インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

脱皮

2013-07-31 22:12:19 | 私の作品(短編・エッセイ)
七月最終日、今月は何かとあわただしかったが、三十年の原稿堆積の整理もほぼ終わりつつあり、ホテルの改築工事も終了間近、ほっと息をついている。

何よりうれしかったのは、郷里の友人の協力で古いデータ原稿が開けたこと。すでに手元に急ぎの分が届いて推敲中、100枚ちょっとの精神世界がテーマの小説を膨らませて、本用に小説仕立てで精神世界のメッセージが送れないかともくろんでいるが、すでに形になって出来上がっているものを崩すのは、書下ろしより骨が折れ、さあて、どうしようかとはたと立ち止まっているこのごろ。

「印度の玉手箱」というネット新聞に連載していたエッセイを、単行本「インド人には、ご用心!」に書き直すのも骨が折れたが、むむむと頭を抱えるところだ。

今月は気づきの月、でもあった。
今の心境はなんだか風呂上りのような、つるんと一皮剥けた感じ。脱皮が終わって、またひとつ新しく生まれ変わった感じだ。

三十年の原稿のリスト軌跡を見ていて、これは本にしたいという作品も見えてきた。
活字中毒世代の私は、紙の本にこだわりを持っているが、これからの時代電子書籍という選択肢もあるかもしれない。知人の著者仲間に薦められた電子ブックページ、そのうちじっくり覗いてみるつもりだが、まずは紙優先かな。

李耶シャンカールのペンネームで処女小説本を上梓するのが、夢である。
大台までにかなうといいな。



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エッセイ賞佳作作品、文芸思潮に掲載!

2013-07-27 01:45:50 | 私の作品(短編・エッセイ)
先にお知らせしたように、
アジア文化社「文芸思潮」主宰のエッセイ賞で佳作賞を受賞した拙作、
「ベンガル海に日本海を重ねて」(李耶シャンカール)が、
7月25日発売予定の同誌に掲載されることになりました。

文芸思潮誌は、
新宿・渋谷紀伊国屋、池袋ジュンク堂、神田の書泉グランデと東京堂などの書店で市販
されておりますので、興味のある方はぜひご一読のほどを。
立ち読みでも読める短いエッセイ、移住国インドと母国に引き裂かれる切ない心境をつづったエッセイ賞佳作作品、ぜひご一読いただきますように!

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山車内参拝でイタリア女性殴られる

2013-07-27 01:41:55 | 宗教・儀式
▽ローカル便り
山車祭の内部参拝でイタリア女性ダンサー殴打さる

今月十日から二週間の予定で催された恒例の山車祭で、山車の上に上がっ
て宇宙の主、ジャガンナート神の祝福を仰ごうとした州都在住のイタリア
女性ダンサー、イレーナさんが寺の従僕から殴打される事件が起こった。
お布施として20ルピーを渡したところ、1000ルピーを要求され、退けた
ところ、殴りかかるなどの暴行を働かれたもの。
イレーナさんは州都ブバネシュワール在住歴34年の古典舞踏オディッシー
のダンサーで、パドマシュリという市民栄誉賞も授与されている名士。
警察に訴えたため、騒ぎが大きくなった。

昨年もアメリカ男性が、山車の上に上がって参拝しようとしたところ、
暴行を受ける事件が発生、年に一度の山車祭り時のみ異教徒も拝観を許さ
れるため、外人信者も祝福を仰ごうとするが、現実は布施目当ての従僕が
意図する金額を得られないと、横暴な行為に出るケースがままある。
私自身、山車に上がろうとしたら、寺僧から邪険に退けられたこともある。
平常時は本殿ジャガンナートテンプルは異教徒立ち入り禁止のため、信条
問わず謁見を許されるのは山車祭り時のみなのだが、度重なる暴行事件に、
寺院関係者は早急な対策を迫られている。
全般的に山車内参拝を禁止すべきだとする声や、外人信者だけ別途の機会を
設けるべきだとの声も上がっている。

(メールマガジン「インド安宿通信」最新号より)


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改築工事ほぼ完了

2013-07-25 21:42:20 | 私・家族・我が安宿
やっと、わが安宿6部屋のバスルームタイル張替え工事が終わりつつある。
まだ室内ペンキ塗り替えがあるけど、これで、バスルームは全室終了と思うと、ほっとする。

近年、モダンなホテル乱立で、経営歴25年の老朽化したうちも、対戦するため、改築に精出すしかない。
長年の賜物で、お客だけは付いているので、そこそこ繁盛させていただいているが、旅行できるゆとりのある中産階級は日々贅沢志向に変わりつつあるのだ。

金に糸目をつけぬ上級客は、モダンで設備の整った高級ホテル志向。
中流客も、選り好みで中くらいの予算でいい部屋と目がうるさい。
のほほんとしていたら、太刀打ちできなくなるということで、三年位前から改築工事を始めたというわけだ。
昨年は弟の現地結婚式で中断したので、今年は一気に終わらせてしまおうと、踏ん張った。

テレビも薄型に変えないといけないし、夫は床の張替えも数室やりたいらしい。
そのうちエアコンも。
来年はオフィスに備えたいので、徐々にかな。
エアコンは電気を食うのが難。
停電時の自家発電機作動中はスイッチオフである。

ここ三日あまり、低気圧の雨続きの悪天。
昨夕海に出れなかったので、ちょうど止んだころあいを見はからって浜に出た。
なんと、汚水が蛇行して波打ち際にまで流れ込み、悪臭を放っていた。
ベンガル湾の侵食はなはだし。
土手のように盛り上がった砂浜の端に立って、眼下の日の落ちたなす紺の海を眺めた。
磯の気呼吸法がためらわれるほどの悪臭だ。
嘆かわしい浜の汚染よ。

ベンガル湾の美化運動を行政はもっと率先して、進めてもらいたい。
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旧稿の整理に追われる

2013-07-25 21:17:38 | 私の作品(短編・エッセイ)
古い原稿を読み返し、推敲したら使えるや否やを仕分けする日々。
七月は期せずして、この三十年書いてきた原稿の整理に追われる羽目になった。

そもそもは、古いデータ原稿を使わねばならぬ羽目になり、郷里の友人にFDを送って開けてもらう算段になったのだが、どうせならついでにほかの原稿もと欲を出したのが、始まりだった。

あるわ、あるわ、失念していた原稿が続々。
ついでに、プリントアウトしたコピー原稿や、手書き原稿もチェックしようと思い立って、紙の束でぎゅうぎゅう詰めになっている書棚の整理をしだしたら、止まらなくなった。

この過程で掘り出し物を何本か見つけ、意外な喜びに打たれることも。
何者とも知れぬ力が、ここらで長年の執筆の軌跡を振り返ってみよとの、啓示を垂れたのかもしれない。

原稿漁りの過程で、拙作にスピリチュアルな潮流が流れていることもいまさらながら発見、探してみると、スピリチュアルな作品が結構あってびっくり。
かと思うと、ポルノまがいのファンタジーもあり、赤裸々な内容に唖然。
純文学にも、性描写は必至なので、練習のため書いたらしい。
今はめったに性描写をすることはなくなったが、昔は結構得意がって?書いていたのだ。

村上龍の「限りなく透明に近いブルー」から、最近の芥川賞作家田中慎弥まで、結構どぎつい性描写の羅列、卑しくならずに品を保つのがみそ。

手書きでもいくつか使えそうなものがあるので、そのうちタイプしなくては。

ありがたいことに、FDは封筒が破けつつも無事郷里の友人の手元に届き、PCで開けてもらった原稿がわがメールに届きつつある。
郷里の友というのは実に、ありがたいものである。
感謝、感謝!
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さそり、みみず入りの学校中食

