インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

母にささげた受賞記念の楯

2013-11-25 10:32:19 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
昨日日曜、足羽山にある荒木家墓地の墓参りを済ませ、母に会いに行き、このたびの受賞報告、たいてい塞いでいることが多いのだが珍しく元気で、とても喜んでもらえた。

副賞の楯はすでにお知らせしたとおり、佳作にしては立派で、モスグリーンの背景に青磁の陶器製で竪琴を弾く裸婦が浮き彫りになったものだ。下に作品名と作者名が掘り込まれている。
本日一泊させてもらう叔父宅で披露した後、また母宅に戻す旨告げると、予想以上に喜んでくれたので、私も嬉しかった。
楯を一瞥したとき、とても素敵だったので、これは母に進呈したら喜んでもらえそうと直感したのだが、弟はせっかく自分が獲ったのだからインドに持って帰れというし、どんなものかと思っていたところ、見せてここに置いていこうかというと、母がとても喜んでくれたのでほんとうによったと思った。

はるばる帰福を決めた甲斐があったと思った、私にとっても幸福の一瞬だった。

やはり、この楯は人生の波風を84年乗り切ってしたたかに生きてきた母にささげたい。
私の受賞記念というより、作品のモデルになった母本人こそが受け取るにふさわしい。

そういえば、2011年のアジア文化社文芸思潮誌主宰の奨励賞受賞作「虹の魔窟のブローカー」も、作品のモデルとなった故イスラムブローカー、ヌー・モハメッドにささげたもので、授賞式には代理を差し向けてその旨読み上げてもらったものだ。
ヌー、作中名アリで登場するブローカーの親玉がカルカッタの安宿街サダルストリートに君臨した華やかな時代(80年代後半)があったということ、私の作品で称揚しなければ無名で消えてしまう一インド男性の人生にスポットライトを当てられたことが誇りだ。

ふっと、26年という長い付き合いにわたる友人Fをモデルに、破天荒な男の一代を書いてみようかとの案が浮かんでいる昨今、こちらも完成したら、そのお世話になりっぱなしのFにささげる作品になるはずだ。
先般古希を迎えたばかりというので、何よりの古希祝になるとも思っている。

ちなみに、Fの人生はドラマチックで、小説の主人公素材としては申し分ない。ただところどころ詳細が不明なところもあるので、折々メールでたしかめながらの執筆になるだろうか。
ただし、F本人から許可が下りるかな。
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授賞式後の撮影

2013-11-23 19:57:50 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
このたびの帰国旅行の一番の目的である授賞式を終えて、ほっと一息。
佳作にもかかわらず、立派な楯を戴き、感激した。
賞状も大判で、出席者は二十名に満たないこじんまりとした式だったが、満足。
思い切って帰国を決めた甲斐があったと思う。

昨年一月の文芸思潮の二百名近くが集った式に比べると、あまりにもマイナーだが、地元紙ということで、親しみも湧き、リラックスして出席することが出来た。
審査員の先生方や受賞者、社長さんなどともざっくばらんに歓談、応募総数の稀少さも指摘して、先生方から福井出身者や福井ゆかりの資格者という限定ははずせないが、小説の背景を福井ゆかりにしたら、応募の幅が広まるのではとの意見も出された。

私は正直に、でもあまり増えたら、競争がそれだけ激しくなるのでと漏らし、失笑を買った。しかし、32編では少なすぎるので、せめて百編台にもっていければ、この賞の活性化につながると思い、指摘してみたわけだ。

全て終わって、私は出席者全員に、2011年上梓した「車の荒木鬼」を寄贈、名刺も配り続けた。

事後、五階の編集局でデスクの千秋さんと、原稿の著者校正についての段取りの打ち合わせ、雑談も交えながら、インタビュー記事を書いてくれた藤記者の帰還を待ったが、五時過ぎになるというので、いったんホテルに戻って荷を置いて出直した。

