インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

25年の歳月を費やした恋愛小説

2011-09-30 00:10:04 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
雨期明けの尋常でない暑さが続いている。
浜に出ても、風がない。
月も雲に隠れて、真っ暗だ。

月夜の浜辺は乙なものなのに、長いこと月にまみえていない。

早いもので、明日から十月。
陰暦で言うと、旧暦の正月祭り、ディワリーも今月中のはず。
一足早い正月祭。

そういえば、今年も余すところ三ヶ月のみ。

私にとっては、かなりラッキーな一年となった。

亡父の伝記小説も出せたし、小説でささやかな賞ももらった。

本日は午後八時半から、夫と水入らずで赤ワインを飲んだ。

今ほろ酔い加減のなか、これを書いている。

三十数年ぶりに福井の旧友三名との交流も復活したし、なかなかいい年だったと思う。

とはや、年越しムード。

ワインパーティーまで、今月締めの原稿をチェックしていた。
この中篇小説は、その昔故吉行淳之介氏に持込して、お読みいただいたものだ。
なんと、完成までに25年も費やしてしまったことになる。
ようやく完成作に近づきそうで、著者としても感無量である。

ジャンルは恋愛小説。しかし、単なるラブストーリーでは納まらぬ、インドが舞台のかなり異色の怪奇?恋愛小説だ。

三十歳のときに書いたオリジナルを改筆したものなので、かなり若いタッチだ。今の自分から見ると、気恥ずかしくなるような文章もある。
が、当時でなければ、書けない叙情にあふれた美しい小説と思う。

この三十台の総決算ともいうべき激烈な恋愛事件が私をして、インドの当地プリーへと移住せしめる顛末になったのだ。

私が青春の総決算をこめて熱烈に愛したインド男性にささげる作品だ。

彼は今国会議員、新聞やテレビにもときどき顔を出す成功した政治家だ。

しかし、現世において、彼に再会することはもうないかもしれない。

同じインドに暮らしながら、地球の最果てに隔てられた仲、再会するとしたら、来世で、今世に成就しなかった心残りを果たすことになるのだろう。

近い将来、この作品が陽の目を見ることを祈るのみだ。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

季節の変わり目の乾いた暑天

2011-09-28 01:51:40 | 季節・自然
いよいよ雨季が上がったようだ。
今シーズンのモンスーンは、当オリッサ州海岸地帯と西部が二度も洪水に直撃され、踏んだりけったりだったが、当地プリーはかんかん照り、湿気が心持少なく、乾燥した大気で、見上げる空は高く、入道雲が湧き上げ、トンボが舞っている。
インドの初秋は日本の真夏と変わらぬ暑さ。
冷房嫌いの夫ですら、昨夜はエアコン室で寝ると言い出した。

日の沈んだ浜に涼みに出ると、風がなくて、ショールは不要、髪を覆ったスカーフも解いてしまった。それでも、海の傍らまで行くと、やや涼がとれる。人心地。あと三日で、ドゥルガープージャー大祭だ。旧州都カタックでは、せっせと十手地母神の偶像が最終仕上げに入っている。
勧善懲悪のパワフルな女神様で、最終日にはラヴァと呼ばれる悪魔が焼き払われるのだ。このお祭りは衣服を新調する習慣もあるので、バザールは買い物客でにぎわっている。衣類だけでなく、宝石や家電も売れて、お店は稼ぎ時。

私はやっと本日、投稿が終わって、一息ついている。
明日は、骨休めのワインパーティー。夫の好きな赤ワインで久々にリラックスする予定。といっても、貧乏性の私は、夜のパーティータイムまで、仕事をしてしまうだろうが。

来月は、わが安宿ラブ&ライフも超満員になりそうだ。
ホテル街も軒並み、満室となる、大稼ぎ時だ。何せ、十日間の祭日を利用して、インド各地から観光客が詰め掛けるのである。観光地はどこも満員だ。
そういう意味でも、大繁盛させてくれるプージャー万歳!で、待ち遠しい。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ノンフィクションとフィクションの狭間

2011-09-28 00:17:30 | 私の作品(掌短編・エッセイ・俳句)
本年四月に刊行した「車の荒木鬼」(モハンティ三智江、ブイツーソリューション刊、直木賞作家藤田宜永氏推薦)は、郷里福井の自動車整備業界草創期を築いた亡父(荒木重男)を主人公にした作品だったが、初稿では登場人物・企業は全部偽名で、史実に基づいたあくまでフィクションであった。

構想から換算すると、五年かかった作品だが(執筆は正味二年)、最終的には、ほぼ全員の登場人物・全企業が実名となって、よりノンフィクションの要素が濃くなった。常日頃お世話になっていた知人の編集者H氏(中央公論新社)に、実名にしたらどうかとのアドバイスを受けたせいである。
その忠言を受け入れて、実名で書き直したが、その過程で事実関係により重きがおかれる構成になったので、文章も生硬になっていったような気がする。フィクションのとき甘くていい加減だった箇所は引き締まったと思っているが、その分文章が硬くなり、読者にはやや読みにくい文体となったのではないかと、著者としては少し気にしている。

それにしても、フィクションとノンフィクションの中間の作品を書くのがこんなに大変だったとは思わなかったというのが、実作者の正直な感想である。元々、私は想像力を自由に羽ばたかせる質の作者のため、このノンフィクション80%、フィクション20%のドキュメント小説は大変な労力を要したのである。

私本来の創作力を思う存分発揮できなかった悔いが残る一方で、主人公を実名で登場させ数々の偉業をつまびらかにしたことで、福井モータース創業者荒木重男を心置きなく顕彰できたと思っている。
ある読者からの感想で、「ノンフィクションとフィクションの兼ねあわせが絶妙」とほめられたときは、労力が報いられたような気になったものだ。しかし、前著「お気をつけてよい旅を!」(モハンティ三智江、双葉社刊行のインドの安宿<ホテル・ラブ&ライフ>繁盛記)の楽しい構成に比べると、少し肩が凝る読み物になったかもしれない。それで
も、「面白くて一気に読んでしまった」の感想が続々届き、作者冥利に尽きる思いをさせてもらったため、あらためてご拝読くださって好感想をお送りいただいた方々には、心からの御礼を申し上げたい。
その他大勢の読者諸氏、拙い作品を最後まで読み通していただき、ありがとうございました!
おかげさまで、同書「車の荒木鬼」(モハンティ三智江、ブイツーソリューション刊、直木賞作家藤田宜永氏推薦)は好評を博しております。

まだお読みになられておられない方は、アマゾンはじめのネット書店で好評発売中ですので、ぜひ一冊ご購入くださいますように!
併せて、前著「お気をつけてよい旅を!」も、中古書がアマゾンで販売され、いまだに根強い人気を誇っておりますので、お買い求めくださいますように。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏日にうんざり

2011-09-27 01:25:06 | 季節・自然
今日は異常に蒸し暑い陽気だった。
むんむん蒸して、不快指数うなぎのぼり。

当地プリーはベンガル湾沿いのこともあって、しょっちゅう低気圧に見舞われるのだが、本日もどんより大気がまどろんで低気圧、椰子の喬木が物憂げに、深海のいそぎんちゃくのような葉をうごめかせていた。

大気がまどろむので、すぐ低気圧とわかる。私の持病の坐骨神経痛の大敵でもある。腰部が痛み出し、手足が火照る。長年の座業の因果応報である。

それはさておき、来月一杯はまだまだ暑い陽気が続く。雨季明けの十月は暦の上では秋だが、日がかんかん照り付けて、これが結構暑い。11月のベストシーズンに入るまでは、我慢を強いられそう。今日も、灰色にまどろむ空に何匹もトンボが舞っていたが、日本の秋とは大違い、こんなに蒸し暑かったら、秋とはとてもいえない。

