インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

色白信仰

2007-11-29 23:12:58 | 美容&ファッション
肌の色が一般に褐色系のインド人は、皮膚の色に対して一種強迫観念に
も等しいこだわりを持っている。色が白い方が高貴な上層階級とする昔
ながらのカーストの慣習も染み付いているせいと思うのだが、石鹸や化
粧品は色白、フェアになることをキャッチフレーズにした製品が大量に
出回り、人気を博している、
とくに女性の場合、色白は美人の一条件でもあるので、率先してフェア
クリーム&石鹸を用い、浅黒い肌にアンマッチな真っ白のファウンデー
ションやしろいをはたいて、涙ぐましい努力を重ねている。何せ、新聞
の結婚広告にも、カーストは無論だが、色白の人はこれ見よがしに、必
ず「フェア」と誇らしげに掲げるほどなのだ。

                 

最近の若い男性は、うちの息子はじめ、女性に負けないくらいおしゃれ
で、石鹸、シャンプーは無論、クリーム、香水まで良質の製品を好み、
色白になる触れ込みのものが人気。ところで、効果のほどだが、なにが
しかはあるようで、現実に薄褐色気味だった息子の肌色が幾分白めに
なったこともあった。が、なんといっても、気候という自然の効果に勝
ち目はなく、ダージリンの寄宿舎に通いだした頃から、見違えるように
白くなり、外見的には日本の若者とまったく変わらないようになった。
男の子は浅黒い方がたくましいといわれるけど、まさしくその意味では
うちの子なんかいい案配になって、親バカの私はにんまり。
カンチェンジェンガの雪山が校舎から仰げる絶好の学習環境で四年学ん
だだけに、夏でも涼しい山間気候が肌に及ぼした影響は実に実に多大で
あった。ちなみに、わがインド人夫も、日本に三ヶ月滞在後戻ったら、
友人連中から、おまえ、少し白くなったんじゃないかと驚かれたくらい
で、欧米などに長く住み着いているインド人の肌はその地の土壌に染
まりく、脱色したような肌色に変わっている。がゆえに、生まれたとき
から海外に住んでいる二世など、真っ白。

                        

無論、国内にも少数派とはいえ色白の人はいて、とりわけイスラム女性
は欧米人に近い肌白さ。もちろん、ヒンドゥ教徒のなかにも色の白い人
はいて、周りが褐色だと、やはり目立つ。この間、甥の結婚式で、わが
親族と旧交を温める機会があったが、夫の兄の息子であるもう一人の甥
のお嫁さんが肌白なのがひときわ目を惹いた。黒地に金ラメの晴れ着サ
リーをまとっていたので、余計に白さが際立つ。五歳になる丸々太った
可憐な坊やも、真っ白。うちの亭主は褐色めなので、同じ一族でも、突
然変異のように白いのがいたかと思うと、残りは黒めだったりとさまざ
まで、肌色は個々人によって微妙に異なる。ヨガインストラクター、ビ
ティカ&ビショウロダ姉妹も、姉は黒目の個性的な顔立ちでがっしりし
た体格だったのと対照的に、妹は肌白のスリムな可憐美人と、姉妹でも
まったく別人のようだったことを思い出す。

あと、ルックスを売り物にする女優やモデルはおおむね、色白と相場が
決まっている。売れてくるにしたがって、当初黒めで野暮ったかった容
貌がみるみるうちに垢抜けて色白になるのも不思議。人気という魔術の
なせる技だろうか。化粧品の効き目も無論あると思うが、往年のトップ
女優、レカなど、初期は肌黒のセクシーさが売り物だったのが、見違え
るように白くなって、典型的色白美人女優に変身したものだった。
最近、アジア一セクシー女優賞を獲得したビパシャ・バスは珍しく、褐
色の肉感ボディが売り物、ライバルで抜けるような色白のカリーナ・カ
プールが陰で、彼女のことをカーリービラリ(黒猫)と呼んで嘲笑して
いたゴシップは有名。ミスワールド出身の国際派超美人女優、アイシュ
ワルヤ・ライは肌が真っ白のみならず、瞳が透き通ったエメラルド色
で、並みのインド人とは思えないたぐいまれなる美形。

                

かくいう日本人の私は、雪国北陸出身のこともあって、肌は白め。色
白は七難隠すというけど、インドではとくにちやほやされる。ヨガセ
ンターの若い女性たちからも、お肌を触られたりしてどうしてそんな
にソフトで白いのと羨ましがられたほど。年齢では勝てないが、肌の
白さでは私もまだ捨てたもんじゃないなとにたにた。
肌色を決定する要因として先に気候をあげたが、彼らはたまたま亜熱
帯国インドに生まれ、容赦なく照りつける日差しの下で育ったがゆえ
に黒くなってしまっただけのことなのである。それが幾世代にもわ
たって続いてきたので、メラニン色素も自然強化され、生まれたとき
から褐色、これに加えること苛酷な風土で二重に日焼けするから、自
然真っ黒になってしまうのだ。ちなみに、私は移住以降、日中は外出
せずお肌を守ってきたこともあって、若い頃の透き通るようなとまで
はいかずとも、そこそこ色白を保っているのである。これが無頓着に
炎天下毎日外出してみい、二十年後の今はきっと、私とて、インド人
肌化していたことは間違いない。保守的な当地では、女性はあまり外
出せずもっぱら家内にこもっているのだが、私も現地の慣習にならっ
て深窓の奥様でいたことも今となっては(窮屈だなあと散々ぼやいて
いたのだが)、幸いしたといえそうだ。

自然条件によって左右される不可抗力の肌色とはいえ、黒めの人が、
白めの人に劣等感を抱いているのは間違いなく、内に潜むコンプレッ
クスからフェアソープ&クリームへと走るのだ。
今後も、化粧品業界は、色白を謳い文句にした製品が乱立、競争が激
化しそうである。

                        

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オリヤ訓話3/ねずみと聖者

2007-11-26 00:11:31 | 現地語&民話
瞑想中の聖者は、凡人が非常にびっくりするようなことをときどきしで
かしてのけます。
一人の聖者がポンチョボティに住んでいました。人間社会から隔てら
れ、いつも瞑想していました。一度深い瞑想に突入し、体がリラックス
して上昇しました。目を開けると、ねずみを見ました。猫がつかまえよ
うとしたことに恐れ、避難してきたのでした。それを見た聖者は壷の水
を手ですくって、マントラ(経文)を唱えながら、ねずみの上へ振りか
けました。すると突然、ねずみは猫に変身しました。攻撃しかけていた
猫はこれを見て、森へ逃げました。

         

猫に変身したねずみは、そのままアシュラムにとどまりました。ときど
きアシュラムの周囲の森をぐるりと周っては帰ってきました。ある日、
森の奥に行ったとき、虎が彼女を見て食べそうになったので、一目散に
逃げ帰りました。
ほっとしてアシュラムに入りました。それを見た聖者は、再びマントラ
を唱えつつ、猫の上に水を振りかけました。みるみるうちに猫は虎に変
わりました。虎になった猫はアシュラムになんの恐怖心もなく居座って
いました。数日後、また森をぶらつきたくなり、ふらりと出かけまし
た。王様の宮殿の狩人が、その日、狩りをせんと訪れていました。狩人
は虎を見て殺しそうになったので、怖くなって逃げ帰り、アシュラム内
の聖者のそばにたどり着きました。

狩人が虎を捕まえようとしたことを知った聖者は、マントラを唱えつつ
水をふりかけ大変に美しい少女に変えました。少女になった虎はそのま
まアシュラムにとどまりました。聖者は自分の娘のようにしつけ、少女
は大きくなりました。聖者はよき花婿が必要だと悟りました。
「おまえを結婚させよう」
しかし、娘は言いました。
「お父さん、私は誰とも結婚しないわ。人間は、私が結婚するにはちっ
ぽけすぎるわ」
聖者は笑って、言いました。
「人間よりは神様がずっと巨厳だ、どんな神様と結婚したいんだい、お
まえと結婚させるため、私が話をつけよう」

              

娘は熟慮の末、言いました。
「太陽の神様と結婚させてください。彼は輝かしく、美しく、もっとも
強大です」

       

聖者はマントラを唱え、太陽神が現れました。聖者は、娘の心よりの言
葉を太陽神に伝えました。太陽神は言いました。
「あなたの娘さんと結婚するのはとてもうれしいんですが、私には、彼
女は大きすぎ、強力すぎます。私より強大なので、曇りになってしまい
ます。なぜって、彼女は私を覆い尽くして、私の明るさは彼女の中に入
り混ざってしまうことでしょうから。彼女が自ら去らない限りは、私は
おぼろげになってしまいます」

             

それを聞いた娘は言いました。
「お父さん、私、雲の神様と結婚するわ」
聖者は太陽神にお別れすると、雲の神様を呼び出しました。すべてを聞
いた雲神は言いました。
「私はたしかに太陽神を覆うことができますが、風神は私より、強力で
す。彼は私を吹き飛ばし、私は一刻もとどまることができません。私は
彼のそばではまったく無力です」
それを聞いた娘は言いました。
「お父さん、私、風の神様と結婚するわ」
聖者は雲神にお別れを言い、風神を呼び出しました。すべてを聞いた風
神は言いました。
「私は雲を飛ばすことはできますが、いくら試みても、山を揺り動かす
ことは不可能です。だから、山神が私より大きく、強力です。彼は、あ
なたの娘さんに適したお婿さんになるでしょう」
それを聞いた娘は言いました。
「お父さん、私、山の神様と結婚するわ」

