インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

四十年後の快挙

2014-01-31 19:30:56 | 私の作品(短編・エッセイ)
このところ冬曇りの肌寒い日が続く。
ずるずる風邪を引きずって、鼻がバカになって食べ物の味がよくわからない。
なんとか、ヨガのアサナだけやって、日の落ちた浜に三十分だけ出た。

在郷の友人二人のご尽力で、このたびの
日刊県民福井の連載小説「ゆきのした秘恋」(福井新進文学賞佳作)
の全ファイル(14-13日まで計十回)を入手できた。

立派な日刊紙の連載記事になった自作小説を見て、
十九歳のとき、別の地元紙で「どなたか私の小説を批評してくださいませんか」と募って、四人の男性が現れ(そのうちの二名とは近年再会、残り二名の消息は不明)、「白い廃車」というタイトルのホモセクシャルをテーマにした稚拙な作品を読んでもらったことを思いだした。
あれから四十年、ついに地方新聞に小説が掲載されるところまで来たことに、深い感慨を覚える。

ずいぶん歳月はかかったけど、持続力も才能の一つというし、そういう意味では書き続けたことのひとつの小さな勝利といえるかもしれない。

あのへたくそな小説を書いていたイノセントな女の子が、
母親をモデルにした作品を成すまでに成長したということ、
にしても、四十年は長すぎるが。
ひとつの物事を成し遂げるにこんなに時間がかかっていては、生涯の大仕事も極少になる。
しかし、技術を身につけた今は、作品を成す速度は速くなるかもしれないと期待して、たくさんの創作を成し遂げよう。

さらなる技術の向上は多作あるのみだ。

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私の原点ともいえる私小説

2014-01-29 21:42:45 | 私の作品(短編・エッセイ)
一月もあと三日で終わる。
日本で風邪を引いて、インドに戻ってきても引いて、風邪薬を服用して、やや改善したが、まだ咳が出る。

今日は四日ぶりくらいにヨガをやって(呼吸法はパス)、お風呂にもやっと入れた。
日の落ちた浜にも出たが、早めに退散。
エッセイのチェック。
ほぼオーケー、形になったが、枚数超過。
しかし、まだ時間があるので、少し歳月を置いたほうがいいだろう。
期間を置くと、ほころびがよく見えるものなのだ。

ふと、二十代後半の頃に書いて、後年推敲を何回か繰り返したものの、以後放ってある私小説を書き直そうかとの気持ちになっている。
これも仕上げておかねばならない作品で、移住前の二十八歳の頃に体験したことが基になっているが、私の文学に対する思い入れと、後年のインド移住のseed、種子となるものが宿っている、原点ともいうべき大事な作なので。

一章ごとに舞台をインド、日本と入れ替えようかと思う。
オリジナルでは日本が舞台のものとインドが舞台のものの二作あるが(登場人物は全部日本人)、合体させるといいような気がする。なんとか、大台前には仕上げておきたい作品である。
この作品のタイトルは秘密だが、とてもいいのである。
どこかの酒場でウイスキーのボトルを入れたとき、この作品のタイトルをマジックで気まぐれに書いてみたら、店の女の子に「わあ、素敵!」と言われたのだ。その後、「いつもラベルに気の利いたこと、書いてくださいますよね」とも。コピー的なセンスはわりとあったほうだったかしれない。今はわからないけど。

昨夜午前四時半まで、「文芸思潮」を読む。
津波被災者の写真混じりのレポートが臨場感があってよかった。
昨年エッセイの金に輝いた方のさらに詳しいレポートである。
避難所の小学校で、ダンボールの紙を敷いて寝ていた実態や、一食白いご飯のみの塩の入っていない中にも何も入っていない子どもの握りこぶし大くらいのおにぎり一個でしのいだという話や、テレビの東電の発表など誰も信じていなかったということや、生死を分けた赤裸々な体験が、被災者でなければ書けない視点で書かれた貴重な記録だ。

