2021年度の文部省の調査では、に公立の教員で休職した先生が、過去最多になりました。2021年度に公立小中高校と特別支援学校で、精神疾患を理由に休職した先生は5897人でした。休職した先生は2020年度より694人多くなり、この人数は過去最高になったという悲しいものでした。男女別では、女性の先生が3491人で、 男性が2406人になっています。年代別では、20代の先生が1164人、30代の先生が1617人、40代が1478人、50代以上が1638人ということになります。この15年間ほどは、精神疾患の休職者が5千人前後で高止まりしていました。それが、2021年の調査では6千人に近づいたという危機感を持たれています。精神疾患で1カ月以上の病気休暇を取得した人は、休職者の予備軍ともいえます。この病気休暇と休職者を合わせると、計1万944人になりました。精神疾患で1カ月以上の病気休暇を取得した人を合わせると、初めて1万人を超えたのです。
文部省の調査でも明確になったことは、精神疾患の休職者で、20代の先生方の数が増えていることでした。たとえば、クラス経営が上手くいかないと、先生方は精神的にも身体的にも落ち込みます。一つの事例では、富山県の公立小で新人2人のクラスが児童の私語などでいずれも授業が成立しなくなったことがあります。最初からクラス運営のノウハウを持つ若い先生は少ないのです。大学から教育現場に入り、子ども達を教え、支援することにはなかなか慣れないものです。学校に慣れるまでには、経験豊富な同僚が支える体制が不可欠になります。日本の教育が世界に誇れた時代は、先輩がクラス経営や教科指導のノウハウを陰に陽に教えていたものです。でも、先輩たちも、自分のクラス経営で目一杯の状態になっています。富山県は、教育の先進県になります。この県の学校は、児童を巡るトラブルの情報共有を徹底する対策をとっています。学級運営について、教員の話し合いを重ねて新人を孤立させないように腐心しました。雑談の雰囲気を重視し、悩みが深刻化する前に打ち明けてもらう環境を整えているようです。先生方は、人に弱みを見せるのが苦手で、ぎりぎりまで我慢しがちです。それが、精神的ストレスになり、病気に繋がることもなります。
精神的疾患を招かない方法は、指導や支援のスキルを持ち、心理的耐性が高いことになります。その一つである指導や支援のスキルを持つヒントは、フィンランド教育に見ることができます。フィンランドは、1990年代に大きな改革を行いました。改革の最大のポイントは子ども達へ教える内容や教え方を現場の教師が自由に決定することでした。改革は教師の資格を修士まで引き上げ、指導要領を3分の1に消滅したことです。教科書検定もなく教師達はITも利用して自ら教材を準備して学校毎に教育課程を作成しています。学ぶということは大変繊細で、個人的で、非常に複雑な事柄です。子ども達に、正確な情報を与えるための基礎的なトレーニングが欠かせないのです。さらに、子どもの学習の方法は人それぞれ違うことを踏まえて、教師はそれに対応できるスキルと余裕が必要になります。この国の教育改革は、このスキルの向上を成就しています。教師になるには志願者の1割以下の狭い門を通過し、さらに50回を超える教育実習繰り返します。教育実習の中で教師に向いてないと判断されれば転部を進められます。これらの高い教育スキルを持った教師たちが、子ども達の教育を行っています。
蛇足ですが、フィンランドは世界の15歳を対象に行われた学習到達度調査(PISA)で常にトップレベルの成績を上げています。PISAは知識や技能の習得だけでなく、思考力や問題解決力が重視される調査です。これからの社会で必要とされる能力になります。フィンランドでは、教師や生徒や保護者の自主性と主体性が支える形で教育改革が行われました。国民全員の教育レベルが上がって、初めて世界に通用する国なると考えたのです。結果として、国民全員の教育レベルを上げる成果を実現しています。比較されるのは、ドイツのエリート教育です。ドイツは、生徒を3段階に区分をしてエリート教育をしています。この上位のエリートよりも、良い成績をあげているのです。フィンランドの優秀性は、学力の高さ、学力格差の少なさ、社会経済との良好な相互関係です。
次の課題は、うつ病などの精神的疾患にならない心理的耐性の強化になります。うつ病の人たちは、あの時ああしておけばよかったというマイナス思考を反復するケースが多いようです。マイナス思考の反復は、脳を疲労させる要因になります。それは、うつ病の症状を進行させることに繋がります。「一寸先は闇だと思うか、一寸先は光」だと思うかで、未来への感じ方は大きく変わるようです。「これからの生活は、どうなってしまうのだろうか」とか、「収入が滅ってしまって生活できるだろうか」などのマイナス思考は、良い結果をもたらしません。「コロナ禍になったが、どうすれば良い生活をしていくことができるか」とか、「どうすれば乗り越えられるかな」などのプラス思考の場合、未来が見え始め道は開けるようです。マイナス思考で考えれば、パワーが弱まり、プラス思考で考えればパワーが強まるというわけです。良いことを毎日書き続けると、プラス思考にやすい脳が作られていきます。良い事柄を書くという習慣が、プラス思考の脳回路を形成することになります。老人の会話は、病気や悲観的な話題が多くなりがちです。それが、加齢を早める要因とも言われています。先生方の雑談の中で、子ども達の良い点や良くなるような支援の仕方が話題になれば、クラスや職場が明るくなるようです。
最近、呼吸法が話題を呼んでいます。呼吸と感情は、密接につながっていることが分かっています。リラックスしているときは、深くゆっくりとした呼吸になります。不安やストレスを感じる場面では、呼吸を意識してゆっくり深くすると、不安やストレスが減少します。先見の明のある企業は、いち早くマインドフルネスを導入しています。これは、呼吸法の一般的呼称になっているようです。このマインドフルネスは、扁桃体を鎮静化し、その下に続く視床下部、下垂体、副腎系を鎮める働きをすることが分かってきました。アメリカのある有名企業では、全社でマインドフルネスを導入したところ、社員のストレスが3分の1になったと報告されています。前頭葉が人間の理性で、扁桃体は恐怖や不安の対象から守るべく活動する感情ないし本能になります。扁桃体が、ストレスに過剰反応したときには前頭葉がそれを抑えつける働きをします。扁桃体は、脳の中でも最も原始的な部位であり、すでに数億年前の魚類にも存在していたものです。前頭葉が扁桃体の恐怖を抑え込めなくなると、交感神経に作用して身体症状が発生します。強いストレスを感じていると、不眠や食欲減退、めまい、耳鳴り、頭痛の症状が表れます。恐怖だとか外的脅威が強すぎると、扁桃体が過剰に活動するようになります。不安や緊張などの強いストレスを感じていると、よからぬ妄想にとりつかれることも増えます。このようなときに、自分を精神的に守る術を持っていると、精神的疾患に至る前で止まることができるようです。
最後になりますが、グーグルは、成果をあげるチームとあげないチームを調べました。チームのメンバーが優秀か、どんな人材なのかはあまり関係ないようなのです。チーム内に心理的安全性が確立されている場合に限り、多様性の発想や創造性が得られるという結果になったのです。その心理的安全性は、本当にありきたりのものだったのです。最も心理的安全性を感じることとは、「他愛のない雑談ができる」ことでした。次に、「心身の状態を配慮し合える」とか「人格や発言をむげに否定されない」などになります。富山県の職場で雑談ができるなどの配慮は、グーグルでも行われていたことでした。良い学校の職場は、先生方が互いの考えを尊重する気風があり、間違いを認めたり、リスクをとってチャレンジしたりできる安心感があるようです。一つに職場の雰囲気づくりが、新人の先生には必要のようです。もう一つは、自分自身の意識の持ち方になります。自分が望む状態に切り替わるスイッチをつくることを、「アンカリング」といいます。想像が精神や身体に変化をもたらすしくみを利用して、自分が望む状態にスイッチを切り替えるわけです。ポジティブな未来を繰り返し想像すれば、肯定的な未来を思い描く回路が発達していきます。肯定的な回路ができれば、今の苦しみを苦しみのまま終わらせるのではなく、苦しみを成果へもたらす幸せへ誘導することが可能になります。そんな先生方が職場で、活躍することを願っています。