再訪すると、藤記者はすでに帰社しており、入り口のソファで三十分近く記事の御礼もかねて歓談、また千秋デスクと打ち合わせ後、社を辞しかけたところ、藤さんが写真を撮っておいたほうがいいのではとおっしゃる。
実はすでにカメラマンの方に式後撮っていただいたのだが、肖像写真で、横顔の話しているところなどのざっくばらんな表情が必要とのことで、撮影してもらうことになった。
千秋さんとソファに座って雑談しているところを撮ってもらう。
これで一安心と思って、個人的にこの写真を使えるかと聞いたところ、これはあくまで新聞記事用なので不可とおっしゃる。

千秋デスクが、私が式の間デジカメ撮影していたことを思い出し、藤にそれで撮ってもらったらと薦めてくださったので、お言葉に甘えて、藤さんに自前のカメラで撮影してもらった。

ナチュラルな表情の写真がおかげさまで撮影できて、ありがたい限りだった。
このところ写真が必要な機会が重なり、まともな顔写真を持っていなかった私は、帰ったら、誰か友人に撮ってもらおうと思っていたのだ。藤さんが機転をきかしてくれたおかげで、撮影できて感謝感謝。

イメージというのは大事だ。

当座はこれでいくが、ほんとはインド在住者にふさわしい少しミステリチックな写真が望ましいのかもしれない。

しかし、次の受賞を見越しての撮影ということにもなり、なんとなくゲンを担いだ縁起のいいものとなった。

つまり、来年も受賞するということだ。
ただし、万年佳作か万年二席で、応募資格を失わないようにし、毎年掲載されることを祈る。


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ふくい新進文学賞授賞式

2013-11-23 19:22:17 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
本日11月23日午後二時、県民福井会館6階ホールにて、「ふくい新進文学賞」の授賞式が行われた。
徒歩で十分と離れていない近場に泊まっていた私だったが、一番最後に会場にたどり着いたようで、着席するやすぐに式が始まった。

日刊県民福井(中日新聞傘下の発行部数五万部の地元紙)の藤本直紀社長様の祝辞に始まり、元日本海作家同人の張籠(はりこ)二三枝さんの寸評後、表彰式、「風が吹くとき」で見事一席を射止められたあずま菜ずなさんはじめ佳作賞の私(「ゆきのした秘恋」李耶シャンカール)含む六名の受賞者に賞状とトロフィーもしくは楯、賞金もしくは図書券が授けられ、一時間ほどで簡素に式は終わり、懇親会に入った。

ちなみに、佳作賞の私は大判の賞状と楯、モスグリーンの背景に裸婦が青磁色の陶器製で立体的に浮き彫りになり、右肩に紅白のリボンが飾ってある。ちょっとした飾りものにもなり、これは母に進呈したら喜んでもらえそうで、わくわく。 

コーヒーとロールケーキが運ばれ、和やかな懇親会が始まり、ここにいたって受賞者が一人ずつスピーチする機会が授けられた。

私はスピーチ原稿を持参していたので、それを読み上げたが、途中で母のくだりになると、感極まって言葉が途切れてしまった。
なんとか持ち直し、最後まで読み終えた。
以下はそのスピーチ内容。

「このたびは、拙作がふくい新進文学賞の佳作賞を受賞し、大変光栄に思っております。
受賞作「ゆきのした秘恋」は母が折々語ってくれた若い頃の逸話を元に想像を膨らませたもので、活字になったら親孝行ができるとの思いでしたためたものでした。元々は二年前上梓した亡き父の伝記小説「車の荒木鬼」から落とした100枚ほどの草稿でしたが、大幅改筆し、短編小説に仕上げたものです。
大地主の旧家で何不自由なく育ち才色兼備ともてはやされた主人公百合子が、太平洋戦争という暗い時代風潮に投げ込まれ、福井空襲、農地解放後の家の没落、果ては福井大震災による妹の死、いとことの破談と、運命に翻弄される姿を描いたものです。
主人公の物書きになりたいとの夢、自立への希求も、封建的な風潮に摘み取られ、トラウマが重なるなか、文学への興味を同じくするいとことの交流のみが唯一の慰め、結局結ばれることはなく、望まぬ結婚へと追い込まれていく人生の暗転は、そのまま母の運命をなぞったものでもありました。

今年八十四歳になる老母にも華やかで美しい青春時代があったことを賞揚したくて、書きましたので、佳作賞を戴き、活字になると知って、感無量でございます。
インドに嫁ぐなど親不孝の限りを尽くしてきましたが、この作品でせめてもの罪滅ぼしができたかという感じです。
作品と併せてこのたび戴きました賞は、母に捧げたいと思います。人生の波風を八十四年乗り切ってしたたかに生きてきた母の健闘を讃えて謹んで進呈したいと思います。なお、タイトルの意味ですが、植物のユキノシタの名前の由来は白い花を雪に見立ててその下に緑の葉があるからとの説がありまして、雪の下に萌えいずる秘められた恋というような意味合いと、花言葉が恋心、切実な愛情という潜在的意味も重ね合わせてあります。

ついでながら、李耶シャンカールというペンネームの由来についても一言ふれさせていただきますと。リヤとはインド語でシンガー、歌い手を意味し、ほかに優雅なとか、花という意味もあります。シャンカールはインドの代々受け継がれた阿じゃり制の苗字です。ノンフィクション用のペンネームとして使っている夫姓の本名モハンティ三智江は二番目のカースト、クシャトリアのくしくもライターカーストにあたりますが、シャンカールは最上の僧侶カースト姓になります。
僭越ながら、優雅な華のある散文詩人という意味合いになるこのスピリチュアルなペンネームには、大事なメッセージを伝えていく使命がこめられているように思い、私のお気に入りです。

最後に、つたない作品を佳作賞にお選びいただきました審査員の先生方、関係者の皆様に改めて篤く御礼申し上げますとともに、次回も福井ゆかりの作品を書いて上位入賞を目指すべく、再チャレンジしたいと思います。
このたびはまことにありがとうございました」
!」
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ロベールデュマのシェフ特薦メニュー

2013-11-23 09:53:14 | 食・健康
昨日の午後四時半ごろ、無事福井のパレスインにチェックインしたが、金沢のホテル(フォレストイン、一泊シングル素泊まり3500円)にレンタルケータイの充電コードを置き忘れてきたことに気づき、パニ食った。
すぐに電話して、送ってもらう手はずを整えたが、電池が切れかけているケータイは使えず、電源を切ったまま。

しかし、友人連中とはほぼ、メールで連絡がついているので、オーケーだ。

今回初めて泊まった福井パレスインはシングル、朝食込み3500円。
いつも利用していたエコノ福井駅前より300円安い。
素泊まりだと、3000円の安さだ。
快適度はエコノのほうが勝るが、旧設備でもこじんまりとアットホームな感じで、バイキング朝食も、肉団子と筑前煮がおいしかった。味噌汁がインスタントだったのがちょっと残念だが、久々においしい福井米をたらふく食べた(ちなみに、エコノは和洋朝食バイキング)。

さて、一昨夜弟に案内してもらった金沢・東山茶屋街の旧家を改造したフランス料理店、「ロベール・デュマ」のメニューについて付記しておこう。
以下が、私が戴いたワインとフランス料理の前菜・メインディッシュメニューだ。

