トールホワイト
李耶シャンカール
金沢駅から電車で一時間ちょっとの羽咋駅に降り立った加納光司は、駅員に宇宙科学博物館、コスモアイルの所在を訊いて、駅頭からも見えるユニークな円形の建物に向かった。駅周辺は寂れていたが、教わったとおり川沿いに歩いて橋を渡ると、コスモアイルの威容がいちだんと目立って視界に入ってきた。
期待に胸が高鳴る。巨大なUFOをかたどった未来型デザインの建物は周辺ががらんとした住宅地だけに、一等際立った。ガラス製ドアのエントランスにたどり着いて、まず写真を撮る。少し離れて全容と、近距離から撮った。建物の右手に、UNITED STATESの英字入りの白いロケットが青空にそびえていた。少し離れた後方に、「アポロ巨大砂像」と銘打たれた、一九六九年七月二十日人類最初の月面着陸を果たしたアームストロング船長の最初の一歩をかたどった砂造型もあった。
入館料四百円を払って二階の展示室に上がる。ターンスタイルの鉄のバーを押して中に入り、フロアの三分の二を占める宇宙船関連の展示をやり過ごし、まず一番の目的であるUFO関連展示コーナーに向かった。
円盤写真のパネルを一つ一つ丁寧にチェックし撮影、ゆっくり進んでいくと、肝心のアダムスキー型円盤写真の前に大柄の、髪をブロンドに染めたひときわ目立つ日本人離れした容貌の女性が立ちはだかっており、微動だにせずひしと見入っているのに妨げられた。ポーランド系アメリカ人のジョージ・アダムスキーが一九五二年十二月十三日目撃したといういわくつきの円盤は、最頂部に大ドーム、基底部裏に三つの小型ドームがあることで有名で、今回の目玉として光司がひとしきり楽しみにしていたものだった。しばらく待ったが、動きそうにないので、後で見ることにし、背後に回ってひとつ次の写真を見ることにした。
ちらりと横目で盗み見ると、年齢不詳のミステリアスな女性は色が抜けるように白く、光司は北欧辺りから来た外国人観光客なのかもしれないと思った。女性にしてはやけに背が高く、一七二センチの自分とほぼ変わらない。光司はまた円盤パネルのほうに注意を戻した。
一通り見終わって、アダムスキーのところに戻ろうとすると、まだ例の女性は突っ立ったまま飽かずに写真に見入っていた。光司は諦めて、空くまでの時間つぶしにUFO関連本や雑誌・絵本などがブックエンドに並べられた簡易テーブル&チェアコーナーに腰を下ろすと、ざっと繰り始めた。うれしいことに、同館によるUFO目撃関連のアンケート用紙が収められた分厚いファイルが三冊あり、それを丹念に当たっているうちに、一時間はあっというまに過ぎた。いくらなんでも空いたころだろうとパネル展示のほうを振り返ると、女性は依然同じ姿勢で立ち尽くしていた。疲れないのかなあと、さすがに光司は驚き呆れ、ミディ丈の銀色のスカートに隠れた長い足に目をやった。
トップは白いニットのセーター、虹色のストールをぐるぐる巻きにしている。ロングスカートはラメ入りなのか、不思議な色に発色していた。まるで合成ジュラルミンのようだった。足元はバレリーナの履くトウシューズに似たフラットタイプ、スカートと対できらきら光っている。プラチナブロンドの肩までの髪と、彫りの深い色白の顔立ちがエキゾチックかつ、ミステリアスな雰囲気を醸している。それにしても、後続の人に譲るマナーをわきまえない外国人にはいらついたが、英語が苦手な光司は注意する勇気もなく、しょうがなしに二冊目のUFO目撃ファイルにかかった。
かれこれ二時間以上が過ぎた。女性は同じ姿勢で立ち尽くしたままだ。さすがの光司も堪忍袋の緒が切れて、立ち上がると女の背後から声をかけた。
「エックスキューズ・ミー」
と日本語なまり丸出しの稚拙な英語で背後から呼びかけ、ジェスチャーで場を少し譲ってもらえないかとのしぐさをすると、
「あら、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって」
と、美しい発音の標準日本語が返ってきてびっくりさせられた。光司は、この得体の知れない大女は日本人なのかと半信半疑で、ぶしつけも忘れて、まじまじ見入った。女はへまを指摘された子供のように後ろめたそうな笑みを浮かべると、脇ににじり寄った。
「あ、どうも」
光司は口中でもごもごつぶやき、やっとお目当てのアダムスキーが目撃したというドーム型円盤写真を心ゆくまで観覧できた。女の姿はいつのまにか消えていた。自分が悪いわけじゃないのに、なんだか申し訳ないことをしたような、後味の悪い気分が少し残ったが、三冊目の目撃ファイルをざっと繰って、後回しになっていた、宇宙船関連の展示を見るころには、すっかり忘れていた。
NASA提供というお墨付きだけに、マーキュリー型宇宙カプセルやレッドストーンロケット、月面着陸のアポロ船、ルナローバー月面船、ボインジャー惑星探査船、バイキング火星着陸船等々、旧ソ連が開発したヴォストークカプセルまであって興味が尽きない。白や銀色の宇宙服の掲げられたガラスケースまであって、時間はあっというまに過ぎていく。午後五時の閉館が早く感ぜられるほどだ。興奮するあまり喉が渇いた光司はいったん出て、一階の自動販売機コーナーでジュースを買うと、空きっ腹に流し込んだ。売店には宇宙関連グッズの土産物が所狭しと並べられていたが、物色している暇はなく、喉を潤す時間も惜しいくらいで、飲みかけのジュースを手にまた足早に上に戻る。すると、あの女性がまたアダムスキー型円盤の前を塞いでいた。
もしかして、同じ型の円盤を見たことがあるのかもしれないと、光司は思った。それで、あんなにも熱心に見入っているのだと想像したのである。残り時間三十分で光司は今一度円盤写真をチェックし、宇宙船関連展示もざっと一巡し、名残惜しさを感じながら会場を後にした。二階に併設されたプラネタリウムやシアターで宇宙映画を楽しんでいる余裕はとてもなく、一回では見切れないなあと少し残念に思ったが、はるばる神奈川から出てきた甲斐はあったと思った。
光司は十代のころから大のオカルトファンの、不思議大好き少年で、未知との遭遇にロマンを覚えるタイプ、UFOや超能力にひとかどの興味を持っており、その関連の本や雑誌を読み漁っていた。好きが高じて、神奈川ミステリー倶楽部というマイナーなグループ組織に加入、今回のコスモアイル探訪も後日記事にして、メンバーの一人としてホームページに投稿するつもりでいた。
ああ、面白かったと、昂揚した気分で出口に向かい、ガラスのドアを押し開けようとした途端、横合いから長身の人影が飛び出してきて勢いよくぶつかった。
光司はかろうじてバランスを取り直し、転倒を免れえたが、インパクトは相当なもので、ひざががくりと折れた。鼻孔に熱帯のエキゾチックな花の香りに似た濃厚な匂いが漂った。あの大柄な美女が申し訳なさそうに光司を見ながら、謝罪の言葉を繰り返していた。
「いや、大丈夫ですから」
その実ひざが少し痛かったが、光司はいきがって返した。
「本当にごめんなさい。アダムスキーの円盤写真も長いこと独占してご迷惑をおかけしちゃったし、あのう、私、車で来てるんですけど、もし金沢駅にお戻りになるんだったら、お詫びの印にお送りしますよ」
光司は最初断ろうと思ったが、美女からの渡りに舟の申し出に、心がぐらりと揺らいだ。それと、生来の好奇心旺盛さが頭をもたげて、このミステリアスな長身の美女がなぜあんなにも熱心にアダムスキー型円盤に見入っていたのかの理由も、道々確認できそうな気がして、つい、
「それはありがたいなあ。でも、ほんとによろしいんですか。ご迷惑じゃありませんか」
