インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

イミグラントの句座(3月2・9・18日)

2019-03-19 18:54:57 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
<3月2日>

サフラン蝶テラス過りて熱帯地

常夏の楽園舞うはサフラン蝶

初夏(はつなつ)の園に舞い来てサフラン蝶

オレンジの羽鮮やかに熱帯蝶


<3月9日>

眉月や夜をかがりて金の糸

三日月や金糸のかがる夜の布(きぬ)


<3月18日>

ワイン手に春の月見やホーリー祭

*ホーリーとは春の収穫を祝う色水かけ祭り



(熾=もゆる)
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読者各位(暫時休載のお知らせ)

2019-03-11 20:09:09 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
読者各位

いつも拙ブログをご愛読いただき、ありがとうございます。
現在、新作の長編小説(テーマについては、こちらの動画で最後に述べておりますので、興味のある方はご確認ください)を執筆中のため、ブログはしばらく休載させていただきます。

休載中は、過去のストック記事(E全集には40編ほどの小説作品をアップしております)をお読みいただくと、幸甚に存じます。

インドで作家業・著者

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FM福井にゲスト出演ー「インド人には、ご用心!」を俎板に語る(モハンティ三智江談・動画)

2019-02-27 21:00:33 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
昨年11月1日、FM福井「空飛ぶ文庫」にゲスト出演させていただいた際の録画ビデオをユーチューブにアップしたので、ご紹介したい。
正味25分ほどのインタビュー内容で、インドの尽きせぬ魅力についてフランクに語っておりますので、拝聴いただけると幸甚に存じます。

FM福井「空飛ぶ文庫」/モハンティ三智江著「インド人には、ご用心!」



*何枚ものCDに焼いてくださり金沢宅まで送ってくださった福井在住の旧友M31さんのご厚意に、この場を借りて篤く御礼申し上げます(息子の助力で動画にアップできましたよー! その節はすっかりお世話になり、まことにありがとうございました!!
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最後の作品と気合をこめて

2019-02-19 19:40:53 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
二月も下旬に入り、今日あたりから扇風機が必要になってきた。
トレーナーだと汗ばむほどだが、朝晩はまだ涼しめなので、長袖は依然手放せない。季節の変わり目は、体調も着衣も調節が難しい。

日中は28度近くあるが、朝晩は十度半ばと寒暖の差が烈しく、ようやく晩冬(インドではウインターというが、日本の春か秋にあたる陽気)から初夏の兆しが感ぜられるようになってきた。

さて、ヴァレンタインデーに昨年末から関わってきた伝記小説(短編)を脱稿し、ようやく手が離れたとほっとしている昨今、といっても、まだゴーサインが出るかどうかわからないのだが、この作品は結構時間がかかったため、とりあえずはほっとしている。

北國新聞社刊行の季刊文芸誌・北國文華にレギュラー投稿するようになって、創作にあたっては可能な限り妥協しない姿勢をとっており、そのせいか、出来をほめられることも多いのだが、自分ではこれが最後の作品のつもりで手を抜かずにやっているので、評価されるとやはりうれしい。

思えば、酷評の連続、長年冬の時代が続いたが、近年ようやく認められるようになってきた。

まあ、いろんな試練、とくに病気を乗り越えて今尚細々とながら書き続けていることが、評価に値する作品を生み出す原動力になったのだとは思っている。

これからも、これが最後のつもりで、気合のこもった短編を書き続けるつもりだ。
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小泉八雲を思わせる好短編(「雪娘」感想)

2019-02-19 19:20:29 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
前記事で送った「雪娘」(スノウフェアリー)についての感想がいくつか届いているので、ご紹介したい。

「小泉八雲を思わせる好短編。インド暮らしが長いのに、見事な日本語で感心しました」(中央公論元編集長H氏)

「よい出来だと思います。ただ少女がぼくの影なら、それを匂わす会話があってよかった。あと、雪の描写をもっと増やして神秘的にして欲しかった」(元経済誌同僚K氏)


<著者注.少女をぼくの影ととる読者もいるんだなと知って、驚き。作者の意図では、実在するものとして書いたんだけど>

「まだ習作の域を出ないと思います。未完成の作品。筋立てなど、もうひとひねり欲しかった。少女とのSF風恋愛仕立てにもできたはず」(元経済誌同僚S氏)

「透明感があってよかった」(北國文華編集者A氏)

「読みやすかったが、このテーマは私向きでない。でも、旧作に比べると、ずいぶんわかりやすくなっている」(博覧強記の元お客さんY氏)