                

聖者はそれで風神にさよならをし、山神を呼び出しました。聖者の言葉
を全部聞いた山神はいいました。
「あなたの娘さんと結婚できるのはとても幸せです。でも、私より、ね
ずみの王様がもっと強力です。風は私を揺り動かすことは出来ないけ
ど、ねずみの王は私を傷つけることができるからで、私はとうてい持ち
こたえません」
これを聞いた娘は言いました。
「私、ねずみの王様と結婚するわ」
その一言を耳にした聖者は悲しくなって、山神にお別れし、たちまち娘
をねずみに変えました。

                    

ねずみの王様と結婚するのがうれしさに、ねずみになった娘は森に飛び
跳ねるようにして帰りましたとさ。聖者は深い嘆息をひとつついて、瞑
想に再び戻ったとのことです。

*     *     *


教訓/外見だけ変えても、内面の性質は違わず、
なんの特典にもならない。どんな人間とて外見を
変えることは可能だが、変貌した表面の中にと
どまっている性格は頑固に生きている(シッキャー/
ビトロロ・プロクロティ・ノ・ボドリレ、バーヒョ・ポリ
ボルットノ・ドゥワーラー・キチ・ラーボ・フェニ。ジョ
ネ・オニョジョノンコロ・バーヒョ・ポリボルットノ・ゴ
ターイパレ、キントゥ・ビトロロ・ポリボルットノ・ケボ
ロ・ニジョ・ウデョヨモレ・ショムボボ・フエ)。

※日本のことわざでいえば、
「バカは死ななきゃ直らない」になろうか。



出典/アモ・ロコーコター(私たちの民話)
/著者・シュールジョモニ・モハーパートゥロ
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ローカル日誌/ビーチ祭見学記

2007-11-25 22:27:52 | カルチャー(祭)・アート・本
<11月24日>
今日は、わが町・プリーの第13回ビーチフェスティバルの第二日目。昨
日下見に行って、午後六時半と早く行き過ぎて、展示場の店も半分が準
備中、カルチャープログラムも、お偉方の挨拶段階で拍子抜けだったの
で、七時半過ぎ出かけた。
砂地の上にプラスチック製の椅子を並べただけの野外劇場の座席は、昨
日は後ろの観にくい場所しか空いてなかったのに、中ほどのスペースの
最前列席が折りよく空席、比較的舞台もよく見える。

               

ちょうど、鮮やかな紫色の舞装束をまとった女性中心に、当州古来の伝
統舞踏・オディッシーを優雅に円舞している最中で、スカートのように
ふわりと膨れ上がった衣装が美しかった。
お次は、カルカッタよりの舞踏団がダンスドラマを繰り広げる。ラメ入
りの原色の洋風装束が目も綾で、見とれる。

                     

三番目の出し物は、サンバルプールの原住民ダンス。七彩のカラフルな
シャツをまとった男たちと、鮮やかな黄色と赤のコンビの膝までの短い
丈のサリーをまとった女性たちが、素朴なトライバルダンスを繰り広げ
る。ほのぼのと心温まるような可憐な田舎踊りだった。
四番目は私にはすっかりおなじみになったゴッティエプオ。オリヤ語
で、「ひとりの息子」の意で、少年舞い手が六名、オディッシーベース
のアクロバティックな舞踏を披露、ブリッジや、とんぼ返りや宙返りは
お手のもの、六名で形作る人間ピラミッドともいうべき難技の造型が見
事で、会場は惜しみない拍手の渦で沸き返った。

                   

私にとって最後になったのが、グジャラート州のスティック打ちフォー
クダンス。男女のペアがそれぞれ両手に短い棒を持って打ち合うリズミ
カルな踊り。同州のナヴラットリ(九晩)という有名なお祭りでは九日
間この民舞がにぎやかに繰り広げられるのだ。

いずれ劣らぬ華麗な競演で、カラフルな衣装がためいきが出るほど美し
く、改めてインドのリッチなカルチャーを堪能させてもらった。
つくづく惜しまれるは、デジタルカメラを携帯しなかったことだった。
昨日後ろの席しか空いてなかったので、これじゃカメラを持っていって
もしょうがないなと断念してしまったのだ。
が、五日目の最終日再訪する予定なので、この挽回はきっととるぞ!

                            



(※巻頭写真は最終日に披露された当オリッサ州・
サンバルプールの原住民ダンス)
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現地紙トピックス/犬と結婚?

2007-11-24 22:51:41 | 生活・慣習
三十三歳のセルヴァクマールさんは、花嫁をいっこうに見つけること
ができない実状にほとほと疲れ果て、惨めな日々を払拭するのに躍起
になっていた。
折りよく、彼のかかりつけの占星術師が、まさにその理由と、試練か
ら抜け出る方法を賜った。
お前の問題は、犬どもの交接の瞬間、石を打ちつけて殺してしまったこ
との呪いが降りかかっていることからくるものだと、言われたのであ
る。占星術師は、呪いを解くために、雌犬と結婚するよう薦めた。

            

律儀にその忠告に従って、セルヴァクマールさんはおのれの運命の軌道
を変えるべく、計画を家族に打ち明けた。ぎょっとした親族は、奇怪な
行為は一族全員を当惑させるものだと、断じてやめるよう説得しようと
した。

しかしながら、程なくセルヴィという名前の適切な、取り澄ました雌犬
の花嫁がアレンジされ、きらめくような赤のサリーとマリーゴールドの
花輪をかけられ、本番の結婚式に向けて着飾らされた。

              

タミルナドゥ州のシバガンガに百人の村人が集い、セルヴァクマールさ
んがセルヴィにマンガルシュトラ(結婚首飾り)をくくりつける手続き
の一部始終を目撃した。婚礼の儀式に引き続き、祝宴が張られた。
くだんの占星術師は、儀式の半年後によい結果が現れるであろうと予告
したそうな。

               


※THE TELEGRAPH(カルカッタベースの英字紙)、
11月23日付けのコラム欄より引用
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アウトカーストの女性首相

2007-11-21 20:08:58 | 政治・社会・経済
現UP州の首相は、ダリット(壊された民の意)というカースト外最底辺層
出身の、マヤワティ女。
彼女には過去二度の州首相歴があるが、いずれも連立政権で短命だっ
た。が、先州議選で、過半数を獲得し、所属するBSP(バフジャン<ダ
リットの別称>・サマジワディ<理解>・パーティー)一党独裁の安定
政権が樹立されたのである。過去ダリット出身の有名な政治家には、イ
ンド憲法の父といわれる故アンベドカル法相らがいるが、女性の身にし
ての大快挙。
早速、ダリット層の優遇対策を打ち出すなど、虐げられているおのが階
層の救済に乗り出した。

                     

ダリットとは、ブラーミン(司祭)、クシャトリア(王侯・戦士)、
ヴァイシア(商工)、シュードラ(奴隷)の四姓にくみしないカースト
外の最底辺層で(インド全土に一億以上いるといわれる)、庭・トイレ
掃除、洗濯夫(ドービー)、革職人・くつ使い、死体運搬人、屠殺人な
ど、カースト内ヒンドゥが穢れるといって避けたがる職分を請け負う。
がために、21世紀の今になっても、根強い差別待遇を受け、井戸水を共
用させてもらえなかったり、インカーストの影を踏んだり、おのれの影
で覆うことすら禁じられている。
法的にはこの不可触賤民(アンタッチャブル)は禁止されたにもかかわ
らず、カースト制度がいまだに現存し、職業世襲制の連綿と続く階級社
会だけに、いっこうに差別がなくならない。マハトマ・ガンジーが彼ら
をハリジャン、神の子と呼んで差別撤廃を訴えたのは有名な話。が、今
もって、アウトカーストは虫けら同然に扱われ、上位カースト層に無残
に殺戮・強姦されたりの事件はしょっちゅう。
 
                  

四姓の比率のおおよそは、ブラーミン5%、クシャトリア7%、ヴァイシ
ア3%、シュードラ60%、アウトカースト25%といわれ、なんと下層
カーストはトータルすると85%もの高率になり、ヒンドゥ教徒の八割方
はバックワードカーストと、後進層ということになってしまう。
戦後、政府がこの指定カースト(スケジュルード・トライブといわれる
原住民も含まれる)の優遇政策を打ち出し、公務員職や大学などの教育
機関の割り当てが現時点で27%まで引き上げられたが、この政策にも欠
陥があり、優遇策がクリームレヤーといわれるダリットの中でも比較的
恵まれている層に集中して同階級間での格差が出たり、カースト内ヒン
ドゥ、とくに学生から抗議のストに遭遇したりもしてきた。

                 

政治家として成功するようなまれに見る幸運をものにできるのは僅少、
その他大勢は、人の嫌がる穢れ職を甘んじて引き受け、差別待遇にじっ
と耐えている最貧民層なのである。

マヤワティ女性首相は頑丈な体格の、髪を短く刈り上げたショートカッ
トでボーイッシュな風貌。51歳の現在も独身を通しているが、メントー
だったBSPの創立者、故カンシー・ラムとの関係が取りざたされたことも
あった。彼女自身は純粋に政治的な交流と否定していたが。肌黒い顔の
がらがらほえるような声での演説は凄みがあり、さすがダリットかつ女
性というハンデを乗り切っただけのことはあって、なかなかの政治的手
腕。UP州は治安も悪化する一方だったのだが、鉄血女性相、無論そちら
方面の良化にも手抜かりない。
町はみるみるきれいになり、計画停電も以前に比べ減っているようだ。
警察や官僚ににらみのきく鉄腕ぶりを発揮し、住民の苦情受け入れ体制
も万全。何せ、前政権のアナーキーぶりに業を煮やしたアッパーカース
ト層の支持も抜け目なく勝ち取ったため、全UP民援護で向かうところ敵
なし。

