1962年から1970年迄、中日ドラゴンズに在籍した右腕投手です。公称180cm,75kgと当時の投手としては長身の方で、比較的整った感じのオーバースローの投球フォームでした。甲子園に出場した投手に多く見られる、よく言えばまとまった投手、悪く言えば個性のない中途半端な投手だったと思います。一見速い球を投げそうな雰囲気を持ってはいましたが、球速に関しては、全体的に現在の投手より遅いと思われる当時の投手でも、良くて中の上位でしょう。決して速球派ではなかったと思います。又これといった武器となる変化球はなかった様に記憶しています。入団1年目には10勝を挙げる活躍を見せたものの、2年目以降は同期、同じく高卒入団の彼よりかなり速い球を投じる豪快な投球フォームの山中巽投手が台頭して来たのと反比例する様に成績を落として行きましたが、1962年には9勝を挙げる等頑張った年もありました。
通算成績 226試合 30勝42敗 防御率 3.46 372奪三振
通算成績 226試合 30勝42敗 防御率 3.46 372奪三振
同校出身者にはオリックスで最優秀防御率のタイトルを獲得した金田投手やロッテ、巨人で投げた成重や横浜の田崎など意外にプロに行った人が多いです。津久見高校で甲子園で優勝した水江投手も高田出身です。
まあ私の母校なんですが。これからもいい選手が出てきてほしいなあ。