「ほっこりしました。雪女の科学的説明も正確、ブロッケン現象は自身で目撃しました」(同郷の旧友M31さん)

などなど。

*三十枚弱の短編で読みやすい設定になっているので、ぜひご一読ください!
「雪娘」(スノウフェアリー)ー2018年北國文華秋号掲載作品
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雪娘(北國文華・2018秋号掲載作品)

2019-02-19 16:23:59 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
雪娘(スノウフェアリー)

李耶シャンカール

 雪が本降りになってきた。ぼくは踏みしめるたびきゅっきゅっと鳴き砂のような音を立てる雪の絨毯にスニーカーを埋もらせながら、ホテルへの帰路を急いだ。
 いかにも金沢らしい古い町家を改造した居酒屋<弥乃助>で棄け酒をあおったせいでかなり酩酊している。新雪に足を取られそうになってよろめく。
 さらさらした雪でなく湿ったぼたん雪で素手で握った傘が重くなる。手袋も長靴も用意してこなかった一場の旅人ゆえ、手はかじかんでくるし、スニーカーの中に雪が入り込んで冷たい。
 宿は犀川に面した洒落たペンションで、彼女にプロポーズするつもりでネットで探したプチホテル、眼下に雄壮な犀川が見下ろせる。自然環境に恵まれた立地というのが気に入ったのだ。彼女は川とか湖とか海などの水辺が好きなのだ。これなら気に入ってもらえそうと、一泊朝食付き一万二千円は懐に痛かったけど、奮発して予約したのに、肝心の相手に見事にすっぽかされてしまった。
 彼女はキャリアウーマン、東京の雑誌社に勤めている。金沢への週末旅行にはひとしお乗り気だったにもかかわらず、どうしても外せない取材が入って週末返上で信州に行くことになったとかで、プロポーズ作戦ははなから頓挫した。それはないだろうと舌打ちしなが、ぼくは濡れて不快になったスニーカーの爪先で雪を蹴散らした。くそ面白くなかった。棄けであおった地酒が喉元まで逆流している。町家を改造した高級居酒屋だって、彼女がネットで見つけて素敵、ここに行ってみたいと言ったから高いのに目をつむって予約したのに、いっそのこと全部キャンセルしてしまおうかと思ったが、金沢には一度行ってみたかったし、やけのやんぱちで男独りの旅を楽しんでくることにした。後で彼女によかったぞーっと羨ましがらせてやりたかった。が、やっぱりどこかにすっぽかされたことのわだかまりがあって、ペンションの最上階の見晴らし抜群のテラス付きツインルームに案内されたとき、ベッドが二つの部屋に男がたった独りで泊まる馬鹿らしさがぶり返してきて、またしても怒りが込み上げてきた。
 どうせ俺より仕事が大事ってわけだよな、俺の存在なんて所詮その程度、くそっ、彼女が寝るはずだった枕の片方に八つ当たりした。
 こうなったら旅先のアバンチュール、居酒屋でハントするかと思い直して出かけた先は、カップルで満席、一人キャンセルになった旨告げると、カウンターに案内された。銀座で修業したというオーナーシェフの作る和洋折衷料理は申し分なかったけど、琥珀色の少し癖のある地酒が気に入って飲みすぎたせいもあって、のどぐろもからすみの美味もわからなくなった。やはり、そばにいたはずの女(ひと)の不在はこたえていた。どこかで憂さ晴らしの気持ちもあったと思う。ハントどころでなく、それらしき独り旅の女性客がいなかったことも無論あるが、なんだか寂しい男の独り酒になった。
 マスターが気を遣って声をかけてくれたが覚えているのは、明治時代に祖父が酒屋を営んでいて近隣の農夫に振舞っていたというそもそもの開店由来のエピソードくらいで、あとは酔いが回るに任せていた。ぼうっと酩酊した頭に思い浮かぶのは、恋人より仕事が大事な薄情な女の顔ばかりだった。
 ーーやーめた、やーめた、結婚はご破算だ。
 自分の胸に吐き捨て、ふらふらと立ち上がった。清算したら、福沢諭吉のお札が一枚飛んだ。まあ、あの凝った料理と美酒じゃしかたないかと観念して、財布を開けた。
 最後に渡されたオーナーの名刺を酔眼でたどると、従兄と同姓同名で親近感を覚え、地元の人間でもないのに、また来ると調子のいいことをほざいて店を出た。