いずれは中央政権掌握の野望もひそかに抱いているとの風評も流れ、果
たして、インド初ダリット女性首相の誕生なるか?というところ。もっ
ぱら民族服パンツスーツ一辺倒の男性的かつ、カリスマ性抜群のマヤワ
ティ女性首相の今後よりいっそうの活躍が期待される。

                         

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オリヤ訓話2/井戸のかえる

2007-11-21 19:48:49 | 現地語&民話
海のそばに井戸がありました。その井戸にはかえるが住んでいました。
ヒルを食べたおなかは膨れ、井戸は彼にとっての全世界でした。午後の
けだるい時間帯、突然眠気が襲ってきてうとうとし出しました。そのと
き、ドプという音が聞こえました。彼は驚いて起き上がり、大きなかえ
るを目撃しました。彼は驚いて見つめました。こんなに大きいやつは
いったいだれだろう?

           

深刻な声で尋ねたところ、海のかえるは答えました。
「私はあなたのゲストです。海に住んでます。この道をたどるうちに、
井戸に落ちてしまいました。あなたとお会いできてうれしいです」
井戸のかえるは答えました。
「海ってなんだい? ぼくの井戸のようなものかい?」 
海のかえるは井戸のかえるが知らないのはもっともだとうなずき、
「海は井戸より何千倍も大きいのです」
と答えました。

                     

井戸のかえるは自分の住処を離れて外に行ったことが一度もなかったの
で、言いました。
「それは絶対ありえないよ。井戸より大きいなんてあるはずない」
海のかえるは、
「では、いっしょに行って海を見てきましょう」
と彼を誘いました。井戸のかえるは賛同せずに、答えました。
「おまえはうそつきだ。おまえの心がけはよろしくない。心がけがよく
なったら、賛同しよう、なぜって、私の井戸より大きいものはどこを探
してもないのだから」

                       

海のかえるは井戸のかえるが自分を信じてないとわかったので、井戸を
飛び越えて海へと立ち去りました。あっというまに彼が消えたあと、井
戸のかえるはほくそ笑みながら独り言を言いました。『あいつはぼくを
からかったんだ。ぼくはこの井戸より他に大きいものはないってことを
誰よりもよく知ってるんだから』。ぶつぶつそれだけ言うと、またとろ
とろとまどろみに落ちましたとさ。

               


*     *     *


教訓/井戸のかえるは自分の考えのみにこだわる
限界思考で、ほかのかえるの意見を尊重しない。
他者の思考も尊重することが大事との警告めいた
教訓がこの短話を通して、生きよう(シッキャー/
クーポモンドゥコ・ボリ・ニジョロ・チンターク・ニジョ・
ビットレ・シーマーボンド・ノコリ・オニョマーノンコ・チ
ンターダーラーク・モドゥヨ・ショマーノデバー・ドロ
カーロ。エハードゥワーラー・チェトナーロ・ジョンプロ
シャローノ・ゴテ)。


*日本のことわざで言えば、要するに「井の中のかわず」
ということになろうか。



出典/アモ・ロコーコター(私たちの民話)
/著者・シュールジョモニ・モハーパートゥロ
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DDT入りコーラ

2007-11-19 22:44:30 | 食・健康
2003年のことだが、コーラやペプシをはじめとする12清涼飲料水に規定
の30倍以上の殺虫剤が含有されていたことが発覚し、大問題になったこ
とがあった。先に、ミネラルウオーターの汚染問題で当時人気NO.1だっ
たビスレリという銘柄が発売禁止になっていた矢先だっただけに、大論
議をかもし、国際基準をないがしろにしている外資系企業に非難の矢が
集中した。この騒動でボイコット運動が起き、コーラをはじめとする
コールドドリンクスの売り上げが急減したことはいうまでもなかった。
製造過程に際して、井戸水を使用していることからくる汚染らしく、食
品基準が先進国に比べると格段に甘いお国柄、政府が早急に対策に乗り
出しやや厳しくなったものの、結局井戸水を使っている現実には変わり
なく、根本から問題を取り除かない限りはどうにもならないようだ。

                   

有機野菜が普及している先進国とちがって、日本や欧米諸国で禁止され
ている農薬がおおっぴらに散布されている実態、土壌が汚染され、井戸
水にも必然的に殺虫剤が忍び込んでしまうのだ。
じかにDDTを吹きつけられる野菜や果物に甚大な汚染が広がっている
ことはいうまでもなく、とりあえずの対策としては皮をきれいに剥くこ
とのみ、息子にもりんごやぶどうの皮は食べないよう常々言い聞かせて
いる。

