インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

2014インド総選挙こぼれ話6

2014-04-30 01:56:47 | 政治・社会・経済
インド総選挙も、全九回の六回まで終わり、終盤に突入。
こぼれ話第六弾は、有権者の買収法を箇条書きにあげてみよう。

*新聞紙の中に現金入り封筒を差し挟み、有権者の戸口へ。

*朝の牛乳配布とともに現金をさりげなく手渡す。

*地域の食事会の際、皿代わりのバナナの葉の下や、葉っぱのお皿の下に現金を忍ばせる。

*ライバル候補のリーダーを買収して、キャンペーンを生ぬるくさせる

*村長を買収して、村民の票田確保

*メディアを買収して、対立候補のネガティヴパブリシティ

*道路、学校、寺院建設に札束ばら撒き

*就職、大学、会社のポスト確保の約束

*学生に無償の本配布

*農夫に、無料の牛、種子と肥料配布

*カレンダー、財布、サリー、Tシャツ、バッグの無料配布 

*酒・ドラッグの無料配布

*候補者の経営する大学への無料入学

*地方のリーダーに車贈与

*冠婚葬祭、宗教集会の無料アレンジ


お酒と札束ばらまきのインド乱痴気総選挙、開票は来月16日!
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炎暑を乗り切るために

2014-04-30 01:04:07 | 私・家族・我が安宿
今、現地時間の午前一時過ぎ。
初めておニューのエアコンを作動、この時間帯だと、パソコン&冷房併用で問題ないことがわかってほっとしている。

しかし、インドの常で、コンピュータの新規購入は遅々と進まず。
オーダーしても、肝心の係りが現れない。
やはり、私が店に出向くべきなのか。
じっこんにしている旅行代理店&ネットカフェのオーナーのお兄さんが、コンピュータに強いのでお願いしているのだが。

ともかくも、XPの旧マシンを、依然支障はありながら、なんとかかんとか使えるようにしてくれたのも彼だ。

冷房をやっと設置したので、新しいパソコンも完備されることを祈るのみ。

熱波たけなわ。
当オディッシャ州は各地で、水不足。
この猛暑で冷房の購入率が昨年に比べ、40-50%も上がったそうだ。
そのため、例年より35MWも高い310MWの需要高、異常な弱電はこのせいだった。しかし、ともかくも日中と深夜は電力が回復するので、この間エアコンをつけて涼を取れる。

学校は五月1日から夏休みに入る。授業は早朝の時間帯に繰り上げられ、朝の十時半までに終業、子供たちもチョー早起きしなくてならなかったので大変だったが、一息つくだろう。

昼日中の街はしんと静まり返り、みな家内で自己防衛、外出しなければならない用がある人は、山賊まがいに顔を覆い、サングラスと、熱帯のぎらつく太陽除けに重装備だ。
女性はまるで、イスラム教徒のベール、ヒジャブをかぶっているように見える。目だけかろうじて覗かせて、炎天下を行く。雨傘も日傘代わりに用いられる。

この時季、人気なのが、「ポコラ」といわれるローカル料理。いわばインド版お茶漬け、ヨーグルトの水茶漬けだ。ヨーグルトにレモン、塩で味付け、お菜として、オニオン、きゅうりがつく。
ポコラにはフレッシュなものと、発酵させたものの二種があるが、大人気だ。

ヨーグルトジュース、ラッシーも飛ぶような売れ行き。
すいかも、熱が下りるが、マンゴーがいまいち熟し方が足りず、すっぱい。
EU諸国は、インド産マンゴー、かの有名なアルフォンソ銘柄を、ペストが理由で輸入禁止にしたようだが。インド側はもちろん、不公平な措置と怒っている。

この炎暑下、衣服も締め付けない綿が好まれる。
若者は白いTシャツ、男性の民族服パンツペア、クルターピジャマもこの時季には最適だ。
夏休みを利用して、山間に避暑に逃げる家族連れも。
わが安宿も、夏休みの海水浴客であふれかえる。