でも、あとひと月ちょっとで、暑くも寒くもない絶好のシーズンが来るかと思うと、待ち遠しい。ベンガル湾の落日も、海際に沈み、ひときわ壮麗なサフラン色の大円となって輝くのだ。
引き潮の海は、素足で歩くのにもってこい。

昨夜は、朝の四時まで「八甲田山死の彷徨」(新田次郎)を読んだせいで、やや寝不足気味。同書についてはいずれ、読了後、レビューを試みたい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インドのターバン事情(銀座新聞連載エッセイ)

2011-09-27 00:47:50 | 印度の玉手箱(銀座新聞連載)
銀座新聞ニュースに最新エッセイが掲載されました。
写真とあわせて、お楽しみください。


「インドのターバン事情」
1前編
2後編
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

猫ホテル

2011-09-26 02:42:30 | 私・家族・我が安宿
いまわが安宿ラブ&ライフには、12匹の猫が居ついている。
そもそもは、往時長期滞在日本人旅行者のAさんから捨て猫を譲り受けて以来、猫好きの本性に目覚めたワタクシめの道楽から始まったこと。

そのうち、マミーと名づけた野良のメス猫がえさだけ漁りに来るようになり、今の12匹はみな、マミーの血筋を引く一族なのである。
インドの猫の特徴は、尻尾が長いことと、これは犬その他の動物も同じだが、苛酷な環境下、短命なこと。五年生きれば、長いほうで、生後数ヶ月とか、一年くらいで早死にしたペットもたくさんいた。
かわいがっていると、つらいのだが、近年はうちで飼うのをやめて、外(ホテルの敷地内)に野放しにしているので、執着はあまりない。私は菜食志向なので、残飯をあげる係りはもっぱら夫。昼食時になると、裏の出入り口のところに何匹もの猫が群れてみゃあみゃあ、夫の差し出す余りごはんを待ち受けるのである。

古株は七歳の超長生きメス猫、カリ(黒)。園なのとおり黒い体毛がほとんど、白が少し混じったアグレッシブな猫だ。何せ最長なので、私がボスとばかり威張っている。若いころは丸々太ってたのが、半分くらい日時身、毛も抜けつつあるが、長老として意気軒昂である。

絶対数はメスのほうが多く、しょっちゅう妊娠するが、増えても12匹までである。短命なので、ちょうどバランスがとれて、いいのだ。体毛は白か、白と黒のまだらが一般的。トラ縞も一匹いる。昔は薄茶色と珍しいのもいた。

ところが、この12匹になかに、真っ黒の子猫が一匹、突然変異のように紛れ込んだ。黒猫というと、不吉といやがる人も多いが、知る人ぞ知る、スコットランドの伝説では、愛らしくこ利口、繁栄をもたらしてくれるラッキー猫なのである。

とにかく、二十年猫を飼っているが、真っ黒けは初めて。これは何かの吉兆のしるしと、オーナーの私は喜んでいる。
ちなみに、犬好きの夫は、ジュピターと名づけたアルセイシアンを、寝室に入れるほど溺愛している。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「青い宇宙船」の思い出

2011-09-26 01:36:11 | 私・家族・我が安宿
私が19歳から21歳の大学生時、郷里福井で参加していた同人誌があった。
誌名は「青い宇宙船」と言った。主宰者のSさんは広告会社勤務の自称詩人、同人は多いときで、北から南まで60名ほどいたと思う。

30ページかそこらの小冊子は、青焼きコピーの手製、表紙は版画刷りと凝っていた。内容は、今の用語で言うと、若者のつぶやき、みたいなもんである。詩中心で、私もそのころは自称詩人気取りで、現代詩手帳やユリイカを小脇に抱える文学少女だったので、せっせとトレペに鉛筆で原稿を手書き、主宰者に送り続けたものだった。主宰者からは、A4のトレシングペーパーという薄く透き通った紙を二折にして、両側に書くよう指示されていたのである(この鉛筆書きトレペ原稿の一部はいまだに私の手元に残されている)。

