千葉の山の中で出会った、1930年代のデカンタと...
1920年代のソースパン。
それと...
持つ機会が訪れるのか?
美しいパーティーバッグを買おうか迷っていたら。
「こういうのは出会いだから、それを逃すべきではない」と、ゴンザのひと言。
「そのために働いている」と。
確かに、そうして出会った、英国のチェストも、中国の花瓶も。
買ったことを後悔したことはない。
『少し無理をしてでも美しいものを買う』ことが、日々を大きく変えてくれるのだ。
千葉の山の中で出会った、1930年代のデカンタと...
1920年代のソースパン。
それと...
持つ機会が訪れるのか?
美しいパーティーバッグを買おうか迷っていたら。
「こういうのは出会いだから、それを逃すべきではない」と、ゴンザのひと言。
「そのために働いている」と。
確かに、そうして出会った、英国のチェストも、中国の花瓶も。
買ったことを後悔したことはない。
『少し無理をしてでも美しいものを買う』ことが、日々を大きく変えてくれるのだ。
昨日は姪のお食い初めでした。
一族揃ってわいわい。わいわい。
あのお膳も、いよいよデビューです。
古い、古いお膳だけれど、こうして、新たな人生の始まりの儀式に使われることで、
長き眠りから覚めたことを、きっと、喜んでくれているのではないかと思うのです。
この子の生きるこれからが、平和で、満ち足りたものでありますように。
ママ手作りの愛情こもったお料理と、
大張りきりの伯父(笑)、ゴンザが焼いた大きな鯛で。
身に余る大役ながら、私が『祖父母』の代わりに、姪の口に料理を運びました。
すくすく、大きくなあれ。
元気であれば、なんでもいいから。
衝動買いのそのあとは。
勢いに乗って、先日手に入れていた、こちらの開封に着手しました。
明治二十三年製。
中身は...
丁寧に紙で包まれた、
輪島塗のお膳。
たぶん蔵かどこかに仕舞われたままだったのか、それでも状態は良。
漆器そのものだけでなく、それを包んでいた紙も、興味深い。
これは何か、伝票の類かな?
『包み紙』に使われていた新聞は、一部が大正十五年のもの。
一番新しいものでも、昭和十八年のものだから...
もしかすればそれ以来、使われていなかったのかも。
ボロボロだったそれらには、アイロンをかけて、大事にファイルしました。
結構時間のかかる作業なので、ほどくのは一日一膳が限界かな?
また新しい発見があったら報告します。
明治時代の重箱。
とある、アンティークショップで、思わず衝動買い。
たぶん一生後悔しない。
樹の瘤に見たてて、チラと螺鈿を光らせるセンス。
地味に見える部分の細工の細かさ、余白の美。
かつての日本人の美意識には、壮絶なものがあると思う。
アールヌーヴォーの作家たちが、何を目指したか、わかる。
...気がする(笑)
美しさと可愛らしさ、そして少しのユーモア。
きっと、たくさんのものを、愛おしんでいたんだなぁ。
『見えないところ』にこだわる心も。
新しいものもいいけれど、古いものにも、もっと目が向いてもいいのにな、日本。