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上越秋山紀行 上 31 三日目 小赤沢村 14

(但馬出石の辰鼓楼)

午後、駿河古文書会に出席する。今日は自分の当番で、前へ出て割り当ての部分を、2時間で発表した。

「上越秋山紀行 上」の解読を続ける。

楽に朝茶過ぎて家翁に問う。夜前の話にとても系図は見られぬ事なれば、せめて黒駒太子の御影拝見、取り持ち呉れと頼みけるに、この主は山田助三郎と申して、山田の惣本家、殷々商人などが来て願うても、見せ申さぬ。さりながら、上田から遙かに来なったから、己(うら)懇意の事ゆえ、終(つい)一っ走り行くと云って、家翁は徒足(はだし)で、その家へ行く。
※ 夜前(やぜん)- 前日の夜。昨夜。ゆうべ。
※ 黒駒太子(くろこまたいし)- 黒駒に乗る聖徳太子。
※ 殷々(いんいん)- 盛んに。度々。


暫くありて帰り申すには、太子様は盆と正月でなけりゃ開帳はならぬと、色々云うても承知せぬと云う。予は適(たまたま)この地へ来て、系図は見ずとも、この掛け物は見たいと、是より直(ちょく)参らせんと云うに、家翁は又々己(うら)兄を遣りて、是非/\と云わせんと、足早やに行く。より早く立ち帰り、今少し以前に、山へ茸(きのこ)狩に行く。畑ならば己(うら)迎えに行っても連れて来るに、山深く方角も知らずと云うに、予も力落して、かの唐詩選の一句を吟じ、雲深して処を知らず。
※ 唐詩選の一句 -「只在此山中 雲深不知処」(ただこの山中に在り 雲深くして処を知らず)

せめて助三郎が旧家の風情を見ばやと、兼ねての草履(ぞうり)もあれば、何れはこの家の童、案内にて往き見るに、桁羽頓て手の届くばかり低く、壁なくて茅掻い付けたる、いかにも旧(ふる)びたる家なり。内は埃りだらけに、半ば下敷に敷いたる干草の塵埃(じんあい)にて、住居は三間、四間位とも見えたる家の隅に、六尺四方に囲い、入り口に筵一枚下げ、旧家と見え扉なしと云えども、地仏堂も見え、更に荘(かざ)るものとてもなく、位牌は数々あり。
※ 桁羽(けたば)- 桁端。「桁」は、家などで、柱の上に横に渡して垂木を受ける材。「端」は、物のはし、へりの部分。
※ 頓て(やがて)- まさに。とりもなおさず。


また、この家の妻と見え、髪は藻を束ねたるを、垢付いたる手拭にて踈(おろそか)なるを鉢巻き、御忌衣(おもころも)のちぎれを着、ぼろ/\したる前帯をし、イラ(からむし)の皮を盤のうえにて製しながら、能く来なったとばかり、外に何の挨拶もなく、予は先刻太子様を拝みたく申し入れ候に、御亭主も留守との事、幸い太子の御堂傍にありと聞くから、参詣に参ったと云うに、その婦、家の南の方を指差しける時、齢十才前後の孺子六、七人、抑(そもそも)宿の童と一つに予が跡を追いて、徒足(はだし)にて付き来たり。この家へも土足ながら筵のうへに来たり。
※ 束ねる(つかねる)- たばねる。
※ 孺子(じゅし)- 子供。童子。
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