goo blog サービス終了のお知らせ 

わまのミュージカルな毎日

主にミュージカルの観劇記を綴っています。リスクマネージャーとしての提言も少しずつ書いています。

トークイベントBWでのミュージカルの作り方

2005年01月23日 | 観劇記
世田谷パブリックシアターで開催されました宮本亜門さんの帰国記念「ブロードウェイでのミュージカルの作り方」というトークイベントに行きました。
宮本亜門さん、舞台装置を担当されていた松井るみさん、小嶋麻倫子さん(「シアターガイド」で「『太平洋序曲』組曲」の記事を書いていらっしゃる方)がたくさんお話して下さいました。一時間半は3人のトークやスライドを見ながら説明でした。残り30分は観客からの質問に答えて下さいました。
長時間にわたるトークでしたので、全てを記憶しているわけではありません。とても大雑把にご紹介します。また、私の主観が優先してお話を聞いているという点が大いにありますので、ご了承の上お読み下さい。

このトークイベントを開く動機が亜門さんから二つほど示されました。一つは、これからブロードウェイ(以下BW)に挑戦する日本の演劇関係者の参考にして欲しいので、自分達の体験を伝えておきたいこと。もう一つは、ある意味けじめをつけたい、ということでした。
私は、「けじめ」という言葉が出たときに、ドキっとしました。もう「太平洋序曲」から離れたいという意味なのかな、と思ったからです。あとの観客からの質問にまた上演の予定はあるのか、との問いに、「話は出ているが、まだ分らない」とのことでしたので、もう絶対にやらないとか、関わらないという意味ではないと思います。が、トーク全体から受けた印象として、BW公演は本当に大変なことが多くて、しばらくはパワーが湧かないという意味だったのではないかと思います。

ユニオンの話がたくさん出ていました。舞台作りの上では弊害が出ていると3人の方もおっしゃっていましたし、BWで仕事をしていらっしゃる小嶋さんはアメリカでもいろいろ批判があるとおっしゃっていました。
BWは素晴らしい環境で舞台作りが出来るのかと思うと、そうでもないどころか、日本の方がずっといいというと感じることが多かったようです。
仕事が細分化されているので、誰がする仕事かわからないようなところがたくさん出て、その調整にとても苦労なさったようです。
そして、その苦労をなくすには「言った者勝ち」という気持ちで、どんどん自分の意見を言わなければならない、と亜門さんも松井さんもおっしゃっていました。
亜門さんは、日本では変わってるというか、多分、言った者勝ちのようなところがあるのに、BWに行って、本当に自分は日本人だ、と自覚したそうです。

と、書いているととても堅苦しい話があったように思えますが、その苦労話が、あまりに日本では考えられないようなことばかりなので、大笑いの種なのです。3人の方も、「今なら笑える」と。

批評について、亜門さんから「白黒つけたい日本の報道もわかるけれど、取り上げてくれたことが嬉しかった。仲間として見てくれた。」とお話がありました。そして、たくさん書いてくれて、細かくよく見てくれることが嬉しいともおっしゃっていました。
私も米新聞の批評を読む機会を得て、さらに日本語に置き換えるという作業をしてみて、本当に1回しか観ないで書いているのかなぁと思うことがあります。それほど、細部にわたって、たま、時代背景などもとてもよく理解して書いて下さっていると思います。日本の劇評は、9割あらすじで、1割が主役を褒めるという文章ですからね。雲泥の差というか、この辺りが芸術を支える、育てるという社会となるかどうかの違いだと思います。

苦労話が多かったので観客が「ポジティブな面はなかったのか」と質問しました。それに対し、「キャストといろいろなことが話し合えた。スタッフは対等で頭ごなしに決定が出ることはない。」と楽しかったお話もたくさん出ました。

他にも、本当にいろいろなお話があって、興味深いことがあったのです。が、結構個人名が出たり、私が聞いても、「そこまで言うか」という内容もありました。それは、「次の挑戦者」が苦労しないためにという、まあ言ってみれば親心のような感じだったのですが、文章にすると伝えにくいのです。

最後に、私がとても気になっていたことがあって、それがすっきりしたのでそれをお伝えしておきたいと思います。と言っても長くなりそうですが。
それは衣装のワダエミさんのことです。
私は、ワダさんの新国立版「太平洋序曲」への思いがとても嬉しく(詳しくは再演の制作発表時の発言をお読み下さい。)、ワダさんが「太平洋」に関わって下さるなら、本当にこのカンパニーが世界で活躍出来るのではないかと思っていたのです。ところが、BW版でワダさんが関わられないことになり、「どうして?????」となっていたのです。ワダさんはアメリカでのお仕事も多いですから、亜門さんや日本のスタッフを一番助けて下さると信じていたのです。それなのに・・・。
その疑問が解けました。
今回制作母体となったのがラウンド・アバウトという団体だったのですが、というかBWではこの団体に限らないようですが、非常にスケジューリングが遅いそうです。はっきり決定しないという期間が非常に長いわけです。ワダさんは衣装の全てを染めからなさるつもりで、いろいろ予定を立てて下さっていたそうです。ところがなかなか決まらない。もう、染めて、仕立てるには時間がない、という段になっても決まらない。というわけで、ワダさんは降りられたそうです。
このお話を聞いて、ほっとしました。もしまた日本で上演することがあったらきっとワダさんはまた参加して下さるだろうと思えたからです。

楽しい2時間でした。本当に亜門さん、松井さん、小嶋さん貴重なお話をありがとうございました。私は、舞台制作に関わっているわけではないので、申し訳ない気持ちで聞いていました。それどころか、「この舞台は何よ」みたいに、平気で言ってしまう身勝手なファンなのです。
で、いろいろお話を聞いて態度を改めるか?
改まらないでしょうね。でも、もっともっときちんと舞台を観ようと思いました。良いか悪いかではなく、深く観ることで、この身勝手さをお許し頂きたいと考えています。

SHIROH

2004年12月14日 | 観劇記
2004年12月14日マチネ 帝国劇場 20列下手より

ロック・ミュージカルと銘打たれていましたので、観るのをやめようと思っていました。正直、ロックはあまり好きではないからです。でも、話題作でもあり、チケットが手に入ったので、どんな感じか観に行ってみました。
やはり、音楽には馴染めず、とてもお話自体は素晴らしいと思うのに、舞台に入り込めないのでした。

自分達の力で反逆し、日本全国の反徳川の力を結集できると思っていたシローたちだが、本当は徳川幕府の謀にまんまと乗せられていたという、どんでん返し的な進行。そして、現在の紛争にも通じるメッセージなど、見所満載なのです。

が、なぜか私のテンションは下がりっぱなしでした。ロックが苦手ですから、その時点でこの作品を語る資格はないのかもしれません。が、こんなに人気があって、どうしてこんな作り方なのだろうと思うことがいくつかありました。

まず、長過ぎます。感動したいにも、長くて、疲れて、全ての印象が薄くなってしまうのです。なぜ長いのか・・・。はっきり言って、台詞と歌がダブルからなのです。これは「オケピ」でも思ったのですが、台詞で言ったことをまた歌にして言うのです。ミュージカルはどちらかというと、長い時の流れや、多くを語りたいことを、音楽の力を借りて短くするから、印象深い作品になるのだと思っています。肝心な台詞を台詞として言ってしまってから歌っても、「歌」に意味はないのです。

そして、ミュージカルだからと言って、歌えない俳優に歌わせるのはどうかと思いました。まして、今回は歌に不思議な力があるシロー(中川晃教さん)が登場するのですから、歌はこのシローに任せればよかったのではないでしょうか。

舞台装置にもがっかりしてしまいました。テレビがたくさん置いてあるのです。そして、難しい言葉や、人名をテレビに流すのです。まるで、茶の間でテレビを見ているときにテロップが出るような感じで。勿論、手助けになりました。が、舞台というか劇場の空間というのは、人間と人間のぶつかりあいを楽しむところなのではないかと思うのです。宗教上の言葉は、開幕前に説明するという方法もあります。一番がっかりしたのは、吉野圭吾さんの演ずる板倉重昌は戦闘で死んでしまうのですが、その死が語られるときに吉野さんの顔がテレビに映し出されたことでした。舞台のどこかでリプレイをするのが、舞台の楽しさのはずなのに、テレビに頼るのか!もう、怒りを通り越して悲しくなりました。

また、照明の点滅、そしてその際の色がきつ過ぎて気分が悪くなってしまいました。照明の効果的な使い方で舞台が生き生きしたところもあったのですが、本当に残念でした。

全体の内容はとても重い、考えさせられるものなのです。が、あまりにもコメディタッチに登場するキャラクターが多すぎるのです。こういう重い内容を、軽く笑い飛ばすのもいいと思います。が、それにしてはどたばたし過ぎではないでしょうか。真面目に演じなければならない役柄の俳優がとても萎縮して見えました。どっちが主役なのかわからない印象を受けました。

私は、この舞台にとても批判できですが、これが時代の流れなんだろうなぁという気もしています。人気の舞台俳優を揃え、新感線のプロデュース。大きな音で劇場内を一杯する。若い世代が、そして多くの演劇ファンが好むのはこういう舞台なのかと分ったことはとても大きな収穫でした。
それでも、なお言っておきたいことがあります。
劇場は、人間が人間らしく生きていることを実感できる空間であって欲しい、と!

セーラームーン新かぐや島伝説

2004年09月04日 | 観劇記
04年9月04日ソワレ公演を観劇
サンシャイン劇場 11列目ほぼセンター

サクラ大戦に最初に出かけたときに、あまりの空気の違いに違和感がありました。最近はそれが楽しいですが・・・。セーラームーンもそれに近いか、それ以上と聞いていたので、広田勇二さんがご出演とはいえ、う~~~んどうしよう、と迷いました。下の娘に「行く?」と聞くと、「うん」と一言、快諾の返事。未体験ゾーンへまた一歩。
サンシャイン劇場は大きな劇場ではないのと、コスプレも子供が中心なので、あまり気になりませんでした。でも、入口でカメラは預かられてしまうんですよ。携帯電話についているカメラは大丈夫なんですけど、たくさんカメラが並んでいました。よほど隠し撮りする人がいるんですね。こんなのは初めてでした。

それで、肝心の舞台ですが、私が予想していたのとは大きく違って、とても丁寧に創られていました。もっと、お子様向けなのかと思っていましたが、きちんとしたストーリー、メッセージがあり、子供には難しいのではと思うほどでした。

あらすじです。
セーラームーン達は楽しみにしていた夏休みを迎えるが、特訓を命じられる。ちょっとしょげるが、かぐや島というリゾートでの訓練との計画に大喜び。しかし、これが罠なのだ。
この罠を仕組んだのは、五千年前に、コアトル彗星によって滅ぼされたアカトゥ族だ。復活のためにムーンの銀水晶を狙ってる。
そして、そのコアトルのダーク・プラズマンも五千年の時を経て、地球に再接近。自らが惑星になろうとしていた。
当初敵であったアカトゥ族の助けと犠牲のおかげで、ダーク・プラズマンを倒したムーン達。地球に平和が戻ってきた。

敵味方が複雑。そして、ダーク・プラズマンの子供がかぐや島にいて、母は子供を助けようとする。アカトゥ族の悲劇と生き延びた不思議など、私もかなり混乱しました。まあ、普段、テレビを見ていれば分っていることもあるのかもしれませんね。

複雑に描いているだけあって、メッセージもいろいろと。今の地球を見直そうという気持ちや、人を愛するということの大切さをさりげなく伝えていました。そして、本当にミュージカルなんですよね。台詞の間にぽつぽつ歌があるのではなく、歌でお話が進んで行きます。パンフレットでキャストの略歴を見てみると、舞台よりテレビでの活動が多かったり、ミュージカル初挑戦という人が何人もいます。でも、本当にまとまっていて、歌がちゃんと台詞として伝わってきました。曲自体に力があるのでしょうね。

まあ、基本的には、セーラームーンたちの歌と踊りが可愛いというか、迫力があるというか、そういう乗りです。仲間がこんなにいるんだ、という驚きでした。サンシャインの舞台にはちょっと多過ぎる感じがしました。
セーラームーンなんて、結局はカワイ子ちゃんの集団と、私の苦手とするところではありますが、カワイイながらも、しっかりと演じて好感をもてたのが、主役のムーンの黒木マリナさんやマーキュリーの若山愛美さん。本当に子供も出演しているのですが、とてもしっかりと演じ、歌っていました。大人になったらどんな素晴らしい舞台人になるかと楽しみです。

さて、広田勇二さんのご活躍ぶりですが、素晴らしいです。私の広田さんの印象は、優しいお兄さまという感じです。が、この作品では最悪役ダーク・プラズマンを演じられたのです。本当に怖かったです。こんな魅力も広田さんはお持ちなんだなぁと、釘付けでした。でも、早くやっつけられちゃえ、とも思うので、複雑な心境でした。コスプレからして怖い。そして、何といっても素晴らしい歌声、でも怖い・・・。一幕では、彗星のコアを擬人化したという雰囲気からか、お城のような台座に乗っての登場なので、動きがなく歌う広田さんでしたが、二幕になってムーン達と戦う場面では、歌いながら立ち回りもとなるのです。本当に、徹底した悪役ぶりでした。悪役って最後はやられてしまうのですが、本当はとてもおいしい役回りだなぁといつも思っています。そのおいしいところを広田さんは全部もっていってしまわれたほどのご活躍ぶりだったんです。

というわけで、「セーラームーン」初体験は、広田さんの素晴らしいご活躍で、大満足ということになりました。

サクラ大戦スーパー歌謡ショウ~新西遊記~

2004年08月14日 | 観劇記
04年8月14日マチネ公演を観劇
東京厚生年金会館 2階1列目やや下手

サクラ大戦の夏のショウを観劇し始めて4回目。どの回も楽しい舞台でしたが、今回はとてもよくまとまっていたと思いました。そして、各キャラクターの本当の姿がはっきりと描かれていて、私も4回目であるのに、初めて知ることがあって、今までの舞台すべてに納得がいったということもありました。
今回の舞台のあら筋です。
毎回のことですが、一幕は、帝国歌劇団花組の日常を描きます。大体は二幕で上演する演目を作り上げる間の話となります。二幕は、劇中劇という感じですが、有名な作品を下地に、広井王子さんのメッセージが取り込まれているようです。
一幕です。今回は大泥棒の桃栗小僧が登場。女義賊なのですが、見た目が花組の一員、真宮寺さくら(横山智佐さん)にそっくり。刑事が、次回作「新西遊記」を練習している花組の稽古場へ乗り込み、さくらを任意同行して行く。花組は国家の超上層部のみが知る防衛隊なので、警察にさくらの無実を説明できない。花組の仲間は自分達で本物の桃栗小僧を捕まえようと、奔走する。
マリア・タチバナ(高乃麗さん)とレ二・ミルヒシュトラーセ(伊倉一恵さん)は、裏社会で生活してはいるが花組を応援しているダンディ団を尋ねる。ボスのダンディ・団耕助(園岡新太郎さん)は、「俺たちには仁義がある。」と情報を教えてくれない。「私達、仲間じゃなかったの」と迫るマリアたち。団耕助は、裏社会での自分の立場が悪くなることも顧みず、情報を提供する。
一方、李紅蘭(渕崎ゆり子さん)とソレッタ織姫(岡本麻弥さん)は、陸軍情報機関にいた清流院琴音(矢尾一樹さん)を尋ね、その情報収集力と経験から情報をもらう。
二つの大きな情報から、桃栗小僧の居場所を突き止め、無事さくらを釈放させる花組の団員。桃栗小僧の義賊である面に感銘を受けた団員達は、桃栗小僧が自首であるとして、警察に引き渡したのだった。
二幕は、花組による「新西遊記」。いくつかのエピソードは普通の「西遊記」。しかし、大きく違うのは、孫悟空が命を張って、仲間を救うという点です。
仏の教えを一番として、経典を手に入れれば理想の世界が来ると信じている三蔵法師。孫悟空はいたずら好きで、三蔵を困らせるばかり。しかし、悪人に仲間が殺されそうになると、「自分は仲間のなかに生き続ける」として、自らの命をなげうって仲間を助けたのです。

ここからは、感想です。
あら筋で書きましたように、団耕助と琴音が、本当はどういう人物なのかというのが、今回初めてよくわかりました。今までは、団耕助はチンピラ、という感じでしたが、裏社会でも一目おかれている人なのだとわかりました。だから、花組にもいろいろ協力してくれているんだなぁと。琴音も「薔薇組」と称して、変わり者としか思っていませんでしたが、軍隊で何かあって飛び出した苦労人なんだと分ったのです。普段、ゲームをしない私には今までの一幕のお話は、面白いけど、よくわからないということが多かったのですが、今回はいろいろ謎が解けて嬉しかったです。
二幕も、一幕でも何度も出てきた「仲間」を大切にするということがキーワードになった、新しい解釈の「西遊記」でした。三蔵法師は何もしないで仏にすがるだけ、孫悟空は出来ることを何でもする。敵を目の前にしたとき、どちらが正しい道なのか?こんな大きな問題を投げ掛ける舞台でした。が、まあ、そんなことを考え込まなくとも、孫悟空を演じた田中真弓さんの演技で充分楽しめました。フライングにも挑戦し、大活躍でした。ちょっとハスキーなお声なので悪役を演じることが多い高乃麗さんは、今回は徹底した悪役、牛魔王。立ち回り、歌と貫禄でしたね。そして、いつもは可愛らしい役が多い、渕崎ゆり子さんと伊倉一恵さんが、牛魔王の手下金角、銀角となって、大活躍。重いテーマでありながら、笑いありの充実の舞台となっていました。

園岡新太郎さんのご活躍は、今回は一幕でのダンディ・団耕助が印象的でした。花組の頼みと仁義とに揺れる思いを、酒場で歌うのですが、本当にカッコよかったです。二幕では、牛魔王の手下、馬頭を演じられました。歌より、踊りの方が中心でしたが、重そうな衣装に大きな武器を持ちながら、強そうに立ち回るお姿に惚れ惚れ。

また、来年、どんな舞台を用意して、私達にどんなメッセージを伝えてくださるのか、今から楽しみです。

レ・ミゼラブルinコンサート

2004年07月13日 | 観劇記
04年7月13日マチネ公演を観劇
東京芸術劇場・中劇場 1階7列目センター

ここしばらく、感じていなかった心からの感動を全身で感じました。こういう感情を言葉にするぐらい、そして、文章にするぐらい意味がないものはないような気もしますが、やはり伝えたい、だから書くことにします。
舞台を観た後、帰宅するわけです。同じ道を必ず通ります。その道がいつもと違って見える。それが、その日に観た舞台の感動の度合いを測る私のバロメーターです。
今日は、いつもの道と違いました。暑いですが、とてもすがすがしい空気を感じていました。照りつける太陽も、建物をキラキラ輝かせています。

前置きはこれぐらいにして、舞台やキャストの皆様への感想を書いてみたいと思います。
すでに、開幕して10日、その間にいろいろ教えて頂いたので、こんな感じだろうとは想像していました。
でも、聞くと観るとでは大違い。もう少し、「歌」だけに集中するのかと思いましたら、演技もかなり入っていました。第二幕のバリケードのあたりは、本当にあの舞台セットがないだけで、本舞台以上の迫力がありました。第一幕の宿屋の場面では、やや、観客として楽しまれているようなキャストの方もいらっしゃいましたが・・・
舞台後ろのスクリーンに、本舞台の写真が映し出されますし、衣装はアンサンブルも含め、本舞台の衣装を着用するので、臨場感一杯でした。
そして、ラストは本舞台では登場しない、ジャヴェールとテナルディエ夫妻も登場しますから、とても盛り上がりました。そして、最後の最後に、スクリーンに映し出される「民衆の歌」を観客も合唱して幕となりました。スタンディング・オベーションとなりましたね。本当に素晴らしかったのです。
こういう、「コンサート」という形式でも楽しめるのは、「レ・ミゼラブル」長く、広く愛されているからですよね。メロディが流れれば、「あの場面」とセットや照明の色まで思い描けるわけですから。本当に、素晴らしい作品だと思います。

今回の罪作りな配役に私も惹かれ・・・このコンサートが最初に決まった昨年の夏には、まあパスかな?などと思っていたのが、もう、突然猛烈にチケット争奪戦に参加することに(笑)。

アンジョルラスは今拓哉さん。
私は、ファンになったら出来る限りその方の舞台は一公演一度は観るようにしています。で、その方が演じられる役をそれなりに好きになるようにしています。でも、今ジャヴェールは素晴らしいけど、好きではありませんでした。理由はいくつかあるのですが、なんといってもあまりにもアンジョルラスがステキ過ぎて、どうしてもアンジョの幻を追ってしまうからだと思っていました。
今日、久しぶりに今アンジョルラスを拝見して、つくづく思いました。今さんは演じているのではなく、本当にアンジョルラスとして生きていると。
舞台が始まるとき、出演者が全員椅子に座っています。本舞台では、アンジョルラスもその役の前に工場の人、警官などなどいろいろ登場するので、忙しいのですが、このコンサートではそういう役は受け持ちません。まあ、登場まで長いのです。多分、衣装もタイをはずしているのでしょう、ラフです。宿屋の場面で一観客となっていましたね。もう、今さんたら・・・と思っていましたが、アンジョルラスの衣装でバチっと決め、マリウスと歌いだすと、もうそこには今さんはいなくて、アンジョルラスだけが立っているのでした。なんだか、今日は髪型もすごくステキで、本当にくらくらしてしまいました。
ただ、ジャヴェールもおやりになっているためでしょう、高音の伸びが今ひとつでした。でも、あの力強い歌声は、アンジョルラスの生き様そのものですよね。

駒田一さんのテナルディエ。
コンサートですからということで、ナンバーの前に「盛り上がって行きましょう」と一言。客席にも降りていらして、ファンサービス。「おお、歌詞を間違えてしまった」との乗りも本当に楽しかったです。この宿屋の場面で、客席も手拍子したり、大笑いしたり、すごく和やかになりました。
「下水道」での歌詞がとても明瞭でした。滑稽であったり、ずるがしこさであったり、テナルディエの生き様は、決して褒められるものではないのですが、どんなことがあっても「生きる」というその思いが伝わってきました。「死」と隣り合わせのあの時代、「生きる」ことの大切さを感じさせてくれました。あの時代ではないんですよね、今も、ある地域では「生きる」その意味を考えなければならないのですよね。この歌でこんなことを感じたのは初めてでした。駒田さんに感謝です。

津田英佑さんのマリウス。
00-01年版で、何度か拝見しているのですが、ちょっとしっくりこなかったのです。ところが、今日は、マリウスにすごく共感しました。「カフェ・ソング」もよかったですが、「心は愛に溢れて」が良かったです。この歌って難しいですよね。一歩間違うと、この自分勝手な奴と思われてしまいますから。事実、以前の舞台では津田マリウスにそういう感情を抱いていましたから。でも、今日は、本当に嬉しそうで、その嬉しさに一点の曇りもなくて、出会えた喜びを一緒に喜ぶことが出来たのです。本当に、素晴らしいマリウスでした。

アンサンブルの方々について一言。今アンジョルラスがカリスマ的になってしまったからかもしれませんが、アンジョの子分になっていました。アンジョルラスは学生達の一人に過ぎません。他の学生達も、もっともっとあの時代、あの場所に生きて欲しいと思います。そして、もっともっと歌を勉強して欲しいと思います。この作品は、多くのスターを輩出してきました。それゆえに、あるときには入れ替えが必要であり、それをするから新しい人たちが育つのだとも思います。チャンスがなくて大きな舞台に立てなかった実力のある人材を探すためなら、いくらでもお金も時間もかけます。でも、舞台が練習場では困るのです。舞台に立てる喜びではなく、その役として生きて欲しいと切に願っています。
女性アンサンブルは男性陣に比べると活躍の場がやや狭いのですがとても声も出ていて、何より哀れな人々という感じがとてもよく出ていました。

と、ちょっと辛口になってしまいましたが・・・次は、甘口かな?

「レミ・コンに佐山陽規さんがご出演!」と知った時から、もう大変でした。何がというわけではないのですが、とにかくいろいろと・・・
今日も午前中研修で、難しい話を聞いていたのですが、気が入らないから全然理解できないし・・・終わって劇場に移動して、おむすびをふたつ食べる時間があると思ったのに、何だか一つしか食べられなくて・・・観客の私が緊張してどうする?そうなんですよ、分っているのですが、本当に落ち着かなかったのです。
佐山ジャヴェールを拝見できるなんて思ってもいませんでしたから、あまりの嬉しさに、というのも一つですが、実は不安の方が大きかったのです。
「レ・ミッズ」にはたくさんの人物が登場します。私は、その人物のだれもがとても愛しく、殆どが死んでいってしまうので、もうその度に涙を流していて、観劇後は誰にも会いたくない状態なのです。しかし、その中でただ一人、なんで死んじゃうの?と突き放したくなる人物がいました。それが「ジャヴェール」です。小説でもダメなんですよね。どうしても共感できないこのジャヴェール。そう、どなたが演じても何かしっくりこない。今さんでもダメだったわけですから。もし、佐山さんのジャヴェールにも共感できなかったら・・・という不安がありました。
佐山さんの舞台もたくさん拝見して、どの役もとてもステキに演じて下さいます。が、ちょっと共感は出来ないなぁということもありましたから、ジャヴェもその運命を辿ったらどうしようと不安がありました。すごく魅力的だといわれているこの役を私は理解できないまま、この作品を見続けるのかも知れないという不安です。
ジャヴェールの出番はすべて反芻し、見逃さないぞ!って見逃すはずないんですけどね、まあ、私なりに気合を入れたわけです。

それで、どうだったかというと・・・
佐山ジャヴェールにひれ伏したい気持ちでした。
なぜ今まで私は「ジャヴェール」という役をとても遠い、そして、共感できない人物として感じていたのか不思議なぐらいでした。とても素直にジャヴェールという人物に共感していました。
なぜこんなに受け取り方が変わるのか、自分でもよくわからないのですが、たぶん、大きな原因は「歌声」だと思います。私が今まで聞いてきたジャヴェにはない、ずっしりとした重みが歌にあるのです。それがすべてだったのかも知れません。
私が今まで触れてきたジャヴェールはとても優しそうだったような気がします。
佐山さんのジャヴェは冷たい、そして、重い。バルジャンにすごく威圧的でした。だから、バルジャンの美しい生き方なのに、おびえて生きているという役柄も浮き上がってきて、作品全体が数段深みを増すと感じました。
佐山さんの魅力は、細やかな演技にもあるのです。コンサートという形式ではありましたが、随所にその演技を見せて下さいました。細やかな演技が役柄を膨らませていくんだなぁと思います。やはり、ジャヴェールとして生きていらっしゃるということでしょうね。そうなると、共感できます。
つらつらと書いてはみましたが、言葉にするって難しいです。
ジャヴェールの役の魅力に触れられたわけですが、その魅力がまた複雑過ぎますね。深みにはまったかも・・・。
本当に佐山さんのジャヴェールに出会えてよかったです。そして、是非是非本舞台でも演じていただきたいなぁと思います。

なんだか、いろいろ語ってしまいましたが、本当に素晴らしい舞台でした。
明日、がんばろうという力を下さった舞台に、乾杯!!!

Getting Married Today

2004年07月11日 | 観劇記
04年7月11日公演を観劇。
銀座NB CLUBに於いて。

「Getting Married Today」といえば、ソンドハイム氏の代表作「カンパニー」のナンバー。早口歌として有名です。ソンドハイム氏の曲をふんだんに使った作品なのかなぁとすぐに思いました。

治田敦さんが演出・脚本・訳詞・出演。振付と出演は原田みのるさん。さけもとあきらさん、徳垣友子さんもご出演ということで、とてもとても楽しみにしていました。披露宴に参列するつもりで出かけました。

この作品はいわゆる、ミュージカルの舞台ではございませんので、私の感想もいつもとかなり趣が違っています。資料があまりございませんので、曖昧な点はどうぞお許し下さい。

6時半に開演。まず一時間ほどのショータイムがありました。
本当に披露宴のような運びです。馴れ初めを描くために、新郎さけもとさんと新婦徳垣さんの職場、これがクラブなのですが、を垣間見ます。魅力的な徳垣さんに、目立たないさけもとさんという設定です。この一幕は、「キャバレー」や「シカゴ」からの曲が使用されました。「キャバレー」から私の記憶の限りでは「Why Should I Wake Up」をさけもとさん、「Cabaret」を治田さん、「Two Ladies」を治田さん、さけもとさん、原田さんが歌われました。「シカゴ」からは映画での場面が浮んでも曲名が・・・すみません。さけもとさんが役での自分の存在を表現した「私はセロファン」はたしか「シカゴ」からの曲だと思います。原曲のままで歌われた曲もあれば、やや意訳という訳詞で取り上げられた歌もありました。新郎新婦の紹介も進み、順調に披露宴が進むと思うと乾杯の音頭をとる、新郎新婦のお店のオーナーが登場。これが治田さん。どうも徳垣さんをとても可愛がっていたようです。「君の好きな歌を歌おう」と「This is the moment」(ジキル&ハイド)を歌います。

と、このあたりでお食事タイム。45分のお食事タイムも、食べたり、飲んだり、しゃべったりするとあっという間。ミュージカルの話をすると何時間でも話せそう・・・

二幕は、お祝いのビデオ・レターの上映から始まりました。「エリザベート」上演中の合間にキャストの皆様に協力して頂いたようで、フルメイクの方、半分メイクの方などいろいろ。お祝いと思えない内容だったり、「エリザ」のパロディだったり、もう、参列者は大喜び!実は、このビデオにも登場なさったご本人が会場にいらしていて、その内容の可笑しさがご本人への大喝采に。村井さん、本当にステキなキャラですね。

ビデオが終わりお色直しをした新郎新婦登場となるのですが、新郎がなぜかオーナーに変わっている!結婚式が始まります。そして、ここで歌われたのがこのショーのタイトル「Getting Married Today」。徳垣さんの「結婚しない、結婚しない」は切実。そして、気絶してしまう。それを介抱し、いやな夢の内容を聞いて、「結婚するのは・・・僕」といい、徳垣さんの大好きな歌を歌って、彼女の心を射止めます。
で、今度は現実の結婚式へと。そこへ来た司教は変な日本語を話すフランス人。その正体はオーナー治田さん。「エリザ」のドクトル・ゼーブルガーの場面となり、治田さんと徳垣さんの歌のやり取りが。さけもとさんが勝ち、無事ゴールイン。
一人寂しく、人形を相手に歌うオーナー。「Could I leave you?」(フォーリーズ)。実は、この歌は、ここ数年、治田さんが数々歌って下さった歌の中で私の一番好きな歌です。是非是非、もう一度聴きたいと思っていました。2年間待った甲斐がありました。前半で、治田さんの台詞に豪華な家の様子や、フランスでのバカンスが入っていたので、必ずこの歌を歌って下さると思っていましたが、本当にこの曲のイントロが流れたときには、涙が出るほど嬉しかったです。
かなり脱線しましたが、とりあえず、ハッピーエンド。めでたしめでたし。
そして、最後にもう一本お祝いビデオが流れ、「赤ちゃんは?」という問いかけに、さけもとさん、徳垣さん、原田さんが赤ちゃんの姿で登場。全員で歌って、踊って、フィナーレとなりました。

こう書いてみると、覚えているようで、覚えていませんね。曲名はわかったものは書いてみました。聞けば、この歌とわかるのですが。また、全然曲名がわからない曲もありましたので、申し訳ございません。

お客様の乗りも良くて、本当に楽しい楽しい時間でした。やはり、実力のある方たちの歌は、心地良く、また楽しく聴くことが出来ます。

しかし、通常の劇場での上演ではないので、いろいろ問題があったようです。
10日と11日の公演ということで、私が参列したのは、二日目でした。初日には、舞台を観難い席があり、改善が図られたとのことでした。けれども、私の座っていた場所も、ステージの正面ではあるのですが、ちょっと低くなっているので、下のほうでの動きは全く見えませんでした。原田さんへの感想がないのは、ステキなダンスが殆ど見えなかったためなのです。
やはり、会場全体を使うとはいえ、ステージは少し高くして頂きたかったと思います。私が今までこういう設定でショーを見た経験からすると、ちょっと会場が広すぎると思いました。普通はショーと飲むことの半々でお客様がこういう場にはいらっしゃるので、ショーを見ないで、会話や飲むこと、時には賭け事に興じる方々がステージからも他の客席からも見えないところに座るわけですよね。今回のように全員が、ショー観劇が目標となると、もう少しこじんまりした会場のほうが、観客も見やすいし、音響とかももう少しバランスが良かったのではないかと思いました。
でも、あまりこじんまりしすぎていると、今回のキャストほどのお声をお持ちだと、勿体無かったりもするんですよね。そこが難しいところです。
でも、普段は、ただただ遠くで見つめている舞台俳優の方々をこんなに間近で拝見できるのですから、文句を言ってはいけませんよね。これからもこんなステキな舞台が増えるといいなぁと思いました。

最後に治田さんが「今後は、演出家や振付師のいうことは、はい、と聞きます」と今回のご苦労からおっしゃっていました。が、絶対そんな大人しいキャストになっていただきたくないです。舞台が良くなるためなら、演出家を蹴飛ばしてでもいちゃもんつけて欲しいです。そして、また、蹴飛ばされる側の演出家になって、こんな楽しい、お洒落な舞台を創って頂ければと、ファンの願いはどこまでも果てしなく、大きくなっております。

もう一度言わせて下さい。2年間待った甲斐があった治田さんの「Could I leave you?」。本当にステキでした。
そうそう、しゃけさんにもまた是非お聞かせ頂きたい歌があるのですが、その歌を聴いて以来そろそろ2年半の月日が経とうとしています。夢はいつか、かないますでしょうか?

結婚、ではなく、舞台の成功本当におめでとうございます!!!

Into The Woods

2004年06月09日 | 観劇記
新国立劇場  実質4列目センター(10列目が最前列です)
本日初日を観劇しました。
楽しく、でも考えさせられる、というソンドハイム氏ならではの作品ですね。いろいろな雑誌の出演者等の座談会を読んでいると、一度ではちょっとわかり難いかもしれないと書かれていました。が、私としてはとてもわかり易いし、小難しいことは何もありませんでした。一度でちゃんとわかりますから、もし、一度だけしか行かれないと迷われている方も、安心して劇場へ行ってみて下さい。思わぬ展開に、やられた!と思います。そして、多分どこかに今の自分が直面している困難と同じことがあると思います。解決策もなく残酷な結果もありますが、それも現実。それでも何となく希望が湧き、自分もがんばれるかもしれない、そんな思いで劇場をあとにすることが出来ると思います。

初日ならではの華やかさも手伝ったと思いますが、とても充実した舞台でした。出だしは、かなり緊張なさっていたキャストも、一通り歌うと落ち着いたのか、観客を森に連れ込んでいました。舞台装置もとてもいいです。そして、中劇場をとてもすてきな劇空間に変身させていました(正直、私はあまり好きな劇場ではないのです)。
キャストはほぼ全員にソロがあります。で、安心して下さい、皆様ほぼ一つの役で通します。「太平洋序曲」みたいに探しまわることはないのですね。
なかなか面白い配役だなぁと思います。ミスキャストという方はないと思いますが・・・「太平洋序曲」を愛し、ソンドハイム氏の曲をたくさん聞いてきたファンの一言を言わせて下さい、厳しすぎるかもしれませんが。ソンドハイム氏の曲はやっぱり難しいな、と思わせる場面が多々あったのはがっかりでした。難しい曲ほど、本当は歌詞以上に聴衆に訴えるものがあるわけですから、もっと聞き手の耳に、そして心にねじ込むように歌って欲しいと思います。その点では、キャスト間の実力に差がありすぎるように思いました。

橋本さんの訳詞はとてもいいですね。英語でこそ楽しいと思われる、ソンドハイム氏の歌詞を、日本語でも楽しませて下さいます。勿論、演出の亜門さんの力も大きくて、いろいろな作品を楽しんでいるのだと思いますが、橋本さんの素晴らしい訳詞がなければここまで楽しめないと思います。

最後に、この作品を観る最大の動機だった広田勇二さんのご活躍について一言。
最初のご登場は御者なのですが、主はラプンツェルの王子という役です。魔女の娘ラプンツェルは牢獄のような塔に閉じ込められているのですが、広田王子様は心引かれ・・・結末は、劇場で!シンデレラの王子役の藤本さんの弟という設定で、お二人で歌います。王子様ですから、とてもステキ!!!しかし、お二人とも、ちょっと違う?はっきり言えば変!でも、ご本人達は至って真面目。本当に大笑いばかりさせて下さいます。そんな楽しいというか、面白い歌なのですが、広田さんが歌われると音楽としての素晴らしさを感じられます。そのギャップが広田さんの素晴らしい歌声で、ますます可笑しくて・・・こういうひねった曲は歌い手の実力が本当にものを言うなぁと思ってお聞きしていました。

ちょっと生意気なことをいろいろお話してしまいましたが、今年になって亜門さんの舞台に全部お付き合いしたということで、お許し頂きたいと思います。
いろいろ言っても、結局のところは、とてもとても楽しい舞台でした。また、是非観劇したいと思っています。一度でも楽しめる作品ですが、また観るときっと思わぬ発見がありそうな作品でもありますね。

エリザベート

2004年05月18日 | 観劇記
04年5月18日マチネ公演を観劇。
帝国劇場11列目下手。

2004年東宝版をやっと観劇しました。変更点を詳しく聞いていたためでもありますが、特に違和感もなく、再演ではなく新たな作品として楽しみました。
リピーターの多い作品なので、本当にいろいろな面で魅力があるのだと思いますし、私自身も初演時から通算すれば10回を超えています。回数が増えた理由を今思い出すと、劇場を出ると何だかもうすぐにでも観たくなる、という衝動だったようです。しかしながら、今回は一回でもう十分楽しめたなぁという感想です。本当に成熟しきったなあ舞台だったと思います。
言葉というのは、とても難しいですね。楽しんだとはいえ、また、成熟しきったと感じたとはいえ、感激したわけではありません。私は舞台を作り上げることが、そして、毎日体調を整えて舞台に臨むことがいかに大変であることかはそれなりに理解しているつもりです。今回の舞台の構成をみると、盆を回さなくなったので、キャストの皆様が大道具の運びをかなりなさっていたように見えました。地方公演もあるので、それを考えてのこととは思いますが、本当に大変な労力だと思います。かなりお疲れが出ているのもわかります。それでも本当に舞台の上できびきびと演じ、踊り、素晴らしい歌声を聞かせて下さるキャストの皆様に大きな拍手を送りたいと思います。
しかし、その一方で、成熟したひとつの方向性なのかもしれませんが、私にとっては成熟を通り越し、しつこい!と思えるキャストの方もいらっしゃいました。舞台全体に対して、もう、充分、お腹一杯と思った大きな理由だと思います。

舞台装置で、玉すだれのようなところにライトをあてて、舞台設定を表現している場面がありました。これもちょっと私としてはあまりに現代的過ぎて、19世紀の世界に浸りたいという気持ちを削がれました。全体として、重厚さを、それがエリザベートへの脅迫とも繋がっているのでしょうけれど、それを出している中で、あまりにも不釣合いだと感じました。

キャストに対しての感想をいくつか。
一路エリザベート。少女時代の可愛らしさ、結婚してからの戸惑いの表現が以前にましてよかったと思います。すっかり落ち着いた「皇后」というあたりは、相変わらず素晴らしい歌、演技でした。現代的な女性からこんなしっとり、気品あふれる女性まで演じられるなんて本当にこれからますますご活躍が楽しみです。

石川フランツ。正直、鈴木さんで是非と思っていたのですが、どうしても日程が合わなかったのです。でも、石川さんもすごく素敵な皇帝でした。鈴木さんが演じていらしたというだけでもなく、私はこのフランツ・ヨーゼフという方にとても魅力を感じています。石川さんもそんな私の夢に描くフランツを具現化して下さいました。「夜のボート」最高でした。04年バージョンで鈴木フランツを拝見していないので、こう言い切るのも難しいかもしれませんが、Wキャスト、トリプルという配役の妙の真髄がここにあると思いました。私が思い描くフランツ・ヨーゼフにお二人ともぴったりなのです。でも、お二人とも全然違います。お二人の個性は出ているけれど、フランツとして舞台で生きていらっしゃる。上手く言葉に言い表せられませんが、本当にお二人とも素晴らしい俳優だと再認識したのでした。

初風ゾフィ。初風さんの舞台もかなり観ている私ですが、今回の舞台は秀逸でした。亡くなられる直前の歌の素晴らしいこと。母として生きられなかった皇太后の辛さがわかりますよね。

トートは内野さんでした。相変わらず、指先の動きまで憎いほどのトートぶり。その演技からは「死」という冷たさとエリザベートへの愛という矛盾を嫌というほど見せ付けられました。本当に素晴らしいです。歌も、黄泉の帝王ということで、他のキャストとは違った響きを作ってもらっていたようですね。まあ、「キャンディード」を観た次の観劇がこの日の舞台だったわけで、歌に対しては厳しくなってしまうので、これ以上は言うのをやめようと思います。

この舞台には「太平洋」組から、治田敦さん、今拓哉さん、さけもとあきらさんがご出演です。だから、本当は3回は観ようと思っていたんですけれど、なかなかスケジュールが合いませんでした。

治田さんは、落ち着いたグリュンネ伯爵を演じていらっしゃいました。宮廷生活の要所要所でご登場で、生活の広がりを感じさせてくださいました。エリザベートの大変さを観客に感じさせる下地作りという点もありますから、短い場面でもそれをアピールしなければならないわけで、治田さん始め宮廷の重臣の皆様の上手さに相も変わらず感激したのでした。

さけもとさんと言えば、この作品の中では精神病院の院長が印象的です。演出がかなり変わり、動きが激しくなったように思いました。ソロでもいつもと変わらず美声をお聞かせ下さいました。この作品は、アンサンブルと言っても、皆様ソロがあり、役付きの場面もあります。ですから、とてもアンサンブルの質が高く、充実もしているわけです。この作品の大きな魅力だと思います。

最後に今さん。はっきり言って今さんのせいで一回しか観られなかったのです。今さんのご出演と私の行かれる日がこことごとく合わず・・・観ないほうがいいってことかしらと思うほどでした。確かに、エルマーという役は私が拝見した今さんの役の中で、今さんがとても窮屈そうに見える役だったので、ここまでスケジュールが合わないなら観ないのもいいか、と。前回の公演のとき、エルマーがとても浮いていて、今さんのファンの私でも、共感するのが難しかったのです。でも、拝見してとてもよかったと思います。観ている私が大人になったのかもしれませんが、熱い思いをエルマーと共有できたような気がします。そして何よりハンガリーという大国の圧政に苦しむ人民の思いをエルマーは背負っているのだとすごく思えたのです。印象的だったのは、ハンガリー国王の戴冠式後の人民の喜びを見て去る場面でした。舞台下手で立ち止まり人民の歓喜を振り返り、そして正面を見ます。何か遠くを見つめている姿でした。今エルマーの視線の先には、未来への希望見えているのでしょうか。私にはちょっと寂しげなその眼差しには亡父への思い、ハンガリーの苦しみが写っているように思えました。全体として熱い思いのエルマーですが、その眼差しひとつで、エルマーって本当に大きな人物なんだなぁと思えたのです。そして、最初の登場からすると革命時にはかなりの年齢になっているわけですが、今回はとてもそれがよくわかりました。でも、ちょっと革命のときのダンスの足取りが重くなっただけなのかも(笑)。

Wキャストの妙を実感したり、Wキャストゆえの観劇日程の組み難さを体験したりと、「Wキャスト」にとても縁のあった04年版「エリザベート」でした。
04年いっぱい続く「エリザベート」。キャストの皆様には体調に十分気をつけられて、魅力あふれる舞台をお続け頂きたいと思います。

キャンディード

2004年04月26日 | 観劇記
2004年4月26日ソワレ 
東京国際フォーラムCホール 実質11列目上手側

舞台の感想です。あら筋は書いていませんが、感想とともに舞台の内容に踏み込んでいます。ご了承の上お読み下さい。

初日を観劇しました。
「太平洋序曲」メンバーからは佐山陽規さん、村上勧次朗さん、岡田誠さんがご出演。

2001年の初演も観劇しました。今回は再演ということですが、ここまで大幅に変わると再演ではなく、新作を観たという感じです。
私としては、今回の方がしっくり来ました。上演時間も3時間位におさまっていました。曲ごとなくなった場面と、縮まった場面があったようです。3時間というのが、集中できる限界なのかもしれません。

しっくり感じたもう一つは、衣装でしょうか。この作品はとても多くのことを考えさせてはくれるのですが、ある面非常に荒唐無稽なのです。01年のときは比較的今私達が普段に着ているような衣装なので、その荒唐無稽な面がとても印象付けられてしまったように思います。が、今回は、豪華な衣装と荒唐無稽な出来事がマッチしていたように感じました。

また、振付も私が好きな麻咲梨乃さんになり、場面場面がとても立体的になり、後で関連する場面が出てきたときに、「ああ、あの時ね」と思えるのでした。

ブログって、長くてもいいのか不安を覚えつつ、主要キャストへの感想にとりかかります。

キャンディードの中川晃教さん。初めて舞台を拝見しました。確かな歌唱力と細やかな演技の出来る方ですね。キャンディードの純粋さが伝わってきました。ただ、小柄な方なので相手役の起用には細心をはらっていかないと、中川さんも相手役の方も活きないなぁと思いました。というのも、カカンボの坂元健児さんとの組み合わせがちょっといただけなかったのです。坂元さんも小柄な方ですが、がっしりなさっていますよね。お二人が並ぶと、主人と従者の関係がはっきりしなくなっていました。カカンボという素晴らしい役がちょっと印象に残りませんでした。

クネゴンデの鵜木絵里さん。「着飾って浮かれましょ」はこの作品の一番の聞かせどころですが、本当に素晴らしかったです。アリアで歌い上げるところも良いのですが、そのほかのところは動き回り、表情豊かに、女ならこういう思いってあるよね、と共感出来る歌でした。

ヴォルテールの辰巳琢郎さん。テレビ俳優としては結構好きな方なのですが、舞台で拝見するのは始めて。この配役が発表になったときから、とても楽しみにしていました。初日ということで、出だしはとても早口で聞き取れない部分もありました。でも、途中からは芝居に割り込むという難しい役柄ですが、自然な流れで舞台に登場し、話を進め、締めくくって下さいました。

パングロスの岡幸二郎さん。まあ、言うことないほど、堅実に歌い、演技し、楽しませて下さいます。岡さんへの感想ではないのですが、パングロスの衣装はちょっと・・・という感じでした。そして、その対になるマーティンの衣装も。他の方の衣装はいいなぁと思いましたが、パングロスとマーティンは対照的という印象が私にはあるので、前回の白と黒という明確な衣装が好きでした。割と今回は素材的には似たようなものを使っていると思えました。で、感じたのは衣装の太田雅公さんは、パングロスとマーティンは対照ではなく、突き詰めると似ていると考えていらっしゃるのでは、ということでした。そう考えると、また、舞台も今までとは感じ方が違ったりして、衣装という視覚に訴えるものの存在の重要性を認識したのでした。

マキシミリアンの新納慎也さん。この役は前回が岡さんでしたからね、どうしても印象が強すぎますよね。あまりにも荒唐無稽な登場が多く、本当に難しいと思います。新納さんもとても素敵でしたが、ひとつ足りないのは「貴族の気品」でしょうか。キャンディードに「私生児のくせに」と言い切る時の気品がちょっと物足りませんでした。

岡田さんと村上さんは、各所にご登場。一度観ただけでは、ご活躍を観切れていない感じです。この舞台自体、とてもアンサンブルが重要です。素晴らしい曲の数々はアンサンブルが歌うことが多いですから。私が一番好きなのは、内容とメロディが対照的な「火あぶりの刑」。これを聞くと美しい姿の人間の中にある醜い心を感じます。そして、それは社会の混乱が生み出すものであることを思い知らされます。

ジェームズとマーティンの佐山陽規さん。歌があるのはマーティンなので注目していますが、ジェームズも大好きです。ジェームズはとても優しい人間として描かれています。その優しさをヴォルテールが説明もしてくれますが、ジェームズ自身の短い台詞で表現しなければなりませんから、大変なはずなのです。でも、佐山さんは温かな台詞回しであっさりその優しさを感じさせて下さいます。マーティンもマーティンで作品のキーワードのような台詞がありますし、佐山さんから目が離せない作品ですね。

すっかり長くなってしまいましたので、このあたりでやめておきますね。
初日からスタンディング・オーベーションでした。それに相応しい舞台だと私も思います。東京では11日まで上演していますので、是非。
こちらで、初日顔合わせの動画も見ることが出来ます。
http://forum.nifty.com/ftheater/p/04cand/index.htm
それでは。

ユーリン・タウン

2004年02月10日 | 観劇記
04年2月10日マチネ公演を観劇。
日生劇場10列目下手より。

この作品のことは、オフ・ブロードウェイでかかっている頃から、劇評で知っていました。是非観てみたいと思う一方、日本での上演は難しそうな作品だとも思っていました。
上演が決まり、亜門さんの演出ということで、これは楽しみと思いましたが、キャストをみて、観るのやめようかナァと思ったのです。正直、皮肉っぽくて、笑いもあってという舞台ほどキャストの力が大きいというのは、何本も観ていて感じていました。亜門さんがキャスティングもなさっていたとしても、今までにも二度と観たくないという舞台もありましたし・・・
やや怖いもの見たさで観たわけですが、今は、もし時間が許せば、もう一回観たいナァと今は思っています。

今回は、あまりあらすじには踏み込まないで感想を書きたいと思います。というのが、私も大筋は知っていたのですが、こんな運びになってしまうの!!!というような結末ですので、もしこれからご覧になる方がいらっしゃると申し訳ないので。ただ、感想の中にどうしてもある程度のあらすじは入りますので、その辺りはご了承の上、お読み下さい。
舞台装置は、至って簡素。オケは舞台上手やや奥にあります。
音楽は、多岐にわたり、バラード、ゴスペル、ロックなどなど、楽しいナンバーがたくさんでした。
そして、ダンスもあるし、演劇的要素も充実していました。
キャストは、亜門さんらしく無茶苦茶ハードな香盤と動きに十分に応えているナァと思えました。
台詞を補う歌と言う訳ではないのですが、ここで歌うナァと予想できてしまうのがちょっと私としてはつまらなかったのです。私の好みは、こんな台詞や進行も歌っちゃうの!なので、その点からすると、話は奇抜ですが、ちょっとミュージカルとしての典型的な形を脱していないように思いました。
客席も舞台の一部として使われるので、通路側に座ると、すごく楽しいかもしれませんね。お客さんへのサービスではなく、そこも板の上ですから、間近で歌を聞くことが出来たり、自分も一員となって戦っているような気持ちになると思います。

私の一番のお気に入りの役は、悪徳商売人、クラッドウェル。節水のためにトイレの私的使用が禁止。公衆トイレしかないのだが、有料。しかも高い!そのトイレを経営している社長がクラッドウェル。金と権力の亡者。自分のやっていることが正しいと信じているのです。お金で議員を動かし、高い料金をさらに値上げするは、娘を見捨てても自分が助かろうとするは、もう極悪非道。最後はちょっとかわいそうなのだけれど、ここまで好きに生きてのなら悔いないだろうナァと思います。
この役を演じたのは藤木孝さん。舞台で悪役を演じるなら、これ位悪い人になって欲しいと思う以上の悪役ぶり。早台詞もスパスパ言い捨て、役柄の行動力の素晴らしさをものすごく感じさせて下さいます。歌うときに声の伸びが・・・と思うこともありましたが、台詞と歌の声が変わらないので、歌うぞ!と観客が身構えることがなく、あれ、歌になっていたのねという感じでした。本当に、悪役に魅力があると舞台が楽しいですよね。

この作品の主役は、別所哲也さんなのかな?革命を主導するボビー。テレビ・ドラマですごい悪役をやったことがあって、そのときからのファンでした。が、テレビでいいナァと思う俳優さんで、舞台もいいナァと思う方はとても少ないというのが、私の今までの経験。別所さんは、衣装はボロボロ。何しろトイレ管理人の助手ですから。でも、カッコイイ。身長もあるし、革命を指揮するにはもってこいの俳優さんですよね。でも、歌い出しのときに、台詞とかなり声が変わってしまうのです。高揚していく気持ちがちょっとそがれるようでした。

他のキャストの方も、それぞれとても個性的でした。
とんでもないことをやらかす老人をなさった安崎求さん。なんとも言えない雰囲気で笑いを、そして涙を誘って下さいました。
瞬間湯沸器のようなハリーを演じる杉崎政宏さんは、とてもとてもかっこよく、過激なことを言っても許してしまいたくなりました。藤木さんと同様、極端な役柄を突き詰めているので、その登場の場面がありえるはずがないこと(あってほしくないこと)が起こっている場面がとてもリアルに感じられると思いました。

さて、ここで南原清隆さんについて正直な思いを書いてみたいと思います。作品内容にも踏み込みますので、ご了承の上お読み下さい。
正直、客寄せパンダ???と思うキャストでした。そして、ミュージカル・ファンをこの作品から遠ざけてしまうと思いました。
が、今は南原さんの努力もあったと思いますが、キャスティングした方に心からの拍手を送りたいと思います。
この作品は、観ている間は楽しく笑ったり、ちょっと涙したり、苦笑したりできます。が、はっきりいって何の救いもありません。途中明るいと思えても、最後は明るい部分は一つもなく締めくくられます。問題提起をしておしまいです。(そのあたりが「太平洋序曲」にとても似ています。)そういう作品には、南原さんのような明るいキャラクターが必要だったんだと思いました。また、ナレーターのような役割もあり、作品というよりも、ミュージカルいろはを説明したりします。この時にこの作品が他のミュージカルとは視点が違うことを感じられます。また、あまりどっぷりと作品につかると悲しいので、ある意味冷静に舞台を観ることを観客に教えてくれるのです。
歌はやはりかなりの難点がありますが、あまり歌うというところはありません。それに、他のキャストの歌が素晴らしいので、そんなに気になりませんでした。ダンスは素晴らしいし、舞台上での姿勢の良さにとても好感が持てました。
役も一応あって、進行役もやるというのは、とても難しいと思います。その難役をこなされた南原さんに心からの熱い拍手を贈らせていただきたいと思います。

私としては、とても楽しい観劇時間を過ごしました。が、こういう作品が受け入れられる土壌が日本にあるのかナァ?と少々心配です。ただの一ファンが本当に余計なお世話だとは思うのですが、2003年ミュージカル・ベストテン(月刊ミュージカル)の順位や、講評を読んでいるとどうかナァと思ってしまうのです。
私は、ミュージカルもストレートも歌舞伎も何でも観るし、聴きます。が、それぞれの分野に求めているものが違うような気もするのです。ストレートならリアリズム、自己啓発。ミュージカルなら楽しさや珍事。歌舞伎には華やかさや歴史の重みを。
しかしながら、最近は作品自体も融合したり、他分野のいいとこ取りもあります。しかし、ファンは結構自分の好きな分野からはみ出していかない感じがあります。そして、何と言ってもミュージカルが不利なのは料金が高いことにあります。私などは、当たり前と思っている、ときには、安いと思う料金でも、ミュージカルに興味のない人にとっては、とてつもなく「高い」のです。
「ユーリン・タウン」は舞台の出来とか、キャストの好みとか、いろいろのことを飛び越えて、是非観て頂きたい作品だと思います。ミュージカルだからこそ、ここまでばかばかしい内容なのに、地球規模の、全人類の問題でもあると気づかせてくれるのだと思います。しかし、ミュージカルが好きな人にはちょっと終わり方が暗いのです。どちらか言うと、ストレートが好きな人好みだと思います。となると、料金が高い。
プログラムに「ユーリンタウン誕生秘話」が載っていて、じっくり読んだのですが、NYというかアメリカの舞台、特にオン・ブロードウェイの作品が質が高くなるわけがとてもよくわかりました。日本みたいに、話題先行で、大枚叩いたらがっかりでもう舞台は観ない、なんてことないわけですよ。
確かに、この作品を日本で上演したことへの勇気を高く評価しますし、観る機会を与えて下さったことを心から感謝したいと思います。でも、どんな客層に観て欲しいのかを考えた値段設定も大切だと思いました。(この作品に限ったことではありませんが。)あのキャストのエネルギーと作品の皮肉を、満席の観客で包み込んで差し上げたいと思いました。
つまり、この日は空席が・・・

ちょっと堅い話になりましたので、「ユーリン・タウン」にまつわる話を一つ。
「有料トイレ」は存在します。日本にもいくつかありますが、無人のチップ置き場ですから、素通りごめんです。ただ、ヨーロッパのいくつかの国ではそうは行きません。
ちょっと前のことですが、私は夫と二人でスイスに行きました。夫と二人ということは、トイレは別々に行かなければなりません。公共トイレは有料なので、できる限りレストランやホテルで用をたしていました。しかし、ある登山列車の乗り換えの合間に有料公共トイレに行くことになりました。スイスのトイレは、コインを入れると鍵がかかるという方式でした。観光客はコインをなるべく持たないようにしますから、当然私達も少ししか持っていませんでした。やっと二人分用意して、時間もあまりないのでそれぞれの場所へ。
手順には慣れているつもりだったのですが、コインを入れたのに、鍵が回らないのです。焦った私は(多分焦らなくても同じ行動したと思いますが)、トイレのドアを思い切り蹴りました。「チャリ~~~ン」。回収箱にコインが落ちたいい音がしました。しかし、鍵は閉まっていないのです。あまり人がいないのが幸いか、不幸か、鍵のしまらないトイレとはこんなに不安なものかと思いました。掃除のおばちゃんならまだしも、ときにおじさま?いうことにも遭遇していたので、祈るように気持ちでした。
そのときの教訓。「スイスの旅は同性と」

オバラ座の怪人二十面相

2004年02月02日 | 観劇記
04年2月2日マチネ公演を観劇。
本多劇場、H列センター。

この作品は、今さんがご出演、という理由で行ってみる事にしていました。普通なら、それだけではなく共演者や作品内容も考慮に入れるのですが、今さんはこの先一年「エリザベート」のエルマーを演じられるようなので、別の役をここで観ておきたいと思ったのです。「ミステリー・ミュージカル・コメディ」と銘打っているので、気楽に観ればいいんだなと思いました。その上、私自身ちょっとバタバタしたので、自分でも驚くほど何の事前情報なしに出かけたのです。さらに劇場についたのもぎりぎり。

あらすじは、ちょっと複雑なのでごくごく簡単に。

題名からわかるように、怪人二十面相(今拓哉さん)が盗みをして、それを明智小五郎(斎藤晴彦さん)が解決するという構図があり、それに緑川夫人こと黒蜥蜴(ローリーさん)や小南(松田洋治さん)、花崎マユミ(絵麻緒ゆうさん)が絡んでいます。
そして、事件がオバラ座で起きたり、花崎マユミが女優であることから、オバラ座の舞台が劇中劇として繰り広げられるのです。

あまりにも登場人物が多く、すべてがパロディなので、何のパロディなのかわからない部分もありました。が、劇中劇は本当に楽しませてもらいました。
全体で3時間15分ほど。途中だれてしまう進行もあり、もう少しまとめて3時間を切るような舞台になったら、もっと面白かったのではと思いました。

あまりにも情報がなく行ったので、舞台でよく拝見している大須賀ひできさんや西村直人さんが登場した時に、すぐにわからないし、絵麻緒ゆうさんが出るんだったんだ、と何だかいろいろ驚きながら観ていました。

今さんは、ほんの数日前まで博多座にいらしたので、多分そんなに登場する役ではないだろうと予想していました。その通りで、もう少し歌って欲しいナァと思いましたが、怪人の高笑いがとても素敵でした。

劇中劇のミュージカル・パロディはとても面白い試みでした。
替え歌なんですが、なぜか、元歌の感情もちゃんとこもっているのです。全部紹介したいと思いつつ、記憶があやふやです。順番もあっていないかもしれないし、ぬけているものもあるかもしれません。
「キャッツ」の「メモリー」。三木さつきさんが歌われました。いつまで続けているの?といったような内容なんですが、三木さんの素晴らしい歌声が旋律の美しさを引き立たせていました。
「キャバレー」の「ウェルカム」。大須賀ひできさん。MCの衣装は衝撃的でしたが(笑)、歌声は相変わらず甘く、優しかったです。
「サタデー・ナイト・フィーバー」の同じ題の歌。西村直人さん。千葉が一番、という内容に。地名が一杯出てくる千葉県から感謝状が来そうな歌詞でした。勿論歌いながら踊ります。「SNF」とは縁の深い西村さんですし、ダンスは素晴らしいし、もう楽しい楽しい場面でした。
「屋根の上のバイオリン弾き」の「しきたり」。ほぼ全員で。日本の舞台には伝統があるという内容になっていました。楽屋の部屋割り、挨拶、のれんなどなど。大笑いでした。
「レ・ミゼラブル」が数曲続きます。
まず「オン・マイ・オウン」。絵麻緒ゆうさん。内容が元歌の逆。ひとりではなく二人を嘆くという設定によく考えるナァと唸ってしまいました。そして、その二人というのが「Wキャスト」への不満と来ていますから苦笑です。
楽屋は一人部屋だけど二人で使う。比べられるけど、顔を合わせれば違う話をして仲良くする。ライバル意識を感じてしまうのが本音。と歌います。
全然逆の内容でも、思いは切ないという共通点からか、とてもしみじみ聞いてしまいました。
続いてオープニングの「下向け目をあわすな・・・」の替え歌。
ほぼ全員で、舞台中央に円を作り、ぐるぐる回っています。
オーディションでやっと出られた、でも照明が暗くて誰が誰だかわからない(ここですごく暗くなる)。何役もやらされる。盆が回ってばかりで目が回る。などなど、思わずこれが本音かぁ?とクスクス。
そして、斎藤さんが、「総入れ歯、いや、総入れ替えと言う話は確かにあった。しかし、数人の精鋭は残った。あれが『レミゼ』の永久歯か」とも。
まあ、今さんへのあてつけではないのですが、斎藤さん、大須賀さんそして西村さんも総入れ替えに合ってしまったわけで、やはりやりきれないお気持ちがないとは言えないのかナァと感じました。
「対決」を斎藤さんと西村さんが。
内容は、西村さんが客席にいて携帯電話を鳴らしてしまうのです。それをとがめる斎藤さん。電話番号が「24653」。西村さんは「デートの約束。緊急事態。」と。斎藤さんは「許さない」という感じです。

どの歌も、歌詞は笑ってしまうのですが、さすがに元歌を知り尽くしているキャストにかかると、パロディもその深みが増して、笑い飛ばすだけではなくて、元歌の素晴らしさを思い出してしまうのでした。
そして、総入れ替えの意味を、その結果をいろいろと考えてしまう私でした。

仁義なき戦いという和物に、クラシックの楽曲をつけ、さらにそれに歌詞を付けた劇中劇もありました。なかなか楽しかったです。それだけで、ひとつの舞台になりそうでした。

ほかにもいろいろ楽しい場面はあったのですが、プログラムが完売で、あやふやな記憶を呼び起こすことが難しそうなのです。

今さんお目当てでしたが、思いもかけない出会い、楽しい舞台。やはり、いろいろ出かけてみなくては!と思いました。

森は生きている

2004年01月18日 | 観劇記
1月13日の観劇記に詳しく書いていますが、1月18日マチネ(東京公演楽)にもう一度観てのちょっと感想を書き足しました。

座席が、前回と反対側つまり上手側でした。その違いなのか、あるいは音響の調整があったのか、はたまた私が慣れたのか、理由はどうであれ、前回に比べるとテープで流れてくる音楽がかなり落ち着き、歌詞も殆どすべて聞き取れました。そうなると舞台にもどんどん引き込まれ、自然の大きさ、人間のわがままや非力など、作品のテーマをしっかりと受け取ることが出来ました。

舞台を創るのは勿論、演出家を始めとするスタッフ、そしてキャストなのですが、観客も結構な割合で舞台創りに影響を及ぼしていると私は思っています。ですので、今までストレート・プレーを創っていた無名塾がミュージカルを創り、無名塾のファンがどんな反応をするのかとても興味がありました。
平日マチネと休日それも一つの区切りとしての東京千秋楽を観劇したのですが、客層は両日ともあまり変わりませんでした。年齢層はやや高いですね。60歳代以上の方が多かったようです。そして何より男性が多いことに驚きました。多くのミュージカルもこれ位男性が観て下さるといいなぁと思いました。
反応は、とても控え目。特に平日マチネのときは、あまりの静かさに、ストレート・プレーじゃないんだからもっといろいろ反応してもいいのでは、と思いました。楽の時は、多分リピーターも多かったのでしょう、笑いも拍手も普通のミュージカルの舞台並みでした。
確かに、ストレート・プレーだと、途中で拍手するってないですよね。だから、ミュージカルでも最後の最後まで拍手がなく、重苦しい空気が流れていました。そんな深刻な作品ではないので、もっと観客も楽しく参加して欲しいナァと思いました。
観客の反応がよかった楽のほうが、キャストも弾けていましたよ。
千秋楽の舞台のほうが印象的で、とてもいい舞台だったと思えたのも、音響のせいばかりではなく、私自身も含めて観客全員が楽しんでいたからではないかと思います。
「森は生きている」は自然が生きていること教えてくれただけではなく、「舞台」も生きていることを深く感じさせてくれました。

森は生きている

2004年01月13日 | 観劇記
04年1月13日、マチネ公演を観劇。
ル・テアトル銀座9列下手
(これからご覧になる方は、思いっきりネタバレしていますので、ご注意下さい。)

無名塾がミュージカル???という思いが、この舞台の情報を初めて知ったとき浮びました。「森は生きている」はもう遥か昔、いえ、つい最近子供だったときにどこの舞台かは記憶にありませんが、何度か観ています。

あらすじです。
今日は12月31日。森では、12月の精(赤羽秀之さん)が1月の精(佐山陽規さん)への引継ぎをしようとしていました。
まま娘(仲代奈緒さん)は薪を取りに森にやってきていました。そこで老兵士(仲代達也さん)に出会い、「今日は不思議なことが起きるかもしれない。」と言われます。
一方、宮殿では、まだ子供の女王陛下(山本雅子さん)が博士(山本圭さん)からいろいろ学んでいるのですが、わがままのし放題。そして、「マツユキ草を新年のパーティ欲しい」と言い出します。持参したものには金貨をとらせると、国中におふれを出します。
まま娘は継母ら(母 菅原あき 姉 渡部晶子)に言いつけられ、猛吹雪の中、暗い森へとマツユキ草を探しに行くのでした。
迷ってしまったまま娘は、明かりを見つけます。そして、そこへ行ってみると暖かい薪が炊かれていました。まま娘がこんな吹雪の中、森へ来たわけを聞いた12の月の精(兄弟)は娘のけなげさに打たれて、少しの間だけマツユキ草の咲く4月に季節を進めてくれます。まま娘は4月の精(青木堅治さん)から魔法の指輪をもらい、この場所を誰にも言わないことを約束して家に帰って行きます。
宮殿では、マツユキ草がないので女王が「新年は明けていない」と言い張り、来賓も家臣たちも大弱り。そこへ、継母とその娘がまま娘の採ってきたマツユキ草を持参します。一件落着と思いきや、女王はマツユキ草のあった所へ行きたいと言い出します。
継母はまま娘に場所を教えるように言いますが、12の月の兄弟と場所を教えない、という約束をしていたまま娘は教えません。一人で言って女王様の欲しい物を採ってくると出かけますが、継母始め女王一行も後を追いかけます。
皆がついて来ていることを知ったまま娘は、12の月の兄弟に危険だと言われていた道を選びます。まま娘が秘密を守り、指輪の魔法を使ったことで、あたりは一気に四季が巡ります。そして、1月の精が、女王らに自然の大切さや、人の心のあり方を教えます。
人間は森を去り、森はまた冬の季節を取り戻しました。

こんな感じでしょうか。
とても心に響く台詞があるのですが、ちょっと書ききれません。心が温かくなって、もっと自然に感謝して生きていかなければナァと深く深く感じさせてくれる作品でした。
私は、佐山陽規さんのファンですから、とてもとても楽しい舞台でした。その理由は後でじっくりと。
でも、一ミュージカルファンとして作品を見つめた場合、かなり不満があります。
演奏が生ではないこと。全国公演を前提にしているので仕方がないことだと思いますが・・・。それに付随して、この劇場の欠点なのか、ちょっと賑やかな音楽だと歌より演奏の音が勝ってしまうのです(「FAME」は生演奏だったけれど、今回より演奏が勝っていました)。ヴァイオリンが一本だけ舞台上で生演奏をしてくれるのですが、結局は伴奏に負けている感じでした。もう少し、バランスを考えて欲しいナァと思います。歌になると、マイクのエコーみたいなのがとても強いのもすごく違和感がありました。歌が多いのが他の舞台も拝見している佐山さんや奈緒さんですから、どう考えも音響のバランスが悪いのでは?となってしまうのでした。

池辺晋一郎さんの音楽は、あまりにも普段から慣れ親しみ過ぎて、印象に残らない感じでした。でも、とても心地よかったです。

舞台装置は妹尾河童さん。いろいろ聞いて予想はしていました。が、予想以上に素晴らしいと思いました。美しい森に本当に行ったみたいな気持ちなれました。

まま娘を演じた仲代奈緒さん。本当にはまり役ですね。思わず「がんばれ!」と声を掛けたくなりました。歌声も伸びやかで、素晴らしかったです。
この役は「まま娘」なんです。名前がない。老兵士には「別嬪さん」と呼ばれるし。原作に忠実なのかもしれませんが、名前があったほうが、もっといろいろ共感できるような気がしました。

はまり役!と唸ることもあれば、大変失礼ではありますが、ちょっと荷が重い???と思ってしまう役もありました。
継母とその娘のお二人は、声質が似ているようなのです。親子という関係が感じられませんでした。娘はいくら意地悪とは言え、もう少し若々しさが欲しいナァと思いました。

まま娘の言ってみれば相手役になる、4月の精の青木堅治さんは初舞台。歌にも初挑戦とのことですが、長い公演でお疲れなのかナァという印象でした。池辺さんの音楽が印象深くないというのも、青木さんの歌が、歌として、台詞として私の心に響いて来なかったからという気がしています。奈緒さんの演じるまま娘の辛いけれど楽しく生きている姿に心惹かれる青年にしては、ちょっと若々しさがないナァという感じがしました。

しっかりと脇を締めてくださるのが、博士の山本圭さん。舞台は初めて拝見しましたが、大ファンになりそうです。今回は結構コミカルな役でしたが、いろいろなタイプの役を是非拝見したいと思いました。

女官長を演じた林勇輔さんも魅力的な方ですね。台詞がすごく綺麗なんですよね。もう少し、男であることを出して演技しても面白かったかもしれません。
男が女を演じる面白さと言えば、「シンデレラストーリー」のまま母役の池田成志さんを思い出します。林さんと同じStudio Lifeの及川健さんを「イーイトウィックの魔女たち」で拝見して、中性的な魅力を堪能しました。林さんのほうが女役ですが(及川さんは役柄も男女どちらともとれない)男らしかったですね。歌舞伎や宝塚に慣れ親しんだ私ですが、今さらながらに、俳優の皆様のいろいろな活動方法に驚いています。

その驚きと言えば・・・これはもう少しとって置くことにして、最初の方にも書きましたが、佐山陽規さんのファンとしては最初から歌って下さいますし、この作品のとても重要なテーマを語る役でもありますから、本当に大満足でした。よく考えてみると、これ程演劇性に重きのある作品で佐山さんを拝見するのは初めてのような気がします。1月の精は一番年上で老人と言う感じですが、役柄に求められている懐の深さを美しい台詞でしっかりと観客に伝えて下さっていたと思います。
しかし、佐山さんの大活躍は嬉しいのですが、ミュージカルの楽しさと言えば、歌い継いで、音楽や歌に乗せた舞台の進行だと思うのです。そのあたりがちょっと物足りない感じでした。
一幕での佐山さんの活躍に、すっかり気をよくしていた私ですが、佐山さんの公式HPの掲示板に「釘付けです、第二幕始めの佐山さんに」という書込みがあったのです。それで、第二幕をとてもとても楽しみにしていました。
第二幕オープニングのセットは宮殿。佐山さんの役である1月の精がいるはずありません。
「???」となりながら、女王陛下、総理大臣、女官長(ああ、これが林さん・・・)、検事、来賓・・・と男性に次々目を移しますが、佐山さんはいません。あの書き込みはどういう意味だったの???となりながら、気を取り直して、再度、端から皆様のお顔をチェック。
「うそ!!!!!!!」と思ったとたん、椅子から転げ落ちそうになってしまいました。
こう書くとすごい時間が経ちますが、実際には数秒のこと。舞台では何も起こっていないのに、一人大笑いをしてしまいました。
多分、ここまで読んだ方なら予想は付くと思いますが、なんと貴族夫人役だったんですね。プログラムを見ると「貴族夫人・・・奥村飛鳥 他」となっています。
本当にパッと見は全然男性だ何て思えないんですよ。その証拠に、最初の方には佐山さんの台詞はなく、いろいろ動いてはいるものの基本的には立っています。で、警護の人は直接女王陛下とは口をききませんから、伝言ゲームのようなことになります。耳打ちが面倒になって、大声で伝えることになってしまいます。その時に、何度か佐山さんが台詞を言うのですが、その2度目ぐらいで客席がざわめき・・・その次には笑い・・・
その後、男性相手にダンスまでしてしまうんですよ。胸元にマツユキ草をさして・・・
02年10月31日「太平洋序曲」の千秋楽。「菊の花茶」を歌われる佐山さんを見つめつつ、これで佐山さんの女役は見納めだろうナァととても感慨深かったのです。治田さんや村上さんの女役というのはまた出会えそうな気がしていました。でも、佐山さんはもうないナァと思っていた、いえ、確信していました。
人生、本当にいろいろなことがあるものです(笑)。
その後の場面では、また深みのある1月の精に無事戻られ、女王に「あなた達(人間)が与えるのではない。私達(自然)があなた達に与えるのだ」という素晴らしい台詞をお聞かせ下さいます。

ミュージカルの舞台としては物足りないところもいろいろあったのですが、本当に楽しく、もう一度自分のまわりにある自然を見つめなおそうと思わせてくれた舞台でした。

イーストウィックの魔女たち

2003年12月11日 | 観劇記
(06年7月に整理し、掲載したものです)

2003年12月11日マチネ 帝国劇場4列目上手

「おしゃれで、ちょっとエッチな・・・」「好き嫌いがはっきりする」と形容された「イーストウィックの魔女たち」。
正直言って、私はあまりセクシー度の高い作品は好きではありません。潔癖症と言うわけではありませんが、う~~~ん、いろいろ観たけど好きになれなかったわけで・・・

この話はここまでにして、「イーストウィックの魔女たち」の話にしましょう。
一言で私の感じたことを表現すると「ある意味、非常に道徳的な作品」となるでしょうか。「ちょっとエッチな・・・」はどこへ行ったと思われるかもしれませんが、何とも不思議な舞台だったということになります。
非常に道徳的、というのは、この作品の簡単なあらすじ、「現状に不満を持ったり、心が寒いと悪魔がすぐに入り込んでしまう」という点から感じたことです。で、その「現状に不満を持ったり」がとても極端に描かれているので、セクシャルな舞台となるのだと思います。

もう少し、詳しいあらすじを書きながら、感想も交えたいと思います。
アレクサンドリア(一路真輝さん)、スーキー(森公美子さん)、ジェーン(涼風真世さん)の三人は、夫と離婚か別居している。理想の男性を求めているが、現実はなかなか難しい。
この三人が住むイーストウィックはフェシリア(大浦みずきさん)の「モラルを大切に」という考えに支配されているし、ちょっとしたことが大きな噂になってしまう田舎町。

この設定が「フット・ルース」に似ているナァと思いました。こういう舞台設定が生まれるということは、アメリカにはこんな堅苦しい町がたくさんあるということなのでしょうね。

そんな田舎町にNYからダリル(陣内孝則さん)が引っ越して来て、豪邸に住み付くのだ。
そして、不満がたくさんあり、悲しげなアレクサンドリア、スーキー、ジェーンに次々と言い寄る。女達はダリルの魔力で次々とダリルの女になってしまう。

この言い寄る場面がなかなか・・・ アレクサンドリアが一番セクシャルな感じ。スーキーはチェロ奏者なので、音楽の表現と自分の解放が重なり合って、狂気に取り付かれた感じでした。涼風さんの歌もいいけれど、演技がすごかったですね。スーキーはとても恥ずかしがり屋で、人前でうまく話せないのだけれど、ダリルの前で早口で話すことが出来るという設定。というわけで、すごい早口歌があるわけですけれど、森さんは素晴らしい。歌詞も明瞭。響きもいいですね。 口説かれた3人は、最初にダリルの屋敷で顔を合わせた時はダリルを責めたが、魔力のためか一緒に暮らし始めてしまう。
こんな状況を許すことの出来ないファシリア。何かと文句をつける。ダリルはファシリアが目障りで仕方ない。ダリルの力で魔力を使えるようになった女三人を利用してファシリアを苦しめる。そして、最後にはファシリアの尻に敷かれている夫クライド(安原義人さん)が、ファシリアを殺すように仕向ける。がファシリアも最後の力を振り絞り夫を殺してしまう。

と書くと、とても残酷なようですが、この二人が死んでしまうシーンでは客席は大笑い。まあ、なんと不思議な舞台なんでしょうか!勿論脚本も面白いから笑えるのですが。ファシリアの苦しみは、ビスケットの瓶に入れた物が、ファシリアの口から出てくるという魔法のせいなのですが、ちゃんとマジックで大浦さんがいろいろな物を口から出すんですよね。そういう演出も面白いし、大浦さんと安原さんの演技がもう凄いのなんのって!!!大浦さんの台詞は殆どが歌なんですが、上手い、の一言に尽きます。今思い出すと、メロディが付いていたはずですが、台詞として記憶されているのです。

女3人は、遊びだと思っていたビスケット瓶の魔法で人が死んだことに自責の念に駆られる。そして、ダリルから遠ざかった。
今度はダリルが寂しくなり、新しい獲物を探す。すると、ファシリアの娘ジェニー(笹本玲奈さん)が両親の死にショックを受け、悲しんでいた。ダリルは彼女と結婚しようとする。しかし、女3人はダリルからジェニーを守ろうとする。一致団結、ダリルの力に勝ることができる。
ジェニーは前から付き合っていたアレクサンドリアの息子マイケル(新納慎也さん)と結ばれる。
ダリルのせいで、町全体が熱にうなされたようになっていたが、ダリルがいなくなって前の平静さを取り戻したようだ。
女3人も、いろいろなことがあって変わったけれど、今の自分を受け入れようと心を決めたようだ。でも、ダリルにちょっと未練があるのかも。

あらすじ(感想付き)は以上です。ここからは感想に徹します。

道徳を学ぶ時に必ず「反道徳」な例が提示されるわけですよね。この舞台はその例がとても極端。おもちゃ箱をひっくり返したような、とういうかガラス玉を高いところから落として粉々にしてしまったような、と言う方がいいかもしれません。もしかしたら、元に戻せないほど反道徳的なところもあるからです。この作品では魔法という隠し味で、魔法にかかった間の不道徳を許してしまうんだけど、こういう作品が生まれる世界って危険だナァと思うし、その反面、やっぱり道徳や規則がないとダメなんだと思わせてもくれるから、まだまだ世の中捨てたもんじゃないとも思えますね。
しかし、楽しめる年代にちょっと問題がありますよね、こういう作品は。
松井るみさんの舞台装置が度肝を抜きますよ。劇場に入ったら、舞台の上におっぱいが一対。それだけで驚いてはいけません。その奥は身体なんですよ。おへその辺りからダリルは登場。おっぱいはあとで半分になって家になるし。これを笑い飛ばし、おしゃれだと思えるか思えないかでこの作品の評価は大きく分かれると思います。

演出は、今コメディの舞台作りで一番乗っているのは山田和也さん。立て続けに山田さん演出の舞台を観ていますが、飽きることがないですね。結構オーソドックスだと思います。
前回観劇した「十二夜」が物語の進行を織り込んでいないような踊りが多くて、踊りはこりごりだったのですが、この舞台は歌いながら、状況が進みながら踊りがありました。それを観ながら、「そうそうミュージカルの踊りはこうでなくちゃ」と確信しました。こういうオーソドックスな演出にも助けられ、あまり好きではないセクシーな舞台を楽しめました。

さらに私が苦手を克服して楽しめたかというと、キャストの良さですね。こういっては何ですが、どの舞台でも「なんでこんな役者が主要キャストに!」と思ってしまう俳優が一人二人カンパニーにいることが殆どなんです。それが、今回はない。アンサンブルの人数もいいですし、その歌、踊りも良かったです。それに、演技も。何しろ、最初は平穏な田舎町の気の良い人たちを演じているのに、ダリルに毒されて性欲が高まってしまうわけですから。その変化を思い切り付けてあげないと、女3人組が浮いてしまって、元の世界に戻るのがあまりに不自然に思えますからね。本当に、まとまりのある素晴らしいカンパニーだと感じました。

この舞台は、久しぶりに歌も踊りも演技も心から楽しめるミュージカルらしいミュージカルです。舞台装置、衣装、音楽も含め、本物のエンターテイメントを見せてもらったと思いました。
しかしながら、台詞や表現に奇抜なところが多いので、カンパニーの良さを感じるところまで落ち着いて観劇できない観客もたくさんいたと思います。是非、もう少し正統派の作品内容を、こういう実力のあるカンパニーに任せて欲しいと感じたのも正直なところです。

ミュージカル十二夜

2003年11月17日 | 観劇記
(06年7月に整理し、掲載したものです)

2003年11月17日マチネ 帝国劇場5列目上手

約2ヶ月ぶりにミュージカルを観ました。「十二夜」はシェイクスピアの作品の中でもとても好きなものの一つですし、喜劇ですから、きっとハッピーな気分になれると楽しみにしていたのですが・・・

あらすじです。とても単純に。
難破した船に乗っていた双子の兄妹は互いに相手が死んだと思っていた。その二人とも同じイリリアに着いていたのだ。
妹のヴァイオラは男装して「シザーリオ」と名乗り当地の領主オーシーノー公爵に仕える。 オーシーノー公爵は伯爵令嬢オリヴィアに思いを寄せるが、相手にされない。そのオリヴィアは使いとして来たシザーリオに一目惚れ。そして実はヴァイオラはオーシーノー公爵に一目惚れをしていたのだ。
いろいろ騒動はあったが、兄のセバスチャンが登場し、すべては解決。 失恋したマルヴォーリオやサー・アンドルーもいたが、ヴァイオラはオーシーノー公爵と、オリヴィアはセバスチャンと結ばれ、めでたしめでたし。
とこんなお話です。

何人もが、「一目惚れ」という、何とも軽いお話なので、あまりいろいろ考えずとにかく楽しく、わっと終わるだろうと予想していましたし、そうあって欲しかったんですよね。それが、長い。とにかく長い。と感じた一幕。でも実際は1時間半ほどだったんですね。二幕は1時間。それでも、長く感じました。

コメディなんですよね。いろいろギャグも言うし、登場人物自体も面白い。音楽もなかなか耳なじみがよく素敵でした。それに、斉藤由貴さんが相当苦労なさった作詞も、とてもよかったと思いました。言葉に溢れ、それで楽しむストレートプレイの下地があると、台詞と歌詞がダブって、歌に飽きる可能性が高いのですが、あまりダブることもなく、歌の美しさが旋律、歌詞から生まれていたと思いました。 なのに、なんであんなに長く感じたのか???

ミュージカルで、演技、歌と来ればあとはダンス。そう、ダンスが何とも頂けなかったのです。ダンスの内容は素晴らしかったのです。本当に、切れもあったし、アクロバティックで、楽しませてくださいました。しかし、何の意味があってこの場面があるのかよくわからなかったのです。そりゃ、意味はあるのですが、それがわかりにくい。そして場面が長い。本筋を忘れるほどなんです。
ミュージカルのダンスと言えば、主役級も一緒に踊るとか、主役級が歌うのを周りで盛り上げるとか、本筋を助け、観客を楽しませる場面だと思うのです。ショーに徹する場合でも、一場面あれば十分なんですよね。2場面も3場面もあると、それを観ながら、本筋のいろいろなことを考え過ぎてしまうのです。あんなとんでもなくお転婆なオリヴィア姫に、思慮深く、お優しいオーシーノー公爵が惚れ込むでしょうか?しっかり者のマルヴォーリオが恋するでしょうか?最後のどんでん返しというか、解決としてのセバスチャンの一目惚れがあるのでしょうか? 普通は、こんなこと考えません。「十二夜」はそういうおめでたい人々が楽しく恋をするお話なのです。
楽しい場面をたくさん作ろうとして、ショーのようなダンス場面が多かったのかもしれませんが、それによってお話自体の楽しさが、途切れ、途切れになってしまったと感じました。 せっかく、実力のある俳優の皆様、華のある女優の皆さんの競演でしたのに、勿体無い舞台になってしまったナァと思いました。

キャストの皆様に関する感想です。
オーシーノー公爵の鈴木綜馬さん。いつも変わらぬ美しい歌声。今回は、低音が多くて大変だったと思いますが、どの音域も明瞭な歌詞をお聞かせ下さるのだと惚れ惚れしていました。そして、周りにダンサーをたくさん侍らせて嫌味のない方だなぁと思ってしまうのです。「チャーリー・ガール」では今回とはまるで違うキャラクターで、男性ダンサーを従えて踊りましたが、この時も素敵でした。主役にダンサーをつけて舞台を構成するのはとてもポピュラーな手法ですが、それが嫌味に感じられることも多々あるのです。(まあ、正直に言えば、この舞台でもそういう場面がありました。)綜馬さんは、ダンサーの中で、浮くでもなく、埋もれてしまうでもなく、絶妙のバランスでこの構成を楽しませて下さいます。何というか、自然に集まってきたって感じなんですよね。この方の思いを受け入れないなんて、オリヴィアはどういう女なのかしら(笑)。

セバスチャンの岡幸二郎さん。いつも岡さんの舞台を見て思うのです。「この方、本当に、本当に、本当に舞台が好きなんだナァ。」と。板の上で、間違いなくその演じるべき役柄で生きている、と感じます。この舞台でとても印象に残ったのは、アントーニオとイリリアの町外れに登場するシーン。悲しみと辛さの暗い表情から始まり、新たな一歩を踏み出そうとする少し明るい表情へと変わるところでした。

治田敦さんが演じたのは、オリヴィアの召使のフェービアン。しかし、行動はオリヴィアの伯父のサー・トービーや、侍女のマライアと一緒。口うるさい、伯爵家の執事マルヴォーリオをいじめたり、オリヴィアと結婚させようと連れて来た田舎貴族アンドルーを担いで、いたずらしたり、やりたい放題。本当にやりたい放題をするのは、サー・トービーの安崎求さん。治田さんは、安崎さんのつっこみを受ける側、でした。いつもなら、安崎さんのキャラを演じることが多い治田さん。とてもとても落ち着いたいたずら坊主という感じでした。でも、久々に本当にたくさん歌って下さったので、すっきりしました!

そして、久しぶりに舞台でお目にかかれた越智則英さん。アントーニオは、セバスチャンとの登場になりますから、出番が少ないとわかっていました。さて、あの素晴らしい歌声をお聞きすることが出来るのか?と不安だったのですが、オリジナル・ミュージカルのいいところは、キャストへあてがきして下さることですね。セバスチャンと友情を確かめ合い、不安一杯のセバスチャンを励ます歌。そして、セバスチャンの岡さんと二人で歌うところなどは、もう最高でした。これで満足しようと思っていたら、あてがきの成果なのか、決闘の場面でも素晴らしい歌声をお聞きすることが出来ました。本当に幸せなひと時でございました。

 しかし、越智さんが金魚を拾うというのは、どういう意味があったんでしょうか?
こういう類の、脈絡のないギャグも舞台の流れを止める原因だったのかもしれません。何となく、「喜劇」を三流漫才と取り違えているような・・・

「喜劇」こそ、スピード感や流れが大切だと実感しました。多少引いてしまいそうなギャグも勢いづいて笑えそうですからね。 いろいろ文句もありましたが、越智さんと治田さんの歌を堪能したので、素敵な舞台だったということにしたいと思います。