同人の会合は公民館や、駅前のポニーという喫茶店の談話室2階(今現在は、地下のポニーが残されるのみ)だった。
仲間には17歳の早熟な高校生や、反原発運動・水俣運動に携わる九州の大学生、京都在住の染色家女性など、個性的な人が多かった。

「青い宇宙船」は、駅前のひまわり書店で、限定部数だが市販もされていた。
手製の雑誌を置いてくれるとは、当時の書店もずいぶんと粋な取り計らいをしてくれたもんである。同書店は今はなくなってしまったが、その名の通り、ほのぼのとした小書店だった。

そもそも主宰者のSさんとの馴れ初めは、私が地方紙の伝言板に「どなたか、私の小説を批評してくださいませんか」のメッセージを送ったのがきっかけで、それを見たSさんが早速、連絡くださったのだった。ポニー談話室に呼び出されて初対面、拙稿と「青い宇宙船」本誌を挟んで会話したが、いかにも不器用で訥弁といった呈の彼との間では話があまり弾まず、会話の合間の沈黙のほうが長かったと記憶している。が、私はそんな彼の人柄を誠意の表れと好ましく思った。土着の詩人にいかにも似つかわしい朴訥な方だったが、裏腹に女形(おやま)を思わせるうりざね顔の美形でもあった。

Sさんに影響されて、私自身いつしか手製の同人誌を作るようになっていた。彼のように青焼きコピーできるマシンはないので、父の会社で普通のコピーをさせてもらって、同人に配ったりして悦に入っていた。あの青焼きというのがまた独特の味があり、よかったのだけど、白いコピーでもホッチキスで綴じて製本して充分満足していたのだ。内容は、詩と掌編の中間のようなものだったと思う。このころには、「鳩よ!」や「ポエム」などのマイナーな詩誌の薫陶もSさんから受けていた。

今私の手元に「青い宇宙船」は一冊もないが、水色の表紙の中が青焼きで、同人の癖のある字体のつぶやきであふれた独創的な同人誌は、いまだに鮮やかに記憶に焼きついている。なかには恥ずかしながら、Sさんにモデルを頼まれ、撮影してもらったわが青春の肖像であふれ返った号もあった。

本年四月に「車の荒木鬼」(モハンティ三智江、ブイツーソリューション刊)を上梓して、その紹介記事が福井の大手地方紙(福井新聞)に掲載されたことから、往時の同人の一人から三十数年ぶりに懐かしいメールが届いた。m31さんである。彼がさらに別の同人Dさんに連絡を取ってくれ、当時の同人二人との交流が復活した。

来年帰郷時、お二人と、当時のサークルの思い出話に花を咲かせるのが今から楽しみである。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ぶり返した洪水

2011-09-26 00:41:40 | 私・家族・我が安宿
夏日に逆戻りした当地プリーだが、奥地の西部では、ありがたくない洪水のぶり返しで、州政府は軍のヘリコプターから飲食類投下を再開、3000村、200万以上の村民が被災している現状だ。

まったく、今年の雨季は旱魃で凶作を嘆いたと思うまもなく、裏腹に洪水と、お百姓さんは踏んだりけったり、浸水した村落地でも、住民が惨状を強いられている。
もうすぐ大祭だが、被災地はそれどころでないだろう。
ヒンドゥ教の勧善懲悪のパワフルな十手地母神、ドゥルガー女神様の偶像が各地で競って制作されているが、どうも当オリッサ州は暗いニュース蔓延、お祭り前の期待と興奮にも水が差される感じ。

