インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

息子のラップをご紹介

2013-03-31 22:01:41 | 私・家族・我が安宿
印刷原稿の推敲が終わって、ドキュメントに保存した原稿にすべてタイプで写し終えた昨日から今日にかけて、仮目次案を作り、本日無事出版社に送った。
あとは、中旬までに最終推敲して全編送るだけだ。
というわけで、久々に休日らしい休日を送っている。
といっても、現地時間で午後十時までなんだかんだと仕事をしていたが。

夜の浜にも出たが、月が見えない渚は興趣に欠ける。
今日は曇天で割りに過ごしやすかったけれど、いよいよ四月に突入して、ミッドサマー目前だ。
日本の郷里では桜が2、3分咲きとのこと、新年に帰国してしまった手前、今年は桜が拝めないのが残念。

それはさておき、バンガロールのエンタテイメント系IT企業に勤める息子が、ユーチューブ(新作のミュージックビデオ)を送ってきたので、ご紹介。
彼はBig Dealという芸名の、バンガロールではNO.1の人気を誇る玄人はだしのラッパー。ファンも5000人以上いる。

興味のある方は、下記のユーチューブを覗いてみてください。
自作自演、作詞は英語だ。
歌うときは、気取ったアメリカンイングリッシュを用いる。
ラップファンはぜひ感想をお寄せください!

http://www.youtube.com/watch?v=dZKG4gb-9dU&sns=fb


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社会派と人間

2013-03-30 22:06:59 | 私の作品(短編・エッセイ)
以前水上勉の「文壇放浪」を読んでいて、然りとうなずかされたことがあった。
水上勉は一時期社会派推理小説作家としてもてはやされたことがあった。つまり、小説を売るために、松本清長を踏襲して、社会派に転じ、ブレークしたのである。一躍売れっ子作家にのしがるが、そうそう著者の意図するような事件が起こるわけでなく、そうするうちに師と仰ぐ大御所作家から、「君、社会派なんてつまらないよ、人間を書きなさい」といさめられる。

この部分が私の琴線に触れたのである。
私もおのれの書く小説には、社会派のレッテルは捺されたくないと思っているからだ。
ノンフィクションなら社会派もオーケー、実際、社会評論めいたことも書いているが、小説にはやはり、政治や社会を入れたくない。
といいつつ、インドがテーマだと、ちらりとながら、社会性も入ってくるのだが。

昔は私小説隆盛だったからということもあろう。
本来、私も私小説作家タイプ、人間文学の骨頂を目指したい。

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TV取材を断る理由

2013-03-30 21:51:09 | 私・家族・我が安宿
TV取材の話をよく受ける。
インドで宿を経営するわが異色の経歴が注目されてのことだ。
これまで持ち込まれた話は20件をくだらないと思うが、いずれも辞退してきた。
最近は2月の帰国時、電話でお断りした。
何度も当地まで国際電話をかけてくださったのに、不在だったりうまくつながらなかったりでご迷惑をおかけしたので、帰国時連絡しますとお詫びの意味も込めてメールで約束したのだ。

T放送で流されるというドキュメントのテーマは「日本人、今なぜそこに」というものだった。年初に持ち込まれたほかのテレビの企画は、有名人が宿の下働きをしながら現地について学ぶというもので、これは即座にお断り申し上げた。「日本人、今なぜそこに」というテーマなら、テレビも一度くらいいいかなと思い、インタビューのみだったらお受けしようかと思っていたのだが、三日間密着取材と聞いて、丁重に辞退した。

そもそも、私が当地に宿をオープンしたのは、書いていくための生活手段で、そこで注目されたくないということがあったし、それよりも何よりも、プライバシーを重んじるプライベートパーソンなので、三日も密着取材はきつい。
大体、一日中執筆に専念している私の人生を追っても、テレビ局のほうも糞面白くもなんともない。
私は候補者としては完全失格だ。

昔から、インドで宿を経営しているというと、アジア方面のバックパッカー諸氏にはうらやましがられることもあったが、実態はそんなものではない、ただただ苛酷である。
今でこそ、使用人任せになって少しラクをしているが、初期10年ほどはほんと大変だった。

うちがテレビの取材を受けることは今後も、ないのかもしれない。
宣伝になるのに、もったいないと他人からは惜しまれるが、私は本業でないことで注目されたくない。
本来ひっそりと生きたい、プライベートパーソンなのである。

今までむげに断ったたくさんのテレビ局の方、ごめんなさーい!
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夜の暁

