インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

日本人妻同志の行方

2015-11-30 18:16:20 | 私・家族・我が安宿
往時、当オリッサ(現オディッシャ)州には、在留邦人が七名いた。
当地プリーだけでも、私含めて四名(うちひとりは現地女性と結婚した日本人夫)、しかし今現在は最先達の私一人が残るのみである。

私もかれこれ二十八年の長きに渡って現地に滞在しているわけで、この間現地在住同胞の推移も少なからず目にしてきた。

私同様現地男性と結婚し移住した日本人妻は五名いたが、そのうち二人は他界、両名ともガン死で、三十代後半と四十代後半の若さであった。うち一人はライバルと目されてきた女性で、若かった頃は日本人客争奪戦にしのぎを削ったものである。が、現地の苛酷さがたたってか、二十代後半で胃がんを患い(出産の半年後)、日本に一時帰国して治療、九死に一生を経て奇跡の生還を果たしたものの、十五年後再発して母国で逝ったのだった。

共に苛酷な現地社会で日本人ながらホテル業に身をやつし闘ってきた仲間の急死はさすがにショックだった。世代の違いもあって、殆ど個人的な接触はなかったのだが、共に現地に長年移住している同業者ということで暗黙の理解があったと思う。
お互いがいればこそ、これまでやってこれたし、ホテルも大きく出来た、好敵手だったのだ。

この時点で漁村の女性と結婚した日本人夫は帰国していたし、近年移住した日本人の奥さんも子供の教育問題で、一年半前永住帰国した。

当地プリーに関する限り、私がたった一人の在留邦人になってしまったのである。
最近、ダージリンでホテル業を営む日本人の奥さんからメールが来て、帰国するや否やを相談された私は、帰るように薦めずにはいられなかった。彼女のご主人は一年前、亡くなったのである。私なら、夫に先立たれたら現地で一人で暮らしていく自信はないが、よくがんばっておられてけなげで感心するばかりだが、今すぐではなくとも、やはり将来帰国の線で考えるのがベターなように思うと薦めたのだ。

私だって、すでにインドの棺おけから片足抜いている。もう片足は日本の金沢に入れたばかり。今後どうなるかわからないが、昨冬還暦を迎え、加齢による症状もぼちぼち出始めている私としては、気持ちも体も日本に傾いていくのであろう。
ただ長年暮らしたプリーだけに愛着はあるし、当地の海も好きだ。
しかし、永久不変はありえず、常に精神も肉体も変わり続けている。老域に入った身に現地の苛酷な環境はこたえるし、四季に恵まれた穏やかな気候の母国への郷愁は募るばかりだ。

あの名門タゴール家に嫁いだタゴール瑛子さんも(著書「嫁してインドに生きる」)、五十代後半のとき夫同伴で帰国されている。ほとんどの日本人妻が最終的には帰国を選択している。インフラ設備の整っていない、苛酷な亜熱帯の風土は中高年にこたえるということが大きいと思う(特に当地プリーのような医療設備の整ってない田舎町は、中高年者には困る)。
もちろん、名状しがたい帰巣本能というのもあるだろう。

ふっと思うのは、死後の遺骨の処理。ベンガル海に撒布してもらおうと思っているが、半分は犀川かな。遺骨を日本の川に撒くのは違反かな。日本海でもいいけど。

昨年パスポートを作り直したが、次のパスポートは十年にするや否や迷うところ。人生のたそがれ期に入った私としては、今後小説も書いておかねばならぬこと最優先で、短期展望で取り組まないといけないのだろう。浮ついたものを書いている暇はない、年を重ねたことの深みが出るいい作品を書かねばとしみじみ思う。

今現在、当オディッシャ州の日本人妻は、35キロ離れたコナラークに一人在住、州都ブバネシュワールに現地の古典舞踏オディッシーダンサー(独身)がいるが、彼女は公演に日本はじめの世界各地を飛び回っているので、定住者とは言いがたい。

「インド在住作家」という冠が通用するのは、いつまでのことだろう。
とにかく、目の支障が降りかかってきた今は、85歳まで書くなんてのんきなことを言っていた私は愕然、まずは十年いけたら御の字、もちろんそれ以降も書き続けられたらこんな幸せなことはないが、先延ばしにせずに書いておかねばならぬことはさっさと手をつけておこうと、痛感したことであった。
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反応せず観察せよの教え