と半ば受諾も同然に遠慮がちに口に出していた。女はにこやかにうなずいて、安月給の光司が目を剥くようなシルバーの高級車の前に導いた。スペースシップに似た未来型デザインのスポーツカーの運転席は左側にあり、外車であることは間違いなかったが、車に詳しくない光司には車種はわからなかった。
助手席側のドアがオートで開き、いざなわれるまま天井の低い車内の右側に落ち着きなく座った。高級感あふれるインテリアに、まるでVIPになった気分だったが、着古した黒のトレーナーにジーンズという出立ちがミスマッチで、少し気後れも覚えた。車内に漂うほのかなラベンダー臭と、女の体臭とも香水ともつかぬ濃密な香りがミックスし、鼻孔を刺激する。ちらちと左手を盗み見ると、体に密着したセーターの形のいい胸が露に浮き出ていて、あわてて目をそらした。女は巧みなハンドル操作で車を発進させてまもなく、
「もしお時間があるようでしたら、千里浜なぎさドライブウェイに寄って、夕日を見ていきませんか」
と誘った。
「車が走れる日本で唯一の砂浜ですね。それはうれしいなあ」
光司に異論はなかった。女はスリリングにびゅんびゅん飛ばし、二十分ほどで浜に出た。真一文字に伸びる海岸線、十月の日本海は波も穏やかで翳りだした日に藤色にきらめいていた。きめ細かなパウダーのような感触の砂の上には轍がいくつもついて、数メートル先を白い乗用車が軽やかに走っている。車窓越しに水平線に沈みかけた茜色の落日を見ながら走るのは爽快だった。
「ちょっと降りてみましょうか」
女の誘いで下車した光司は、浜風にプラチナブロンドの髪をなびかせながら、渚に佇む彼女をこっそり後ろから盗撮した。長身の謎めいた美女と、落陽に輝く茜色の海の取り合わせは最高の被写体だった。
日ごろからUFOウオッチングで空を見上げる癖のある光司は、コスモアイルを見た後では余計期待が昂まり、UFOが現れないかなあと目を皿のようにして上を見回し始めた。が、期待に反して、円盤らしきものは影も形も見当たらなかった。暮れかかった空には薄いうろこ雲が浮き上がり、美しかったが、雲の波を縫ってUFOが出現する気配はまったくなかったのである。光司の失意を機敏に嗅ぎ取ったかのように女が、
「UFO、現れないですね」
と言った。彼女も同じ期待を込めて空を見上げていたことがその一言でわかった。
「残念ながら……」
「でも、コスモアイルの後でUFO見たなんて出来すぎの芝居みたいで、眉唾と思われちゃいますよね」
「確かに」
笑いが弾けた。つるべ落としの日が速やかに降りて、薄闇が忍び寄っていた。車に戻った二人は改めて、自己紹介し合った。
「神奈川県藤沢市から来た加納光司です、よろしく。会社勤務の二十八歳です」
「あら、同じ神奈川ね。私は、横浜出身の須崎藍、よろしく。仕事はフリーの自宅勤務よ」
「てっきりモデルでもやってるのかと思いましたよ」
「街を歩いているとき、よくスカウトされたけど、ああいう華やかな職業は私に向いてなくて。ただでさえ容姿が目立つから、ひっそりと内でやれる仕事が好きなのよ」
藍はどんな職種かは口を濁して明らかにしなかった。しかし、高級車を乗り回すくらいだから、相当実入りのいい仕事であることは間違いないだろう。
「どこかの諜報部に勤めてるとか?」
冗談めかして投げると、藍はなぜか図星をつかれたようなはっとした面持ちになり、
「当たらずとも遠からずよ」
とほのめかし、光司を唖然とさせた。それから、茶目っ気たっぷりに片目をつぶりながら、
「さしずめ、ロシアから派遣されたスパイとでも言ったら、お気に召すかしら」
と付け加えた。自分のジョークに応える軽口とわかって、にやりと笑みが洩れる。
「ロシアの美人スパイかあ、ゴージャスなだなあ」
「フフフ」
共犯めいた笑みを交わす。光司は藍の年恰好をそれとなく探っていた。女性に年齢を訊くのは失礼なので、憶測するしかなかったが、光司よりはやや年上のように思えた。雰囲気が大人びているのだ。まさに妙齢の美女、もしかして四十代の可能性もなきにしもあらず、濃密な香水といい、成熟した色気が匂ってくる。ただ白皙の膚の張りは二十代で、角度によって妙に艶(なま)めいてみえるけど、ひょっとすると、光司と同じ年頃なのかもしれない。が、銀色のスカートの腰がふくよかで、雰囲気は成熟した年上の女を思わせる。
「あのう、訊いてもいいですか」
「はい、どうぞ」
「アダムスキーが目撃した円盤写真の前で長時間見入っていたけど、同じ型のUFOでも見たことがあるんですか」
「残念ながら、答はノーよ。なんていうのかしら、とても懐かしさを覚えて、昔これと同じ型の円盤に乗ったことがあるような気がして」
「ああ、デジャヴーですか」
「加納さんはUFOを目撃したこと、あるんですか」
「はあ、円盤という確信があるわけじゃないけど、オレンジ色の光がちょうど三角形の形に位置していて、高速でジグザグに動く、点滅する光現象のようなものは何回か見たことあります。コスモアイルにUFO目撃情報を集めたファイルがあったでしょ。僕と似たような光を見てる人が多いんだなって改めて思ったけど。ほかに円盤の型としてはドーム型、葉巻型、くにゃくにゃのくらげ型等、色はオレンジがダントツ、あとは銀色や半透明が主、動きは高速で神出鬼没、上下左右、ジグザグに移動ってのが一番多かったけど、静止型もあって、窓がくるくる虹色に点滅し、そこから人影が見えたとかという具体的な情報もあった」
「アダムスキーが目撃した円盤も半透明だったらしいわね」
「はい。彼は死ぬまでに、二十五回も異星人とコンタクトしたことでも有名で、そもそもは一九五二年十一月二十日、米カリフォルニア州のモハーベ砂漠で巨大な銀色の葉巻型UFOを目撃したのが始まりです。軍用機に追われ消えてしまうんだけど、あれは自分を探しに来たんだとのインスピレーションを覚えて、後刻一人で現地に戻ると、空中から小型円盤が着陸し、中から身長一六〇センチ、体重六十キロ、二十-三十歳くらいの肩までのブロンドの人間の男そっくりの金星人が降りてきたそうで、白いつなぎのようなローブに金のベルトを結んでいたといいます。テレパシーで会話して、核爆発の影響を調べるために偵察に来たことを知ったとか。そのときの足跡を石膏に取ったとそうですが、残念ながら現存してないようです。その後親密になった別の異星人には宇宙旅行にまで招待され、土星で母船に乗ったり、火星や月にも行ったといいますね」
「へえ、詳しいのねえ」
「いやあ、僕もこういう話になると、夢中になる口だから。趣味を通り越して、マニアに近いですよ。カナダの元国防相が暴露してることなんだけど、宇宙人にはなんと八十二種もいて、そのうち四種がすでに地球に来ていて、米・ロ・中などの各国政府機関で働いているらしいです。コスモアイルの展示に、一九四七年米ニューメキシコ州のロズウェル付近で墜落したUFO、米軍が回収した残骸から発見された宇宙人の死骸を解剖した模型があったでしょ。小柄でスキンヘッドのあれは、グレイという種の宇宙人らしいです」
「一端のUFO専門家ね」
「いやあ、僕など序の口、目撃ファイルには、形状まで克明にイラストに描(か)いている人がいて驚かされたな。コスモアイルと同じくらいの大きさの巨大UFOを見たって人もいたし。目撃場所は住宅地とかビルの上空、車で移動中ってのもあって、地元の羽咋のバス停とか、富山とか、あと沖縄も多かった。金沢の繁華街の香林坊の109ビル付近の上空ってのもあった。ちなみに、能登半島にUFOがよく出るってのは、知ってますか」
「そうなんですか。能登半島の付け根にあたる羽咋もその範疇に入るわけね」