2013-07-25 21:03:53 | 食・健康
以前、このブログでもお伝えしたミッドミールといわれるインドの学校のフリー中食中毒事件について。

ビハール州の寒村の小学校でオイルに殺虫剤が混入しており、23名もの児童が死亡したことはすでにお知らせしたが、以後続々食中毒事件が発生、毒さそりが入っていて、嘔吐を催したとか、みみずが混じっていたとか、行政の失態ぶりが露呈。

とりあえず、ないがしろになっていた毒見が厳格に義務付けられたようだが、口減らしに学校にやられる貧民の子供は不衛生なフリー中食を食べさせられて、たまったもんじゃない。

毒虫や不純物が入っていなくても、品質が粗悪で、家畜の餌まがいも。これまで幾度となく問題になってきたミッドミールの嘆かわしい実態だ。

貧困と飢餓はインド社会にとって大問題で、当オディッシャの奥地の原住民の間ではいまだに餓死者が出るほどだ。
保存しておいたマンゴーの種をひもじさのあまりしゃぶって、中毒死するケースも。

マンゴーの種は掌に収まるほどでっかいのだが、古いやつは毒になるらしい。

88カ国中66位の飢餓ラインは、近年経済繁栄を謳歌しているインドのがん、中産階級は確かに豊かになったが、底辺にはいきわたらず、経済格差が広まるばかりである。
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日本からのテレビ取材申し込み

2013-07-25 20:44:40 | 私・家族・我が安宿
ヨガの最中、夫の携帯に日本からの国際電話が入り、中断。
今帰国中のプリーの在住邦人仲間かと思ったら、テレビ取材の申し込みだった。

しかも、今年の二月にお断り申し上げた企画と同じである。

結局、ご辞退するしかなかった。

それにしても、携帯にテレビ局が国際電話してくるのはこれで二度目。
どうやって、調べたのだろうか。
うちの受付が教えたのかな。
幸いにも、今私は新しいスマートフォンを使っているので、こちらにはつながらないが、以前私所有だった夫のケータイにかかってくるのだ。

私はものが書きたくてインドに渡ったこともあり、初期八年の日本人宿時代と違って、今は執筆に専念、現地への社会貢献や、地元民との交流という意味では、はなはだ不活動だ。

テレビ局の取材の意図するところには、応えられそうにない。
家族といっても、夫の親族との交流もほとんどないし、息子は南インドのIT都市でエンジニアとして勤務中である。
そんな私の生活を撮っても、絵にならないはずである。
原稿ばかり書いている代わり映えのしない日常だからだ。

たとえば、日本人が経営する世界の宿というようなテーマでのホテル拝見だと、受け入れられそうに思うし、短時間のインタビューなどでも問題ない。

雑誌のインタビューには何度か応えている私だ。

プライベートパーソンのため、テレビにはどうも向かないというか、あまり注目されたくないのである。
隠遁気質なので。

それでも、十数件とこれまでばっさばっさ切り捨ててきているので、ここらで一件くらいは受けようかとの気持ちにもなっているが、取材意図が合わないと、困る。

その前の話は、タレントがホテルのサーバントになるというものだった。
階級社会インドの実態を知らぬ申し込みである。
カースト社会のインドでは、皿洗いや洗濯、掃除などはアウトカーストの職分、まさか日本人タレントを使用人にするわけにもいかないではないか。

近年、タレント訪問というのが増えているようだが、ちょっとこれだけはごめんこうむりたい。
何も、タレントに反感を抱いているわけではないが、今の日本のタレント名など、浦島太郎の私にはわからないし、有名人にもとんちんかんな応対をしてしまいそうだから。

さてさて、いつか、わが安宿がテレビに取り上げられることはあるのでしょうか。

どうせなら、執筆作品のほうでうんと注目されてほしい私である。
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雨の上がった海上に満月

2013-07-21 23:20:18 | 季節・自然
低気圧が発達し、熱帯雨の通り過ぎる昨今。
夜の緒、浜に出たら、昨夜は雲に隠れて見えなかった月がしろがね色のまん丸に煌々ときらめいていた。

