猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

あなた、見られてますよ。

2005年09月30日 23時12分24秒 | ぶ~すか言ってやる!
スカーン!スカーン!スカーン!

夏の終わりと共に聞こえなくなった、ミュールの大音響。
駅の階段で誰もが耳にした事のある、近年では夏の風物詩。
あれ。どうにかなりませんかね.....?

と、言っても、男性には聞きなれないこの「ミュール」という言葉。
簡単に言えば、女性が履く華奢な夏用のサンダルの名称で、後のストラップがないタイプ。つまり見た目が美しい<つっかけ>なのだが、この数年の流行で、すっかりお馴染みとなり、市民権を得てきたもの。
デザインも様々で可愛いものが多いので、特に若い女性から人気が高く、普及率も高いのだが.....。
しかし、それと同時に聞こえるようになってきたのが冒頭で述べたような
「スカーンスカーン!」とヒールがたてる大音響。
この大変に耳障りな大音響に、一度は恐怖やイラつきを覚えた人も多いだろう。
かくいう私も、ミュールはたくさん持っているし、愛用者の一人でもあるが.....。
大音響を撒き散らして歩く女性を見るたび、一言声をかけたくなる。

「あなた、見られてますよ」

最近。若い女性を見るにつけ、そのだらしなさが気になる。
若いのにタプタプにたるんだ二の腕とおしり。しまりのない足首。ぽっこりと出たおなか。
おしゃれをしているのにくっきりと浮かんだ下着のライン(見せブラではなく)。

「あなた.....見られてますよ」

そりゃあ、若いというだけで女は綺麗だ。張りが違う。ノリが違う。
けれど、椅子に座ったときの足の送り方、手の行方、指先の動き、歩き方に、立ちかた、階段の登り降り......
それらに気を使うのと使わないのでは、体型まで変わってくる、というのを意識したことがあるのだろうか?
いや、いいんですよ、別に。個人の勝手ですからね。
でも、でも!
四十歳になったとき、気を使ってきた人と、そうでない人では、大きく大きく差が出ますよ?
その差はホントにホントに大きいですよ!

どんなに綺麗に化粧をしても、サンダルから覗く足の指先がびろ~んとだらしなく開いてたら、私が男だったら引いちゃうな。
どんなに高価なミュールを履こうと、スカーン!スカーン!じゃ、興ざめだし。
ほら、それって。トイレでトイレットペーパーを「カラカラカラッ!」と音をたててとる女性に似てる。そういうこと、ひとつひとつが、体型にも、表情にも、仕草にも出るのではないかと、私、思うんですが。
たとえミュールを履いていようと、つま先に力を入れて指先をそろえていれば、あんな音は出ないし、そう気遣う事が逆に、足を美しく見せるのだと、私は思うんだけどね。

見られているのは何も顔だけじゃない。むしろ、後姿であり、足元であり、指先で、座り方、ではないですか?

誰も見ていないと思って、つまらなそうに口をへの字に結んでいるあなた。
美しいパンツのラインから、下着の線クッキリのあなた。
座ったまま靴をブラブラつま先にぶら下げているあなた。
肘をついて食事をするあなた。

あなた.....見られているし、20年後に後悔しますよ。
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インチキも方便

2005年09月30日 22時12分55秒 | 今日のお弁当
昨日、妹からおすそ分けでもらったとうもろこしと枝豆。
ゴンザはあまりとうもろこしを好まないので、我が家ではめったに食べることがないのだが、最近のとうもろこしときたら、そりゃあ甘くてジューシーで、最近では居酒屋なんかでも「刺身」と称して生のまま食べさせる店が見受けられる。
野菜ってなんでもそうだけど、茹で方が結構難しくって、茹でたあとの処理もきちんとするのとしないのとでは大違い。かと言って、不精者の私はいつも、茹でたら茹でっぱなし、だったりするんだけど.....。
今回のとうもろこしについては、妹にそれを下さった方のご家族から、「美味しい茹で方レシピ」がついてきたそうで、私のところにもそのコピーつき。せっかくなので、それに従って茹で、出来立てを一本丸齧りしてみたら、なるほど、ひと手間かけると味が違うものなのか、それとも最初から格別美味なとうもろこしなのか、あっという間にペロリ。枝豆についても同様で、食べきれるかどうか不安だった昨日がウソのような減りっぷりで.....たぶん明日まで持たないと思われ(笑)

