のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

【ドラマ】あまちゃん

2014年01月15日 22時47分44秒 | テレビ鑑賞
■あまちゃん
■2013年度上期NHK朝ドラ(8:00~8:15)
■脚本:宮藤 官九郎
■出演
 能年玲奈、小泉今日子、尾美としのり、宮本信子、蟹江敬三、有村架純
 橋本愛、小池徹平、平泉成、八木亜希子、杉本哲太、吹越満、福士蒼汰
 塩見三省、でんでん、木野花、美保純、片桐はいり、渡辺えり
 松田龍平、古田新太、薬師丸ひろ子

■感想 ☆☆☆☆☆☆
 高視聴率のドラマ「半沢直樹」を(録画はしているものの、まだ全話)見ていなかったために「ヒネクレモノ」認定を受けました。けれど、私、今や国民的大人気といっても過言ではないドラマ「あまちゃん」は見ていました。そして、がっつりはまってました。全然、ヒネクレテないのです。(ちなみに半沢さんは挫折しました。無念・・・。)
 ・・・と書き出してから早3か月。書き上げるまでにえらいこと時間かかりました。好きすぎて、全然、文章をまとめられませんでした。クドカンさんの作品って感想をまとめるのが難しいのです。

 大好きな脚本家、宮藤さんが朝ドラを描くと知った時から「絶対に見る!」と息巻いていたドラマでした。そして、いざ始まると、私が抱いていた「楽しみ!」という期待なんて軽々と300倍ぐらい上回る「楽しいっ!!」を与えてくれたドラマでした。毎日毎日、15分間という短い時間で笑って泣いて、やっぱり笑って。朝から喜怒哀楽の中の喜と楽を堪能して、その結果、さわやかに一日を始められる。そんなドラマでした。とにかくすっごく好きだった!
 早い段階で登場人物ひとりひとりがいつの間にか「ご近所さんの方々」になっていました。大好きなご近所さん。主役とか脇役とかそういったテレビの中の人ではなく、「アキちゃん」で「ユイちゃん」で「夏ばっぱ」で「眼鏡会計ババア」で「ストーブさん」で「大将」。愛称で認識できるし、周囲の人たちとも愛称で語り合う。それぐらい登場人物が私たちにとって身近な知り合いとなったドラマでした。みんな一癖も二癖もある面倒くさい人たちで、その面倒くささ故に愛すべき人たちでした。彼らがわいわいとやかましく収集がつかないままに文句を言い合ったり、笑いあったり、益体もないことを言い合ったりする様子を見ているだけで、こちらまで笑顔になる。ちょっぴり泣きたいような気持になる。そんなぬくもりを与えてくれる人たちでした。大好きだったなぁ。本当に。

 とはいえ、舞台は東北。ドラマ開始当初から、私たちにとって特別な意味を持つようになった「あの日」、2011年3月11日について描くことが公言されていたため、毎日、楽しくドラマを見ていても、未曾有の大災害が襲った「あの日」をクドカンさんがどのように描くのか、心のどこかでずっとずっと気にかけていた気がします。楽しくドラマを見ていたからこそ、見れば見るほど、どのキャラクターにも思い入れが増えて「大切な人たち」がどんどん増えたからこそ、どんどん不安になった中盤。

 不安は杞憂でした。「あの日」を安易な描写で見せなかったこと、「あの日」を過剰演出で「悲劇」として描かなかったこと、私たちの想像力や記憶力を信頼して「震災」を描きすぎなかったこと、中途半端に「お涙ちょうだい」な展開にしなかったこと、静かにシンプルに丁寧に「震災」に焦点を定め、そのシンプルさが私たちの記憶を掘り起こしてくれたこと、どれもがとても細やかで丁寧な配慮に満ちた描き方だな、と思いました。
 「未曾有の大震災」だったけれど、私はあの日、あの震災が発生したときも、それから数時間後、ニュースで津波の映像を見るまでの間は今、何が起こっているのか、どれだけ被害が深刻か、それすらわかっていませんでした。何が起こっているかよく分からない不安もこのドラマでは丁寧に描いてくれていた気がします。

 そして、震災後の北三陸市の人たちの変わらない朗らかさ、風景も環境も変わったけれど、その中で自分も大切なものも見失わない強さは、私が安易に抱いていたこのドラマに対する不安を吹き飛ばしてくれました。「ご心配ねぐ。」たった一言のシンプルなメール。「生きていくのに特に必要のない」俳優業を再開することについて、「なんだか申し訳なくて。」と仕事に復帰できないでいる鈴鹿ひろみに対して「東北の人間が『働け。』って言ってるんです。」と言い切る春子のたくましさ。「自然が人間に牙をむくことは昔からずっとあること」「今までとなんも変わらね。」と言い切る夏ばっぱの静かな口調。「これくらい許されるでしょ、被災地だもの。」とほくそえむ観光協会の面々のしたたかさ。
 辛い現実から目をそらさず、日常の一コマ一コマを温もりある視点で丁寧に拾い、その中で笑って過ごしている人たちと「明日」を無邪気に信じるヒロインに強さを感じた後半でした。生きていれば、震災に限らず、辛いことはたくさんある。「あのときに比べれば。」と言われるかもしれないけれど、辛いことに大小なんてない。辛いときは辛いし、誰であれ「今」の「自分」の感情がすべて。それでも「辛いときこそ、辛いからこそ」「いつも通りに」笑って生きていこう、「いつも通り」を大切にしよう、そんな強い意志が柔らかく描かれていた気がします。
「『絆』とか『ひとつになろう』とか言われても息苦しいばかりだった。けど、ここに戻ってきて、分かったことがある。おらはおらのできることをやる。」と宣言したアキは、すごくすごくかっこよかったし、私もそういう地に足の着いた強さを手に入れたい、と強く思いました。
 アキの持つ一見、根拠のない自信に見えるこの強さは「今」や「ここ」を肯定する強さ。震災前、東京に憧れるユイちゃんに対して「ここが一番いいのに。」と北三陸の良さに気付いたのも、「でも、ユイちゃんには私に見えてない東京のよさが見えてるんだな。」とユイちゃんの憧れを否定せず受け入れたのも、すべてこの強さにつながるんだろうな、と思いました。そして、それは、きっと今までの私たちが失いかけていたものだったんじゃないかな、と思うのです。今、自分がいる場所を肯定できずに「もっといいもの」「もっと便利なもの」を追い求めてきて足元を見失ってしまったのが今の「地方」なんじゃないかな。

 いろんな要素が詰め込まれたドラマだったけれど、私は女性たちの友情がかっこよく描かれているところも好きでした。中盤、ユイがやさぐれていたときに「そういう姿、ユイちゃんはおらに見られだぐねえはずだから。おらも見だぐねえし。つれえけど聞かなかったことにする。親友でも緊張感は必要だ。」と言ってのけたアキに男前だなぁ、とほれぼれしたし、確かにユイちゃんは、アキにだけは自分のそういう姿を見られたくないだろうな、と納得もしました。大好きな友達だから弱いところ、ダメなところを見られたくない、かっこいい自分だけを見ていてほしい、という友情も確かにあると思う。
 だからこそ、終盤でユイちゃんがアイドルを「やりたいよ!」と力強く宣言し、かっこいいユイちゃんが本格復活した場面は大好きでした。鳥肌が立っちゃった。その勢いで毒舌早口で他のアイドルを的確に評価し、ライバル視するユイちゃんと、そんなユイちゃんを見てうれしそうに「ユイちゃんが戻ってきた。」と喜ぶアキ、そんなふたりの関係性が大好きでした。
 ユイとアキだけでなく、海女さんクラブの面々も、アキの母親、春子さんも大女優、鈴鹿ひろみさんも、出てくる女性陣がみんなみんなかっこよかった。そして、みんなみんな自分の生き様に揺るぎない誇りを持っている人たちでした。悩んだり迷ったり、落ち込んだりすることもあると思うのに、そういった部分を周囲に見せない強さ、明るさで包み込んでしまうたくましさに、心から「カッケー!」と思いました。
 でもって、愛すべき男性陣になんとも癒されたドラマでした。ミズタクに駅長にパパさんにストーブさんに組合長さんに市長さん。みんないい年をした大人なのに、というか、どう考えてもいい年をしたオジサンが大半を占めているのに、女性陣が持っていない「キュートさ」満載で、かれらのとぼけたやりとりが大好きでした。かっこよくはないんだよなぁ。どちらかというと、めんどくさいし、ちっちゃい。でも、愛すべき男性陣なんだよなぁ。