2015-11-28 20:34:58 | 私の作品(短編・エッセイ)
昨夜、ヴィパサナー瞑想実体験記の二度目を読み終えた。
私は洋書はめったに読み返すことがないのだが(読み返すとしたら歳月を置いてから)、これは実にいい本で、ヴィパサナー瞑想の創始者、故ゴエンカ師の教えるところをじっくり吟味する意味でも、もう一度最初から読み返さずにいられなかった。

眼の支障のある中、読書はできるだけ差し控えたほうがいいのだろうけど、午前様でつい最後まで読み通してしまった。

身にしみこんだ教えは、リアクトしないということ、私たちは何か事が起こると、それに対して反応し、いいことならまだしも、悪いことだと過剰反応、苦痛をダブルにしてしまいがちである。
よきにつけあしきにつけ、起こった事柄に対しては客観的に観察し、反応しない、たとい難局に対面しても心を平衡に保ち、よいことが起こったときと同様笑っていられれば、心の重荷がいくらかでも減るということで、結局、取り方次第、同じことでも個々人によって反応の仕方が違い、平静に観察してリアクトしなければ、苦痛は減るということだ。

そんなとき、友人から届いた見舞いメールで、樹木希林が2003年に網膜剥離で左目の失明にいたったことを知った。ネットで調べてみたら、医者に手術しましょうといわれて、「今までいろんなものもが見えすぎたから、いいです」と拒否、以後放任してある朝起きたら、左目が見えなくなっていたとのことだった(後年、生活改善で少しずつ見えるようになる)。

2005年には乳がんを患い、右乳房全摘、後年全身転移して放射線治療を選択、昨年癌の増殖を抑える治療は終了、がん患者とは思えぬほど72歳の今も元気な姿を保っている。

失明するかもしれないのに、上記のような反応が出来るのは、潔い諦観というか、只者ではないとうならされる。
ちなみに、夫、内田裕也も最近左目を手術(網膜中心静脈閉塞症)、失明は免れたようだ。
夫からの一方的な離婚宣言を、縁だからと拒絶、長年別居生活を続けてきたというが、近年は一月に一度連絡を取り合い、娘夫婦(内田也哉子=エッセイスト&本木雅弘)との家族旅行をも楽しむようになったとのことだ。

私はまだまだ修行が足りないので、凶事が起こると、つい過剰反応してしまいがちになるが、今回はヴィパサナー瞑想のおかげもあって、比較的よく抑えられているほうだと思う。

生まれて老いて病を得て死んでいくのは、世の習い、仏陀の唱える「人生は苦」説は、結局は何びとも老いと病気と死を免れ得ないからである。生まれて死ぬ連鎖を食い止めるために、仏陀は啓示を得るまでは全身の骨が崩壊してもと座り続けたわけだが、呼吸観察法でなく、感覚に集中する瞑想で、センセーションは一時的なもので、欲望へとつながる連鎖を断ち切る鍵はここにあると悟ったのだった。

センセーションに集中する瞑想法は、思考がほぼストップし、より深くなる。
数息観より、ずっと安らぎが得られるし、よく眠れる。
ただ、私は本の教唆に従ってやってるし、行法をミックスするのはよくないというので、ここには詳しく書かない。

というわけで、今年の私は体の故障に二度見舞われたことで、つとにスピリチュアル回帰、旧友が「死ぬために生まれてくるのは最大の矛盾だ」と奇しくものたもうたが、そういうことが作品のテーマになったりしている。

*以下、樹木希林のウイキから。
1974年にTBSで放送されたドラマ『寺内貫太郎一家』で、小林亜星が演じた主役の貫太郎の実母を演じた。実年齢は小林より10歳以上若く、頭髪を脱色し「老けメイク」を施し、当時30代前半のまだまだ若い手との不自然さを隠すため、劇中は指ぬき手袋を外さなかった。
本作品の劇中において、寺内家の母屋でドタバタ騒ぎが始まると、自分の住む離れに駆け込み、仏壇の横に貼られた沢田研二のポスターを眺めて「ジュリーィィィ!!」と腰を振りながら悶えるシーンが話題となる。


