インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

マザー・テレサの列聖(動画)

2016-09-05 18:51:18 | 宗教・儀式
本日の英字紙の一・二面はマザー・テレサがバチカンで聖人に列せられたニュース一色だった。
私は近頃現地のテレビをとんと見ないので、以下のNHKのウエブニュース(動画付き)をチェックしてみた。
マザー・テレサがカトリック教会の「聖人」に

ほかに二つの動画もご紹介。
マザー・テレサが聖人に フランシスコ法王が宣言
マザー・テレサが「聖人」! ローマ法王が認定を宣言!

*カルカッタの「死を待つ人々の家」(1952年にマザー・テレサにより設立された、貧困や病気で瀕死の人たちの最期を看取るための施設。インド政府の協力を得て、放置され荒れ果てていたカルカッタのヒンドゥー教・カーリー女神を祀る寺院をリニューアルしてホスピスにした)には、日本人のヴォランティアも多数訪れていたっけ。八十年代、まだ私が旅行者だった頃、マザーの「死を待つ人々の家」で一時奉仕するという若い女性に何名も会ったものだ。

列聖は19年という異例の早さだった。
なお、バチカンのサンピエトロ広場での儀式には、「神の愛の宣教者会」(1950年にマザーにより設立された修道会で、目的は「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」ことにあった)の修道女はじめ、スシュマ・スワラジ外相、西ベンガル州首相(マムタ・バネルジ)、デリー首相(アルヴィンド・ケリジワル)も列席した。
インドでは、貧民救済に生涯をささげたマザー・テレサ(1979年ノーベル平和賞)は畏敬に値する国宝級要人、1997年の逝去時も国葬だっただけに、このたびのローマ法王宣言による列聖には国内全体祝賀ムードだった。

当オディッシャ州でも、ナヴィン・パトナイク州首相が道路名をマザーにちなんでマザー・テレサと新たに命名するなど、お祝いムード一色。
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恒例の山車祭り終了

2016-07-15 17:32:34 | 宗教・儀式
先般6日、恒例の山車祭り(ラトヤートラ)が催されたが、三位一体神(主神ジャガンナート神とバラバドラー兄神とスバドラー妹神)が祀られた三台の華麗な装飾を施された巨大な山車は、夕刻ごろから雨が降り出して、中途で立ち往生を余儀なくされ、続行は翌日に延期された。

これに先立つこと(前祭スナナヤトラ)、108杯の香水桶を浴びた三神は二週間熱を出して寝込まれ、インド古来の自然薬アユールヴェーダで回復された十五日後に病気療養名目で、本殿ジャガンナートテンプルから三キロ離れた叔母神の誕生寺グンディチャテンプルに、一台ずつ(兄、妹、主神の順)信徒の手によって引いていかれるのだ。

以前は山車の上にはしごでよじのぼってご神体にタッチすることが許可されていたが、昨年から禁止となって、賛否両論かしましい昨今、熱心な信徒にとっては、一年に一度神様が外出なさる機会におさわりできないのは哀しいだろう。

ユニバースロード、宇宙の主のジャガンナート神はカースト・信条問わず、平等を標榜する神様で、イスラム教やキリスト教、仏教信者の異教徒もこの年に一度の機会だけお目見えかなうのだが、普段は本殿はじめの寺院は異教徒立ち入り禁止である。ジャガンナート神のアヴァター(へんげ)が仏陀ともいわれているせいで、日本人にはなじみやすいヒンドゥ神だが、信条問わない宇宙の主なのだから、寺院への参拝も許可してほしいところだ。

というわけで、私は一度も中にお参りしたことがないが、花が咲き乱れ、大変美しい域内と聞く。たまに異教徒が群衆に紛れて侵入する事件も起こっているが、事後大騒動に発展、お清めの儀式が行われたりする物々しさである。

昨年(7月18日)のパリヴァルタンといわれる18年に一度の稀な山車祭り、聖木で新たに作り替えられたご神体に旧体からご精魂を移し変えられる儀式時は普段の二倍弱、170万人の人出があったようだが(そのころ私は帰国)、今年は例年通り100万人ほど。ただ、帰社祭の翌日のスナベシャ=黄金仮装祭=以下2015動画をどうぞ)では150万。手足のない三神の偶像が、黄金の手足をつけられ、王冠、首・耳飾り、鎚矛、蓮、ほら貝、車輪で金尽くしに飾られ、信者の前にお披露目される)。