で、今日のお弁当。

<きのこのベーコン巻き><インチキ八宝菜><ピリ辛きゅうりの叩き漬け> です。

ベーコン巻きは
*エリンギは1/6大に切り分け、えのきは食べやすく房分け、オリーブオイルとニンニクをひとかけ放り込んだフライパンで塩コショウして焼いておく。スライスベーコンを半分の長さに切り、きのこをくるくる巻いて楊枝で留め、フライパンで焼く。
インチキ八宝菜は
*チンゲンサイは小房に切り分け、白菜はひと口大、ニンジンは1センチ幅スライス、ニンニクの芽は5センチほどに切る。フライパンにゴマ油を熱し、固い野菜から炒めてゆき、火が通ったら中華味の素、醤油、塩で味を調える。最後に枝豆を放り込み、水溶き片栗粉でとろみをつける。
きゅうりの叩き漬けは
*きゅうりに塩をまぶして板ずりし、3センチに切る。切ったきゅうりを包丁の腹で叩き、半分、もしくは1/4に割る。しょうが、ニンニク、ニンジンを千切りにしておく。漬け汁は、醤油、砂糖、豆板醤をフライパンに入れ、沸騰したら火を止め、そこへ酢を加える。容器、もしくは袋にすべての材料を入れ、最後にゴマ油を加え、冷蔵庫でしばらく漬け込む。

この<ピリ辛きゅうりの叩き漬け>は我が家の定番メニュー。簡単で美味しく、ビールにもご飯にも合うデキル奴なのだ。ただ、ポイントは仕上げに入れるごま油だから、決して加えるのをお忘れなきよう。漬け込む時はスーパーでくれるサラサラしたポリエチレンの袋を使えば、漬け汁も少なくて済むし、空気を抜いて口を結んでおけば、味も早く浸み込むので、いつもそうするのが我が家流。
ちなみに我が家で「サラサラ袋」と呼ぶこのポリエチレンの袋。野菜の保存にも向いているし、何かと使えるので、私のラブリーアイテムとなっている。
<インチキ八宝菜>は家にある野菜を何でも放り込めばいいから、冷蔵庫お掃除メニューにもなる。今回は頂いた枝豆を仕上げに入れたが、あとから「あっ、きくらげも入れれば良かった」と後悔しきりの私。オイスターソースや紹興酒を加えると、もっと本格的な味になるので、牡蠣アレルギーでない方はどうぞ。
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たまにはお仕事裏話

2005年09月29日 23時37分30秒 | 日記
今日はオーディションの帰りに妹と食事をして帰ってきた。
しかし、せっかくカメラを持ち歩いていると言うのに、目の前に並べられた美味しそうなパスタに我を忘れ、写真も撮らず、気がついたときには、妹が知人から頂いたという大量の獲れたてとうもろこし、枝豆のおすそわけを抱えて電車に乗っていた私。
なので、たまには仕事の裏話(?)。オーディションについて取り上げてみようかと思う。

ええ...まず。
私達が仕事を所属事務所からふられる際、少なくとも写真選考、オーディションがその前に入る。例えば、A社のCMの仕事であれば、事務所から出された宣材写真から、オーディションに呼ぶ人間を先方が選考し、次のステップに進めた者のみ、事務所からの連絡を受けて、指定の場所へ出かける、という次第。
モデルは大抵、毎日決まった時間までに事務所に電話を入れ、先のスケジュールを確認したりするのだが、よほど売れている人間、もしくは力を入れられてる人間でなければ仕事、もしくはオーディションに事務所から誰かがついてくるということはない。事実私も、どこへ行くにも一人であったし、たったひとつ例外はあっても、遥か昔、○HKのドラマにちょこっと出た際のリハーサルに、事務所のお偉いさんが来ていたのみであった。

