インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

一年を締めくくるにふさわしい文学

2011-12-17 20:16:10 | 推薦ページ
井上靖の「孔子」を読み終えた(ここでは新潮文庫をご紹介申し上げたが、私が読んだのはハードカバーの書籍)。今春帰国時、東京在住の友人から譲り受けた、図書館除籍の書物だ。
バガバッド・ギータは美しい詩韻を踏んでいるインドの宗教文学で、旅行者時代読んで啓示を受けたが、それに優らずとも劣らぬ深遠な文学で、煩悩の私には感じ入るところが多かった。
孔子の人柄について、「烈しく美しく、凛と鳴っているような」との表現があるが、その人柄そのもの、烈しく美しく凛とした文学だった。

それにしても、このような良書を除籍にするとは、図書館はいったい何を考えているのだろう。確かに一読するととっつきにくいように見える長編で、今の若者が読むとは思えないが、それにしても、残念だ。
いつか、借り手がいなくなって古びたら、私の本も除籍になってしまうのだろうかと、哀しい思いがした。

「人事を尽くして天命を俟つ」とは孔子の詞(ことば)だが、紀元前五世紀ごろの乱世に生きた孔子は、乱れに乱れた戦国の世でも正しく生きる努力を続けていれば、おのれ亡きあとにも必ず平和が来ると信じていた。
仁、他者への思いやりを説いた子だったが、55歳から亡命の憂き目を見、荒野を愛弟子たちとさすらうことになる。一時期は飢え死にしそうになったこともあったが、凛として、それも天命と受け止めるのである。志が正しいからといって、神の支援を得られるとは限らない、生死、成否、貧富は天命と達観していた。すなわち、人事を尽くしても、おのれの思うようにならぬことがままあるということ、善良な人が早死にする運命の皮肉もまた、天命である。
高い官位まで上り詰めながら国を追われ、戦国の荒れ野をさすらう境遇になったおのれに重ね合わせているのであろう。

弟子たちが子を語るエピソードも美しい。

年の終わりにあたって、かくも美しく深い文学に出会えたことの幸運に感謝せざるをえなかった。
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雪中行軍の惨劇を描いた長編

2011-10-01 23:17:31 | 推薦ページ


新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を読んだ。

日露戦争直前(1902年)、厳寒の八甲田山中でロシアとの戦争に備えた寒冷地における予行演習として、青森と弘前の二聯隊に雪中行軍という苛酷な人体実験が強いられる。神田大尉率いる青森5聯隊は猛吹雪の渦中で進退を協議中、山田大隊長が突然前進の命令を下し、指揮系統の混乱から、ついには199名の死者を出す。生存者はたったの11名で、かろうじて生還した者も、凍傷で手足などの切断を余儀なくされた者がほとんどだった。
一方、少数精鋭の徳島大尉が率いる弘前31聯隊は210余 キロ、11日間にわたる全行程を完全踏破、両隊を対比して、自然と人間の闘いを迫真のタッチで描いた長編小説で、一気に読ませる迫力にみなぎっている。

前歴が気象学者の新田次郎だけあって、雪中行軍の描写は臨場感にあふれ、零下30度の厳寒で次々に狂い死にしていく兵士の描写など、息を飲む迫力だ。気象観測の専門家でなければ、これほどリアルに雪山の想像を絶する厳寒(排尿するにも指が凍り付いて社会の窓を開けられず垂れ流した尿がツララになって、凍死)や、視界がきかない魔の飛雪、なだれの恐ろしさについて描写できなかっただろう。文章を追っていくだけで、雪山の魔物のような恐ろしさに息を呑む。
一読の価値はある秀作だが、登場人物はすべて仮名、史実に基づいているとはいえ、あくまで新田の見解や解釈に基づいたフィクションという。

後記で、たった一人の生き残りであった小原元伍長が亡くなったあと、同行軍について緻密な記録文書(吹雪の惨劇)を執筆中だった青森出身の小笠原孤酒さんから資料提供を受けたとあり、その際実名で書いたらどうかと示唆されたらしいが、結局文章に丸みが出るだろうと、あえて偽名を選んで自らの想像の生きる小説とした秘話が、明かされている。新田自身は、雪山の恐さを知らぬ軍幹部の横暴な人体実験だったと公に糾弾しているが、小笠原さんはこの点にショックを受け、作品そのものは評価していないようだ。

新田次郎といえば山岳小説で有名だが(同書も山岳遭難事件が題材の山岳小説の一派)、時代小説も達者、今現在は「新田義貞」を読書中。綿密な取材や資料に基づいた新田作品はどれもお薦め、通の読者をうならせる才気に満ちている。


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米インディアンの冒険小説

2011-08-26 20:47:43 | 推薦ページ
「ダンス・ウイズ・ウルヴズ」(マイケル・ブレイク、文春文庫)を読み終えた。
今春帰国時友人からもらった古文庫だが、映画化され人気を読んだこの冒険譚は超面白かった。
訳者(松本剛史)がなかなかの名訳で、文学的にも読ませる作品だった。

筋書きを簡単に記すと。
南北戦争時代のフロンティア(激戦地テネシー州)を舞台に、先住部族コマンチの女性(白人少女時部族に捕えられ、インディアン化した過去を持つ「拳を握り立つ」<インディアン名>)と愛し合いコマンチと共に生きる道を選び取った元北軍中尉ジョンの、数奇な運命と大自然との交感を壮大なスケールで描く活劇譚。

題名の、「狼と踊る」は、ジョンがコマンチ族から与えられたインディアン語の氏名(作中、ツーソックスとジョンが名づけた足元だけ白い老狼が登場、ジョンと交流を分かち持つのだが、それを目撃したコマンチの一人がそう命名した)。
インディアンの大自然に沿った生活慣習、大いなる精霊信仰、純朴でスピリチュアルな思考を知る上でも興味深く、楽しませてもらった。

20年前の作品ということもあって、アマゾンなどでは現在取り扱っていないようなので、図書館で見つけたら、ぜひご一読ください。

以下はウイキペディアの映画作品(アマゾンで中古DVDあり)についての説明。↓

ダンス・ウィズ・ウルブズ』(Dances with Wolves)は1990年のアメリカ映画。製作会社はオライオン・ピクチャーズで、監督・主演・製作はケビン・コスナー。第63回アカデミー賞作品賞ならびに第48回ゴールデングローブ賞・作品賞受賞作品(原作のコマンチ族は、映画ではスー族に変えられている)。
先住民族であるインディアンを虐殺しバッファローを絶滅寸前に追いやった白人中心主義のアメリカ社会に対して警鐘を鳴らすと同時に、フロンティアへの敬意・郷愁を表している点で従来の西部劇とは大きく一線を画す。
原作は発表当初、白人を批判する内容に嫌悪を抱いた多数の出版関係者により発売を拒否されていた。
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サリンジャーとの恋の暴露記

2011-08-04 20:04:42 | 推薦ページ
帰国時友人にもらった「ライ麦畑の迷路を抜けて」(ジョイス・メイナード、原題は'At home in the world')を読んでいるが、これがめっぽう面白い。執筆当時から遡ること25年前、昨年逝去した有名米作家JDサリンジャー(1919-2010)との恋の顛末を赤裸々に綴った回想記だが、在りし日の大御所作家の実像が浮かび上がり、興味深いのだ。

当時18歳のイエール大生だったジョイスは、ニューヨクタイムズ・マガジンに載った「18歳の自叙伝」が話題を呼び一躍マスコミの寵児に祀り上げられていた。続々届くファンレターのなかにすでに隠遁していた有名作家サリンジャーの手紙が混じっており、その賞賛の内容はジョイスを有頂天にさせる。彼女自身はまだその時点では、サリンジャーの出世作「ライ麦畑でつかまえて」(1945年刊行で今に至るまでの発行部数はなんと、6000万部という驚異的なベストセラー)を読んでいなかったのだが、すぐに傾倒していく。そして、ついにサリンジャーが隠棲するニューハンプシャー州の隠れ家で同棲へといたるが、まだヴァージンだった18歳の著者と53歳の作家は結局、肉体関係を結び得なかった。ジョイスが膣の筋肉が緊張する膣痙という奇妙な病気のせいであった。ホメオパシー(同種療法)に傾倒していたサリンジャーは、自然薬を処方したり、セラピストにジョイスを診察させたりするが、効果はなく、やがて、商業主義に踊らされるジョイスとの方針の違いから、破綻へといたる。