神様のごりやくか、雨季でも豪雨に見舞われることはめったになく、テロ警戒から警備も厳重なこともあって比較的安全無事に敢行されるのだが、本殿ジャガンナートテンプルのまします門前大通り(グランドバザール)は、立錐の余地もない人出になり、病死や殺到死者も毎年数名出る(金の鎖など金目のものを身に着けていると、引きちぎられることも)。昔は、神様の巨大な車輪(ジャガンナート主神のお乗りになった山車は16車輪、兄神14、妹神12)にひかれて死ねば極楽往生できるとの言い伝えもあったらしく、車輪の前に身を投げ出す信徒もいたとか。

昨日14日は、帰社祭(バフーダヤトラ)が行われ、元の本殿にまた引かれてお戻りになる行事も終了した。

以下、ラトヤトラを動画でどうぞ。
Puri Jagannath Ratha Yatra 2016 (Car Festival 2016)
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破壊と創造

2015-10-23 17:55:19 | 宗教・儀式
今年の三月にひざを怪我して以来、人生の見直しを新たに迫られているが、この事故をきっかけに私の人生は大きく変わりそうである。

まず、今夏金沢に副ベースを設けた。

それまで東京志向だったが、移住前14年住んで、それ以降も年に一度は帰京していた首都はもういいかなという感じ、地方に目が向いていて、金沢はちょうど北陸新幹線が開通して、便利になった折でもあり、選択肢としては間違っていなかったと思う。

実は長年金沢に住みたいと思っており、七年前一度マンションの下見もしていた。

今回はタイミングが合って、超スピード決断、しかし、本格的に暮らし始めるのは来年の一月からである。
まずは三ヶ月。
現状では部屋も剥き出しのままなので、体裁を整えなければならない。
犀川緑地が徒歩で行ける距離と、自然環境がすばらしい立地なので、楽しみだ。

併せて、人間関係も大きく変わると思う。

これまで東京に偏っていた友人も、残る人は残るだろうけど、前のように逢えなくなることから、自然消滅に追い込まれることもありそうだ。
金沢人との新しい出会い、に期待したい。
地方ベースの文学活動も考えている私だ。
インド在住歴28年の壁を破って、新しい世界へ踏み出す。

旧生活を破壊して創造、新世界へとダッシュ。

近頃とみに、スピリチュアルにもなってる私、日本ではこの方面の本もたくさん読みたい。

一昨日息子と訪ねた駅のキオスク本屋で、四十代のインド女性(二児の母)のアシュラム探訪記(VIPASSANA ASANA)を買って、一章を読んだばかりだが、これが今の私の希求にぴったり来る内容だった(日本ヴィパッサナー協会ページはこちら)。

拙ブログを読んだ読者から、アシュラム情報の問い合わせもいくつか来ている。
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19年に一度の奇祭ナバカレバラ1ー新神像制作の原木発見

2015-04-13 15:04:07 | 宗教・儀式
当地プリーはヒンドゥ教の聖地として名高いが、今年は19年に一度の稀な奇祭、ナバカレバラが7月に催され(前回は1996年)、人出は恒例の山車祭り時の五倍、五百万名もの巡礼旅行者が殺到すると予想されている。

プリーのシンボル神は、主神がユニバースロード、宇宙の主のジャガンナート神で、兄のバラバドラーと妹のスバドラー神の三位一体神(以下動画、右の黒のユーモラスな土人風情が主神、左が兄神、中央が妹神)として、グランドバザールの本殿ジャガンナート寺院の聖域に祀られている(年に一度の山車祭り時聖域からお出ましになり、信条問わず信者に祝福を垂れる)。
身長は人間並み、ただし横幅が三倍くらいある木製の偶像なのだが、これが新しい偶像に変えられるのである。

儀式によって神様の霊魂が、死んだ前の偶像から、新しく作られた偶像に移し変えられる、めずらかなセレモニーである。
逝去した偶像は寺域の神木の傍らに埋められるという。

というわけで、先月29日から、バナジャガヤトラ(以下ローカルニュース動画)という筆頭のお祭りが始まったのだが、百名の担当僧(ダイトパティ)の一団が神様の偶像を新たに掘り起こす木材、ニームツリー(インドセンダン、現地語でダル)を各所の僧院に立ち寄りながら捜し求める旅である。

