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駿台雑話壱 20 扁鵲、薬匙を捨つ(一)

(掛川三ノ丸広場のオタフクナンテン、我が家のものより色が鮮やか)

室鳩巣著の「駿台雑話 壱」の解読を続ける。

  扁鵲薬匙を捨つ
※ 扁鵲(へんじゃく)- 中国、戦国時代の伝説的名医。渤海郡(河北省)の人。姓は秦、名は越人。長桑君に学んで禁方の術を受け、虢(かく)の太子の急病を救ったという。
※ 薬匙(やくさじ)- 粉末状の薬品を容器から移し替えたり、盛り分けたりするための匙。

他日の会に翁言うは、過ぎし日、学術の邪正を論ぜしが、その論いまだ尽きざるように覚え侍る。今日その論を果し候えし。

今の世、儒者、朱子を議するに三等あり。第一等は、陽明良知の説を祖として朱子を議するあり。陽明は傑出の人なり。朱子の学を毀(そしり)て、支離とするも、少し謂れなきにもあらず。当時朱学の弊、多くは文字言語に求めて、内省の工夫やゝ少なきを見て、朱子格物の説を義外とする程に、良知を標的として、一向に内省に努めしむ。
※ 陽明(ようめい)- 王陽明。中国、明代の儒学者。浙江省余姚出身。朱子学に満足せず、心即理・知行合一・致良知を説き、陽明学を完成、実践倫理への道を開いた。
※ 支離(しり)- 分かれ離れること。ばらばらになること。
※ 内省(ないせい)- 自分の考えや行動などを深くかえりみること。反省。
※ 朱子格物の説 - 儒教の経典の一つ、「大学」に出てくる「格物致知」を「知を致(いた)すは物に格(いた)るに在り」と読み、自己の知識を最大に広めるには、それぞれの客観的な事物に即してその道理を極めることが先決であると解釈する。後の博物学や自然科学に通じる考え方であった。


これその意、良からざるにはあらず。然れども朱子格物の説、良知を外にするにあらず。事物に即(つい)て良知を致すなり。多く陽明の説の如く、良知に求めて事物に求むべからずといわく。
※ 陽明の説 -「格物致知」を「知を致すは物を格(ただ)すに在り」と読んで、生まれつき備わっている良知を明らかにして、天理を悟ることが、すなわち自己の意思が発現した日常の万事の善悪を正すことであると解釈している。

先王の教え、詩書礼楽と言わずや。詩書礼楽、事物に非ずして何ぞ、孔門の教え、文行忠信と言わずや。文に六経あり。行に百行あり。忠と不忠と、信と不信と、必ず事物によりてその理を知るべし。もし一つの良知を致せば、自ずから敬して、礼を学ぶに及ばず。自ずから和して、楽を学ぶに及ばずと言い、また一つの良知を致せば、自ずから百行も脩(おさま)り、忠信にも進むといわく。それほど簡約にして手近き道あるを、聖人何とて示し給わず。かく難かしく迂濶なる教えを立て給うべき。かつ言え、良知を致すに事物をもてせずして、何をとて致すや。定めて内省を専らにして、私欲を去るをとて、良知を致すとするにやあらむ。

それは例えば五声五つの音。特に、雅楽・声明での用語。五音。を知るは耳にあり。耳を守れば、五声を聞かずして五声を知ると言い、五色を知るは、目にあり。目を守れば五色を見ずして五色を知ると言い、五味を知るは口にあり。口を守れば五味をなめずして五味を知ると言う如し。
※ 五声(ごせい)- 中国・日本音楽で、音階を構成する宮・商・角・徴・羽の
※ 五色(ごしき)- 五種類の色。多くは赤・青・黄・白・黒をさす。五彩。
※ 五味(ごみ)- 酸味、苦味、甘味、辛味、鹹味(かんみ)(塩味)の五種の味。


知らずや、五声を知るは耳にありといえども、五声は物にあり。五声を聞かずしては、五声の真を知るべからず。五色を知るは目にありといへども、五色は物にあり。五色を見ずしては、五色の真を知るべからず。五味を知るは口にありといえども、五味は物にあり。五味をなめずしては、五味の真を知るべからず。況んや五声にも清濁毎に異同あり。五色にも浅深物毎に異同あり。五味にも厚薄物毎に異同あり。その物によらずしては、何によりてその別を知るべき。

(この項続く)
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