毎日、夜の八時前後に浜に出ているが、吹き抜ける海風にほっと人心地つくひとときだ。
浜辺の散策タイムは夏季、涼みに欠かせない。

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熱波に負けず執筆

2014-04-27 02:16:48 | 私の作品(短編・エッセイ)
本日も、午後十一時からパソコンタイム。
もうすぐ新システムに変わるので、今のうちに印刷しておこうと、六月末投稿分の原稿を早々と印刷してしまった。
明日もう一本、できれば、短編ももうひとつ、これでひとまずはオーケーかな。

すべて最悪の事態を見越した上での準備である。
ウィンドウ7になっても、文書はそのまま保存されるから心配ないと息子は言っていたが、念のため。
経済誌関連原稿も、推敲中。パソコンでの前半は済ませ、ワープロでの後半のみ。
午後6-11時までコンピュータが弱電で作動しないのが困る。

おニューの冷房も、せっかく取り付けたのに、試運転で動かず、明日また来てもらって設置やり直しだ。コネクションの問題だろうか。

ジュリー様にとんとご無沙汰でさびしい。
動画を楽しんでいるゆとりはもうない。
新システムに切り替わるまでに、やれるだけのことはやっておかねば。

一段落したら、音楽物に取り掛かりたい。
現システムは始動に問題があるが、とりあえず何回かトライして開けてしまえば問題ない。
原稿も打てないことはないが、待ったほうがいいかな。
待ってると、書く機運が逃げていきそうだし。

当オディッシャ州は熱波が猛威を振るっている。
内陸部は43度前後。
それでも、四月中はまだしもしのげたが、五月に入ると、炎暑になること間違いない。
この苛酷な暑さをどう乗り切るか。
冷房だって、夜のメインタイムは作動不可。
おまけに、計画停電しょっちゅう。

それでも、エアコンがつけられるというのは、インドでは幸せだ。
庶民は天井取り付け型の三枚羽扇風機で40度以上の猛暑を乗り切るのである。
近年、冷房も徐々に普及しだしたことから、いよいよ電力不足に陥っているのだと思う(インドは物価が安いが、家電は日本とほとんど変わらず、スタビライザーという電力安定機も買わないといけないので、厄介。我が家の三台目の冷房は1トンで込み五万円ちょっと)。
選挙も関係あるのかもしれない。
とにかく、去年と比べても、異常な減電である。

2014インド総選挙は余すところあと三回。
広大な亜大陸で、有権者が八億人以上という世界最大の民主主義国家のため、総選挙の日程も一月以上かかるわけだ。今回は九回に分けて開催され、開票日は来月16日、六回目まで終了したところ。

さすがに暑いので、冷えたビールでのどを潤そうかとの誘惑に駆られるが、お酒を楽しむのは、もう少し先の話。
音楽物が脱稿したら、ジュリーの動画をBGMにと思う。
中進国の不自由な環境下、なんとかかんとか書き続けている。

書く気持ちさえあれば、原稿用紙の手書きだって書ける。
昔、ワープロが壊れたとき、帰国までの半年間、手書きで何とか間に合わせたものだった。
覚悟を決めれば、なんとでもなる。
インドでも日本でも、どこでだって書ける。

と自分を鼓舞して、ミッドサマーたけなわに果敢に立ち向かう私だ。




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伝えなければならないこと

2014-04-26 03:18:31 | 私の作品(短編・エッセイ)
弱電とXPの支障に悩まされる中、なんとか書き続けている。

このごろ、何を伝えたいのかということをよく考える。

おりしも、コロンビアのノーベル文学賞作家、ガルシア・マルケス(代表作は『百年の孤独』)が他界し、シェークスピアの450周年祭、後世に書き遺すものはなんなのか、後世に生き残ってほしいメッセージは何なのか、死ぬ前に書いておきたいこと、これだけは書いておかねばならぬということは何なのかと、よく考える。

いつかはこの身も消滅する。

やはり、その前に悔いなく、これだけは書きたかったと思うものを書き尽くして、逝きたい。

そして、なろうことなら、後世に生きる書き物を遺したい。

だいそれた望みだということは、重々承知している。

でも、このところ、伝えたいメッセージは何なのかと自問する日々が続いている。
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インド映画「マダム・イン・ニューヨーク」レビュー