神様の新偶像が掘り起こされる神木だけに、昔から細かい決まりがあって、それは幹に蓮、鎚矛、車輪、ほら貝の聖なるシンボルがあるということ。
女神様からの夢のお告げで、お目当ての木が見つかる場所のご宣託が降りるそうな。
以下のネット記事には、前回の奇祭時のニームに四マークがあったことが如実に見て取れる。

主神は黒めの木で四つの主枝があること、兄妹神は白め、近くに河もしくは大池や埋葬場、アリ塚があり、三つの山か三つの道に囲まれている、庵もしくはシバ寺院があって、根元にコブラの巣があること、鳥の巣や折れ枝、宿木がないことなども条件だ。

なんだか前時代的、迷信じみた儀式で、えーっ、そんなことが本当にありうるのか、該当する木を見つけるのは至難ではないかとかんぐってしまうが(多数の条件があるのだから短期間で見つけるは不可能に等しいとすら異教徒の私には思えるのだが。まさかインド人お得意のずるをするわけでもなかろう?)、今日の新聞に、山車をつかさどる車夫神スーダルシャンの木がヒラプールのクワカイ河の堤で見つかったと写真入りで、報道されていた(以下は現地英字紙オリッサポストのネット記事)。

ちゃんと条件を満たしているらしく、樹皮に車輪、蓮、ほら貝、鎚矛模様があるらしい大木の前には、ひと目神木を仰がんと経験苗う信者が五千人余りも押し寄せたという。
周辺は一種聖域に近くなっており、神木に捧げるココナッツや辰砂なども売られているらしい。

肝心の三神の三木もほぼ当たりがついているらしく、いずれもジャガンツィプール地方のニームの木ということだ。ニームの葉は分厚く大きめで周囲に棘棘があるが、聖なる木として崇められているのである。苦味のある葉っぱは、皮膚病などに効く自然薬としても重宝されている。

神霊が宿る木だから、やはり超自然的な力が働いているのだろう。
スーダルシャン神のための原木は、超大型サイクロンにも耐えて、葉も一枚も落とさなかったというあっぱれな大木だそうだ。
写真で見ても、立派で神々しい木であった。

ジャガンナート様の偶像が新たに掘り起こされる神木はさらに立派で神々しいものとなろう。

折々、ナバカレバラ奇祭について、報告していきたい。

Nabakalebara: Lord Jagannath Miracle ?
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山車内参拝でイタリア女性殴られる

2013-07-27 01:41:55 | 宗教・儀式
▽ローカル便り
山車祭の内部参拝でイタリア女性ダンサー殴打さる

今月十日から二週間の予定で催された恒例の山車祭で、山車の上に上がっ
て宇宙の主、ジャガンナート神の祝福を仰ごうとした州都在住のイタリア
女性ダンサー、イレーナさんが寺の従僕から殴打される事件が起こった。
お布施として20ルピーを渡したところ、1000ルピーを要求され、退けた
ところ、殴りかかるなどの暴行を働かれたもの。
イレーナさんは州都ブバネシュワール在住歴34年の古典舞踏オディッシー
のダンサーで、パドマシュリという市民栄誉賞も授与されている名士。
警察に訴えたため、騒ぎが大きくなった。

昨年もアメリカ男性が、山車の上に上がって参拝しようとしたところ、
暴行を受ける事件が発生、年に一度の山車祭り時のみ異教徒も拝観を許さ
れるため、外人信者も祝福を仰ごうとするが、現実は布施目当ての従僕が
意図する金額を得られないと、横暴な行為に出るケースがままある。
私自身、山車に上がろうとしたら、寺僧から邪険に退けられたこともある。
平常時は本殿ジャガンナートテンプルは異教徒立ち入り禁止のため、信条
問わず謁見を許されるのは山車祭り時のみなのだが、度重なる暴行事件に、
寺院関係者は早急な対策を迫られている。
全般的に山車内参拝を禁止すべきだとする声や、外人信者だけ別途の機会を
設けるべきだとの声も上がっている。

(メールマガジン「インド安宿通信」最新号より)


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シヴァ神大祭のにぎわい

2013-03-12 18:26:33 | 宗教・儀式
マハ・シヴァラットゥリ、シヴァ神の大祭が昨日、終わった。余波で当ホテルはにぎわっている。シヴァ神を祀る州都の有名なリンガラジテンプルは、参拝客が長蛇の列を作り、リンガムという男根神(シヴァのコズミックエナジー、精力の象徴)にミルクやハニーや、ギー(澄ましバター)を捧げる順番を何時間と根気よく待っていた。

本の原稿は順調に進んでいる。初稿をかなり手直しし、書き下ろし項目が増えた。本日2章まで読み返したが、悪くない。やっと、原稿として整いつつある感じだ。ただ、枚数が膨れ上がっているのが難だが。

夜に浜に出る習慣がついてしまった。が、お祭りのせいで、八時近くでも女子供の人出があるので、比較的安全だ。
濃紺の帳の降りる渚で、星を愛でた。満潮のうしおに、ロングスカートの裾が水浸しになるのも厭わず、夜気に閃く蛍光色の波濤と上空に瞬く星を堪能し続けた。
コメント (12)
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カレーなるインド挙式(写真)

2012-12-27 22:54:38 | 宗教・儀式
さる12月3日、東インド海岸部、オディッシャ州の聖地プリーで行われたわが弟の現地結婚式写真を初公開。カレー(カレーと華麗をかけてる)なる現地挙式を絵で堪能あれ!
新婦は目の覚めるような緋色地に銀のビーズやスパンコール付きの絢爛豪華なサリー、新郎はシェルワニといわれる手の込んだ刺繍のあるベージュの礼装シルクパンツスーツに杏色のターバン、右端の男性は新婦の弟で水色のシェルワニと白のショールのコンビがダンディだ。
新郎新婦が首にかけているのは、マリーゴールドとジャスミンの花輪で、お互い掛け合う慣習がある。
コメント (3)
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無名聖者のハンスト死

2011-06-19 23:04:01 | 宗教・儀式
先に有名ヨガグル(導師)<ディヴヤヨガ協会主宰者ラムデヴ師>が汚職に抗議してハンストを行った旨投稿したが、そのラムデヴ師が体調を悪化させ入院していたデラドンの同じ病院で、もう一人のハンスト聖者がひっそりと息を引き取った。皮肉にも、ラムデヴ師が退院して数時間後だった。


断食死したNigamananda師

ニガマナンダ師はガンジス川の採石に反対し、2月19日からハンストを続けていたが、二ヶ月半たったところで体調が急変して入院、以後昏睡に陥ったままの状態が続いていた。
採石工場側の有力者もしくは同じアシュラムの住人に毒を盛られたとの説も飛び交っていたが、それを実証するように死体解剖所見では毒物が発見されたという。

断食の許容限度は体力や忍耐度によって各自まちまちだろうが、よく訓練された人で大体二ヶ月が限度のようだ。過去にも、二ヶ月超えてハンスト死した人が二人居た。途中昏睡に陥ったとはいえ、114日間もったニガマナンダ師は例外。それだけ体力があり、修練も積んでいたということだろう。

八日間で病院に担ぎ込まれた、予想に反してやわだったヨガ界のスーパースター、ラムデヴ師とは大違い。無名の聖者、ニガマナンダ師は所属するハリドワールのアシュラムで、サマディ、涅槃の境地に入ったとされ、手厚く葬られた。
ガンジス川の自然を守るために命を賭した知られざる聖者に合掌!

蛇足ながら、ラムデヴ師に断食中止するよう説得した南インド・バンガロール在アート・オブ・リビング協会のグル、ラビ・シャンカール師はテレビのインタビューに答えて、ハンストは時代遅れ、抗議の声を発するにはしっかり食事を取らないといけないと、ハンスト無用論を述べた。

コメント (2)
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ラクシュミー女神の浸水式

2010-10-27 00:01:07 | 宗教・儀式
今日はヒンドゥ教の富貴神、ラクシュミー様の浸水式だった。
六時過ぎ浜に出ると、すでに浸水を終えて戻ってくる住民にぶつかった。
鉦を叩いて、女子供も混じった群集がにぎやかに行き過ぎる。

                         