探せばあるんです。

2014年01月13日 23時43分22秒 | 教会生活
昨日から本日にかけて、北九州市の教会の青年たちが集まりました。

・・・なのに、宿泊できる女性は私ひとり。
寂しいんですけどー!
なんせ、お風呂もお泊りもずっとひとりぼっちなのです。
プログラム後の夜のお楽しみ、食事はみんなでわいわい楽しめたけれど
一泊研修なんて、お風呂や夜の飲み会やお布団に入ってからのなんやかんやで
交流を重ねてこそ!なのです。
そのほとんどがひとりぼっちってどゆことー!?
とはいえ、憤ったからと言って、女性が増えるわけもなく。

(私だけ)しょんぼりしながら、
(わいわい楽しそうな)みんなで近くのスーパー銭湯に向かいました。
珍しく男性陣が
「女性はお風呂に時間がかかるんでしょ?1時間半後ぐらいに待ち合わせする?」
なんて親切丁寧な気遣いを見せてくれましたが、所詮、女性ひとりなのです。
体があったまるまでに時間はかかるけど、わいわいおしゃべりをする相手もおらんのです。
スーパー銭湯なんて、「誰かとわいわい喋りながら一緒に入る」のが楽しいのにー!
ゆっくりのんびりお風呂に浸かって体を十分にあっためて
でも「これだから女性は・・・。支度にどんだけ時間がかかるのさ。」
なんて言われないようにしないと!と大急ぎで用意をして、
待ち合わせ時間に外に出たら、男性陣、誰一人お風呂から出て来ていませんでした。

お風呂場でもひとりだったのに、お風呂場出てもまたひとり。
ぽつーん。

15分後、男性陣がほかほか湯気をたてながらわいわい楽しそうに出てきました。
「ごめん!のりさん!
 露天風呂で話が盛り上がりすぎちゃって。気が付いたら待ち合わせ時間やった!」

いいよ。いいよ。
楽しそうで何よりだよ。
それでこそ、一泊研修だよ。
食事やお風呂や夜の飲み会やなんやかんやで交流を重ねてこそ、の一泊研修。

・・・いいなー!!!
と、おおいに羨ましがりましたが。
勿論、羨ましがったからと言って、女性が増えるわけもなく。

お風呂後は「男女関係なくみんなで楽しめる」深夜の懇親会をおおいに楽しみました。

男性陣の深夜のテンションってオモシロイなー、と感嘆した深夜。
勿論、私のテンションも大いにオモシロイことになってましたが。
でも、なんというか、深夜の男性陣は色々と興味深かったです。
男性って・・・と思わないでもなかったけれど、
いろんな意味でものすごく勉強になる語らいのひとときでした。
珍しく男女の違いを素直に楽しめました。

「そろそろ寝らんとやばくね?」と慌てだしたのが深夜3時近く。
うん。もうずっと前から「寝ないと!」とは思ってた。
思ってたけど、楽しすぎて、話を切るのが勿体ないなー、
と思ってしまったのです。そのぐらい楽しかった!

んじゃ、お休みなさーい。とひとりで真っ暗な2階へ。
ひとりぼっちで真っ暗なところに行くのがとてもとてもイヤで
珍しく、私の中の「女性らしさ」を総動員させて

ひとりぼっちで真っ暗な2階に上がって
あんな暗い部屋でひとりぼっちで寝るなんて、怖いんですけどー!!

と、かわいらしいことを訴えてみたのです。
みたのですが、全然、男性陣の胸には響かず。
勿論、魔法のように女性が増えるわけもなく。
ちっ。数少ない「女性らしさ」を思いっきり無駄遣いしてしまったぜ。
と反省しつつ、しょんぼりと真っ暗な2階へひとりで上がりました。


が。
さすが深夜3時!
「こわいー!」とか思ったのも一瞬で、
あっという間に眠りに引き込まれ、そのまた一瞬後には朝が来てました。
すごい!魔法みたい!奇跡起きた!(←寝不足のため、夜中のテンション継続中。)

もそもそと起き出して、朝食の準備。
昨晩、なぜか鍋に入れ忘れてしまった胸肉があったので、朝からがっつりとお肉です。
でも、朝なので凝った料理ができるわけもなく、
というか、朝じゃなくとも、ワタクシに凝った料理なんてものができるわけもなく。
しごくシンプルに「なんちゃってからあげ風」に味付けし、食卓に提供しました。

とはいえ、日本人のDNAは偉いもんで、醤油が主成分を占めていさえすれば
ジューブンに「おいしい」と認識するようなのです。
変に凝るより醤油さんに頼るのが一番!

というわけで、朝から男性陣が「美味しい。美味しい。」と肉をぱくついてくれ
あまつさえ「ノリさん。女性らしさをアピールできたねー。」と褒めてまでくれました。

思わず不覚にも「やったね!」と喜んでしまいましたが
よくよく考えると「ここで女性らしさをアピールしてもねぇ・・・。」と思わないでもない。
今回、数少ない(しかも限りある)「女性らしさ」アイテムを無駄遣いし過ぎたぜ。
と、朝から大いに反省をしたのでした。

見えてるようで見えてない。

2014年01月08日 08時23分46秒 | 日常生活
毎年、クリスマスシーズンになると、ついつい浮かれて、ケーキを大量消費します。
なんか街がキラキラしてるし!(関係ない)
ケーキもキラキラしてるし!(関係あり)
とにかくついつい乗せられてしまうのです。単純なんです。

というわけで、昨年末も我が家にはホールのクリスマスケーキが3つ、
シュトーレンが2つ集結しました。
どう考えても集まりすぎ。
「富の分配」という思想はどこいっちゃったんだっけ?と考え込むレベル。

それなのに「最近のケーキは小さくなったねぇ。」と言いながら、
家族3人3日間でホールケーキ3つをペロリと食べ終えたのでした。
のみならず、私にいたっては、クリスマス会に出てはケーキを食べ、
親子クリスマス会に出てはケーキを食べ、
ジョシ会に出てはケーキを食べ、
ケーキばかり食べていた2013年末の年の暮れ。
とうとう私の左頬にぽっちりひとつ吹き出物が現れました。

やばいー!
これはまさしく不摂生の証ー!
自業自得のかたまりー!
と恐怖に打ち震えた年末。
なんせ近年、よく遊びに来るようになった吹き出物さんと来たら、
ひとりぼっちが大嫌いな淋しがり屋。
グループ行動大好きで、必ず仲間を引き連れて来ては、
長期滞在してじっくり遊ぶ子たちなのです。

やだー。
新しい年を吹き出物さんたちとは迎えたくないー。
わたし、意外とひとりでなんでも楽しめますからー。

と、じたばたしていたら、
今回やって来た吹き出物さんは今までの子とは違い、
ひとりぼっちを恐れない見上げた子でした。
仲間を連れて来る気配なし。偉いっ!
しかしながら、ひとりぼっちでも平気な強い心を持っているだけに粘り強く
かれこれ二週間が経とうとしているのに、未だに私の左頬に留まってます。
しつこい・・・。
いい加減長すぎるよ!
そろそろお家に帰ったほうがいいんじゃないかな。
と言い聞かせているのに、全然、聞き入れやしない。

どうしよう。このまま居座っちゃったら・・・。
と途方に暮れていたのですが。

今朝、母上がふと私の顔に目を留め、言いました。
「あら?あんた吹き出物ができとうよ?」




年末からですけどー!!
治りかけ(のまま、かれこれ二週間滞在してる子)なんですけどー!!
と憤りましたが。
その一方で、ああ、そんなもんなんだな。と安心もしたのでした。

私が不安を抱いたり、気に病んだりしていても、
人は案外、気にしていないし、見えてもいない。

のであれば。
孤独を愛する吹き出物さんは、私の左頬で思う存分、遊んで帰るがいいよ。
ひとりぼっちでも平気なもの同士、仲良くしようよ。
と歓迎の意を表したのでした。

鬼は笑わない

2014年01月06日 22時26分57秒 | 日常生活
友人から「あけましておめでとう」メールが届きました。

おめでとう、おめでとう。今年もよろしくね。
と、返信したところ、
「12月7日にドリカムの25周年ライブがあるの。行かない?」というお誘いを受けました。

・・・じゅうにがつ?なのか??
ものすごい先の話ですなー。
自分の予定がまったくもってわかんない。。。
と、束の間、逡巡しましたが。
でも!

ドリカムさんでしょ?
25周年でしょ??
行くー!行きたーい!行かせてくださーい!
とすぐさま返信したのでした。
楽しみー♪♪

さて、これで。
無事、今年の終わりに楽しみができました。

あとはわたしのぽんこつな記憶力が忘れてしまわないか、祈るばかり。
祈るだけでは、確実に忘れてしまうので、カレンダーにでかでかと書き込みます。

早く12月こーい!!

終わりがあれば始まりもある。

2014年01月05日 00時13分16秒 | 日常生活
昨年の秋、友人たちと平尾台に遊びに行った際、「陶芸体験」なるものができることを知り
「せっかくだから。」とチャレンジしてきました。
「焼き上がりまで3か月ほどかかります。」と言われて
「クリスマスプレゼントになるね!」と楽しみにしていたのに、待てど暮らせど連絡来ず。
・・・もしや忘れられてないかしらー?と不安に思っていたところ
新春早々、待ち望んでいた連絡が来ました。

なんだか幸先がいいぜ!
と、嬉しくなり、早速、引き取りに向かうことに。

しようと思ったのです。が。問題がひとつ。
前回、平尾台を訪れたのは昨年の秋。
私ときたら、昨年末にきちんと忘年会に参加し、由緒正しくお酒を呑み
たくさんいろんなものを発散し、昨年のことを綺麗さっぱり忘れたばかりなのです。
年が明けて気持ちも新たになってしまったのです。
昨年、訪れた平尾台までの道を覚えているとは到底、思えない。
迷わず行けるかどうかすら怪しい・・・。

不安になったため、地元友達に「着いて来てくださいなー。」とSOSを発信。
幸い、実に親切な地元友達は、嫌な顔ひとつせず、「ええよ~。」と快諾してくれました。

よかった!これで安心!

と、大船に乗った気になって待ち合わせ場所に迎えに行ったというのに、待てど暮らせど友人来ず。
基本的には、本さえあれば余裕で人を待つことができる体質ですが
なにせ今回は昨年末の忘年会直後。
もしや、わたし、友人の顔まで忘れちゃったんじゃなかろうか。
もしや、あそこに立っている(私にとっては)まったく見覚えがない気がする
高校生っぽい子が友人だったりするんだろうか・・・。
と不安になり、待ち合わせ時間を10分ほど過ぎたころ、おずおずメールを送りました。

あのー。。。。
もしかして、わたし、(友人の)顔を忘れているのかもしれないのですが。
まったくもって見つけられず、です。いずこにおられます?

と、自分でも情けなくなるような文面でメールを送信したところ。
「ごめん!!今、起きたっ!!!」という電話が速攻かかってきました。

よかったーーーーーーーーーーーーーーーー!
私、友人の顔、忘れてなかった!!!

と、本気でほっとした私は、
人としてどこかが(主に記憶力が)壊れてしまってるんじゃなかろうか。
と自分の人間性に不安を抱く2014年の年始めとなりました。

とはいえ、合流した友人は全力で謝ってくれたし
「悪かった!」と思うが故、なのか私の不安材料いっぱいの運転を暖かく見守ってくれたし
(たいていのことは笑って受け入れてくれる幼馴染ですら、若干、いらいらする時があるというのに!)
予想通り、私は平尾台に向かう道をこれっぽっちも覚えていなかったので
友人に着いてきてもらうことにしていて、本当によかった!と自分の判断力に自信を深められたし、
実に幸先の良い2014年の年始めとなりました。

なおかつ、
待ちに待っていた陶芸たちは、私の予想していたものより300倍ほど素敵なものだったし
地元友達も「こんなにかっこいいものができあがっとるとは思わんかった。」と絶賛してくれたし
新春の平尾台は景色も空気も爽やかだったし、実に気持ちの良い2014年の年始めです。

と、言い聞かせています。
次の月曜日(明後日なのか・・・)のことはカンガエナイ、カンガエナイ。
「始まり」とかいう言葉なんて見えないふりをするのです。

人の振り見ても我が振りに気付けないのです

2014年01月03日 23時10分00秒 | 日常生活
年末年始に食べては寝て呑んで、食べては寝て呑んで、を繰り返して
すっかり体が重くなってしまったため、徒歩20分ぐらいの場所にある
北九州随一の百貨店へ向かいました。
今年は暖かく過ごしやすいため、初売りもたいそう人が集まってるんだとか。
そのお正月らしい賑わいを楽しみたーい!(←物好き)

なんでも従兄弟もお正月の初売りに向かっているらしい、という情報も仕入れたため
「んじゃ、付き合うぜ。
 彼女っぽく、『こっちのが似合うよ?』とかかわいくアドバイスしてやるぜ。」
とやる気満々でうきうきしながら百貨店へ向かいました。

が、ホントに人が多かった・・・。
ホントにホントに人が多かった・・・。
あまりに人が多くてぐったり。つーかーれーたーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「人が多いよ。」という情報を完全に見くびってたぜ。
あまりにぐったりして、急激に眠気に襲われる始末。
百貨店の地下一階であくびばかりしていました。

