インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

甥の結婚

2007-07-11 21:42:10 | 宗教・儀式
 
 2007年7月8日、わがホテルのマネージャーでもある甥のバブーが晴れて、かねて
恋愛中だった女性、ルビ嬢と結婚した。
 朝の女性縁者のみが集って新郎を祝福するプジャの儀式は逸したが、夜の10時ごろ
からスタートした本番は、とどこおりなく終了する午前3時過ぎまで一部始終見通
した。

 当日、指定時間の午後8時前に花婿宅に出向くと、女性縁者であふれる奥の控え
室に通された。この日のために増築して見違えるようになった義姉宅、新婚夫婦の
ためのバス付きの部屋も新たに設けられ、迎え入れ体制は万全。義姉は応対に大忙
し。新しいキッチンには、素焼きの壷入りの儀式用のご馳走がいくつも置かれ、4
年前に急逝した義兄の写真が、微笑しながら見下ろしていた。兄が生きていたら、
 この晴れの日をどんなにか慶んだことであろうかと思うと、胸が詰まった。叔父
であるわが夫が、今日は父親の代役を務めることになるのである。
 晴れの主役は鬱金のシルクのパンツスーツに身を飾り、頭には扇子に似たひだ飾
りのある同色のターバン、両眉の上部には、親族の女性が白い水粉で描いた模様が
描かれ、男ぶりも一段と上がっていた。オビナンドノと現地語で祝福すると、肥満
気味の巨体を揺さぶってはにかみがちの幸福そうな笑みを漏らした。

            

 式の内容は、今2月行われた私の言語の女先生のそれとさほど変わらなかった
が、身内ということで、新郎宅から会場までの楽隊の行進にも初めて加わった。い
つも結婚式シーズンになると、寝静まった真夜中であろうと表の道を映画音楽をガ
ンガン鳴らしながら我が物顔に行く婚礼バンド隊だが、参加当事者になってみる
と、なかなか大変。幸いにも、もう一人の甥の車で拾ってもらったので、3キロの
道のりをだらだら歩く羽目になるのは避けられたけど。
 ガス灯のデザインそっくりの明かり台を頭上に載せた隊が列の両脇を固め、自家
発電機付きの華麗な電飾版が手押し車に乗せて運ばれる中を、何台もの装飾荷車に
乗った楽隊が進む。最先頭を颯爽と行くのは、ジャスミンやマリーゴールドで飾ら
れた新郎の白い車。バザールの狭い道に入ったときは通行人や自転車、人力車(当
地はサイクルでこぐ方式)、オート三輪車、バイク、車の渦が間を縫うように行き
交い、渋滞でいっこうに進まず、通行人から怒声が飛び交ったほど。路上で親族が
浮かれて踊りだす場面もあり、結局、一時間以上かかって、会場に到着。

 奥の一室では、緋のショールで頭上をおおい目が覚めるようなブルーのシルク地
に銀色の模様のある華麗な衣装をまとった花嫁が、親族・友人の女性らに取り囲ま
れ、花婿の到着を今か今かと待ちわびていた。なかなかの美人で、でかしたぞと、
甥っ子を誉めたくなったくらい。いまだに見合い結婚が8割以上を占めるインドで
は、珍しい恋愛結婚で、それだけに両人とも喜びもひとしお。

                 

 広い裏庭に、バイキング会食の準備が整えられており、菜食の野菜やチーズのみ
ならず、チキンや魚のご馳走もあるお好みカレー定食で一同腹ごしらえしてまもな
く、中庭の一角で、花婿のみのプジャが始まった。ヒンドゥのお坊さんがお経そっ
くりのヴェーダのマントラを唱えながら、儀式を執り行う。
 この後、室内でわが夫も立会い、別のセレモニーが催された。入れ替わりに、中
庭では、両親に付き添われての花嫁のみのプジャが行われたが、ショールに覆われ
たうつむき加減の顔は心なしか涙ぐんでいるようだった。母親が寄り添ってしきり
に慰めていたのが印象的だった。神妙に儀式に臨んでいた傍らの白装束の父親も、
寂しさの入り混じった複雑げな表情をしており、そういえば、先のノミター先生の
結婚式のときも、お母さんが背後ではらはらと気遣わしげに見守っていたっけと漠
と思い起こした。

            

 再び花婿が表に出てきた。待つことしばし、赤い縁取りのある鮮やかな黄色のサ
リーでお色直しし、金糸の格子モール付きの緋のショールで頭上を覆った花嫁が登
場。親族の女性たちが、ウリオリと呼ばれる、舌をすばやく上下に早動きさせてウ
ルルルルというはやし声を立てる。私も真似してみたが、舌が思うように動かず、
声が出ない。現地特有の慣習だけあって、なかなかの技術を要するこのはやし声
も、インド女性にはお手のもの。
 儀式にあたっての花嫁衣装はわりと質素というか、サリーは木綿製。もっとも、
黄色はインドでは縁起のいい聖色で、黄金を連想することからも、普段着にもわり
とよく着用されるのだ。控えの間で本番まで仮眠していた一族も、眠たげな目をこ
すりながらぞろぞろ出てきた。ご両人がやっとそろったのは、なんと深夜1時過ぎ
だった。
 あにはからんや、1時半には、半数以上の親族が退場、甥と兄弟のようにして育
ったわが息子も眠いと言って帰宅してしまった。肝心の結婚式を見ないとは現地親
族のクールさにびっくりしたが、午前様で延々と続けられる式に最後まで立ち会う
者は少ないという内情もわかった。異国人である自分と違って、見慣れた儀式に格
別の興味を抱くでもなく、ただ退屈なだけのようだ。