薄暗くなった波打ち際には、女神様の土台の残骸が打ち上げられていた。
お供えの青い椰子の実も転がっている。
近年汚染が憂慮されているが、宗教儀式だけにやめるわけにもいかないだろう。
自然染料にすると、海や川に優しいのだが。
海はまだ広いからいいが、小さな川だと、大変である。
浸水のたびに、張子の偶像が浮くわけだから、長年のうちに降り積もって、公害
はなはだしいだろう。川底は偶像の骨組みだらけじゃないか。
インドの常、対策らしきものはとられていないようだ。

素足を潮に浸すと、残骸のかけらがくるぶしにごつんとぶち当たった。
自然の貝殻ならともかくも、ごみだから不快だ。
月のない浜には、宵の明星
が上空にひときわ明るく瞬いていた。

十月も下中に入って、空が高くなり、うろこ雲、いよいよ秋たけなわの気配で
ある。
来月中旬には冬季に入って、さらに涼しくなるはずだ。
今現在は日中は少し蒸し暑いが、冷房に奮闘してもらうのもあと少し。

来月はビーチフェスティバルも催される。
ちらほら外人旅行者も増えだした。
これからベストシーズン、暑くも寒くもない絶好の天候だけに外人観光客シーズ
ンに入るのである。
二月初旬までは、私の好きな季節が続く。   

                      
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60年の係争に判決

2010-10-01 23:06:13 | 宗教・儀式
9月30日、アヨードヤ(Ayodhya、日本ではアヨーディヤと記述される)のバブリマ
スジッド(Baburi Masjid)モスク跡地の所有権判決に、同ウッタルプラデシュ州
アラハバード(Allahabad)の高等裁判所から判決が出された。
1992年にヒンドゥ右翼の暴徒が同モスクを破壊したことで一気にムスリムとの対
立激化、2000名余の死者が出ただけに、中央政府、両宗徒、各界が息を詰めて判
決を見守っていた。

              

そもそものヒンドゥームスリムの対立の争点とは五百年近くも前にさかのぼり、
同地はラム神の生誕地で寺院が建っていたところを、ムスリム大帝・バブルが侵
入し寺院破壊、モスクを建立したとされ、歴史的正当性にかんがみ、ヒンドゥ側
は寺院再建を要求していた。これに対するムスリム側も譲らず、所有権を主張
していた。
六十年にわたる長い係争で、個人、団体がそのつど訴訟に走ってきた。

                                      

結局、土地は公平にヒンドゥ(Ram Lalla)、ムスリム(Sunni Waqt Board)、ニル
モヒ・アカラ(Nirumohi Akhara)といってラム神崇拝者外の禁欲主義ヒンドゥ教
徒(物質主義を放棄したサドゥなど)に三分割されることになった。同地がラム
神の生誕地で寺院建立の事実があったことは、調査で正当性を認められたが、元
々荒廃した遺物同然だったモスク自体はイスラム信条に則っていないためモスク
の用をなさないとの裁断が下された。

これに先立つこと、与党国民会議派ソニア・ガンジー総裁が判決後の鎮静を国民
に呼びかける声明を発表するなど、国全体が緊張に包まれていたが、公平な判決
ということもあって、各地とも厳重な警備体制を敷いた割には平和が脅かされる
ような事態は起きていない。
判決後の暴動を憂え、会社や学校は半ドンにするところが多かったのだ。

ヒンドゥ、ムスリム入り混じった三判事による判決に、国民はおおむね好意的な
反応を示したが、ムスリム側はこれを不服として最高裁判所に控訴予定のようだ。
ヒンドゥ側はラム神の生誕地という史実が公認されたので、喜ぶ声も多い。
インドも近年経済繁栄著しく、若者は宗派の別なく平等主義者が多いこともあっ
て、時代が変わったゆえの冷静な反応だったともいえよう。

                             

ちなみに、22歳になるわが息子も、ヒンドゥ教徒だが、イスラム教徒の友人をた
くさん持ち、自国の狭量さを日ごろから厭い、外国に出たがっている。
今の若者は宗教に関係なく、個人いかんで見る。
気があっていい奴なら付き合い、父の世代のように、イスラム即テロリストとい
う短絡発想をしない。

民族・宗教・言語、カーストに端を発するコミュナルないさかいはインドの癌だ
が、新世代の価値観の様変わりに、21世紀の新しいインドの息吹きを感ずる。

                                      
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