「羽咋という市名の由来については、不思議な伝承があってね、古墳時代の大昔にさかのぼることなんだけど、十一代垂任〈すいにん〉天皇のころ巷に疫病が大流行し、盗賊も横行して、森には怪鳥が暴れ飛び、民を恐怖のどん底に陥れていたそうです。そこに颯爽と現れた救世主が皇子の盤衝別命〈いわつくわけのみこと〉で、三匹の愛犬を伴い森に退治に出かけ見事征伐、犬が大毒鳥の羽を食らい破ったことから、羽喰い、すなわち羽咋になったと言われてるんですよ」
「へえ、変わった地名だと思ってたけど、そんな面白い由来があったのね」
金沢駅までの道中は話に熱中するあまり、あっというまだった。とにかく、藍は怖いくらいにすっ飛ばす。警察に捕まらないかと冷や冷やものだったが、超高速高級車の乗り心地は抜群だった。四十分くらいで早々と金沢市内に入って、
「加納さん、お泊りはどちら。ホテル前まで送っていきますよ」
との申し出に、光司は遠慮なく甘えた。
「繁華街の片町なんですけど」
「あら、私の泊まってるとこと近いですね。私は香林坊です」
両者とも有名なホテルチェーンだった。ホテル前まで送ってもらった光司はこのまま藍と別れてしまうのが名頃惜しいような気持ちになり、思い切って誘い文句を口にしてみた。
「送っていただいた御礼に、今夜の夕食はご馳走させてもらえませんか」
「あら、ご馳走だなんて。割り勘にしましょう。この界隈で夕食代わりに軽く飲むのはどうかしら」
「いいですね。UFO談義の続きをしましょう」
午後八時に香林坊の109前で待ち合わせることになった。光司はうきうき気分で風呂を済ませ、藍の大人びたファッションにマッチさせるべく、焦げ茶のスウェードのジャケットにグレーのコールテンのズボンと精一杯めかし込んで、約束の場所に向かった。藍はすでに来ており、109ビルの前に佇む長身の日本人離れした美女はやはり、飛びぬけて目立った。通行人が振り返り振り返り、眺めていく。しかも、玉虫色に光る不思議な光沢のドレスをまとっており、ショールは純白のシルクに金粉を撒き散らした美しい素材、まるで外人のモデルのようだった。自分のような十人並みの男が相手じゃ不釣り合い、もったいないくらいだ。さすがに少し気後れを覚えたが、旅先で出遭った謎めいた美女との一夜のデートに胸がときめいた。
香林坊から片町にかけての通りには、関東にもある居酒屋チェーンが軒を並べていたが、それらの店じゃ芸がないので、光司は、片町の裏路地にある寿司居酒屋に藍を誘った。ホテルから歩いて十分とかからぬ近場にあり、昨夜フロントで薦められるままにトライして値段がリーズナブルな割りにおいしかったので、再訪することにしたのだ。きっぷのいい板前主人と気さくな中国人妻の女将が店を取り仕切っていた。
主人は光司を覚えていた。
「今夜はまた、飛び切り美しい外国人のお連れさん同伴で。よかったら、奥の座敷空いてますよ」
じっくり差し向かいで話したかったので、言葉に甘えて、奥に座った。「この店、昨夜飛び入りで入ったんだけど、日本海ならではの新鮮なネタの寿司が超美味で、金沢名産ののどぐろも絶品だったんです」
「お寿司だけじゃなく、つまみのメニューも豊富ね。食いしん坊の私にはぴったりのお店よ」
「飲み物はどうしますか。最初、生ビールで乾杯し、後で地酒で差しつ差されつってどうですか」
「いいわね」
よく冷えたビールが運ばれ来て、出遭いを取り持ってくれたアダムスキー型円盤に乾杯した。
藍は飲める口だった。生ビールの後、冷やで頼んだ地酒は白山の伏流水で仕込んだ女性にも飲みやすいフルーティーかつまろやかな美酒で、竹をかたどった透明なグリーンのガラス器で運ばれてきた。ガラス製の猪口で飲む甘味ある美酒は喉越しがよく、二合がすぐに空いた。食いしん坊を自称したとおり、健啖家でもある藍は握りに舌鼓を打ちながら、よく食べよく飲んだ。気持ちのいい食いっぷり、飲みっぷりだった。酔いがいささか回ったせいで、口が軽くなった光司は、
「やっぱり外国人に間違えられること多いでしょう。ここの主人もそう思い込んだみたいだし」
とかなりぶしつけなことを訊いていた。が、藍は気にする風でもなく、自嘲気味の笑みを洩らすと、
「よく英語で話しかけられて、苦笑ものよ」
「すみません、僕もつい」
「なんだか説明するのもめんどくさいので、英語で応じることもあるのよ。フフフ」
「髪をブロンドに染めてるから、余計そう見えるんじゃないですか」
「あら、これ地毛よ」
「えっ」
「私の髪って、産まれたときからこうなの。色素がないのね。だから、外国人の赤ちゃんみたいって、母も看護師さんに言われたらしいわ。瞳の色も今は黒味も出てきたけど、元はグレーっぽかったのよ。だから、長じてからも、ガイジン、ガイジンて、いじめられたもんで。そのうち背がどんどん伸びてきて、ますます外国人ぽっくなって。あのね、曾祖父の奥さんが、ロシア人だったらしいのよ。だから、私にもロシア系の血が何分の一か混じっていることはたしか」
光司は藍が車の中でロシアのスパイだと冗談を言ったことをつと思い出し、符合に妙な気分になった。酔いに駆られるようにつと、
「僕のあなたに対する第一印象は、トールホワイトだったんだけど」
とぽろりと洩らしていた。
「何それ?」
藍はきょとんとした顔になる。
「ブロンドの美形宇宙人ですよ。見た目は地球人そっくりで、北欧系の美男美女風っていわれてるんですが、背が二-三メートルあって、推定年齢は七百-八百歳、あと顕著に異なる特徴は足にあって、ひざの裏側が湾曲したように突き出てるんです。NASAはじめ中国やロシアの諜報機関で働いてるとかいう噂もあって」
「私、その宇宙人なら逢ったことがあるわ」
「えっ」
「といっても、夢の中でなんだけど。車の中では言いそびれたけど、アダムスキー型円盤は夢の中によく出てくるのよ。でも、あまりいい夢でなく、悪夢に等しくて。あのね、私は母船の一室に捕らえられ、背が高くてブロンドの美男宇宙人に尋問されてるの。彼らの種族のライラという女の子が突然行方不明になったとかで、私は地球に連れ去られたライラそのものだとの嫌疑をかけられ、問い詰められているの。私は須崎藍という日本人女性だとどんなに弁明しても信じてもらえなくて、もう泣きたいくらいつらくて、そのうち彼らの特徴である異様な足に気づいて、スカートをめくり上げ、私の足はあなたたちのように湾曲してないって証拠を突きつけるの。それでやっとわかってもらえて解放されるのだけど。最後は、お詫びの印とかいって、宇宙食のような固形物と、銀のカップに入った飲み物を振舞われるの。ネクターのようにねっとりした甘い芳香あるドリンクが喉に絡みついて、その不快感でいつもはっと目覚めるんだけど、しばらくすると、また同じ夢を見るの」
宇宙人がらみの悪夢の悩みを打ち明ける藍は泣き虫の少女のように愛らしく、光司は座卓に置かれた藍の白い手を思わずぎゅっと握り締めたくなる誘惑にかられた。そろそろと手を伸ばしかけた矢先、白魚の長い指先は垂れかかった前髪をかき上げるためすーっとテーブルを離れた。光司はとっさに宙に浮いた手をガラスのとっくりに伸ばすと、きまり悪さを隠すようにどぼどぼと互いの猪口にあふれんばかりに注いだ。それから、努めて冷静を装って、投げた。
「あなたの外見なら、トールホワイトの子供と思われても、しかたないなあ。でも、不思議な夢ですね。それであんなに熱心にアダムスキー型円盤に見入っていたわけだ」
「懐かしいって言ったでしょ。だって、夢の中でしょっちゅう遭遇してるんだもの」
「そのエピソード、僕が入会している神奈川ミステリー倶楽部のホームページに投稿してみませんか」
「神奈川ミステリー倶楽部?」