サリンジャーの作品は大体読んでいるが、私はヘンリー・ミラーやヘミングウエイが好きで、残念ながら彼の作品はあまり印象に残っていない。中途で隠遁し作品を発表しなくなったことはおぼろげに知っていたが、瞑想やホメオパシー、自然食餌法に凝っていた実態もわかって、なかなか面白かった。インドの聖者、ヴィーヴェカナンダの名前も出てきてインドにすらややかぶれてた嫌いがある。商業化を嫌悪する余り、隠れ家で小説を書きながらも、出版することなく、巨大な金庫に作品を収納していたともあった。サリンジャーファンンにとってはごくりと生唾もの、のどから手が出るほど読みたくても、金庫の奥深くに眠った原稿はないものねだり、地団太踏んだかもしれない。
ジョイスが小説と人生の師と崇めていたサリンジャーは、35歳も年下の駆け出し作家に、「自分の心に忠実に書け、読者や編集者におもねるな、自分の書きたいものを正直に書くんだ」と叱咤する。
ここからはおのずと、創作に真摯な求道的作家の姿が浮かび上がる。なんだか、私の耳にも痛い忠告だった。若い娘の身空でカリスマ作家にこんなことを言われたら、彼女でなくとも洗脳されてしまいそうだ。サリンジャーは、デビュー作「ライ麦畑でつかまえて」が超ベストセラーになったことで、成功した途端会ったこともないような親戚がおこぼれにあずからんと現れたり、プライバシーが大きく侵害されたりと、苦い経験をしたのである。

大御所がのたもうていることは正論と思うが、現代の出版界にあって、著者が宣伝に一役買わないことはありえないだろう。また、彼の反論する著者の顔写真を掲載する件にしても、今はイメージが先行しているから、まったくなしというわけにはいかないだろう。ちなみに、「ライ麦畑の迷路を抜けて」の表紙は、当時18歳のイエール大生だったジョイスの全身写真(「18歳の自叙伝」に使われたもの)である。カジュアルなセーターにジーンズ姿の髪の長いやせっぽちの目の大きい少女、美人というのではないが、愛くるしく、ルックス的にも話題を呼んだろうことは容易に想像がつく。サリンジャーにしてみれば、おのれの二の舞を踏ませたくなかったのかもしれないが、まだ18歳の少女には苛酷な要求でもあった。
ホメオパシーにのっとった峻厳な食餌もしんどかったろう(元々拒食症気味だったジョイスは、サリンジャーに追放されて以降、病気が重くなる)。

それはさておき、私自身初心に帰れ、といわれたような気がして、大いに反省した。

しかし、現実問題として売れないと、プロとしてはやっていけんしなあ。
サリンジャーのように、デビュー作の印税だけで生涯食っていければ、あとは隠遁して自分の書きたいものを忠実に書いて、出版しないという方針でもやっていけるだろうけど、そういう天才的運に恵まれた作家はごくひと握りだ。
ある意味うらやましい作家人生、作家のための作家に徹した人生を送ったともいえる。
晩年二十年間は本書中にも登場する20歳年下の可憐な看護婦と結婚生活を営んでいたらしいが、昨年1月27日老衰で永眠した。気になるのは、隠遁後も書いていたという小説の行方。部屋大の金庫に収納されていたはずだが、未亡人の手で公表される日がいつか来るだろうか。夫の遺言に忠実にいけば、それはありえないが。

最後に、筋書きをあまり明かしてしまっては興味が半減していけないが、ラストシーンについて簡単に記しておこう。三児の母となった著者(この頃にはコラムニストとしての知名度を得、本も数冊出していた)が26年ぶりに老作家を訪ねるシーンでドラマチックに終わるので、ぜひ特筆しておきたい。銀髪の八十近くなっていたサリンジャーの怒りと軽蔑、冷淡に遭遇したジョイスは、「あなたにとって、私の利用価値はなんだったのか」と臆せず真正面から問う。大御所は、「回想記を書いてると聞いた。私を利用するんだろう」と、怒気を含んだ声で返す。最後には「君を利用なんかしなかった、君のことは知りさえしない」と、ぐさりと突き刺す一言。しかし、ジョイスはこたえなかった。翌年、サリンジャーとの仲が決定的に終わったと感じたジョイスは大御所からのラブレター14通を子供の学費稼ぎにオークションにまでかけるのだ。1400万で落札され、後日その落札者からサリンジャー本人の手元に戻された。

サリンジャーファンでなくとも、十分楽しめるノンフィクションだ、超お薦め!


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「太陽の季節」ほかお薦め文庫

2011-07-25 20:51:22 | 推薦ページ


昭和30年に刊行された石原慎太郎の「太陽の季節」(新潮文庫、第1回文学界新人賞・第34回芥川賞受賞作品)を読んだ。
60年近くたっても新鮮で、戦後わずか十年を経て書かれたとは思えないほどのモダンさである。
昭和30年というと、私は一歳の赤子。まだ保守的な風潮が根強くなごる時代に、男の一物で障子を突き破るという型破りで大胆な描写をしたのだから、当時の世相をおおいににぎわしたことは容易に想像がつく。倫理上社会問題になった一方で、太陽族との流行語も生んで、映画化され、若者カルチャーが変わる衝撃作として話題になったそうな。

