風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

風の十六羅漢

2010年04月29日 | 詩集「風のことば」
Rakan


ひとりひとりの
誰かに似ている石の仏たち
きのうまで近くにいた
でも今日はいない


だれも知らない
過ぎ去った日のはるけさを
石の視界は
どこまで届いているのだろう


日没まで草をふんで
ボールを追った
十六人の不動の野手たち
いまも帰ってこない


だれも知らない
まだ来ない日のはるけさを
石のことばも
風のようにたよりない


そ知らぬ顔ばかり
草むらのボールも見捨てられている
みんなもう
羅漢になってしまったのか


(2008)


メダカ

2010年04月28日 | 「特選詩集」
Daygy


サチコ先生は
理科室でメダカを飼っている
先生の白い指が水槽に触れると
メダカは狂喜して泳ぐ


メダカは16ぴきいる
1ぴきずつに
みんなの名前をつけたいの
と先生は言う


サチ子先生には
メダカの顔がわかるのだろうか
ぼくはあまり手をあげないし声も小さい
きっとメダカよりも目立たない


メダカになった夢をみた
みんなぼくよりも体がでかい
胸に名札をつけている
ぼくの名札だけ名前がなかった


先生がいないとき
そっとメダカの水槽をのぞく
メダカは水を引っかくように泳いでいる
小さいくせに目ばかり大きい
どれもこれも
サチ子先生に似ている


(2007)


2010年04月28日 | 「特選詩集」
Kotori


ながい腕を
まっすぐに伸ばして
陽ざしをさえぎり
さらにずんずん伸ばして
父は雲のはしっこをつまんでみせた


お父さん
いちどきりでした
あなたの背中で
パンの匂いがする軟らかい雲に
その時ぼくも
たしかに触れたのです


(2008)


あまだれ

2010年04月28日 | 「特選詩集」
22


雨が降るといつも
あまだれが落ちるのをじっと見ている
私はそんな子どもだった


樋の下でふくらんで
まっすぐ地面に落ちてくる
あまだれ1ぴき死んだ
あまだれ2ひき死んだ
あまだれがいっぱい死んだ


あまだれは落ちる瞬間が美しい
小さくふくらんで息をとめる
言葉にならない挨拶のようだった


おじいさんもさいなら
おばあさんもさいなら
おじいさんは雨あがりのあまだれ
おばあさんはどしゃぶり
たまごやき焼いたよってに
はよ帰っといで


茶がゆに冷やめし
ちりめんじゃこに茄子の古漬け
うすぐらい土間の足ぶみの石うす
あまだれはどこへ帰る


おじさんも死んだ
おばさんも死んだ
みんな簡単な挨拶をして
いつのまにか
あまだれになった


ちいさなあまだれ
輝いたら消える


(2004)


ぼくの星

2010年04月28日 | 「特選詩集」
Ne2


星をひとつもらった


夜空がすこし暗くなって
ぼくの夜が明るくなった


きみに手紙を書く
いくども書き直したので朝になった
星のことは書かない


ぼくの星をだれも知らない
夜明けに
きみの夢のなかへ
そっとかえす


(2007)