2014-04-25 23:58:16 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
経済誌時代の元同僚Sが主催しているネット新聞、銀座新聞ニュースに、6月中旬シネスイッチ銀座で公開されるインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」のレビュー(試写会)が掲載されたので、紹介しよう。

シュリデヴィの魅力溢れる「マダム・イン・NY」、長すぎる130分

Sは意外と辛口のジャーナリストなのだが、意外や意外、主演女優シュリデヴィの魅力のとりこになってしまったらしい。
物語は陳腐でつじつまの合わないところもあったが、この長い映画を通しで観れたのはひとえに主演女優の魅力によると、私のメールにも書いてきた。
サリー姿の美しさにも感激したようだ。

インドにもこんなにすばらしい女優がいたのかと、びっくりしたようだ。

往時、ヒーローに引けをとらない美人スーパースターとしてもてはやされたシュリデヴィだけに、年はとってもルックス、演技力、ダンス力と三拍子そろっている。
顔の三分の一くらいがお目目で、チョー魅惑的な美人女優で国民的人気を博し、私自身もファンだった。
ヒーローもかすむほどのパワーをもった大型ヒロインで、一世を風靡したのだ。

六月公開の「マダム・イン・NY」、みなさまお楽しみに!
往年のスーパーヒロイン、シュリデヴィのカムバック映画で、二女の母となっても若々しく美しいシュリデヴィの魅力満載だ。
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オフィスに冷房設置

2014-04-25 23:39:41 | 私・家族・我が安宿
やっと、オフィスに冷房を設置できた。
折柄の弱電下、日本のようにお金を出して買って即作動というわけにいかず、まずコネクション(電線)を買う。
これがインドのこと、やけに時間がかかり、やっと来たのが二日前。
それでマシン本体を運んでもらって、本日の日中取り付けてもらった。

ついでに、お掃除も敢行。
元はトラベルエージェンシー用のオフィスだったのだが、わが専用オフィスと化してしまった経緯がある。
旅行代理店のサービスはレセプションで併用することにしたのだ。
元々、こちらのオフィスは私邸の一階のコーナーでもあったから、本来のプライベート空間に戻ったということだ。

が、おニューの冷房はいまだに始動していない。
弱電で、冷房も思うように作動できないせいだ。
コンピュータだけでも電力を食うので、冷房つけてのPCは日中か、深夜電力が回復してからしか使えないだろう。
おまけにパソコンをもう一台購入となったら、冷房つけて二台作動は日中でもむずかしそうだ。

今打っているこれも、やっと午後11時以降電力が回復して可能になったものだ。
インフラの整っていないインドの片田舎、いろいろと不便で、思うように原稿も書けない。
とにかく、五月が酷暑のピークなので、さ来月の中旬ひと雨来るまでは、弱電・停電が続くことは必至。
今年はエルニーニョで日照りの予想も出ているから、夏が長引きそうで、戦々恐々。

ひとまず、経済誌時代、昭和の青春期再体験の小説は脱稿したので、一息ついているものの、早く音楽物にもとりかかりたいのだが、環境が整わず、いらいら。

それでも、なんだかいろいろありがたいことに、うれしいことが重なって、毎日が興奮の連続である。
ジュリー熱(先月動画で70年代の若・美ジュリーにはまった)が形を変えて、続いている感じだ。

このごろ、自分は恵まれているなと思わされることも多い。
ありがたいというか、感謝の気持ちが湧きあげてくる昨今。
何より、よく書けることがうれしい。
向かうところ敵なし、の意気軒昂さである。

明日の日中、オフィスの冷房を試運転してみよう。
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猛暑下つれづれなるままに

2014-04-25 00:26:24 | 私・家族・我が安宿
州都ブバネシュワールは42度突破、全土的に酷暑たけなわ。
本日、第六回目の総選挙日程がこなされ、12州で117下院議員の選出が行われた。
いよいよ残りあと三回を余すのみとなったが、来月16日の開票結果がひとしお待ちわびられるのは、全国民同じ気持ちだろう。

私の予想は、野党のインド人民党(BJP)圧勝で、現グジャラート州首相、ナレンドラ・モディ(Narendra Modi)が中央首相就任とみている。過半数を越すような気がする。届かなくても、連立政権が樹立されるだろう。モディ首相誕生は間違いない。

さて、前にこのブログでも紹介した、6月にシネストップ銀座で一般公開されるインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」の試写会は大好評のようだ。
私の知人マスコミ関係者もすでに三人が観て、わりと辛口の記者上がりのジャーナリストまで、ヒロインを演じる女優(往年の美女スーパースター、シュリデヴィ)がすばらしかったと絶賛していたし、一人は感動のあまりラストは涙ぐんでしまったといっていたから、この映画の前評判の高さがわかる。

都内にお住まいの皆様、六月の一般公開をお楽しみに!

本日も、午後6時半から11時まで弱電でコンピュータは作動不可、この間、浜に夕涼みに出たり、連ドラを観たり、印字した小説の前半をチェックしたりで過ごした。
いまだにXPの旧マシンは始動に問題があるが、何回かトライし、開けてしまえば、なんとか使える。
おニューが来るまで、なんとかこれで乗り切らねば。

岐阜大学の元名誉教授・寺島隆吉先生から、昨冬寄贈させていただいた亡父の伝記小説「車の荒木鬼」の感想が届いていたのは何よりうれしかった。過分のお褒めにあずかり、光栄である。総じて、同著は好評だったのだが、まったく認めないアンチ派もいて、花束と同じだけ煉瓦のつぶても飛んできたので、花束を差し出していただけたのはうれしい。
なんといっても、わが両親のことを赤裸々につづった物語だ。
思い入れは人一倍こもっている。
内容が赤裸々であることは、誰の感想にも言われるので、贈るほうとしては、一抹の不安もあるのだが、思い切って差し上げてよかったと思う。
著名な英語教育者の先生にこのように赤裸々な書を贈っていいものかとの一抹の躊躇、迷いのようなものもあったのだ。

高校時代あこがれていた同級生には、「ここまであからさまに、よく自分の身を削るようにして書いた」と妙に感に入られたものだ。

車の荒木鬼」はノンフィクション、父が主人公の実話小説になったが、いずれ完全なフィクションという形で、母のこと(ゆきのした秘恋)も含め、書き直してみたい。
事実的なことよりも、心理をもう少し掘り下げてみたいのだ。

当面は、経済誌時代の小説の推敲、一段落したら、音楽物に取り掛かりたいが、目下のパソコン状況ではやや不安がある。
六月末締めの小説も前倒しで印刷しておきたい。

早く、E執筆環境を整えなくっちゃ。
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自著「車の荒木鬼」の書評届く

2014-04-24 23:37:42 | 私の作品(短編・エッセイ)
同じ英語教育者の会、EH(English for Happiness)研究会に所属している元岐阜大学の名誉教授、寺島隆吉先生(ブログ百々峰だより)から、拙著「車の荒木鬼」の大変に好意的な批評が届いたので、以下に転載させていただく。

「よくぞ父親のことをこれだけ赤裸々に書いたものだ」 というのが、読後のまず第一印象でした。
 三智江さまのブログには地元『福井新聞』(平成23年5月1日)で本書の紹介記事が載っています。その書き出しは次のようになっています。
戦後、県内随一の自動車整備会社を築いた荒木重男(1928-1979年)の伝記小説「車の荒木鬼」がこのほど出版された。書いたのは、長女のモハンティ三智江さん。雑誌ライターを経てインドに移住し結婚、現地でホテルを経営する異色の女性作家が、一代で事業を成した父親の波乱の生涯を、生き生きと描き出している。
 