さて。
我々は、事務所からの電話で、行く先の名前、住所、電話番号、最寄の駅を聞いて、仕事なりオーディションに出かけるわけだが、その時に欠かせないのが都内の地図。最近でこそファックス、携帯ナビ、PCの普及で便利になったが、少し前までは、まったく知らない場所に行くためには、自分で地図を見て目的地にたどり着くしか手段はない。事実、私が今使っている都内の地図も三代目で、以前のものはすでにボロボロ。さらに十数年の月日の合間には、いくつもの地下鉄路線が増えたため、路線図がまったく役に立たなくなった、ということもある。
とにかく、そうやって右往左往して目的地に着いたら、自分の所属と名前を告げてオーディション会場を教えてもらい、担当者に再び所属と名前を告げ、二枚ほどの紙を貰うのである。
1枚には細いサインペンで名前・所属事務所・年齢・身長・スリーサイズ・足のサイズ・頭のサイズ・出演歴・趣味・特技を書く。
もう1枚には太いサインペンで所属・名前を大きく書く。
すべて記入が終わったら、半身(胸から上)と全身のポラロイド写真を撮ってもらい、細いペンで記入した方の紙に張る。そして、自分の順番がくるのを待つのである。
そして、名前を呼ばれて自分の番が来たら、いよいよオーディション。
代理店やら、キャスティング会社の人やら、誰が誰だかよくわからない人たち(笑)の待つ会場へ入る。その際、細いペンで記入したほうの紙と、ブックと呼ばれる、各自が持っている、自分の出演作品や宣材写真を収めた黒いケース(バッグの用に持ち手が付いていて、薄い。持ち手の辺以外の三辺がファスナーになっていて、開くとファイル状)を渡し、指定された場所に立ち、太いペンで書いた紙を自分で胸の辺りに持って、スチール(広告写真)の仕事のオーディションであれば写真を、ムービー(CM等)のオーディションであれば動画を撮ってもらう。その際、動画であればカメラに向かって、名前、所属事務所、自己PRを。セリフのある仕事であれば、セリフを言わされたりもする。また、いくつかされる質問に答える間も、カメラが回されている場合もある。
写真、もしくは動画を撮られたら、次は座って質問に答える番だが、大抵は、今までどんな仕事をしてきましたか。キャリアは何年ですか?この仕事はこうこうこういう内容ですが、大丈夫ですか?等の問い。あちらはブックをめくりながら、例えば犬が絡むなら、「犬は好き?」子供が絡むなら「子供は得意?」奥様役なら「料理は出来る?」などと聞く。一概には言えないが、時には質問だけでは済まず、人によっては嫌な思いをしたこともあるようで、実際我々は商品だから、「肌が荒れている」「白目が汚い」等、肉体的欠点を指摘されようが、怒るわけにはいかないのだが、相当傷つく場合もあるらしい。しかし言われたほうは次にそれを指摘されないよう、改善策をとるか、凹んで辞めるかのどっちかしかなく、そして、私の知る限りは大抵のモデルがクソがつくほど(お下品で失礼!)負けず嫌いだから(どんなに表面上おとなしげでも)、そんなことぐらいでは辞めていかないのである。
さて。一通りの質問が終わると、「お疲れ様でした」「ありがとうございました」の一言と共にオーディション終了の合図。それは長くともわずか5分から10分ほどのチャンスである。そのために我々は1時間かけて赴くこともあるが、そこから仕事を得るのは至難の業というのが現実で、だからこそ、都内に何万人といるモデルはほとんどが挫折してゆく。特に最近は仕事が減って、それだけで生計をたててゆけるのはほんの一握りの人間のみ。実際私もそれだけで生計をたてるなど、今は夢のまた夢。若い頃はなんだかんだでたくさん仕事をさせてもらった時期もあったが、現在など、ほんの主婦の趣味程度で、またそれぐらいが今の生活には合っているように思う。ゴンザと暮らし、精神的に丸くなりすぎた私には、「自分が一番!」などと、もう絶対思えないからである(っつーか、若い頃は思ってたんかいっ!?)。