 雪がちらつきだしていたが、節約するため、歩くことにした。この程度なら、川沿いの道を歩いて帰れば酔い醒ましになるだろうと、東京人ゆえ高をくくったのだ。スマホでマップをチェックしながらよろよろ踏み出したが、徐々に本降りになってきた。凍えるような寒さで幾分酔いは醒めたが頭がまだぼんやりしている。戻しそうになってあわてて口元を押さえる。これというのもあいつが……とまた愚痴が飛び出しそうになった途端、足元がつるりと滑り、路面にひっくり返った。傘が吹き飛んで、裸の頭に冷たい雪が降ってくる。
 そのとき、白いミトンの手袋が鼻先に差し出された。きょとんと顔を上げると、白い毛糸の丸い帽子に白い毛織のマントの、目の大きな、まるで雪の精のような女の子が立って、手を伸ばしているのだった。
 どうやら摑まれということらしい。親切心からとわかっていても、少女の手にすがるほどやわじゃないと男の意地でいきがって、自力で立ち上がろうとした途端、また滑った。えーっと、これって金沢弁で何というんだっけ、確か<きんかんなまなま>、路面が凍結してつるつるになること、物知りの彼女が教えてくれたことだ。
 情けないけど、差し出された手にすがった。したたかに尻もちをついた腰が痛かった。
「お兄さん、どこから来たの」
「東京だよ。君は地元の人?」
「そう見える?」
 女の子は謎をかけてきた。 それには乗らず、
「ありがとう」
 礼だけ言って立ち去ろうとすると、飛ばした傘を差し掛けられた。
「ありがとう」
 きまり悪げにもう一度礼を言って、踵を返す。ところが、少女はどこまでもついてくる。尾行されているようで気になってしかたない。
「君の家、どこ?」
「あたしの家もこっちの方角なの」
 という問答を何度か繰り返した挙句、気を取られていたせいで道に迷ってしまった。田舎の夜は早い。時計は十一時前だったが、真っ暗で雪は降っているし、灯りも乏しい。タクシーを拾おうにも、細い路地の人通りのないところで、どうにもならない。生憎、スマホのバッテリーも切れていて、道案内の用を成さなかった。
「お兄さんのホテル、なんていうの」
「ジュエリー・アイスだよ」
 いつまでも尾行されて癪に障ったが、ここは地元民の助けを借りるしかない。少女は先に立ってどんどん歩き始めた。
 酔いは半ば醒めている。ようやくたどり着いたときはほっとした。
「ありがとう。助かったよ。君の家はどこ、寄り道させちゃってごめんよ。お母さん、こんなに遅くなって心配してるだろう」
「平気よ。お兄さん、あたし、温ったかいココアが一杯飲みたいんだけど」
 道案内してもらった手前、それくらいのお礼はしなければならない。幸いにも、下のコーヒーショップが開いていた。
「じゃあ、ココア飲んだら、まっすぐ帰るんだよ」
 と言い聞かせ、店の奥で向かい合った。少女が雪で濡れた白い帽子とマントを取った。中から真紅の天鵞絨(ビロード)のドレスが顕れた。めくるめく鮮やかさにぼくはどきんとなる。それに少女と思い込んでいたけど、白い外套を剥ぐと、思ったより大人なことに気づいた。多分、十代後半……。
「君のうちはここから近いの」
「あたしのうち? あたしのうちは雪のお城、氷の女王様が君臨してるのよ」
 わけのわからぬことを言う相手を上目遣いに探る。なんか厄介なことに首を突っ込んでしまったみたいで、にわかに悔いが湧き上げてきた。
「君、自分の行き先、わかってるの」
「もちろん。でも、今夜はお兄さんとこ、泊めて」
 それはやばい、困った、狼狽しているまもなく、少女はココアを飲み終えると立ち上がって先に立ってどんどん歩きだす。フロントを突き抜けて、勝手知ったる顔でエレベーターの前に立つ。レセプションからキーを受け取ったぼくは、あわてて追いかけた。オーナーはぼくの連れが遅れてたどり着いたと勘違いしたようで怪しまれなかった。
 警察に預けるにしても、この雪とこの時間じゃ今から大変だし、どうしようかとあたふたしながら、少女を追った。後ろでリボンを結わえる形になった真っ赤なビロードのベルトが、熱帯の緋蝶のように目の前をひらひら飛んだ。
 ま、いいか、ひと晩だけ預かって明日派出所に届けよう。幸いにも、ツインを取ってあるしと、ぼくは妥協した。鍵を開けると、少女は跳ねるように室内に転がり込んだ。