「はい。少年から老人まで、不思議なことが大好きなちょっと変わったやつらの集まりなんですけど、会員は三十二名、会長は六十代半ばのUFO知識が半端でない、定年までオカルト系雑誌の編集長を務めていた奇人です。コスモアイルの名誉館長さん、元テレビディレクターのUFOプロデューサー・矢追純一氏にもインタビューしたことがあるんですよ。あと、スプーン曲げや透視の超能力青年とか、海外ではイギリスのネス湖の怪獣を追いかける現地取材とか。一度、超能力者が曲げたというスプーンを見せてもらったことがあるんだけど、大型スプーンの柄のところがらせん状にぐるぐる巻きにねじられてあってびっくりしたなあ」
「スプーン曲げかあ。懐かしいなあ。ユリ・ゲラーとか思い出しちゃうわ。私と世代がだいぶ違うけど、あなた、ユリ・ゲラーってわかる?」
「会長から聞いて、知ってますよ。テルアビブ生まれの高名な超能力者で一九七四年以降日本のテレビにも出演し、スプーン曲げなどの超能力を披露して人気者になった人でしょ」
「私ね、ユリ・ゲラーがテレビから念力を送ったとき、手に持っていたティースプーンの柄がくにゃっと曲がっちゃった体験があるのよ。こんな話すると、年がばれちゃうわね」
光司は藍が思ったよりもずっと年上らしいことを知り、少し意表をつかれる。もしかして五十代、いや、もっと? 急に改まった敬語口調になる。
「あなたも不思議な能力をお持ちなんですね。よかったら、僕たちの会に入りませんか。会長も、トールホワイト似の美女がメンバーに加わったら、大喜びですよ。ネットで神奈川ミステリー倶楽部ってサーチしてみてください。すぐホームページが出ますから」
同じクラブのメンバーになれば、接点ができて逢う機会も増えるし、親しくなれるとの下心がちゃっかりあった。
「後で覗いてみるわね、楽しそうな会だし、考えてみるわ」
UFO談義で時間はあっという間に過ぎて、気づくと、十一時を回っていた。
「ああ、楽しかった。お寿司もとてもおいしかったし、地酒もサイコー」
藍のその言葉がお開きの合図になったように、光司も、
「こちらこそ楽しかったです。遅くまでお引止めしちゃってすみません」 と挨拶し、最後に互いの連絡先を交換した。財布からアメックスのゴールドカードを取り出した藍を制して、「ここはぼくが持ちますから」と伝票を先取りし、支払いを済ませる。若造のいきがりだったが、ひそかにこの後の展開を考えていたのだ。ここで割り勘にしたら、もしかしたら一夜を共にするチャンスをふいにしそうな気がしたのだ。藍は申し訳ながったが、よこしまな思いがあるだけに、光司は金沢駅まで送ってもらった御礼だとさりげなく返した。
外に出ると、北陸の秋の夜は少し肌寒く、火照った頬に気持ちよかった。藍はショールをきつく掻き合わせる。
「ホテルまで送っていきますよ」
香林坊方面に向かって肩を並べて歩き出し、けやき並木通りを二百メートルほど行ったところに藍のホテルがあった。
「ありがとう。今夜は楽しかったわ。おいしいお寿司と地酒、ご馳走様」「こちらこそ楽しかったです。向こうに戻っても、またお逢いできるといいですね。帰ったら、メール連絡しますよ」
「お待ちしてます」
女のグレーががかった黒い瞳が絡みつくような光を発した。光司は瞬時待ったが、藍のルージュで艶めく唇は閉じられたままだ。名残惜しげに手を差し出す。美女と酒食を共にしただけでも光栄なのに、これ以上望むのは欲張りというものだろう。しかし、助兵衛心がそろそろと頭をもたげてくる。もしかしてとの思いもある。その一方で、藍が自分よりずっと年長なことを知った今は、こんな小僧では物足りず、失礼かとの思いもある。指先に逡巡がこもった。藍の手がねっとり絡みついてくる。瞳と同じ、まるで爬虫類の感触だ。背筋にぞくりと虫唾が走った。なぜなのか、人間と握手しているような気がせず、光司は無礼にならぬようさりげなく手を離した。藍の手はその瞬間右肩の上に跳ね上がり、指先をひらひら波打たせた。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。いい夢を見てください。宇宙人も、フレンドリーな種族もいますから」
「ありがとう。またいつかお逢いましょう」
ひときわ長身の背がガラスのドアの内側に吸い込まれていき、人工灯の下できらめくブロンドの髪と蛍光色のドレスが見えなくなるまで、光司はそこに立ち尽くして見送った。かすかな失望が胸の底てうごめいていた。が、向こうが求めてないのに、無理強いするわけにもいかず、ハントのようなことは不得手の光司は、そのままにするしかなかったのだ。みすみすチャンスを逸したような気持ちもして、もっと思い切ってアタックすべきだったかと、今頃になって苦い悔いがのようなものが湧き上げてきた。でも、勘違いってこともありうるし。冷たく退けられるのも、より惨めだ。結局、旅先の甘美な一夜を長身の美熟女と分かち合う幸運をふいにした光司は、自棄酒でもないが、どこかこの辺の安居酒屋でもう一杯やりたい気分になっていた。
したたかに酔って帰りは午前様、翌日はひどい二日酔いに悩まされた。
藤沢の自宅に戻って、すぐに藍に連絡するのもなんだかあさましいような気がして、日数稼ぎをしていた。後日、コスモアイルで撮ったスマホ写真を改めてチェックしていたときのことだ。千里浜なぎさドライブウェイで盗撮した藍の写真が二枚現れた。ちょうど日が沈む間際で、藍のすらりとした長身の後姿はシルエットになっている。アングルなど考えずに撮ったが、海に沈む茜色の落日との対比が美しく撮れていた。二枚の写真をかわるがわる見ていた光司はふと、後続の写真のフレアスカートの丈が、海風に翻り、まくれ上がっているのに気づいた。助兵衛心を刺激され、とっさに拡大してみた。
拡大された白い足、夕日で影になった腿の裏が露になり、エロチックだ。それから、ひざの裏側に目を落として愕然となった。さらに拡大してみた。地球人の足と違って、湾曲して突き出ていた。背筋にぞくりと悪寒が走った。急に藍のぬめった掌の感触が蘇ってきた。それでは、彼女は……。
光司は藍に教えてもらったメールアドレスをチェックし、<コスモアイルで逢った加納です。どうしてますか。またお逢いしたいな。ご都合はどうですか。近々、神奈川ミステリー倶楽部の会合が催されるけど、飛び入りで参加してみませんか>と送信した。
しかし、このメールは寸刻後に宛先不明で戻ってきてしまった。思い切って、携帯にかけてみたが、こちらも現在使われていない番号だった。
トールホワイト似の長身の美女、いやもしかしてトールホワイトそのものだったかしれぬ須崎藍と名乗るミステリアスな美女は、金沢での酒食を分かち合った一夜後、忽然と失せてしまったのだ。
その夜、光司は夢を見た。アダムスキー型円盤の内部に招待されて、宇宙人美女の饗応を受けている。七色の美酒を振舞われ、うっとり酩酊状態になった光司はそれとなく、藍の姿を探している。食後、宇宙カプセルのような寝室に導かれ、一人の美女が侵入してきた。それこそが待ち望んだ藍だった。再会できた喜びに思わず抱きつくと、藍は腕の中をすーっと摺り抜けて虹色に光る体皮の爬虫類に変身した。ぬるぬるした触手が伸びて光司の上体をからめとり、がんじがらめにされた枷から必死に逃れようともがくも、てらてら光る唇に自分の口をすぽりと覆われてしまう。生臭い息を吹き込まれ、背筋にぞっと悪寒が走った刹那、金縛り状態から解かれ目覚めた。下半身が汗とも体液ともつかぬものでしとど濡れそぼっていた。
とっさにバスルームに走り、ざっとシャワーで洗い流した後、洗面台の鏡の曇りを払うと、鏡面の向こうに大柄な金髪の美女がにやりと妖艶な笑みを湛えており、光司は胴間声を張り上げてタイルの床に尻もちをついた(了)。
