インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

雨下の車輪造り

2013-05-29 22:22:17 | 季節・自然
本日もまるで雨季のような、日中でも薄暗い悪天だった。
その代わり、一気に涼しくなって、過ごしやすいことは確かだ。
しとしと雨で浜には出れず。

低気圧が過ぎるまでにあと一日はかかりそうだ。
昨日に比べると、低気圧の不調も和らいだので、わりと快調。

新作の推敲をした。
もう少し肉付けが必要。
とりあえず、五月中にまた一作書けたことがうれしい。

「カラマーゾフの兄弟」を読み出したが、なかなか面白い。
前に読んだはずだが、ほとんど記憶に残っていない。
あるいは積ん読で終わってしまったか。
スピリチュアルブックの側面もあることを発見。
いずれにしろ、ドストエフスキーは達文家である。
訳者もうまいのだろうけど。

五月もあと少しで終わると思うと、本当にほっとする。
六月からはフル回転だ。
予定通りだと、二週間でモンスーンに突入する。

今月は体調不良のなか、よくヨガをやった。
おかげで、なんとかかんとかノルマを果たせた。

当地プリーのグランドバザールでは、恒例の七月中旬の山車祭り用の巨大な車輪が鋭意、代々の大工の手で彫り刻まれている。
ユニバースロード、宇宙の主ジャガンナートを筆頭とする兄妹神の三位一体神がそれぞれ乗る山車の車輪で、ジャガンナートが16車輪、兄のバラバドラーが14、妹のスバドラ-が12で、130名もの代々の工芸師がのみを振るっている。

炎天下の風物詩といえるかもしれない。
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雷雨で計画停電頻発

2013-05-28 22:23:20 | 私・家族・我が安宿
悪天が続く。

雨で涼しいのはいいのだが、雷雨が駆け抜けると、停電が頻繁になり、マシンに触れず、手持ち無沙汰になる。自家発電機はあるが、電力を食うパソコンは大事を取って触らないのだ。
テレビの衛星放送も、停電だと写らなくなる。

というわけで、今日も稲光と豪雨でパワーカット、ちょうど連ドラタイムで、楽しみにしている三本を見逃した。
メインタイムを直撃されると、たまったもんじゃない。
しかたないので、午後十一時からの再放送を見ることにする。
こちとら安楽椅子でじっくりドラマをエンジョイするつもりでいたので、肩透かしだ。夜メロにはまっている当方なのである。

また停電かと舌打ちする最悪環境下、なんとか、中断をはさみつつ短編小説を書き終えた。
これから肉付け、ゆっくり推敲に入る。
わりとすらすら書けたほうだ。
100枚くらいの短編だと、さほど苦しくない。

でも、大台に乗るまでに、金字塔となるような、記念碑的大作、長編小説もものにしたい。

五月もあと少しで終わる。
二週間ほどでモンスーンに入るが、雨季は雷が鳴り響くと、計画停電が頻発するので、仕事がスムーズにはかどらなくなる。
しかし、雨でずっと過ごしやすくなることは確かだ。

今夜の豪雨もまた、住民には喜びを持って迎えられ、野太い男どもの歓声が路上に響き渡った。


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ひなびた聖地で隠遁作家業

2013-05-27 09:24:42 | 私の作品(短編・エッセイ)
またしても低気圧が発達し、サイクロン気味の悪天。
昨日は半日もパワーカット(計画停電)で疲れた。
自家発電機で乗り切ったが、冷房は電気を食うのでつけられなかった。
マシン類も大事を取ってつけないので手持ち無沙汰、時間つぶしに早めに浜に出て渚を素足でゆっくりたどったが、一時間後に戻っても、電気はまだ復旧していなかった。

本日は小嵐が吹きぬけた。
雨で一気に涼しくなり、過ごし易くなったため、酷暑季のつかの間の休止、住民は喜んでいる。
暑気を避けて頭と顔全体を覆った覆面サングラス姿、町はにわか強盗団であふれかえる炎天下、雨傘の花も日傘代わりに咲いていたのがつい先日。
そのせいで、強雨の弾ける路上が嬌声で満たされた。
雨の到来を祝う人々の歓声である。

一時的に過ごしやすくなったが、私は体調不良だ。
ひとえに五月という苛酷な季節のせいだ。低気圧による首・肩・背中の痛みだるさをやっと乗り切ったと思ったら、夏風邪、風邪がほとんど治ったと思ったら、今現在下痢である。
体調が悪くなると、健康のありがたさをしみじみ痛感する。

