昭和27年から41年迄近鉄パールズ、南海ホークス、阪急ブレーブスで大活躍した左投左打の、入団当初は一塁、その後主に外野を守っていた選手です。近鉄パールズ時代は残念ながら全く知らず、33年頃からの南海ホークス時代の彼の活躍が印象に残っています。4番野村克也の前の3番を打つ好打者というイメージの選手でした。バットを非常に寝かせて構え,ミートする力は優れていましtが、スイングスピード自体は決して速くはなく、ライナー性のヒットというよりも、やや詰まりながらも巧く野手の間に打球を落としたヒットが多かった様に記憶しています。タイプとしては、三振の少ない中距離打者でしょう。多分寝かせたバットと、十分球を引きつける体勢の為こういったヒットが多かったのでしょう。当時セリーグの近藤和彦の天秤打法に対し、彼の打法は円月打法と呼ばれ、結構有名なものでした。34年には当時日本一の打者山内和広を僅か3厘差で破り、生涯唯一の首位打者にも輝いています。しかしやや年毎の好不調の波があり、意外と安定した成績を残してはいませんが、本当に個性豊かな打法の好打者と言えるかと思います。
通算成績 1485試合 1305安打 0.279 88本塁打 675打点
通算成績 1485試合 1305安打 0.279 88本塁打 675打点
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