わまのミュージカルな毎日

主にミュージカルの観劇記を綴っています。リスクマネージャーとしての提言も少しずつ書いています。

レディ・ゾロ

2003年02月20日 | 観劇記
(06年7月に整理し、掲載したものです)


2003年2月20日マチネ 赤坂ACTシアター5列目センター


午前中に終わるはずの仕事が長引いて、ぎりぎりに劇場入り。サンドイッチを食べようと売店に行くと「売切」の文字が・・・。空腹のまま観劇した舞台は私のお腹を満たしてくれたでしょうか?
 結論から言うと、空腹を忘れるときもあれば、"Hungry is angry!"となる場面もあるという忙しい舞台でした。

 あら筋です。
 18世紀末。スペインの支配が続くロス・エンジェルスでのこと。
 スペインの圧政に苦しむ市民を、ゾロが助けていた。しかし、初代ゾロは16年前に死に、今のゾロは数年前から活躍している。その2代目ゾロがある囚人を助けようとする場面から開幕。2代目ゾロが登場すると「そいつは偽者だ」と女ゾロが登場。囚人は助かるが、どちらのゾロが本物なのか?
 ルドルフ・アンジェラス(草刈正雄さん)はこの地の大金持ち。退廃的な雰囲気を装ってはいるが、彼こそが2代目ゾロだ。そこへかつての恋人で、今はスペイン総督夫人のジェシカ・トーラス(土居裕子さん)がやってくる。いわくありげな二人。ジェシカが帰っていくと、今度はさっきの女ゾロがやってくる。彼女は初代の娘タニア・ヴェガ(匠ひびきさん)で、ルドルフが父の敵だと思い、復讐のために数ヶ月前にこの地へ戻って来たのだった。

 ゾロを疎ましく思う町の警備隊であるが、なかなか捕まえられない。そんなある日、スペイン総督が現れ、2代目ゾロも女ゾロも撃ってしまうが、二人とも命は取り留める。
ドン・レイモンド・トーラス、スペイン総督はルドルフにそっくり。それもそのはず、二人は双子だったのだ。しかし、幼い頃に離れ離れになった二人は、思いもかけない運命のいたずらに翻弄されていくのだった。そして、タニアの復讐の相手はレイモンドであることがわかるが、権力と武力の前に挫折しそうになる。
 市民の助けも借り、復讐のためではなく正義のためにレイモンドと戦うゾロのタニア。
レイモンドは死ぬが、ルドルフがスペイン総督となり、この町での事件を本国政府にとりなしに行く。
 ゾロはもういない。タニアは無事なのだろうか?いや、タニアは無事のはず、そして、ゾロはいないが、その心は市民全員に受け継がれていったのだ。
 簡単ですが、以上です。

 ルドルフとレイモンドの数奇な運命を説明すると長くなりますし、これは劇中でも台詞の中に収められているのです。そして、その運命が新たな悲劇を生んでしまうのですが、これはこの後の感想の中で説明していくことにします。

主役はタニアの匠さんなのですが、草刈さんが主役か、という印象でした。

匠さんは、久しぶりの舞台だったからでしょうか、メリハリに欠けた演技でした。そして、台本がそうなっていたのかも知れませんが、女言葉と男言葉の入り混じりがとても不自然で、役に共感できない部分がありました。ゾロとタニアで使い分けるとかすれば、匠さんの演技自体ももう少し自然になったのではないかと思いました。

 今回の舞台で本当に本当に本当に凄いと思ったのは、藤本隆宏さんです。あらすじの中では登場しませんでしたが、藤本さんはスペイン総督の側近ルイス・バステス少佐を演じています。
 剣が好き、そして剣で人を殺すことに快感を持っているという、本当に嫌な奴なのです。
 ジェシカはルドルフを好きだったのですが、父親の勧めでスペイン総督の側近になっていたレイモンドと結婚してしまったのです。でも、彼女はルドルフを忘れることが出来ませんでした。その心を見抜いていたバステス少佐。そして、レイモンドによって囚われの身になっていたルドルフを助けに来たジェシカを殺してしまうのです。最後には、ルドルフと決闘して、その剣に倒れるバステス少佐です。本当にこういう結末でほっとしましまた。
 もう、本当に嫌な男なんですから。 私は、家に帰ってからプログラムをじっくり読んでいました。その中に藤本さんがバステス宛に書いたメッセージがあったのです。それは、藤本さんが描いたバステス像だと思います。そして、私もバステスに藤本さんと同じことが言いたくなりました。つまり、藤本さんは、ご自分が描いたとおりのバステスとして舞台で生き、観客の心にもそのバステスが写っていたのだと思います。これって本当に難しいと思うのです。二枚目ならやりやすいと思いますが、こんな悪役で、その上わけわからない美学を持っていて、絶対本当の友達がいない奴で・・・こんな最悪の役なのに、なんだか不思議と共感してしまうのです。

 土居さんはとても美しく、芯のあるジェシカという女性を演じて下さいました。そして、やはり歌ですよね。もう二度と会うこともなく、思い出だけに生きるけれど、とルドルフに歌います。ルドルフを助けるために行ったのに、そこでさっき言いましたようにバステスに殺されてしまうのです。「あなたのおうちの冷たいお水」というのがキーワードなのですが、こういう何気ないキーワードを観客の心に残しておける台詞術も素晴らしいですよね。

 さて、私にとっては主役となった草刈さんですが、感想をお話しする前にちょっと一言。でも、本題とはあまり関係がないので、お時間のない方は飛ばして下さい。

 ちょっと一言(長いけど!) 怪傑ゾロと言えば、私にはアラン・ドロンの映画が浮かびます。本当にカッコイイ、もうヒーロー中のヒーローでした。
 そして、草刈さんと言えば、私にとっては「かなりキザな、かっこいいお・じ・さ・ん」でした。やや年の離れた姉やそのお友達がかなりキャーキャー言っているのを眺めながら、なんであんなおじさんがいいんだろう?私もあの年齢になればわかるのだろうか?と、ず~~~と思っていました。今は、その当時の姉の年齢を遥かに超え、私も「おばさん」になっていることは事実です。そして、以前見た映画を見直してみると「おじさんや!」と思っていた俳優さんが「素敵な男性」に見えてるという事実にも気がついていました。しかし、映画の中の俳優さんは年取りませんからね。草刈さんは私と一緒に年取って下さるわけで、私がおばさんになれば、草刈さんは・・・。
 今回の舞台を拝見して、私は大いに反省いたしました。確かに、以前ほどのスタイルの良さはないかも知れませんが、本当に素敵な男性ではありませんか。「おじさん」などと思っていてはバチが当たります。草刈さんがいつまでも若々しいのか、私がただ、ただ、おばさんになったのかと考えると落ち込んでしまうので、私が成長して、本当に大人の男性を見る目が備わったんだ、と言うことにしておきたいと思います!!!
  「ちょっと一言」はこれでおしまい。 本題に戻ります。

 草刈さんの舞台で最近拝見したのは「パナマ・ハッティ」でした。このときは黒ずくめの衣装ということもありましたし、紳士という役柄でしたので、立ち姿が美しいと思いながらも存在感に欠けていました。あれ、こんなに小柄な方だったっけ?と思ったものです。
それに対して、今回の舞台では、二役をこなし、もう存在感の塊でした。これは藤本さんの素晴らしさも大いにあるのですが、ルドルフがジェシカを思いバステスと決闘するシーンは本当に美しかったです。
 草刈さんの歌は、決してお上手とはいえません。でも、台詞としてならこういう歌い方もありかなあと思いました。って、もう大いに甘口になってしまうのでした(笑)。

 私が、この舞台を観劇する動機の一番は、治田敦さんと広田勇二さんがご出演になるからだったわけです。演奏が録音であることは予想していたのですが、歌の一部が録音だとわかったとき、なるほど「ミュージカル」と銘打たず、「音楽活劇」なんだと妙に納得しつつ、せっかく治田さんや広田さんのような歌の上手い方が参加なさっているのに残念だと思いました。まあ、気を取り直して、台詞や動きを楽しむことにしました。

 広田さんは、ちょっと、いえかなりドジな町の警備隊長ビーラ(六角精二さん)の手下の一人として、警備隊員の役でご活躍でした。隊長がコミカルな役なので、それに対応したやりとりもあり、楽しい場面を作って下さいました。そして、とても立ち回りが多い上に、負けなければならないので、お怪我のないようにと思いました。
 ある一場面では、紳士としてダンスを披露して下さいました。横道にそれますが、このダンスの場面は麻咲梨乃さんらしい美しい振り付けでした。が、酒場での群舞はちょっとだれてしまうような構成でしたね。まあ、酒場ですから雑然とした感じがいいのかも知れませんが、もう少し、スペインの圧政に苦しむ市民の思いが浮き彫りになったらナァと思いました。杉浦太陽さんの演じる開拓団メンバーがとても浮いてしまったのは、勿論彼らの演技にもあると思いますが、この最初のほうの酒場での構成にとても違和感があったからなのかと感じています。

 治田さんは、謎解きのキーパーソンとしてベルナルドというアンジェラス家の執事を演じられました。本当に思慮深く、主人を愛し、そして、すべての人が幸せになって欲しいと思っているベルナルドの人間性を私にしっかりと届けてくれました。活劇ですから元気一杯の舞台なのですが、じっくりと脚本の重みを感じさせてくださるのでした。
 しかし、3点気になることがありました。
 脚本ではかなりの老け役、若くても60歳(今の時代なら70歳を超える雰囲気)を想定しているのかナァと思って観ていました。となると、もう少し足取りが重い方がいいのではと思いました。
 それから、衣装のこと。これは私の勝手なイメージですが、執事はやはり黒で、どちらかというとピチッとした服装がいいのではないかと思うのです。少なくとも上着のボタンは普通とめるよナァ・・・と、ボタンがない???
 またまた横道にそれますが、衣装は全体にとてもいいナァと思ったのですが、治田さんの衣装と、杉浦さんの衣装には納得いかなかったんですよね。杉浦さんの衣装はなんであんなに現代的なんでしょう?もっと古びた服装が良かったのではないでしょうか?これは私の偏見かも知れませんが、主役ではないけれど、注目して欲しい役の方に他の役とかけ離れた衣装を用意する舞台が妙に多いのです。注目!!!というのはわかりますが、それは役者が本来持っている魅力を逆に殺してしまうことが多いのではないかと思います。浮いてしまうだけで、自然な演技をしても、なんだか芝居が切れてしまうのです。本当に光るものを持っている人であれば、衣装の妙な手助けは不要のはずです。あくまでも役柄としての衣装作りに徹して頂きたいナァと思いました。
 話を治田さんのことに戻しますね。治田さんの歌声を最後の方で聴くことが出来て、土居さんの歌声で救われつつも、散々な歌を聴いた私の耳にはもう救世主の歌う歌でした。しかし、これは治田さんが歌うのではなくて、あくまでもベルナルドが歌っているんだよナァ。そう、多分60歳以上のおじいさんが・・・となると、美しすぎるのではないかという気もするのです。でも、本当にいいお声だわ!!!心揺れる私なのでした。

 中島かずきさんの脚本は本当に緻密ですね。あの台詞がここで活きている、という場面がたくさんありました。そのためにも、その重要な台詞が最初に出てくるときに、役者さんがどこまで自然に、でも、印象的に観客に伝えられるかが重要なのでしょうね。
土居さんの「あなたのおうちの冷たいお水」というのも印象的でしたが、もうひとつ草刈さんのスペイン総督役での「(タニアに向かって)同じ臭いがする」というのも凄く重要な台詞なんですよね。最初にこの台詞はタニアがレイモンドに会ったときに言う台詞なのです。ここで、彼はタニアが初代ゾロの娘だと気がついていたようなのです。タニアにルドルフとして近づいたレイモンドが、自分達の運命を話すのですが、最後に自分がレイモンドであることを告白し、「君とは同じ臭いがする。復讐の臭いが。」と言うのです。タニアの父を殺した理由のひとつは自分の出世のためだったが、もうひとつはレイモンドの育ての父をタニアの父が正義の名の下に殺したから、その復讐だったと言うのです。復讐の連鎖。
 中島さんはもしかしたらこの「復讐の連鎖を断ち切る」ということを一番言いたかったのではないかと思いました。
「正義」という大義名分に守られ、武力を使って人の命を奪う権利を持っている人間が本当にいるというのでしょうか?

 スピード感溢れる舞台を盛り上げたのは緊張感溢れる立ち回りだったと思います。そして、この舞台ではあまり重要視されていないようでしたが「Z」の文字を入れるほどの剣の名手ゾロ。最後の戦いはやはり、「剣」さばきを見たかったのです。

 「レディ・ゾロ」ご馳走様でした。おいしかったです!空腹に耐え、無事自宅に辿り着きました。夕食を無事お腹に収め、ほっとしながら見ているテレビ。戦いは舞台の中でのことではなく、現実の世界でも刻々と迫っているようです。いつになったら人類は「正義」の名のもとに、戦うことの愚かさを知るのでしょうか。