差し当たっては、多少の支障はあっても、生きて書けるということに感謝したい。
つい目先の小さなことにとらわれたり、将来への不安がきざす私だが、一番大事なのは目の前の仕事を懸命にやることで、それは私にとって、いい作品を書くということ、に尽きる。

書ける体調であるときは、書いて書いて書きまくる。
今生きていて呼吸していて、書けることに感謝している。
今日という一日は誰かが生きたくても生きられなかった一日かもしれないと思うと、その貴重さに頭の下がる思いだ。
生かされていることに感謝しながら、書くことに専念するのみだ。

ちなみに、
中村慎一郎の「小説入門」を再読していて、自分が隠遁文芸の典型、隠遁型作家であることにも気づいた。
このインドの片田舎の聖地は、日本社会からドロップアウトしたアウトサイダー型作家の私を受け入れてくれた隠遁先でもあるのだ。

昔のプリーは静かで、時が停止したような太古の時間が流れていた。
ベンガル湾沿いのひなびた聖地、穴場だった東海岸も今ではすっかり乱開発されて、以前の面影を宿さないほど通俗な観光地に変わり果ててしまったが。
だからこそ、河岸変えの必要性に今そそのかされているのかもしれない。

奈良在住の友人からの情報で、日本のベースは高槻市という線も出だした。
京都と大阪の中間、どちらにも15分で行け、快速が停まり便利、水と緑の豊かな住みよい町らしく、関空にもより近い。
次回の帰国時は下調べするつもり。

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物書きの不退転の決意

2013-05-27 09:22:07 | 私の作品(短編・エッセイ)
五日ほど前から、新しい小説に取り掛かった。
ここしばらく温めていたテーマで、架空の国の架空の宗教のある因習(奇習)がテーマになったものである。
今現在で60枚くらい、あと30枚ほどで終わるが、とんでもないどんでん返しを思いついた。
我ながらびっくり、である。
こういう結末になるとは、思ってもみなかった。
小説の筋書きはアンプレディクタブル、とくに私小説でなく純粋なフィクションだと、自由に想像力を羽ばたかせられるので、自身でも予想がつかない顛末になることもある。
書いてみるまでは、どういう経路をとるか、作者の私も???なのである。
だからこそ、物を創る楽しみがあるというか、創作者の醍醐味だ。

6月は投稿する作品がたくさんある。

ようやく、作家の自覚を持ち出したことが進歩といえば、進歩か。
小説作法の文庫はたくさん手持ちにあるのだが、再読すると、作家の目で読んでいる自分に気づく。
川端康成の自殺と、宇野浩二の発狂についても、ネットで調べた。
川端康成のガス自殺の原因はやはり、ノーベル文学賞の重圧だろうか。
宇野浩二は梅毒が原因の一時発狂だったらしい。
夏目漱石も神経症だったっけ。

昔、ユリイカだったか現代詩手帖の増刊だったか、「作家の病跡」という興味深いテーマの臨時増刊号があって、これはひときわ面白かった。
昔の文士には、貧困と病気が付きまとって離れなかったのだ。この条件二つを満たさなければ、作家の資格がないといっても過言でないほど、文士の典型的イメージだった。
ふと、子供にいもを食わせてでも書くと豪語した、作家志望の男性のことを思い出した。彼は果たして、作家になれたのだろうか。私が二十代のころで、あれから三十数年過ぎたが、もし作家になっていなくても、その心意気に免じて許してあげたい。

かくいう私の作家としての道のりもやっとスタート点に立ったばかり。
まだまだこの先、辛く険しい道のりは続く。
こけてもこけても起き上がる、七転び八起きの精神でいこう。
何よりいい作品を書きたい。
読者に感銘を与える、熱いメッセージのこもった、文章的にも完成された作品を目指したい。
作家の精進はついにこれで終わるということがない。
前作を常に超える覚悟で次作に臨みたい。
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熱波

2013-05-21 22:50:38 | 季節・自然
北インドではヒートウェーヴが猛威を振るっている。
この時季恒例だが、西インドマハラシュトラ州の都市ナグプールでは48度突破、首都デリーも46度以上らしい。

対する当地プリーはここ二日ほど、風があって過ごしやすい陽気だ。
高湿度は変わらないが、気温は30度ちょっととそれほどでもない。

風邪気味で冷房をつけると、気温の低い今日は冷えすぎになって、喉がいがらっぽくなって咳が出るため、ちょっとつけて消して扇風機で対処。

プリーは海のそばで暑さもマイルドだが、州都は40度半ば、オディッシャ西部も、45度を超す猛暑で熱波攻勢。

この炎暑は今後二週間続くという。

インドに長年暮らしながらも、40度以上の炎天下は旅行者時代と、帰国途上のカルカッタやデリーで数度体験したのみで、恵まれているといえるかもしれないが、歳月を経るごとに苛酷な熱帯の暑さが身にこたえてきている私だ。

やはり、この時季は日本に避暑したいところだ。

インドでは、またしても、クリケット賭博事件がマスコミをにぎわせている。
インディアン・プレミア・リーグというプロリーグの選手三人も、八百長プレーに加担した嫌疑で逮捕され、胴元も十数名捕まっている。本日は、胴元との接触疑惑で、芸能人も一人捕まった。

八百長試合に加担する選手は跡を絶たないが、賭博の大元は、イスラムマフィア、ダウード・イブラヒムでドバイとカラチから采配を振るっているらしい。
ダウードはインド一悪名高いアマフィアで、93年のボンベイテロ画策で御用となる直前国外逃亡、以後、パキスタンに潜伏しているのである。
悪の帝国は隣国に受け継がれ、その影響力は依然衰えない。
オサマ・ビン・ラディンとも交渉のあった悪名高さで、米政府のテロ容疑ブラックリストの4位に名を連ねているほどだ。

もうひとつ問題になっているのは、チットファンドといわれる、いわゆるポンジースキームまがいの詐欺事件。ポンジースキームとは、一種のねずみ講のようなもので(利率の支払いに次の投資者の資金を回す方式)、民営の怪しげなファイナンシャル会社が利率のよさを謳い文句に貧民から定期的に集金、そのうち行方をくらましてしまうというやつだ。
当オディッシャ州でも被害が出ており、最初はきちんと利率が支払われるため、信用してさらに預けると、後年痛い目にあうと手口が続いている。
ひとつには奥地には、銀行がないことも挙げられる。
私から見れば、この手の詐欺にだまされる人の気が知れないが、貧民にしてみれば、利子が銀行の二倍で預託期間も短いと聞けば、つい目がくらんで走ってしまうようだ。
貧民だけでない、一般民も被害にあっている。政治家の細君も被害者の一人だ。

それにしても、爪に灯ともして貯めた虎の子が全額戻ってこないというのは、ショックだろう。
娘の結婚資金を持っていかれた親もいる。
責任者や集金人、被害者の自殺も相次いでいる。
一社が悪いとなると、この手の胡散臭い未公式金融機関は十把一からげで、警察の手が入って口座を差し押さえるため、比較的良心的な会社も利子付き元金を返せなくなるという、第二次被害も出ているようだ。

あと10日ほどで酷暑の五月も終わりかと思うと、ほっと一息ついている私であるが、現実には、インドは熱波真っ只中、6月半ばまで炎暑が猛威を振るう。
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5月も下旬に入って一息

2013-05-20 15:54:44 | 私・家族・我が安宿
久々に日中、パソコンに向かっている。
五月は酷暑季、蒸し風呂になるオフィスを避けて、午後十時以降触るのが日課と化していたのだが、今日は風があって、比較的過ごしやすい陽気だ。

昨夜、風邪薬を飲んだせいで、風邪も改善、やっと風呂に入れた。
抗生物質をとるのは極力避けているので、ヴィックスというハッカドロップを嘗めて、塗り薬を喉や胸にいっぱいなすりつけたのだが、咳が止まらない。息をするのが苦しいので、夜中に起き上がってパウンドケーキ半分とともに抗生物質を服用した。

抗生物質は夜飲むのが一番。副作用のだるさが寝てしまえば、気にならないからだ。翌日多少残っていても、昼間ほどの不快感はない。
一錠のみで、今夜はとらないつもり。

体力が落ちていて、お風呂に入っただけでどっと疲れた。
つまり、
少し休め、ということだろう。

気を張って、肩を張って、せっせと休みなしでがんばって来たが、少し体にやさしくしないといけない。

ヨガも二日やってない。

明日はできるだろうか。

庭のハイビスカスの鮮やかな緋色が目に染みる。
私の好きな花だ。
そういえば、花を愛でる心の余裕もなかったな。
我がホテルには、子猫が三匹、新たに家族の一員に加わったが、白に黄土色の斑点のある一匹がバンビのようにキュートな顔立ちで、かわいい。
ときどき、私邸にも紛れ込んでくる。
夫が残飯をやっているせいだ。

五月もついに下旬に入った。
峠は越した感じ。
あと10日で苛酷な五月も終わると思うと、ほっとする。
6月だって相当暑いのだが、中旬にはひと雨くるので、6月に入ってしまえば、気持ち的に楽になるのである。