文芸思潮には、詩や小説、エッセイばかりでない、社会的・政治的な記事も挿入されているのである。今月号は盛りだくさんで、アフリカ文学特集もあるし、銀華賞発表もある。
銀華賞に関しては主観ながら、十周年にふさわしい抜きん出た大作が当選したようには感ぜられず、いささか肩透かしだったが、中には大手の文学賞に引けをとらない作品もあった。「梱包の方法」はタイトルといい、気が利いていてよかったと思う。今の読者にも通用する軽いタッチの小説だ。

文学界新人賞作品(アフリカ鯰)が期せずしてアフリカを舞台にしたもので、なかなかよく書けていたが、これも主観とお断りさせていただくが、残り二作の同時受賞の若者の作品は買えないものだった。
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「ゆきのした秘恋」の的確な批評届く

2014-01-29 21:03:33 | 私の作品(短編・エッセイ)
在郷の友人から、14日ー23日まで日刊県民福井に連載されたふくい新進文学賞佳作賞受賞作「ゆきのした秘恋」(李耶シャンカール)についての、忌憚のない感想が送られてきたので紹介したい。

「紙幅の制約のせいか1人称が不在のプロットを読んでいるような感じで、物語として少し物足りない印象が残りました。
お母様がモデルになっている事で心情描写が抑制されてしまった(?)ように思えるのは気のせいでしょうか。
個人的には、以前いただいて読んだ「虹の魔窟のブローカー」の方が好きです。
主人公に寄り添っている作者の存在感があって、ストーリィや情感に生命力(リアリティ)を感じました。
今度は「ゆきのした秘恋」を背景に、百合子が憲治との関係を濃密に物語るラブストーリーを読んでみたいですね。

記述で気になったのは、福井地震を「マグニチュード6(現在の7)と書いていますが、これは正しくは「震度6(現在の7)です。
百合子の台詞の中であればこれ(言い間違い)もありですが、作者自身の言葉として読める箇所なので、機会があれば訂正した方がよさそうです。
マグニチュードは別の単位(地震学で言う破壊規模)で、福井自身では確かM7.2だったと記憶しています」


こういう忌憚のない感想はありがたい。
褒めてもらうのもうれしいんだけど、作品の欠陥を指摘してもらったほうが、次作に活かせるからだ。
震度とマグニチュードの混同もご指摘頂き、ありがたかった。
佳作になった理由は、上記に指摘していただいたことに原因があったのかもしれない。
主人公の気持ちに寄り添っていない、生き生きしていない、説明調……

あと、この賞は五十枚以内のため、中途半端で打ち切らざるをえなかったわけだが、実は百合子と憲治の恋はこれからなのである。
神経を患った百合子の妄想の中に夭逝した憲治は山の精として現われ、週に一度雪山で愛の交歓をするという設定、そして、三ヵ月後触れてはならぬタブーを犯して憲治に触れてしまったため、凍死し、あの世に召される、白い病室のベッドで絶命した百合子の死に顔は凄惨なほどの美に輝き渡っていた。死化粧をする娘も、唇に塗る紅の筆を止めるほど、吸い込まれる……

この後半は完全に私の想像、フィクションとなる。
史実が半分以上混じるのは発表された前半だけ。
現実に私の母親は八十六歳の今も、健在である。

*なお、賞賛派の感想も簡単に付記しておく。
「私の母世代の古めかしくて懐かしい雰囲気が素敵です」
「近年にない本格的な文学らしい文学、技術や構成力がしっかりしている」
「洗練されたスムーズな文体で、まるでベテランのプロの作家さんの新聞連載小説を読んでいるような気にさせられた。花登こばこの台本のドラマみたいな、古風な味わいも素敵です」
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エッセイ賞に送る作品を執筆