 私が上で「よくぞ父親のことをこれだけ赤裸々に書いたものだ」と言ったのは、三智江さまが語る荒木鬼は単なる立志伝中の人物ではないからです。 福井新聞ではさらに次のような紹介が続いています。
仕事に没頭し家庭を顧みない上に、愛人を次々と作り、子供までもうけている。
三智江さんの母である本妻と折り合いが悪く、家に帰らず愛人宅や会社に寝泊りするエピソードには、家庭のぬくもりに縁遠い、孤独な一面がのぞく。そんな荒涼とした私生活と成功を重ねる事業の対比に加え、社内の組合闘争や親族を中心とした会社経営の苦悩も描写され、重層的に迫ってくる。
 当時の三智江さまは上記のような事情で父親とはほとんど生活を共にしていません。にもかかわらず、愛人たちとの複雑な関係や社内の組合闘争・会社経営の苦悩などを、まるで自分がその場にいたかのような筆致で描き出し、読者をぐいぐいと惹きつけて離しません。 
「小説家とはこんなことができるひとのことなのだ」ということを改めて思い知らされた気がしました。
 小説のどの一場面も映画のワンシーンのようにくっきりと思い浮かぶのです。
バスをチャーターしての初デートも、当の百合子お母様はさておき、周りのものが息を飲み、結婚へと一気呵成した様が浮かびます。嵐のような鬼のような、荒木重男の生き方を象徴する一場面です。
 
福井新聞では、さらに次のようにも紹介されています。
 構想から5年、三智江さんは「父は事業者としては成功したけれど、家庭では全然だめ。父親失格」「親子関係は冷ややかだったけれど、バスの整備など県民の足を確保するのに尽力した父のことを、書き残したかった」と語る。
 自身はかつて東京に14年住み、「殺伐とした先の見えない状況」がインド移住にもつながった。強調したいのは、人の温かみだ。「父は信頼とか誠実さとか、人間同士のつながりと、他者への貢献を大切にしていた。そういうところをくみ取ってもらえれば。あと、愛情の大切さも」。
 
 もちろん、当時の事情を社史等の資料を読みあさり、共同経営者だった相棒など多くの人たちに取材したと「あとがき」にありましたが、「父親のことをそこまで書くのか」と思うのは私だけではないはずです。
 誰かが「'愛' の反語は‘憎’ではない。‘無関心’だ」と書いていましたが、父親を憎みながらも無関心になれなかった三智江さまの心が、そのままこの小説になったのだと 私には思われました。それは裏返しの‘愛’ではなかったのか。
 三智江さまは福井新聞の記者に対して「父は会社を運営する上で信頼とか誠実さとか人間同士のつながりと他者への貢献を大切にしていた。そういうところをくみ取ってもらえれば。あと、愛情の大切さも」と語っています。
 「自分を嫌っていたはずの娘が今こんな小説を書いてくれた」と、荒木重男さまも今はあの世で感謝しているのではないでしょうか。

 三智江さまのお母様は、結局このような環境に耐えきれず精神病院に行くことになったことも本書ではふれられています。
 このたび李耶シャンカールというペンネームでお母様の青春時代を描いた「ゆきのした秘恋」が、ふくい新進文学賞の佳作賞を受賞し、日刊『県民福井』に10回に分けて連載されたことは、このメーリングリストでも紹介されました。
 これを読んで、『車の荒木鬼』を読んでいて分からなかったお母様像が、くっきりと私のまぶたに浮かんで来ました。お母様はまだ御存命ですから、 さぞかし「ゆきのした秘恋」の受賞をお喜びになったことと思います。
 荒木重男との結婚で、文学青年・憲治さんとの「秘めた恋」だけでなく「もの書きになりたい」という願いも断ち切られたわけですが、その思いを娘が成り代わって実現してくれているのですから、さぞかしその喜びと誇りはどんなに大きかったことだろうかと推察しています。
 