インドのホロスコープによると(これがよく当たる!)、私の健康は5月30日以降、奇跡的なほどヘルシーになるらしいので、来月からのフル回転を見越して、少しエネルギーを溜めておかなくちゃ。

今日は壮麗なベンガル湾の夕日も拝めそうだ。
冬季の汀からかなり後退した陸(おか)に沈むようになったが、夏季の燃えるような落日はあでやかだ。
自然を堪能し、滋養を蓄えよう。
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夏風邪で読書三昧

2013-05-19 18:10:27 | 私の作品(短編・エッセイ)
夏風邪で体調いまいち、冷房はよくないとわかっていて(冷房をつけないと暑いし、扇風機の風はさらによくないので、仕方なし)、冷房の効いた三階の書斎で吉行淳之介の「夕暮れまで」を再読。昨夜の「美少女」に続く吉行連読である。

ときどき昔心酔していた作家の文庫を本棚から漁って読んで、文章作法の参考としているのだが、さすが吉行淳之介。一気に読ませる筆力である。
性をテーマにした小説が多いが、若いころずいぶん影響を受けた。昔氏が「月刊カドカワ」掌編小説大賞(編集長は現幻冬社社長の見城徹だった)の選者だったため、常連投稿者となって、10枚内という気軽さから月多いときで5,6編投稿して、そのうち月間優秀賞というのをもらったのに気をよくして、上野毛の自宅まで押しかけ持ち込み原稿したことすらあった(後日、読後感を電話で尋ねると「君、あれはだめだよ」といわれ、がっくり)。

若いころは、入れ揚げた作家が多数いて、ストーカー読者紛いの行為もしていた。芥川賞作家青野聡が野間文芸新人賞を受賞したときは、薔薇の花束持って会場まで駆けつけたものだ。
古井由吉も好きだった(とくに「櫛の火」は秀逸、1975年神代辰巳監督で草刈正雄、ジャネット八田コンビで映画化)。
一時期凝った作家名を挙げれば切りがない。

本日は体調が思わしくないので、仕事を休んでもっぱら読書に明け暮れた一日だった。久々に休日らしい休日を堪能したということになるのかもしれないが、咳と鼻水は出るし、体が重くかったるい。
でも、昼間寝てしまうと、夜眠れないかと思い、しょぼしょぼする目で活字を追った。今夜は久々に、ヘンリー・ミラーの「北回帰線」かな。
この筋書きのない自叙伝とも私小説ともつかぬ大作も若いころ、私に多大なる影響を与えた作品だ。ミラーにのめりこんだ学生時代が懐かしい。翻訳小説を漁っていたころで、ちなみに卒論のテーマはDHロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」(伊藤整訳)だった。

低気圧は依然続き、気温はやや下がったが、湿気がものすごい。
海のそばというのも、一長一短である。
鉄ものはすぐさびてしまうし、低気圧と高湿度は体調にも響く。

来年の今頃は京都かなあと思いを馳せて、自らを鼓舞した。
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海がテーマの小説

2013-05-19 18:05:37 | 私の作品(短編・エッセイ)
サイクロン・マハセンはバングラデシュに逸れたが、相変わらずの低気圧が続いている。
今日は湿度100%近い、ただ座っているだけで汗がだらだら流れてくるような不快感の募る一日だった。

気温はそれほど高くないのだが、飽満した湿気がたまらない。
冷房で少し風邪気味、風呂はパスした。
日のあるうちに、涼みに浜に出た。

子連れの家族客がたくさん群れていた。
水遊びにはもってこいの酷暑期、女子供の無邪気な歓声が渚に満ちる。
海は、上空に低く垂れ込めた煙のような雲の広がりを反映して、灰色がかったオリーヴ色に澱んでいた。
利休鼠色、とでもいおうか。

大海に白い瀑布のような高波がごぼごぼ湧き上げる。
灰緑色の海の沃野の随所に白蓮の華がぽんぽん弾ける。
平らに伸された砂地を素足でたどる。波の白い泡が砂地にフリルのような花の紋を捺す。うしおに紛れて、ジャスミンとマリーゴルドの供花がゆらゆら流れ着く。鮮やかなオレンジ色の花房と、純白の花片が点々と砂上に象嵌される。

何十匹というカラスが低空飛行していた。
亀の死骸でも漁った後だろうか。
大ガラスは、とんびのような両翼を悠々と羽ばたかせ、砂上すれすれに舞う。

波打ち際で戯れる親子の光景が微笑ましい。少女がいたずらっけを起こして、うしおのさなかにたたずむ母親の背をこづき、サリーの前がもろびしょ濡れになった。
幼子は恐る恐る汀に立って、潮がくるたびおっかなびっくり、足元をさらわれて無邪気に飛び跳ねる。
ジョギングする男、体操する少年、そのうち、女子供の大集団が浜の中ほどを占拠、小柄で肌黒、南のアンドラプラデシュ州からの移民、漁村の家族たちだ。
供花が浮いていたことからも、何かの祭礼だったかしれない。

素足に被る潮が気持ちよくて、このまま裸足でどこまでも歩き続けたいような気持ちになった。
ベンガルの大海は、ガンジスが行き着く先の聖なる海である。
いつか、この海をテーマにした大河小説を書いてみたい。

三島の「豊饒の海」がつと脳裡によぎった。
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「憂国」から小説作法盗む

2013-05-17 22:02:08 | 私の作品(短編・エッセイ)
三島由紀夫の自選短編集「花ざかりの森・憂国」(新潮文庫)を再読中だが、昨夜は「海と夕焼け」、「憂国」を読了。
自然描写や豊富な語彙など、小説作法の勉強にもってこいだ。
並みにうまい作家はゴマンとおれど、三島は抜きん出てうまい、つまりスペシャル、読後感は絶句、あまりにうますぎてうなってしまったくらいである。

もうこれは天性、というほかはない。
人間離れした超絶技、とでもいおうか。
こうした天才肌の作家が現代にいなくなったのは寂しいことだ。

今は死語と化した熟語もたくさん出てくる。
歔欷(きょき)とか容喙(ようかい)という言葉の意味を真に解する読者は今では極小だろう。

自然描写もすばらしい。
天才でないと書けない巧みさで、陳腐な描写しかできない私はそのたびごとに行間で立ち止まって、読み返す。
むうっ、うますぎる!

三島自身があとがきで、三島由紀夫のいいも悪いも全部凝縮した濃いエキスの短編を読みたいというなら、憂国を薦めると述べているように、同作はエロスと死の窮極の形を呈示した、三島ならではの名作だ。

何度読み返しても、ただただすごいとうなってしまう。

テーマは二・二六外伝だが、短いものなので、興味のある方はぜひ紐解いていただきたい。
三島が監督・自作自演で61年に映画化された作品でもある(以下、ウイキ)。

後年の作家自身の割腹自殺を予知するような描写は壮絶としかいいようがない。

「海と夕焼け」もいい。
三島の場合、海がテーマのひとつともなっている。
遺作「豊饒の海」四部作も、総タイトルに生きている。生命の予兆を感じさせる海、命の種字(しゅうじ)を植えつけられた海、輪廻でまためぐり還っていく海である。

私自身、海と夕日にはこだわりを持っているので、あでやかな自然描写に惚れ惚れした。
こういう文章がすらすら書けるようになれたら、作家業はどんなに楽だろう。
自然を観察する目、的確な描写、良質の叙情、どれをとってもぴか一だ。

ああ、すごい!

少しでも足元に近づけるよう、精進あるのみだ。
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五月はサイクロンの季節

2013-05-15 22:43:03 | 季節・自然
スリランカで発達したサイクロン・マハセン(スリランカの古代王の名前)は今夜、当地プリーの南部、パラディップを過ぎるらしい。
なんだかんだで低気圧になってもう十日、これからミャンマーなどの北東に逸れる予定だそうだが、早く過ぎて欲しい。

高湿度の大気はむっとした熱がこもり、不快だ。
不穏な悪天続きである。
それでも、浜に出ると、海に冷まされて涼風が吹き抜けるが、風にこもる気配が穏やかでない。

当地は今のところ、小雨のちらつく程度だが、今夜あたり雷雨になるのだろうか。

なんとかかんとか、ミッドサマーの半分を消化。
中旬に入ったので、あと二週間の辛抱。

このところ、低気圧の不調を解消するため、起床後必ずヨガを行っているので、首や肩、背中のこり、痛み、だるさもだいぶ楽になった。

それでも、かったるさは残る。

下記に簡単なヨガのアサナ(ポーズ)と呼吸法を紹介しておこう。
ストレス解消にももってこい、健康を保ちたい人はぜひお試しあれ!

シャバ・アサナ(屍のポーズ)
いわゆるスリーピング瞑想ともいうべきもので、ストレス解消にベスト。
毎朝私自身トライしている。
瞑目して数息観、呼吸はゆったりと深く、腹部で。両掌は上向ける。

アヌロムビロム(片鼻交互)呼吸法
解説を読むと難しく書いてあるが、親指と中指で代わる代わる交互の鼻腔を押さえながら吸って吐いて行う呼吸法です。酸素を取り込むにいい。私は夜の浜で行っているが、事後爽快になる。
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