来月は例年通りだと、酷暑期ほどでないが、雨期明けの乾燥した暑い陽気が続くのである。暦の上では秋だが、初夏で、初夏といってもインドのそれは冷房が必要なくらいである。十一月に入ると、やっと冬季で、暑くも寒くもない絶好のシーズンがやってくるのだ。冬季はベンガル湾の落日がひときわ壮麗になるので、私自身も待ち焦がれるベストシーズンでもある。外人観光客が増えるシーズンでもある。

本日は浜の散歩はパスして、カレッジストリートのコピー屋さんまでオートリキシャで遠出、原稿のコピーを済ませた後、ネットカフェに行って、二日分たまったメルマガを片付けた。銀座新聞ニュース主宰者にも、ネットカフェのマシン越しにエッセイを一編送った。
わがマシンは故障中。お古のパソコンはのろすぎて、ホットメールが起動するまでにやたら時間がかかるのである。気長に待っていれば、開くのだが、気短な私にはいらいらさせられることしきり。幸いにも、gメールはなんとか開くので、直るまで、こちらで代用し、あとはタイプ作業にいそしむしかないかもしれない。ホットメールはよく文字化けするし、少しずつgメールに移行したほうがいいのかもしれない。まだ慣れなくて使い勝手が悪いが、郷里の友人たちとはこちらのほうで交歓している。

ホットメールは二、三日にいっぺん、ネットカフェでチェックするつもりで、しばらく不自由を我慢するしかない。そろそろ買い替え時かとも思うが、PCタイムが減ったので、その分読書に回し、昨夜から「八甲田山死の彷徨」(新田次郎)を読み出した。なかなか面白い。東京の友人にもらった中古書だが、彼とは読書のジャンルが違うので、目新しい発見があるのである。政経小説や、戦争もの、翻訳ミステリー、時代小説と、読んでいて勉強になる。ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」ももらった。まだ読んでないが、これから楽しみ。
あと一時帰国中の英字紙もまだ半分ほど積ん読になっている。

日本から戻って四ヶ月、何やかやとあわただしかったので、今月末の投稿が終わったら、夫に付き合ってもらって、ワインで骨休めするつもり。一日休養して、来月はまた来月締めの投稿にかかり、その合間を見て、三分の二まで執筆し終えた新作にけりをつけたい。11月末まで、投稿スケジュールびっしりだが、12月は少しお休みできるかなと思う。貧乏性の私は、前倒しで、一月締めの投稿に取り掛かってしまいそうだが。

パソコンについては、元々インドのPC環境は最悪なので、壊れてもじたばたしないだけの度胸は十年くらい前から培われている。まあ、鷹揚に構えて待つしかないだろう。
プージャー大祭時大繁盛して、新規購入と相成りますように!
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

同人誌仲間からの30年ぶりのメール

2011-09-23 01:16:02 | 私・家族・我が安宿
調子が悪い悪いとぼやきつつ、なんとか使っていたパソコンがついに壊れた。昨夜電源をつけたら、いつまでたっても画面が現れず、ありゃ?
その一刻前、ものすごい落雷があったので、それでやられたものか?
でも、用心して、雷雨の間はテレビはじめ電化製品はつけないようにしていたのになあ。

どうしても調べたいことがあったので、しょうがなしに雨後でぬかるみの道を歩いて数分のところにあるネットカフェに行った。
このネットカフェ、マシンのメインテナンスがいまいちで、キーボードは英字が消えてるし、新聞がマウスパッド代わりとひどいもんで、打ちにくいのだが、しょうがない。すると、ここでも、先刻の天地が割れるような大雷のせいか、五機のうち、二機が壊れていた。

ウイキペディアとホットメールだけチェックして、30分で切り上げ、10ルピー、日本円にして17円なり。

本日メカニックさんに来てもらって、修理に出したので、今現在はお古のパソコンで代用しているが、これはのろいので、大変だ。

超のろスピードにいらいらしながら、gメールを開けたら、昔の同人誌(「青い宇宙船」)仲間Dから三十数年ぶりの懐かしいメールが届いており、狂喜した。拙著「車の荒木鬼」の紹介記事が掲載された福井新聞を見て、先に連絡をくれていた、やはり同じサークル仲間だったm31氏が気をきかして連絡してくれたものらしい。すぐに返事したいところだったが、PC状況が最悪なので、明日ネットカフェから送ることにした。