★ワイン
1.ボジョレ・ヌヴォー白(細口の試飲グラスで軽く一杯、濁りのある酸味の強い新酒だった) 
2.Louis Jadot(ルイス・ジャドット)白(新酒とちがった熟成ワイン、フルーティーでさわやかな辛口) 
フランス・ブルゴーニュ地方の、1850年来の歴史を誇る200ヘクタールの広大なワイナリーで厳選されたシャルドネぶどう種を名匠ジャック・ラルディエールの巧みなブレンド技術によって造成されたもの
3.Chateau Montalon(シャトー・モンタロン)赤(甘みのほんのりある辛口気味)
4.もう一本モットクス(Mottox)だったか、名前がうろ覚えの本辛口のフランス産赤

★前菜とメインディッシュ・デザート
1.赤ピーマンのムースコンソメゼリー ウニ添え(ピーマンの香りがほんのり立ち込めるコンソメ味のゼリーカクテル)
2.デュマのカルパッチョ ジャルダン風(生の牛ひれ肉薄切り、ワインに合うオードブル)
3.パテ・ド・カンパーニュ トスカーナサラミ(こってりしたパテケーキと、フレッシュなサラミとワインの取り合わせが抜群)
4.バイ貝のブルギニョン風 オリーゴバケット添え(貝のこってりした風味、バター味の利いた香ばしいスープがフランスパンに合う)
5.仔牛のひれ肉のミラネーゼ シャピニョンソース(柔らかく上品な仔牛肉が口中でとろける絶品)
6.グラスバニュール(あっさり風味の口汚しのアイスクリーム)

東山ロベールデュマ
シェフ岩城秀史
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兼六園の紅葉と遊郭街のフランス料理店

2013-11-22 12:02:41 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
金沢のプチホテル、「フォレストイン」をチェックアウトした。
これから、福井に向かう。

昨日は、午後雨が止んだころあいを見計らって兼六園の紅葉も満喫できた。
兼六園に向かうまでの百万石通りの並木も黄色中心にところどころぱっと燃えるような赤に色づき、近代文学館の明治の洋館風ノスタルジーを漂わせる建物と合って、目を奪ったが、並木通りが尽きたところで、坂を上がっていき、300円の入園料を払って入った兼六園は、まさに紅葉の盛り、雨後で赤や暗赤、黄色、代しゃ、褐色の錦繍、翡翠色の池に照り映える鮮やかな樹木がまた美しかった。

金色に噴き上げるいちょうの大木、目が覚めるように赤いもみじ、オレンジや褐色に色づいた桜、雪吊り(雪の重みに耐えさせるため縄を円錐の放射状に架ける金沢の風物詩)された松の緑の対照がめくるめく鮮やかさだ。
いちょうの木の下には黄金のじゅうたんがびっしり敷き詰められ、ところどころ、赤やオレンジ、褐色の混じる錦織り風情、さくさくとナチュラルカーペットを踏みしめながら歩くことの贅沢といったらない。苔の緑と、赤・黄・茶のつづれ織じゅうたんが見事だ。いちょうの下は金箔を敷き詰めたようになっていた。

夜は、八時半から、金沢在住の弟夫婦と、弟の友人含め四人で、浅野川沿いの東山茶屋街の裏通りの旧家を改造した「ロベール・デュマ」というしゃれたフランス料理店でディナー、ワイン通の弟の薀蓄に耳を傾けながら、絶品の前菜、肉料理ともども赤白ワイン各種を堪能、ボジョレヌーボーの白も試飲できた。

弟に言わせれば、新酒は決してうまくないとのことだったが、確かに濁りと酸味があって、いつもの呑みなれた白とは違った。ボジョレヌーボーは一杯のみで、別の熟成白ワインを取り、次に赤二種と、凝ったフランス料理のオードブル、肉のメイン料理と共に楽しんだ。ワインはもちろん全部、本場フランス製である。

それにしても、弟がこんなにワインに詳しいとは、知らなかった。
また別の一面を見つけた感じだ。美食家ということになるのかもしれない。
店のまだ若い女性ソムリエまで、彼の薀蓄に耳を傾ける始末だった。
話題はもっぱらワインに集中、弟が「日本酒の神様」とあがめる友人(産婦人科医)も日本酒ならお任せとばかり、銘酒の知識をひけらかす。
岐阜の飛騨古川の「超吟しずく」というのが、彼にとってのベストなんだそうだ。
福井産では弟いわく、「黒龍」とか。

昨冬の弟のインド結婚式ももちろん、懐かしい話題のひとつに上がった。
親族友人、計16名でタージマハルを訪ねたのが何よりの忘れがたい思い出となった。

小京都といわれる金沢には和洋問わずしゃれた料理店が多いが、開店してまだ半年ちょっという「ロベール・デュマ」はなかでもお薦め。
場所は、東山の遊郭を再現した通りを一本外れた裏通り、旧家らしい、天井の黒みを帯びた太い梁を活かした瀟洒な内装、カウンター形式の二階家だ。
ただし、お値段はかなり張る。金沢市内で勤務医をしている弟と一部友人の支払いだったが、ン万円は軽く飛んだだろう。
 
期せずして、夜の浅野川、東山の旧家群、遊郭と観光気分も楽しめたのがよかった。

雷雨にたたられ、風もひいたが、紅葉も満喫し、美味なワインとしゃれたフランス料理も堪能、いい旅になったと思う。
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佳作受賞作「ゆきのした秘恋」関連記事

2013-11-21 11:40:24 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)




さる16日の日刊県民福井に「ふくい新進文学賞」受賞作品についての記事が掲載されたので、ご紹介したい。
佳作賞受賞の拙作「ゆきのした秘恋」についてのインタビュー記事も在郷の友人に送っていただいたので、冒頭に掲げさせていただいた。

以下は、同紙のネットニュース。

奨励賞を除いての受賞者の年齢はみな60代ー80代と高齢、私は最年少だ。
生死の重みがかかったセミプロ級の一席作品にはやはり、負けるという感じ。
上位入賞作はそのうちネットでも掲載されるだろうから、読んでみて今後の創作の参考にしたい。

式が23日と迫ったが、風邪をすっかり引いてしまい、声が枯れている現在、スピーチできるだろうかと心配。

本日夜、弟夫婦に会うので、そのとき医者の彼から風邪薬をもらう予定。

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雷雨、厳寒の北陸

2013-11-20 19:25:45 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
金沢の犀川付近、広小路にあるプチホテル、「フォレストイン」から。
一日中雨で、昼ごろから雷を伴い、今日はコンビニに雨中傘を差して、買出しに行ったくらいで、ホテルにこもっていた。

テレビで懐メロのショーをやっていたので見て、北国新聞と中日新聞を読んで、暖房の効いた部屋でのんびりくつろいでいた。

近年、グループサウンズの復活版とでもいうか、リバイバルが盛んなようで、テレビでも出てきたし、金沢でも、公演があるみたいだ。

雨の中、水色の鉄橋の犀橋から見渡した川辺の紅葉が赤や黄色に色づいており、美しかった。
橋の鉄架に等間隔にかかるガス灯に似た古いデザインの灯が雨に淡黄に滲み出して、郷愁をそそった。

ホテルの室内の窓からも、色づいた樹木が見渡せたが、四時半には薄暗くなってしまい、樹木は暗い朧ろなシルエットと化してしまった。

これから、屋上の展望温泉にでも行こうか。

冷え切ったからだが温まり、疲れが取れるかもしれない。

風邪気味でこのまま寝てしまいたいところだが。

と打っている間にも、驟雨を縫っての雷鳴。

天気予報では、授賞式の23日は曇りと出ていた。
なんにしても、予定通りバスチケットも取れたし、予約しないで行ったけど、フォレストインにも泊まれたし、東京の宿も決まった。
京都の宿もすでに取ってある。

12月3日は武道館で、タイガースのコンサート。
最前列のプレミアムシート。
コネあればこそ。
女友達と行く。
きゃあきゃあ、女子中学生時代に戻って、黄色い声援を送ってきまーす。