2013-03-29 22:29:53 | 季節・自然
やっと印刷原稿の推敲に片がついて、午後八時過ぎ、浜に出た。

月の見えない真っ暗な浜辺には、少なくない家族が群れていた。
お祭りの後だったせいかもしれない。
渚にたたずむうちに、東寄りの海上に滴るような血の色をしたまん丸の月がうっすらと浮かび上がり始めた。

くれないの十六夜月である。
その妖しさと美しさに魅入られ、目が離せず、見上げ続けた。
漆黒の闇をくっきりうがつ赤い月。
私は十五夜の満月より、翌夜の紅月のほうが好きなのである。
月の浮かぶ位置からも、まるで夜の暁だ。
空の色が濃いか、薄いかだけだ。
いや、夜明け方は薄暗いから、日の出と見まがう様相かもしれない。

しかし、今宵の血の滴るような赤さは、骸骨の首飾りを下げた血を好む残虐なカーリー女神にふさわしい妖艶さである。

立ち去りがたい美しさで、振り返り振り返り浜を後にした。
道に出ると、前方の低空、濃紺の闇に浮かぶ十六夜月は淡いオレンジ色に変化していた。
夕日のような月を愛でながら、家路をたどった。
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色水掛祭り前日

2013-03-27 00:38:56 | カルチャー(祭)・アート・本
いよいよ本格的な夏を迎えつつあるが、暦の上では、インドもまだ春だ。
明日はその証のように春の収穫祭、色水かけ祭り、ホーリー。
もちろん、私はうちにこもって自衛戦である。

今年初めてのすいかを食べた。
初物である。
まだ充分甘くないので、すいかジュースにして飲んでいるが、おいしい。
すいかを乱切りにして種を除いたものをコップ半分の水と共に、ミキサーに放り込むだけだが、シンプルですぐできる割にはおいしい。
熱が降りるし、夏のフレッシュドリンクとして、ヨーグルトジュース・ラッシーに次いでお薦めである。

夜の渚に、満月を愛でに出た。
トパーズ色の光輝に瞬くフルムーンが紫紺の空をくっきり穿っていた。
海水は満潮、足元までざんぶと押し寄せる。
明日は本格フルムーン、ホーリーは満月時行われるお祭りなのだ。
またどぎつい色水がそこかしこで飛び交い、赤鬼、青鬼が続出するだろう。

祭りそっちのけで、私は原稿に集中だ。
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推敲開始

2013-03-26 00:48:07 | 私の作品(短編・エッセイ)
本日はエアコンの効いた三階の書斎で印刷した原稿の推敲をして、一階のオフィスのPCに保存したドキュメントに書き写した。

やはり、紙で印刷してみると、一目瞭然、画面では見逃していたミスや、おかしな表現がすぐわかる。
かなりの直しが入って、ほぼオーケーかなと思っていた私は、気を引き締めなおした。
この分だと、残りの四章分にもかなり手が入りそうだ。

しかも、新たな項目を思いついたりしてまた加筆、いい加減なところで切らないと、ただでさえ多い原稿がどんどん増えていくだけだ。

満月に近い月の輝く夜の浜辺で一息ついた。

いよいよ初夏到来、計画停電も30分ー1時間と増えてきた。
しかし、今年はパワーカットが少ないそうで、期待したい。
水シャワーが快適になる季節で、本日停電で汗びっしょりになったので、水浴び、気持ちが良かった。

まだまだ原稿との格闘は続く。
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初校印刷終わる

2013-03-24 23:39:02 | 私の作品(短編・エッセイ)
一週間ぶりにヨガを行った。体がなまっていけない。両肩に重い疲労が張り付いている。休み無しでこのひと月以上書き続けたせいだ。
本日、やっと全編を印刷し終えた。まだ生原稿の段階ではあるが、著者の側の初校印刷だ。
やれやれ。560枚もある原稿を200枚以上削らなくてはならない。項目の選択は編集部の手助けなしにできそうにない。一応著者の側の希望として、これは絶対入れて欲しいものだけマーク、あとは迷っているもの、カット可能なものの印をつけておくだけだ。
著者と編集者の意向は違うので、私がカットを指示しても活かされることがある。
「車の荒木鬼」も600枚書いて、100枚削った。今度の作品は1000枚近く書いているはずだ。最初の原稿がテーマが今ひとつ不明瞭で、レベルに達しなかったせいだ。とりあえず、項目だけ書き出しそれに沿ってしたためた不完全な初稿だった。ただし、ベースとして役立ったことは確かである。
1000枚書く自信がついたともいえるが、小説だとわからない。最高が600枚である。私淑する藤田宜永氏は4000枚もの大作をものにする手腕、2000枚くらいはお茶の子さいさいだ。氏の「愛さずにはいられない」(集英社)が長編自伝小説だが、とてもいいので、興味のある方は紐解くことをお薦めする。タイトルはプレスリーの歌詞の題名からとったもので、実の母親との折り合いが悪くて、高校から上京(早稲田高校)、郷里福井の恋人が後に上京してきて同棲するが、修羅場に陥るという青春小説で、60-70年代の学生生活を送った人には身につまされる小説だ。
特に1940-50年代生まれの福井出身者には絶対読んでもらいたい。
話が逸れたが、とりあえず、原稿が形になった。本格的に暑くなる前にひとまず初校印刷できて、一息である。