ひとまず、この欄を借りて、一言お返事。
Dクン、懐かしいメール、ありがとう!! 感激したよ。拙著をお買い上げいただいたようで、恐縮です。また感想など、お聞かせください。
それから、m31さん、気をきかせて連絡取ってくれてありがとう!! うれしかったです。
来春(もしくは来秋)帰郷時、三人で「青い宇宙船」同窓会を開きましょう!

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奇貨おくべし

2011-09-22 22:08:56 | 私・家族・我が安宿
あと十日ほどで、ドゥルガー女神の大祭、プージャーがやってくる。
ドゥルガーとはヒンドゥ教の破壊と創造の神様シバ神の奥さんで、獅子や虎にまたがり、シャクティといわれる宇宙のエネルギーで悪魔退治をするのだ。いわば、勧善懲悪のパワフルな女神様だ。

さて、本来ならプージャー前で嵐の静けさのはずだが、ベンガル湾沿いの聖地プリーにある我が安宿ラブ&ライフは大繁盛。
近くの寺院で、何かの儀式があるせいらしく、一瞬プージャーかと見まがうような賑々しさである。

スピーカーで延々大音響でマントラ(お経)が流され、騒々しいが、繁盛させてくれているので、じっと我慢、今夕になってやっとファンクションが終了したらしく、静けさが戻った。

雨もそろそろ上がる頃で、今日は湿度も落ちてやや涼しくなった。うす曇の空にはたくさんの孵化したとんぼがふわりふわりと舞っていた。

それにしても、往年は、ラブ&ライフのあるチャクラティルサロードといったら、外人旅行者に人気だったのが、近年は乱開発され、すっかりインド人の観光地化してしまった。
元々、ヒンドゥ教の聖地で、バザールにある本殿ジャガンナート寺院とそこに祀られた主神ユニバースロード、ジャガンナート神で有名な聖地なので、巡礼旅行者が多い観光地ではあった。
しかし、インド人御用達は西の浜で、往時はホテルが少なく静かだった東の浜は、穴場として、日本人や欧米人に人気があったのである。

先進国は全体的に不景気で、海外旅行と浮かれている余裕がないこともあるだろうし、インド化した当地が今ひとつ外人には魅力がないこともあろう、外国人観光客が激減の一途を辿っている。
東西の浜には400軒以上の宿がひしめき、客争奪戦にしのぎを削っている現在、聖地のため需要は大で、シーズンだと、どこも満室になるほどだが、かといって、オフは閑古鳥が鳴いているホテルが殆ど。結婚式会場として明け渡したりして、穴埋めしているのである。

うちはその点、全シーズン的に盛況と、恵まれている。
日本人宿からインターナショナルに、そして今はすっかりインド人の人気宿と化してしまった。
私は元々客層にはこだわらず、繁盛してくれれば嬉しいので、ありがたい。
お客様は国籍問わず、神様です!
それはさておき、昔のように接待で前面に借り出されることがなくなったのが、社交が苦手な私には、ありがたい。おあいそを言ったりというのが、昔からだめで、あと、女将の貫禄がないもんで、往時はよく旅行者に間違えられたものだった。

元々ホテル業は小説を書いていくための生活の手段として始めたので、心置きなく執筆に専念できる体制が整ったというわけだ。

それでも、寂しくないといったら、うそになるが、今現在は執筆スケージュール目白押しで、同胞旅行者が少ないことを憂えている暇もない。光陰矢のごとし。これをありがたい機会、もっけの幸いの奇貨と捉えて、小説に精進するのみ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする