インド女性の代表的民族服として、巷間に知れ渡るのはご存知、
サリー。7メート
ルほどの長い布地を体に巻きつけてまとう優雅な衣装で、既婚女性の平生着とし
て今もってポピュラーに着用されている。都会の女性の間にはTシャツ、ジーンズ
などカジュアルな洋装も人気だが、もっぱら学生をはじめとする若者もしくはクリ
スチャンで、既婚女性はサリーとの慣習が根付いている。
では、未婚女性にポピュラーな民族服はというと、丈の長いゆったりした上衣と腰
の周りがぶかぶかのパンツスーツ、
サルワールカミーズ(写真)。別名パンジャビ
ドレスともいい、イスラム・シク教徒の女性にポピュラーな普段着でもある。
サリーは一見するとイヴニングドレスのように見えてフェミニンだが、着付けが難
しく、あちこちピンで留めないと、ずり落ちてきてしまう。あまり活動的とはいえ
ないドレスで、家事をこなす主婦には向かないと思うのだが、綿製の普段着でショ
ールの部分をたすき掛けに縛って大奮闘なのである。既婚婦人といっても、まった
くパンツスーツをまとわないわけではないが、当地のような保守的な聖地では、義
姉を見てても、サルワールカミーズを着用しているのはいまだかつて見たことがな
い。お子様ドレスとして軽視されているようなのである。
どこだかの学校で、女教師がサリー一辺倒の制服に抗議して、パンツスーツを認
めよとのストを起こしたこともあったが、働く女性には、サルワールカミーズの方
が軽快なことはいうまでもないだろう。
私自身サリーは旅行者時代含め、数度試したことがあったが、ひだを幾重にも折
って腰巻きに折り込むところが難しく、下にまとう胸にぴっちりフィットする短い
丈のブラウス(チュリ)が気恥ずかしく、いくら布で覆うとはいえ、おなかは丸出
しだし、五十を越した今はどうにも着心地がよくない。若いときは若いときで、裾
をずるずる引きずる格好になってしまい、着付けが見苦しくなってしまうので、や
はり好きになれなかったものだ。
というわけで、私がわりと好んで着用している民族服といったら、前出のサルワ
ールカミーズなのである。サリーに比べて格段に動きやすく、年配日本女性の体型
にも合っているので、着ていて比較的快適だ。
ただし、サリーの腰巻きにしろ、パンツにしろ、ベルトの部分はひもを通したも
ので、使い勝手が悪いので、私は日本の100円ショップで買った白いゴムを代わり
に入れて、トイレの際もいちいちほどいて結びなおしたりの労を避けている。ゴム
入りベルトにすると、本当に便利なのに、なんでこちらでは浸透しないかわからな
い。夫に言わせれば、伸びてしまうからというが、伸びたらまた変えればいいでは
ないか。
あと、このスーツについてくる長いスカーフ(共布のこともあり、別色の透ける
デザインのものもある)、ドゥパッタというのだが、この使い方が案外に難しい。
インド女性はよだれ掛けのように垂らしたり、細長くして真ん中のところで折って
三角状に両肩に掛け残りは背後に下ろしたり(これは主に女学生)、片方の肩だけ
にまっすぐに垂れ下ろしたり、襟巻き風に覆ったりと、各人各様。私はスカーフの
真ん中あたりの部分で首の部分を覆うようにし、両端は背後に下ろすようにまとっ
ているが、すぐ垂れ下がってきてしまうので、朱い偽ルビーのブローチで肩のとこ
ろを留めるようにしている。これだと、安全ピンよりおしゃれで、見栄えがする。
既製服はサイズが合わないことが多く、パンツの裾が長すぎてずるずるかかとに
落ちてきたり、上衣は妊婦服という感じで太って見えるのが難だが、ちゃんと測っ
てもらってオーダーメイドにすればOK。ゆったり型かぴっちりにするかドレス本体
のデザインを好みのものにできるほか、そでもノースリーブ、半そで、フェミニン
なパフ型、七分丈と選べ、パンツ裾の広がり具合も自分で決めることができる(わ
りと品質のいい既製品だと、ノースリーブで出ていて、別品の半そで付きで、私は
いつもそでは縫い付けてもらっている)。
不精な私は生地を選んでテイラーのもとに足を運ぶのが面倒で、もっぱら既製
品。
若いころは150ルピー均一のバーゲン物を漁っていたが、近年はさすがに高級志
向。高いものはやはり生地や仕立てがいいし、着ていてしなやかにまとわりついて
くる感じなのである。ドゥパッタも首に巻きつけるだけで、すんなり形が決まる。
これに金ラメ付きのきらきら光るかかとの高いサンダルを合わせると、しゃなり
しゃなりと淑女の身なりも決まってくる(インドでは親指のところだけわっか状革
ひもにしたタイプがポピュラーだが、はき慣れない私は日本風嗜好)。
かくいうパンツ党である私の一番のお気に入りのスーツといえば、鮮やかな紫
の、胸元と裾にカラフルな刺繍&スパンコール付きの縁取りのある美品。ヨガメー
ト、ブラジャのお店「パドマ」で460ルピーに負けてもらって買ったものだが、こ
れを着ておしゃれすると、周りの男性の視線が明らかに違ってくるのである(自意
識過剰気味?)。あと、言語の先生の結婚式のとき着て行った、目が覚めるような
コバルトブルー地にモダンな大柄の花模様のスーツもぱっと見栄えがする(これは
うちの使用人に人気の一品)。領事館主催の邦人昼食会に着ていったのは、シック
なこげ茶の小花模様とコバルトブルーの合い色が美しいイタリア製とかいう(ほん
と?)布地のもの。値切っても、600ルピーとさすがに高めだっただけのことはあ
って、上品な高級感が漂う。もっともシルクのサリーになると、2、3000ルピーは
ざらなので、それに比べると、パンツスーツはお安いもの。
ちなみに、白は未亡人の着る色としてタブーだが(サリーだと、寡婦は縁飾りの
ない純白の綿製)、私はアシュラム用に特別に買った一着を所有している。全体に
精妙な刺繍のある衣装で、真夏の白はなんといってもおしゃれ。女優さんはみな、
この禁忌の色を優雅に着こなしている。
既製品でもデザイン・色はよりどりみどり、上衣の裾が長めの伝統的なものか
ら、都会の女性向きの短い丈のスポーティーなもの、裾に波状のカットがあり風が
吹くとフリル状になって曲線の美しいもの、パンツもすねにぴっちりまつわりつき
裾をしぼったもの、パンタロン風のゆるやかなものと、バラエティに富んでいる。
近年、都会の女性は太めに見えるものよりも、体型がぴっちり浮き出るものの方
を好み、裾はすぼまったタイプが人気。
既婚女性にもかかわらず、髪の分け目の紅粉、
シンドゥールも、赤い両腕輪も、
サリーもまとわない私は、親族の集まりがあると、つい萎縮して身を小さくせざる
をえない。毎度のことながら、なんでと矢継ぎ早の質問攻めに合うのだ。日本女性
といっても、現地人配偶者を有し在印歴20年余、慣習をないがしろにしているよう
に思われるのかもしれない。三ヶ月ほど前、甥の結婚式に出席したときも、晴れ着
サリーで着飾る女性陣にあって、一人小さくなって引け目を感じていたものだった
が、披露宴のときお気に入りの紫のサルワールカミーズを着て行ったら、思いがけ
ず、なかで一番若くてきれいな晴れ着姿の女性から、今日のあなたは格別美しいと
誉められた(ほんとかな?)。
* * *
★コラム
大判スカーフの隠された効用
サルワールカミーズについてくる長ーいスカーフ、ドゥパッタには意外な効用が
ある。すなわち、そろそろ胸の膨らみが目立ち始める思春期の少女や、胸元が目立
つ若い未婚女性が、きれ全体を広げて前掛け垂れにして覆い隠す小道具として用い
られるのだ。さりげなく異性の視線を封じるには絶好というわけ。
ところが、近年露出傾向の著しい女優さんがまとうと、ドゥパッタは秘められた
効用をまるでなさず、余計なものだといわんばかりに襟巻きになって後ろに垂れ流
され、これ見よがしに豊満な胸元をのぞかせるファッションになってしまうのがお
かしい。