ちゃあこが歩けなくなったのは、
私の声が出なくなったのと、ほぼ同時だった。
起きあがることすら、力の入らない手先足先のために困難で、
トイレには抱きかかえて連れてゆき、
水も、鼻先まで器をっていかなければ、
自由には飲めない状態だった。
先生によれば、なんでも、
腎不全がさらにすすんだことで、尿毒が筋肉にまでまわってしまい、
それが原因で四肢の麻痺や衰弱が起こっているということらしいが、
幸い、連日の輸液で、麻痺も多少は改善し、
トイレまで歩くことも、自力でお水を飲むことも、
可能といえば、可能にはなった。
が、各症状に伴う貧血もあり、
そのせいでだるいのか、トイレの帰りには
「疲れたから抱っこ~」
と鳴き、
下手をすれば面倒がって行かなかったりすることもあるので、
3時間ごとにトイレまで抱いてゆき、排泄を促してやらねばならない。
『声が出ない』あいだ、
よりによって、ちゃあこが一番心細いときに、
いつも通りの声をかけてやれない自分を、どれだけ情けなく、無力に思ったことか。
もしこのまま、ちゃんとした声がでないまま、
ちゃあこの聞き慣れた声で励まし、
安らがせてあげられないまま、旅立ってしまったら、と…
そう思うと、気も狂わんばかりだった。
仕事を休み、ただひたすらちゃあこを撫で、
共に眠り、起きて、世話を焼く日々。
それは、21年、共にいてくれた彼女に、
何がしてあげられるのか。
どうしたら、残された時間を、幸せに過ごさせてあげられるのか、
改めて見つめ直す時でもあった。
可愛いちゃあこ。
愛しいちゃあこ。
大切な大切な、
大切なちゃあこ…
この介護生活がいつまで続くかはわからないけれど、
この先、どんながことがあろうとも、
どうかちゃあこが、
苦しむようなことだけはないようにと願う。
この世が、楽しく、幸せなものであったと、
ちゃあこが最後まで思える猫生でありますようにと。
いつかは必ず来る、そのときが来るまでは。
どうか。
どうか。