出したが、中途で警官とすれ違ったことが妙に引っかかり、黒山の人だかりのするほうへ寄ってみた。まさかと、不吉な胸騒ぎを覚えたからである。脳裏に少女の全裸死体がちらついた。
 ドラッグでがんがん痛む後頭部を抑えながら、トミーはいつしかふらつく足取りで駆け出していた。
 強引に人の輪を割って、突き進んだ前方に繰り広げられた光景に衝撃を受けた。がくがく折れ伏しそうになる膝をかろうじて持ちこたえながら、生前見慣れたソフィの土左衛門を呆然と見下ろしていた。
 一晩中、探し回った大事なお客はやっと見つかった。が、すでに息絶えた後だった。

につづく)
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