ちなみに、オーディションで紙に記入する年齢はその時によって変わる(笑)
しかし私はそれがすご~く嫌なので(実年齢で勝負せんかいっ!?)、事務所から「今回は○○歳って設定だから」と厳密に指定されない限りは実年齢を書く。
中には仲間うちでも年齢詐称している人もいるが、そんなのは本人が知らないだけですでに実年齢がバレている場合も多いし(笑)

さて。長々と書いてしまったが、オーディション話が皆様に楽しんで頂けたかどうか。
機会があったら、また、差し支えのない程度にしてみようかな。
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今日は男の料理編

2005年09月28日 20時28分46秒 | 美味しいもの
水曜日はお弁当休業日。
と、いう事で、日曜日にゴンザが作ってくれたお料理を取り上げてみようと思う。

普段、「仕事で料理をしているのだから、家でまでさせるのは気の毒」と、我が家のキッチンはほぼ私が仕切っているのだが、当のゴンザにしてみれば、仕事とプライベートの料理は別のようで、「作ってみたいから」「erimaちゃんに(家族の場合もある)に食べて欲しいから」と、休日に色々なものを作ってくれたりする。
また、パスタについては私は絶対ゴンザにかなうことがないので、最初から手を出さず、お客さん気分で食べ役に徹することにしている。他にもタンシチュー、牛スジ煮込みなど、いわゆる日本の洋食もゴンザにはかなわないし(ってか、私は作ったこともない)、ピザなんかは、きちんと生地を手作りするのはもちろん(職場がピザ・タコス・バーだしね)、余っている餃子の皮なんかでも器用に作ってくれたりするので、私は作ってみようと考えたこともないのだが.....。
先日の日曜に、長いこと冷凍庫に入っていた鴨肉を使って作ってくれたのがコレ。

<鴨のロースト・ラズベリーと豆腐のソース> である。

そこで私、erima記者が作り方をゴンザに取材したところ、

まず、鴨のロース肉かたまりに塩コショウ、冷蔵庫で半日ほど置く。
調理1時間前に取り出し、常温に戻す。塩コショウを洗い流し、油をひいて中火で熱したフライパンに皮目を下にして入れ、肉から出てきた油を全体にまわしかけながら、皮がキツネ色になるまで焼く(7-8分。皮のない面は焼いてしまうと肉が固くなるので、常に皮目を下に)。

同時に行うソース作りは、
玉ねぎ1個をみじん切りにし、バター15グラム、オリーブオイル大さじ2をひいたフライパン(最初は中火、のち弱火)で、濃い目のあめ色になるまで炒める。この際、弱火にするタイミングでニンニクをひとかけ加える。
玉ねぎがあめ色になったら、ラズベリー(冷凍)を50グラム加え、さらにそれがペースト状になるまで、木ベラでつぶしながら炒める。
固形コンソメを3/4かけ入れ、白ワイン1/3カップをさらに加えて、少し煮詰める。そこへ、あたり鉢で滑らかなクリーム状にした豆腐1/3丁のうちの2/3を加え混ぜる。
お皿に出来上がったソースを敷き、クリーム状にした豆腐の残りを美しくソースの上に重ね(お好みの模様をどうぞ)、ローストした鴨(6-7ミリにスライス)を焼き目を上にして並べる。
飾りのリーフ、フルーツをあしらう。