                       

私が妊娠中の若い頃の話だが、当時インドではリムカというイタリア系
のレモン風味炭酸飲料水が大の人気で、私も愛飲していた。ところが、
とあるイタリア人旅行者からリムカは自国で発ガン性があるとの理由で
発売禁止されたと聞いて、さすがにぞっとせざるをえなかった。かかり
つけの産婦人科医にも、母体の消化を促進するためにも、一日一本リム
カを飲みなさいと薦められていたくらいで、なんの疑念も抱かずその通
りにしていたのである。いくらインドが貧しい発展途上国だからといっ
て、自国で発売禁止になったものの棄て場にするとは、呆れるやら驚く
やら、同時にこみ上げる憤りも禁じえなかった。

                  

それはさておき、この汚染問題直後、ひょうたんからこまというか、フ
ルーツジュースに鞍替えする消費者が続出、販売元は笑いが止まらない
急成長を遂げた。かくいう我が家もコーラの大瓶はやめて、マンゴー
ジュースに変えた。

汚染は何も食物に限ったことではない。当オリッサ州では最近、偽薬が
出回り大問題になった。人命に関わるゆゆしき問題で、日ごろ現地薬を
無頓着に服用している身にはひやり。偽造ではなくても、やはり西洋諸
国で禁止されているリスクの高い薬も販売され、とくに抗生物質の濫用
が目立つ。そもそも、インドの医者はやたら、抗生物質を処方したがる
のだ。副作用に辛酸をなめさせられた被害者としては、この抗生物質神
話、なんとかならんものかと嘆息をついてしまう。
かてて加えて、インドの薬は、比較的マイルドな日本製に比べると、き
つすぎて私の体には合わない。そのくせ、鎮痛剤など、よく効かないこ
ともあって、今となっては、あれはにせだったのかもと、思い当たる節
がないでもない。
ちなみに、有効期限の切れた薬や賞味期限の終わった食品も堂々と出
回っているため、ラベルの確認は必須。

消費者の記憶から毒入りコーラ事件が薄れかけている現在、当該清涼飲
料水は全品復活、以前どおり大手を振って発売されているし、ビスレリ
までペットボトルのデザインを変えてお目見えしている始末。国民の意
識が低いため、消費者運動なども下火、今後もせいぜい自衛して気をつ
けていくしかなさそうである。



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肥満大国

2007-11-18 23:46:02 | 生活・慣習
中流以上のクラスのインド人には、太っている人が多い。こってり現地
カレーは油の消費量がものすごく、純バターともいうべきギーがふんだ
んに料理に用いられるため、脂肪太りしてしまうのである。これに輪を
かけること、使用人が安く雇えるせいもあって主人ともなれば、ほとん
ど動かない。とくにアッパーミドルクラス以上のサーバント任せの主婦
は、子育てや料理をはじめとする家事から解放されているため、TVの
前にひがな一日のんべんだらり、てき面ぶくぶく。サリーの下にまとう
短い丈のブラウス、チョリの下から醜く出っ張ったおなかを突き出し
て、といった光景はよく見かける。いくら美しいサリーを着ていても、
きれの胴部分からはみ出している肉の塊を見ると、げんなり興ざめであ
る。
                       

無論、男性陣も負けてはおらず、太鼓腹は当たり前。女性とちがって、
男性の場合、食事や運動不足のほかに、お酒という高カロリーの大敵が
あるから、もろ太る。亜熱帯国ゆえ、住民に怠慢癖がはびこり、勤めて
いるといってもちんたらムード、役所ともなれば、昼の休憩はいうに
二、三時間を越すこともざら(ビザの延長などに行くと、よくわかるの
だが、急に立ち上がって、待てど暮らせど帰ってこない。休憩を口実に
チャイなど啜って油を売っているのである)。

                 

というわけで、当然の結果ながら、生活習慣病が激増、とくに昨今は糖
尿病大国と化しつつある。高カロリー食が祟って昔から心臓病患者は多
く、今現在ですら死因の第一位を占めるが、糖尿病はじめ、高血圧、ガ
ンも増えつつある。

都会の子供もこの弊害から免れえず、肥満児が急増している。さもあり
なん、若者の食嗜好の変化でマクドナルドやピザハットが大人気、おや
つはチップスやチョコレート、しかも余暇はTVやネットと動かず、お肉
はどんどん付いてくる。

                     

わが子は幸いにも、中肉中背だが、夫はご多分に漏れず太鼓腹の肥満
体。ここ二、三年高血圧を患っていることもあって、さすがに油・塩分
は控えめ、散歩もほぼ日課と化しているが、左党のためいっこうに減量
する気配が見えない。ヘルシー志向の赤ワインも、当地のような田舎で
は入手不可、酒というとついビールかハードリカーになってしまい、持
病によろしくないのだが、長年の飲酒癖が染み付いているため、どうに
もならない。さすがに若い頃のように毎日は飲まず、週一、二度程度に
とどめてはいるが。

おかしいのは、日本に行くと、たちまちおなかの脂肪が減ること。淡白
な日本食が大の苦手で、食べるものがないため、自然と体重が減ってく
るのである。最近はお国で買ったマサラ粉やバスマティ外米を使って自
炊に励んでいるが、慣れない料理がハードワークとみえ、痩せる事実に
は変わりない。夫にとっては、年に一度妻に伴われての帰国時が、格好
のダイエットチャンスといえるかもしれない。

                       


*     *     *

★コラム
がりがりの貧民たち

近年経済成長目覚しいインドだが、上層部が豊かになればなるほど、下
層階級との格差は広まるばかり。
お金持ちは肥満が当たり前でも、貧困階層は一様にやせ衰えているとい
うのが、お国の苛酷な現実。乞食や浮浪者、肉体労働者みな然り。
何せ、当オリッサ州西部の原住民区域ではいまだに、餓死者が出るくら
いなのだから。
肥満は比較的恵まれている階層のみということで、ダイエットなどと騒
いでいる手合いは贅沢な悩みといえないことも。
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男性の伝統衣装

2007-11-18 01:02:42 | 美容&ファッション
インド男性の民族服として、ポピュラーなのは、クルターピジャマとい
われるパンツスーツ。女性のパンツスーツ民族服、サルワールカミーズ
とちがって、シンプルなデザインで、とくに純白の綿製が人気。暑い国
柄、薄手の綿製スーツは風通しがよく、汗を吸い取ってくれるため、長
年重宝されてきた。が、近年は若者ならTシャツ・ジーンズ、中年でも
シャツにズボンの洋装がポピュラーで、サリーと比べると衰退の一途を
たどり、もっぱらセレモニーなどの礼装用と化してしまった。
彫りの深いインド系の顔立ちにはこの白いシンプルな衣装が映え、男ぶ
りが一段と上がるように見えるのに、普段着としては滅多に着用されず、
残念なことである。
ちなみに、当年とって19歳になるわが息子も、いつもTシャツ・ジーン
ズ、伝統衣装などには見向きもしない。夫ももっぱら洋装で、私が無理
に薦めて買わせたクルターピジャマは一、二度袖を通したのみで、うっ
ちゃられているといった案配。

                 

金ぴかのゴールドなど派手な色やデザインのものもあるが、もっぱら婚
礼衣裳などの晴れ着用。が、ブルーやこげ茶、ベージュなどの色物、襟
元、袖口、裾に刺繍入りのもの、生地もシルクや手織りの高級品など、
女物ほどではないがよりどりみどり出回っている。シルクや手の混んだ
刺繍入りはほとんど、礼装用といっていい。

というわけで、一般人にはあまり人気のないクルターピジャマだが、政
治家にとっては一種の制服とも化しており、ナビン当州首相は決まって
この純白のパンツスーツ。ネルー服といってガクランに似た詰め襟の制
服も政治家にはよく着用される。南の老政治家になると、ド-ティーと
いわれる一種腰巻タイプのだぶだぶズボン様もポピュラー。一枚の白い
布地をまたの間を通して、ハーレムパンツのようにまとうのである。
村の方に行くと、高齢者は今でも、このドーティーを着用している者
も多い。
腰巻といったら、ルンギーがポピュラーで、これは今もって一般庶民の
間に浸透している。休憩・睡眠時に着用されるくるぶしまでの腰巻で、
色もデザインもとりどり、蒸れる下着をまとわず腰の周りに重ねて巻き
つけるだけ。洋装党のわが夫も、さすがにルンギーだけは愛用してい
る。

                         

鮮やかな彩りで派手なデザインのものだと、女性でも水着の上に巻きつ
けるようにしてまとえる。私が旅行者だった頃は、ルンギーは外人女性
にも人気があり、私自身、濃いピンクやシックな黒がベースの花模様の
ものなど、気に入って愛用していたものだった。何せ、ルンギーのみな
らず、クルターピジャマまで着用していたのだ。素朴で着心地がよく、
涼しいのでお気に入りだったのである。薄手の綿で透けて見えるため、
長い丈の上衣の下にはタンクトップをまとって防備していたけれど。
定住者になって以降、われながらなんと大胆なことをしたものだとさす
がに恥ずかしくなったが、周囲も風変わりな外人旅行者くらいに思って
大目に見てくれたのだろう(現地女性が男物を着用したら、間違いなく
キ印と思い込まれ、その方面の病院行き?)。

インド男性の民族衣装を目にするのは、セレモニーか政治家の集会でも
ない限り、まれになってしまったが、伝統ある衣装カルチャーを末永く
守ってもらいたいものだと、クルターピジャマの隠れファンの異人妻と
しては、しみじみ思う。

                               



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聖なる植物

2007-11-16 23:48:32 | 季節・自然
私のお気に入りの飲み物に、トゥルシーの葉っぱ入りのブラックティー
があるが、このインドでポピュラーな植物は、他国でいわれるところの
バジルの葉、めぼうき(しそ科)で、食用に使われることはご存知の通り。
ベランダの鉢から小ぶりの葉っぱを摘み取って細かくちぎってティーに
落とすと、ほんのりはっか風味のハーヴティーになり、健康にもとても
よいのだ。
                            
                         
インドではシバ神に捧げられる聖なる植物とも言われ、寺院内ではよく
見かけるトゥルシー、最近になってわかったことだが、日本や西洋でス
パゲティなどに使われるバジルの葉はスイートバジル(バジリコ)といわ
れる種で、聖なる葉っぱとは同じめぼうきでも別種とか。
セイントバジルは五千年もの間インドで、心身はおろか、魂の滋養とし
て敬われてきたハーヴのクイーン。葉は卵型、背丈は60センチ程度にし
かならず、芳香と辛味があり、バジリコ代わりに香辛料や芳香剤として
用いられたり、インド古来の自然療法・アユールヴェーダでは薬用とし
て使われることでも有名。ストレス解消、スタミナがつく、風邪に効
く、免疫力を亢進するなどの効用があり、市販のトゥルシーティーも出
回っているほど。

うちでは、裏庭にトゥルシーの親元があって、ベランダの鉢には切り分
けて植えた。が、嵐に見舞われあえなく枯れてしまい、そのままほうっ
ちゃっておいたところ、風で自然に種が飛んで他の鉢内に根付き、なん
と6個にも増えた。毎日摘むので、もっとたくさん茂ってくれるといい
なあとひそかに思っていたのだが、そのとおりになって、喜ばしい限
り。

今現在の冬季は、葉と小粒の鈴なりの花房が杏色に色づき、雨季の瑞々
しい緑とはまたちがった趣き。赤く色づいた葉は見た目にはしそそっく
りで、噛んでみると辛味があり、ティーにも入れてみたが、やはり緑の
葉の方が美味。枯れ葉になったら、細かく砕いてしそふりかけができな
いかしらと素人頭で考えているのだが。

                

聖なる植物といったら、忘れてならないのがバンヤン。クワ科で熱帯ア
ジアに広く分布しており、人々に崇められる神木としても名高い。
菩提樹といったら、ぴんと来るはず。が、菩提樹にもいろいろ種類が
あって、ベンガル菩提樹やインド菩提樹の名で知られる現地種である。
お釈迦様が入定された場所がくしくも、このインド菩提樹の下だったと
いわれ、仏教開祖の地・ブッダガヤでは当神木はサフランオレンジの布
に取り巻かれ、手厚く保護されている。
根元が蛇のように絡み合い、枝は気根が垂れ下がり(地上に達すると幹
になる)、巨大な傘のように枝葉を広げるバンヤンの大木はインドの風
物詩でもあり、旅に出ると、列車の窓からよく目にする。地平線の涯ま
で広がる赤茶けた大地に一本のバンヤン巨木、牛が寝そべり、真っ黒の
子供たちが跳ね回る村落風景。
バンヤンならずとも、インドの木々は年輪を感じさせる実に見事な大木
ばかりだが、気根が垂れて根が絡まりあったバンヤンの独特の奇怪な威
容には圧倒される。カルカッタの植物園にはなんと周囲420!メートルに
も及ぶ怪物があるそうな。
 
              

当CTロード界隈にも、その昔見事なバンヤンがあり、リキシャを引く車
夫たちがハードな肉体労働の合間に、炎天下を避けてよくたむろしてい
たものだった。が、開発の名のもとに、後年あえなく伐採されてしまっ
た。あにはからんや、さすがに樹齢ン百年?のしたたかな生命力を発揮
し、切り株からまたしても緑の若葉が萌え出し、往年の勢いはないもの
の、小さな木程度には育った。が、またしても心ない人間の手でばっさ
り。さすがに、その後は生き返ることはなく、かつて巨木が日陰の憩い
を人々に提供していた場所は、丸裸同然の寒々しさに変わり果ててし
まった。

                     

旅行者時代、南インドをバスで一周したときのこと、窓ガラスがなくて
も日中は吹きぬける熱風で車内はオーヴンのよう、それが、木の群がる
ところを通過すると、涼しい風がさーっと吹き抜けてくるのである。
インドの巨木は、人々に一時の清涼感を提供してくれる貴重な存在でも
あり、神の恩恵にひれ伏す思い、荘厳なる自然を守っていかねばという
気にひとしおさせられたものだった。

                           

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