・・・通常仕様、という気がしないでもない。
会社にいるとき(つまり仕事しているふりをしているとき)も
この時間帯はあくびばかりしてたっけ。(既に遠い記憶。)
いつも通り、と言えないでもない。というか、日常的な習慣のような気がするというか。

とは言え、従兄弟の買い物に茶々を入れつつ付き合うのは
ひっじょーーーーーーーーに楽しかったので、あくびも眠気もあっという間に吹き飛びました。
惜しむらくは堅実な従兄弟がお正月の浮かれた雰囲気にちっとも流されなかったこと、ぐらいでしょうか。
試着を重ねて、それなりに気に入ったものがあるみたいなのに、これっぽっちも衝動買いをしてくれない。
「お正月なんだし、日本経済に貢献しようよー。」と提案しては
「意味がワカラナイ。」と冷たく却下され続けました。くやしい・・・。

と、そこへ通りかかる義弟君。
おや。あなたがたも出てきてましたか。
ということは、もちろん、妹さんと甥っ子君もいるわけで。
つまるところ、昨日、「年が明けたねー。おめでとー。」と新年の挨拶をしたばかりの
親戚が全員、ここに集まっているというわけで。
北九州って狭いなー、としみじみ思いました。
もっとも、私が北九州を愛するのはこの街のコンパクトさゆえ、なのですが。
このコンパクトさこそが居心地よろし、なのです。

というわけで、5分後には、おもちゃ売り場にいた妹さんと甥っ子君も無事に合流し
「久しぶりー。」と挨拶を交わしあいました。
しかしながら、甥っ子君はぐずぐずモード真っ只中にいる模様。
「じぇーむしゅー。」とぐずぐずぐずぐず呟き続けていました。
どうやら「トーマスの機関車」シリーズのおもちゃに心惹かれちゃっている模様。
どうしてもおうちに連れて帰りたくて、ぐずぐずとママにおねだりしている模様。
なのですが、
どうやらおねだりし続けてもママさんはジェームスを買ってくれないらしい、ということに
ようやく気付いた甥っ子君。
ばあば(つまり私の母上)と目があった瞬間、
「じぇーむしゅ、おねがいしやしゅ!」と気持ち新たに元気よくおねだりし

ど、どゆこと?
誰の教育?誰がこんなおねだり教えたと?!

と母上を動転させていました。
誰も何も、こんなことを教えるのは義弟君ぐらいでしょうに。あっはっは。
と、みんなで笑い合った30分後。

地下の食品売り場で母上に
「母!あのお菓子、絶対に美味しいです!ぜひ買ってください。お願いします。」
とまさしく「おねだり」をしている自分に気が付き(我に返った、とも言う。)
「おや?この光景、見たことがあるぞ?」と思い至りました。

甥っ子君のあのおねだりは、パパさんの教育なんかじゃないかもしれない。
という気がしないでもない。というか、しています。とても。
私、義弟君に濡れ衣着せちゃったわー、という罪悪感にも襲われています。ごめんよ、義弟君。

「がんばる」も才能です。

2014年01月03日 11時56分18秒 | 日常生活
2014年がやって来ました。
今年は年末年始のお休みが長いこともあって、のんびり。
三社参りも1月1日の午前中に終えることができました。(←一応、クリスチャン。)
年に一度、お守りつきのおみくじをひくのですが(←一応、クリスチャン)
今年はおみくじをひいたところ、お守りがおみくじの袋に貼りついていて出てこないという憂き目にあいました。
しょうがなく、おみくじ売り場に行き、係の方に事情を伝えると、
「じゃあ、もう一度、引き直してください。」と言われました。

ラッキー!
先ほどひいたおみくじは末吉だったのです。
もう一度、引き直せるのであれば、先ほどのおみくじのことは忘れて
まっさらな気持ちで一年をやりなおそうっと。

と、もう一度、おみくじをひいたところ
先ほどとまったく同じ「末吉」でした。
なおかつ、おみくじに書かれている言葉もまったく同じ。

「つらく悲しいことが続くかもしれないけれど
 それでもがんばり続ければ、後半、必ずよくなります。」



私の2014年にいったい、何が待ち受けているのやら。
「がんばらない」「無理をしない」に執着し続ける私に
「がんばり続けなさい」というアドバイス。
こりゃ、もう、個人的に届いたメッセージだとしか思えないぜ。

と、どきどきしつつ、今年もおそらく「がんばらない」を貫きます。
「がんばらない」けど、「怠けない」。
「できることはする。」をがんばります。