主人公はヨットと拳闘が趣味の気障などら息子で、芥川賞選考委員にもそのいやみさを指摘する声があったそうだが、今読んでも斬新で才気を感じさせる作品だ。
政治家に転身したのが惜しいと思えるくらいだ。
が、この主人公に作者が投影されているとしたら、やっぱり野心家の行く末は現実的な社会での特権的成功、おのずと政治家ということになったかもしれない。

今月初めに日本から送った本の小包(船便)が予想意外に早く届いたことから、読書を堪能している近頃だが、ほかによかったのは、「青山娼館」(小池真理子、角川文庫)。これは最愛の娘を亡くしたヒロインが人肌のぬくもりを求めて、青山にある謎めいた洋館で高級娼婦として体を売るようになる異色の筋書きだが、小池真理子って、こんなにうまかったというくらい、よく書けていて一気に引き込む筆力、直木賞受賞作品「恋」より感心しかけたが、終り近くになると崩れる。「恋はご法度」という館のマダムいわくタブーに逆らって、恋をして追放されたほうが良かったような気がするが、それでは読者の想像通りのありきたりな設定ということでこうなったのだろうが、無理があるような気がした。しかし、娼館の内装のゴージャスさ、ミステリアスな美貌マダムの人物描写等、よく描けていた。こうした現実離れした幻想的手法にさらにミステリー的要素も絡めると、話が膨らんだかもしれないが、恋愛小説家に転身した手前、それはできがたかったのかも。しかし、惜しい題材だ。元々は推理小説家だったのだから、ミステリーにすることはお手の物だったろうに。

トイレまんだら」(妹尾河童、文春文庫)、有名人のお宅のトイレ拝見、微に入り細にうがっての俯瞰図一覧と、トイレ観・トイレカルチャー書。作家の書斎俯瞰図編もあるそうで、私にはそちらのほうが面白かったかも。でも、トイレの緻密なイラスト図も楽しかった。ちなみに、表紙は、大御所作家・田辺聖子のお宅のゲスト用トイレ俯瞰図だった。

まだ読み始めたばかりだが、林望の「ホルムヘッドの謎」(文春文庫)は、さすがに数々のエッセイ賞に輝くエッセイの達人だけあって、読ませる。イギリス通で、「イギリスはおいしい」、「イギリスは愉快だ」等のエッセイ書は有名。しかし、著者の専門は書誌学。で、同書は、イギリスをテーマにしながら、連句させて日本の話題も取り入れている、書誌学についてのエッセイもあり、この人の文を読むと、しみじみ私のエッセイはまだまだだなと、忸怩たる心地。たった五歳年上なのに、古語や故事などの語彙が豊富で、ユーモアとウイットにあふれた格調高い文体、物書きの端くれである当方にも、文章作法になる貴重な一冊である。イギリスかぶれの一方で、能の専門家、国文学者らしい一面も備える。作品には小説もあるそうだが、この人ならきっといいフィクションが書けるだろうと想像したことであった。次回帰国時は、林望の小説にぜひトライしたい。

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還暦デビューの作家が描いたミステリー

2011-07-15 20:50:51 | 推薦ページ


遅ればせながら、2008年に刊行された幻冬舎文庫「氷の華」(天野節子)を読んだ。
一昨日届いた、先の帰国時東京から自分用に送った本の船便小包に混じっていたものだ。

知人のアマチュアだが、筆力はプロ並みのミステリー作家Kにだいぶ前に薦められていたもので、この春帰国した機会にブックオフで買い求めたのだ。

ベストセラーになってテレビドラマ化されたため、ご存知の方、すでに読了した方もおられるかもしれない。
著者の天野節子について一言。
大のミステリーファンであった著者は読む一方で書いた事はなかったが、来る還暦記念にミステリーを自費出版しようと思い立つ。56歳から書き始めて4年、一万枚書きつぶした原稿がやっと完成して、S社に申し込むも、その会社が倒産、不運にも払い込んだ180万は戻ってこなかった。が、この原稿に目をつけたS社の編集者で後に幻冬社の自費出版部門に引き抜かれた男性が、新たに企画を蘇らせ、めでたく同書は単行本化されることになった。そして、自費出版書とは思えぬほど緻密な構成、文章の巧みさにうなった同社の商業出版部門の編集者が一年後に正式刊行、後に文庫化され35万部のベストセラーになったドラマが隠されていたのである。
何よりも著者の年齢が注目され、デビュー作にもかかわらず、素人とは思えないできばえが話題になったのだった。