李耶シャンカール
金沢駅から電車で一時間ちょっとの羽咋駅に降り立った加納光司は、駅員に宇宙科学博物館、コスモアイルの所在を訊いて、駅頭からも見えるユニークな円形の建物に向かった。駅周辺は寂れていたが、教わったとおり川沿いに歩いて橋を渡ると、コスモアイルの威容がいちだんと目立って視界に入ってきた。
期待に胸が高鳴る。巨大なUFOをかたどった未来型デザインの建物は周辺ががらんとした住宅地だけに、一等際立った。ガラス製ドアのエントランスにたどり着いて、まず写真を撮る。少し離れて全容と、近距離から撮った。建物の右手に、UNITED STATESの英字入りの白いロケットが青空にそびえていた。少し離れた後方に、「アポロ巨大砂像」と銘打たれた、一九六九年七月二十日人類最初の月面着陸を果たしたアームストロング船長の最初の一歩をかたどった砂造型もあった。
入館料四百円を払って二階の展示室に上がる。ターンスタイルの鉄のバーを押して中に入り、フロアの三分の二を占める宇宙船関連の展示をやり過ごし、まず一番の目的であるUFO関連展示コーナーに向かった。
円盤写真のパネルを一つ一つ丁寧にチェックし撮影、ゆっくり進んでいくと、肝心のアダムスキー型円盤写真の前に大柄の、髪をブロンドに染めたひときわ目立つ日本人離れした容貌の女性が立ちはだかっており、微動だにせずひしと見入っているのに妨げられた。ポーランド系アメリカ人のジョージ・アダムスキーが一九五二年十二月十三日目撃したといういわくつきの円盤は、最頂部に大ドーム、基底部裏に三つの小型ドームがあることで有名で、今回の目玉として光司がひとしきり楽しみにしていたものだった。しばらく待ったが、動きそうにないので、後で見ることにし、背後に回ってひとつ次の写真を見ることにした。
ちらりと横目で盗み見ると、年齢不詳のミステリアスな女性は色が抜けるように白く、光司は北欧辺りから来た外国人観光客なのかもしれないと思った。女性にしてはやけに背が高く、一七二センチの自分とほぼ変わらない。光司はまた円盤パネルのほうに注意を戻した。
一通り見終わって、アダムスキーのところに戻ろうとすると、まだ例の女性は突っ立ったまま飽かずに写真に見入っていた。光司は諦めて、空くまでの時間つぶしにUFO関連本や雑誌・絵本などがブックエンドに並べられた簡易テーブル&チェアコーナーに腰を下ろすと、ざっと繰り始めた。うれしいことに、同館によるUFO目撃関連のアンケート用紙が収められた分厚いファイルが三冊あり、それを丹念に当たっているうちに、一時間はあっというまに過ぎた。いくらなんでも空いたころだろうとパネル展示のほうを振り返ると、女性は依然同じ姿勢で立ち尽くしていた。疲れないのかなあと、さすがに光司は驚き呆れ、ミディ丈の銀色のスカートに隠れた長い足に目をやった。
トップは白いニットのセーター、虹色のストールをぐるぐる巻きにしている。ロングスカートはラメ入りなのか、不思議な色に発色していた。まるで合成ジュラルミンのようだった。足元はバレリーナの履くトウシューズに似たフラットタイプ、スカートと対できらきら光っている。プラチナブロンドの肩までの髪と、彫りの深い色白の顔立ちがエキゾチックかつ、ミステリアスな雰囲気を醸している。それにしても、後続の人に譲るマナーをわきまえない外国人にはいらついたが、英語が苦手な光司は注意する勇気もなく、しょうがなしに二冊目のUFO目撃ファイルにかかった。
かれこれ二時間以上が過ぎた。女性は同じ姿勢で立ち尽くしたままだ。さすがの光司も堪忍袋の緒が切れて、立ち上がると女の背後から声をかけた。
「エックスキューズ・ミー」
と日本語なまり丸出しの稚拙な英語で背後から呼びかけ、ジェスチャーで場を少し譲ってもらえないかとのしぐさをすると、
「あら、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって」
と、美しい発音の標準日本語が返ってきてびっくりさせられた。光司は、この得体の知れない大女は日本人なのかと半信半疑で、ぶしつけも忘れて、まじまじ見入った。女はへまを指摘された子供のように後ろめたそうな笑みを浮かべると、脇ににじり寄った。
「あ、どうも」
光司は口中でもごもごつぶやき、やっとお目当てのアダムスキーが目撃したというドーム型円盤写真を心ゆくまで観覧できた。女の姿はいつのまにか消えていた。自分が悪いわけじゃないのに、なんだか申し訳ないことをしたような、後味の悪い気分が少し残ったが、三冊目の目撃ファイルをざっと繰って、後回しになっていた、宇宙船関連の展示を見るころには、すっかり忘れていた。
NASA提供というお墨付きだけに、マーキュリー型宇宙カプセルやレッドストーンロケット、月面着陸のアポロ船、ルナローバー月面船、ボインジャー惑星探査船、バイキング火星着陸船等々、旧ソ連が開発したヴォストークカプセルまであって興味が尽きない。白や銀色の宇宙服の掲げられたガラスケースまであって、時間はあっというまに過ぎていく。午後五時の閉館が早く感ぜられるほどだ。興奮するあまり喉が渇いた光司はいったん出て、一階の自動販売機コーナーでジュースを買うと、空きっ腹に流し込んだ。売店には宇宙関連グッズの土産物が所狭しと並べられていたが、物色している暇はなく、喉を潤す時間も惜しいくらいで、飲みかけのジュースを手にまた足早に上に戻る。すると、あの女性がまたアダムスキー型円盤の前を塞いでいた。
もしかして、同じ型の円盤を見たことがあるのかもしれないと、光司は思った。それで、あんなにも熱心に見入っているのだと想像したのである。残り時間三十分で光司は今一度円盤写真をチェックし、宇宙船関連展示もざっと一巡し、名残惜しさを感じながら会場を後にした。二階に併設されたプラネタリウムやシアターで宇宙映画を楽しんでいる余裕はとてもなく、一回では見切れないなあと少し残念に思ったが、はるばる神奈川から出てきた甲斐はあったと思った。
光司は十代のころから大のオカルトファンの、不思議大好き少年で、未知との遭遇にロマンを覚えるタイプ、UFOや超能力にひとかどの興味を持っており、その関連の本や雑誌を読み漁っていた。好きが高じて、神奈川ミステリー倶楽部というマイナーなグループ組織に加入、今回のコスモアイル探訪も後日記事にして、メンバーの一人としてホームページに投稿するつもりでいた。
ああ、面白かったと、昂揚した気分で出口に向かい、ガラスのドアを押し開けようとした途端、横合いから長身の人影が飛び出してきて勢いよくぶつかった。
光司はかろうじてバランスを取り直し、転倒を免れえたが、インパクトは相当なもので、ひざががくりと折れた。鼻孔に熱帯のエキゾチックな花の香りに似た濃厚な匂いが漂った。あの大柄な美女が申し訳なさそうに光司を見ながら、謝罪の言葉を繰り返していた。
「いや、大丈夫ですから」
その実ひざが少し痛かったが、光司はいきがって返した。
「本当にごめんなさい。アダムスキーの円盤写真も長いこと独占してご迷惑をおかけしちゃったし、あのう、私、車で来てるんですけど、もし金沢駅にお戻りになるんだったら、お詫びの印にお送りしますよ」
光司は最初断ろうと思ったが、美女からの渡りに舟の申し出に、心がぐらりと揺らいだ。それと、生来の好奇心旺盛さが頭をもたげて、このミステリアスな長身の美女がなぜあんなにも熱心にアダムスキー型円盤に見入っていたのかの理由も、道々確認できそうな気がして、つい、
「それはありがたいなあ。でも、ほんとによろしいんですか。ご迷惑じゃありませんか」
と半ば受諾も同然に遠慮がちに口に出していた。女はにこやかにうなずいて、安月給の光司が目を剥くようなシルバーの高級車の前に導いた。スペースシップに似た未来型デザインのスポーツカーの運転席は左側にあり、外車であることは間違いなかったが、車に詳しくない光司には車種はわからなかった。
助手席側のドアがオートで開き、いざなわれるまま天井の低い車内の右側に落ち着きなく座った。高級感あふれるインテリアに、まるでVIPになった気分だったが、着古した黒のトレーナーにジーンズという出立ちがミスマッチで、少し気後れも覚えた。車内に漂うほのかなラベンダー臭と、女の体臭とも香水ともつかぬ濃密な香りがミックスし、鼻孔を刺激する。ちらちと左手を盗み見ると、体に密着したセーターの形のいい胸が露に浮き出ていて、あわてて目をそらした。女は巧みなハンドル操作で車を発進させてまもなく、
「もしお時間があるようでしたら、千里浜なぎさドライブウェイに寄って、夕日を見ていきませんか」
と誘った。
「車が走れる日本で唯一の砂浜ですね。それはうれしいなあ」
光司に異論はなかった。女はスリリングにびゅんびゅん飛ばし、二十分ほどで浜に出た。真一文字に伸びる海岸線、十月の日本海は波も穏やかで翳りだした日に藤色にきらめいていた。きめ細かなパウダーのような感触の砂の上には轍がいくつもついて、数メートル先を白い乗用車が軽やかに走っている。車窓越しに水平線に沈みかけた茜色の落日を見ながら走るのは爽快だった。
「ちょっと降りてみましょうか」
女の誘いで下車した光司は、浜風にプラチナブロンドの髪をなびかせながら、渚に佇む彼女をこっそり後ろから盗撮した。長身の謎めいた美女と、落陽に輝く茜色の海の取り合わせは最高の被写体だった。
日ごろからUFOウオッチングで空を見上げる癖のある光司は、コスモアイルを見た後では余計期待が昂まり、UFOが現れないかなあと目を皿のようにして上を見回し始めた。が、期待に反して、円盤らしきものは影も形も見当たらなかった。暮れかかった空には薄いうろこ雲が浮き上がり、美しかったが、雲の波を縫ってUFOが出現する気配はまったくなかったのである。光司の失意を機敏に嗅ぎ取ったかのように女が、
「UFO、現れないですね」
と言った。彼女も同じ期待を込めて空を見上げていたことがその一言でわかった。
「残念ながら……」
「でも、コスモアイルの後でUFO見たなんて出来すぎの芝居みたいで、眉唾と思われちゃいますよね」
「確かに」
笑いが弾けた。つるべ落としの日が速やかに降りて、薄闇が忍び寄っていた。車に戻った二人は改めて、自己紹介し合った。
「神奈川県藤沢市から来た加納光司です、よろしく。会社勤務の二十八歳です」
「あら、同じ神奈川ね。私は、横浜出身の須崎藍、よろしく。仕事はフリーの自宅勤務よ」
「てっきりモデルでもやってるのかと思いましたよ」
「街を歩いているとき、よくスカウトされたけど、ああいう華やかな職業は私に向いてなくて。ただでさえ容姿が目立つから、ひっそりと内でやれる仕事が好きなのよ」
藍はどんな職種かは口を濁して明らかにしなかった。しかし、高級車を乗り回すくらいだから、相当実入りのいい仕事であることは間違いないだろう。
「どこかの諜報部に勤めてるとか?」
冗談めかして投げると、藍はなぜか図星をつかれたようなはっとした面持ちになり、
「当たらずとも遠からずよ」
とほのめかし、光司を唖然とさせた。それから、茶目っ気たっぷりに片目をつぶりながら、
「さしずめ、ロシアから派遣されたスパイとでも言ったら、お気に召すかしら」
と付け加えた。自分のジョークに応える軽口とわかって、にやりと笑みが洩れる。
「ロシアの美人スパイかあ、ゴージャスなだなあ」
「フフフ」
共犯めいた笑みを交わす。光司は藍の年恰好をそれとなく探っていた。女性に年齢を訊くのは失礼なので、憶測するしかなかったが、光司よりはやや年上のように思えた。雰囲気が大人びているのだ。まさに妙齢の美女、もしかして四十代の可能性もなきにしもあらず、濃密な香水といい、成熟した色気が匂ってくる。ただ白皙の膚の張りは二十代で、角度によって妙に艶(なま)めいてみえるけど、ひょっとすると、光司と同じ年頃なのかもしれない。が、銀色のスカートの腰がふくよかで、雰囲気は成熟した年上の女を思わせる。
「あのう、訊いてもいいですか」
「はい、どうぞ」
「アダムスキーが目撃した円盤写真の前で長時間見入っていたけど、同じ型のUFOでも見たことがあるんですか」
「残念ながら、答はノーよ。なんていうのかしら、とても懐かしさを覚えて、昔これと同じ型の円盤に乗ったことがあるような気がして」
「ああ、デジャヴーですか」
「加納さんはUFOを目撃したこと、あるんですか」
「はあ、円盤という確信があるわけじゃないけど、オレンジ色の光がちょうど三角形の形に位置していて、高速でジグザグに動く、点滅する光現象のようなものは何回か見たことあります。コスモアイルにUFO目撃情報を集めたファイルがあったでしょ。僕と似たような光を見てる人が多いんだなって改めて思ったけど。ほかに円盤の型としてはドーム型、葉巻型、くにゃくにゃのくらげ型等、色はオレンジがダントツ、あとは銀色や半透明が主、動きは高速で神出鬼没、上下左右、ジグザグに移動ってのが一番多かったけど、静止型もあって、窓がくるくる虹色に点滅し、そこから人影が見えたとかという具体的な情報もあった」
「アダムスキーが目撃した円盤も半透明だったらしいわね」
「はい。彼は死ぬまでに、二十五回も異星人とコンタクトしたことでも有名で、そもそもは一九五二年十一月二十日、米カリフォルニア州のモハーベ砂漠で巨大な銀色の葉巻型UFOを目撃したのが始まりです。軍用機に追われ消えてしまうんだけど、あれは自分を探しに来たんだとのインスピレーションを覚えて、後刻一人で現地に戻ると、空中から小型円盤が着陸し、中から身長一六〇センチ、体重六十キロ、二十-三十歳くらいの肩までのブロンドの人間の男そっくりの金星人が降りてきたそうで、白いつなぎのようなローブに金のベルトを結んでいたといいます。テレパシーで会話して、核爆発の影響を調べるために偵察に来たことを知ったとか。そのときの足跡を石膏に取ったとそうですが、残念ながら現存してないようです。その後親密になった別の異星人には宇宙旅行にまで招待され、土星で母船に乗ったり、火星や月にも行ったといいますね」
「へえ、詳しいのねえ」
「いやあ、僕もこういう話になると、夢中になる口だから。趣味を通り越して、マニアに近いですよ。カナダの元国防相が暴露してることなんだけど、宇宙人にはなんと八十二種もいて、そのうち四種がすでに地球に来ていて、米・ロ・中などの各国政府機関で働いているらしいです。コスモアイルの展示に、一九四七年米ニューメキシコ州のロズウェル付近で墜落したUFO、米軍が回収した残骸から発見された宇宙人の死骸を解剖した模型があったでしょ。小柄でスキンヘッドのあれは、グレイという種の宇宙人らしいです」
「一端のUFO専門家ね」
「いやあ、僕など序の口、目撃ファイルには、形状まで克明にイラストに描(か)いている人がいて驚かされたな。コスモアイルと同じくらいの大きさの巨大UFOを見たって人もいたし。目撃場所は住宅地とかビルの上空、車で移動中ってのもあって、地元の羽咋のバス停とか、富山とか、あと沖縄も多かった。金沢の繁華街の香林坊の109ビル付近の上空ってのもあった。ちなみに、能登半島にUFOがよく出るってのは、知ってますか」
「そうなんですか。能登半島の付け根にあたる羽咋もその範疇に入るわけね」
「羽咋という市名の由来については、不思議な伝承があってね、古墳時代の大昔にさかのぼることなんだけど、十一代垂任〈すいにん〉天皇のころ巷に疫病が大流行し、盗賊も横行して、森には怪鳥が暴れ飛び、民を恐怖のどん底に陥れていたそうです。そこに颯爽と現れた救世主が皇子の盤衝別命〈いわつくわけのみこと〉で、三匹の愛犬を伴い森に退治に出かけ見事征伐、犬が大毒鳥の羽を食らい破ったことから、羽喰い、すなわち羽咋になったと言われてるんですよ」
「へえ、変わった地名だと思ってたけど、そんな面白い由来があったのね」
金沢駅までの道中は話に熱中するあまり、あっというまだった。とにかく、藍は怖いくらいにすっ飛ばす。警察に捕まらないかと冷や冷やものだったが、超高速高級車の乗り心地は抜群だった。四十分くらいで早々と金沢市内に入って、
「加納さん、お泊りはどちら。ホテル前まで送っていきますよ」
との申し出に、光司は遠慮なく甘えた。
「繁華街の片町なんですけど」
「あら、私の泊まってるとこと近いですね。私は香林坊です」
両者とも有名なホテルチェーンだった。ホテル前まで送ってもらった光司はこのまま藍と別れてしまうのが名頃惜しいような気持ちになり、思い切って誘い文句を口にしてみた。
「送っていただいた御礼に、今夜の夕食はご馳走させてもらえませんか」
「あら、ご馳走だなんて。割り勘にしましょう。この界隈で夕食代わりに軽く飲むのはどうかしら」
「いいですね。UFO談義の続きをしましょう」
午後八時に香林坊の109前で待ち合わせることになった。光司はうきうき気分で風呂を済ませ、藍の大人びたファッションにマッチさせるべく、焦げ茶のスウェードのジャケットにグレーのコールテンのズボンと精一杯めかし込んで、約束の場所に向かった。藍はすでに来ており、109ビルの前に佇む長身の日本人離れした美女はやはり、飛びぬけて目立った。通行人が振り返り振り返り、眺めていく。しかも、玉虫色に光る不思議な光沢のドレスをまとっており、ショールは純白のシルクに金粉を撒き散らした美しい素材、まるで外人のモデルのようだった。自分のような十人並みの男が相手じゃ不釣り合い、もったいないくらいだ。さすがに少し気後れを覚えたが、旅先で出遭った謎めいた美女との一夜のデートに胸がときめいた。
香林坊から片町にかけての通りには、関東にもある居酒屋チェーンが軒を並べていたが、それらの店じゃ芸がないので、光司は、片町の裏路地にある寿司居酒屋に藍を誘った。ホテルから歩いて十分とかからぬ近場にあり、昨夜フロントで薦められるままにトライして値段がリーズナブルな割りにおいしかったので、再訪することにしたのだ。きっぷのいい板前主人と気さくな中国人妻の女将が店を取り仕切っていた。
主人は光司を覚えていた。
「今夜はまた、飛び切り美しい外国人のお連れさん同伴で。よかったら、奥の座敷空いてますよ」
じっくり差し向かいで話したかったので、言葉に甘えて、奥に座った。「この店、昨夜飛び入りで入ったんだけど、日本海ならではの新鮮なネタの寿司が超美味で、金沢名産ののどぐろも絶品だったんです」
「お寿司だけじゃなく、つまみのメニューも豊富ね。食いしん坊の私にはぴったりのお店よ」
「飲み物はどうしますか。最初、生ビールで乾杯し、後で地酒で差しつ差されつってどうですか」
「いいわね」
よく冷えたビールが運ばれ来て、出遭いを取り持ってくれたアダムスキー型円盤に乾杯した。
藍は飲める口だった。生ビールの後、冷やで頼んだ地酒は白山の伏流水で仕込んだ女性にも飲みやすいフルーティーかつまろやかな美酒で、竹をかたどった透明なグリーンのガラス器で運ばれてきた。ガラス製の猪口で飲む甘味ある美酒は喉越しがよく、二合がすぐに空いた。食いしん坊を自称したとおり、健啖家でもある藍は握りに舌鼓を打ちながら、よく食べよく飲んだ。気持ちのいい食いっぷり、飲みっぷりだった。酔いがいささか回ったせいで、口が軽くなった光司は、
「やっぱり外国人に間違えられること多いでしょう。ここの主人もそう思い込んだみたいだし」
とかなりぶしつけなことを訊いていた。が、藍は気にする風でもなく、自嘲気味の笑みを洩らすと、
「よく英語で話しかけられて、苦笑ものよ」
「すみません、僕もつい」
「なんだか説明するのもめんどくさいので、英語で応じることもあるのよ。フフフ」
「髪をブロンドに染めてるから、余計そう見えるんじゃないですか」
「あら、これ地毛よ」
「えっ」
「私の髪って、産まれたときからこうなの。色素がないのね。だから、外国人の赤ちゃんみたいって、母も看護師さんに言われたらしいわ。瞳の色も今は黒味も出てきたけど、元はグレーっぽかったのよ。だから、長じてからも、ガイジン、ガイジンて、いじめられたもんで。そのうち背がどんどん伸びてきて、ますます外国人ぽっくなって。あのね、曾祖父の奥さんが、ロシア人だったらしいのよ。だから、私にもロシア系の血が何分の一か混じっていることはたしか」
光司は藍が車の中でロシアのスパイだと冗談を言ったことをつと思い出し、符合に妙な気分になった。酔いに駆られるようにつと、
「僕のあなたに対する第一印象は、トールホワイトだったんだけど」
とぽろりと洩らしていた。
「何それ?」
藍はきょとんとした顔になる。
「ブロンドの美形宇宙人ですよ。見た目は地球人そっくりで、北欧系の美男美女風っていわれてるんですが、背が二-三メートルあって、推定年齢は七百-八百歳、あと顕著に異なる特徴は足にあって、ひざの裏側が湾曲したように突き出てるんです。NASAはじめ中国やロシアの諜報機関で働いてるとかいう噂もあって」
「私、その宇宙人なら逢ったことがあるわ」
「えっ」
「といっても、夢の中でなんだけど。車の中では言いそびれたけど、アダムスキー型円盤は夢の中によく出てくるのよ。でも、あまりいい夢でなく、悪夢に等しくて。あのね、私は母船の一室に捕らえられ、背が高くてブロンドの美男宇宙人に尋問されてるの。彼らの種族のライラという女の子が突然行方不明になったとかで、私は地球に連れ去られたライラそのものだとの嫌疑をかけられ、問い詰められているの。私は須崎藍という日本人女性だとどんなに弁明しても信じてもらえなくて、もう泣きたいくらいつらくて、そのうち彼らの特徴である異様な足に気づいて、スカートをめくり上げ、私の足はあなたたちのように湾曲してないって証拠を突きつけるの。それでやっとわかってもらえて解放されるのだけど。最後は、お詫びの印とかいって、宇宙食のような固形物と、銀のカップに入った飲み物を振舞われるの。ネクターのようにねっとりした甘い芳香あるドリンクが喉に絡みついて、その不快感でいつもはっと目覚めるんだけど、しばらくすると、また同じ夢を見るの」
宇宙人がらみの悪夢の悩みを打ち明ける藍は泣き虫の少女のように愛らしく、光司は座卓に置かれた藍の白い手を思わずぎゅっと握り締めたくなる誘惑にかられた。そろそろと手を伸ばしかけた矢先、白魚の長い指先は垂れかかった前髪をかき上げるためすーっとテーブルを離れた。光司はとっさに宙に浮いた手をガラスのとっくりに伸ばすと、きまり悪さを隠すようにどぼどぼと互いの猪口にあふれんばかりに注いだ。それから、努めて冷静を装って、投げた。
「あなたの外見なら、トールホワイトの子供と思われても、しかたないなあ。でも、不思議な夢ですね。それであんなに熱心にアダムスキー型円盤に見入っていたわけだ」
「懐かしいって言ったでしょ。だって、夢の中でしょっちゅう遭遇してるんだもの」
「そのエピソード、僕が入会している神奈川ミステリー倶楽部のホームページに投稿してみませんか」
「神奈川ミステリー倶楽部?」