瑠璃色の大海がしと降る月光を浴びて、銀紙を撚ったような散光を発する。
うしおはざんぶと押し寄せ、波が豪快に砕け散る。

西寄りの空にひときわ大粒の銀色に瞬いているのは金星か、木星か。
下界のスターライトより一回り二回り小さいが、夜空をくっきりうがっている。

どんよりこもった湿気も、海風で吹き飛んでいく。

本日も、旧稿の読み返し。
ついでに、少し整理も。
昨日全原稿リストを作り、ランク付けをざっと終えた。
◎、○、△で分けたが、A, B, C, Dのランクのほうがいいかも。
推敲して使えそうなものが数編。
やはり、初期の作品は、使い物にならないのが多い。

精神世界書の企画も煮詰めなおした。
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純文学の定義

2013-07-21 22:39:54 | 私の作品(短編・エッセイ)
昨夜、あおぞら文庫で、文芸詳論家青野季(すえ)吉の文芸評論「百万人のそして唯一人の文学」(1950年)を読んだ。

純文学の定義を、青野は「自分のすべてを賭けた、生きるか死ぬかの作品」と定義している。作家一人のための文学で(通俗小説は読者のための文学)、読者は作者、あるいは、自分の内部にある自分とは分かちがたい読者、すなわち形を成さない内なる読者、時空を超えて広がる可能性を持った、そそのかされる声なき声とも述べている。

形のない百万人のための文学、その百万人に形を与える文学ということだ。
「万人のための、そして何人(なんぴと)のためでもない文学」(ツアラトゥストラ)ということになる。

どちらかといえば、純文学志向の私には、がつんと脳天に衝撃を食らった言葉だった。
とても、それだけの覚悟はないと忸怩たる心境。

ふっと、開高健の「夏の闇」が浮かんだ。
珠玉の純文学である。

ちなみに、青野季(すえ)吉の息子が、芥川賞作家の青野聡
寡作の作家だが、芥川受賞作品「愚者の夜」は秀作。
海外放浪後、日本社会に復帰できない若者を描いて、新機軸を開いた。
私が若い頃、凝った作家でもある。

ファンレターを出したら、電話番号をわざわざ調べてかけてくれたことがあって、
「作家になりたいと思っていたら、必ずなれるよ」
と励まされた思い出がある。
カトマンズの恋人」(1970年映画化されたが、本のほうは絶版になっているようだ。ドラッグにおぼれる恋人への愛を描いた美しい小説である)を読むよう薦められたが、私がすでに読んだと知ると、驚いてもいた。

今は多摩美大の教授とかで、奥さんが相川欣也の娘で元女優の佳村萌である。

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学校中食で23名の児童死亡

2013-07-21 22:24:30 | 政治・社会・経済
ビハール州の寒村の小学校で、ミッドミールといわれる無料中食を食べた児童が23名も食中毒死する事件が起こって、物議をかもしている。

ミッドミールの食中毒は珍しくなく、これまでも、やれ、とかげが混じっていただの、ごきぶりが混じっていただの、食後児童が不快感を訴え、時に死亡する事故も起こってきただけに、さして驚かないとはいえ、23名もの学童が亡くなったのは近来にない事件で、傷ましい。

当オディッシャ州も例外でない。
貧民は、制服フリー授与や、ミッドミール目当てに子供を学校にやることが多く、義務教育が徹底しないインドでは、子供を学校にひきつける方策として、ミッドミールを奨励しているわけだが、不衛生なキッチンで作られたり、仲介業者が利をむさぼって標準以下の粗悪品を売却したりと、幼い健康が犠牲にされてきたわけだ。

子供に給仕する前の毒見が義務付けられているというが、実際には無視されているようだ。
同校の女校長は行方をくらましたまま。

検査で判明したところによると、オイルに殺虫剤がまざっていたらしい。
食中毒ではなく、故意に毒を盛られたとの説も。

この事件に端を発して、急に学校中食のお粗末さが浮上してきている。

未来を担う子供たちのあたら若い命が、行政の怠慢で摘み取られるのは憤懣やるかたない。
政府は早急に、ミッドミールの安全対策を講ずべきだろう。
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