 さて、ヒンドゥ教の婚礼儀式は、糸や、米粒、ギー(純製牛脂)、ターメリック(ウ
コン)、ビャクダン、ココナッツなどをふんだんに用いる。花婿のみのプジャにあ
たっては、僧が操り糸のようにして束ねたものをギーに浸し、ウコン粉に絡ませた
黄色い糸を新郎の肩にたすき掛けにし、紅粉を眉間に印したあと、ギーやビャクダ
ン、ターメリックを右掌になすりつけ生米を握って火中に放つよう指示したりと、
異教徒である私には意味不明のさまざまなプジャが執り行われた。
 花嫁が登場後は、髪の分け目に既婚のシンボルである辰砂、シンドゥー
)が花婿自身の手でなすりつけられ、晴れて新妻に。両者の握り合わされた
右手は、茶色い椰子の実の乗る壷の上に据えられている。中央で井桁に組まれた小
薪に火がくべられ、新郎が新婦を背後からかかえるようにして立ち上がり、新婦の
手を外側から包み込むようにして、掌中の米粒を火中に降り注ぐ。
 映画やTVでよく見る結婚式シーンでは、衣装の端と端を結ばれた両人が、火の
周りを右回りに七度巡る儀式がポピュラーだが、ベンガル方式はちと異なる。新婦
のショールと新郎の肩にかけられた白い布地の端は結ばれるのだが、火の周りを巡
る儀式はない。紙製の金冠を両者とも付けるのも、特徴。



                 

 中おいての二日後、別の会場で披露宴が催された。奥の控えの間の中央の壇上
に、女性縁者に囲まれて、着飾った新婦が儀式のときとは違った、ひときわあでや
かな緋の婚礼衣装の裾をマットの上に広げながら、神妙に座していた。親族・友人
たちが次々に祝福に訪れ、祝い金や贈り物を手渡していく。私たち一家は特別に奮
発して、祝い金2000ルピー(約5000円だが、現地物価は日本の7-8分の1)と弾ん
だ。

            

 式のとき同様、プロのカメラマンがあらゆる角度から、新婦を撮影。傍らに座っ
た私は、新婦の両手首をひじまで飾る金や緋の腕輪を目算で数えてみて、各々16個
もあるのにびっくり。掌から甲、ひじにかけては、ヘンナの茶色い染色で彩られた
精妙な模様、メヘンディがびっしり。手の甲から指全体を覆う美しい飾り
はじめ、シンティといわれる髪飾り、耳飾り、首飾り、足輪、足の指輪とも、総ゴ
ールド尽くし。伝統的なデザインで、ずしりと重く、一生の財産ともなるため、花
嫁の両親金に糸目をつけず張るのである。

                  

 こういう華やかな式に出ると、いつもシンプルなアクセサリーしかまとわない私
は場違いというか、いささか気が引けてしまう。女性縁者もとりどりの金糸・銀
糸、スパンコールつきの鮮やかなシルクの晴れ着に着飾り、花嫁に負けず劣らず、
金尽くしの装飾品で全身を飾り立てているせいである。
 サリーが苦手の私は、こげ茶の花模様にコバルトブルーの合い色の、全体に細か
いスパンコールをちりばめたシックなパンツスーツで式に臨み、披露宴は、紫色の
精妙な刺繍の縁飾りのある衣装にしたが、一番若くて美人の縁者から思いがけず、
ドレスの美しさを讃えられた。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

親子でヨガ教室日参

2007-07-04 22:57:21 | ヨガ・スピリチュアル
★現地生活ダイヤリー

<6月2*日>
 南インドのバンガロールでITを学んでいる息子のサミール(日本名・理秀)が、
夏季休暇で戻ってきた。
 以前当地のジムセンターに通ったこともある息子だが、今回は私のたっての薦め
でヨガにトライすることになった。
 ラップトップ(インドではパソコンのノートブックは一般にこう呼ばれる)の画
面を長時間見る毎日なので、唯でさえ近眼なのが悪くならないかと心配なのと、事
後の肩の痛みを和らげるのが主目的だが、やや虚弱気味ということもあって、ヨガ
で強靭な体質に改善することができればと思った次第。

                                    

 日本や西洋と違って、インドの若者にはジムがポピュラーで、ヨガはまったく人
気がない。現に当地のヨガセンターの生徒は、大人は私ひとりのみという寂しさ。
残り7、8名の常連はみな、5歳から14歳までの児童である。子供たちの歓声にみな
ぎるクラスはにぎやかで、瞑想時は集中できなくて困るが、活気に満ちた雰囲気は
楽しい。
 一同でスーリヤナマスカールといわれる太陽礼拝体操をしたり、目にいいキャンド
ル瞑想(トラットク)を行ったり、最初は乗り気でなかった息子も、回を重ねるご
とに慣れてきたみたいで、毎日親子でヨガ教室に通う日々が続いている。

                         


 近々、兄弟のようにして育った従兄弟の結婚式が催されるので、招待カードを親
戚や隣近所に配るお手伝いをしたりと、今からわくわくの息子。セレモニーの四日
間はヨガはお休みさせることになるので、正味15回ほどいうことになり、マスター
させるのはとうてい無理、来る冬季休暇も引き続き習わせるつもり。

 一年目は寮住まいだった息子だが、二年生から、友人と折半でフラットを借りる
ことになったため、今月21日には親子三人で現地に向かう予定。バンガロール一と
いわれる広いキャンパスで大学生活を謳歌している様子の息子のラップトップに
は、同じBCA(バッチェラー・オヴ・コンピューター)の学友たちの写真がいくつ
も納められていた。プログラミングなどの技術もしっかり習得しているようで、以
前に比べてはるかにコンピューターに強くなったと自慢するわが息子だ。

                               
  
コメント
この記事をはてなブックマークに追加