「はい。少年から老人まで、不思議なことが大好きなちょっと変わったやつらの集まりなんですけど、会員は三十二名、会長は六十代半ばのUFO知識が半端でない、定年までオカルト系雑誌の編集長を務めていた奇人です。コスモアイルの名誉館長さん、元テレビディレクターのUFOプロデューサー・矢追純一氏にもインタビューしたことがあるんですよ。あと、スプーン曲げや透視の超能力青年とか、海外ではイギリスのネス湖の怪獣を追いかける現地取材とか。一度、超能力者が曲げたというスプーンを見せてもらったことがあるんだけど、大型スプーンの柄のところがらせん状にぐるぐる巻きにねじられてあってびっくりしたなあ」
「スプーン曲げかあ。懐かしいなあ。ユリ・ゲラーとか思い出しちゃうわ。私と世代がだいぶ違うけど、あなた、ユリ・ゲラーってわかる?」
「会長から聞いて、知ってますよ。テルアビブ生まれの高名な超能力者で一九七四年以降日本のテレビにも出演し、スプーン曲げなどの超能力を披露して人気者になった人でしょ」
「私ね、ユリ・ゲラーがテレビから念力を送ったとき、手に持っていたティースプーンの柄がくにゃっと曲がっちゃった体験があるのよ。こんな話すると、年がばれちゃうわね」
光司は藍が思ったよりもずっと年上らしいことを知り、少し意表をつかれる。もしかして五十代、いや、もっと? 急に改まった敬語口調になる。
「あなたも不思議な能力をお持ちなんですね。よかったら、僕たちの会に入りませんか。会長も、トールホワイト似の美女がメンバーに加わったら、大喜びですよ。ネットで神奈川ミステリー倶楽部ってサーチしてみてください。すぐホームページが出ますから」
同じクラブのメンバーになれば、接点ができて逢う機会も増えるし、親しくなれるとの下心がちゃっかりあった。
「後で覗いてみるわね、楽しそうな会だし、考えてみるわ」
UFO談義で時間はあっという間に過ぎて、気づくと、十一時を回っていた。
「ああ、楽しかった。お寿司もとてもおいしかったし、地酒もサイコー」
藍のその言葉がお開きの合図になったように、光司も、
「こちらこそ楽しかったです。遅くまでお引止めしちゃってすみません」 と挨拶し、最後に互いの連絡先を交換した。財布からアメックスのゴールドカードを取り出した藍を制して、「ここはぼくが持ちますから」と伝票を先取りし、支払いを済ませる。若造のいきがりだったが、ひそかにこの後の展開を考えていたのだ。ここで割り勘にしたら、もしかしたら一夜を共にするチャンスをふいにしそうな気がしたのだ。藍は申し訳ながったが、よこしまな思いがあるだけに、光司は金沢駅まで送ってもらった御礼だとさりげなく返した。
外に出ると、北陸の秋の夜は少し肌寒く、火照った頬に気持ちよかった。藍はショールをきつく掻き合わせる。
「ホテルまで送っていきますよ」
香林坊方面に向かって肩を並べて歩き出し、けやき並木通りを二百メートルほど行ったところに藍のホテルがあった。
「ありがとう。今夜は楽しかったわ。おいしいお寿司と地酒、ご馳走様」「こちらこそ楽しかったです。向こうに戻っても、またお逢いできるといいですね。帰ったら、メール連絡しますよ」
「お待ちしてます」
女のグレーががかった黒い瞳が絡みつくような光を発した。光司は瞬時待ったが、藍のルージュで艶めく唇は閉じられたままだ。名残惜しげに手を差し出す。美女と酒食を共にしただけでも光栄なのに、これ以上望むのは欲張りというものだろう。しかし、助兵衛心がそろそろと頭をもたげてくる。もしかしてとの思いもある。その一方で、藍が自分よりずっと年長なことを知った今は、こんな小僧では物足りず、失礼かとの思いもある。指先に逡巡がこもった。藍の手がねっとり絡みついてくる。瞳と同じ、まるで爬虫類の感触だ。背筋にぞくりと虫唾が走った。なぜなのか、人間と握手しているような気がせず、光司は無礼にならぬようさりげなく手を離した。藍の手はその瞬間右肩の上に跳ね上がり、指先をひらひら波打たせた。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。いい夢を見てください。宇宙人も、フレンドリーな種族もいますから」
「ありがとう。またいつかお逢いましょう」
ひときわ長身の背がガラスのドアの内側に吸い込まれていき、人工灯の下できらめくブロンドの髪と蛍光色のドレスが見えなくなるまで、光司はそこに立ち尽くして見送った。かすかな失望が胸の底てうごめいていた。が、向こうが求めてないのに、無理強いするわけにもいかず、ハントのようなことは不得手の光司は、そのままにするしかなかったのだ。みすみすチャンスを逸したような気持ちもして、もっと思い切ってアタックすべきだったかと、今頃になって苦い悔いがのようなものが湧き上げてきた。でも、勘違いってこともありうるし。冷たく退けられるのも、より惨めだ。結局、旅先の甘美な一夜を長身の美熟女と分かち合う幸運をふいにした光司は、自棄酒でもないが、どこかこの辺の安居酒屋でもう一杯やりたい気分になっていた。
したたかに酔って帰りは午前様、翌日はひどい二日酔いに悩まされた。
藤沢の自宅に戻って、すぐに藍に連絡するのもなんだかあさましいような気がして、日数稼ぎをしていた。後日、コスモアイルで撮ったスマホ写真を改めてチェックしていたときのことだ。千里浜なぎさドライブウェイで盗撮した藍の写真が二枚現れた。ちょうど日が沈む間際で、藍のすらりとした長身の後姿はシルエットになっている。アングルなど考えずに撮ったが、海に沈む茜色の落日との対比が美しく撮れていた。二枚の写真をかわるがわる見ていた光司はふと、後続の写真のフレアスカートの丈が、海風に翻り、まくれ上がっているのに気づいた。助兵衛心を刺激され、とっさに拡大してみた。
拡大された白い足、夕日で影になった腿の裏が露になり、エロチックだ。それから、ひざの裏側に目を落として愕然となった。さらに拡大してみた。地球人の足と違って、湾曲して突き出ていた。背筋にぞくりと悪寒が走った。急に藍のぬめった掌の感触が蘇ってきた。それでは、彼女は……。
光司は藍に教えてもらったメールアドレスをチェックし、<コスモアイルで逢った加納です。どうしてますか。またお逢いしたいな。ご都合はどうですか。近々、神奈川ミステリー倶楽部の会合が催されるけど、飛び入りで参加してみませんか>と送信した。
しかし、このメールは寸刻後に宛先不明で戻ってきてしまった。思い切って、携帯にかけてみたが、こちらも現在使われていない番号だった。
トールホワイト似の長身の美女、いやもしかしてトールホワイトそのものだったかしれぬ須崎藍と名乗るミステリアスな美女は、金沢での酒食を分かち合った一夜後、忽然と失せてしまったのだ。
その夜、光司は夢を見た。アダムスキー型円盤の内部に招待されて、宇宙人美女の饗応を受けている。七色の美酒を振舞われ、うっとり酩酊状態になった光司はそれとなく、藍の姿を探している。食後、宇宙カプセルのような寝室に導かれ、一人の美女が侵入してきた。それこそが待ち望んだ藍だった。再会できた喜びに思わず抱きつくと、藍は腕の中をすーっと摺り抜けて虹色に光る体皮の爬虫類に変身した。ぬるぬるした触手が伸びて光司の上体をからめとり、がんじがらめにされた枷から必死に逃れようともがくも、てらてら光る唇に自分の口をすぽりと覆われてしまう。生臭い息を吹き込まれ、背筋にぞっと悪寒が走った刹那、金縛り状態から解かれ目覚めた。下半身が汗とも体液ともつかぬものでしとど濡れそぼっていた。
とっさにバスルームに走り、ざっとシャワーで洗い流した後、洗面台の鏡の曇りを払うと、鏡面の向こうに大柄な金髪の美女がにやりと妖艶な笑みを湛えており、光司は胴間声を張り上げてタイルの床に尻もちをついた(了)。