で、出来上がり。
ゴンザ曰く、豆腐の代わりに豆乳を使うとさっぱり出来上がるし、それが生クリームであれば、こってりコクがある仕上がりになるそう。

たぶん、フルーツも色々なもので試すと楽しいだろうなぁ。
オレンジも鴨に合うし、ドライプルーンでもよさそう。
この日は「なんかフルーツジュースがなかったっけ~?」と冷蔵庫を探るゴンザに「冷凍ラズベリーがあるけど...鴨に合うんじゃない?」と、ラズベリー好きの私が言ったために、そうなったんだけど.....。
ちなみに、あしらいはベランダにあるストロベリーワイルドの葉と冷凍ラズベリー。ただ、ストロベリーワイルドの葉は、フレッシュのままだと毒性成分が生じることもあるそうなので、使う場合は決して食べないことと、切り口がソースにあまり触れないように気を使ったほうがいいかも。可愛いんだけどね。

ゴンザの料理。
これからも時折upする予定です。
だって、我が家の冷凍庫にはまだ、猪と鹿の肉が入ったままなんだもん(頂きモノ)。
そんなのどう料理していいか、私にはわからないし~!
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発砲は犯罪ですよ~

2005年09月27日 19時54分39秒 | ルーツ
ここ数日、世間では無差別発砲事件のニュースが大きく取り上げられているが、実は私も乳飲み子の頃、撃たれたことがある。
と、言っても、実際に弾は当たらず、だからこそこうして無事、生きているわけだが、私と母に向けて発砲したのは実の祖父で、実際、祖父の家の柱には、私が中学生になっても、小さな鉛の弾がいくつも埋まっていたのを、私は今もはっきり記憶している。

それは私が生まれて間もない頃のことらしい。
たぶん、私が他所に貰われていったり、戻ってきたりする前の話だと思う。当時仕事をしていなかった(と思われる)父と、私を生んだばかりの母は、父の父親、つまり祖父の暮らす家で、一緒に生活していた。
私の祖父はアルコール依存症で、父もその姉達もひどい虐待を受けて育ったが、おそらく精神も病んでおり、それは今でいう統合失調症(分裂症)か何かで、それを理由としてか、若いうちから足を悪くしていたからか、戦争に召集されることもなかったようだ。
とにかく、私が物心ついた頃には、祖父はトイレに行く以外に自室を出ることもなかったし、お風呂など数ヶ月に一度入ればいいほう。朝から晩までずっと酒を飲み、一日中、それこそ昼となく夜となく、罵声にも似たひとり言を言い続けるのが常だった。
そんな祖父が、何ゆえ母と私を撃ったのか、その理由など、考えるまでもない。おそらく理由などないだろうし、その異常さゆえに逮捕されることもなく、その後も死ぬまであの家に根を下ろしたまま暮らせたのであろう。
ただ、なぜ、そんな頭のおかしいアル中患者が銃を所持出来ていたのかは、いまだにわからない。また、その銃の種類も、母や伯母は「空気銃だった」と言うのだが.....。果たして空気銃とやらで鉛の弾が撃てるものなのか、細かい知識がないので、それもわからない。

祖父は、自室から、フスマ越しに、つまりフスマの向こうに母親と赤ん坊がいることだけはわかっていて、何も見えない状態で発砲した。
幸い、母と私に弾は命中せず、数発が、先述した柱に深く食い込んだわけだが、もし私達親子に命中していたら命はなかったかもしれない。母は私を抱えたまま庭に飛び出し、すぐに警察が呼ばれたそうだが、伯母の話ではいきなり戸を開けた警官も胸に銃を突きつけられ、「すみませんっ!」と言って、慌てて戸を閉めた、ということである(笑)
無論、その後銃は警察に押収され、のちも私達親子が撃たれることはなかったが、銃がなくとも祖父は灯油をまいて家に火を点けたりと、色々したようである。
その頃の私はまだ赤ん坊だったから、その時の事を覚えていないし、また、すっかり成人となった今となっても、どうしてそんな事をする祖父が、いかに精神異常者であろうと身柄を拘束されなかったのか、病院へぶち込まれなかったのか理解できないでいる。
時代が今とは違ったといえばそれまでかもしれないが、果たしてそれが許されることなのか。