今度の作品は、掘り下げたという意味では、前著(「インド人には、ご用心!」)を抜くかもしれない。しかし、判断は読者諸氏に任せよう。前著はシリーズ物の一環だったので、テーマに合わせて、すでに出来上がっていたエッセイ原稿を書きなおさなければならず、それがしんどかった。形になっているものを崩すのは骨が折れる。書き下ろしのほうがずっと楽である。しかも、改筆期間がひと月しかなかったため、充分な調査と推敲ができなかった。その分編集部に助けてもらったが、充分掘り下げられなかったことに悔いが残った。
今回はシリーズ物ではなく、初の独立したインド書である。
一風変わったアングルの裏から照射したインドだ。
まだこれから編集部に送稿するまでの作業もあるし、送った後は編集とのやり取りでまた改筆がある。
日の目を見るまでは、いま少しの歳月を要する。

来月中旬までに送る予定でいるので、とりあえず送ったら、4月末締めのエッセイに取り掛かる。まだ何を書くか、決めてない。前回文芸思潮で佳作をとった作品を上回るものにしたい。
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州都40度

2013-03-23 00:10:18 | 季節・自然
州都は40度を越した。しかし、我が家はいまだ、冷房は一、二時間つけるのみ。今日は風があって比較的過ごしやすかったが、湿度は高い。
夜の浜で明るいこんじきに輝く半月を見上げながら、涼んだ。暗い水平線に大粒の星のようないさり火が光っていた。

本の原稿は形になりつつあるが、分量が多すぎるので、削るのが大変だ。構成上でも、項目の順番など、編集の手助けが必要。
一度印刷してみると、いいかもしれない。
来月から本格ミッドサマーに入るので、中旬までには送っておきたいと思っている。

結局、初稿にひと月、再稿にひと月で二ヶ月、推敲を入れると、二ヶ月半、本一冊の原稿を書くにはやはり三ヶ月要するということだ。
暑くならないうちに脱稿して、一息つきたいものだが、来月末締めのエッセイがあった。
気を抜けないが、最も暑い時季の5月は少し息をつけそうだ。
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夜の海に繰り出す荒漁師

2013-03-15 22:05:13 | 季節・自然
二日ぶりに夜の浜に出た。
もやった西寄りの夜空におぼろに、こんじきの受け月が浮いていた。
星が近くに一粒、木星だろうか。
湿度が高く、蒸し暑い陽気が続いているだけに(州都では日中の最高気温40度をマーク)、熱気のこもった体が吹きすぎる海風に冷まされ、気持ちいい。
波打ち際に素足を浸し、ひんやりした涼感を楽しんだ。

目前に漁船が一艘、近海から戻ってきた。
男たちが四名、岸に下りた後、舟はまた夜の海に乗り出していく。
船体は波に乗って大きく揺らぎ、船首が天を突き上げるように頭をもたげた。
午後7時半という時間帯で、夜の漁に繰り出す船を見るのは初めて、荒くれ男たちが舟を操っている光景に息を呑んだ。

大漁でありますように!
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エアライン今昔

2013-03-15 00:19:29 | 
私が今昔利用したエアライン小噺。

往時は、直行便なら東の玄関口カルカッタ(現コルカタ)発、バングラデシュ航空を利用していたが、ダッカに一泊寄港するフライトで、ついでにダッカを見れたのはよかったけれど、ホテルをアレンジされるまで空港で延々待たされ、アレンジされた部屋も中級のお粗末な設備、機内のサービス自体も最低ラインだった。

それでも格安で重宝していたが、カルカッタ発直行便がなくなって、3年くらい前から、デリー発を利用するようになった。直行便なら、エアインディア(インド航空)だが、赤字の国際線は高すぎていまいち。一度コロンボに帰途一泊するスリランカ航空を利用したが、食事が野菜天丼などの日本風やカップヌードルまで用意されており、帰りの航空会社持ちの現地一泊は、ネガンボビーチというリゾート地、ただで観光を楽しめてしまった。スリランカがすっかり気に入ったので、今後探検に出かけようと計画している私だ。

