1993年の松永浩美の成績は80試合出場、0.294、8本塁打、31打点、3盗塁であり、前年の118試合出場、0.298、3本塁打、39打点、15盗塁と比較すると、確かに出場試合数は多く減ったものの、前年何故か急激に数字を落とした本塁枝数や打点数は割合的にも増えており、もう一つ試みようとしなかった盗塁以外はそんなに非難されるべき数字ではないかと思います。しかし阪神タイガースファンは交換相手野田浩司が、17勝5敗、防御率2.56、奪三振数209と素晴らし過ぎる数字を挙げた為、非常に損をしたトレードであったと思っていたと思います。従ってFAという制度が出来たとはいえ、その第1号として彼が名乗りをあげるとは考えてもいなかったと思います。ビジネスライクなアメリカと違い、義理人情を重んじる傾向の強い日本では、故障が多かった彼は捲土重来を期し、汚名返上すべく来年こそ阪神タイガースで頑張るものと決めつけていた様に思います。しかし彼はFA宣言しダイエーホークスに移籍します。ここにあの阪神タイガースファンから最も嫌われる選手、松永浩美が誕生したと思います。全く活躍せず、権利だけ主張して勝手に出て行った選手、松永浩美という図式が出来たと思います。当時を知っているファンは彼に対して、いい印象を今でも持っていないかと思いますが、FAがある程度定着した現在であれば、多分彼への非難の程度は異なっていたかと思います。