春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

(28)ミツの手紙・節三は

2016-03-06 02:31:42 | 節三・Memo


建付けの悪い障子が「ピシッ」と空を切った。
節三は廊下を走り。ミツの部屋の襖両手で開き
「ねぇちゃん」とありったけの声で呼んだ。
人影はなく、鏡台も、箪笥が消えていて、暗いがらんとした部屋は小さい窓からの月の明かりだけが、かろうじて主になっていた。
節三は、甥の昌男の部屋、父新助の部屋、戍太郎の部屋、納戸、風呂場。便所、客間と家中の部屋を、
「ねぇちゃん、ねぇちゃん」と叫びながら、ミツを探した。
「父さん、ミツねぇちゃんはどこにだ、どこにいる」
「昌男、おばちゃんを知らないか」と叫んだ。
廊下で新助と戍太郎が、母クニと戍太郎の妻アヤが、節三の取り乱し様をじっと見ていた。

泊りがけの遠征から帰った節三に義姉のアヤさんが夕食を運びながら、
「節三さん、今日はな・・・」
と言ったきり、後を続けないアヤさんを見て、「マッいいか」と言葉を待つまもなく、食の礼を言い、歩きながら両肘を背中の後ろにそらし部屋に入った。
電灯をつけると、
「おっ」と口から洩れた。
布団がたたまれ、教科書が机の隅に並らんでいる。汚れて投げ捨ててあった衣類は洗濯をされきれいになって部屋の真ん中にたたまれていた。。
「散らかっていても、どこに何があるかわかっているから部屋には入るな」
と言われている手伝いの「タエ」が「節三さん嫌がるんですよね」云いながらもと母のクに、
「これと、これは洗濯して、後は部屋を履いておいて頂戴」
と言われると、従わざるを得ない。
「タエの苦情」は母に言われて十分承知している節三は、ただ自分では片付けないことも知っている。母のクニには少し腹が立つが、タエには心底怒っている訳ではなかった。
押入れから布団を持ち上げ、足で洗濯ものを寄せようとしたとき、電灯に揺れた白い封筒が目に入った。
布団を「ポイ」と放り、封筒を「スゥッ」と手にした。
封筒を持つ手が少し震えたような気がした。
「節三さんへ・・・・」青いインクのミツの字の一行目。

「毎日稽古稽古で大変ですね。
節三にとっては突然のことで、心苦しく思いますが、ねぇちゃん明日お嫁に行くことになりました。
父さん、母さん、兄さんたちと話し合い、節三にはねぇちゃんが嫁いでから話そうということになりましたが黙ってたことに、みんなを恨まないでください。お願いします。
何よりねぇちゃんのほうがみんなよりはるかに、黙っていこうと思っていました。でも、悩んだのですよ・・・・・

節三は胡坐をかいたまま電灯の真下まですり寄った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする