猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

『サービス』って何だろう?

2022年11月25日 14時42分37秒 | ぶ~すか言ってやる!

久しぶりにぶ〜すか言いたい!

 

 

A Iによる予約代行サービスアプリ』

とやらに、非常に迷惑している。

 

いつの間にか、

勝手に店の情報が掲載されていて、

それを正式なものと勘違いされたお客様が利用されるという。

 

まあ、この、

『知らずに利用する』点においては、

某口コミサイトと同様であるが、

そちらについては、中には、

『お金を支払って掲載してもらい、

 各種サービスの代行を頼んでいる』

店舗さんもあったりするので、

まとめて論じてはいけないのかもしれない。

 

その口コミサイトにしても、

うちは、お願いも許可もしていないのに、

『公式』とか書かれていて、

困惑しているが...

 

皆さんが口コミサイトを利用される際には、

 

PR文や写真、予約欄があるのが、

 有償で依頼をしている方』

 

『店舗情報と口コミだけなのが、

 依頼自体しておらず、

 気づいたらいつの間にか、

 自分の店のページが出来ていた方』

 

という見分け方をされるといいかもしれない。

 

あくまで、目安で、

かつ、そのあたりを気にされる場合には、

の話ではあるが。

 

...別に、依頼をしている店舗さんの悪口を言っているのではない。

 

大きな店なら、席や人員に余裕もあるだろうし、

そういったモノを利用するのも、

ひとつのテではあるんだろう、とも思う。

 

だが、反して、

二人だけでやっている弱小店舗にとっては、

『◯◯ログにはこう書いてありましたけど?』と、

正式ではない情報をもとに、

お叱りを受けることもある口コミサイトは困惑のタネだし、

ましてや、話を戻せば、

AIが無限に店の電話を鳴らし続ける、

一方的な『予約代行サービス』など、

ただの迷惑でしかない。

 

実際、他店さんなどは、

着信履歴が『それ』で埋め尽くされたために、

お客様の不在着信を探しだすことも出来なかったという。

 

すなわちそれは、小さな店が、

長いお客様とのお付き合いの中で、

『何か自分の対応漏れがあるのでは?』

と考え、

折り返しの電話等、

しなければいけないことはないのか?と、

毎日必死に考え、

動いているということでもある。

 

『時間があれば、

 自分がより良い仕事をするために、

 または通って下さるお客様のために、

 それを使いたい』

 

そう考えている者にとって、

昼夜を問わず、

自動でかかってくる電話に邪魔をされ続けるのは、

本当に耐え難いことだ。

 

『何か対策は出来ないものか...

 

調べてみたら、この『予約代行サービス』。

 

(何が代行だ!何がサービスだ!)

 

なんでも

『掲載自体も、AIが自動抽出しているものだから』

というのを理由に、

規制の目をかいくぐっているとかなんとか。

 

結果、手の足りない店では、

営業中に電話が無限に鳴り響き、

仕事と、

お客様の、大切な時間の邪魔をされ続けるという。

 

...きっと、AIには、

小さな店を必死で回し、

お客様に良い時間を過ごして欲しいと考えている、

それこそ死ぬ気で毎日仕事をしている人間の気持ちなど、

わかりはしないだろう。

 

もちろん、それを運営している会社にも。

 

...いや。

 

むしろ、学習し、『教えれば』、

よく吸い込んでくれるAIの方が、

それを運営しているヤツより、

よっぽどマシかもしれない。

 

だれか、AI予約代行サービスとやらに、

そのことを教えてあげてくれませんかね?

 

やはり世の中には人間にしか出来ないこともあるし、

毎日それがなんなのか、

必死に考え、働いている者の小さな存在があるということを。

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超えられない壁。

2022年04月29日 12時50分36秒 | ぶ~すか言ってやる!

 

弘前の桜は圧倒的な美しさでした。

今回の旅の主目的は宮城県気仙沼でしたが、

「せっかくだから」と組み込んで良かった!

偶然とはいえ、満開バッチリのタイミング。

 

 

 

いとも簡単に崩れるものだな、と思う。

 

超えられない壁というものは。

 

たとえば手に持ったものを静かに置くとか、

扉をそっと閉めるとか、

何かを渡す時には両手で、とか、

相手に道を譲るとか。

 

私たちの生活にあった、

当たり前のそれらのことは、

『文化』そのものではなかったか。

 

たとえば『外の世界』から人が来て、

彼らが彼らのルールを押しつけようとしても、

それらはなかなか壊れないもののはずだった。

 

コンビニで、外国人店員と日本人店員の違いは、

かつては明らかだったはずだ。

 

差別で言っているのではない。

 

『違い』の話をしているのだ。

 

袋に、入れるモノの順番を考えながら、

そっと商品を詰めてゆくのが日本人。

 

音を立てて、雑に放り込んでゆくのが、

外国人店員。

 

おつりの札も、向きを揃えてきちんと渡すのが日本人。

 

ガサガサガサと乱雑に、

向きのことなど考えず、

片手で出すのが外国人。

 

それは『超えられない壁』のはずだった。

 

重ねて言うが、差別で言っているのではない。

 

むしろ労働に対する態度としては、

日本人なんかより、

彼らは数段懸命であり、

もはや追い越されていると感じる。

 

だからこそ、

『超えられない壁』くらいは守れ、

と思うのだ。

 

それぐらい守れないなら、

いったい何で勝負出来るのだ?と。

 

自動的におつりが出るレジになって以降か...