若い作家ばかりがもてはやされる昨今、還暦デビューを果たし、一躍ベストセラー作家に躍り出、女松本清長との異名をとる天野節子には、私もなにやら鼓舞される思いだ。
さて、肝心の内容だが、ミステリーということもあってここでは伏せておくとして、800枚という長編にもかかわらず、一気に読ませるものがある。確かにデビュー作とは思えないそつのなさなのだが、伏線の張り方にやや作為が目立つのと、ヒロイン恭子の人物造型は完璧だが、拮抗する康子が今ひとつよく書けていないのが残念。高慢ちきで人に弱みを見せない氷のような悪女・恭子をわなにはめるのだから、恋敵でもある康子の描写がもう少しほしかった。
康子の登場する場面は少なく、顔立ちもはっきりしないし、性格もあいまいだ。
後半になって、康子が事件に関わってくる重要人物と知って、ページを繰りなおしたが、キャリアウーマンで若々しいくらいのイメージしか湧かなかった。大学時代劇団に入り女優を目指したという経歴一つとっても、魅力的な美人ではないかと想像はつくが、恭子があまりに華やか過ぎて、影が薄くなるのだ。

対する恭子のキャラクター設定は完璧すぎるほど完璧だ。
この作品はまさにヒロインの一人芝居、読ませるのは、ひとえに恭子という悪女(内面に弱みを持つが決して見せない)、毅然とした構えの意志の強い、刑事とも堂々と渡り合う、勝負を賭けた女の見事さゆえだ。
単なる悪女で片付けてしまえない迫力に、読者は引き込まれるのだ。

対する戸田刑事も、がっぷり四つに取り組むが、綿密な推理で執拗に事件を解明していく刑事ですら、ときに恭子のペースに巻き込まれて、追い込んだ挙句の結末(ここでは明かさない)となる。

私は三日で読了したが、中途でつい結末を知りたくなり、覗いてしまい、興味が半減した。
できれば、休日一日かけて一気に読むことをお薦めする。

ミステリーはあまり好まないほうだったが、近年勉強のため、なんでも読むようになった私、藤田宜永氏の刑事ものも先の帰国時数冊紐解いた。


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「壁画修復師」(藤田宜永)

2011-05-06 20:33:49 | 推薦ページ

巴里を舞台にした秀作、「壁画修復師」(藤田宜永/新潮文庫)


先月中旬上梓した拙著「車の荒木鬼」(モハンティ三智江・ブイツーソリューション刊、1260円)の帯に直木賞作家、藤田宜永氏の推薦文を頂く栄えを賜ったが、氏の作品をこのたびまとめて読んだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%AE%9C%E6%B0%B8

「壁画修復師」(新潮文庫)、「巴里からの遺言」(文春文庫)、「野望のラビリンス」(角川文庫)、「転々」(新潮文庫)、「失踪調査(探偵竹花シリーズ)」(光文社文庫)の五冊だ。
すでに、直木賞受賞作「愛の領分」(文春文庫)
http://www.amazon.co.jp/%E6%84%9B%E3%81%AE%E9%A0%98%E5%88%86-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%97%A4%E7%94%B0-%E5%AE%9C%E6%B0%B8/dp/4167606062/ref=pd_sim_b_1
「艶紅(ひかりべに)」(文春文庫)、「求愛」(文春文庫)などの恋愛小説は読んでいたので、今回は初期のミステリーに手を伸ばしてみた。

とにかく、デビュー作(野望のラビリンス)からして達者で、ミステリーから恋愛小説、風俗小説までこなすプロの手腕には脱帽。

さすがという感じで、自作のつたなさに忸怩たる思い。

個人的には、「壁画修復師」の静かな啓示を感じさせる作調が好きである。
http://www.amazon.co.jp/%E5%A3%81%E7%94%BB%E4%BF%AE%E5%BE%A9%E5%B8%AB-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%97%A4%E7%94%B0-%E5%AE%9C%E6%B0%B8/dp/4101197156

「巴里からの遺言」もいい。
http://www.amazon.co.jp/%E5%B7%B4%E9%87%8C%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E9%81%BA%E8%A8%80-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%97%A4%E7%94%B0-%E5%AE%9C%E6%B0%B8/dp/416760602X

東京滞在中に、日本推理作家協会賞&日本冒険小説協会特別賞ダブル受賞作「鋼鉄の騎士」(新潮文庫・上下)も読みたいと思っている。2500枚の超大作で、枚数を聞いただけで、私など恐れ入ってしまう。

みなさん、藤田宜永作品、ぜひ読んでみてください。
超お薦めですよー!

                                      
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