しかし、祖父の持つ家と土地が欲しかったらしい父は、そんな事があっても祖父の家に出たり入ったり(つまり引越し)を繰り返し、そのたび家庭がギクシャクし、ついには崩壊(他にもたくさん理由があるけど)。最終的に母が家を出て行った折には、祖父の食事を作る役目も、罵声の向かう矛先も私の役目となり、祖父がその、いつ果てるともしれないひとり言で言うように
「子供なんてうるさくて汚くて、邪魔なだけだ」
が、自分の価値なのだと思うようになった。
そんな中、祖父が毎日食べる刺身を買いに行き、食事の支度をし、一升瓶の酒を買いに行かされる日々は、ただひたすら惨めで暗く、時には誰かに甘えたくて甘えたくてたまらない気持ちになることもあったが、それも叶わず、叫び出したくなったこともたびたびである。
祖父のひとり言に耐えながら、暗い、木造の平屋で電気も点けず、学校帰りの空腹を満たすために砂糖をつけた食パンを齧り、一人うずくまる私。
その時の気持ちを私は一生忘れることはないだろう。
たださみしくて、さみしくて、誰かに抱きつきたくて......
でも、その時の私が誰かに抱きしめてもらえることはなく、男と付き合うようになって初めて、それが叶うようになったのみである。

結局、再婚した父は、祖父になど耐えられるはずもない継母と、私達三人の子供を連れて家を出、そこにはやはり、祖父の財産が欲しくて欲しくてたまらなかった父の長姉が三番目の夫と共に入った。彼女は祖父が寝たきりになってからその全財産を取り上げるために、自分の夫と祖父に養子縁組とやらをさせ、我々の姓を名乗り、私の父や三人いる妹たち(父にとっては姉)にはいくらかの現金を渡して強引に決着をつけたらしい。
寝たきりになった祖父はといえば、のちに、私の父と暮らしておけばよかった、と後悔していたとかいう話だが、その頃にはもう父の家すら出ていた私には、細かい事は知る由もない。私は、祖父が死んだと妹に聞かされても何も思わなかったし、むしろ「やっと死んだか」くらいに感じていた。
ただ、確かに、祖父がいなければ父も生まれて来ず、私も存在しなかったことも事実。しかし、自分の中にも流れているその血の異常さに今も私が怯え、子供を生む事すらためらわれてならない、というのもまた、間違いのない真実である。そして、同じ恐怖を妹も弟も抱え、「こんな血は残してはいけない」と、密かに決意しているということも。
ちなみに、父の姉にも異常者がおり、妹などは幼い頃に彼女に肩を抱かれ、「お前ら一家、皆殺しにしてやる」と脅された恐怖を、いまだ忘れられずにいるという。

と、ここまで書いて、私が書いていることをウソだと思われる方もいるだろうな~などと、考える。
ここまでカテゴリのルーツで書いてきたこと全部が、果たして一人の人間に起こりうることなのか。「本当?」と思う方もいることだろう。
しかし残念ながら、答えはイエス。つまりはここに書いたことすべてが真実で、家族というものは、一人がコケれば、総崩れになり、一人の異常者がすべてを壊すものだということ。そして私の話はまだこれだけに留まらないということも真実である。

しかし、私は自分を不幸だとは思わない。
無神論者のクセにこんなことを言うのもなんだが、「天はそれに耐えられる人間にのみ、試練を与える」そうだから、きっと私はそれに耐えられる人間だということだろう。
事実、私はずいぶんと前から自分の人生をむしろ面白がっており、それこそが私が強くなれる秘訣なのであるから。

そう。人間は転んでもタダで起きてはならない。
この先私がどんな運命を辿ろうとも、面白がって、何度でも立ち直ってやるつもりである。
そりゃあ、幸せになれれば、それに越した事はないけどね~。
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