goo

駿台雑話壱 27 忠厚のこころ(前)

(雨上がりの庭のレンギョウ)

昨夜来、かなりまとまった雨が降った。それもムサシの散歩の夕方には漸く止んだ。春がもうそこまで来ているようだ。

室鳩巣著の「駿台雑話 壱」の解読を続ける。

  忠厚のこころ
されば士(さむらい)は、第一忠厚の心を本とすべし。その人となり軽薄にては、美ありといえど、見るに足らず。
※ 材(ざい)- 才能や能力のある人物。人材。

それにつきて、翁日頃、楽毅が伝を読みて思えらく、毅は戦国の士に有らず。学問ありて、道のあらましを聞くの人なり。然るに後世、毅が将略あるを知りて、学問あるを知らず。楽毅、燕の昭王に仕え、上将として斉を伐(う)ちて、七十余城を下せしは、非常の大功なり。不孝にして、師いまだ凱旋せざりし先に、昭王薨(みまかり)し。恵王、の反間を信じて、将を代え、兵権を奪いしかば、毅自ら、成るになんなんとするの大功捨てゝ、速やかに燕を去る。「幾を見て作(な)す、日を終わるをまたず」というに近し。その後、身を趙に寄せし時、趙王燕を伐たむ事を毅に謀りけるに、固辞して共謀に預からず。誠に忠臣の法とすべし。
※ 楽毅(がくき)- 中国、戦国時代の武将。魏の人。燕の昭王に仕え、斉を破り昌国君に封ぜられた。恵王が即位すると,うとまれて趙に逃れ重用された。
※ 将略(しょうりゃく)- 軍の統率者として、はかりごとや計略。
※ 反間(はんかん)- 間者。間諜。スパイ。
※ 幾を見て作(な)す、日を終わるをまたず -「きざし」を見て行動し、「きざし」が見えたら、その日が暮れるのを待たない。


その恵王に報ずる書を見るに、忠厚の心、言外に藹然たり。戦国反復の世には、空谷の足音と申し侍るべし。
※ 藹然(あいぜん)- 気分などが穏やかでやわらいださま。
※ 反復(はんぷく)- 同じことを何度も繰り返すこと。
※ 空谷の足音(くうこくのそくいん)- 誰もいないはずの山奥で聞こえる足音。孤独なときに受ける珍しくてうれしい訪問や便りの譬え。


その書中に、「君子は交絶して悪聲に出ず、忠臣は国を去りて其名を潔せず」といえるは、三代の遺言なるべし。もし学問なくしては、誰かその言の旨(むま)き事を知らむ。今その意を解き侍るべし。「交絶して悪聲に出ず」とは、例えば人と交通して、その人の悪事を言わぬは、本よりの事なり。その人と仲違いては、己が是を言わんとて、その人の非を言うべきに、交絶して後にその人の悪しき事を一向に言に出さねば、君子の忠厚、人に屓(そむ)かざるの心なり。翁その意を詠じ侍るとて、

   習わしな このてがしわの 二たおもて 身は葛の葉の 怨みありとも

※ 君子は交絶して悪聲に出ず、忠臣は国を去りて其名を潔せず - 君子はたとえ絶交したあとでも、その人の悪口をいわない。忠臣は国を捨てても、わが身の潔白を弁明しない。
※ このてがしわ - ヒノキ科の常緑低木で,中国北部および西部原産。日本には江戸時代の末期に伝えられた。葉はヒノキによく似ているが、少し小型で表面、裏面の区別がない。

(この項続く)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )