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江戸繁昌記初篇 2 序2

(「江戸繁昌記」本文)

「江戸繁昌記」にはアンチョコもないので、大変だが、「峡中紀行」解読の経験が大いに役立つと思う。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

然れども、予、原(もと)意を彫蟲に属さず。かつ病中一時、作意の筆する所、安う能く細かに、その光景を写して、以って国家に盛を鳴らすに足らん。但し、事は鄙なりと雖(いえ)ども、偶々好事家の手に存して、江都百年、今に、三の繁華の一、二を、百年の後に証することを得れば、則ち足れり。若し、それ諸(もろもろ)を今日に取る所は、或は読者をして、また笑いて以って、その悶を無聊中に(や)らしめんのみ。
※ 彫蟲(ちょうちゅう)- こまかい細工。
※ 鄙なり(ひななり)- 俗っぽい。下品だ。
※ 好事家(こうずか)- 変わった物事に興味を抱く人。物好きな人。
※ 江都(こうと)- 江戸の異名。
※ 悶を遣る(もんをやる)- 気をはらす。
※ 無聊(ぶりょう)- 退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。


嗟々(ああ)、この無用の人にして、この無用の事を録す。豈にまた太平の世、繁昌中の民ならずや。江都繁華中、太平を鳴らすの二時の相撲三場の演劇五街の妓楼に過ぐるは無し。
※ 具(ぐ)-(比喩的)道具。手段。手だて。
※ 二時の相撲 - 江戸相撲は春秋の年2場所であった。
※ 三場の演劇 - 江戸時代中期から後期にかけて、江戸町奉行所によって歌舞伎興行を許された芝居小屋は三座に限られていた。
※ 五街の妓楼 - 新吉原遊郭は、江戸町一・二丁目、京町一・二丁目、角町の五町からなっているところから、五丁町或いは五街と呼ばれた。


相撲は則ち戯(ざ)れに属すと雖(いえ)ども、蓋し古人武を尚(たっと)び、これによりて起る所、その来たること旧(ふる)し。乃(すなわ)ち今の士人のこれを喜ぶも、また仍(なお)(ゆみ)を彎(ひ)き、馬を躍らす。武を嗜む余意の在る所、則ちその実はかれこれ同日の論には非ざるなり。
※ 余意(よい)- 言外に含む意味。

然れども、その忠孝の情を摸(も)し、礼義の状を扮(ふん)し、観者をして感激奮って泣かしむるは、これ演戯本色。予嘗って謂う。忠臣庫第四回、塩冶氏の諸士、城に別るゝの条に泣かざる者は、また忠臣に非ざるなり。
※ 演戯(えんぎ)- 演劇。
※ 本色(ほんしょく)- 本来の性質。本領。
※ 忠臣庫(ぐら)第四回 - 忠臣蔵四段目。塩冶判官切腹から城明渡しの場。


妓楼の如きは、奸盗を陥(おとしい)るゝ大牢獄、憂悶を洗う一楽海、関所また大きなり。則ち武を外れて喜び、淫(みだら)にして感じ、楽しみて溺れるなり。その咎、何(いずれ)にか在る。かれの罪には非ざるなり。
※ 奸盗(かんとう)- たちの悪い盗賊。
※ 憂悶(ゆうもん)- 思い悩み、苦しむこと。
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