北京や、広州経由の中国東方・南方航空も利用したが、中国の寄港地は灰色のだだっ広いイメージで、共産圏だなあと実感、トランスファー客の通路もいったん出て入りなおしと迂回、使い勝手が悪かった。

本年1月は初めて、南のバンガロール(インドのシリコンバレー)から、香港ドラゴン航空とキャセイパシフィックを乗り継いで、帰った。バンガロール空港は、エアラインのカウンターが並列になって開け、奥行きのないスタイル、インドきっての西洋化された都市を誇るわりには、設備がお粗末だった。
寄港地の香港は、中国本土と違って、長年英国支配下にあったせいか、乗り換えもしやすく、二層のフロアになって開ける広大な免税店で買い物を楽しめた。とはいえ、わりと評判のいいキャセイのサービスはそれほどでもなかった。アナウンスが英語と、出発地のカンナダ語(南のカルナータカ州語)でなされ、いつも北の母語ヒンディに耳慣れている私には、奇異に感じたものだ。

往時の旅行者時代は、ヨーロッパやトルコへはルフトハンザ、KLM、インドにはパキスタン航空やエジプト航空を利用していたが、時代と共に、航空業界も再編の波に晒され、赤字で路線廃止するところが多く、利用する側には不便になっている。
カルカッタから直行便で帰るのが一番近道なのだが、バングラデシュ航空も日本直行便をだいぶ前に廃止してしまった。
インド人夫とはよく、バンコック経由で帰り(インド国内航空<今はインド航空と合併>でバンコックまで、バンコックから東京までは現地でチケット購入式)、タイで降りて遊んで帰るのが恒例となっていたおかげで、タイの観光地と名のつくところは大体周れた。

ちなみに、インドの空港設備でベストはやはり、首都デリー。
ワーストはカルカッタ。地獄のイミグレ関門で、ビザが引っかかり、通してもらえなかったこともあった私。職員が、バクシーシーというワイロを要求することでも、悪名高い。
南のアンドラプラデシュ州都ハイデラバード空港がすばらしいと聞くので、一度ハイデラバード経由で帰ってみたいと思っている私だ。

ドメスティックでは、湖の浮かぶ宮殿ホテル、レイクパレス(一泊6万円、ゴンドラに乗ってパレスに渡るのはさながらインドのベニス)のある、北西インドの半砂漠州ラジャスタンのウダイプルがこぎれいでよかった。
わが地元の東海岸部オディッシャ州都ブバネシュワール空港も改装したので、悪くない。近い将来、国際線も開設するとかで、マレーシア、シンガポール、タイなどにも行けるようになるかもしれない。
田舎町に住んでいるため、出発地の都会に出るまでが大変で、時間のロスも大きいので、地元の空港に国際線が設けられれば、願ってもない。

なお、航空会社のベストは独ルフトハンザ、ワーストは、今はなくなってしまった米ノースウエスト(2010年1月デルタ航空と合併し、デルタ)。アメリカの航空会社で期待したが、サービスは水しか出なかった。巷ではノースウエストならず、ノースワーストの異名を取っていた会社とあとで知った。

ドメスティックでは、ジェットエア、運賃も高かったが、なんとレミーマルタン、フランスの高級ブランデーが供されて、左党の夫はほくほく、バンコックに降り立ったときはぐでんぐでんだった。夫にとって、機内は空飛ぶバー、酒類がただなのをいいことに、厚かましくも何杯もオーダー、スチュワーデスににらまれてもらえなくなると、私や息子をだしに使ってオーダー、毎度世話の焼ける思いである。

蛇足ながら、羽田の国際線は超お薦め。交通的にも便利だし、三階出発ロビーからエレベーターで上がった江戸小路が歌舞伎の芝居小屋をかたどったデザインのお店もあったりして面白く、五階屋上は展望デッキになっており、同階フロア奥にはなんと、あの格安コーヒーチェーン店プロントまである。早めに着いても安いコーヒー一杯で休憩できるし、発着する飛行機を屋上から眺める楽しみもある。
羽田までのモノレールも、東京湾に流れ込むまでの川や橋、最後にレインボーブリッジまで楽しめてすでに観光気分、東京湾を下に見下ろしながら飛び立つのは爽快で、青い海に貼りついた汽船群、しばらくたつと、お天気がよければ、マウントフジの絶景を仰げる。

富士山の絶景を肴に白ワイン、エコノミークラスでも、気分はビジネス、優雅この上ない。
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