 

日本人店員も、お札の向きや、

その差し出し方に意識がなくなった。

 

「そんな下らないことに拘るのは」

と思う人もいるかもしれないが、

『習慣』や独自の美意識こそが、

文化で、違いで、大切なのではないのか。

 

(我々だって外国に行けば、

 彼らの美意識からは許せないことを

 無意識にしているのだろう)

 

私が最近遭遇したそれらの事が、

たまたま、であったことを私は祈る。

 

怠け者で文句ばかり言い、

気弱なくせに図々しい、

美意識も思いやりもない人々、

と、私たちが認識されないように。

 

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毎年恒例、一年ひとつ。

2021年12月24日 09時38分17秒 | ぶ~すか言ってやる!

 

ツリーの足元。

左側の黄色い箱が盗まれた。

ご丁寧に、上に乗っていた二つの小さな箱を横によけて。

(兵隊さんと猫ちゃんの)

飾って2時間弱、真っ昼間の出来事。

ちょうど写真を撮って、満足して、

店内の掃除に夢中になっている間に...と思われる。

新しいものではないし、高価なものでもないけれど。

これは通りがかる人やお客様に楽しんで貰おうと飾っているもの。

 

去年は熊のオーナメントが盗まれたけど。

世の中にはそんなに泥棒がいるのかね?

 

...箱を持って行ったアナタ。

盗んだ箱は眺めていて楽しいですか?

 

 

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とっていいのは写真だけ。

2021年10月11日 18時42分28秒 | ぶ~すか言ってやる!

 

美しく、大きな花を咲かせていた、境内のミョウガ。

 

 

キノコ観察にハマって以来、

大きな公園や、

森の中にいることが多いのだが、

ああいうところに来て、

何かを持ち帰らなければ気が済まない人の多さに、

とても驚いている。

 

『鎮守の森』で、

倒木に張りついて観察をしていたら、

ガサガサガサっと音がして、

 

「ほらほら、あったわよ!」

 

バサっ

 

「あ、こっちにもほら!」

 

ブチブチブチッ。

 

その後も、ドサドサ、ズカズカ、

ブチブチブチブチっ!

 

ヒョイと首を伸ばしてみれば、

オバサン三人。

 

どうやら神社の境内の隅に生えているミョウガを、

根こそぎ引っこ抜いている様子で、

それぞれ持っているビニール袋はパンパン。

 

...ぇええ。

 

そこは神様の領域ですよ。

 

如何に誰もが出入り出来る場所とはいえ、

『よそさま』のモノを...

 

落ちているのを拾うならまだしも、

むしって持ち帰っていいんですか...!?

 

しかもお賽銭ひとつ置いていかないなんて。

 

みょうがなんて、そんなにいっぱい、

食べきれないでしょうに...

 

『これがいいか悪いかは、

 神のみぞ知る、なのかなぁ』

 

そんな風に思いながら、

観察を続けていると、

中にいたひとりが寄ってきて、

 

「何か珍しい花でもあるの?」と。

 

おっと!

 

何かある、なんて言ったら、

それも根こそぎ持っていかれそう...

 

そうだ。

 

「キノコ...

 

「の写真とっているんです!」

 

私は『写真』の部分に力をこめて、

大きい太字で答えたが。

 

相手は興味なさそうに、

 

「キノコね」

 

と、呟いて去っていった。

 

オバサンが去ったあと、のぞいてみたら...

むしられ、踏み倒され、根こそぎやられたミョウガ。

しばし呆然...

 

そして。

 

さらにその後も各公園で目にする、

生えているものを乱暴に摘み取る人の様子...

 

つい先日など、

「怖い」と嫌がる子供を抱き上げ、

木になる何かをむしりとるように促し、

さらにそれをその子のリュックに

詰め込んでいる母親の姿が。

 

...お母さん、

お子さん、嫌がってますよ。

 

そもそも抱っこしているとはいえ、

陸橋の上からそんなに身を乗り出させて、

何があったらどうするんですか?

 

人間の欲とは、いやはや...

 

ちなみに、冒頭で述べた、

神社のミョウガの様子を、

オバサンらが去った後に覗きに行くと...

 

茎や葉は無惨に踏み荒らされ、

四方八方に向いて、倒れていた。

 

神様、

私は彼女らを止めた方がよかったのでしょうか...

 

 

 

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閉じ込められる『多様性』

2021年10月07日 15時24分33秒 | ぶ~すか言ってやる!

 

ひとつの朽木にいろんなキノコ。

なんとなくうまくやっている。

そりゃ、ぶつかることもあるんだろうけど。

 

 

『ダイバーシティ』という言葉の意味を、

何度聞いても覚えられないのは、

それが、ピンとこないモノだからか。

 

『多様性』を叫ばれるごとに、

自由でなくなってゆくような気がするのは、

はたして私だけ、なのだろうか?

 

世の中はずっと昔から多様なもので、

いうほどそれを、

互いに活かしていなかったワケじゃない。

 

そう思うんだけど。

 

 

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