2014-01-28 22:54:32 | 私の作品(短編・エッセイ)
風邪がようやく改善に向かいつつある今日、明日はヨガを再開し、お風呂にも入れるだろうか。

結局、疲れ切っていたということだろう。

つい過剰にやりすぎてしまう嫌いのある私、風邪を口実によく睡眠をとり、ヨガも止めて、のんびりを心がけ、疲れを取るようにした。

昨晩は文芸思潮誌の銀華賞当選作を粗方読み、本日は文藝春秋のスポーツ誌、ナンバー・ドゥを繰る。

今日本でブームというランニング特集で、インドの情報提供をしたため、送ってくださったのだ。

当地のマラソン天才少年ブディア・シンの記事は73ページにある。

私はスポーツ音痴で、ランニングをしているわけでもないが、増田明美の記事や、千日回峰行満行、作家のランニングルポなどもあって盛りだくさんで、楽しめた。

ちなみに、ナンバーは1980年に創刊された歴史ある雑誌、文藝春秋のドル箱だ。

私が移住前もあったことを記憶しているが、いまだにがんばって続けておられることがうれしい。

今度ヨガ特集とかしてほしいな。
そうすれば、実践者の私にはもう少し詳細な情報提供ができそうな気がする。

夜は、エッセイを一編書いた。
四月末のエッセイ賞に出す予定のもので、わが文学遍歴のような内容。

しかし、エッセイ賞は銀華賞と違って内容重視、こういう文学的内容がほかの審査委員にどのように受け入れられるのかはわからない。
でも、少なくとも書くという行為は同じだし、文学という意味では範疇に入るので。

ちなみに、これまで上位入賞しているのは、数奇な体験、闘病体験をした人らの体験談に偏っている。
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文芸思潮授賞式(1月25日)の報告届く

2014-01-27 19:11:41 | 私の作品(短編・エッセイ)
1月25日の文芸思潮授賞式直前にコメントを下さったSさんから、以下のような式初体験の感想が届いた。

五十嵐編集長の人柄がにじみでているような、手作り感のある温かい、素敵な催しだったとのことで、来年もこの場所に来たいなと素直に思ったそうだ。
受賞者のほとんどが常連投稿者なのもうなずけたとのことで、また出席するには、文学に対する真摯な気持ちを持たなければと思ったそうである。

懇親会後の2次会(私は昨年二次会があることを知らず欠席)にも参加、初回で図々しいのではと危惧していたら、隣り合わせになった方が、こういうのは2次会に出席してこそだよと旗を振ってくださったので、それに乗っかったとのこと、五十嵐編集長、都築選考委員とも直接お話しすることができて、確かに2次会に出席してこそだったとの感想を送ってくれた


Sさんはこのたびエッセイ賞で銀をおとりになったが、初の授賞式をフルに満喫なさったようだ。

なお、去年お会いした常連投稿者のOさんは、二次会には出席しなかったらしい。
佳作なので、少し気が引けたようだ。
私も昨年式に出席したとき、小説・エッセイともダブル佳作だったので、今ひとつ意気が上がらなかったことを覚えている。

今年の佳作賞には二人の女性常連も名を連ねていた。
すでに、お二方とも銀を過去に獲っている。
しかし、女性の金はおそらく、まだ一人も出てないのではないかと思われる。

僭越ながら、女性で最初の金メダル獲得の快挙を果たせるよう、精進あるのみだ。

今年は十周年記念ということで、当選作と、特別賞は電子ブック出版されるようだ。

この機会を活かしきれなかった私は歯軋りだが、次回は渾身の力を込めて、書き下ろしに挑む予定。これまでのは旧作の焼き直しだったので、今現在の私の心境を綴った、移住者文学とでもいうべきものに挑む予定だ(すでに形になっており、推敲中)。





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日本から文芸誌と雑誌届く

2014-01-27 18:38:39 | 私の作品(短編・エッセイ)
風邪で体調今ひとつの中、今年の銀華文学賞(アジア文化社文芸思潮主宰の45歳以上のシルバー世代の文学賞)に送る五十枚ほどの短編をチェック、サンセット間際の浜に出た。

渚にたどり着いてすぐに、西の汀の上空を穿つ朱色の落日はつるべ落としに、夕もやに浸されていった。

風邪にさしさわりがあるといけないので、早々に浜を後にする。

日本からの郵便物が二つ、
文藝春秋のスポーツ誌「ナンバー・ドゥ」(以下目次)と、
銀華賞発表の文芸思潮誌だった。

ナンバー編集部から昨年末メールが届いて、インドのマラソン事情についての情報提供を頼まれたのだ。
スポーツ音痴の私だが、当地の天才マラソン少年、ブディア・シンのエピソードを思いおこし、情報提供させていただいた。それが面白いというので、取りあげられたのである。私のノンフィクション用ペンネーム、モハンティ三智江も表出、73ページに記事が載っているので、ランニングに興味のある方は本屋さんで立ち読みしてみてください。

文芸思潮誌については、今年から購読することになったのである。
すでにバックナンバーが一冊サービスでとどいていたが、これからスタート、ちょうど銀華賞の当選作が掲載されている号なので、今晩読むのが楽しみだ。

中に五十嵐勉編集長直筆のメモがあり、昨冬プレゼントしたアッサムティーについて、香りがよくて毎日楽しんでいるとあった。
編集長はとてもあったかな人柄なので、ほのぼのとなる。

今日は体調が今ひとつなので、早めに上がり、ベッドに寝転がって読書といこう。

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初回と第七回を除いた連載小説ファイルゲット

2014-01-26 21:19:00 | 私の作品(短編・エッセイ)
M31さんから、ふくい新進文学賞の佳作受賞作「ゆきのした秘恋」(李耶シャンカール、日刊県民福井に14日から23日まで掲載)の第一回と第七回を除いた残りの回が送られてきた。
1と7が送られ、完璧になり次第、通しで紹介させていただく。

昨日印刷しておいた連載記事に目を通すのが恐く、ひどい風邪を引いてしまったのだが、夕刻むくりと起き上がって読み出した。
また、ミスが出てきたらどうしようと思いつつ読み進めていく。未熟だから、表現は多少もたついているところもあるが、オーケーで一息、あと1と7にミスがないことを祈るのみ。

今回も在郷の元同人誌仲間、M31さんには大変お世話になった。

ファイルがそろい次第、在福時サライという画廊喫茶で遭遇した母校の先輩Hさん(童話作家で画家)にも送信する予定だ。

風邪で目がしょぼしょぼ、喉がいがらっぽいが、ひとまず残りのファイルにミスがなかったので気を取り直す。

まだ、1と7を見るまで安心できないが。

この欄を借りて、M31さんには篤く御礼申し上げたい。
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息子のムンバイロケ写真

2014-01-26 20:14:58 | 私・家族・我が安宿
インドのシリコンバレーとして名高い南のバンガロールでエンジニアとして務める傍らラップミュージック活動に携わる息子サミールが、MTVのムンバイ(旧ボンベイ)ロケ取材四日間を終えて帰ってきた。

西インドの商都、大都会のボンベイをゆっくり観光しているまもないくらい殺人スケジュールだったらしいが、生涯に残る貴重な体験をしたとのこと。

ロケ中のスタジオの写真類を送ってきたので、紹介しよう。


↓クリックすれば、拡大されます。








左から二番目が息子

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最高峰の瀬戸内文学

2014-01-25 21:53:43 | カルチャー(祭)・アート・本
今朝の午前六時まで、瀬戸内寂聴の「秘花」(新潮文庫)を読む。
七十二歳のとき身に覚えのないとがにより佐渡が島に流された世阿弥の流人としての晩年を、能楽の詞や和歌を交えながら、冴えた筆致で綴った秀作だ。
さすが大御所、八十五歳のときに書かれたというが、これまでの瀬戸内文学の頂点に立つ秀逸なできばえだ。

まさしく金字塔で感服、声も出ない。
多作の天才女流だが、八十半ばになっても創作意欲が衰えず、前作をしのぐ作品を仕上げる力量は、ヒヨっ子の私から言わせれば、怪物じみている。
本当にすごい作家だ。
この境地に達するまで私は後何十年、修行を積まねばならぬだろう。
雲の上の仰ぎ見る作家である。
メントーというのもおこがましい、天上の大御所である。

最近、七十代や八十代の老作家が現役で活躍している場面に遭遇することが多いのだが、鼓舞されることしきり。
私も後たっぷり二十五年は書けるということ、今年の師走には初老の大台を迎えるが、隆慶太郎(元々はシナリオ作家で、遠山の金さんや水戸黄門で有名)という作家が還暦で作家デビュー、以降の五年間で十作、いい時代小説を書いたようで、アマの歴史作家の元常連さんにも励まされたばかり。

芥川賞にも七十五歳の老女流が出たことだし。

今回のふくい新進文学賞で私と同じ佳作に輝いた女性も八十半ばの高齢で、すごいと感激、がんばってください!と励まさずにはいられなかったものだ。

同人雑誌賞、まほろば賞にノミネートされた一人も、八十六歳だったとの記憶がある。

昨日から、ブログの印刷に取り掛かったが、二年分溜まっており、書きも書いたり、やっと2013年の6月までさかのぼって印刷し終えた。
2013年は概算あと百枚、2012年は二百枚、一枚四百字にして四枚近くあるから、ものすごい分量だ。
一日五十枚で印字していって一週間か。
印刷も溜めずにこまめにやっておくべきだと、反省。

小説の題材になりそうな項目もいくつか。
今書いている移住がテーマの作品なんか、その口。
その折々に書いた移住にまつわる苦悩、読み直してみると、よりよい創作に仕上げるためのヒントが詰まっている。
エッセイで書き散らしていることは無意識裏に、自分の記憶の中の貯蔵庫に仕舞い込まれ、後々引き出しを開けては、小説やノンフィクションに使える素材の宝庫だ。


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文芸思潮授賞式成功祈念

2014-01-25 19:34:04 | 私の作品(短編・エッセイ)
本日25日は、アジア文化社の発行する隔月刊誌「文芸思潮」主宰の各賞の授賞式だった。
昨秋、ふくい新進文学賞の授賞式に出席を決めたため、今年の文芸思潮式は見送らざるをえなくなったわけだが、返す返す残念だ。
こんなとき、海外在住は不便。
日本国内にいさえすれば、どんな授賞式も逃さないのだが。

期せずして、拙ブログのコメント欄に、このたびエッセイ賞で見事銀を射止められたサトウユウさんの一言が入っており、出席していれば、知己を得られたのにといっそう残念に思った次第。

二次会にも一度出たかったので、今頃小説部門の銀華賞の受賞仲間、小笠原新さんが居酒屋で参列者や編集長、審査員諸氏と文学論議を闘わせておられるかと思うと、うらやましい。

しかし、会は何百名とひしめいているし、二次会も二、三十名は集うだろうから、編集長と個人的に会話を交わすのは至難だ。昨年の授賞式時は二言、三言交わすのが精一杯だった。

よって、昨冬瀟洒な私邸の事務所にお伺いして、一対一の個人的な会話を交わせたことは、私にとって大きく、式に出れなかったのは残念であるが、それでよしということにする。

ただ、ほかの受賞仲間とお会いして談笑するのがまた楽しみでもあったのだが。

銀華賞十周年のスペシャル式典でもあったことだろう。

エッセイ賞、現代詩賞、イラスト・漫画賞、銀華賞と、ジャンルも幅広く網羅し、若者から中高年まで集まる、熱気に満ちた授賞式である。

遠いインドの地から、陰ながら式の成功を祈るばかり。

来年こそは、上位入賞を小説部門で果たして、出席したい。
メダルじゃないと、ちょっともう出席は見合わせたい。
今回は、エッセイ賞で銅、銀華賞で佳作だった。

なお、今回の式の代理は、上記の小笠原さんにお願いした。
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