とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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パリは燃えているか?

2005年04月22日 21時29分58秒 | 書評
とりがら書評

1944年8月。
ドイツ占領下のフランスの首都パリは、まもなく到着してくるであろう連合国軍を今か今かと待ち受けていた。
解放の希望を抱くフランス国民と、決戦に臨まなければならないというドイツ軍のそれぞれの人間模様と生き様、そして死に様を、詳細な取材から収集した膨大な証言や資料をもとに描き出したノンフィクションの傑作である。

パリを制するものはフランスを制す。
ヨーロッパの珠玉パリという街を死守するためにアドルフ・ヒトラーは自軍に対し、「あらゆる手段を用いてパリを保持せよ」と指示をだした。
しかし、もし万一ドイツ軍が劣勢となり、パリからの撤退を余儀なくされたとき、パリの街を焼き払いポーランドの首都ワルシャワのように廃虚と化すまで徹底的に叩き潰すことをも同時に指示したのだった。

「パリは燃えているか?」
これは連合国軍のパリ入場が伝えられたときにヒトラーが側近に発した質問の言葉である。

実のところ、私は本書がノンフィクションであることも、パリ解放を詳細に取材した著名なドキュメンタリーであることもまったく知らなかった。
無知というものは恐ろしいもので「パリ」だから、ヨーロッパを舞台にした軟弱な恋愛小説かなんかかと勝手に思い込んでいたのだ。
早川書房から今回、ノンフィクション・マスターピースシリーズとして復刊したものが書店で平積みされているのを見つけたのをきっかけに購読することになった。

本書を読んで一番心に残ったのは、現代の世界情勢の中でのアメリカという国の地位が、この第二次世界大戦を通じて確固としたものになっていく様が、部分的にせよ明確に描かれていることだった。
多くのパリ市民が、入場してくる白い星印をつけたアメリカ軍の装甲車や戦車に群がり米兵に感謝をささげたのだ。史上これほどまで喜びを持って歓迎された軍隊はこのときのアメリカ軍以外にないであろうというくらい熱烈に迎え入れられたのだ。
そして、読者である私自身もここではアメリカ軍がフランスを解放する正義の軍であることを素直に受け入れることができるのだった。
しかしパリ解放の殊勲者としてのアメリカの姿は、そのまま半世紀後のバグダッド解放の殊勲者として受け入れることのできない複雑さを私たちにもたらしている。
パリ解放という美酒がアメリカという国を心地よく酔わせたものの、あまりに飲み過ぎたため、かなり悪酔いをしてしまったのではないか、とも思えてくのだった。
現在の世界情勢は、そのパリでの酔い心地が今もなお二日酔い以上のものとして残っているのではないかとの疑問を与えてくれている。

本書はパリ解放を描いているのだが、その後の歴史について、読者のイマジネーションを限りなく刺激してくる時空的にも途方もない広がりを与えてくれる、素晴らしいノンフィクションなのだ。

「パリは燃えているか? 上巻・下巻」ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピール著 志摩隆訳(早川書房)