「わあ、素敵な部屋、見晴らし抜群、犀川が見下ろせるのね」
 少女は、ベランダのガラス戸越しに外界を見つめた。雪の膜で閉ざされた視界は、青白く光っていた。眼下に流れる黒い河も降りしきる雪の帳に覆われて定かでない。対岸の家並みも、坂の上の木立ちも、雪化粧し、黒い屋根瓦は白と黒のタイル張りのように変わり、樹氷がガラス細工のようにきらめいている。河原もほぼ真っ白に染められつつあった。
「お兄さん、あたし、眠くなってきた。先に寝(やす)んでいい?」
「ああ、窓際のベッドを君に提供するよ。今日は道案内ありがとう。明日はちゃんと君の家まで送っていくから、ようく眠るんだよ」
 少女は服のままでベッドにもぐり込み、毛布の中でごそごそやっていたが、赤い天鵞絨のドレスをブランケットの端からカーペットの上に落とした。
 ぼくは少しどきんとした。少女はみじんもぼくを疑わず、いたって無邪気だった。よこしまな気持ちはいつしか消えていた。
「お寝み」
 少女は瞼(まぶた)をつむると、スヤスヤと軽い寝息を立て始めた。
 ぼくは、少女が寝入った後、カーペットの上のドレスを拾い上げハンガーにかけた。不思議な素材でできたきらきら光るドレスで、生成りのシルクがハンガーに通すとき、きゅっきゅっと鳴った。
 少女の寝顔は天使のように愛らしかった。恋人にはすっぽかされたけど、このように謎めいた少女との降って湧いたような一夜というのも、旅の醍醐味として悪くないなと、気分を持ち直し、しばらく夜の雪を堪能した後、ドア側のベッドにもぐり込んだ。彼女に秘密を持ってしまったことが少し後ろめたかったが、黙っていれば済むことだと自分に言い聞かせ、床についた。
 目覚めると、少女の姿がなかった。ベッドはもぬけの殻で、ひやりとしたが、バスルームから威勢のいいシャワー音が聞こえてきてほっとした。カーテンを引くと、たった一晩で雪が五十センチくらいに降り積もっており、唖然とさせられた。
 テレビをつけると、大雪警報が出ていた。交通渋滞はおろか、バスは運休、飛行機もキャンセル、平常通り運転しているのは雪に強い新幹線だけだった。飛行機できたぼくは早速航空会社に電話してキャンセルを告げられ、愕然とした。まったく観光どころでなくなってしまった。まだ金沢城と兼六園くらいしか観てないのに、この雪じゃあ、どこにも行けない。それどころか、予定通り明日の便での帰京もかなわない。
 そのとき、裸身にバスタオルを巻きつけただけの露わな姿で少女が現れ、ぼくの度肝を抜いた。なんという無防備さだろう。ぼくだって一応、男なんだぞ。ぼくはコホンと咳払いし、顔を背けたままハンガーのドレスをとっさに手渡した。
「ありがとう」
 無造作に受け取った少女は亜麻色の巻き毛からきらきらしずくを垂らしている。
「ぼくはバスルームに行くから」
 少女はこくんとうなずく。まつげの長いつぶらな瞳は濡れて、吸い込まれそうに青みがかっていた。
 顔を洗って歯を磨いて戻ると、少女は、ベランダの戸を開け放って、夜のうちに降り積もった豪雪を楽しそうに見下ろしていた。
「ひと晩でこんなに降り積もるなんてまるで異次元の世界ね。どこもかしこも真っ白、なんて美しいのかしら。あ、つららが出来てる」
「風邪を引くよ。中に入ったほうがいい」
 と促し、あわてて戸を閉める。暖房に温(ぬく)まった室内がベランダの周辺だけひんやりしていた。
「あたし、雪のお城から来たから、寒さはへっちゃらよ。つららのアイスキャンディーは大好物よ」
 少女は手で折ったつららをおいしそうに嘗めだした。それにしても、この雪じゃあ、外を歩くのは大変だ。派出所って、どの辺にあるのだろう。早くこのとんちんかんな少女を保護してくれる場所に預けてしまいたかったが、雪に降り込められていかんともしがたい。かといって、一晩部屋を分かち合ってしまった以上、ペンションのオーナーに言っても、誤解されるだけだろうし。ぼくは頭を抱え込んだ。
「ねえ、お兄さん、あたし、おなかが空いた。下のコーヒーショップで朝食が食べたいな」
 ブレックファースト付きだったので、ルームサービスが時間になれば届くはずだが、地元の人からの雪情報も知りたかったし、下まで降りて食べることにした。