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冬のベンガル夕海(写真)

2015-11-28 20:25:54 | 季節・自然


















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作家の病気

2015-11-26 17:44:15 | 私・家族・我が安宿
右目の異状(視野のゆがみや欠損)を発見してから一週間、緑内障を患っている友人に相談したところ一刻も早く帰国してチェックしたほうがいいとアドバイスされ、迷っている。
ちなみに緑内障とは視神経に障害が起こり、視野が狭くなる病気で、別称あおそこひ、日本人の失明原因の第一位である。
視界がぼけて見え、眼圧が上昇すると目の痛みや頭痛、吐き気を伴うらしい。
件の友人は緑内障と診断され、ショックを受け、受け入れるのに一月かかったとのことだった。
しかし、片目でも仕事は出来るし、日常生活に支障はない、実際大勢の人が片目だけで生活していると自らを納得させて、重篤な眼病を受け入れたのだった。
治療法は、眼圧を抑える点眼薬を差すだけとのこと、あとは定期検診だ。

人間はどのような状態であれ、コープできる強さや柔軟性があるし、病気に関して言えば、発病時はショックを受けるが、次第に受け入れて対処できるようになる。私もこれまでさまざまな病気を患ってきたが、渦中にあるときはしんどくても、時が過ぎるにつれ吸収されたり改善したりで、乗り越えて今に至っている。

三月に事故でひざを怪我したときは、歩けなくなるのではと絶望的になったし、歩けても一生びっこものかもと憂えたが、今は殆ど正常に歩けるまでに改善しつつある。まだ正座は出来ないし、ひざが抜けるような力が入らない感じはあるし、二次的な腰痛もあるが、最初のひどさから比べれば、九ヶ月でよくもここまで改善したものよと驚くほどだ。

なんとか不具者になるのを免れえた幸運に感謝するばかりだ。しかし、事故前の健脚はさすがに望めず、それはしかたがないと受け入れるしかないのだろう。
ヨガも、取れないポーズがまだあるが、なんとかやれる範囲でこなしている。

さて、年内帰国するや否やだが、年も迫っているし、クリスマスや正月は家族と共に過ごしたいとの気持ちが強い。その一方で、やはりここは大事をとって帰るべきという声も聞こえてきて、ふんぎりがつかない。

とりあえず、来月二日に州都でチェックしてもらうことになったので、そこで病名は判明するだろう。十年ほど前に診てもらった、南の都会チェンナイから出向している眼科医で、腕は確かだ。
往時当地の町医者を二人たらいまわしにされ不要の点眼薬や抗生物質を処方されたあげく、病名がいっこうに判明せずに、目の異状から来る痛みや頭痛に悩まされていたとき、当時三十台だった若き目医者はマイボーム腺機能不全(一種のドライアイ)と言い当て、名医と納得したのであった。

素人判断では単なる老化現象(黄斑変性)のようにも思うのだが、楽観はできない。

ちなみに、眼病(白内障)についてのエッセイ風小説を書いていた作家は、故吉行淳之介(「目玉」新潮文庫)。故人は十指に余る持病を抱え(喘息や皮膚炎のアレルギーなど)、結局肝臓がんで逝ったが、病弱にもかかわらず七十歳まで生きれたのは幸運と思っていたようだ。

いずれにしろ、読んだり書いたりすることが商売の作家には、眼病は最大の敵。
あと、座業の弊害には腰痛もあげられ、夏樹静子が「椅子が恐い」という実体験記を書いている。
私は坐骨神経痛の持病もあるし、もう典型的な座業障害もちである。

こうした局面も必ず過ぎると自分に言い聞かせ、精神的な平衡を保つようにしている今日この頃だ。



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荒波を切って走るモーターバイクボート(写真)

2015-11-24 21:38:41 | 季節・自然
昨日夕日の美しい浜に出て、間近でバイクボートを撮れたので、ご紹介したい。
スピードボートと思い込んでいたら、二人乗り(三人乗っても問題なさそう)のバイクボートであった。

ベンガルの荒波にサーフィンのように乗って、波濤を上手に乗り切って突進していく様に見とれた。

半月より太い月の浮かぶ満潮の浜には、たくさんの家族連れが戯れていた。
































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冬の渚の夕日と半月(写真)

2015-11-22 18:01:30 | 季節・自然
冬季でベンガル湾の夕日が美しい季節に突入、大きなサフランオレンジ色の入日が波打ち際にゆらゆら橙の帯を流し、暮れていく夕空には上弦の白月がうっすらレースのように浮かび上がっていた(終わりから二番目の写真で、画像右上にうっすら白い点のように見えている)。
以下、写真をどうぞ。




























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一難去ってまた一難

2015-11-21 18:46:20 | 私・家族・我が安宿
三月の自転車との衝突事故で外傷性関節炎を患い、半年以上たってようやく症状を受け入れ、昨今はヴィパサナー瞑想のせいか痛みも薄れつつあったのに、今度は目の故障が降りかかってきた。

元々強度の近眼で乱視、長年コンタクトレンズを使用してきたが、一種のドライアイであるマイボーム腺機能不全にかかってからは、日常生活は眼鏡で過ごすようになっていた。
作家にとって目は命、常々弱視であることを憂えてきたが、ついにきたかという感じで、ショックは否めない。

とりあえず今書いている恋愛小説は百枚の短編に収めて完成させたので、この続きである長編にする案は一時停止、後半はインドのオディッシャ州を舞台にとも考えていたのだが、目を気遣って中断することにした。

一夜の情交で終わらせて、ラストをショッキングな性愛シーンにしたわけだが、このほうが生きるかもしれない。元々SM小説を書く意図はないし、主人公が花柳界出身の女性であることからも、もう少し研究する必要がありそうだ。百枚でとどめれば、それほどこの方面の知識がなくてもなんとかごまかせる。ただ、長編にするための伏線をいろいろ張ったので、目の検査後問題なかったら、続行してもいいとは思っている。

来年早々の帰国まであまり時間がないけど。

目の支障に話を戻すと、多分だいぶ前からそうで気づかなかっただけなのだと思うが、最近どうも文字がかすれて読みにくいので、ためしに片目ずつふさいでチェックしてみたら、右目の異状に気づいたわけである。
文字がゆがみ、ところどころ欠損する異状である。
ネットでいろいろ調べてみると、どうも老化による黄斑変性という眼病(近年急増中とか)のようにも思えるが、出血性のものなら治療法があるが、老化による萎縮性のものなら治療法がなく、眼科でもあまり問題にされないとある。

しかし、専門医に診てもらわないことにはわからないので、とりあえず州都で検診を受けることにした。大事な目のことなので、当地の町医者ではだめである、

まだ病名がはっきりしないし、強度の乱視ゆえのゆがみともいえるので、あまりリアクトしないように戒めているが、気が滅入ることである。
三月の事故のときは、強く跳ね飛ばされた衝撃が覚めやらず、大きく反応し、感情的になり、体の痛みに加えること精神的な痛みまで加えてダブルの苦痛にしてしまった苦い経験があるので、ヴィパサナー瞑想にトライしはじめた今はコントロール、なるたけ精神にダメージを与えないようにしているのだが、生身の人間で悟った神ではないので、へこむ。

やれやれ、である。
作家にとっては命の次に大事な目、円地文子が源氏物語の細かい字の文献を読んで失明したことを思い出し、意気が上がらない。

ちなみに、ヴィパサナー瞑想とは、センセーションに集中する瞑想で、これまでもっぱら数息観だった私には新鮮なメソッドで、よく眠れるし、ひざの関節炎に効果が出始めている。以前このブログにも紹介した洋書体験記のグル(故ゴエンカ師)の教えの部分だけ何度も読み返してトライしているわけだが、前の私なら、こうした眼病を発見したらショックで夜もろくすっぽ眠れなかったと思うのだが、おかげで睡眠不足ではないし、気持ちも比較的平静に落ち着いている。

加齢と共に持病は増えてくるし、いちいち反応していたら、精神によくない。

最後に、私と同年代の五十代・六十代の方で近視の方は、片目ずつふさいで視界をチェックしてもらいたい。
ネットにグラフ様のチェック図があって、線がゆがんだり、ところどころ欠ける異常を発見したら、すぐに最寄の眼科でチェックすることをお薦めする。
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引き潮のベンガル海(写真のみ)

2015-11-18 02:26:52 | 季節・自然





























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倒錯性愛ロマン

2015-11-18 01:06:11 | 私の作品(短編・エッセイ)
五日ほど前から新作の小説に取り掛かったが、前作同様、今回もどんどん規定の枠組みをはずれ、どうも倒錯的な性愛ロマンになりそうな雲行きである。

といっても、安っぽいポルノを書くつもりはなく、きわどいすれすれの線で文学の粋にとどまるつもりだが、自分でも意外な展開に驚いている。
今年はSM関連の洋書を二冊読んだことで、脳にインプットされたものが突如噴き出してきたようだ。いずれはその種のきわどい小説もとは思っていたが、今度のがそうなるとは思ってもみなかった。

短編のつもりで書きだしたが、最初から乗って無我夢中、まさしく創作に没我の境地で、私はやはり男と女をテーマにしたものが骨頂のようである。
九十枚近く書いたが、もっと延びそうである。

ちなみに、和服がテーマの一環でもあるので、着物の知識がない私は大変だ。
ネットで調べたりしているが、今日は着付けの動画を見た。
いやあ、和服は奥行きが深い。
生地ひとつとっても、いろいろあるし、柄に至っては百様。

来年早々、金沢に戻るので、現地でまたチェックしたいが、本なども読んでもっと勉強しなければ。

ところで、小説の内容だが、多分これは誰も書いていない。SM経験はかじるほどしかないのに、想像でかなりきわどくなりそうな予感。というか、とりあえず初回の濡れ場は終わったわけだが、われながらぞくぞくするシーンになった。断っておくが、断じてポルノじゃない。私なりの美的センスにあふれた文学的性愛シーンはそそると同時に、卑しさの裏の美がなくてはならない。男の言動にそれが表れる。

世界で一億部突破した大ベストセラー、「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のような通俗さでなく、実体験SMロマン『ナイン・アンド・ハーフ・ウイークス』の文学路線を踏襲だ。
振り返れば、怪我して書けなかった六ヶ月間は決して無駄でなかったと思う。

上の二冊を呼んだことが、頭の隅に名残っていたようで、扇情的なシーンもわりとすんなり書けた。作家の私が興奮するのだから、読者もしかりと信じたい。
濡れ場が下手な作家もいるが、渡辺淳一とか高樹のぶ子の性愛シーンは、ポルノすれすれのきわどさで読者をあおる。
読んでいて興奮しない性描写ほど、つまらぬものはない。
というわけで、後半、作家も書きながらおおいに発情して、究極のエロスを追求したい。

若い頃は、ポルノすれすれの小説も書いたのだが(23歳のとき書いた『宴の湯』はひなびた温泉場で未知の男女が、やりまくるポルノ文学で、知人友人に好評を博した。第一夜、第二夜という風に話は進んでいき、相手の男は女を一人殺していたかもしれないとのサスペンスタッチで、毎夜の性の饗宴が繰り広げられる。ちなみに舞台になったのは、群馬県の法師温泉)、久しく主人公の男女があからさまに絡む性愛ロマンは書いていなかった。

書きだすと面白くて、超乗っている。
前作以上ののめり方である。
というわけで、またしばらくブログを送れなくなると思うけど、ご容赦を。

*最初は自分が考えていた枠内で書き進める予定が、どんどん規格を外れて荒唐無稽に、逢って二度目でこんな会話交わすわけないよなと思う一方で、手が勝手に動いて、まるで別の人が乗り移っているみたいに、どんどん想定外の会話が編まれていく。でも、読み返してみると、これが面白い。誰だって、金沢を舞台にした古風な恋愛小説なんて、陳腐で読みたくないだろう。つまり、いまの思ってもみなかった方向に転回した筋書きのほうが、読者から見てもずっと面白いのである。
思い切って、奔放に書きたい。
でも、根底は『恋愛』、この線は崩したくない。
どんなあばずれ男女の中にも、純情はある。
後半、どうなるだろうか。
いくつもの案が錯綜し、自分でもどうなるかわからず、わくわくである。
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レースのような波(写真)

2015-11-13 00:19:06 | 季節・自然
二日前に撮ったベンガル海の写真をどうぞ。







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