明日は兼六園の紅葉が楽しめますように。

京都の紅葉名所も無論、訪ねる予定。

まだインドを引きずっており、家族がちと恋しいが、徐々に日本のペースに慣れてくるだろう。
慣れたと思ったら、また帰印だが。
今回は地獄のイミグレの間一髪の危機も潜り抜けられたし、息子のおかげで格安チケット、タクシー、おいしい食事にありつけた。
息子の新しい貸間は五階の最上階で屋上スペースが広々してサイコー!
ベランダから仰いだ、赤紫の空にぽかりと浮かんだ白い満月が美しかった。
ハードワーク後の癒しのスポットとなっているようで、ハンモックに揺られながら、本を読んだり、眼下の町並みを見下ろしたり、不動産屋の斡旋というがいいところを見つけたもんだ。

ガールフレンドのほうが家賃が二倍高いだけあって、室内はたくさんあって広々しているが、屋上スペースが丸ごと自分のものになるというのはお買い得だ。

ホテルに泊まるよりも、ずっと気持ちよく過ごせ、息子が腕を振るってくれた馳走も食べれた。
カレー苦手の私も、食事に苦労せずに済んだ。

イミグレでは大パニックに陥って、息子と夫に電話を掛け捲り、迷惑を掛けてしまったが、息子の尽力で、事なきを得た。

明日から、紅葉も楽しめるいい旅になりますように!

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地獄のイミグレ突破後東京経由で雨の金沢へ

2013-11-20 13:37:13 | 
18日の午前三時のバンガロール発フライトで同日午後八時半成田着、スカイライナーで上野まで、日比谷線で南千住まで行き、なじみのほていやに一泊した後、夜行バスで金沢へ、今朝二十日の七時半によれよれになってたどり着いた。

寝不足が重なる上、すっかり風邪を引いてしまった。
しかも、金沢は大雨、雷がとどろき、紅葉を楽しむどころでない。

今、犀川近くにあるフォレストインというプチホテルのロビーでこれを打ちながら、午後三時のチェックインを待ちわびている。
寒くて、足元から冷えがぎんぎん伝わってくる。

しかし、この常宿のトップフロアには展望温泉があるので、本日は長旅の疲れを休め、もっぱら読書、こう寒くては出かける気にはならないし、金沢は隅々まで知り尽くしていまさら観光でもない。しかし、日本三大名園、兼六園の紅葉は見たい。
明日は大丈夫かな。
とにかく、在住地プリー発の夜行列車から始まって強行に次ぐ強行スケジュール、ゆっくり惰眠をむさぼっている暇もなかった。

おまけに、空港では足止めを食らって、あわや出国を許してもらえないという間一髪の危機に見舞われ、どっと疲れた。
息子の尽力でフライト15分前に事なきを得、やっと潜り抜けたときは、奇跡的な勝利!にやっぱりついてる!と思ってしまった私。
しかし、インドのイミグレ、最悪。
Sir, please kindly allow me to go
プリーズ、プリーズの泣き落とし戦術、全く通用せず!
まったく、なんでこんなペコペコしなきゃならないんだ。
レッドテープ(お役所的形式主義)をなんとかしろ!
何せ、カルカッタでは出国を許してもらえず、フライトが二日後に延びた悪夢の体験があるのだ。
またしても二の舞かと、押しても引いてもてこでも動かぬイミグレに、一時はほぼ絶望的になったもんだった。

前回の帰国から九ヶ月たっており、レジストレーション(登録)ペーパーが必要というのだが、過去三度不要だったため、ウエストバッグに入れなかったのだ。
半年以上の滞在だと、必要らしい。
とにかく、それなしには出国許可はおろせないの一点張り。

結局、オフィサーに言われたように、息子のフラットに忘れてきたレジストレーションペーパーを真夜中二時半だったが、スキャンして送ってもらい、事なきを得た。
まったく奇跡的としか言いようの無い顛末で、フライトぎりぎり間際に通してもらえたのだ。

しかし、それならそうと、スキャンして送れと最初から言えば済むことではなかったか。
こちとら一時間余りも泣き落とし戦術、パニ食って、夫や息子に電話掛け捲り、真夜中の見送り後疲れて寝入ろうという父子に大変な迷惑を掛けてしまった。

息子の機転と尽力がなければ、出国は絶望的だった。

本当についていたと思う。

香港から成田までのキャセイでは、機窓から鮮やかな夕焼けが拝めたし、満月も堪能できた。
白ワインを呑みながら、淡くオレンジづいた雲海が赤に近い代しゃに染まり、朱色の太い縞を刷く端に滴るような血の色をした太陽が崩れとろけだし、ワインの何よりの肴になった。高度のある機窓から俯瞰した、翡翠色の海に浮かぶ香港島はまるで絵に描いたように美しかった。斜陽に灰緑色の粘土のような照りを発している大洋に汽船が幾艘も貼りついて、壮観だった。

パスタとデザートのアイスクリームもおいしかったし、やっとゆとりを戻して、帰国までの過程をエンジョイする気分になれた。

息子には本当に、何から何までお世話になった。
チケットの手配から、彼のアパートでの手作りの食事、ガールフレンド宅での歓談と昼食、タクシーの手配、見送り、レジストレーションペーパーのスキャンまで、出発地のバンガロールではホームリーなひとときを分かち合えた。

彼のガールフレンド(ブータンとネパールの合いの子)も、いい子で、腕を振るってくれたお国料理のチーズクリームシチュー風がおいしかった。
息子と同い年の25歳だが、長女で他界した父代わりに家族の責任を一手に引き受けているためマチュア(早熟)で、香港上海バンクでの勤務歴もすでに五年、優雅な独身貴族を謳歌している、赤いスリムなニットパンツがなかなかファッショナブルな女性だった。

といっても、派手さはなく、好感が持てる。
息子の方が年下に見える、大人びた風情。

お土産、たんと買ってこなくちゃなあ。

私が無事出国できたのも、温かな家族の支援あればこそ。

雨で寒い裏日本の悪天も明日には晴れ上がり、紅葉が楽しめるよう祈るばかりだ。

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出発一時間前

2013-11-15 12:44:24 | 私・家族・我が安宿
今現地時間で12時45分。
あと一時間ちょっとで、出発だ。
今回は、友人のコネで12月3日のタイガースのコンサートが見れそうで、うれしい!
急遽、京都六泊予定を五泊に切り上げて、前日には東京入りする予定。

郷里の家族友人との連絡もほぼついた。
たくさんの人に会う、あわただしい日程になりそうだ。

では、みなさん、行ってきまーす!

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一時帰国につき、ブログ休稿

2013-11-13 22:28:30 | その他
いよいよ帰国が間近に迫りました。
15日の現地時間で午後二時半発の夜行列車で、南の都会バンガロールに向かいます。

フライトは18日の午前三時。
同日の午後八時十五分には成田着。
翌日には金沢、その後郷里の福井に向かいます。
23日、福井で授賞式を済ませた後は、京都へ。
京の紅葉をたっぷり満喫した後、東京へ。

12月半ば過ぎには帰印予定です。

久々に、家族友人と会えるのが楽しみです。

それでは、ブログのほうはこの間休筆させていただきますが、ご了承ください。

時間がありましたら、折々短い記事を送るかもしれません。

先月のサイクロンではすっかり調子が狂いましたが、やっと日常に戻りつつあります。

ふくい新進文学賞の佳作受賞作品「ゆきのした秘恋」とトロフィーは、八十四年も人生の波風を潜り抜けしたたかに生きてきた母の健闘を讃え、謹んで捧げたいと思います。
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