「明日には、さらに降り積もるとの予報が出てますよ。今のうちに近くのスーパーで食料買い込んでおいたほうがいいですよ。うちでも軽食ぐらいならできるけど、物流が滞るとパンとか入手できなくなるので」
 帰りの便がキャンセルになったとぼやく客に、オーナーは気の毒がりながら、詳しい雪情報がてら地元民ならではの聞き捨てならぬ警告も忘れなかった。とりあえずは食料の買い置きだ。
 少女のことはさておき、まずは飢え死にしないよう、スーパーに買い出し、食料の確保だ。朝食後、少女を部屋に残し、独りで出ようとしたら、道案内がてらついていくと言い張る。
 五十センチの雪中をスニーカーで渡るのは大変だった。上部に毛皮のついた白いブーツ着用の少女はさすがに地元民で慣れたもの、すいすいと雪中を泳ぎ道を踏み固めていく。ぼくはその後について、何とか徒歩二十分のスーパーにたどり着いた。
 オーナーに言われた通り、パンは売り切れで棚は空っぽだった。とりあえず腹にたまるものなら何でも買い込んだ。カップラーメンや出来合いの惣菜、おにぎり等々、たっぷり三日分の食料を買い込んで、今来た道を引き返したが、さらに新雪が降り継いで歩行を困難にした。
 スニーカーが雪中にずぼずぼのめり込んで引き出すのが一苦労だったが、少女はすいすい雪面を滑るように渡り、靴底がめり込まないのが不思議なほどの鮮やかな足取だった。
 降りしきる雪の中、駐車場の雪掻きにいそしむ人がいて、旅人から見れば美しい雪景色も、北国に住む人には苛酷な現実であることを、東京から来たぼくはしみじみと痛感した。
 後にも先にも、こんな大量の雪を目の当たりにしたことは初めてで、仰天させられた。
 それから三日間、ぼくは謎めいた少女と、ペンションの一室に軟禁させられることになる。翌朝目覚めたとき、雪の嵩は七十センチに盛り上がっていたのである。
 対岸の家々の屋根瓦に積もった雪は山高帽子のように盛り上がり、河原は分厚い白に塗りこめられていた。
 少女はどこ吹く風で雪を楽しんでいる。目を離すと、ベランダの戸を開けて吹雪が舞い込むのも構わず、飽かずに白一色の下界を眺めおろしている。
 何度訊いても、少女の住処(すみか)は判然としなかった。
「雪が納まったら、君をしかるべきところに連れて行くからな」
 ぼくは脅すように念を押した。少女は年がいくつなのかもわからなかった。高校生なのか、大学生なのかも、本人は黙秘で答えなかった。
「お兄さん、心配しないで。あたし、ちょっと遊びに来ただけだから。そのうち、元の世界に帰っていくわ」
 と言うだけだった。
 三日目八十センチを越えて、ひとまず積雪は納まり、ぼくはほっとした。この間彼女から何度も電話があったが無視、そのうち面倒くさくなって電源を切った。会社には連絡済みだったが、新幹線で帰って来いと命じられた。
 しかし、その前にこの得体の知れない少女、どこから来てどこへ行くのかわからない少女のことを何とかしなければならなかった。
「頼むから、いい加減意地を張らないで君の住んでるとこ、教えてくれない。送っていくから」
 誘拐容疑で指名手配されやしないかと、ぼくは内心びくびくおびえていた。ぼくの不安をはぐらかすように少女は、
「だから言ったでしょ。雪のお城って、それはそれは怜悧な美貌のお姫様が君臨してるのよ。あたしはそこからスパイとして派遣されたの。別の惑星、地球の日本にある金沢というところに雪の調査に」。
 「SFの読みすぎだよ」と苛立つ声をあげそうになるのをかろうじて抑える。やっぱりこの子は少しおかしいんだろうか。とにかくこのままにしといても埒が明かない。明日には何とかけりをつけよう、雪もどうやら納まったことだし……。
 その夜は、下のコーヒー店でディナーを摂った。といっても、物流が滞っているので、パスタとピザくらいしかなかったが、少女はおいしいと言って喜んで平らげた。ワインが飲みたいと言ったので、未成年じゃないかどうか確かめてオーダーした。この時点で、ぼくは初めて、少女が二十歳を過ぎていることを知ったわけだ。それはさておき、これが彼女とぼくの最後の晩餐になるはずだったので、年齢詐称の恐れは無視して、赤と白一本ずつ奮発した。
 心地よい酩酊に浸りながら、雪に降り込められた不思議な少女との三日三晩を反芻した。ちょっとメルヘンチックで、甘酸っぱいおとぎ話のような……。
 四日目の朝、少女は身支度を整えた。丸い白毛の帽子を被り、真っ白なマントを肩にふわりと羽織り、白い毛皮のブーツ、雪の中にあっては見分けがつかない白一色の外装の下には、真紅の天鵞絨のドレス……。
「それでは、さようなら。雪のお城に帰ります」
 目を離した隙に、ベランダに飛び出た少女は止めるまもなく、真っ逆さまに地上に身を躍らせた。
 名残の降雪に混じった白い少女は見分けがつかず、少し大きな雪の精に見えた。天から降りしきる雪時雨に紛れて宙に消えていった。長いマントから真紅のドレスの裾がひらりと翻り、真っ白なキャンバスに鮮やかな紅の華が一輪咲いた。


エピローグ(東京・麻布の喫茶店)

「ねえ、いったいどうしちゃったのよ。さっきから何聞いても上の空で。あなた、金沢から帰ってから少し変よ。大雪を心配して何度も電話してたのに、全く応答なしで、うんともすんとも言ってこなかったし。やっと戻ってきたと思ったら、何聞いてもはかばかしくない返事ばかりでぼんやり放心状態、私がすっぽかしたこと、まだ怒ってるの」
「ん、いや」
「なんか毒気を抜かれてしまったみたい。気のない返事、ねえ、この埋め合わせはきっとするから」
「じゃあ、来週末でも、どっか行こうか」
「あ、ごめん。来週末はちょっと。岩手に行くのよ。雪女の伝説の里を訪ねてーーというテーマで」
「雪女あ?!」
「そう、雪女。何よ、その顔、まるでほんとに見てきたみたいな顔して。この間の北陸の大雪で、目撃したとか言いだすんじゃないでしょうね」
「いや、その……。雪女ってほんとにいるのかなあ」
「私も下調べとしていろいろ当たってみたんだけど、俳句の歳時記の天文という気象の部にちゃんと雪女って載っててね、単なる雪国の幻想譚なら、人事とか生活のカテゴリーに入るはずなのよ。だから、やはり実際に木こりが山で雪女的現象を見て語り伝えたのではないかと思うの。人の形をした雲とか、人の顔をした樹氷とか……」
「もっと科学的な説明はつかないの」
「一説によると、人の影っていう話よ」
「人影?」
「冬場のスキー場のリストのところで撮影したという雪女の写真があってね、まさにそうとしか見えないのよ。ブロッケン現象と呼ばれているものらしく、後ろに太陽があって雲があったりすると、こういう光輪、ブロッケン現象が起きるみたいよ。人の影があって、そこを中心にして虹色が広がっていく現象、虹色になるって、女神か天女みたいね。山の中で目撃すると、あまりに神秘的な現象なんで、ご来迎とか、阿弥陀如来の降臨のように信じられているそうよ。ところで、この不思議な光現象なんだけど、驚くなかれ、自分で作れるらしいのよ」
「へえ?!」
「霧が出ているときに、車のライトをハイビームにして車の前方を歩いていくと、ブロッケンができるそうよ。あと、白い虹ができるらしい。虹って七色だけど、水滴が光を分光しているから七色になるのであって、もっと小さな粒でやると、さまざまな色が重なって白い虹になるとか。つまり、雪の中で偶然このような条件がそろって白い虹に包まれた人影を見たら、もう絶対雪女って思っちゃうってこと。そういう現象を山の中で見た木こりや猟師が、わしは雪女に遭ったんじゃ、誰にも言うなと吹聴し、子供らに夜語って聞かせ言い伝えになった。いずれにしても、雪女伝説とは実は、自分の影の投影だったなんて、夢のない話よね」
 彼女の蘊蓄は延々と続いている。ぼくはいつしかまた上の空になっている。あの子がぼく自身の影の投影だったり、誰かの影だったなんて断じてありえない。あの瞬間まさにベランダから身を躍らせた寸刻後、ぼくは周章狼狽して地上に駆け下りたけど、死体らしきものはどこにも見当たらなかった。雪がクッションになって助かってどこかにとんずらしたのかもしれないと、雪面に広がる真っ赤な血潮を想像して顔面蒼白になっていたぼくはほっと胸を撫で下ろしたものだ。翌朝もう一度、陽の光の中で念入りに調べてみたが、何もなかった。ただ雪野が冬の弱陽に照らされて茫漠と白光を放っていただけだ。その午後の新幹線で帰京することになっていたぼくは、半ば安堵して半ば失望して踵を返した。
 そして、数歩歩いて、スニーカーの爪先が何かに当たり、雪に埋もれかかったあの子の白い丸い帽子を見つけたのだった。タンポポの綿毛のようなふわふわした手触りの帽子は雪に濡れてきらきら光っていた。帽子の下からまつげの長いつぶらな瞳がいたずらっぽくこっちを窺っているような気がして、どきりとしたものだ。ぼくの手には形見の帽子だけが残されて、可憐な雪娘がどこに消えたのか、今もわからない(了)。


<金沢最大の地元紙・北國新聞社が刊行する季刊文芸誌・北國文華の昨秋号に掲載され、好評を博した拙作を転載しました>
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「インド人には、ご用心!」再脚光を浴びる(推薦動画付き)

2019-02-18 20:28:14 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
2012年8月に上梓した「インド人には、ご用心!」(モハンティ三智江)が六年半を経て、またぞろ注目されている。

これは今はなき三五館から出版されたもので(旧三五館はなくなったが、辣腕編集者の一人がレガシーを引き継いで三五館シンシャを興し、現在も旺盛な出版活動中)、アマゾンのトップに踊り出、八重洲ブックセンターの平棚に掲げられたという輝かしい業績を誇るエッセイ評論集だ。同社の「ご用心シリーズ」の一環として刊行されたものだが、今でも面白いと言ってもらえ、関連取材も折々舞い込む。
まあ、私にとっては、宣伝になるという意味ではありがたい既刊書なのだが、昨年11月に、FM福井の「空飛ぶ文庫」というラジオ番組にゲスト出演した際も、同書をまな板にインドの魅力を語るというテーマで、好評を博したものだった。

現在息子に頼んで、福井在住の旧友M31さんが起こしてくれた同番組のCDをユーチューブにアップ中なので、出来上がり次第、ご紹介したい。
それと、最近ユーチューブをチェックしていたら、偶然同書を推薦した動画も見つけたので、併せて紹介しておく。
【モハンティ・三智江】人の目を気にする必要がない「インド人には、ご用心!」モハンティ・三智江
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イミグラントの句座(2月13-14日)

2019-02-16 16:43:01 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
2月13日

中潮や三日月肥えて半円(はんまどか)

落陽や海際かかり朱金(あけがね)に

2月14日

サフランの日輪没す陸(おか)寄りに

手漕ぎ舟波間漂い木の葉ごと

内海に素朴な手漕ぎ出漁や

釣り人のバランス危うし波襲い

釣り舟や船首上下し波乗りて

オール漕ぐ手先鮮やか波越えて

釣り舟やゆらゆら振れて波任せ

手漕ぎ舟波に揉まれてゆら上がり

サーフィンの木の板ごとし浅瀬漁

釣り舟や波を操り魚(うお)掬い

脱稿やこれが最後と力こめ

脱稿や独杯あげて次作考

あといくつ書けるや不安トライのみ

我が作の良否わからず不安増し

闘わず不如意の生受け入れて

老い重ねまだ見える人羨まし

低気圧肩と背だるしヨガ薬

ヴァレンタイン局長に原稿プレゼント

敬チョコを贈りし去年(こぞ)今年パス

憧れの男(ひと)はおれども遠目のみ

追いかける気力もなくて恋日照り

ヴァレンタイン息子にwhat's upメッセージ

年々とチョコ贈る習性薄れ

ヴァレンタインインドは汗ばむ季節に

ヴァレンタイン自分に贈るキットカット

ヴァレンタイン初夏のチョコプレゼント

寂聴師句は遊び小説真剣と

作家より詩人が偉いと断言し

俳人や六十代はまだヒヨっ子

五七五老病向きの文学や

旗幟明(あか)くイミグラントの俳人たれ

移住者でなければ書けない文学を

エスニック文学の旗手たれ

イミグラントの苦悩吐露せん

苛烈なインド移住者たれ

アイデンティティクライシスの句を

インド人でも日本人でもなく

日印の狭間でもがくイミグラント

両国の奈落に落ちて煉獄や

移住先でも母国でも孤立して

日本人の尾っぽ今尚くっつけて


<熾=もゆる>
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インド一のラッパーになる予感

2019-02-13 19:04:08 | 私・家族・我が安宿
昨朝、息子がベースのある南インドのバンガロールへ戻った。
当地プリーで行われたチャリティーショーにゲスト出演するためと、私用で戻ったのだが、久々に差しで飲めてじっくり話せてよかった。

BIG DEALという芸名でラップミュージシャンとして活躍する息子は、インドのラップブームの波に乗って知名度がぐんと上がり、とくに地元のオディッシャ州では大人気。つい最近発表した三作目の現地語ラップも短期に視聴回数・五十万弱とヒットし、快進撃である。
次の二作も、ナヴィーン・パトナイク州首相支援のコマーシャルラップとなりそうだ。インドは4月に総選挙を控えており、当州議員選挙も同時開催されるのだ。

与党のビジュ・ジャナタ・ダル党首で現州首相のナヴィーン・パトナイクは第五期めを目指すが、クリーンなイメージと政治的辣腕で州民に圧倒的人気を誇る。
BIG DEALはあと二曲、選挙支援ソングを頼まれており、選挙カーに同乗してのライヴパーフォーマンスも所望されている。

それはさておき、今年は母国語ヒンディ語によるラップも発表予定で、当たって成功すれば、ボリウッド映画の主題曲に選ばれることも夢でない。本人は、インドNO1になる予感があるそうで、さて彼のインスピレーション(直感的閃き)は当たるや否や。

息子の成功はうれしいのだが、スターになるにつれ、どんどん遠くなる寂しさも感じている。それでも、自信満々の彼のオーラは眩しく、刺激になる。私もがんばらなくっちゃと、長年の懸案の移住をテーマにした小説に取り組まねばと思うのだが、目下どこからとっかかっていいのやら白紙状態。習作が一本あるのだが、金沢にベースを作る前の作品なので、書き直さなくてはならない。結構重いテーマなので、エンジンがなかなかかからないのだ。

急がないといけないのだが、行け行けゴーの大快進撃の息子に比べ、のろのろ模索している状況。いろいろ見つめなおす時期に来ており、瞑想しているときが一番落ち着く。つまり、金沢の動からインドの静に戻り、どっぷりつかっている現状で、アクティヴな状態からは程遠い。

来月中には帰国予定なので、ひとつとっかかりがつかめると、あとは容易なのだが、もう少し座って(瞑想して)考える時間が必要のようだ。

息子との赤ワインパーティーでは、日本製マヨネーズで特製ポテトサラダを作り、日本のツナ缶でツナサンドも作ったら、とても喜ばれた。太陽マークのSULA、現地製ワインもおいしかった。
今月中、もしくは来月中に仕事関連で再帰郷予定の息子、また一緒に飲むのが楽しみだ。

みなさん、BIG DEALをご支援のほどよろしく!!!
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イミグラントの句座(2月4・5・11日)

2019-02-13 19:03:07 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
2月4日

大入日ママーレドごと蕩け燃え

雲間より洛陽覗きサフラン彩

こぶ牛の芥漁りて自然処理

2月5日

少年漁網に掬うは小魚や

瀬網漁両端持ちて獲物掬い

小魚の網に絡まりぴち跳ねて

汀漁小魚跳ねて網の檻

水鏡入日映して朱(あけ)帯や

朱(あけ)の日のゆらゆら浅瀬に帯流し

ケーキ屋へパイの誘惑避けがたし

視力アップメグスリノキの効能や

よく見える錯覚またはメグスリノキ

メグスリノキ肝機能も促進と

漢方で肝と目はつながりありとや

2月11日

聖海や花環の骸(むくろ)吐き出して

聖海や花弔いのセレモニー

手をつなぎ五人家族の波遊び

花残滓浜にあげられサフラン黄

花織りの砂タペストリー鮮やかや

原色に浜を彩る花骸(はなむくろ)

価値ありやもろ犠牲にし書き続け

インド一ラッパー子息の予測して

インド一夢膨らみてラッパーっ子

スターっ子うれしき裏で遠感ず

スターっ子我が手離れてファンのもの

スターっ子自分の息子じゃないみたい

スターっ子オーラ眩しき目細め

輝かしラッパー子息に刺激され

輝かし息子の成功吾もと鼓舞

ユーチューブアップの仕方教わりて

テク強き息子が教師ユーチューブ

簡単に動画作成驚きや

声発信トライも楽し還暦後

手始めはベンガル湾や我が愛しの

海写真卒業して次動画

海動画俳句も添え送ってみん


<熾=もゆる>
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