いつぞや三智江さまに「お母様は百合子というお名前だそうですが、小説『伸子』を書いた宮本百合子と何か関係があるのですか」とお尋ねしたことがありますが、「ゆきのした秘恋」を読んで初めて疑問が氷解しました。
 17歳で小説「貧しき人々の群」を書き天才文学少女として有名になっていた宮本百合子を、「同じ百合子という名の女流作家がいるよ」と紹介してくれた国語の先生がいて、その先生が百合子お母様の才能も高く評価し励ましてくれていたんですね。
 その岩谷先生も徴兵され、戻らぬひととなってしまいました。「ゆきのした秘恋」を読んでいたら、米軍による福井空爆の描写とも相まって戦争というものの悲惨さもヒシヒシと伝わってきました。
 (宮本百合子の本名は中條百合子で、ペンネーム中条百合子。共産党の幹部だった宮本憲治と結婚して宮本百合子になりましたが、「ゆきのした秘恋」の相手も憲治という名前でしたね。これは偶然なのでしょうか。)
 
<追伸> 妻も『車の荒木鬼』を読み出したら止められず一気に読み通してしまいました。また義母(90歳)が心臓弁膜の手術後に痴呆の症状がひどくなって金沢から岐阜に引き取ったのですが、最近やっと回復してきました。そして何と驚いたことに、『車の荒木鬼』を面白いと言って読み始めています。「ゆきのした秘恋」が受賞作ならば、なぜこの作品も何かを受賞しなかったのか。それが疑問です。

--
寺島 隆吉」


体調不良のなかを著者冥利に尽きる長い感想を送っていただいた先生には心から御礼申し上げたい。

本当にありがとうございました! 

ご興味のある方は以下のアマゾンからご購読いただけますと、幸甚です。
車の荒木鬼」(モハンティ三智江、ブイツーソリューション)
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「白鳥の歌なんか聞こえない」42年後の再読評

2014-04-24 01:00:19 | カルチャー(祭)・アート・本
先月、郷里の友人M31さんがプレゼントしてくれた庄司薫の初版本、
白鳥の歌なんか聞こえない」(中央公論社、昭和43年刊)について、一週間ほど前に読了したので、感想をしたためたい。

最初ぱらぱらめくったときは、口語体が鼻につき、えーっ、こういうんだったっけ、こんな感じだとちょっと苦手だなあと42年後にページを繰った第一印象はあまりよくなかったのだが、本格的に読み始めたら、一気に引きずり込まれ、高校生のとき同様充分楽しめた。

当時若者のヒーローだった著者が今現在75歳であることを思うと、シュールな感じがするが、後年ペンを折ることを予告するような言葉、つまり、がんばって生きることは野暮で玩具のように奮闘は捨ててダンディなおじさんでいたいとする、登場人物の会話に仄見えている聖者的達観、それがペンを捨てるその後の生き方に通じていると思うと、不思議な感じにとらわれる。

庄司薫が三十歳のときに書いたこの小説には、今75歳の老人と化した著者と同年齢くらいの老人が登場し、彼の死によって若者が振り回されるという設定になっているが、文に熱がこもっており、42年後の今でも一気に読ませる筆力だ。

薀蓄の小説でもあり、登場人物の会話にちりばめられたウンチクで知識欲が満たされる。
主人公の薫君は日比谷高校を卒業して浪人中の予備校生19歳。
理詰めで考えがちの当時の若者の気質をよくあらわしており、薫君は考えに考えるのが好きなティーンエージだ。

若さのアンチテーゼの老い。
そのあとに口を開けている、飲み込まれそうに大きな「死」。
一見軽佻浮薄な口語体の文章の中に深いテーマが隠され、それがこの往年のベストセラーを今もって鑑賞に堪えさせている原因だろう。
当時の若者の胸を打った理由がよくわかる。
初老の域に達せんとする私が今読んでも充分に面白いし、薀蓄には学ばされるし、生と死という大きなテーマには考えさせられる。

終盤の薫君とガールフレンドの由美が、死を仲立ちに向き合う場面、死を忘れるために性に逃げ込もうとする由美に、欲望を必死にこらえて、こんな形では絶対にいけないと、ズボンの中で射精してしまう薫君はなんだかいとおしい。
息を呑む、迫力のラストでもある。
こういう場面なんか、当時の若者の共感を呼んだんだろうなとよくわかる。
五十代後半の私が今読んでも息詰まるような緊迫あるシーンだ。

庄司薫は東大在学中の21歳のときに「喪失」で中央公論新人賞、32歳で「赤頭巾ちゃん気をつけて」で芥川賞受賞、知人の元中央公論編集者によると、当時は重要な作家だったため、社からも編集者のみならず、営業担当まで何人もの人がひっきりなしに出入りしていたとのことだ。
伝統ある大手出版社にとっても大事なスター作家だったわけで、60-70年代の若者の文学の旗手、まさに一世を風靡したヒーローだったということだ。
真っ赤なフェラーリをぽんと現金で買えるくらい印税をがっぽり稼いだ後、がんばって生きることは野暮とばかりの達観を得、散華のごとくかっこよく消えた作家、つまり、今はダンディなおじさん、高等遊民、ジレッタントと化して悠々自適の老後を送っているのが、庄司薫というわけである。

↓カバー、クリックすれば拡大されます


↓カバーの袖に著者紹介が。まだ30歳の著者近影。なかなかハンサムでスター作家の要素充分、クリックすれば拡大されます


↓奥付け、昭和43年(1968年)中央公論社刊行、クリックすれば拡大されます


俗にいわれた庄司薫の赤・白・青・黒シリーズの白が「白鳥の歌なんか聞こえない」
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弱電下の不如意

2014-04-23 23:58:30 | 私・家族・我が安宿
猛暑に突入しつつある。
来月五月が山場だ。
当オディッシャ州の内陸部では五十度近い炎暑にもだえる地域も。
すいかが飛ぶように売れているらしいが、うちはこのところ入手できずにいる。
マンゴーシーズンでもあるが、初物はまだ。
むんとうだるような暑さの中、冷蔵庫に冷やしておいたマンゴーの一切れを食後にいただくのは、至上の楽しみなのだが。

暑くなるにしたがって電力状況がいたって悪化、午後七時ごろから十一時半ごろまで、弱電でコンピュータも作動しない。
冷蔵庫を切ってもだめで、もしかしてパソコンの支障、ブラックアウトしたり、画面にじゃみじゃみが入ったのは弱電のせいだったのかもと思い当たった。
もちろん、XPの不備もあったと思うけど。

新規購入するマシンは、息子が電話でディーラーに指示してくれることになった。
コンピュータに強い息子がそばにいると、心強いのだが、勤務先が南インドの大都会バンガロールで望めない。

とりあえず、XPのままながら(メカニックが7のOSを持っていないため)、打てるようになったのがうれしい。
新しいマシンの設置と慣れるまで日数を要すると思うので、当分はこの旧マシンで間に合わせる。

スタビライザーといわれる補圧機をつけているのだが、それでも、夜のメインタイムは電源がつかないのが困る。
今年の弱電は去年以上だ。

この時季、みな電力を食う冷房を作動するから、なおさら供給不足で、電力が激減する。全室冷房完備のニューホテルも増えているから、拍車をかける。
明日から、英字紙は夜読むことに決めて、パソコンは日中打つことにしよう。
朝は(といっても、私の場合ほとんど昼近いが)コーヒーを飲みながら、英字紙を繰るのが楽しみの日課のひとつなのだが、これを夜に回しコンピュータワークを日中に済ませてしまったほうがよさそうだ。

郷里の友人M31さんにご寄贈いただいた、庄司薫の初版本、
「白鳥の歌なんか聞こえない」(中央公論社、昭和43年刊)
もすでに読み終えたのだが、感想はまた後日にアップしたい。
結論から言うと、42年後に読んでも充分楽しめた。
一気に読ませる筆力で、口語体の元祖だが、元々は「喪失」という純文学で中央公論賞を獲っている手腕のため、基礎はできている。
つまり、後年の鑑賞に堪えうる出来だということ。
本人はそれを意識して、書いたといわれるが。
最初はさすがに、「なあに、これ」と口語体にかちんとくることもあったのだが、読んでいるうちに引きずり込まれ、気にならなくなった。

やはり、百万部以上のベストセラーになるだけの中身を備えている。

若者が夢中になった理由も納得できた。

M31さんには改めて、御礼申し上げたい。
面白かったですよー!
貴重な初版本のプレゼント、ありがとう!!!

いずれ、書評は日を改めて。

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